12 異質
※この物語は不定期投稿です。
──それはあまりにも異質であった。
黒く暗く、光に当たっているはずなのに晴れない闇。この世の闇を凝縮したかのような球体はボコボコと水が沸騰するかのように泡立っている。
アレの周囲は草木が失われ、水分が飛んだひび割れた地面のみ。それが5mほど続いている。
頬を撫でる優しい風は訪れず、静かに見守る木々は恐怖し、大地は憤怒している。精霊術を持っているからだろうか、そう、ボクは感じ取れた。
「……」
明らかに触ってはいけないもの。そのはずなのだがボクの勘では今すぐに倒したほうがいい気がしていた。
倒したほうがいいかな? ……いや、まずは情報を集めよう。まだ何かが起こることはない気がする。触ると何かが起きるパターンだろう。
黒い球に解析を行う。その間にボクは目を閉じ、耳を澄ませる。
「精霊たち、アレがなんなのか教えてくれるかい?」
すると鈴を転がしたかのような甲高い声が耳元で小さく囁く。
「──」
「え?」
精霊曰く、アレが発生したのは日の出と共にだと言う。急に現れたかと思ったら草木からは生命力を、地面からは栄養を、大気からは魔力を吸い取ったのだそう。
つまりは5時近く、そして今は6時過ぎだから1時間で5mもの広さの土地から栄養諸々を吸い取ったやばいやつということだ。しかもまだ吸い取っているらしく、じわじわと広場も広がっているらしい。
境目を観察すると目に見える速さで吸い取っている。こりゃ悠長なことはしてられないな。
それを理解したところでアナウンスが響く。
──突発依頼【永遠なる眠りの子】が発生しました。
「ん?」
突発依頼? 疑問に思っていると依頼の詳細と報酬が書いてあるウィンドウが出てくる。
詳細はボクが考察していたことなどがまとめられているだけ、報酬は???と正直依頼名の時点でやばそうだけど……。
黒い球の周りを見る。荒れ果てた森、時間をかければ治るだろうがそれもコイツがいたら無理だ。
しかも精霊がコイツを嫌悪しているみたいで下位精霊ならまだしも微精霊すら疎らにいる程度。苦戦を強いられることは間違いない。
ああ、強敵そうだしソロモンやダイヤにも手伝って欲しかったんだけど森歩きにある程度慣れてるボクでも1時間はかかったんだ。ダイヤはともかく温室育ちのソロモンには難しいか。
それに仮に1時間で二人が着いたとして、広場は10mまで広がる計算となる。そうすればあの黒球に何が起こるか分からない。
下手すれば今も強化している可能性もある。というか、栄養やら生命力やらを吸収してんだから確実に強化されてるでしょ。
少し集中すればあの黒球に膨大な魔力が渦巻いていることくらい分かる。あれは前作で戦ったことのあるワイバーンと同等、つまり竜並みの強さがある。
今の戦力だとはっきり言って難しい。魔物というか、この世界の生物は必ず魔法を持っている。
だから魔力が多い=魔法が使い放題なので強いという方程式が出来るわけだ。
おっと解析が終わったみたいだね。
〈名称不確定:レベル1〉
【種族】暫定正体不明粘液体:外天類
【状態】睡眠、吸収
【弱点】魔力 【耐性】毒
【無効】物理 【吸収】
『詳細』
解析不能……。
突如として現れたスライムのような何か。栄養や魔力、生命力を急速に吸収しており、このまま放置すれば手がつけられない存在になる可能性がある。
現在でも毒棘亜竜並みの魔力を誇っているため、毒棘亜竜程度の力はあると想定した方がいい。
■■■■の力が若干ではあるが検出されているため、彼の者の影響を受けたスライムの異常変異個体であると推測。仮称名をブラックスライムとする。
故にこの正体不明生物を外天類へと分類した。
通常のスライムは法術や魔力攻撃のみ効果がある。
しかしあくまでこの変異スライムは暫定スライムでしかない。故に頭の隅に留めておく程度にしておかなければ痛いしっぺ返しを喰らうだろう。
解析不能やら変異やら伏せ字やらで情報量が多過ぎてちょっと処理が追いついていないんだけど、つまりあれか? この正体不明粘液体(長いからブラスラ〉は今でも亜竜並みの力はある癖に自然を食い散らかしてまだまだ成長を続けていると。
最悪世界の敵とかになりかねないなあ。仕方ない、やりますか。
さて、最初にフレンド登録してあるソロモンとダイヤに依頼の詳細と経緯、居場所を送って一応此処に来てくれと救助要請しとく。
保険は大事だからね。次は魔力攻撃できるアーツをいくつか用意しようか。
魔力放出を発動させると青白いオーラが全身から立ち昇る。こいつ自体は1MPで一分間、身体能力を1.5倍、武器を持っていたら武器の強化と保護をしてくれる高スペック低燃費な良いアーツなんだけど今回は魔力を出すだけのものだ。
立ち登り霧散しそうな魔力を纏め上げて手足を覆うように纏わせる。余分な魔力を硬度強化に回すと青白いオーラがまるで籠手のような見た目となる。
これでアーツに登録するかと表示され、名前を入力すれば完成。魔力の鎧《 硬化鉄甲 》が出来上がった。
これならば物理攻撃も魔力攻撃と認識される。ちゃちゃっと魔力をぶっ放すだけの《 魔撃砲 》と魔力をバリアのように張り巡らせる《 障壁 》を作ったところで安静な体制となり、魔力を回復させる。
魔力が回復し切ったら勝負だ。応援は呼んであるけどそれはあくまで保険、自分の力で何とかするしかない。
「さあ、化け物退治だ」
◇──────◇
先程見たよりも乾いた土地は広がり、その中央にはブラスラが今も沸騰しているかのように泡立ちながら浮いている。
乾いた広場に足を踏み入れる。水分がなくなった影響か、土が崩れやすい部分と逆に硬い部分がある。
足場を踏み固めながらいつ攻撃が来ても良いよう構えつつ慎重に周りを歩く。
すぐには攻撃が来ないことを確認すると小枝をブラスラの下に投げ入れる。反射的にステップで距離を空けるも変わりはない。
「反応なしか、じゃあ」
石を取り出すと全身の力を意識さながら最適なフォームと力でブラスラ目掛け投擲する。
距離も近かったためか、投石は見事ブラスラに命中した。しかし、ブラスラに触れた瞬間、勢いをなくしてくっ付いてしまう。
酷く粘性の高い液体のようで石が剥がれる気配はない。
アクティブになるのはどの程度かとか物理無効は本当にあるのかと思い、投げたものだったが本当に物理攻撃は効かなさそうだ。割といい球だと思ったんだけどなぁ。
少し観察しても動きがないため、もう一石投げようとするとスライムはぶるりと震え、沸騰していたかのような表面は波一つ立てなくなる。
刹那、声にならない声が森を、地を揺らした。それは衝撃波となり、木々を揺さぶり、ボクを吹き飛ばすには十分な威力であった。
「──────ッ!!!?!?」
「ぐうっ!?」
耳が潰された。とは言っても状態的には『聴覚麻痺』だからそのうち治る。問題は──。
叫んだブラスラは地にぼとりと力無く落ちた。そして体をぶるりと震わせた。
かと思えば高速で体を変容させていく。形の違う草木に変容したかと思えば一気に体が縮み、一匹の兎となる。
普通の兎に雄鹿の角を生やしたかのような異様な容姿。全身が黒いということもあり、彫刻のような不気味さを醸し出していた。
ブラスラが変容したことは予測できたけど、これは捕食したものを再現したのか? 普通のスライム種でも上位種にしか出来ない芸当だ。
攻撃に対してより警戒を高めているとそんなボクを嘲笑うようにタンッと軽い音がしたかと思えば心臓を狙ってブラスラがかっ跳んできていた。
「ッ!?」
もはや直感で転がるようにして回避する。すると後方から爆発音が聞こえてきた。
振り向くと木の幹が抉り取られていた。今、支えがなくなったと気が付いたかのように木が大きな音を立てながら倒れてしまう。
切り株は爆発したかのように荒々しく、異常を思わせる。木の影から影が飛び出してきたかと思えばブラスラであった。
「……知ってたけどえげつないね」
まあ亜竜なら木くらい折れる。そうじゃなきゃあ羽蜥蜴呼ばわりされてる。つまり同等の力を持つブラスラもその程度は出来る。それを実演されたけど流石、圧倒的だ。
しかもブラスラのやつ、心臓を狙っていた。
この世界の動物はすべて魔石を持っている。その魔石を当然人間にも備わっているのだがそれが心臓の裏に存在しているのだ。
魔石が砕かれたら死にはしないが再生するまで魔力が使えなくなる。ちなみにボクら異邦人は魔石砕かれたら死ぬ。
もちろん心臓を貫かれたら弱点ボーナスで素敵な五倍ダメージを貰うこととなる。魔石を砕かれたら即死なので耐えても死ぬ、乗り越えても出血死する。
どうせブラスラにぶつかられたらケチャップになるから弱点ボーナスなんてないようなものだけどね。
もしかしたらやつは心臓じゃなく、ボクの魔石を狙っているのかもしれない。捕食的な意味合いで。
元々スライムは雑食だし、ヤツは魔力も喰うみたいだからありえる。
そうと分かったら避けやすい。そのはずだったのだがブラスラの野郎、学習してきてる。
ボクが避けようとすればその先を読み、軌道を変えてくる。しかもボクが反撃出来ないよう攻撃の隙を与えないためか、間髪を容れず攻撃してくる。
「ふっ、ふうっ」
HPは減っていないが少しづつだが着実に体力が削られていっている。ブラスラにとって、当たれば御の字、当たらなくても獲物がへばるまで待てば食えるって言うボクにとって詰みに近い状況。
体力をあまり使わない動き方をしていたとしても時間の問題だ。何せ腹が減ればボクは動けなくなるからね。
迂闊だったかもなあ。ソロモンとダイヤの到着を待つべきだったか。いやでもこれ以上強くなってるから三人揃っても無理そう。
「ああ、もう!! 状況変わらないかなぁ!!!」
叫んだところで余計体力を消耗するだけなのだがつい叫んでしまう。そしてふと気付く、攻撃が来ないと。
ブラスラを見ると完全に静止していた。唐突に体をまた変容させ始める。兎よりもデカく、しかし木よりも小さい。
変容に合わせ、ぼこぼこと泡立つのが止まるとそこには女性を思わせる腰まで伸びた髪、女性にしては高い方の身長、全身黒いが確かにそれは人間。
しかもそのモデルは完全に──。
「……変容って捕食しなくても出来んのかよ」
ボクことライムの容姿であった。
【Tips:突発依頼】
世界を旅していると事件に巻き込まれることがあります。それが突発依頼です。
組合などで受けられる依頼とは違い、住民から受けたり、特定の場所に行くと勝手に受注します。
無視することもできますが突発依頼はこの世界で起こったオンリーワンの出来事が多く、同じ依頼は二度と受けることはできません。
場合によっては無報酬ですが時として金銀財宝を手に入れられる機会がありますので積極的に進めるのをおすすめします。
戦闘描写はただてさえ遅い筆が進まない。まあまだ戦闘ではなく、ブラスラによる一方的な攻撃行為ですが。
本編で書けなかったことをここに置いときます。
ブラスラステータスで書いてあったレベルというのはその存在が種族内でどれほど強いかという指標で人間相手ならレベル×5程度の熟練度、またはパラメーターがなければ倒すのが難しいということになります。
亜竜ならレベル0でもスキル熟練度が30、パラメーターは最低で25はなければ対処出来ません。
まあ並外れた技術があれば話は別ですが。
さて、次回『13 闇を裂くは一筋の閃光』
そろそろライムの活躍を見せるとき、更新はきっと一週間後。




