化け宿の正体
シキが視線を向けると、クロがこの時を待っていた! とでも言いたげに両手を広げていた。
「全員〜?」
シキは首を傾げて、食堂内を見渡す。
シキ達が座っている以外にもいくつものテーブルがあり、最大で百人は入れるだろう広い食堂。しかし今ここにいるのは、どう見てもシキとマーシャとクロの三人だけ。
「他の客は?」
「あっはっはっはっ! そんなもんいないです!」
「おい、笑ってていいのか経営者よ?」
「うっさいですねー。だからやってくるヤツはふん縛ってでも捕まえようとしてるじゃないですか。ま、別にそれでも赤字にはならずに済んでるですけど」
「客がいないのに赤字にならない? なんで?」
「理由は二つです。一つは、我が親友たるマーシャその人!」
ビシッとマーシャを指し、なぜかドヤ顔を決めるクロ。向けられたマーシャは、すごく嫌そうに顔をしかめた。
「マーシャが三年契約で最上階(七階)をフロア丸ごと貸し切りにしてるからです! もちろん前払いで!」
「え? マジで?」
シキが驚いてマーシャを見ると、彼女は「ムッ」と睨み返してきた。
「マジだったらなんなのよ」
「んーいや、まあ……遠回しに言うなら……頭大丈夫?」
「やかましいわね! 遠回しどころか直球ストレートじゃない!? 燃やすわよ!」
「そんなに気に入ったのか? ここ」
「別に! アンタには関係ないでしょ」
マーシャはぷいっとそっぽを向いた。話しは終わり、という事らしい。
「ふふん、さすがはA級冒険者! 一ヶ月の宿泊料ごときで四苦八苦してるどこぞの馬の骨なお前とは、甲斐性が違うですね! 甲斐性がっ!」
「うっせー! オレだって大和に戻りゃそんくらいヨユーだっつの!」
「ぷぷぷのぷーなのです! どこにどれだけ持っていようが使えなきゃ無いも同然なのです! つまり今のお前は紛れもなく文無しのプー太郎なのです!」
「ぐあああ!? 自分でも昨日似たような事を言った気がするが、人に言われるとスッゲーむかつく!」
「うっはっはっはっ! ボクは言い負かせてとっても気分が良いです! そして、二つ目の理由なのです!」
指を二本立てるクロに、シキはギリギリと歯を食い縛って見せる。
「いや、もう理由とかどうでもいいから、今すぐお前の顔面を床にめり込ませてやりたくなったんだが?」
「ふっふーん? 果たして実際に見ても、同じ事が言えるですかねー?」
「ああ? そりゃどういう――」
事だ? と、言い切る事はできなかった。言い切る前に、見た。
フワフワ、フワフワと。
厨房の方から、『ソレら』は列を成してやってきた。
料理の盛られた大量の皿が、ふわふわ宙を浮いて、独りでにテーブルまでやってくる。
「……」
シキは絶句して、その光景を見つめていた。
皿達は実に手際(?)良くシキ達の座るテーブルに並んでいき、食器や飲み物に至るまで、あっという間に豪勢な食卓を完成させる。
クロは見たか! とばかりに「フフン!」と得意げに笑った。
「どうですどうです? 驚いたでしょう! これぞ、我が宿が誇る最大の特徴! すなわちゆうれ――」
「このアホォォォォォォォォォォッッッ!!!」
「ふぎゃあああああああああああッッ!?!?」
鼻高々と語っているクロの眉間に、気が練り込められた超威力のデコピンが突き刺さった。
クロはゴロゴロとテーブルを薙ぎ払いながら後ろへと吹っ飛び、しまいには大の字となって壁にめり込み、白眼を剥く。
一部始終を見ていたマーシャは。
「あ、これ美味いわね」
何も見なかった事にして、並べられた料理へ手を伸ばしていた。
「――――んがぁぁぁぁぁッ! 甘いわあああッ! っですぅぅぅ!!!」
獣人の性か、あるいはアホの特権か。クロは白眼を剥くほどのダメージからすぐに復活して「フンヌッ!」と壁から抜け出した。
「一体全体なんなのです!? まさかさっきプー太郎って言った事、そこまで根に持ってるですか!? 器ちっさ過ぎ!!」
「んなわけあるか! お前なんっつー畏れ多い事してやがる!?」
「はあ!? 一体なんの話しですか!?」
「『アレ』だよ『アレ』!」
シキが叫んだ先には、今も悠々と室内を飛び回っている食器の数々。
――水差しがおかわりを確認するようにぐるぐるとテーブルを回っている。
――「必要あればどうぞ!」といわんばかりに、おしぼりやナプキンがヒラヒラと宙を踊っている。
一言で言って、カオスだった。
「お前『アレ』が何か分かってんのか!?」
「もちろん分かってるです! ゆうれい! なのです!」
「ぜんっぜん違うわっ!」
「えええええええええええええええっっっ!!?」
クロは自分が実は狐ではなく猫だと言われた時の声を上げた。
つまりマジで驚いた。
「ウソなのです!」
「ウソじゃねぇよ!」
「じゃ、じゃあアレはなんなのですか!?」
「…………お前、ホンットーになんも知らなかったんだな」
シキは呆れて溜め息を吐き、『アレ』の正体を告げた。
「『アレ』はな――――――付喪神だ」