お化け宿
「くっはー! シャバの空気がうめぇー!」
シキは歩きながら「んーっ!」と気持ち良さそうに体を伸ばした。
――グランやマーシャとの戦いから、五時間後。
シキはラ・モール警備隊の尋問からようやく解放され、街中を歩いていた。
「まさかこんなに長時間拘束されるとはなー。成り行きとはいえ、仮にもオレはこの街を護った側だっつーのにまったく」
すっかり固くなってしまった肩をぐるぐると回すと、ゴキゴキと音が鳴った。
ちなみに尋問官はあの隊長ではなく、恐らくもっと格上の、杖を突いていながらも雰囲気のあるジイさんだった。
これがしつこいジイさんで、まるで元凶がシキにあると言わんばかりに詰め寄られた。
しかもこれだけ時間が掛かっていながら、話の全容は2行で説明できる程度。
~~回想はじまり~~
「なんか事情を知ってるなら話さんかいこわっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「だからなんも知らんっつってんだろがジジイィィィィィィィィィィィィ!!」
~~回想おわり~~
以上である。
結局埒があかないという事で、シキは名前と滞在先を答えればひとまず釈放という流れになったので。
何の躊躇いもなく、当然のようにあの護衛くんの名前を騙った。
必然、滞在先は大和船という事になりシキには全く迷惑が掛からないという寸法である。なんと素晴らしい!
「こういう時アイツが近くにいてくれると便利なんだよなぁ」
面倒事を押し付ける事にかけらも胸が痛まない存在など希少だ。これからもぜひ、人にいきなり斬りかかってくる変態であってほしい。
というかそもそも事情など聞かれた所で、事の始まりなど知らない。シキだって途中参加なのだ。マーシャ達がなぜ争っていたのかなんて、こっちが聞きたいくらいだった。
「あー……もう陽ぃ傾いてんじゃん。今日のところは街の散策は諦めて、とっとと宿探すかー。ついでにメシ屋も」
辺りはすっかり夕暮れの景色。
通りすがりの人に、宿の場所を訪ねてみる。
「うーん、一口に宿屋って言われてもこの街にはゴマンとあるからなぁ……どんな宿がいいんだ?」
とある人の好さそうな青年にそう聞かれたので、シキは迷わず親指を立てて答えた。
「なんか国を壊滅させられそうな強いヤツがいるとこ!」
「そんな反乱軍みたいな宿は知らないなぁ!!? …………いや、待て。あそこならひょっとして……?」
「え? マジであんの?」
冗談で言ったつもりで、まともな返事が返ってくるとは思わなかったので、逆にシキ方が驚いてしまった。
「あ、ああ。一つだけ心当たりがあるん、だけど……でもやっぱりあそこはちょっとさすがに……下手をすれば命の危険が……」
「なにっ!? 命の危険だとぉ!?」
「ああごめんごめん! そりゃ怒るよね! いまもっとちゃんとしたとこ考えるから――」
「何その呪いの館みたいな宿! めっちゃ面白そう!」
歯切れの悪い青年の言葉に、シキは怒るどころかむしろ、夢の国へ向かう子供みたいに眼を輝かせた。
「決めた! そこが良い! ぜひぜひ場所を教えてくれ!」
「……キミ変わってるなぁ。はあ、分かったよ。そこまで言うのなら――」
お兄さんは「ちょっと待ってて」と言って、後ろを向く。
そして数分してから振り返った彼の手には、紙が一枚握られていた。
「はい、地図を書いたから、これを見ながらいけば迷わずに行けるだろう」
「おお助かる! ありがとな兄ちゃん!」
「いやいや、礼を言われる事じゃないって言うか……本当に、あの宿はちょっとオススメできないんだけどなぁ……なんてったってあそこには、あの傍若無人な紅蓮――」
「じゃあな親切な兄ちゃん! 縁があったらまた合おうぜ!」
「――姫が泊ま……ってあっ!? ちょっとキミィ!?」」
まだ何か言いたげだった青年に気分良く手を振って、さっそく地図を片手に歩きだす。
シキの頭の中は既に、その危険な宿への期待でいっぱいだ。
――己の求めるモノは常に、誰かが「行くな」という先にこそある。
その事を、誰よりも良く理解しているがゆえに。
☆ ☆ ☆
地図に従っていくと、道の向こうに大きな建物が見えてきた。
「あれか?」
近付くと店の前に立て看板があったので、読んでみる。
『ここはラ・モール冒険者ギルド支部――
「おおっ!? ここがっ!」
――の近くにある宿屋、ブラック・フォックスです!』
「いやただ近所なだけかよっ!? つまり全然関係ねーんじゃん!!?」
思わずツッコミを入れてしまう。
看板の文章はさらに続いている。
『既に冒険者な方も! これから冒険者になる方も! うっかりギルドと間違えて入っちゃったアホ――おっちょこちょいな方も逃さな――大歓迎!! 部屋数には自信がありますので、どうぞどうぞほんの軽ぅーい気持ちでお入りください! ぐっふっふっふっ!』
「いろんな意味ですげぇなコイツ……」
頭のネジが吹っ飛んでるとしか思えない勧誘文句。
なるほど。想像していたのとはちょっと違うが、確かにここは危険な匂いのする宿だ。
『あっ。あと今の宿泊者に一人、ちょおぉぉっぴり凶暴な方もいますが気にしないでください! 猛獣だって、近寄らなければ大丈夫!』
しかも物理的な危険もちゃんとあるらしい。
よくよく周囲を見れば、主なターゲット層たる冒険者らしき人々が、なんか微妙にこの宿から距離を取って歩いてる気もするし……
「まいっか! 入ってみりゃ分かるだろ」
シキは深く考えるのをやめた。
年季の入って少し重たくなってる木の扉を、ギギィ……と音を立てて開くと――
「確保おおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
己に向かって飛び掛かってくる影があった。