赤炎なる少女との相対
――少女の心は、怒りの炎で燃え滾っていた。
意識は朦朧としており、ろくに両の目も開けない有様だが、それでもほんのわずか、ボォ……とろうそくの明かりが揺らめくような視界の中で、自分が倒すべき相手の背中が遠ざかっていくのだけは、はっきりと見えていた。
(おのれあのヤロウ……逃が……さない!)
さっき黒き稲妻に撃たれ意識が明滅しているさなか、誰かが突然自分とグランの間に割り込んできたのは覚えている。
どこのどいつかは知らないが、おかげで少女はこれ幸いとばかりに、残った力の全てを己の持てる最大魔法を組み上げる事へと費やせた。
それに集中し切っていた為、それからの状況は良くわかっていない……というより、そんな余裕がなかった。
分かっているのは自分の魔法が完成した事と、グランが背を向けて逃げているという二点のみ。
そしてそれだけ分かっていれば、少女にとっては十分過ぎた。
(ぜぇっっったいに――――ぶっ殺すっ!!)
それができるだけの魔法を、組み上げた。
少女は愛用の魔剣にその魔法を付与して、高く高く、振り上げる。
破壊力だけなら数ある最上級魔法の中でも最大威力を誇る、火属性の最上級魔法『メテオ・フレア』――――町一つ、とまではいかないが、建物の十個くらいはまとめて消し飛ばせる大爆炎の魔法。
加え、少女はこの魔法に『標的追尾』の特殊効果を練り込んだ。それにより、この魔法は例え標的が山を越えた向こう側にいようとも、丸一日は追い掛け回す死神のごとき性質を有しているのだ。逃げ場など、あるわけがない。
……ちなみにコレ、世の魔法学者が見たら「どーやったんソレェ!?」と目ん玉を発射しかねない神業なのだが、少女に自覚はあんまりない。
ともあれ、少女の必殺極まる一撃は整った。あとはコレを、にっくきあのヤロウに向けてぶっ放すだけ。
少女がそれを実行しようとした時――
「――――――――――この爆裂まな板女!!!」
…………………………………………?
………………………………。
………………ッ!?
「ア゛ア゛ン゛ッ!!? 今なんつったクソチビィィィッ!!」
少女の瞼は爆発するように見開かれ。
向かい合う少年の姿を捉えていた。
☆ ☆ ☆
「ア゛ア゛ン゛ッ!!? 今なんつったクソチビィィィッ!!」
途端、阿修羅のごとく激怒した少女に、シキの背筋はぞわぞわと震え立った。
(うわお、こっわー)
さっきグランが見せた挑発が頭に残っていたから、少女の気を引く意味も込めて咄嗟に言ってみただけなのだが、予想以上の反応が返ってきてちょっとビビった。
しかしそのおかげで、少女の目にハッキリとした意思の光が戻っている。畳み掛けるとすればここだろう。
なのでとりあえずシキは。
実に腹の立つ笑みを浮かべ、思いっきり中指をおっ立ててみた。
「えー? きっこえなかったんすかー? ならもっぺん言ってやんよ。こんの――ぶぁくれつ超絶まな板女ぁぁぁ!!!」
「――――――」
ブッチーンと。
少女の脳内から聞こえてはいけない音がして。
遠くのグランへと向いていた魔剣の角度がゆっくり、ゆっくりと変わっていく。
「ふ……ふ、ふふふふふ……!」
否、魔剣だけではない。
少女の表情そのものが、まるで悪鬼羅刹のごとき暗黒面へと染まってゆき……
「ね、ねえクソチビィ……? あ、あああアンタには二つ……いいや! 三つ言いたいことがあるわ……!」
「へーえ? そりゃ奇遇だなぁ。実はオレもアンタに、言いたいことがあるんだよ」
………………。
「私の名前はマーシャ・エルレイン!! さっきは“超絶”なんて付いてなかっただろーがあああああ!! あと私はまな板じゃなくてギリギリBカップじゃボケエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!!」
「オレの名前はシキ・テンリュウ! 以後よろしくお願いしゃっす!! っつかしっかり聞こえてんじゃんっ!? あと百六十三センチは年齢平均身長だアホオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
すさまじいほど私怨混じりな怒号を交わし、シキとマーシャは激突した。
ついに爆炎を纏った魔剣が振り落とされる。しかしその切っ先は既にグランには向いておらず。そして新たな標的とは、もはや言うまでもあるまい。
とはいえ、この戦いが長期戦になる事は絶対にない。
マーシャがたったの今まで瀕死状態だった事は紛れもない事実だ。今は激怒のあまり、一時的に気力が回復しただけ。要するに、火事場の馬鹿力的なあれである。
そこにこれだけの魔法を放てば、まず間違いなく力尽きて倒れるだろう。
すなわちシキのやるべき事は、たった一つ。
最上級魔法の無力化――その一点に尽きる。
「はあ……やれやれ……」
シキは向かいくる太陽のごとき炎塊を見ながら溜め息を吐く。
たった一人で最上級魔法を撃てるマーシャが人類的に規格外な生物なのは討論の余地もない。しかしこの程度の難局、シキにとっては日常的なそれであり、たまたまトイレに入って事を済ませた後「ふぁっ!?」とペーパーが無かった事に気が付いた時と同レベルのソレでしかない。
「まっ、よーするにだ。アレ以上の気を今この瞬間に練り上げりゃいいだけだろ?」
シキが不敵に笑って言い。
僅か三秒で、それを実行する事になる。