能動的三分間(プロローグ?)
死のうと思った。
特に深い理由はない。思春期にありがちな虚無感と無力感に襲われて、やりたい事もなく近所の河川敷に寝そべりながらふとそう思った。
あぁ、別に誰かの死とか、何か不幸があったわけじゃない。ただ先が見えなかった、それだけだ。
ただ死ぬのも何となく面白くないので、死ぬ前にやっておきたい事リストを作ろうと思い立ち、家に帰ると最初から最後まで真っ白な数Ⅱのノートを開く。
気がついたら開けっ放しの窓からはマジックアワーの空が覗き、ひんやりした空気に乗ってモクレンの香りがする。未だノートは空とは対照的で真っ白だ。
卓袱台に向かって、シャープペンシルをヤケ糞に放り投げ、伸びをして寝そべる。どうやら六畳一間の天井は魔法にかかり損ねたみたいで、無数の茶色いシミとにらめっこする羽目に合う。
どうやら死ぬ前にやり残した事は特段ないらしい。その事実に自分のことなのに今更初めて知る。ちょっとショックだ。
特別やり残したことはないけど、最後に風を感じたくてバイクの鍵を握りアパートを出る。裏手の駐輪場に止めている、祖父の形見にもらったZEP400のエンジンをかける。
ひんやりした空気と一緒にガソリンの香ばしい匂いを肺いっぱいにしてゆっくり吐き出す。
1989年当時高性能なバイクこそが正義だったのに、ネイキッドバイクの走りとして発売された、カウルもなく同じ400ccのバイクよりも馬力も劣るこいつはバイクのあり方に新しい風を巻き起こしたんだ。ってよく祖父が嬉しそうに語っていた。
周りより劣っているのに自分のあり方を知っているこいつが、たまに無性に羨ましく思えてくる。
エンジンの刻むリズムが惨めな自分を伝い、まるで泣いてるみたいに肩が震えるのが心地良い。最後に泣いたのはいつだろう?
そんなことを考えながら、アクセルを一度空吹かししてからクラッチを握りギアを入れる。祖父が大切に維持してたとはいえ、年代物のバイクはぎこちない音で風を切り始めた。
バイクは良い。風を感じられるし、運転している間はただぼんやり景色を眺めて、頭を真っ白にできた。より早く、より遠くに行きたくてアクセルを全力で回す。
右も左も見慣れない寂れた港町は信号も少なく、バイクは目的地のないゴールに向かって速めていく。車や人影の一切ない直線に差し掛かり、時速100キロが出た頃、片耳に突っ込んだイヤホンからNirvanaのSmells Like Teen Spiritが流れる。
フルスピードに最高の音楽。峠に入り、急なカーブを命をすり減らすように車体を傾けて、中央線を越えないギリギリで走る。この瞬間だけが唯一生きている心地がした。
そこから6曲ほど音楽と道を垂れ流したところで、行き止まりにぶち当たった。
小さな公園があり、あたりは闇と木で覆われていた。公園の南側は切り立った崖で、寂れた港町が一望できる。さっきまでいた寂しい場所と見え方が変わり、イルミネーションみたいに輝いて見えた。
あの町が明日から新しい生活が始まる祖父の町だ。高校二年の五月、こんな中途半端な時期に転入するのだから確実に悪目立ちするだろう。考えただけで憂鬱な気分になる。
それでも、一走りしたおかげでさっきほど死にたいとも思うはない。どうせ明日にはまた死にたくなるだろうけど、今晩は帰ってゆっくりお湯に浸かって暖かい布団の中でお腹を出して間抜けに生きてもいい。そう思えた。
そう、そんな風にどこにでもある、くだらない日常を繰り返す。口だけの死にたがり。
それが僕、一ノ瀬凛藤だった。
死ぬこと、生きること、将来とか考えたフリをして何も考えず、この世界の全てのことを分かった気になった僕は、いい加減体が冷えてきたので帰ることにした。
来た道を、同じようにお気に入りのプレイリストを掛けながら走った。一曲目のサビくらいで、もうすぐ町と水平に面した下り坂の角にでる。
あれ?その角に家があることに気づく。
行きしなにもこんな所に家があっただろうか?と言うか家というよりちょっとしたお屋敷ぐらいある大きさだ。
ギアを落とし減速して、目をこらす。木造で、ちょっと小さめな武家屋敷見たいな佇まいだ。そこにアンマッチな大きめの門。ヨーロッパのお城みたいな鉄格子で何かの花と星と猫の美しい造形だ。屋敷と門の間には左右を桜の木に挟まれた、ダンスパーティーが出来そうなくらいの庭が広がっている。
門の正面に対向車線を挟んで停車する。
行きしなは、山側を向いて走っていたから気づかなかったんだろうか?でもこんなへんてこで、快晴の満月みたいに吸い込まれそうな屋敷を見逃すだろうか?
そして、奇妙で美しい屋敷に目を取られ見逃していたモノがもう一つ。
女性が、庭の左端にある一際大きな枝垂桜をまるでスポットライトを浴びるかの様に月明かりに照らされて立っていた。
身長は僕より低く、女性の平均よりやや低めだろうか?少し茶色かかった癖っ毛のショートヘアーの彼女は、屋敷に比べると至って平凡に見えた。
そう、この時は確かに、彼女に対して、特に惹かれるものは無かったはずなんだ。
ニュートラルのギアを入れ直して、不思議な屋敷もあるもんだ。って思いながら暖かいお風呂を目指して帰路に着く事も出来たはずだ。
でも、そうしなかった。
彼女を見つけた、18時57分から19時ちょうどの3分間。
僕は彼女から目を離さなかった。
そして、屋敷の中に消えて行く、まだ名前も知らない彼女にさよならを告げた。
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絶対プロローグ?長いですよね。ってのはご愛嬌でお願い致します。そのた諸々ご愛嬌で(汗)
誤字脱字、おかしいところがあればじゃんじゃん教えて貰えると助かります。