とりあえずナマ1つください
兄さん、事件です。
危ないからとカチョさんたちには残ってもらい、一人で瘴気が噴出した現場に行くと、大きな岩があって、黒い人が座ってます。
黒い全身タイツをみっちりと着込んだような姿です。わかりやすく言ったら某少年探偵漫画の犯人さんでしょうか?
しかも座り方が『昼過ぎの公園でハトに餌をやっている40代後半から50代のおじさん風』です。
それに加えてへこんでいる感が半端ないです。近寄ったら不味いオーラが全身から駄々洩れしてます。
オーラ、と思ったら、それが瘴気でした。この黒い人が瘴気の元だった模様です。この人が真っ黒なのは瘴気に包まれているからでしょう。
うん、なんかいろいろヤバイ。
これ、関わったらあかん奴だな。
そっと離れようとしたら、黒い人が呟いた。
「もういやだ……」
呟きと同時に瘴気がプシューッと出てきてる。
うん、その姿でよくわかるよ。
疲れたようにぶつぶつとつぶやきつつ、チラチラとこちらに視線を送る黒い人。何か話したいのか、そうなのか?
「どうしてわしばっかりこんな目に。もう嫌だ。辛い。死にたい。爆発しろ」
物騒なことを言っている。
仕方ない、私は黒い人に近寄った。
「どしたん? 具合悪いの?」
軽く話しかける。
前世界の飲み会で係長補佐がよくこうやって落ち込んでいたのを慰めたなあ。酒の席になるとしくしく泣きながら愚痴るからみんな嫌がるし、いつも私が隣に座らされてたっけ。若い子には荷が重いし、飲み会を楽しんでほしいからと、大体私が相手してたんだよね。お姉さま(お局様ともいう)の宿命的な感じで。
「具合なんて悪くない」
べ、別に話したくなんてないんだからねっ、風な返事に思わず苦笑。
「ならいいんだけどさ」
私は岩に軽くもたれかかり、ふうっと一息ついた。
すぐに話しかけてくるかと思ったんだけど、黒い人はなかなか口を開かない。あれだけ話したそうだったのにと思ってそっと見たら、気持ち悪い形でもじもじしていた。
これは私が気を遣わないといけないパターンだな。
「実はこの辺り初めてなんだけどさ、いつもこんな天気なの?」
当たり障りのない会話例には必ず出てくる天気の話をしてみる。
「天気?」
「うん。なんか霧がすごいじゃない。霧って体が冷えるイメージでおばちゃんにはしんどいのよ」
「おばちゃんって、あんた、まだ若いじゃないか」
しまった、今は10代だったよ。
「言動がおばちゃんっぽいって言われるからつい。テヘ」
「自称かよ!」
「いいじゃない、誰かに迷惑かけたりしてないんだから」
黒い人はぐっと詰まった。
「わしだって、誰かに迷惑なんかかけてない」
ぽた、ぽた、と黒いものが膝に落ちる。
「だけど、そこにいると邪魔だとばかり言われる」
ぽたり、ぽたり、と落ちたものが瘴気に代わる。
ひょっとして、泣いてるのかな?
黒い人にもいろいろあるんだろう。生きてればやってられないことなんていっぱいある。私の今の状況だって、正直言うとやってられないことだよね。仕方ないと飲み込むまでにはいろんなものを飲み込まないといけないのだろうなあ。
ま、こういうとき私にできることは一つか。
でもなあ、こういう時に欲しいものはここでは手に入らないんだよなあ。
と思ったとき。
私の手元がきらきらと光り、ふわりとした丸い球ができた。バスケットボールくらいの大きさの光の中に見覚えのあるものが入っている。手を入れれば質感もあり、アイテムとして使えるようだ。
取り出してそれが何かをわかった瞬間、なんとご都合主義だと呆れた。
生ビールのジョッキ2つ。
きゅうりとなすの糠漬け。
枝豆と冷ややっこ。
それがお盆の上に載っている。
また、微妙なつまみだな。個人的にはホッケか唐揚げが欲しかった。
聖女の力なのか私の能力なのかわからないが、仕組みを考えるのはあとにしよう。今は目の前のことをクリアするぞ。
私は地べたに座ると、黒い人を手で招いた。
不思議そうに岩から降りてきた人を対面で座らせる。
その手に無理やりジョッキを押し付けた。ふわりと酒のにおいがする。実は下戸なのでちょっときつい。自分用にはビールじゃなくて茶があったらよかったのに。
と思ったら、また手元が光って、ウーロン茶が注がれたグラスが出てきた。ちなみにビールは1つ下げられたよ。
なんだろう、この適当な感じ。まあいいか。
「とりあえず飲む! そして愚痴る! 話くらい聞いてあげるから。まあ飲め!」
「は、はい!!」
「よし! それじゃ、私らの出会いを祝して乾杯!!」
こうして、真昼間から飲み会が始まった。
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