召喚されたらしい
「こんな簡単な召喚ってあるのねえ」
とりあえずここに、と通された部屋の中でしみじみ思う。
幸いと言うか、最近はとある投稿小説サイトの異世界転生ものにはまっていたので、今の状況はすぐに飲み込めた。
まあ、理解したとは言わない。どーしてこうなった!と叫ぶのはやめたってくらいかな。
ポピュラーな転生・転移ものだと、主人公は召喚される時に死んでいる。トラックとか電車とか通り魔とか。思い当たる節はないけど、過労死パターンもあるからそれは否定できないなあ。とりあえず社畜ではなかったはずだから過労ってほど疲れてないはずなんだけど。
私も死んじゃったんだろうか?
だとしたらちと切ない。アラフォーだったとはいえ、仕事もいい感じに任されていたし、私生活もそこそこ充実していたのに。
いや、彼氏はいなかったけどさ。友達は多かったし、部下にも上司にも恵まれてたし、習い事もいろいろしてたし、楽しんでいたほうだと思うよ。
たまに「なんとなく魔法陣が現れて落ちるもしくは吸い込まれる召喚もの」もある。あ、でもこれも行方不明だから死んだ扱いと同じなのか。
先に死んでしまっていたとしたら親に申し訳ない。
そう思うとなんだか泣きそうだけど、「同じ日の同じ状態に戻れる転生もの」もあったから、今回はそれに期待しよう。
「落ち込んだって仕方ないしね」
くよくよタイムなんて5秒で十分、と大好きな歌手が歌っているではないか。
せっかくだからできることをしていこう。
頬を叩いて気合を入れたとき、扉が開いた。
「領主様がお待ちです」
私は大きく頷いた。
お使いらしいもさっとしたおじさんについていく。
七三に分けたつもりがバーコード、そんなヘアスタイルがちょっと課長に似ている。
「本当は休んでいただきたいのですが、急を要することでしたのですみません」
課長(仮名)は何度も何度も頭を下げてくれた。いい人だ。
オレンジ色のろうそくの炎が照らす廊下は薄暗いけど足元は悪くない。コツコツと響く足音が学校の旧校舎に会った木の床を連想させた。そういえば夏合宿の時に肝試ししたなあ。電機は全部消して真っ暗にしていたつもりだったけれど、今のほうが暗い。元の世界の夜は明るかったんだなと思う。
それより驚いたのが窓に映った自分の姿だった。
めっちゃ若返っとる!
10代後半くらい?
そりゃ若いほうが何かと都合がいいだろうけれど、人生の半分以下まで戻されちゃったよ。「あの日に帰りたい」とかいうけど、私の場合は色々黒歴史だから今が一番楽しいよ! お構いなくって感じだよ!!
それにあれよ、若返ったところで自分は自分だったよ。黒髪黒目の普通の日本人。修正入れてくれてよかったのに。まあ体重は大幅補正してくれたみたいだから大目に見よう。ビバ中肉中背。ぽっちゃり丸かった私はもういない。体が軽いってイイネ♪
などと馬鹿なことをつらつら思っているうちに、大きな扉の前についた。
「こちらです」
課長(仮名)がノックすると、内側からゆっくりと開いた。
重たそうだなあ。
中に入ると結構なお年のおじさまとぽっちゃりころんなおじさんが妙にそわそわしてこちらを見てた。
そのそばにもおじさんたちがごろごろと。会社の会議みたい。一番貫禄あるし、きっとおじさまが社長、じゃない、領主様かな。その全部がこちらをガン見しているのでいささか落ち着かない。
でもま、伊達に年食ってないのよ、私もね。
「皆様初めまして。私は日本から来ました、榊明と申します。こちらの世界は私が生きている世界と違う、つまり召喚された、と考えてよろしいでしょうか?」
そういえば漫画でこういうお辞儀をしていたなと思い出したので、左手を握って胸に当て、ゆっくりと30度くらい角度でお辞儀する。会社ではもちろんできないけど、やってみたかったんだよねえ。
私の言葉に、その場にいたおじさんたちは口をぽかんと開けた。
「さきほど、聖女様、と呼ばれました。で、何をしたらよいのか教えてくださいな。ついでに終わったら元の世界に帰れるのかも教えていただければありがたいです」
読んでいただいてありがとうございます。