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どんな時でも朝は来るのだ

 そして目が覚めた。


 いつのまにか寝ていたらしい。夜中だったはずなのに、もう朝だ。

 目の前には黒光りする石だけがある。いろいろ飲み食いしていたはずなんだけど、すべてなくなっていた。誰かが入った感じはないので出てきたときと同じように片付いたようだ。私の力って便利だなあ。


 テーブルに突っ伏していたようで、頬に跡がついている。嫌だわ、今の体は若いからすぐとれるかしら?


 先ほどまで見ていた夢が思い出される。

 夢なんてすぐ忘れちゃうものなのに、今回はやけに鮮明だった。泣き崩れた姉や最後まで見送ってくれた社長以下社員の皆の顔が次々と思いだされる。

 ああ、忘れてなくてよかった、というか、以前の記憶が消されなくてよかった。

 黒さんが慰めてくれたのも嬉しかったな。

 私は黒さんの魔法石をそっと撫でた。ついでにぽんぽんしてみた。昨日頭にされたからね。こんな感じなんだよ、と呟いたけど笑われたかな?


 おかげでいろいろと吹っ切れた。

 さあ、今日からは前に進もう。


 なんてことを考えていたら、控えめに扉がノックされた。


「はーい」


 夢では扉の向こうに佳乃ちゃんがいたから、今回はきっと可愛いウサメイドだ、そう思ってこちらから開けたら、なんとマー君が立っていた。

 なんとまあ、間が悪いと言うか。さすがマー君、間が悪いマー君にもなるのか。


「ご、ごめんなさい……」


 ヤメロ、何故謝る? そんなに私の寝起きは山姥か?


 おろおろと立ち尽くしてるマー君をとりあえず部屋に入れる。向こうから走ってくるラビファにすぐ行くからと伝えると、回れ右して戻っていった。なぜかウキウキスキップしている。何か勘違いしたようだけどまあいいか。


 マー君はそわそわしながら部屋の隅に立っている。そりゃまあ、そうだろうなあ。私はまだ寝巻きだし、髪すらとかしていない。年頃の娘には痛い状況だけど、残念なことに中身は私だ。突き飛ばしていやんエッチとか言うほどかわいくはない。


「とりあえず座って黒さんと待ってて」

「黒さん?」

「うん、そこの魔法石」


 言われて初めてテーブルの上の魔法石に気づいたらしい。

 マー君は口を大きく開け、頬に手を当てて石を見つめた。なんだろう、そういうポーズの絵画、見たことあるわ~。


「うわあぁ、おっきいー」


 ここの男性は魔法石を見ると乙女口調になるのか?

 触ろうとしたのかそっと手を伸ばしたが、すぐに手を引っ込めてる。そういえば会議室にいたって言ってたっけ?


「もうバチってこないよ。先に持ってく?」

「……、いや、いい」


 疑ってるのかな? まあいいや。


 とりあえず着替えようとクローゼットに向かう。ここのクローゼット、ウォークインクローゼットなのかやたら広いんだよね。

 中に入ろうとしたとき、マー君がやってきて私の顎に手をかけた。

 そのままくいってされる。

 むおおお! こ、これは!? 噂の顎クイ!? おばちゃん思わずときめいたよ!

 マー君のくせに、マー君のくせにいいい!!!


「顎になんかついてる」


 指で拭われた。そこには茶色いものがついている。うん、ニオイからしてチョコだねえ。ポッキーか、ポッキーなのか……。

 うん、まあ、仕様ですな。

 なんだろう、このがっかり感、私のときめきを返せ。

 と思っていたら、マー君、指先に着いたチョコのニオイを嗅いだ後、ペロッと舐めたではないか!

 きゃー、何この子、天然なの!? と、ワクワクしていたら。


「うわあ、すっげーうまい!!」


 う、うん、なんだろう、この残念な子は……。


「本体食べたかったらあとで出してあげるから。夜になったら私の部屋に来なさい」

「え、ええっ!?」

「大丈夫、不埒なことは一切ない。仲良くパジャマパーティしよう。なんなら領主様を呼んでもいい」

「ぱ、じゃま、ぱーてぃ?」

「うん、こっちの単語にはないことが分かった。ありがとう、勉強になったよ」


 脱力したが、おかげでなんだか元気が出た。

 子どもの笑顔に癒されると言ってた同僚の気持ちが少しだけ分かった気がするのは内緒だ。




 黒さんを持って昨日も行った領主様のところに行くと、同じ顔触れに若い男が二人加わった面々が待っていた。

 若い男たちはどれも20代前半くらいかな? 領主様と同じ目と髪色(ちなみに髪が群青色で目は薄い水色。こないだ気づいたけれどこの世界は髪や目の色がとっても豊富で見ていて楽しい)で、なんとなく雰囲気も似ている。それにそこそこ美形だ。このくらいがちょうどいいんだよ、うんうん。

 しげしげ見ていたら自己紹介された。


「ターク=ピクセルだ」

「カーク=ピクセルです」


 名前が似すぎてて微妙に憶えにくい。タッちゃんカッちゃんでいいか。南ちゃんはいないが。

 それぞれピクセル辺境伯家の長男と次男だとのこと。なるほど、社長と副社長みたいな感じか。次男のほうが言葉遣いが丁寧で好感が持てる。まあ長男はぶっきらぼうもしくは俺様萌えになるのかもしれない。いや、萌えないけど。


「初めまして、榊明です。メイでいいですよ」


 私はそれぞれに丁寧なお辞儀をした。二人の目が細くなる。胡散臭いものを見るような目にちょいイラっとしたけど、まあ話しか聞いてないなら私は印象が良くないんだろう。というかこの子たち最初の会議の時いなかった気がするんだけどな……。


「二人は先ほど王都から帰って来たのでな。同席させることにした。かまわんな?」


 領主様が説明してくれた。もちろんいたところでなんてことはない。邪魔してきたら殴るけどね。


 黒さんの譲渡はすぐに終わった。

 意外なことに、領主様は譲渡に対する書類をちゃんと作っていた。昨日の言葉を思い出し、なんだか嬉しくなった。大事にしてくれてるような気持になってなんだか嬉しい。

 でもちゃんと書類は読ませていただいた。意味も分からずサインするのは大人として失格だからね。


 そこには石を無償で差し出すことへの同意と、その対価が書かれていた。


 ひとつ、領主の屋敷は自由に移動してよい

 ひとつ、ピクセル辺境伯の領地は好きに移動可

 ひとつ、旅行も可 でも籍は辺境伯地だと嬉しい

 ひとつ、畑の食べ物採り放題・食べ放題

 ひとつ、月の手当てあり 領内の買い物半額負担

 ひとつ、騎士を好きな時に使える権利

 ひとつ、次の魔法石からは優位で対価交渉できる


 うんうん、なんかすごくいい条件っぽくないか?

 特に食べ物採り放題・食べ放題はおいしい!

 地味に買い物半額もいいじゃん。領内グルメツアーとかしたいなあ。夢が膨らむ。


 そんなことを思いつつ、最後にものすごい小さく書かれた一項に気づく。


 ひとつ、三男のマークを従者にする


 ………。

 ちょいと待て? マーク!?

 振り返るとマー君は罰の悪い顔でこちらを見ている。あんた、朝来た時から知ってたな!

 それにしても、この項目、文字の大きさからして気づかれないといいなと思ってたのがバレバレである。マー君の扱い、ひどくね?


「人質は不要ですが?」


 思わず顔をしかめると、おじさんたちがなぜかそわそわし始めた。

 いや、怒ってないし。


「あ、マークが嫌なら、カークでも……」

「ち、父上!!」


 カッちゃんは突然の指名に慌て、遮っている。タッちゃんは跡継ぎで次男はスペアみたいな気持ちなのかな? 貴族社会はよくわからないけどそれはかなり気の毒な気がする。


「いや、どっちもいいです」


 断るとなぜか二人そろって傷ついた顔をされた。解せぬ。


「じゃあ、折衷案としてこんなん追記していいですか?」


 私は書類の開いているところにさらさらとローマ字を書いた。パソコンがローマ字打ちでよかったわ。



 ひとつ、せっかくなので楽しくやりたい

 ※ ただしお互いに無理のない範囲で



「私、そんなに我儘じゃないと思いますんで、ご高配のほどお願いします」


 領主様は私が追記した項目を見た瞬間、目を丸くした。


「……、これだけ?」

「はい。むしろこれが一番大事」

「楽しくって例えばどんな……?」

「えと、まずは食事ですねえ。正直ここのは単調なので私が知ってる調理法でいろいろ作ったりしたいです。あとは私が知ってることをこちらでもできるか実験したり、魔法も試したり、領内を回ってみたり、魔物を見に行ったり、いろいろしたいことはありますよ。一人だと大変そうだから誰か一緒に来てくれると嬉しいので、その時はマー君お借りしてもいいですかね? もちろんその時だけでいいですよ」

「それだと従者は必要では?」

「いやいや、普段は従者とか不要です。自分のことは自分でできますんでメイドもいりません。むしろ困る。マー君もカークさんも領地に必要な人なんだから私なんかにへばりつく必要ないし、というかもったいないっしょ? 二人は優秀そうだし、領地経営に回さないと」

「……」

「あ、そうそう。客間も私には不要だけど、住むところはありがたいので西棟に一つ部屋ください。広くなくていいですが一人部屋がいいな」


 などといろいろ答えてたら、突然、領主様が膝から崩れ落ち、号泣しだした。

 なんだなんだと思ってたら、周りにいたおじさんたちも抱き合って泣いている。お兄ちゃんたちもその場に座り込んで脱力していた。


「あああ、ごめんなさい。無理言い過ぎでしたか? 脅しているわけじゃなくてできる範囲でいいんですよ?」


 大の大人をたくさん泣かせてしまった。おろおろして固まっていると、マー君が満面の笑みとともに抱き着いてきた。


「ありがとう!メイはやっぱり聖女だった!」


 何故過去形にした、と重箱の隅をつつく発言はするまい。




 場が落ち着いたところで書類にサインして渡すと、領主様はとても嬉しそうな顔で受け取った。

 続けて自分の名を書き込み、なにやら呟く。

 書類真上の空中に丸い模様がわいたと思ったら、垂直に落ち、スタンプのようにぺたんとくっついた。一瞬ぴかっと輝いて、消える。契約完了、とマー君が呟いた。聞けば重要な契約の時はこの魔法を使うそうで、反故にすると契約者は大変な目に遭うらしい。私は被契約者なので逆に保証されるそうだ。こんな素晴らしい魔法、前世でも欲しかったなあ。


「これで俺はメイ様の従者なわけだけど」


 うおあ、その項目生きてたんか!?


「なんてね。メイがその項目に取消線入れてくれたから無効だよ」

「おお、よかった」


 前途ある若者の人生を無駄にするとこだったよ。


「なんか喜ばれると、複雑……」


 マー君に拗ねられた。思春期か!あ、思春期か。多感だなあ。

 でもま、なにはともあれ無事に済んでよかった。

 私は領主様の手の中にある石を見て心の中でありがとうと呟いた。






読んでいただいてありがとうございます。

誤字報告・感想など、大変うれしく思ってます。本当にありがとうございます。


いよいよスローライフが始まってくれる予感!

新しく出てきたお兄ちゃんたちですが、タッちゃんカッちゃんにするか、ドンちゃんカッちゃんにするか悩んだのは内緒です。

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