お城巡りをしてみよう:北棟 3
それから夕暮れまで、マー君と屋上で話をした。
実は結構寒かった。騎士さんのマントがなかったら確実に風邪ひいてたなあ。あ、聖女だから病知らずなのかも? でも冷えは女性の大敵なのだ。
途中からマー君がカタカタ震えているのに気づいたので、肩を寄せ合って一つのマントをシェアした。最初固辞されたが、寒いと言ったら諦めてくれた。一緒に包まるとなかなか温かい。
中肉だと思ってたマー君はそこそこ鍛えられた体だった。腹筋は多分割れてないけどちょっと鍛えてある感じ。
このくらいの感触が一番好きかも、とにやにやしていたら思いっきり照れられた。
なんだこの可愛いの。
とか思ったあたり、きっとおばちゃんなのね。だって18歳の男の子相手に何とかしようと思わないよ。異世界に来て若返ってるけど中身はそう簡単に変わらないのね。
まあ、せっかく若返ったんだから、ありがたく胸筋に寄りかからせていただきましょう。うんうん、いい肉付き。満足満足。
「なんか、おかしい」
「なにが?」
「年下の女の子とぴったり体をくっつけてるはずなのに、ちっともドキドキしない」
男の本能ってすごいなと思った瞬間でございました。
まあそんなこともあったけど、マー君との時間はなかなか有意義だった。
三男だから家督は取れないんだと言いつつも、領土のために尽くそうと心を決めていたというマー君は、この辺りのことにとても詳しかったのだ。貴族のたしなみとか言ってたけど、なかなかできることじゃない。実際に会社を継がない社長令息は結構遊んでて迷惑って話をたくさん聞いてたから、素直に感心したわ。
今いるところはピクセル辺境伯が治める領地で、魔物の住む世界、いわゆる魔界との境界である暗闇の大森林の端っこなんだって。
こないだカチョさんから聞いた話だとこの世界は五円玉みたいな平面で、太陽は真ん中の穴を通って表と裏を行き来していて、それがぐるっと円を一周して一年って話だった。辺境は魔界に近いってことは、円の縁のほうってことなのね。暗闇の大森林とやらが円の縁をぐるっと一周して魔界と聖界(こっち側のことは聖界っていうんだって)が交わらないようにしているんだとか。
たくさんの国に別れているのかと思ったら、聖界も魔界もそれぞれ一つも王家が治めているのだとか。
でもラノベにありがちな「魔王が襲ってきたとか」「魔界の魔物に蹂躙されて」とかそういうのはないらしい。聖界にでる魔物は裏側から漏れ出た瘴気に当てられた生き物が変化したものだそうで、あちらのせいではないんだそうな。完全に裏表別世界ってことみたい。
瘴気漏れは辺境に多いらしいけど、王都のほうに全くないわけではなく、むしろそっちのできたもののほうが被害が大きいそうだ。
幸い、ここ20年くらいは辺境とその周辺以外で瘴気の被害は出てないそうなんだけど、王が新しくなる直前くらいによく瘴気だまりができるので、常に聖魔法の使い手は求められているとのこと。しかも王は高齢のため、そろそろ王座を譲るころなんだってさ。王には男女合わせて25人の子どもがいるそうで、まあ、揉めるよね、きっと。
って、25人ってすごいな、ォイ。
まあ、そんなことがあるなら、私が行ったら絶対に辺境に戻してくれないよねえ。領主様が危機感を感じたのはそういうことなのか。
「メイが来た時、親父様がまさに狂喜乱舞って感じだったんだよな。目を疑ったよ。頭で回ってたし」
ブレイクダンスかよ! 血管きれるぞ、おっさん……。
「こんなこと言われても困るかなと思ったんだけどさ、事情知ったら折れてくれるんじゃないかな、と下心ありありで説明した」
マー君は言いながら両手を合わせて頭を下げた。このジェスチャー、ここでも通じるんだなあ、とつい見つめてしまったら、マー君は私が不機嫌なんだと勘違いしたみたい。土下座しそうな勢いなんで急いで止めた。どこぞのモンスター客じゃあるまいし、土下座強要なんてしまいよ!
「ごめん。知り合ったばっかりの女の子に言うことじゃないんだが、実はこの領地はかなり厳しい状態なんだ」
「そうなんだ?」
「うん。実はさ、この城を支えている魔石だけじゃなくて、領土のために使っている魔石があと少しで切れるんだよ。だから親父様も家臣たちも必死なんだ。決してメイからいろいろ奪おうとしているわけじゃない、それはわかってほしいと思って」
「魔石が切れるとどうなるの?」
マー君はとても困った顔をし、目を伏せた。
「魔力がなくなる。動力がなくなると城は機能しなくなる。メイも見ただろうが、裏にある畑は全滅だろう。あの木は魔力を吸って生きてからね。厨房や風呂の水場も水が届かなくなるから自分で汲みに行かなくちゃならないし、火も自分で起こすことになる。暖房も切れるから冬は地獄だな。ここは雪が多くて冬がしんどいんだよ。夜も魔法光がないから真っ暗だ。騎士たちはたいまつをもって巡回したりするだろう。そのほかもいろいろ考えられるけど、たくさんありすぎて話しきれない。町のほうもほぼ同じだな。魔石の力を各地で使っているから、なくなったら生活が今の十倍大変になる」
うわあ……。
「さらに、暗闇の森から少しずつ流れてくる魔界の風邪、つまり瘴気の薄い奴を防ぐ結界が切れる。少しなら問題ないけど、魔界の風邪は時間をかけて領民を蝕んでいくから、次代や次々代の子どもたちはどこかしら悪い部分を持って生まれてくるだろう。体の弱い子が増え、年寄りは早く亡くなり、人手がなくなった村は潰れる。そうやってこの領土の力はだんだんなくなり、しまいには消失するだろう」
思ってたよりすごいことだった!
「マジかー……」
思わず空を見上げる。
山や森の影を切り取るように真っ赤な夕焼けが広がっているが、その中に城の明かりも混ざっていた。この明かりは全部魔力のものなのね。
魔力がなくなるってことは、私がいたところで考えたら電気がなくなるようなものなのかもしれない。
電気のない生活、うう、確かに大変だ。
昔に戻ればいいじゃないって話だけど、そんなん机上の空論だよ。スローライフが好きな人ばっかりじゃないし、便利さを知った体に生活を変えろってのは難しい。
さらにいうと、電気がなくなるだろうって時に目の前に電気ネズミが現れて、やたらと放電して蓄電池に電気をためてくれて、それで普段通りの生活が送れるなら、ネズミを手放せなくなるよなあ。
「ぴかピカちうかあー」
とはいえ私はネズミではないし、そこまで優しくもない。
「帰れたらなあ……」
思わずため息をついた。
そうなんだよね、帰れたら、魔石も簡単に手放すし、今ある瘴気全部さくっと浄化して石にして置いてくとか全然かまわないのよ。
でも、ねえ。
こっちで生きていくとしたら、それやっちゃダメでしょ? 擦り切れるまで搾取されるかもしれないんだから。
「わかったよ」
とはいえ、マー君の話を聞いちゃったらなあ。
まったく、自分で下心ありって言ったらいいって顔してるマー君が憎い。あざとい。でも領民の為とか言う若い子の男気には応えてやりたいじゃないか。
「領主様ともっかい話してあげよう。マー君のことも話すよ? いいね?」
「もちろん!」
マー君は嬉しそうに笑って抱き着いてきた。
読んでいただいてありがとうございます。
今年ももうすぐ一年終わりですね。この話を書いてなろうで初めてブクマをいただきましたこと、本当に嬉しかったです。これからも緩く更新しますので読んでもらえたら嬉しいです。
よいお年をお迎えください。




