94. キュベレー山脈 1
四月二三日黒曜日と小の月だから、二三日の黒曜日だ。
ローガン町を出るときに、警備兵にオーラン市の市民票とギルドカードと納税証明書を見せたら、変な顔をされた。まあ、そんなもんか。
「セージ坊やは、ここに間違いなく戻ることは可能か?」
「はい。多分大丈夫です」
城壁の外に出たところでノコージさんの問いかけられ、元気いっぱい答えた。
僕もそのつもりで『記憶強化』でシッカリと記憶に刻み付けたもんね。それも数か所。
それとポイットムービーも適当に録画している。
土産映像ってのもあるけど、いざという時のためだ。
「念のためこれに魔法力を込めておいてくれるか」
「はーい」
渡された金属円盤に魔法力を流した。
存在が希薄になるんだけど、はっきり認識できるという変な円盤だった。
それをノコージさんに返却する。
ローガン町からは、いくつもの鉱山に道が伸びている。
ラーダルットさんの案内で、しばらくは鉱山に向かう道を進み、キュベレー山脈に入っていく。
その後に密林に分け入っていく。
気温はオーラン市より低いけど亜熱帯だ。
密林に入ると湿気がすごい。
密林の植生はモモガン森林とそれほど変化はないが、魔素や負の魔法力が濃厚で、樹木が大型化している。
その頃には汗だくだ。
<ホーリークリーン>
サッパリ、サッパリ。
ローガン町をキュベレー山脈への出発点に決めたのは、ラーダルットさんが前回入山したのがこの町だったってこともあるし、ラーダルットさんの収集した情報だとこの付近に真のルルドの泉の出現率が高いんだそうだ。
そこそこ歩いて密林に入っていく。
しばらくすると、不思議なことに気付く。
ラーダルットさんはこれがエルフの力なんだって思えるような、僕の空間認識や浮遊眼と違う感覚で、魔獣を避けて密林を進んでいく。
やはりエルフは森の民、その案内で密林に入っていくのに、安心感が生まれてくる。
ルードちゃんも自然眼っていう、エルフ特有のスキルを持っているから、ラーダルットさんもエルフ特有のスキルを持っているんだろう。
まあ、僕的には時たま狩りをしながらってのが最適なんだけど。
「魔獣いない、つまらん」
「ノコ、魔獣何処」
それは不満を隠さないボコシラさんも同様のようだ。
もちろん魔獣に遭遇してないわけじゃない。
ゴブリンやカマイタチに鎖スネークにパフアダーを狩った。
強いところだとブッシュキャットやカメレオンモンキーにも遭遇したが、強さは“35”前後だ。
ボコシラさんにとっては、満足いくものじゃないってことだ。
ワンダースリーにとっては貴重な素材でもないし魔獣石を取り出して、あとはポイだ。
一応、僕やラーダルットさんにいるかとの問いかけがあったけど、ラーダルットさんの持っているフェイクバッグは容量の大きなものだけどいらないそうだ。
僕もいらないけど、適当にアイテムボックスに放り込んだ。
「キラーレッドベアがいるよ。強さは“66”」
体長二.八メル、体重三六〇キロの真っ赤な体毛の巨大な熊だ。
威圧に、風と火魔法に身体強化に、爪や牙は鋭く長く、剛毛の体毛は生半可な攻撃じゃ効き目はない。
ギョッとするラーダルットさんに対して。
「それやる」
ボコシラさんの瞳がキラリと輝く。
僕と一緒で総合が“110”前後だから、通常攻撃が通るし、遊び気分だ。
「セージ、どこ?」
「…ああ、行ってこい。あっちだ」
プコチカさんは一旦考えた後、キラーレッドベアの方向を指さした。
瞬時に駆け出すボコシラさん。
プコチカさんとボクが後に続き、ラーダルットさんが恐々とそれに続き。ノコージさんはラーダルットさんの護衛として付き添う。
グワァーッ。
威嚇で吠えてくるキラーレッドベアをものともせず、ボコシラさんが二本のレイピアで駆け寄る。
キラーレッドベアの赤い剛毛に炎が上がり、火の玉となって、ボコシラさんに向かうが、ひょいッと避けて、ノドに右手のレイピアを突き立てる。
グギャャ……。
くぐもった叫びを上げながらキラーレッドベアがボコシラさんに覆いかぶさっていくも、ボコシラさんは右手のレイピアを引き抜き、左手にレイピアで眉間を突き刺して止めを刺した。
キラーレッドベアは冷やして、魔獣石と内臓を取り出し、ノコージさんがアイテムボックスに放り込んだ。
◇ ◇ ◇
「ラーダルット、魔獣を必要以上に避ける必要はない。
時間短縮だ」
「わかりました」
「この標高付近に泉が多くあります」
ノートを見ながら周辺を何度も確認したラーダルットさんが宣言する。
口頭で確認していた時には曖昧だったラーダルットさんの情報が、現地に来ると具体的になってくる。
この辺りから南東側に向かってルルドの泉の発生率が高いそうだ。
標高五二〇メル。あくまでも僕の感覚だけど。
ローガン町の上側を南東に向かってローラーを掛けていくことになる。
目標がわかれば、浮遊眼を発動して見ていくことも可能だけど、うっそうとした場所だと空間認識のレーダーの方が効率がよさそうだ。
さすがエルフ、身軽に木に登ってラーダルットさんが密林の下側を差す。
当然僕たちも適当に登(上)っている。
「あの高さにも泉が多くありますが、標高の高い方がルルドの泉の確立が高いそうです」
概ね標高三四〇メル付近のように思える。
「神寿樹の情報は、伝えた通りありません」
レーダーと浮遊眼で、レーダーに反応在り。
「向こうに泉発見」
ということで、できるだけ直線的に移動。
魔素濃度を見てもダメと思えるが、鑑定で飲料可を確認してから一口飲んでみる。
ヤッパ、違う。
三〇程度の泉を確認してみたけど、ボティス密林のルルドの泉程度の効果がある泉は二つほど見つけたけど、ダメだった。
空間認識が主体のレーダーで発見しても、水がわずかににじみ出ているだけで無意味な場所もあったけど、それは仕方ないとあきらめた。
あと標高が高い所為か、ナッツは多めだけど、果物や香辛料が少ない。
ただ、ナッツは手間がかかるから、あまり取ってない。
同時に神寿樹も探しながらだったけど。
それで、小さな苗木をみいつけたんだけど、樹皮を採取できるものじゃなかった。
要は見つけられていないってことだ。
ラーダルットさんの見立てだと、一年で樹皮の採取はできるそうなんだが魔素濃度で成長に変化がある。
そして樹皮は怪我をした魔獣にも食べられてしまうことがある。ただしそれも半年ほどで復活するそうだ。
ちなみに邪魔な魔獣はボコシラさんと僕で、交互に狩っている。たまにプコチカさんだ。
遠くのものはノコージさんが担当し、弱いものはラーダルットの弓も活躍した。
出会った魔獣はフォースゴブリンにデスゴブリン、イノシシ系のデミメガホッグにメガホッグ、猿系のビッグファングアぺ、熊系などなどと多彩だけど、魔獣石以外の素材は強さが概ね“40”以上のものにしているみたいだ。
お昼休憩。
ここでも『記憶強化』で、しっかりとテレポートポイントを記憶する。
途中の小休憩二か所を含めると、四か所目だ。
「ラーダルット、このままこれを続けるか」
「他に情報がありません」
「そうか。何か気づいたり、思い出したことがあればすぐに教えてくれ」
「わかりました」
密林の中のエルフの感覚って、優れたものだからプコチカさんも期待はしているみたいだ。
探索はまだまだ続きそうだ。
それにしたって地下からの湧き水だから、魔素だまりに有るって訳じゃないし、そう簡単には見つからないよね。
午後にしばらく進むと、密林から岩肌に変化してくる。
そして、険しい断崖絶壁にはばまれた。
幅一二〇メルに渡って山肌が巨大なカギ爪で、V字型にえぐれたような地形だ。
絶壁の下は大きく深い亀裂となていた。
「上に抜ける以外方法はありません」
わし魔獣のダブルヘッドホークが二羽舞っている。それとレッドホークも一羽。
プテランが遠くに見える。
絶壁の途中には最近と思われる崩れた場所が見え、濡れた岩がある。
レーダーで確認すると水がにじみ出ているか所は数か所あるけど、ルルドの泉じゃなさそうだ。
「ノコージ、セージ頼む」
その絶壁を僕とノコージさんの<テレポート>で超え、探索を続けた。
ラーダルットさんの前回の探索の苦労がしのばれるが、空間魔法のレベル10以上がいればこんなものだ。
発見した泉の数も今回の方が圧倒的に多いそうだ。
岩肌に瓦礫と歩きづらい。
しばらく進むと泉もあったけど、またもえぐれた絶壁だ。
幅は八○メルほどと、先ほどよりも小さい。
もう一つ絶壁を超すと、山肌はまた密林に戻って、歩きやすくなった。
相変わらず多彩な魔獣だし、ちらほらと在る泉は相変わらず効果があっても低いものだ。
「おわーっ」
「どうした」
「ギガントロックピテクスで強さは“100”前後が八匹で、子供なのかな弱いのが三匹いる」
日だまりでくつろぐギガントピテクスは巨大な猿魔獣で、体調は三メル前後。
連携して幻術を使い、電気をまとい、風魔法で様々なものを飛ばしてくる。
動きも早く、岩のような強靭な体も脅威だ。
それらが警戒しながら移動している。
これは退避、いや、回避だ。
<テレポート>で大きく飛び越える。
しばらく泉がないが、密林に隠れて小さな洞窟がある。
あれ、中に水が。
ってことで急遽、洞窟の中も確認していく。
「シルバーデビルがいるようじゃ」
プコチカさんが、警戒をうながす。
指さす方向にレーダーと浮遊眼を飛ばして確認すると、銀に黒い縞模様のシルバーデビルが三匹。親子だろうか。
二匹が体長三.六メルほど、体重は五五〇キロ程度は有ろうかという立派なものだ。
強さは“131”と“127”程度と多少の誤差有だ。
小柄なシルバーデビルは“108”だ。
虎型の冷凍魔獣として恐れられる魔獣だ。
それが岩場の上でこちらを観察していた。
「やるぞ!」
「まあ、待て。向こうも警戒している。やり過ごすぞ」
「ダメ、やる」
「相手はオマエより強いじゃねーか。
こっちにも守らんといけない人がいるんだ。危険を冒すな」
ラーダルットさんの顔色が悪い。
さすがにシルバーデビルは脅威だったようだ。
「警戒しながら先に進むぞ」
ボコシラさん、ふん、とご機嫌斜めです。
震度一の地震でシルバーデビルとの緊張感が高まる。
数秒のにらみ合いで、シルバーデビルが視界から消えたけど、身を潜めただけだ。
「この辺って、強い魔獣の住処なのかな」
「そうかも知らんし、そうじゃないかもしれんって」
「どういうこと」
「決めつけて掛かると、見えるものも見えなくなるってことだ。
セージ坊やもシルバーデビルに集中していて、周囲の魔素濃度が高いことを気にも留めておらんじゃろう」
うわー。本当だ。七沢滝ダンジョンで味わった濃厚な魔素に負の魔法力以上の濃厚さだ。
ラーダルットさんの顔色が悪いのは、この濃厚な魔素と負の魔法力の所為か。
自分が平気だからって、気にも留めてなかった。
「あやつらはこの魔素に釣られてきたんじゃろうて」
ラーダルットさんが、ノコージさんにサポートされながら歩き出す。
「泉は」
「ここは後だ」
二〇〇メルほど離れると、どうやらシルバーデビルの索敵範囲から抜け出せたようだ。
そこからさらに歩くとラーダルットさんの顔色に生気が差してくる。
そこで休憩。
『記憶強化』
これで城壁から数えて、六か所目となる。
「今日はここまでにするか」
「そうじゃな」
ノコージさんが、アイテムボックスから、またも金属円盤を取り出す。
「ポインティングデバイスじゃ」
「ポインティングデバイス?」
「テレポートマーカーともいう。
セージ坊やも、その内に手に入れるべきものじゃ」
あー、納得。
ノコージさんが魔法力を込めると、気配が薄らいでいく。
「わかるか?」
ノコージさんは新たに魔法力を込めた円盤を僕に差し出してくる。
「わからなくなったような、変な感覚です」
「そうじゃな。だがわしだけはハッキリとこのポインティングディバイスの存在が感じ取れるのじゃ」
ああ、情報操作のような阻害効果と一緒に、自分にだけは同調効果を発生させてるんだ。
そして朝の円盤を思い出すとローガン町の城壁から少々離れた森の中に僕が魔法力を込め円盤が置かれているのが認識できた。そしてレーダーや浮遊眼で周囲を確認できた。
「なんとなく、わかったようじゃな。
一旦ローガン町に戻って、明日の朝ここに戻ってくるんじゃ。
セージ坊やはこれを使え」
もう一個、ポインティングデバイスを取り出すと僕に差し出してきた。
「了解です」
僕は魔法力を込めてノコージさんと一緒にポインティングデバイスを地面に置いた。
ノコージさんは、念のためと数十メル離れた場所にもポインティングデバイスを設置する。
ぽっかりと開いた岩場でおおわれた場所で見晴らしもいい。
「用意はいいか」
「はい」
「<テレポート>」
「<テレポート>」
ノコージさんはボコシラさんとプコチカさんと手をつないで飛び、僕はラーダルットさんと手をつないで飛んだ。
城壁から離れた森の中に出る。
さすがに距離があって城壁までを一回で飛ぶには、浮遊眼の有効距離を越えているから二回かなって思ってたんだけど、一回で飛ぶことができた。
空模様がどんよりと随分とあやしくなってきた。
冒険者ギルドに僕たちが入っていくと、ざわついていたロビーがピタリと静まった。
邪魔な魔獣素材の買取で、またロビーがざわつきだすけど、絡んでくる冒険者はいない。
周囲の喧噪は当然スルーだ。
ヤッパリ僕と一緒でワンダースリーも魔獣石は使うみたいで、四人で分けた。
ちなみに今回の狩りの配分は、パパから言われているけど、ラーダルットさんはルルドの泉の水と神寿樹の樹皮で薬として二〇個分だ。
取れなければそれまでだ。
その他狩りで得たものは、ワンダースリーと僕の者となる。
今回に換金や魔獣石を適当――僕に多めに――に分けてくれた。
そして僕のアイテムボックスに放り込んだものは、換金してラーダルットさんに渡そうとしたけど、きっぱりと拒否された。
そうだ、ルードちゃんの給料にでも上乗せ、いや、ボーナスにでもするか。
そして宿に泊まった。