93. ローガン町へ
四月二一日黄曜日。
キュベレー山脈に向かう。
パーティーメンバーは僕に、ルードちゃんのパパさんのラーダルットさん、それとワンダースリーだ。
結局、魔失病の秘薬、“妖精の慈愛”の製法はエルフの秘密ってことのようだ。
ラーダルットさんにメチャクチャ謝られて、逆に申し訳なかった。
七沢滝ダンジョン(正式にそうなった)の探索も五階層までのデータが取れたということで、五階層までもう一度降りてみての調査が行われ、ワンダースリーはそれに同行したそうだ。
それで一旦ワンダースリーへの依頼は終了し、冒険者ギルドの調査は終了して、一旦オーラン市に管理と運営を戻したんだそうだ。
そうはいってもボティス密林の中のダンジョンの管理と運営は至難を極まる。
最終的には運営がオーラン市で管理を冒険者ギルドに委託することになりそうだ。
そんなこんなでパパがいろいろと交渉してくれて、僕の友人としてワンダースリーが同行してくれることになった。
いくらかかったんだろう? チョット心配したけど、そこは大人の仕事だ。僕はノータッチだ。
とにかく、出発日が今日になったのは、パパが同行者が雇えたのが今日からだってことで待ってたんだ。
「気を付けて、ケガをしないで無事で帰ってきてね」
「パパの事をよろしく。それとママを救って。できることならウチなんでもするから」
朝早かったにもかかわらず、ミクちゃんとルーちゃんも見送ってくれた。
ルードちゃんとママさんは、しばらくノルンバック家で預かることになっている。
ルルドキャンディーもたっぷりとあるしね。
それにしても、なんでもって、……気持ちは分かるけど。
ライカちゃんにモラーナちゃん、それとロビンちゃんには昨日行ってきますは伝えてある。
「しっかりと、役に立ってきなさいよね!」
ミリア姉は相変わらずだ。
「うん、行ってきます」
僕の準備はハチミツルルドキャンディーをしこたま用意したことだ。
パパにママ、エルガさんにリエッタさん、その他家の人たちに見送られ、手を振った。
キュベレー山脈の入り口には、ホーホリー夫妻が大型魔導で送ってくれる。
オーラン市の東側。
モモガン街道を通って、幾つかの村や田園に畑を過ぎると大きなモモガン川にぶつかる。
橋を渡ればモモガン森林に向かうが、モモガン川を渡らずにモモガン街道の道なりに南東に向かう。
モモガン街道は途中からモモガン川から離れ、まず向かった先はオットーラ町だ。
行政区はオーラン市に所属していて、人の往来は頻繁に行われている。
大型のトラックや馬車を抜かし、すれ違いながら進んでいく。
それなりに整備された道は徐々に南東に向かって行く。
魔導車が揺れることは揺れるが、僕にとっては楽しい乗り物だ。
断って屋根に上って周囲を見回すが農耕地を過ぎると雑然とした草原に森だ。
ついでにポイットムービーで撮影もしておく。いい土産話になるだろう。
「ねえ、ワンダースリーのみんなはキュベレー山脈には行ったことあるの」
「ある」
「ああ、あるな、これで五度目になるか、いや、六度目だっけか」
「わしゃ、何度来たか覚えておらん」
「ねえ、どんなとこなの」
「魔獣強い。面白い」
「セージスタほどの強さがあれば、油断しなければまずはだいじょーぶだ」
「行くたびに、新しい発見があるわな」
ラーダルットさんにも訊ねたけど、
「木々がざわつき騒がしい場所があるかと思えば、シーンと静まり返った場所もある。
悪意のある木々も多く気が休まらない場所だ」
よくわかんないよね。
途中何か所かの安全地帯、セイントアミュレットに囲まれた広場があって休憩も可能だ。
レーダーで周囲を観察しても、ゴブリンに昆虫系に小動物系、あとは小型の鳥系の魔獣とララ草原と変わり映えしない魔獣たちだ。
農耕地が見えてくると村で、そしてオットーラ町で、ここまでは近い。
そのまま直進して今度はゴルオン市を目指す。
またも農地から森林、そして農地が見えてくるとゴルオン市だ。
ゴルオン市は独立行政区だ。
ゴルオン市でモモガン街道を直進せずに左(北東)に曲がと、ローガン街道だ。
農耕地や村を過ぎて、しばらくすると道が狭くなる。
この辺も魔獣の傾向にあまり変化はないけど、蛇系が多くなったようだ。
増設の充魔電石を積んだ大型魔導車で目いっぱい走って、ゴルオン市から離れた村で一泊。
巨大な吸魔アンテナを広げて充魔電石を充魔電する。
早朝に起きてローガン街道を更に進む。
モモガン川の支流の橋を幾つか渡ると景色が変化してくる。
目の前には濃厚なグリーンの絨毯が広がり、上に従い青くなってかすんでいく。
キュベレー山脈だ。
途中ではつづら折りの山道も走った。
この辺になると魔獣はモモガン森林似ていて、猿系がちらほらと見受けられる。
熊にイノシシもたまにいる。
午後三時に到着したのが、鉱山で栄えるローガン町だ。
標高四〇〇メルの町はオーラン市からすると二、三度ほど気温が低い。
随分過ごしやすい。
本来なら二日半の旅程を二日弱に縮めた強硬移動だ。
帰りは定期便の魔導車や馬車の予定だ。
オーラン市からモモガン森林を抜けて来たら、それこそ一週間以上掛かってしまうらしい。
ローガン町は、急峻なキュベレー山脈のふもとにある町の一つで、キュベレー山脈に分け入っていく冒険者の拠点でもある。
キュベレー山脈はオーラン市の遥か東から南東方向に延び、幾つもの国に跨っている。
北西方向から南西方向に長いアーノルド大陸のほぼ中央を縦断していてアーノルド大陸の屋根と言われている。
そんな大きな山脈だから、ローガン町みたいな鉱山都市は数多く存在する。
ローガン町ももちろん亜熱帯で、標高四〇〇メル程度だと、植生や魔獣にモモガン森林と変化は見られなさそうだ。
ローガン町。
標高は四〇〇メルほどで、密林の中の城塞都市っていった感じだ。
なので都市を囲む農耕地は無く、城塞内にわずかな畑があるだけで、完全な鉱山都市だ。
掘れるものは魔石と鉄に少量の銀が主だ。
人口は少ないく六千人前後――出入りが激しく正確な値じゃない――で、一獲千金を求める山師と冒険者の町だ。
見るからに荒っぽそうな町だ。
そうはいっても定住している家族もあって、子供もいるから小さいながらも初等学校もある。
『自由共和国マリオン 都市総覧』に書かれていたことだ。
正面からの映像を収め、入町税を払って門を潜る。
明日には出ていくが一か月(二四日)間の税金だ。
まあ、町に戻ってきたときのためでもあるからこうなっている。
他には商取引などには特別証を配布しているので、税金は安くなる。っが、持ち込み商品には別途税がかかるそうだ。
ちなみにマリオン国民だと一般の都市だと入市税はかからない。というか一般の市や街には入市税はない。入国税のみだ。
他国から来た人も入国税を払い済みならば一緒だ。
ただし、ローガン町のように運営に多額の費用が掛かる都市は、入市税と称して運営金の供出を依頼(強制)されるんだ。
まずは宿に向かう。
オーラン・ノルンバック船運社の支社がなくともお勧めの宿くらいの情報はあるし、ウインダムス家から情報をもらっている。
噂通りの商人向けのきれいな宿だった。
次は冒険者ギルドだ。
マリオン国内であればどこの冒険者ギルドでも同様の扱いをお願いできる。ただし到着した時に冒険者ギルドに活動申請を行う必要があるのでそのためだ。
それと情報収集もあってだ。
オーラン市と比べればこじんまりとした冒険者ギルドだ。
お金が掛かるわけじゃないから、僕らだけでなくホーホリー夫妻も念のため活動申請を提出する。
僕がドワーフ用だろうか、低めのテーブルで申請書を書いていると、
「おい」
険しい顔がにらんでいた。
まあ、無視でいいだろう。
「おい、ガキ」
「何ですか、下品なおっさん」
「何だと、てめーみてなガキが活動申請なんて書きやがって、ここはお子ちゃまお遊びの場所じゃねーんだぞ」
「おい、うちの者にちょっかいを掛けんでくれるかな」
絡まれてたらガーランドさんが割って入ってくれた。
「オマエが保護者か」
「まあ、そうなるのかな」
「なんだ、てめーも舐めてんのか、あー!」
「ギルド内のもめ事は止めてください」
受付嬢の声で険悪ムードのまま、「けっ、胸糞悪っ!」と下品なおっさんが引き下がる。
僕は書き上げた活動申請と一緒に冒険者ギルドカード、ランクCの緑のカードを提出する。
あ、ボランドリーさんの紹介状もだけど、ここでアイテムボックスから取り出していいかな?
僕が迷い、騒ぎを止めてくれた受付嬢が驚愕している。と、
「チョット待てー! ガキのカードがなんで緑なんだー! えっ!」
あちゃー、また下品なおっさんだ。
「「…「…」…」」
「セージ強い。オマエ弱い」
ガーランドさんもどう対処しようかと思案に口ごもていると、兎人族の真っ白い毛皮のボコシラさんからの……、えーっ、フォローか?
「カースさん、騒ぎは止めて下さい。ギルド長を呼んできます」
「いや、それより俺がこいつの腕を確かめてやるよ」
下品なおっさんが胸にぶら下がった、ランクDの青色のカードを見せてくる。
「ほらこの通り、俺はガキより弱いらしいからな」
「カースさん!」
あー、めんどくさい。
いちゃもんを付けられた時のボランドリーさんの気持ちが、よーく、わかったよ。
「いいよ、この下品なおっさんをぶちのめせばいいんでしょ」
「いいえ、ダメです。ギルド長ー」
結局、ギルド長に何度も、
「本当にランクCなのか」
「はい」
「間違いない」
と訊ねられて、僕が、そしてガーランドさんが証人として返事をする。
「セージ、ランクC? おかしい」
「ボコシラはだまってろ」
「ほら、このお嬢ちゃんも言ってるじゃねーか」
ねえ、下品なおじさん。さっきボコシラさんのいったこと覚えてる?
「セージならもっと上の腕前じゃからな、ハハハ…」
ワンダースリーの会話も聞こえてくるが、楽しんでいるのか我関せずだ。
「このままじゃ、誰も納得しないだろう」
と、いうことで、下品なおっさんとその他冒険者に、ギルド長と受付嬢などとぞろぞろと地下練習場に来ている。
浮遊眼を通して密かに総合を見ると“43”と、レイベさんやエルガさんレベルだった。
それと巨体に剛毛で毛深いと思ったら“半熊人”だ。
ひそひそと打ち合わせなのか、会話している二人がパーティーメンバーなんだろう。
ひょろりとしたのが人族の“ニニート”で、小柄でがっしりとしたのがドワーフの“バッケツ”だ。
強さは下品なおっさんと似たり寄ったりだ。
どうせ下品なおっさんを倒したら、二人が戦わなくても、俺が戦うって言うおっさんが出てくるに決まってる。
「めんどくさいから、その二人も一緒でいいよ」
ちなみに僕の『個人情報』はこうだ。
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【セージスタ・ノルンバック】
種族:人族
性別:男
年齢:6
【基礎能力】
総合:118
体力:182
魔法:712
【魔法スキル】
魔法核:14 魔法回路:14
生活魔法:6 火魔法:13 水魔法:12 土魔法:12 風魔法:13 光魔法:12 闇魔法:11 時空魔法:13 身体魔法:11 錬金魔法:12 付与魔法:12 補助魔法:11
【体技スキル】
剣技:8 短剣:3 刀:8 水泳:2 槍技:9 刺突:7 投てき:6 体術:8 斬撃:5
【特殊スキル】
鑑定:5 看破:6 魔力眼:6 情報操作:5 記憶強化:5 速読:4 隠形:5 魔素感知:4 空間認識:7 並列思考:7 認識阻害:4 加速:3 浮遊眼:2 思念同調:0
【耐性スキル】
魔法:9 幻惑:4 全毒:6 斬撃:4 打撃:6 刺突:3 溶解:2 熱:1
【成長スキル】
基礎能力経験値2.14倍 スキル経験値2.14倍
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三人一緒でも負ける気がしない。
「てめー、なめてんのか」
「舐めてないよ。このままじゃボコシラさんが言うように弱い者いじめになっちゃうからね」
「へっ、ガキが。何だったらおめーこそ、そこのウサギのねーちゃんに加勢してもらっても構わねーぞ」
「ボコシラさんやる?」
「オマエめちゃ弱い。
セージ、ボコれ」
平然とする僕の保護者達――ホーホリー夫妻は諦念気味で、ラーダルットさんだけは心配そうにしているが――に何かを感じ取ったのか、
「ニニート、バッケツ。向こうの要望だ。三人で大人の躾ってものを教えてやるぞ。
ギルド長よ。ちょっとぐらいはケガをさせることになるが、かまわねーな」
ギルド長が顔をしかめるが、僕の保護者たちを見てあきらめたみたいだ。
「俺が止めたら、やめること。いいな」
「ああ、わかってるよ」
「ああ」
「そうだな」
ギルド長の忠告に、アンタたち止める気ないでしょう。
「セージスタ君もそれでいいな」
「はい」
ニニートとバッケツの二人も木製にゴム付きの模擬剣や模擬槍を手にして練習場に並んでいる。
僕は無手のまま練習場に立っている。
ギルド長はそれでいいのかって顔をするも、僕がうなずく。
「それでは始め!」
迷いながらもギルド長が振り上げた手を下ろす。
<身体強化><トリプルスフィア>
一気に身体強化をレベル10――身体魔法のレベル11――まで上げる。
ちなみに『レーダー』『並列思考』『加速』は発動済みだ。
駆けだし、両手に最大限の魔法力を込めて、
<マジッククラッシャー><マジッククラッシャー>
カースの左右に立つニニートとバッケツに凝縮した魔法力の塊りをぶつける。
本来は発動中の魔法を無効にする魔法だが、凝縮した多量の魔法力をまともにぶつけられると、かなりのショックだ。
顔面にマジッククラッシャーをまともに食らった、ニニートとバッケツが脳震盪を起こす。
カースがグレートソードを振り上げるが、遅い。
踏み込んで思いっきり鳩尾に正拳を見舞う。
ズボッと手首が深くめり込む。
あちゃー、やり過ぎたか。と、手を引き抜く。
フラフラしているニニートとバッケツにも手加減した正拳を鳩尾を見舞う。
僕が動きを止めると、カースが、そしてニニートとバッケツが地面に崩れ落ちた。
周囲はシーンと静まり返っていた。
「……やめー! それまで!」
ギルド長の声がむなしく練習場に響くが、誰も動かない。
「ギルド長、三人とも完全に気を失っています」
「誰か、三人を医務室に運んでくれ」
カース、ニニート、バッケツの治療は冒険者ギルドで行うそうだ。
さすが頑丈な半熊人、内臓破裂なんてしてなかった。よかった。
その後、僕の対応する受付嬢の態度が、
「セ、セージスタ様だ、ですね。し、失礼しました」
「ギ、ギルドカード、ありがとうございました」
慇懃無礼って程にしゃっちょこばって、緊張しまくっていた。
ボランドリーさんからの手紙も無事渡し、それを読んだギルド長が唸っていたけど何が書いてあるんだろう。
冒険者たちも僕たちを避けるように練習場からいなくなったかと思ったら、ギルドからもいなくなっちゃってた。
神寿樹とルルドの泉の事を聞きたかったけど、おかげでギルド職員からしかの情報は、曖昧だったり、数年前の情報だったりと、役に立ちそうな情報はほとんど得られなかった。
ただし神寿樹はケガをした魔獣も食べるってことは新たな情報だった。
ちなみに受付嬢が活動申請書とランクSの白いカードを受け取って、
「ワ、ワンダースリーの皆さまですか……」
と絶句したのは僕が練習場で戦った後で、ギルド職員以外、冒険者ギルドのロビーには誰もいなくなっていた時だった。