89. ダンジョン脱出 1
たぶん、四月一日赤曜日の朝。
総勢二二人。
まずはボランドリーさんとワンダースリーと相談しながら重傷者三人の治療となった。
大きく切り裂かれた傷口の止血や、骨折の仮治療は昨日行われている。
それを体力の限界まで治療した。
支えがあれば動ける程度で、本来ならまだベッドで寝ていた方がいいレベルだ。
軽傷者九人(残りの軽傷者はほぼ完治)は冒険者仲間が治療した。
それも今回の治療で、小さな傷や多少の鈍痛は残るが戦闘に参加することは可能だ。
「ねえ、どんなものだったの」
セージは朝食を食べながら、ニュートにオーガの魔法陣を訊ねた。
ちなみにニュートの食事は様々で、セージの体から漏れた魔法力を食べたり、直接セージからもらったり、ルルドキャンディーだったり、そして通常の食べ物も食べられる――肩でビスケット食べてるけどこぼすなよ――ようだがそれは苦手みたいだ。
ほらこぼした。
その辺の魔法力を食べてもいいんだそうなんだが、消化するのに時間が掛かるんだそうだ。
負の魔法力の消化には更に時間が掛かって、浄化と吸収で、わずかに収支がプラスになる程度だそうだ。
『よくははからないけど、魔素を凝縮する精霊文字と記号があったよ。
あとは魔獣の強化と呼び出し…とは、ちょっと違うけど、そんなとこかな』
「じゃあ、強い魔獣でも呼び出そうとしてたってこと?」
『呼び出す…うーん……違う…食べる、…じゃない、取り込む…かな』
「自分たちが凝縮した魔素を取り込んで強くなるってこと?
あ、進化、成長ってこと?」
『そう、進化って方が近いかな』
「オーガたちはそのために魔法陣を描いていたの?」
『それは違うよ。
ここのダンジョンが、造り出した魔法陣で、それを知覚してあのネガティブビーストたちが集まってきたんだよ』
「オーガが集まったのは、そんな理由があったんだ。
教えてくれてありがとう」
僕はお礼に魔法力とルルドキャンディーをあげると、ニュートは美味し食べ始める。
普通の食べ物も食べるんだけど、僕の魔法力やルルドキャンディーは美味しいらしいんだ。
「ボランドリーさん、ニュートの観察したところによると、あの魔法陣はダンジョンが作り出したもので、魔獣を進化させる効果があったそうです」
僕と一緒にニュートとの会話を聞いていたのは、ボランドリーさんにニガッテさん、ワンダースリーのみんな――ボコシラさんは聞いているかは不明だが――後は何人かの冒険者だ。
「ダンジョンは魔獣を強くさせる効果があるといわれているから、その効果を目指してオーガたちが集まったってことか」
「これからも集まってくる可能性もあるってことだ」
「できるだけ早く一旦脱出するべきだな」
ボランドリーさんに続き、様々な意見が飛び交う。
会話はおのずと脱出の話題になっていく。
「索敵でどの程度認識できるんだ。
階段みたいのを確認できるやつはいるか」
聞くと索敵持ちの大体が二〇〇メル弱がせいぜいと、ボランドリーさんと似たりよったりだ。
それがダンジョンの阻害効果のようなもので、この岩の広間から伸びる五本の洞窟を一〇〇メル程度先までしかわからないといったところだった。
ワンダースリーのノコージさんが四五〇メル程度の索敵ができるそうだけど、それでもここでは三〇〇メルがせいぜいだそうだ。
僕のレーダーもテレポートで飛ぶための訓練で空間認識が“6”から“7”になっていて、思いっきり伸長すれば不安定ながらも七〇〇メル以上は認識できるようになっている。
それが何らかの阻害が働いているのか、現在は四〇〇メルがせいぜいみたいだ。
ただし浮遊眼だともっと先まで見えるけど、距離感がつかめない。
「僕、もっと先まで見えて、チョットぼやけているけど、何か階段みたいの見えるんだけど」
「それはどっちだ。距離は」
「距離はよくわからないけど、あの穴が階段につながっているみたい」
「階段は登ってるか」
「うん、多分」
「多分ってなんだ」
「オマエは黙ってろ」
「何もわからないよりはいい。それで障害物や魔獣は? それより飛べそうか?」
「飛ぶのは無理」
鮮明に見えなくっちゃ無理だ。
テレポートの感覚やイメージも湧かない。
「魔獣は…ううん、よくわからない。チョット待ってて」
「どういうことだ」
「ピンポイントで見るスキルを持ってるんだけど、一辺に穴全体なんてわからないんだ」
浮遊眼で穴を色々トーレースする。
「あ、隣の左の穴もつながっているみたいだけど、右の穴の方が近いみたい。
ぼんやりと見えるだけだから隠れている魔獣は分からないけど、見た感じだとあまりいないみたい」
「もっと真面目に索敵しろよ」
「何もできないオマエは黙ってろ。ケガでいらだってるんだ、スマン」
「他に見えたことは」
「左の穴は結構なだらか見たいけど、右の穴はアップダウンが激しいみたい」
「みんな、他に案は有るか」
その後の話し合い。
僕のことを知っている人が半分程度で、ガキの言葉を信じるのかとのひと悶着もあった。
五人・四人・三人・二人のパーティーにボランドリーさんとニガッテさんが入った一八人がダンジョンの調査チームだ。
モンスタースタンピードの時にオーラン市に来たパーティー半数だから、僕を知らなくても仕方がないけど、助けたに来たのにひどくない。
「オマエ弱い、黙れ」
ボコシラさん、僕を応援するのに、人をけなすのはやめてほしい。
ボランドリーさんにワンダースリー、それと残り半分の肯定的な意見で僕の情報で行動することに決まった。
もちろん対案が無いのも大きかった。
◇ ◇ ◇
重傷の三人をもう一度治療すると、サポートは必要だが三人も何とか歩けそうだった。
三人はそれぞれのパーティーメンバーがサポートに付いての移動だ。
軽傷者は差異は有れど全員戦闘が可能な程度には傷や疲労も回復している。
距離は有るけど、なだらかな左の穴で階段を目指すこととなった。
先頭は僕にボランドリーさんとニガッテさんに、ワンダースリーだ。
それに続いて冒険者パーティーとなっている。
ケガ人冒険者の意向はワンダースリーに前後を守ってほしいとのことだが、ワンダースリーも別れて行動したくないってことと、罠などに対応するには全力で当たる必要があるためだ。
不満を言うケガ人冒険者の意見は完全に無視された。
バルハライドはゲームの世界みたいに職業スキルが無い。
ある意味、料理や木材加工や金属加工のように、職業を意識したようなスキルもあるけど、職業を限定する者ではない。
当然、シーフや盗賊などの職業もない。
未知の場所を進むのには、各自の索敵系が頼りだ。
どのような危険があるかもわからない場所を進むには、非常に時間がかかる。
保険で<トリプルスフィア>で身を守っている。
ヤッパなんだかんだ言っても自己責任だ。
穴は広がったり狭まったり、凸凹だったりツルツルと滑らかだったりと様々に変化する。
はぐれデフォルメオーガを数匹狩り、穴を進むと穴が薄暗くなり広くなった。
ここしばらくの先頭はプコチカさんだ。
危険感知のスキルを持っているようだ。
<ライト>を付けて進行……と、プコチカさんが鞭で地面を強打すると、落とし穴が口を開けた。穴の底は針の山だ。
落とし穴はこれで二個めだ。
コウモリが突然襲撃してきた。
壁から突然出現したんだ。
隠れた部屋か、通路があったのか?
数は二〇匹…三〇匹…五〇匹…六〇匹…七〇匹程度だろうか。
「自分のことは自分で守れ」
ボランドリーさんが叫ぶ。
突然の襲撃に看破での確認が遅れてしまっていた。
錯乱効果のある超音波攻撃のソングバットと、無音飛翔で毒の翼や牙の切り裂くポイズンバットだ。
強さは“25”前後と、一匹は弱いが、集団だと厄介だ。
「「…「<ストーンバレット>」…」」
「「…「<ファイアーバレット>」…」」
魔法が乱れ飛び、矢が射られ、ナイフなどが投てきされる……が。
ソングバット集団の錯乱超音波で目標が定まらないものが半数以上だ。
オートッ、僕にもナイフが飛んできたよ。
魔法力にゆとりのある僕は<スフィアシールド>を張ってナイフをはじく。
そしてポイズンバットの毒付きの切り裂き攻撃。
小太刀の銀蒼輝で切り払いながら、
<精神強化>
錯乱した人たちの精神を復帰、強化させる。
とはいえ一辺には無理だ。
近場の人からとなる。
あちゃー、お互い戦いだす人たちがいるよ。まいったな。
錯乱した冒険者の対応はボランドリーさんとニガッテさんとノコージさんに任せて、僕はボコシラさんとプコチカさんと一緒にコウモリ退治だ。
ノコージさんがいれば光魔法の治療もお手のものだ。
ちなみにコウモリもデフォルメされていて愛嬌があって、どこか憎めないので、やる気を維持するのに一苦労だ。
<スカイウォーク>
コウモリを一撃、二撃と切っていく。
三人で一五匹を倒して頃になると錯乱から覚める冒険者も出てくる。
錯乱しなかった冒険者と、新たに錯乱にレジストした冒険者が、錯乱している冒険者より多くなる。
そうなると、コウモリを撃退する冒険者が出てきて、あっという間にコウモリを撃退した。
「ここに分岐の隠れ道があるな」
ボランドリーさんとニガッテさんが調査するも、偽装壁、空間障壁に隔たっているだけで、素通りができるが、わかったのはそれだけだ。
僕も空間障壁を越えて覗いてみてみたけど、接近してレーダーで何とか確認できる程度で、隔離された別空間だった。
甲った場所では浮遊眼は苦手なようだ。
ワンダースリーのみんなも同様に認識し辛い空間障壁なようで、空間障壁と別空間を様々確認していた。
チームを二つに分けるのは全員嫌がったので、調査をせずに、空間障壁の出入口のそれぞれにペイントをして少し移動した。
ケガ人が増えたので、治療もあって小休止する。
「まだガキの言う通りに行動するのか!」
「オマエは黙ってることもできんのか!」
今回の襲撃もさもセージの情報の所為だと言わんばかりのケガ人冒険者に、ボランドリーさんが怒鳴りつける。
さすがにパーティーメンバーにも何か言わるているが、余計にふてくされている。
「気にするな、自分が動けないことの八つ当たりだ。
あんな奴はどこにもいるが、俺も見誤った。すまんな」
「うん!」
ボランドリーさんの言葉に、元気よく返事をする。
ブラック企業じゃもっとメチャクチャ言っていた人もいたから、この程度じゃめげないさ。
「階段までどの程度だ」
「感覚的には岩の大空間から半分を来たところだよ」
「通路上、気になるものが出現したりしてねーか?」
「細かいところは分からないけど、あまり変わってはいないみたい」
「魔獣は?」
「デフォ……」
ウホン、思わずデフォルメって言いそうになっちゃった。
「…うーん、いろんなオーガがちらほら…かな」
「そうか」
「ねえ、ボランドリーさん」
「なんだ」
「オーガやコウモリの容姿が、図鑑や地上と違うみたいなんだけど…」
「ダンジョンではたまにある現象だ。
強さやスキルも、違ったりするから要注意だ」
ってことだから、誰も疑問にも思わないのか。
◇ ◇ ◇
「あと半分だ。行くぞ」
その後はもう一か所、隠れ通路が見つかっただけで、はぐれオーガやコウモリ系の魔獣を狩って、三か所の落とし穴も回避した。
頭上から鋭い岩が降ってくることもあった。
驚いたのが細い道で突然、サイ魔獣のアーマーライノが突進してきた時だ。もちろん丸っこくて、目のクリッとしたデフォルメアーマーライノだ。
それもボコシラさんがレイピアで突き刺し事なきを得た。
隠れた脇道にはマーキングも行う。
可愛らしい四腕熊にも遭遇した。
そんなこんなで階段に到着した。
……それで、階段を見ているんだけど、何処をどう見てもこれがエスカレーターなんだ。
到着前に浮遊眼で見て絶句したから、今更目の前にしても、慌てふためいたりはしなかったけど、周囲のみんなも異様な階段に接近せずに、観察している。
エスカレーターは二人乗りの手摺り付きの一本だけ。
現在は動いていない。
エスカレーターで上には行けそうだが、途中から異空間の障壁でレーダーや浮遊眼でもエスカレーターの降りる場所が確認できない。
最初にボランドリーさんが接近して、階段に乗ろうとしたんだけど、その前にエスカレーターが登り方向に動き出したんだ。
叫び声を上げて、慌ててボランドリーさんが離れると、エスカレーターが停止した。
センサー機能付きのようだ。
相談中だが結論が出ないというより、踏ん切りがつかない人がそれなりにいるが、それよりめんどくさいのが、
「この先のことは分からないのかよ!」
「誰か先に見て来いよ!」
相変わらずのゴネゴネのケガ冒険者に、賛同者もいてうんざりしているってところだ。
突然の転移に、このような状況に陥ったんだから、わからないわけじゃないけど、他の道を確認するには今まで以上の手間がかかるはずだ。
ケガをするとここまでわがままで、気弱になるものだろうか。
『ねえ、ニュート、これって…』
会話は新たに手に入れたスキルの“思念同調”を使うと、ニュートと疑似的なテレパス会話が可能だ。
声に出さなくていいから便利だ。
黒い塊につかまって、助けられた時の話はリエッタさんから聞いていた。
ダンジョンの入り口がコンビニの入り口に酷似していて驚いたし、今度は階段で、地球のエスカレーターに酷似している。
『ああ、セージスタの記憶を読んだってことだと思うよ』
やっぱり、魔獣のデフォルメも僕の影響?
『ねえ、どうやって僕助かったの? ニュートも捕まったのどうやって助かったの?』
『覚えてないの?』
ってことで教えてもらった。
僕が魔法力を吸いつくされて、記憶も引き出され、魔法力が吸えなくなった。
それでも吸われ続ければ死に至ったようだ。
黒い塊が、僕よりルルドキャンディーに興味を示し、魔法力の吸収をルルドキャンディーに切り替えたんだって。
多分それで助かったんじゃないかってことだ。
ニュートも魔法力を吸われたが、隙を見て逃げ出したのだが魔法力が無くルルドキャンディーを確保して、なけなしの力で結界を張って隠れて一命をとりとめた。
でも結界内に隠れたから僕の救出は知らなかったんだって。
結界内で、ある程度力の回復をした時に周囲を確認するために結界を出てみたんだって、そうしたら僕の死体がなかったから、うまく逃げたんだって思っていたんだって。
ちなみにその時はまだダンジョンは成長・拡大を続けていて近まりそうになって再度結界に逃げ込んだ。
結界内で体力を回復しつつコッソリと過ごしていたら、ダンジョンの中で人の気配がした。
再度結界から顔を出すとボランドリーさんにも遭遇して、しばらく一緒に過ごした。
ダンジョンの拡張ではないかってことだが、その拡張に巻き込まれて、岩の空間に飛ばされて、ボランドリーさんたちはオーガの群れに襲撃された。
それで回復した力を使って僕を呼び出したってことだ。
ダンジョンの発生に関係してしまったようだ。
これって記憶バンになるんじゃないか……。
恐怖心が沸き起こる。
『ニュート、ぼ、僕の事だけど…』
『内緒なんでしょ。誰にも言わないよ』
『あ、そうなの』
『うん、転生者のことは内緒だって言われているから』
『あ、そうなの』
でも、ここを転生者が見るとバレバレじゃないのか…。
あ、ニュートにはバレても大丈夫ってことなんだ。……記憶バンってないよね。思わず周囲を見回してしまった。
『ねえ、ここを見られるとさー……』
『転生者に見られたらってことでバレるかもってことかー、それは有かもしれないけど、バラしたらその人も転生者ってこをバラスことになるよね』
『じゃあ、バラされなければ大丈夫ってこと?』
『そこまでは分からないけど、大丈夫じゃないかな』
『あ、そう……』
ヤッパ、心配だけど、棚上げしかないか。……でも心配だ。
『転生者だってバラしちゃいけないって教えられたんだけど何かあるの?』
『ああ、何でもない』
まあ、最悪記憶が無くなるだけで、死にゃーしないんだから……。って、デモ嫌なんだけど。
ちなみにニュートもこの空間については詳しくはないそうだ。
「おい、セージ階段に乘って上に行くが遅れるなよ」
「はい」
話し合いは決まっていたけど、全員一致で上がることになった。
何年振りかわからないけど、エスカレーターで上階に上がっていく。
感慨深いものがある。