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次元災害で異世界へ  作者: 真草康
転生編
9/181

08. 船上の景色 3

誤字訂正しました。


「セージ様、おはようございます。今度は朝ですよ」

 気分は最悪だ。

 眠い目をこすって伸びをすると若干和らぐ。

「うーん? あっおはよう」

 カーテンも開けられて明るいが、ヒーナは指先に光を灯している。

 昨日は緊張したが、考えてみれば教育係、先生みたいなものだ。

 今朝はあまり緊張せずに、挨拶ができた。

「また酔っちゃいましたか? お薬をお持ちしましょうか」

「えっ、いらないよ。昨日変な夢を見たからだよ」

 ヒーナの言いたいことはわかる。ひどい顔でもしてるのが鏡を見てなくても理解できるが、原因が別なんだから。

「どんな夢だったんですか?」

「どんなんだっていいじゃないか」

「言いたくないほど酷かったんですか? ヒーナに言うと楽になりますよ」

「えーーっ」

「ヒーナに教えてください。お願いします」

「えーと、あのー、ヒーナが海魔獣に襲われて食べられそうになっちゃって、僕が一生懸命に助けようと魔法を撃つんだけど全然効かないんだ」

 ヒーナが腰に手を当てて、ほっぺをプクリとふくらましてにらんでくる。

 やつれた感じは消えている。が、冷や汗が。

「今日のセージ様は意地悪ですね。セージ様はいつからこんなに意地悪になったんですか。

 ははぁー、さては夜中に起きてましたね」

「ごめんなさい。夢は本当だけど、よく覚えてないの。怖かったんだけど…」

「海を嫌いになっちゃいました?」

「そんなことないよ。好きだよ。風が気持ちいいし」

「それは何よりです。それとお勉強は楽しく、(ムフフ)ミーッチリとやりましょうね」

「ヒーナの意地悪!」

「お相子です。さあ着替えましょう」


 ホーリークリーンで綺麗になり、気分もかなりよくなった。

 何度か魔法を見ている所為か、魔法が見やすくなったような気がする。

 ヒーナが「これで良し」と着替えを点検してうなずくと、胸がブルンと揺れる。

 おお、目、目が…。


「それと気分がすぐれないときには、ちゃんと言ってくださいね。

 まあ、本来の能力は汚れ落としでもないですし、船酔いには効果はありませんが、光魔法は基本的に癒し効果がありますから」

 左手を腰に当て、右手の人差指で僕を指さしながら一言一言いい聞かせてくる。

 普段着に着替えると、気分はより良くなった気がするから不思議だ。

 そして視線は……。

 ヒーナの訳知り顔のドヤ顔は見ないことにしよう。


  ◇ ◇ ◇


「ジャジャン。時計です。時間です。お約束です」

 ベッドルームから出てトイレでスッキリ――超恥ずかしかった――してから、船室(居間)に戻ってくると、ヒーナが壁の時計を指さす。

 いつものハイテンションだ。

 よいしょと、ヒーナが僕を抱っこしてくれる。

 おお、ナイス感触。

「数字が読めますか?」

「一、二、三と丸く一二まで書かれてるよ」

 おお、これは恥ずかしい。

「はい、セージ様、素晴らしいです。

 細長い針と、デブッチョで短い針がわかりますか」

「うん」

「デブッチョの短い針はどこを指していますか」

「六と七の間で七の方に近い」

「またまた大正解です。今は六時でもう少しで七時です。

 それではこれを見てみましょう」

 ヒーナが紙を広げると時計の絵が描かれていた。

 日本の鉛筆で時計の針を作って動かしていく。

 満面の笑顔のヒーナとの勉強が始まった。


「時計は短い針が、一日に二周します。

 真っ暗な夜中に前の日とさよならして、新しい日、今日にこんにちはとなります。

 今日も真っ暗夜中になると明日とバトンタッチして、明日が今日となります。

 わかりますか? チョット難しいですか」

「うん。それじゃあ、一日は前の一時から一二時までと、後ろの一時から一二時までがあるんだ。

 あれ、一二時から一時になって、一一時までって、チョット変」

 いっぺんに何でもわかっちゃうと問題だからな、と思って疑問を投げかける。

「ファンタースティーック。超天才。大正解です。

 その通り、前の一二時間を午前。お昼より前ってことです。後ろの一二時間を午後と言って、お昼より後ろっていうことです。

 それで一二時は〇時とも言います。午前中は午前〇時から午前一一時まで、一二時で丁度お昼で正午と言って、午後〇時となって午後の一二時で一時間となります。

 二つも言い方があってチョット難しいですが、がんばって覚えちゃいましょうね。

 今は午前六時。もうすぐ午前七時です」


 〇時と一二時の関係は直ぐに覚えて(知っていて)驚かれた。

 それと二四時間表記も地球とおなじだった。


「セージ様も知識に目覚めましたかー。知識と探求の世界にようこそ」

 いつも以上のハイテンションだ。

 でも、目覚めたのはそうだけど、違う目覚めだから。


 勉強は朝食――ヒーナのベタ褒めで恥ずかしかった――を挟んで再開された。


 この世界、バルハライドの暦は太陰暦が大きな月(ルーナ)の二四日周期が基本となっている。


 一月を四分割した六日が一週間。

 魔法属性の火水土風光闇を色に見立てて一週間を表現する。

 火が赤曜日、水が青曜日、土が黄曜日、風が緑曜日、光が白曜日、闇が黒曜日で一週間だ。

 黒曜日が魔物の活動の日だそうで、休日となる。地球でいう日曜日だ。

 注意する点は月の周回が日にちとピッタリ一致しない点だ。なので四か月に一度程(時たま三か月になる)、一か月が二三日となって、四周目が週五日となる。その時は何故か白曜日が削除される。

 一年は一六か月で小の月が四回で三八〇日だが、二三日の月が五回の年は三七九日となる。


 そして江戸時代にはあった閏月がここでも有る。

 太陰暦の弊害で、バルハライド――この世界で住んでいる惑星のこと――の公転周期が、月の周期とピッタリ一致しないからだ。

 一一年か一二年に一度小の年があって公転周期と月周期の調整が行われる。

 もちろん小の年の一年はマイナス一か月で一五か月となる。

 次回の小の年は、八年後だそうだ。


 ちなみに一日の赤曜日は新月で、一三日の赤曜日が満月となる。

 今日は六月一四日の青曜日、ヒーナが満月を知っていたのは当然のことだ。

 冬至のある月が新年で一月となって、今日は六月一三日の赤曜日で春が過ぎ、これから初夏になろうかというところだ。


 一日の時間も一か月二四日から決められたそうだ。

 ちなみに、一時間は六〇分で、一分は六〇秒と地球と同じだ。

「六〇分はどうしてそうなったの」って聞いたら、半日を表す一二に片手の指の数五を掛けたそうだ。たぶん時計の構造上一二の倍数が都合が良かったんだろう。いや、確か地球の時計も遥か昔は短針だけで、同じような理由で長針ができたはずだ。

 それとも転生者の仕業なのか? 前にも居たのか?


「自由共和国マリオンでは周辺諸国、隣近所の国のことですが、仲良しな国と合わせて“オケアノス暦”を採用してます。今年はオケアノス暦三〇五八年です。

 セージ様は三〇五三年生まれですね」


 時間の長さの違いを判別する方法が無いから何とも言えないが、それでも体感的には時間の違いは感じられない。

 地球との一年の日数にも、それほど違いがないから、僕は海に落ちたショックで目覚めたとしか思えなかった。


 ここまでがあっという間の説明と理解で、ヒーナが感激に歓喜することしきりだった。

 褒めても何にも出ないし、あっ照れがでるか。

 ムギューッと二度も、うれしい窒息を味わい、二つの意味で昇天するかと思った。


 ちなみにヒーナの説明はうまく、実物の時計やカレンダーだけでなく、模型のバルハライドと(ルーナ)を両手に、部屋を真っ暗にして光魔法の太陽でバルハライドとルーナに光を当てての熱演もあった。

 転生者がいるとさすがに教育や知識が半端じゃない。

 ヒーナの知識も科学的で驚いた。

 ものすごく楽しかった。そう、見てると時たまブルンと揺れるんだもの。


 そして気分転換に散歩した後。

「天才です」「女神さまに愛されています」と褒めまくるヒーナをBGMに、居心地の悪い昼食となった。

 パパはガハハと盛大に笑うし、ママも機嫌がいいし、誰もヒーナを止めないから、照れるし恥ずかしいし、昼食が台無しだった。


  ◇ ◇ ◇


「疲れたから、僕チョット休むね」と言ってベッドにもぐり込んだ。

 一緒に居ますね、とテンションの高いヒーナの申し出を、「僕大きいから、一人で大丈夫」と何とか断ってだ。


『個人情報』


 魔法:14/14

 情報操作:1

 鑑定:0

 看破:0


 ヤッター、と思ったが、実際何ができるんだろう。詳細は表示するのか?

 チョット心配だ。


 すると“情報操作”の文字がチョットだけ強く光っているような気がした。

 恐る恐る“情報操作”を触ると、光が指に溶け込んで何かが流れ込んできた。


 思わず手を引っ込めたが、頭の中にそれは現れた。


“偽装パネル”


 なんとなく使用方法が理解できた。

 そして“偽装パネル”は一〇枚あった。


『偽装パネル』と思うと個人情報画面が少し横に移動して、偽装パネルの一枚が隣に表示された。


 個人情報画面を右手で触って、左手は偽装パネルだ。


『複写』

 不思議なことに使用方法が理解できた。


 個人情報画面より少し大きく正方形だった偽装パネルが、個人情報画面と同じサイズになって、内容がコピーされる。


 偽装パネルは“個人情報(偽)”となり、“個人情報”は“保護”状態になった。


 あとは好き勝手に個人情報(偽)を書き直すだけだった。


----------------------------------------------------

【セージスタ・ノルンバック】(偽)

 種族:人族

 性別:男

 年齢:5


【基礎能力】

 総合:7

 体力:8/8

 魔法:10/10


【魔法スキル】

 魔法核:0 魔法回路:0

 生活魔法:0 火魔法:0 水魔法:0 光魔法:0 時空魔法:0

----------------------------------------------------


 魔法値は記憶を思い出した時に数値が“11”だったからで、そしてなんとなく下げてみた。

【特殊スキル】と【成長スキル】は論外だろうと全て削除。

 総合も思案して“8”から“7”に下げた。


 最後まで悩んだのが【魔法スキル】で、一旦これでいいかと思ったが、もっと減らした方がいいのか悩んだ。

 悩んだ結果、最後に“水魔法”と“時空魔法”も消した。


 火魔法と光魔法だとヒーナに魔法回路をコピーできるんじゃないかと思ったからだし、水魔法はママからだ。

 さすがにママとヒーナの操れる属性を全て知ってるわけじゃないから、知ってるものをチョイスした。


----------------------------------------------------

【魔法スキル】

 魔法核:0 魔法回路:0

 生活魔法:0 火魔法:0 光魔法:0

----------------------------------------------------


 念のためダブルクリックして詳細表示を行うも、一日でもダメか、と落胆する。


『収納』


 魔法回路を思い浮かべて『マッチ』を呼び出す。

<マッチ>

 生活魔法で一回指に火をつけて遊んだ。


簡易清掃(ダストクリン)>と<簡易温風乾燥(ホットブリーズ)>で魔法力を使い切って眠りについた。


  ◇ ◇ ◇


「こんにちは。疲れちゃったんですね」

 目を覚ますと、真上から眺めているヒーナが笑っていた。

 ヤッパリ気持ち悪いけど、笑顔で我慢だ。

 それでも今回はチョットだけ慣れたのか、チョットだけだけど本当に楽になった。

「あー、こんにちは」

「午後の四時半です。チャンと覚えていますか」

「デブッチョ針が四で、ノッポの針が六で三〇分だよね」

「大正解です。ヒーナとお散歩に行きませんか」


 予備の麦わら帽子をかぶって、ヒーナと手をつないで――うれし恥ずかし――船室を出る。

 いつもかぶっていた麦わら帽子は昨日海に落ちて無くしてしまったから、いまいち気に入らないが仕方がない。


 パパは頻繁に船長と打ち合わせだ。

 ママは活動的で、何かとお客様を気遣っては、訪問したり、声をかけたりと忙しい。船室を出るときには見かけなかったから、どこかを訪問中だろう。


 お客様と挨拶を交わして、デッキに出ると大声が降ってきた。

「おーい、セージ坊ちゃーん、元気になったかー」

 ミズンマストを見上げると、助けてくれた、がたいのいい船員だった。

「こんにちはー」

 思いっきり手を振る。

 そうするとあちらこちらから「おお、元気になったなー」「海の水はしょっぱかったろう」と声が掛かってくる。

 それらに手を振り挨拶を返す。


 天気は良く、晴れていて風がある。


 甲板を前に後ろに右に左にと走り回るセージをヒーナが追いかけまわす。

 駆け出すと不快感も吹っ飛び、気分も爽快になる。

 五才の体に精神が引っ張られているのか、面白くって止まれなかった。


 カンカンカンカン……。

「右舷前方、海魔獣出現! 距離三五〇、総数二!」


「総員、対魔獣戦闘準備ー!」

 海魔獣の襲来に号令が飛び、船がいっせいに慌ただしくなった。

 魔法や魔石で強化された声は良く通る。


「船首魔導砲及び、右舷魔導砲一番から三番準備ー!」

「ほらもたもたすんじゃねー!」

 パパの怒号も炸裂する。

 ヤッパリ船長と一緒だった。


「海魔獣二匹はゲルゾと判明ー! 距離二〇〇!」


 セージはヒーナに抱きかかえられて階段を下りて避難する。

 セージは折角の魔導砲の見学の機会をふいにされ、本当の五才児のように駄々をこね、ヒーナを困らせていた。


「二番魔導砲準備よーし!」

「一番よーし!」

「三番よーし!」

「船首魔導砲ーよーし!」

 魔導砲に駆けつけた砲手から次々にOKの答えが発せられる。


「距離一〇〇」


「船首と一番、右ゾルゲ。二番三番左ゾルゲに照準!」


「「「「照準よーし!」」」」


「距離六〇」


「ってー!」


 かすかなパンの音とともに、四つの黄色い光球が発射される。


 光球は途中から雷をまとい、まがまがしさを増す。


 ジュバーン、ズドーン、ズドーン、ズドーン。


 一発の光球は海を撃ったが、三発はゲルゾの頭や体に光球が当たり、稲光を発して爆発する。


「二射目よーい!」


「右ゾルゲ沈! 左ゾルゲ逃走!」


「船首準備よーし!」「一番装填よーし!」「二番よーし!」「三番よーし!」


「右ゾルゲ浮上! 距離五〇」


「船首、一番、ってー!」


 パン。

 ズドーン、ズドーン。


「右ゾルゲ逃走!」

「ゾルゲ距離、一〇〇」

「ゾルゲ距離、二〇〇」

「ゾルゲ距離、三〇〇」


「索敵は続行ー! 迎撃態勢解除ー!」

「総員、通常勤務に移行」


 甲板の喧騒が収まったのは約一〇分後だった。


「セージ様、紅魔クラゲが見えますよ」

 ヒーナが甲板で、船から逃げていく赤いクラゲ型の海魔獣、紅魔クラゲを指さしてセージの機嫌を取る。


 紅魔クラゲって何処にでもいるじゃないか、とセージはふてくされ気味だ。

 さすがに手足をばたつかせて駄々をこねる訳じゃないが、まったく五才そのものである。


「あっちにも、多いですね。何匹でしょう?」

「五匹」

 まあそんなところだ。


 洋上に出て、船員に自慢気に教えられるのが船と並走して泳ぐイルカと、何処にでもいる紅魔クラゲなどのクラゲ類の海魔獣だ。

 一度だけ遠くにクジラのような強大な姿を見たこともあったがその程度だ。

 紅魔クラゲなどは魔物除けのお守り(セイントアミュレット)で逃げていく、最弱とされる海魔獣だ。

 紅魔クラゲは毒の触手があって、海に落ちれば危険な海魔獣には変わりはないが、毒も低位の治癒魔法で治癒できる。

 船員にしたらお笑い種の海魔獣だ。

 エージもご多分に漏れず、紅魔クラゲ・海幽霊(ゼリーゴースト)――どれもクラゲ型――は真っ先に教えてもらっていた。

 甲板に上がってあちらこちらと海を見ると、どこかで見つけるし群れていることが多い。

 今日は小規模の群れが二つ見つかった。


「右舷、(とも)(船尾のこと)のこの手摺はあそこで切れていますが、そこまでの支柱の本数は何本でしょう?」

「八本」

「フォアマストから甲板に結ばれているロープは何本でしょう?」

「五本」

「支柱が八本、ロープが五本、全部で何本でしょう」

「一三本」

「大正解です。ファンタースティーック。素晴らしいです」

 ヒーナが頭をなでてくれる。

 不満だが、不満なのだが、なんかうれしい。

「今度は難しいですよ。いいですかー」

「うん」

「左舷三時の方向にカモメが二六羽、右舷七時の方向にもカモメが三二羽飛んでます。

 イワシの群れでもいるのでしょうか。

 さて全部で何羽でしょう?」

「五八羽」

「即答ですか。セージ様は……す、すごいですねー」

 チョット驚くヒーナも可愛いものだ。


 チョットだけ船の名称も混ぜての数遊びも相変わらずだ。

 セージの定番の遊びだから仕方がない。

 おとなの相手も大変である。でも、チョットだけ、そう、ほんのチョットだけ楽しい。


 セージの機嫌が治ったのはしばらく経って、遠くにクジラが見えた時だった。


「ねえ、ゾルゲって強いの? どんな海魔獣?」

 救助してくれた船員が休憩になったのか、寛いでいるところに声をかけてみた。


「ああ、メチャクチャ強いぞ。

 バカでかいイカだな。

 触手が一四本もあってそのうちの四本が良く伸びやがる。

 触手は甲板まで伸びやがるし、吸盤にはギザギザな刃物みーてな物が付いていて、張り付いて切り裂きやがらー。チョットした水魔法に毒もあって強烈だ。

 海に引きずり込まれりゃ粘液と短い触手に絡めとられておじゃんさ」


 船員が両手で触手の真似をしてウワーとセージを脅かす。

 セージも驚いて、ヒーナの後ろに隠れる。もちろんお付き合いである。

 でも楽しい。ヒーナも抱きしめてくれるし。


「まあ、いくら強くってもあっしらに掛かっちゃ、ドカンとチョロいもんさね」

 自分の胸をドンと叩いて、ガハハハと豪快に笑う。


 豪快な笑いは、どこかパパに似てる。

 パパが似たのか、パパに似たのか、たぶんみんなが似てるんだろう。


「今度戦ってるところを見たいんだけど」

「セージ坊ちゃんも早く強くなって、海の男になりなせー。

 それまでは、何があっても任せておけってことでさー」

「うん、わかった。どうもありがとう。これからも頼りにしてるね」


 ヒーナの前に出てチョットだけ胸を張る。そしてほほ笑んだセージは、オーナーの息子として鷹揚な態度で信頼を表す。もちろん頭も下げる……も、どうせゾルゲも大したことないんだろう、と心の中で呟くのだった。


  ◇ ◇ ◇


 太陽が赤く見えてきて、セージたちは船室に戻った。


「ずいぶんと楽しんでたようですが、いかがでしたか」

「楽しかったよ」

「戦闘がありましたが、何処にいました? じょうずに退避できましたか」

「えーと、なんとか」

 ママがヒーナに目を向ける。

「はい。セージ様を抱えて階段下に退避しました。

 セージ様って、“見たーい”って駄々をこねるんです」

「それは困ったものですね」

「いや、男はそれくらいの覇気があった方がいい」

 パパが鷹揚に笑う。

 ママは困ったものだと言いたそうだ。

「でもセージ、よく聞きなさい」

 パパが改まる。

「はい」

「力がない男は守ることがでいない。見たいっていっても、ヒーナが許してくれなかっただろう。それがわかるか」

「はい。なんとなく」

「じゃあ、ヒーナに言うことはないか」

「ごめんなさい」

「二人が甲板に上がってきたのは艦橋で見て心配したんだ。

 戦闘後に甲板を駆けまわる二人もな。

 ヒーナ、よくやってくれた。ありがとう」

「当然のことです」

 ママも、ありがとう、と頭を下げ、ヒーナがとんでもございません、と恐縮する。


 夕食の団らんを挟んで寛いでいた。

 セージはママと一緒にいろはカルタのような知育カードゲームで文字の勉強中だった。

 気持ち的には“ママにお付き合いをしなくっちゃ”と始めたのだが、それなりに楽しんでいた。


 ヒーナが食事を終えたのか部屋に入ってくる。

「旦那様と奥様にお願いがございます」

 パパとママがヒーナに目を向ける。

「今夜は快晴のようですから、できましたら綺麗な大きなルーナと満天な星空をセージ様に見せてあげたいと思います。よろしいでしょうか」


 パパとママがお互いを見て思案気な表情だ。


「申し訳ありませんが、約束をしてしまいました」


「それじゃあ、しかないか」

 パパは困ったもんだといった表情だ。

「いいでしょう、ただしわたくしも一緒に行きます」

「おお、それはいい。それじゃあ俺も一緒だな」


 留守番をモルガに頼んで、四人で船室を出て甲板に上がる。

「うわーーっ」

 思わず声が出た。

 見上げる夜空は、ヒーナがいう通り満天の星空だった。ルーナもほとんど真ん丸だ。

 風に吹かれ、マスト越しに見える夜空は格別だった。


 思わず駆け出すセージをヒーナが追いかける。

 それを両親がほほえましく見守る。


 左舷(とも)側の甲板のはんどれーる手摺りにつかまって大きな月(ルーナ)や星空を眺めていると、ヒーナが、あそこですよ、と船尾の遥か彼方、細くつつましく上る小さな月(アルテ)を指さしていた。

 太陽の三分の二ほどのルーナと違って、アルテはかなり小さい。

 それでも一応月なのだが、ヒーナの三分の一ほどで、新月などだと見落としてしまう。チョットした雲で簡単に隠れてしまう。

 

「マー……モガッ」

 ママと叫ぼうとしたセージはヒーナに口をふさがれ、反対側、右舷側の艫で手をつないで仲睦まじい両親を指さされた。

「旦那様と奥様にも休憩は必要ですよ。

 それと野暮なことは男の子として嫌われますよ」

 ヒーナが後ろからギュッと抱きしめてくる。

 どこもかしこも柔らかい。特に頭だが。

「ところで、セージ様はママさんとヒーナのどちらに魔法を教えてほしいですか」

 ひ、卑怯だ。極めて遺憾である。遺憾。いかん。実にい…いい感じでもある。

「ヒーナがいいかな。でもやっぱりママと約束したし」

 ママと言ったあたりからヒーナの腕に力が入る。

 極めていい感じである。

「でも、ヒーナが頼んでくれるんだったら、ヒーナで……」

 更にギュッとなる。

「あー、ヒーナが絶対にいいか…な」

「ヒーナはセージ様の教育係ですから」

 いつも以上のスキンシップ。幸せだけど、完全なる敗北感。完敗だった。

 背中のヒーナのドヤ顔は見なくてもわかった。


 船室に戻るとヒーナは早速やらかした。

「奥様のご教育方針があるとは存じますが、セージ様の教育担当として、このヒーナもセージ様の魔法の成長に係わりたいと存じます」

 少々困ったちゃんのママ。

 メイド兼教育係候補のヒーナだが、この航海後の状況によって正式に教育担当になるはずだ。

 絵本を読み聞かせながらできれば文字を教えてあげてって程度だったはず、それがカレンダーや時計を理解して、足し算や引き算もできるってなったら教えがいがあるってことなんだろう。

 それに魔法が加わったら、教えたくなるものなのだろう。

「あなたが優秀だということは理解しているつもりです。

 それでもどうされました」

「旅は人を成長させるって本当だと、初めて実感しました」

「自分で育ててみたいと」

「そのようなことは思っていません。ただもう少々身近で見守っていきたいと、それとセージ様にも許可をいただいちゃいました。勝手をして申し訳ありませんでした」

「そうですか。仕方がありませんね。それではヒーナにもお手伝いをお願いいたします」

 これで正式な教育係に就任なのかな?

 ヒーナが笑顔だ。

「はい。微力ながら精いっぱい務めさせていただきます」

「ヒーナはいつも元気ですね」

「はい。それだけ…(オホン)。いえ、それと、少々ですが魔法が取り柄です」

「魔法だけではなく、そのほかの教育も忘れないように」

「十分留意し、読み書き計算もいつものように、あっ、計算はまだ始めたばかりです。はい、がんばります。

 でもセージ様はすごいんです」

 どこかが抜けてるのもヒーナである。

「明朝、朝食後にまずは一緒にやってみましょうか」

 ママもお疲れのようだ。

「はい、お願いします」

 ヒーナが満面の笑顔でペコリとお辞儀する。

「セージ様、ビシバシです。覚悟してくださいね」


 とっても心配。時化の航海にならなきゃいいけど。それでも魔法教育が始まりそうだ。

 偽装、間に合ってよかった。でも、見破られないよね。

 別の心配が首をもたげた。


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