80. 見習いルードティリア
二月二三日白曜日。
学校では今日も新しいスキルの妄想にふけっていた。……が、そう簡単に案が浮かぶわけも、スキルが取得できるわけもないのは昨日と一緒だ。
帰宅すると、ミクちゃんと一緒に一旦N・W魔研に顔を出した。
ミリア姉とロビンちゃんは生徒会で、ここ最近一緒に帰宅していない。
目が痛くなりそうな真っ黄色なツナギのエルガさんは、新しい基盤に設計図通りに部品を並べ、無理が無いか最終確認中だ。
エルガさんも抵抗やコイルにコンデンサーなどを細心の注意を持って作成していて、基盤の上には新品の部品ばかりだ。
フィードバック回路はどうなってるんだろう。
それともそんなものは無いのか。
プログラミンはやっていたけど、流石に電子回路の知識は適当に読んだ本の知識だけだ。
それに外付けの魔充電装置に、通信アンテナ、マイクにスピーカーが付く。
ホイポイ・マスターの修理の、内部回路はすでにエルガさんは修理済みだ。
リエッタさんとハーフドワーフのデトナーさんは、破損した筐体や樹木偽装部分を取り除いて、新たに作って、接続しているところだ。
それが完了すればエルガさんの修理した内部回路を組み込んでテストだ。
これじゃあ、ルルドの泉や神寿樹のことを訊くのは無理だな。
「セージ君、ミクちゃん、応接室にどうぞ」
ちょっと前にルードちゃんがパパさんと一緒に訊ねてきた。
ママと、早めに来てママと打ち合わせをしていたマールさんがお出迎え、対応している。
話がまとまれば、僕とミクちゃんが呼ばれる手はずでの、ナナラさんの迎えだ。
ミクちゃんと一緒に応接室に向かう。
松葉杖を隣に置き、足に包帯を巻いたルードちゃんのパパさんと、ルードちゃんがいた。
ルードちゃんは、パパさんと似ている。エルフ仕様なのか緑の髪も一緒だ。
ただしスラリとした“ジ・エルフ”といったパパさんと、小柄・童顔のルードちゃんは僕より幼く見えるほど、エルフにしてはふっくらとした童顔だ。
体形もミクちゃんより幼く、まだお子ちゃま体形だ。
パパさんはラーダルット・ナルア・フィフティーナさんという。
ルードちゃんのフルネームのルードティリア・ナールア・フィフティーナの“ナルア”は村名だそうだ。魔大陸にあったという。
ラーダルットさんが不思議そうに、僕とミクちゃんを観察する。
「ルードティリアちゃんはノルンバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所で見習いとして働いていただくことになりました。
こちらが副所長で私の息子のセージスタ・ノルンバックです。
それと所員のミクリーナ・ウインダムスさんです」
「ルードティリアちゃんのお仕事は基本はセージの補助で、雑用となります。
主人のベッケンハイム、こちらのマールグリット・ウインダムスさん、それに私が運営と経理関係を見ています。
所内の責任者は所長のエルガリータ・フォアノルン伯爵令嬢ですが、所に籠って研究開発中なのは説明した通りですし、その他の所員は追い追い紹介していきます。
セージも、ルードティリアちゃんもそれでよろしいですね」
顧問のウインダムス議員は置いとくとして、オーナー兼代表がパパで、ママが副代表、マールさんの副所長も変更ないが、ママとマールさんで経理に営業に渉外にと業務は多岐にわたる。
リエッタさんは基本はエルガさん付きの研究員。
ホーホリー夫妻は営業の補佐でルルドキャンディーやポチットムービーの営業、販売や納品を担当しているが、基本はナンデモ屋だ。
デトナーさんとアランさんも研究開発員であるが、メモリーパッケージの回収と解析なども行っていてナンデモ屋だ。
あとはデータ解析のお手伝いがいるけど、それは臨時所員扱いで、基本はルードちゃんと一緒のようなものだ。
うん、打ち合わせていた通りだ。
「セージスタ君、今回件、いろいろとありがとう。
ノルンバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所の説明はある程度聞いたので、君の特種性は多少は理解しつもりだ。
守秘義務も順守する。
でも、本当に君が一人でマジックキャンディーを製造しているのか、少々信じ…、いや、決して信用してないわけじゃないんだが…。
あと、君からの申し入れの我々夫婦の魔法回路の複写の件と、秘薬の製法の件は、少々考えさせてほしい」
「はい、できる範囲でかまいません」
「わかった。マジックサーキットのことは妻と相談してみよう。
それと秘薬については数人と相談する必要があるから時間が必要だ。
しかし何で秘薬の製法なんだ。エルフにしか役に立たないんだぞ」
「僕は錬金の付与に補助魔法を持っています。
それと立って、チョット手を出していただけますか。ルードちゃんも」
ラーダルットさんが、えっ、といった表情になるが、ためらいながらも立ち上がって手を出してくれた。ルードちゃんもだ。
魔法力を込めて、
「<メガテレポート>」
飛んだ先は、
「僕の部屋です」
驚愕するラーダルットさんとルードちゃん。
「それと時空魔法も持っていて、テレポートで三人一緒に飛べるには、最低で時空魔法のレベル10のテレポートⅣです」
「…レベル10…」「……」
驚愕感が更に強まった。
ルードちゃんは珍しそうに僕の部屋をキョロキョロと眺めている。
チョットぶしつけで失礼だよ。注意はしないけど。
「もう一回飛びますね。<テレポート>」
元の応接室だ。
「僕はいつかって言っても、そんなに立たないうちにキュベレー山脈のルルドの泉の水、それと神寿樹も手に入れたいと思っています」
「…それは」
複雑な表情のラーダルットさんとルードちゃん。
それと今度はママとマールさんが驚愕、ってママはそれを通り越して放心状態、魂が飛んじゃったみたいだ。
ミクちゃんだけは相変わらずのニコニコ平常心だ。
「僕はルルドキャンディー、あ、市販名はマジックキャンディーですが、それをより強力で、食べやすいものにしたいと思っています。
その時に一緒に薬が作れないかなーって思っただけです」
「ルードから…(ラーダルットさんが一瞬ルードちゃんを見る)…君がとんでもなく強いって聞いていたけど、ここまでとは…」
疲れた表情のラーダルットさんは、疲れを吐き出すかのように大きく、下を向いてハァーと嘆息する。
そして顔を上げた。
「キュベレー山脈は険しく、とんでもなく強い魔獣が居るぞ」
「それだと誰かに案内を頼んだ方がいいですかね」
「ハハハ、そうだな」
パパやボランドリーさんの暑っ苦しい豪快な笑いと違って、さわやかな笑いだ。さすがエルフ。
「セージそんなお話、聞いてませんよ」
ママの魂が戻ったようだ。
だって言って無いもん。
それにこういったもんは、言ったもん勝ちだ。
「だってもっと経験を積みたいし、ルルドキャンディー苦いし」
…フプッ、とマールさんが噴いた。
ママも怒りを通り越して、呆れだした。
「ルージュさん、その話はまた今度、セージ君としてください。フフフ」
「そうですね。ハァー。それでセージ、どうするのですか」
「ルードちゃんは、今のままじゃ使えないから、あ、ごめん」
ルードちゃんに、キッ、と睨まれてしまった。
「ミクちゃんちょっといい?」
「はい」
すでに理解してますよって態度で、ミクちゃんが両手を差し出してきた。
僕は、ルードちゃんの強烈な視線にさらされ、緊張しながらミクちゃんの手を握る。
大きく深呼吸して、精神集中。
そうなると慣れた作業だ。
ミクちゃんに同調して、活性化。
ミクちゃんの目に手を当て補助を行う。
<補助:生体スキル補助Ⅲ><魔素感知:3><補助:生体スキル補助Ⅲ><魔力眼:3>
無事に補助できた。
「ミクリーナさんの魔法力が一気に上がったね。
セージスタ君はそんなこともできるのかね」
ラーダルットさんは興味深く観察していたようだ。
対してルードちゃんは、よくわかっていないようだ。
「できるみたいです。これをルードちゃんにも掛けようと思うんですがいいですか」
「セージ、それがミクが強くなった秘密なの」
「こらっ、セージスタさんだ」
ルードちゃんが、ラーダルットさんに叱られて、微妙な顔だ。
「ありがとうございます。でも学校もあるので、今のままでいいですよ」
「…そうですか」
「それじゃあ、やっちゃって」
ルードちゃんが両手を突き出してくる。
「セージ、できるのですか?」
「うん、一緒の班で、いつも一緒に行動してるから」
心配そうなママに、自信満々に答える。
「相手の魔素や魔法力を活性化するんですが、しばらく一緒に居て、相手の魔素や魔法力の波動を感じ取れないと、できないんです」
いつもの言い訳をラーダルットさんに説明する。
「じゃあやるね」
僕はルードちゃんの両手を持って、まずは体内の状態を確認する。
「目をつぶって、大きく深呼吸をして」
ルードちゃんが言われたとおりにする。
「体の中に精神を向けて、魔素や魔法力を無理しなくていいから、できるだけ意識してみて」
魔法核や魔法回路が“2”だけあって、淀みはそれほどない。
それと波動を感じて同調させていく。
淀みはないけど、流れが遅い。緩やかだ。
その流れを徐々にスムーズに、そして無理のない範囲で早くする。
部分的に淀んでいる箇所は活性化させる。
初回はこんなもんか。
ルードちゃんの目に手を当て補助を行う。
<補助:生体スキル補助Ⅱ><魔素感知:2><補助:生体スキル補助Ⅱ><魔力眼:2>
補助のレベルは、ミクちゃんより一段下だ。
「目を開けていいよ」
ルードちゃんが緊張の面持ちで目を開ける。
その表情が、時事に驚愕に、そして歓喜に変化する。
「…す、すごい。セージすごいよ」
「それでやってもらうことは三つ」
「三つ」
「うん、一つ目は今のスキルをシッカリと使いこなせるように練習すること」
「うん、わかった。それは大丈夫よ」
「二つ目は、商品や機材の名前を覚えること。
それはミクちゃんも協力してくれる」
「うん、一生懸命覚えるわ」
「三つめは、マジックキャンディーとポチットムービーの梱包かな。
ママとマールさん、それでいいよね」
「ええ、それは、みんなと一緒にやってもらいましょう」
「作業は赤曜日から白曜日までの週五日間で、学校が終わってからの夕方六時までです」
ママが補足してくれた。
「娘の事よろしくお願いします。
セージスタ君は近い内に来るといい。複写はその時に。
いや、妻の魔法回路を自分が複写して持って来た方がいいか。
そうするよ」
ラーダルットさん、慇懃にお辞儀をすると帰っていった。
その後に、ルードちゃんを立ち入り禁止の渡り通路を通って、N・W魔研に案内する。
開発ルーム(エルガさんのおもちゃ箱)のエルガさんとリエッタさん、デトナーさんを紹介する。
真っ黄色なツナギ姿のエルガさんは小型近距離電話の製造に夢中で、挨拶はおざなりだ。
ルードちゃんは面食らっていたし、あまりにも雑然とした部屋にも驚いていた。
これでもリエッタさんが片付けているんだから。
二階の事務部屋に移動すると髭にこだわりのある優男のアランさんがいた。
何かとお手伝いしてくれる夫人――オーラン・ノルンバック船運社の子育てなどで船に乗れなくなった休職中の社員や船乗りの奥さんなど――が一人いたので、その夫人はアランさんが紹介した。
メモリーパッケージの解析が一段落したので、今日はデータ整理で一人だけだ。
僕が適当にマジックキャンディーの袋詰めを説明すると。
お手伝いの夫人が丁寧にマジックキャンディーの袋詰めを教えてくれ、見本を見せてくれた。
当分はこれとポチットムービーの梱包しか仕事が無いけど、まずはマジックキャンディーからだ。
データ解析なんてのは、当分無理だから他にも何かないか考えよう。
お茶でも飲みながら、梱包をして、魔法スキルも鍛えてくれればOKだ。
僕とミクちゃんはエルガさんとリエッタさんと適当に付き合って、また事務部屋にも行って、時間になって、ルードちゃんに作業終了を告げた。
来るたびに僕がいれば活性化と補助できたえることもできる。
錬金と付与が使えるようになれば別の作業があることも伝えてあるので、張り切っているようだ。
帰りはミクちゃんとロビンちゃん、それとレイベさんが送っていくことになっていたけど、マジックキャンディーと二SHを渡すと、
「今日はありがとう」
手を振って、さっさと一人で帰っていってしまった。