77. ダンジョン発生
ボランドリーさんに連れられ、七沢滝の奥へと進む。
ボランドリーさん曰く、奥には行かないが、ジャイアントホグウィードの影響で魔獣が居ない、ここでは例外だ。
ホイポイ・マスターの設置場所では、ララ草原では一番奥まった場所まで入って、そこから二キロほど入った場所が七沢滝の底壺だが、そこからさらに一.三キロほど奥へ入った場所に黒い霧は存在した。
僕の遠距離レーダーでジャイアントホグウィードの群生を何度か見つけて、たまたま引っ掛かって発見したものだ。
ボティス密林と言われるほど樹木のうっそうとした中にあって、七沢滝周辺は低木が多く、ぽっかりと開いた土地もまた多い。
そのぽっかりと開いた土地は藪が生い茂り、ジャイアントホグウィードが群生していた。
もちろんそんな場所だから身体強化が無ければ、短時間で移動は不可能だ。
「あれっ」
誰しもが不思議そうな表情をする。
窪地にあった一五メルほどあった黒い霧の塊が、移動している?
地面の焦げを通り越したのがさっきで、あっちの窪地にあったはずだ。
随分と移動したもんだ。
それと凝集したかのように一〇メルほどに塊になって、密度を上げていた。
そして表面というか、黒い霧がうねうねと動いている。
時々だが、小さな光が瞬いている。
遠目から観察していると、細かくはランダムに動いているようにも見えるが、全体的には回転しているようだ。
テレビで見た太陽系の創世時のグラフィック映像を想起させる。それが黒い霧でってのが不気味だ。
他にも水に溶けた絵の具、ブラックホールなんてのも思い出していた。
ヤッパ、異世界だ。
そう思うと、バルハライドはゲームの世界じゃないかって思ってしまう。
オンラインゲームで様々な冒険したことと、重なることは魔法が使えること程度で、現実味があり過ぎて、というか現実だけど……。
魂魄管理者に会ったことが、遠い昔のように思われる。まあ、実際、約七年以上前――魂のままどの程度眠りについていたか不明だが――のことだけど。
凝集した黒い霧を見ていると、そんなとりとめもないことを思い出してしまう。
『……#□$%……』
突然、何かの声を聞いた気がした。
錯覚か?
『……¥&*@……』
ヤッパリ、聞き間違えじゃなさそうだ。
「ねえ、何か聞こえない?」
「いいや」
ボランドリーさん以外も首を振る。
「何が聞こえたんだ。それとも索敵に何か引っかかったのか」
「僕の勘違いかもしれないけど…」
『……▽@□¥……』
「ほら、聞こえませんでした?」
ボランドリーさんがみんなを見回すと、全員が首を振る。
「いいや。それは何て言っている」
「声かも鳴き声かも、何にもわからない。ただ何となく聞こえるの」
『……¥▽…アハハ……#%…』
「…笑い声…?」
ぼそりと呟いていた。
『……¥きこ……るの……▽きこえ…&んだ…%…』
「…ん? よく聞こえないよ」
今度は疑問を持ちながらも、はっきりと問いかけた。
『…た…すけ…、…すけて…』
「セージ何を言ってるんだ」
「誰とおしゃべりをしてるんですか?」
ボランドリーさんに続き、リエッタさんが心配そうに僕の側に寄り添う。
「ううん。なんだか助けてくれって言ってるみたい何だけど」
「この黒い霧がか?」
「意思を持っているのですか?」
僕は全スキルをフル活用して、黒い霧をよく見た。
そうすると、キラキラの瞬きが気になるんだけど…。
「……ううん。そうなんだけど、なんだか違うような」
みんなもどうしようもないといった顔だ。
『……て……』
「て」
『……て……を…』
「てって、手の事?」
『…#$%…』
言葉は捉えられなかったけど、肯定のような気がした。
黒い霧が更に凝集して、現在は八メル程だ。
そして回転は速度を増し、ランダムに見えていた動きも、一点の回転運動になってきた。
それとは別に煌きはランダムさを増していた。
「リエッタさん、僕の手を持っててもらえる」
「ええ、構いませんが、まさか……」
「うん。触ってみるつもり。それも光の粒だけだけど」
「光の粒? それが話しかけてきていると」
「そう、みたいなんだけど」
リエッタさんには見えないの?
『…#$%…』
「なんだか、必死で急いでるみたいなんだ」
「いいでしょう」
リエッタさんがボランドリーさんがうなずくのを確認して、了解してくれた。
<<身体強化>>
身体強化したリエッタさんに手を握ってもらいながら、二人で黒い霧に接近する。
触るのだからスフィアシールドは解除している。
黒い霧はすでに五メルほどにまで凝集している。
『…@▽ぎゃ#、はや&%…』
なんだか悲鳴のように聞こえる。
恐る恐る手を差し伸べて……、何度か瞬く光の粒に触れた。
そして黒い霧に触れては、ゾワリと背筋に悪寒が走って、少しだけど魔法力が吸われる。
なんだか、体の中の意識や魔法力を調べられたような、複雑な感覚がした。
どちらも触るたびに感触が強くなっていく。
それと僕の思考を読まれているような感じだ。
『…もう少し…』
そして、光の粒の発する信号が、言葉のようになってきた。
光りの粒に、なんだか指先を握られたような感触がした。
意識への接触とともに、魔法力が指先から大量に流れ出す。まるで魔法力を吸収されるかのように。
思わず指を引っ込めた。
『…あ、ああ…』
なんだか、残念そう明瞭な思考が伝わってきた。
随分と魔法量が減った。
僕は意を決してルルドキャンディー四個口に放り込んで、もう一回手を、そして指を差し出した。
ゾワリ、失敗。
こっちも意識の接触?
黒い霧も僕に反応するのか、なんとなく回転に変化があった。
それと、またわずかだけど魔法力を吸われた。
もう一度。
また指先が握られた。
魔法力を吸収され、そして煌きが強くなる。
もう一度手を引っ込める。
ほぼ枯渇状態だ。
ルルドキャンディー四つを口に放り込んで、魔法の回復を待つ。
直ぐに“120”まで回復する。
覚悟を決めて、オッと、黒い霧が絡んできた。
少しだけ吸われた。
もう一度手を伸ばす。
今度は成功。
またも魔法力が吸われる。
そして、小さいながらも徐々にだけど肉体を構成? それともただ単に見えるようになったのか?
手のひらサイズで背中に四枚の透明な羽の生えた、褐色というか黒っぽいというか妖精みたいなものが突然出現した。
ちなみに手のひらサイズっていっても、大人の手だから二〇センチメルくらいか。
そして、すでに三メルほどに凝集した黒い霧を指さして、何かを伝えてきた。
それは、イメージと言葉の合成のようなもで、脳内に直接伝わってきたんだ。
なんだか恐怖心のようなものが頭に浮かぶと一緒に『危険』といったように、そして『逃走』というイメージとともに体を後押しされたような気がした。
そしてそれが言葉のようフレーズとして脳内で構成される。
テレパシーってこのようなものなのだろうか。
「みんな逃げてーー!」
僕は『危険』『逃走』のイメージの織り成す『あぶないから急いで逃げてー!』という脳内の言葉に、叫び、それと同時に魔法力を体に張り巡らし、リエッタさんを引っ張って駆け出した。
蜘蛛の子を散らすとはこのことを言うんだろう。
全員が後ろを向いていっせいに走り出した。
レーダーで捉えた感覚だと、三メルほどの黒い霧というより、黒い球体が一気に収縮して、五〇センチメルほどになって、はじけた。
それも、黒い稲光のような物を無数に発生させながらだ。
僕は爆風に押され、二転、三転して地面に転がった。
魔法は枯渇寸前だ。
頭の上の黒っぽい妖精が、ケタケタと笑っていた。
ラメ交じりの光沢のあるミニワンピに、レギンス姿だ。
『爆発したねー。……ああ、&%…面白かった』
脳内で構成された言葉は以上だ。
僕は体の砂ぼこりや草の切れ端をはたきながら立ち上がる。
さすが身体強化。普通だったら骨折程度はしていたはずが、擦りむいた程度だ。
ルルドキャンディーを三個食べて、
<メガリライブセル><ホーリークリーン>
これでまずは大丈夫だろう。
<メガリライブセル><ホーリークリーン>
リエッタさんにも魔法を掛ける。
「それで君は誰? 今の爆発というか黒い霧は何なの? それとあれは?」
黒い霧…。そこにはウネウネとスライムのようにうごめく真っ黒い塊が存在していた。
直径は一メルほどだ。
『そんなにいっぺんに…¥*…聞かれても答えられないよ。
それとどうもありがとう』
「いいえ、どういたしまして」
どうやら言葉は通じるようだ。
「セージ君、誰とおしゃべりをしてるんですか。その灰色の光りの球ですか?」
「えっ……、リエッタさんには見えないんだ」
「見えないとは? 光りの球は見えますが?」
ヤッパ、見えないんだ。
「えー、僕には羽の生えた小人に見えるんだけど」
「そうなんですか」
リエッタさんが、しげしげと灰色の光りの球を観察する。
『ずいぶんと、¥&…ぶしつけな人だなー』
「えー、怒らないでくれるかな。それで僕に助けを求めたのは君なんだよね」
目を見張るリエッタさんを放置で、ダークフェアリーと会話を始める。
ダークフェアリーの言葉はテレパシーみたいに頭の中に聞こえてくる。きっとリエッタさんには聞こえていない。
『ああ、そうだよ。さっきは%…ありがとう』
たった二言三言だけど、なんだか随分会話というか、言葉がスムーズになって理解しやすくなった。謎思考が混じるけど。
「それで君は誰」
『自分は自分だよ。これでも高次生命体だって…#…言ってるじゃない』
高次生命体…。
「その高い、えーー」、次元って言葉が無い。時空魔法があって異空間や時間の概念もあるけど、次元って言葉が無い。「…生命体? 誰って、誰?」
『高い生命体じゃなくって、高次生命体。じゃあ君は誰?』
「あー、わかったから。
ぼ、僕はセージスタ、セージスタ・ノルンバック。君は?」
いまだに自己紹介は緊張する。
『セージスタね。自分は高次生命体だって』
「名前は?」
『…無い?』
何故に疑問形。
「それじゃあ、女の子? それとも男の子?」
なんだか見た目と服装は女の子っぽいけど、妖精におとこの娘ってあるのかな?
なんだか態度が男の子っぽいんだ。
『ああ、それなら知ってる…。
君たち人族は二つの性があって、…&¥…生殖行為で増えていくんでしょ。
自分たちはエネルギー生命体。
体内にいっぱいエネルギーをためて…%$…新たな生命を生み出すんだ。…@もっともっと大きくなってからだけど
セージスタの世界だと…¥#…単性生物ってでもいうのかな』
ほー、さすがファンタジー生物。
それと子供ってことか。
「じゃあ、なんて呼べばいいの」
『名前だっけ? …*何かいい呼び方があるの?』
「そうだねー」
ぼ、僕が考えていいんだ。ビックリ。
中性、中世、否、中性……、そうだ。
「ニュートってどうかな」
そう中性子から取った名前だ。
『ニュートね。うん、…それでいいよ』
「それであの真っ黒い塊は?」
『あれは高次元断層でできた、…&%次元境界の入り口、…&@次元境界の門だね』
次元……、そう。僕が知らないだけかもしれないけど、バルハライドでは次元という概念も言葉もない。
脳内で理解しても言葉にできない。
それと意味不明な表現も届く。
「世界に切れ目ってことでいいのかな。それとも異界かな。
その入り口で、中は別の世界ってことなの?」
『基本はそれであってるような、あってないよな。…中はチョット変わった…&$#…空間だよ』
「??変わった空間?」
『高次元粒子と高次元エネルギーが、…¥#@…に影響して、低次元の意識によって汚染され、それによって構成された特殊な世界になりそうなんだけど』
高次元粒子と高次元エネルギー? 低次元の意識? こいつなに言ってるんだ。
「えー、そのー」『…高次元粒子と高次元エネルギー』「って何?」
『低次元意識』「って何?」
そう、言葉に無いなら同様に頭に言葉を思ってみた。いや、言葉じゃないか。
『え、何?』
えーっ、どうやら通じない、読み取れないみたいだ。
それとも僕のイメージ不足か。
「えー、そのー」『…高次元粒子と高次元エネルギーって何?』
『…………何?』
ヤッパ、読み取れないんだ。
「えーと、高い異世界の粒と、高い異世界のエネルギーって何?」
『高次元粒子と高次元エネルギーのことを言ってるの?
高次元粒子は高次元粒子だし、高次元エネルギーは高次元エネルギーだよ』
こりゃダメだ。
ちょっと思案にふける。
「おい、セージ、無事だたっか」
ボランドリーさんが心配して、僕のところに来ていたけど、さっきから話しかけるか迷っていた。
そして他の人たちも、なんだか集まってきている。
「あ、はい。無事です」
「リエッタさんは」
「はい、おかげさまで、無事に逃げられました」
「それで、セージは何をブツブツしゃべってたんだ」
「えー……」
「この光の粒と話をしているようなのですが」
僕が答えに困っていると、リエッタさんが答えてくれたのだが。
「光の粒ってなんだ?」
えーーっ、ボランドリーさんには光の粒も見えないの?
「これですが」
リエッタさんの指すダークフェアリー、リエッタさんには光の粒だ。
指さされたニュートはチョット不機嫌になって逃げ回る。それをリエッタさんが指で追い、そのリエッタさんの指先をボランドリーさんが不思議そうに追いかけ凝視する。
「誰か何か見えるか」
「何をだ」
ガーランドさんが答えただけで、他の人は意味も分からず困惑気味だ。
『自分を追い回すなんて失礼な奴だなー』
ニュートがリエッタさんの指から逃げるように、僕の肩に止まる。
「リエッタさん、ニュートじゃなくって、光の粒が嫌がってる」
「そ、そうなんですか。ごめんなさい」
「で、何かがセージの側にいて、それがさっきの黒い霧、現在は真っ黒な塊みたいなものと関係があるってことでいいのか」
「ええ、そうみたいなような、そうじゃないみたいな…」
ニュートは黒い霧に捕まっていたようだから、関係性的には微妙だ。
「そりゃー、なんだ」
そう思うよね。
「まあいい、あの黒い霧と、あの真っ黒なものは何かわかったのか」
「わかったような、わからないような…」
「先ほど、黒い塊は別の世界だとか、高い世界って言ってましたよね」
「別世界? 高い異世界? ってそりゃー、異界宮のことか? それじゃあ、あの黒い塊は異界門か…」
えっ、おとぎ話で何回か読んだ、異界宮って本当にあるんだ。
異界門、ワクワクする。
そういえばダンジョンについては調べたことなかったな。早速調べなくっちゃ。
僕は興味深く、黒い塊に視線を向ける。
『…&@%…次元境界の門に興味があるんだ』
「うん、もっと何か知ってる」
『自分はあんまり詳しくないよ』
「じゃあ、中に何かあるのかも」
『イメージ世界とネガティブクリーチャーかな』
イメージ世界とネガティブクリーチャーの時に負のイメージ、悪い物を感じた。
「悪い想像の世界ってこと、それとその何とかって生き物って、ことによったら魔獣ってこと」
『ネガティブクリーチャーって、こっちじゃ魔獣って呼ぶんだね。
多分そんなところだと思うよ』
「悪い想像の世界か、異界宮は、概ねそんなもんだな」
「ダンジョンって他にもあるんだよね」
『あるに決まってるじゃない』
「ああ、もちろんだ」
「…えーと、そうなんだ……」
ニュートとボランドリーさんのコラボの決めつけた回答に、チョット戸惑う。
イメージとあまりにも違っていて、本当は、他のダンジョンもこんななの、って言葉を続けたかったんだけど。
『自分はもう行くね』
あ、そうなんだ。
「うん、わかった。また会えるといいね」
『機会があったらね』
ニュートが飛び立っていった。
僕が手を振ると、ニュートも手を振ってくれた。
リエッタさんにもそれは分かったようだ。
「なんだ、その見えない奴はどこかに行ったのか」
「はい、って不思議に思わないの?」
「フェアリーだろう」
「はい。見た目はなんだかグレーっぽくて、ダークフェアリーって感じだったけど」
「俺は見たことはねーけど、見たやつらに聞くと、運が良かったともいうし、無理難題を吹っ掛けられて大変な目にあったてやつもいた。
大抵がダンジョンの近くで見かけるそうだが、見えなきゃ、見えないでなんも問題はない。ガハハハー」
そんなもんなんだ。
「それじゃあ、俺たちも引き上げるぞ」
「え、ダンジョン調査しないの」
「準備もなにもなしに調査できるか」
「…うん、そうだね」
僕たち一行は、調査しながらララ草原に戻り、帰還した。
◇ ◇ ◇
ダンジョンは思ったより大問題なようで、僕たちが帰宅後、夜にもかかわらず、緊急呼び出しでパパは市役所におもむいた。
エルガさんは持ち帰ったホイポイ・マスターの修理で、リエッタさんと一緒にこっちも夜遅くまで作業をしていいた。
僕は魔石レンズの他いくつかの付与を手伝っただけだ。
そして僕が魔法練習を終え、就寝するまでパパが帰宅することはなかった。
翌朝、ボティス密林への侵入の推奨値が総合で“40”以上が継続されることが発表された。
パパは深夜に帰宅したそうだ。
ダンジョン調査はオーラン市を上げて行うことになったと、疲れた顔のパパが朝食の時に教えてくれた。