76. モンスタースタンピード後のボティス密林 2
二月一六日緑曜日。
「朝だぞー」
ボランドリーさんとニガッテさんが早朝の調査を終え、帰ってきて起こされた。
昨夜と同様で、特に変化はなかったそうだ。
夜一一時前に寝床に入るとあっという間に眠って、現在七時チョット過ぎ。
八時間半近くは眠っている。
焼肉と香辛料で味付けを変化させたシチューにバナナのボリューミーな朝食を済ませると、ルルドの泉付近に向けて魔導車で移動する。
ララ草原からルルドの泉に向かって侵入していく。
昨夜見た小物魔獣の群れは見当たらなかった。ここでは出現しなかったのかな?
それにしても魔素と負の魔法力の濃度が高い。ワニ池と同様、以前より圧倒的な濃度だ。
ワニ池と同様に魔獣が多い。
ゴブリンの群れは相変わらず多く三つつぶした。
その他にもアイアンアルマジロ、マッドオックス、バイコーンウルフ、ダッシュホッグに、あとは蛇と蜘蛛の魔獣と数多く討伐した。
強かったのが、強さ“52”のレッドキャップベアだ。
珍しいのがバイコーンウルフで高熱の角や爪で攻撃してくる。強さは“46”だった。
レッドキャップベアは身体強化で火魔法も使う凶暴な熊魔獣で、基本真っ黒い体毛で全身が覆われているけど、頭だけが真っ赤と一目で判別できる魔獣だ。
やっとの思いでルルドの泉に到着。
ルルドの泉の印象が違っているような気がする。
果物や干し肉、ビスケットなどの軽食、それと水で小休止。
「みんな疲れてませんか?」
「そ、そうですね」
リエッタさんにコッソリと訊ねてみたけど、歯切れが悪い。
「ガハハハ…、そりゃー、セージの所為だ」
な、なんだってー⁉
ボランドリーさんの豪快な笑いながらの回答に、脳内はパニックだ。
どうやら僕の声はみんなに聞こえていたようだ。
そんな僕にマルナさんの夫のガーランドさん教えてくれた。
「セージ君の活躍に、みんな驚いているだけだよ」
でも疲労感は?
「セージ君の活躍に、チョットだけ、そうチョットだけだが自信がな」
ボランドリーさんのおどけた回答で理解した。
冒険者のみんなにそれなりの自尊心があったのに、僕がその自尊心を折っちゃったんだ。
みんなの顔がそれを肯定している。ご、ごめんなさい。
「まあ、気にすんな。昨日はセージのおかげで命も拾ったことだし、感謝もしてるんだ。ガハハハ…」
バンバンって、背中痛いって。
「そうです。セージ君にはもっと強くなってもらわないといけません」
リエッタさんだけは、いつも僕を真っ直ぐ見て、応援してくれている。感謝だ。
でもこれ以上って、どうやってだよ。
綺麗な湧き水が複数か所から湧き出て、小さな泉を作る場所がルルドの泉だ。
ここでも樹木が折れ、地形もなんだか変化している。
夜も襲撃があってそれで疲れているのか、昨日から連戦続きで、みんな精神的にチョットばて気味のようだ。
上空では腐肉アサリのハゲワッシが鳴きわめいていて耳障りだ。
ここでも五台中一台回収、二台修理となった。
回収の一台はワニ池の物よりひどく、上部土台も破損していた。よくもまあ、メモリーパッケージの交換ができたものだ。
◇ ◇ ◇
ルルドの泉の周辺調査。
ルルドの泉に変化はないけど、ヤッパリどこかが違っている。
あと魔素だまりというか、窪地に濃厚な魔素が溜まっている箇所が二か所ほどあった。
二か所ほどってのは、濃厚とまではいえないがそれなりに溜まっている場所が他にも数か所あったからだ。
魔獣を討伐して安全を確保してから、昼食を摂る。
水も二トンほど汲んで――みんなはあきれてたけど――これでルルドキャンディーも大量にできる。
モンスタースタンピードが終わったから、どれだけ売れるかわからないけど。
ホーリークリーンで作成した聖水に白魔石を湖に放り込んで魔法力を込めてしばらく時間を掛けて作成したものがリバイブウォーターで、それを圧縮・凝固させたものがリバイブキャンディーで魔法力の回復効果がある。
回復効果のあるルルド水――ルルドの泉は多数あり、ここの泉は効果が薄い――で聖水を作成するとその効果が高くなる。それをルルドキャンディーとしていたものをN・W魔研でマジックキャンディーと命名・包装して販売している。
それとお試しで、ルルド水に<ホーリークリーン>を掛けたルルド聖水と、同様に<ホーリークリーン>を掛けたハチミツと、白魔石を一緒にビンに入れ魔法力を込めて泉に沈めた。
もちろん見つかりにくい場所にだ。
砂糖で作成したルルドキャンディーは苦さと甘さが混在した異様な味だったけど、ハチミツだと苦さが軽減され、甘みが強く感じられた。
それならばと思って、ハチミツに様々なハーブを入れたり、果物を入れたりとお試し中だけど、現在のところ出来は今一歩だ。
その一環として、ルルドの泉の効果で何か期待できないか、いい効果は無いかと思っての試みだ。
メガテレポートもあるからここに来るのも問題はない。
場所をよく記憶することだ。
……ただしこれが大いなる間違い……、とは言えないが、苦労することになる。
昼食後は、魔素濃度の高い場所を再度訪れ、正確な位置を計測・確認する。
植物の生長が早くなっていそうだってことが想像できるほど、植物が繁茂している以外、特に変わった点は見つからなかった。
レーダーで確認するとそういった場所があといくつか確認できた。
「まだあっちこっちにあるけど?」
「いや、奥には行かん。ここまでだ」
「あ、プテランが来ます」
伸長したレーダーで捉えたプテランは、水を飲みに来るのか、ルルドの泉を目指して来ているのは明確だった。
「隠れて行動を監視する」
ボランドリーさんの判断で、三グループに分かれて茂みに身をひそめる。
プテランはルルドの泉の上空を三周ほどして安全を確かめたのか、着地(水)して、水を飲み、水浴びをして飛び立っていった。
「貴重な生態観察だったな」
ガーランドさんの感想が漏れる。
こういった情報も、冒険者ギルドから配信される。
何が生存率を上げるかわからない。
ガーランドさんが貴重って言うのは冒険者の本心だ。
魔獣狩りをしつつの調査は、その後は特に何事もなく、夕方にはララ草原に戻った。
夕食――焼肉とシチューにいっぱいのキーウィだ――後の行動は昨夜と同様だ。
僕は一回目の夜の調査に同行した。もちろん朝はパスだ。
まあ、結果はまた小物の夜行性魔獣の群れを爆散させて、幾つかの夜行性魔獣を狩ってと変わり映えしなかった。
◇ ◇ ◇
二月一七日白曜日。
「朝だぞー」
今日もボランドリーさんのでっかい声で起こされた。
やっぱり昨夜と同様で、朝の調査は特に変化はなかったそうだ。
味は多少は変われど、昨晩と変わり映えのしない朝食を済ませ、底壺のある七沢滝に魔導車に乗って向かう。
七沢滝と呼ばれるいくつもの小さな滝が連なる急な沢があって、その最後の滝つぼから緩やかな流れになる。
底壺とは七沢滝の一番下の滝つぼだ。
魔導車はカムフラージュして、徒歩でボティス密林に踏み込んでいく。
「ねえボランドリーさん、魔素や負の魔法力は濃厚なんだけど、魔獣がいないよ」
そう、変なんだ。
この辺りは動物魔獣も出るが、低木と藪が多いからか昆虫魔獣も多い。
それがハゲワッシも含めて何もいないんだ。
「みんな、気を抜くなよ」
ボランドリーさんの注意が飛ぶ。
しばらく進んで理解した。
「ジャイアントホグウィードが群生してます」
猛毒の草で、揮発性の猛毒の樹脂を発散する。
魔獣じゃないけど、厄介な代物で、底壺にホイポイ・マスターを設置する以前に調査で訪れた時も群生していた。
今度はそれ以上の規模だ。
メモリーパッケージの交換から一〇日ほどしか経ってないから、成長おそるべしだ。
「風上はどっちだ」
「<身体強化><スフィアシールド>」で、七沢滝の下流、底壺側の更に下流に回り込む。
ララ草原から底壺までは、獣道のような道があるから身体強化は必要ないが、低木と藪が多い七沢滝周辺では、獣道が無いと藪に分け入っていくことも多く、身体強化は必要不可欠だ。
◇ ◇ ◇
藪にはばまれながらも、風上から回り込んだ。
可憐で小さな白い花の群れを咲かせるジャイアントホグウィードを遠くに眺める。
「ここからやります」
全員を止め、魔法陣を目いっぱいの距離――僕から二五メルほど離して――で出現させる。
魔法をなるべくジャイアントホグウィードに集中させるためだ。
「<ハイパーファイアーキャノン>」
ボワーン、と巨大な炎が上がる。
群生するジャイアントホグウィードが一瞬にして灰になる。
以前に殲滅した時にはハイパーファイアーマグナムとレベル5で、それをマシマシで放ったものを、今回は個人魔法化で、レベル7と更なる威力にした魔法だ。
地面まで焼いて、根や散らばった種まで焼く必要があるが、マシマシで放つ必要はない。
「<ハイパーファイアーキャノン>…<ハイパーファイアーキャノン>」
たまやー。うん、よく燃える。
「<ハイパーファイアーキャノン>…<ハイパーファイアーキャノン>…<ハイパーファイアーキャノン>」
かぎやー。
魔法力も豊富だし、以前より格段に楽だ。
何せ九〇回以上放てるんだから。
まあ、他の魔法も使うし、使っているから実質は九〇回弱だろう。
燃え移った炎は他の人たちが消火に当たってくれている。
◇ ◇ ◇
ゼー、ゼー……と息が荒い。
甘かった。
離れた場所に魔法陣を出現させるのには、思いのほか集中力が必要だ。
結局、ルルドキャンディー四個セットを三回食べて、放った魔法は一二〇回以上だと思う。
それだけ撃って、やっとジャイアントホグウィードを殲滅した。
滝の下流から上がっていき、絨毯爆撃よろしく、沢を左右に渡りながら、右から左、左から右へとハイパーファイアーキャノンをぶっ放しながら歩いた。
途中、効率と見落としが無いかと隊形を変えた。
僕のその場のサポートはリエッタさんとレイベさんの担当で、取りこぼしが無いかと、デトナーさんとアランさんが後方から確認処理と後処理をしてくれることになった。
魔法攻撃ではあまり役に立たないボランドリーさんとニガッテさんは名目上の警護だ。
まあ、ボランドリーさんの火と水魔法も役に立つことは立つんだけど。
全員が魔法力の枯渇で、動けなくなることへの配慮だ。
「セージはご苦労さん。みんなも早いが昼にしよう」
底壺に戻ってきて全員。
<ホーリークリーン>
レジャーシートを敷いて昼食だ。
果物や薬草などを採取してないが、揮発性の毒があった場所の植物なんて危なくって食べられたもんじゃない。
昨日取ったキウィやマンゴーがデザートだ。
昼食を食べ終えしばらく休憩すると、“20”ほどまで減っていた魔法量も“100”ほどまで回復した。
僕の最大魔法量が“680”だけど、今までの経験から寝れば二時間半から三時間ほどで全回復する。
それが起きていると一時間で“80”チョットとほぼ定量で回復していく。
全回復するには八時間ほど掛かる計算になる。
以前から大体同じ時間で、同じように回復していたから、比率的なもの、一時間で概ね八分の一の回復だ。もちろん体調によって時間差はある。
それがルルドキャンディー四個で一気に“125”前後まで回復できるが、ルルドキャンディーの食べ過ぎ。食傷気味だった。
それより昼食をシッカリと食べたかった。
まあ、あまり食べられなかったけど。
「セージはもうしばらく休んでろ。
リエッタさんとホーホリー夫妻はセージの面倒を見ながらホイポイ・マスターの状態確認と修理。回収ならセージが回復してからだな。
アランとデトナーはセージの護衛だ。
俺とニガッテはチョット例の物と周囲の確認に行ってくる」
例の物。
ジャイアントホグウィードを焼き払っているときに、一か所だけ遠く離れた随分と奥に存在したジャイアントホグウィードの群生地帯があった。
それを焼き払っているときに発見したのが、巨大な魔素と負の魔法力の塊だ。
窪地に存在するその塊のサイズは直径一五メルほどもあって、一番濃厚な中心部の直径七メルほどは魔力眼が無くても視認できるほどの濃度で、まがまがしい黒い霧の塊ような存在だった。
「ジャイアントホグウィードの殲滅が優先だ」
気になったけど放置したものだ。
僕はもう三〇分ほど休憩して、魔法量が“145”まで回復したところで、リエッタさんとホーホリー夫妻の作業の応援というより、メインで結局ホイポイ・マスターの回収作業を行った。
回収は四台中、筐体に内部配線まで破壊され、修理不能の二台で、一台は無事の修理無し、もう一台は修理となった。
◇ ◇ ◇
「みんな付いてきてくれ」
「何があったんですか」
「それがな、まあ見た方が早いか」
戻って来たボランドリーさんは珍しく神妙な表情だ。
そしてニガッテさんと一緒に引き連れられて、例の場所に向かった。