71. 魂魄管理者たち 3
久しぶりの魂魄管理者の登場です。
「報告があります」
「今回の次元の切れ目の拡大に伴う、高次元粒子や高次元エネルギーの大幅な漏れのことですね」
副責任者が代表に報告しようとするが、代表もすでに状況は把握している。
「はい」
「私の方は、次元の切れ目の拡大を修復中です。
まあ、修復といっても簡易的なことで、約束の日時まで被害を押さえる程度でしかありませんが」
「いいえ、そのようなことはございません。ありがとうございます」
「貴方が礼を言う筋合いのものではないでしょう。
それで被害はいかがなものだったのでしょうか」
「はい。バルハラドの全七大陸で、高次元粒子や高次元エネルギーが特に集中した個所があり、六八か所で魔獣の大量発生が発生しました。
発生時には各種の地震が伴い、その地震でも被害があった個所があります。
人的被害はまだ詳細の把握はできていませんが、六万八千ほどの人族が死亡しました。
その中の二三人が転生者です」
「補助の必要な内容でしょうか」
「いいえ、幸いにもそのようなことはないようです。
ただし、活発になった高次元エネルギーを抑制することが難しくなりました」
「それでは」
「抑制に使用できるエネルギーの消耗が早まるので、すべての転生者が目覚めるまでの七年間前後が抑制の限界になりそうです」
代表が一旦言葉を切った。
「人族に影響を及ぼしそうな場所が二四か所でしたか?」
「二五か所です。
小規模のものを合わせると三〇〇か所を越します」
「被害が思ったよりも多かったですね」
「浮遊島のテミスが一時期的な落下によって防衛機能が破壊され、魔獣の群れに一つの街が飲み込まれてしまいました」
「痛ましいことですね」
「はい。それと新たな浮遊島ウルズが魔大陸のデビルズ大陸に出現しました」
代表がディスプレイされた状況や資料に目を通していく。
三二か所は大きな亀裂だ。
バルハライドは、巨大な次元の亀裂の発生から、高次元の景況をもろに受ける世界となってしまった。
その余波は他次元にも及ぶ。
その修復の責は、亀裂の発生した生物や影響の及んだ生物が処理をしなければならない。
厄介なことだ。
何も知識なしでは対応不可能だ。
幸いなことは、ある程度、否、最低限の補助や知識の伝達は許可されていることだ。
「これらは」
「小さな次元断層が幾つか発生しました」
小さな亀裂は無数に発生している。
「負の生命発生点にはなりそうですか」
「いくつかがその可能性があります」
「そうですか。放置するしかありませんね」
代表の表情に苦悩が浮かぶ。
「はい」
「これらの断層がこれ以上に広がれば、抑制は更に難しくなりますね」
「はい、監視を強化します」
「お願いします」
代表がディスプレイを再度見直し、表示を消す。
「転生者はどうですか」
「今回の二三人を加え、現状四二人が亡くなっています」
ディスプレイに状況が表示される。
「次元の断層の拡大を考慮すると、やはり早めた方がよいかしら」
「それは代表が判断することです」
「それはそうですが、参考意見程度としてです」
「予定通りでよろしいかと。
それと不安定で断層が幾つか追加で発生すると思われます」
「そうですね。これが限界でしょうがギリギリ現状維持が可能ですね。
次元の不安定さが増している以上、次元の影響や断層が増えたらその時に考えましょう」
代表が他には、という顔をする。
「高次生命体の幼体たちが、何体か次元断層に巻き込まれてバルハライドに渡ったようです」
「またですか」
「はい、住み着いている者もおりますから」
「バルハライドへの情報伝達作業はどうなっていますか」
「まだ準備段階で幼体に教育中でした」
「それでは、バルハライドに渡った幼体ちは」
「はい、教育中の者たちです」
「守秘義務のある知識などは」
「まだ初期段階で、そこまでの知識はありません」
「それでは、その幼体たちにもその責を担ってもらいましょう」
「まだ幼体たちには伝えるべきことを全て伝えきっておりませんし、能力も育っておりません」
「補助程度にはなるでしょうし、最低限の知識があればよしてとしておきましょう。
回収する手間もありますし、しばらくは放置としておきましょう」
「わかりました」
ディスプレイが切り替わり、誰かのプロフィールが表示される。
「それとこの二名の転生者が記憶を取り戻しました」
「対処は、最初の被検体と同様にしたのですか」
「片方は四才だったので、強制的に個人情報の改ざん・隠蔽を行いました。
もう一人はセージスタ・ノルンバックが記憶を取り戻した時と同様に五才でしたが、情報操作のスキルを持っていなかったので、検討の末、もう一人と同様に強制的に個人情報の改ざん・隠蔽を行いました。
よろしかったでしょうか」
「いたしかたありませんね。
それにその方が、最初の被験者のような事が起こらなかったのではないでしょうか」
「そうだったと思います。
それとセージスタ・ノルンバックと同年代にあたる、初年度の転生者の中に、記憶を取り戻しそうなものが現れ始めました」
「対処が必要でしょうか」
「初年度の転生者ということもありまして、個人情報の『秘匿』や『常時秘匿』が使えそうな模様です」
「個人情報を開示するときに、指定したスキルを隠すスキルですね。
それができれば問題ないでしょう。
そちらもしばらく観察対象として、問題がなければそのままにしておきましょう」
「わかりました」
「そろそろ被検体のデータがまとまったのではないですか。
それと今回のことで被検体はどうでしたか」
またもディスプレイが切り替わり、セージスタ・ノルンバックのプロフィールが表示される。
「被検体であるセージスタ・ノルンバックですが、成長速度は他者に比類するものが無いほど急成長しています。
スキルの獲得の速度も同様に短時間で取得しています。
高次元粒子と高次元エネルギーとの親和性による恩恵がこれほどだとは思ってもみませんでした」
「やり過ぎ感を嘆いても仕方ありません
異様にみられたり、周囲との軋轢はありませんか」
「嫉妬や憧れに対抗心などは見受けられますが、問題となるほどのものはありません。
本人も前世の記憶喪失には気を付けているようです。
合わせて、自分の異常性にも多少ですが気づいていて、自重はしているようです」
「ウフフ、多少の暴走はやむを得ないといったところですか」
「はい、おっしゃる通りです。
現地で魔獣と呼称される高次元粒子と高次元エネルギーが負の意識によって汚染されて生物となった負の生命体を多数討伐しておりますが、周囲も驚くほどの実績を上げている次第です。
こちらをご覧ください」
槍トビウオやイクチオドンとの戦いが四次元ディスプレイに映し出される。
初めて魔獣と戦った、オケアノス祭でイーリス落下した時の映像だ。
「絶対量は少ないですが、高次元粒子を体内に多量に取り込み、高次元エネルギーも体内で綺麗に流れていますね」
代表の意思に沿って、映像がサーモ映像によく似た、高次元粒子や高次元エネルギーを映し出す。
「これが初めてネガティブクリーチャーとの戦闘で、覚醒直後、約一年一〇か月前のものです」
次に映し出されたのはセージスタ・ノルンバックが同年代と一緒に魔獣狩り、ミク・ミリア・オルジ・ロビンなどノルンバック家とウインダムス家での狩りだった。
「この子たちが一般的な子供たちですか」
「魔法の適性ではかなり上位に入る者たちになりますし、この子は転生者です」
同様に高次元粒子や高次元エネルギーの解析映像に切り替えて、時には二つを並べて比較確認する。
周囲の同年齢の子供と比較するとその違いが歴然としている。
「被験者の能力や適性が突出していますね」
「セージスタ・ノルンバックが特異なのは、他人の体内の高次元粒子や高次元エネルギーもコントロールできてしまうことです」
「被験者が前世の記憶とスキルの覚醒時の説明で、当初から高次元粒子や高次元エネルギーに親和性が高かったとうかがいましたが、どの程度親和性を高めたのでしょうか」
「親和性の潜在能力の覚醒を促したところ、八五%程度に高まりました。
一般の人間で潜在能力を常時一〇〇%行使できる人はまずいませんし、通常は成長と訓練で高めていって七〇から八〇%程度行使できれば良い方です。
セージスタ・ノルンバックは転生者にしても親和性の潜在力が高めだったこともあり、それを考慮すると潜在能力の八五%程度で、一般の一〇〇%程度といったところです。
魔法の威力も周囲と比較してかなり高いですから、やり過ぎたのかもしれません」
「潜在能力の範囲であれば特別に干渉したわけでもありませんし許容範囲でしょう」
セージがミクの体内魔素や魔法力に干渉している映像映し出しだされ、セージからミクへの高次元粒子や高次元エネルギーの流れが可視化される。
「セージスタ・ノルンバックの特異点はもう一つありまして、これも親和性を高めたためだと思いますが、彼に体内の高次元粒子や高次元エネルギーに干渉されると、その者も親和性が高くなります」
「他者の潜在能力を覚醒させることができるということですか」
「そのようです」
その後に魔法陣の作成や強化マダラニシキヘビの映像、メガホッグなどとの戦闘映像を確認した。
「被験者の魔法能力だけでなく戦闘能力全体が高いですね」
「これも高次元粒子や高次元エネルギーとの親和性が高いことが原因で、魔法やその他のスキルがレベル以上に効果的に発揮されているからです」
「戦闘に積極的になっていっているようですが」
「はい、戦闘するたびにその傾向が強くなっていっています」
その他の戦闘シーンの映し出された。
「これが今回の次元の切れ目の拡大に伴う、高次元粒子や高次元エネルギーの大幅な漏れと、ネガティブクリーチャーの大量発生の戦闘です」
まずはデミワイバーンとの戦闘が映し出される。
四次元ディスプレイで、解析データを見ながら鑑賞する。
「積極的に参加したのですか、それと討伐の様子は」
「基本エネルギー総量が四割ほど上位のネガティブクリーチャーとの戦闘を行う程、興味を持って参加した模様です」
「ほう、相変わらず戦闘的ですね」
「これまでの戦闘で相当自信を付けた模様です。
自分の魔法が他の者より強力だということも、疑問を持ちながらも認識しているようですし、成長速度も取得スキル以上に速いことも感覚的には認識しているようです」
「それが四割増しのネガティブクリーチャーとの戦闘を決断させるほどなのですね」
「そのようです」
「いつものはありますか」
「はい」
「これが四割ほどの差なのでしょうか。
知能の差、戦略の差を鑑みても、同等程度にしか見えませんが」
「あーと、これは約七割の差でした。確認ミスです。申し訳ありません」
「これが七割の差ですか」
時間軸を変えながら確認を繰り返す代表があきれている。
「ええ、そうです」
ビッグプテランや三匹の鳥魔獣は参考にならないと早々にやめる。
強化デミワイバーンを興味津々に鑑賞する。
「これが四割の差ですか」
「はい、これと次のミニシーサーペントが四割差となります」
「これと先ほどのネガティブクリーチャーは上方からの攻撃への対応力が弱そうですね」
「はい、そこをうまく付いた攻撃です」
「これだと他者も同様のことが可能なのではないですか」
「それはそうですが、これだけの飛翔魔法を起動することも、初撃を交わされた時の対応、セージスタ・ノルンバックはテレポートを想定していますが、そのような対策を行える人間はほぼ存在しません」
「これが一般の親和性の一〇〇%ですか」
「いいえ、この時には九〇%程度までアップしていますので、一般では一〇七~八%程度でしょうか」
「二年弱で五%の増加ですか」
「そうなっています。
また基礎能力、潜在能力も増加傾向にありますので、親和性も更に上昇する可能性がありそうです」
最後にミニシーサーペントとの戦闘を確認した。
「被検体が特殊な存在になりつつあるのがわかりました。
試金石としての意味合いは薄いかもしれませんが、参考データとして引き続き観察を継続してください」
「わかりました」