58. ルルドの泉
魔石の付与に、ホイポイ・マスターの製造に、魔法と剣の練習に、イメージ文字の作成に、図書館で読書にいそしんで、魔獣狩りと引く手あまた、頑張り屋のセージです。
もとい、少々疲れ気味のセージです。
冒険者ギルドでの方針が変更になって、魔獣監視は重点か所の二か所だけとなった。
ホイポイ・マスターの追加の六台ができたのが、三月二四日黒曜日。
ウインダムス総合商社が魔電装置を手広く扱っているからといって、高機能の電増魔石(トランジスターや真空管のような物)、レコーダーコアやピクチャーコアをそう幾つも集められなかった。
レコーダーコアやピクチャーコアはエルガさんの知識と僕の頑張りで何とか作成できそうなんだけど、電増魔石の作成方法が不明なため、マジカルボルテックス関係は購入するしかないためだ。
結果、大きい魔獣石を魔石化させ、レコーダーコアやピクチャーコアのほとんどを作成したのがセージだった。
サイズや性能のばらつきはエルガさんとリエッタさんと一緒に調整して何とか合わせた。
そうじゃないとメモリーパッケージとして交換できないからだ。
試作機の三台も回収して、使用できる素材を転用もした。
破壊された時の状況保存用の回路も、もう一工夫した。
イヤー、疲れた。
魔獣監視の重点か所の二か所だけとなったのも、ホイポイ・マスターの製造が難しくなっているのもその一因だ。
冒険者のケガや死亡を防ぐってことにもなるし。
設置は五台で、一台はいざという時の予備となった。
連続で作業をすると集中力が切れてしまって、それで図書館に、狩りにとリフレッシュしていたのが実情だ。
ミクちゃんとの稽古、時たまポラッタ家の娘の同い年のライカちゃんや、そのお姉さんのモーラナちゃん、なんとミリア姉やロビンちゃんも参加するときもあって、僕はリア充じゃないよねって、自問してしまったこともあった。
ライカちゃんとモーラナちゃんがメッチャ明るくなって良かったんだが、ライカちゃんに至っては「セージちゃんといっしょに狩りに行くんだー」って目下両親を説得中らしい。
定番の回答の「許しません」にもめげずにだ。
こんなにグイグイ来る子だとは思わなかった。
まあ、僕は五才(今年六才)、相手も同い年から三つ上のお子ちゃまに、リア充もあったものじゃないと気づいているのだが。
◇ ◇ ◇
ワニ池のホイポイ・マスターのメモリーパッケージの交換にはホーホリー夫妻とレイベさんがあたっていて、一週間に一度訪れている。
セージの狩りはその交換作業に同行して行われている。日帰りの狩りだ。
ちなみにミクちゃんの護衛兼教育係はカフナさんが引き継いでいる。…が、ミクちゃんがセージと会っているときの護衛がレイベさんで、教育の半分は実質レイベさんとセージが見ているという微妙なものだ。
一度だけミクちゃんに付き合ってララ草原に狩りに行き、いい息抜きになった。
もちろんオーラン市に近い場所で、不測の事態にもオーラン市に戻ってこられようにだ。
ワニ池にホイポイ・マスターを設置したのが三月五日黒曜日から三月七日青曜日に掛けてだ。
まだ二回しかメモリーパッケージを交換してないから、魔獣の増加は捉えらていないというより、データを積み重ね始めた段階だ。
マルナさんもホイポイ・マスター作成に協力してくれている。
勉強しながらだけど、ウインダムス総合商社や冒険者ギルドとの折衝も、ある程度だけど担当してくれている。
社会人経験で折衝経験もある僕にしてみたら、まだまだ未熟みたいだけど、慣れない仕事は身に着くまで時間が掛かるし、僕が折衝なんておかしいから出ていかないけど。
◇ ◇ ◇
四月一日赤曜日、いよいよホイポイ・マスターの二か所目の設置だ。
ボティス密林に侵入して設置場所が近づくに従い、濃厚な魔素を魔力眼と魔素感知が捉える。
「ワニ池より濃厚ですね」
「こわいか」
「そうだな」
「そのようですね」
答えてくれたボランドリーは僕の背中を景気付けのつもりかバンとはたいた。
ガーランドさんと、緊張気味のマルナさんは素直に同調してくれる。
リエッタさんは平常運転だし、ガチガチに緊張するレイベさんはチョット心配だ。
無口なニガッテさんはうなずくだけだ。
三度ほどゴブリンの群れを撃退し、他にも魔獣を倒している。
慣れない人なら魔素酔いをするかもしれないほど、魔素が濃厚になってきた。
レイベさんもこの前の狩りで“40”になったって喜んでたし、ここにはこの程度で魔素酔いを発生する人はいない。
ワニ池より奥だから当然のことだろうが、樹木も密集していて視界も悪く。レーダーが無ければ来たくない場所だ。
レベルとスキルはどうあれホーホリー夫妻とレイベさん、リエッタさんにニガッテさんと全員が索敵持ち――スキル名は違っても索敵的なことができる――なので特に問題はない。
僕のレーダーと索敵の違いは融通性と情報量だ。
空間認識・看破・鑑定・魔力眼・魔素感知を合わせたものがレーダー――レーダー魔石は空間認識・看破・鑑定だけ――だ。
空間そのものを認識しているので魔獣の名前や強さに方向に距離、その他にも時間はかかるが使う魔法の書類や魔獣の状況も捉えることが可能だ。
対して索敵は魔獣というか生物の種族とおおよその強さ、それと方向と距離だけだ。
それともう一つの相違点が、レーダーというより空間認識の機能の違いで、認識空間を自分の思い通りに引き伸ばすことができる。
伸ばしすぎると状況認識が曖昧になるし、縮んだ方向のことがわからなくなるっていうデメリットもあるから使う時には注意が必要だ。
索敵は索敵範囲を空間認識に比べると、あまり変化させることができない。基本自分を中心に円形に魔獣や人間などの生物を捉えるだけだ。
「レッドキャップベア発見、一匹、強さは“53”くらい。体長は二.五メルです」
黒い体に真っ赤な頭髪が名前の由来。
火魔法による灼熱化が最大の攻撃で、爪や牙が鋭く、身体強化に威圧と多彩だ。
もちろん毛皮の防御力も高い。
設置場所付近だから避けて通れなそうだ。
メンバー内で強さ(総合)の値が高い順にとボランドリーさんの“71”、ニガッテさんの“63”、僕とガーランドさんが“51”、リエッタさんが“47”、マルナさんが“46”、レイベさんは先に述べた“40”だ。
全員申告したわけじゃないけど、お互い戦闘を見ていれば大体の強さは把握できている。
僕は時たまカンニングをした訳じゃないけど、魔獣を看破しているときに一緒に見えちゃったりしてるから不可抗力だよね。
メンバー的には問題ないので、ボランドリーさんが「狩るぞー」とGOを出す。
そして先頭切って飛び出したのがボランドリーさんだ。戦闘狂でしょうか。
対魔獣用の分厚いグレートソードを特殊スキルで灼熱させた、独自技のヒートエッジで隠形でレッドキャップベアの背後から切りかかる。
ちなみに灼熱って魔獣が良く使うスキルだけど、人でも持てるってボランドリーさんから教えてもらった。
気づいたレッドキャップベアが振り向きざまに爪を振るうも、その左腕を深く切り裂いた。
ジュッて焼けた音がして、肉の焼けた匂いが漂う。
怒る狂ったレッドキャップベアが威嚇を込めた雄たけびを上げる。
ビリビリと体に響く、体内に魔法力を循環させてレジストする。
レッドキャップベアの右手がボランドリーさんに襲い掛かる。
それをガントレットではじきながらボランドリーさんが後退する。
レッドキャップベアは吠えた口に魔法力を集め火球を放とうとするも、ボランドリーさんが突撃して顎の真下からグレートソードを突き立てる。
火球が消え、右手を振り回してボランドリーさんを襲う。
さすが魔獣すごい生命力だ。
ボランドリーはグレートソードから手を放し、数歩下がって、
「<ファイアーマグナム>」
大火球をレッドキャップベアの頭に放つ。
それはヒートエッジを更に加熱する。
痛みと怒りで、ギャーーーと吠える。自分でも火魔法を使うくせに人の使う炎は熱いようだ。
ボランドリーさんが防御に腰の短剣を抜いて身構える。
レッドキャップベアは頭が悪いようで、喉にグレートソードが突き刺さったまま、四つん這いで襲い掛かろうとして、地面にぶつかったグレートソードが更に食い込む。声を出せなくなったようだ。
「<ファイアーマグナム>………………<ファイアーマグナム>」
追撃のファイアーマグナムで、レッドキャップベアが息絶えた。
結局一人で余裕で倒してしまった。
僕も戦いたかったんだけど……。
ホッとしているのはレイベさんだった。
設置場所は湧き水の出る場所だった。
綺麗な湧き水が複数か所から湧き出て、小さな泉になっている。
水を飲みにやってきても、別々に飲むことができるから水飲み場としては最適なような気がする。
細い川の流れはワニ池に向かっているように思えた。
湧き水…、泉…、と何か引っかかるものを覚えたが、チョット小休止。そして設置だ。
前回と同様、場所の指定は冒険者ギルドのボランドリーさんとニガッテさん。
計測がリエッタさんで、僕がその補助と土壌などの確認、そして設置担当でもある。
ホーホリー夫妻とレイベさんがその間の護衛だ。
三基設置したところで交代で休憩することになった。
「この水はうまいから飲んでみろ」
ボランドリーさんの言葉に、
「ルルドの泉」
僕はエルガさんの言葉を思い出した。
魔素の溜まる場所の泉、治癒効果のある泉、世界各地にあるとされる泉の名前だ。
「おう、そんな風にも呼ばれてるな」
「それじゃあ、大人気ですよね」
「人気? まあ、ここに来たやつらは、飲んでいくし水筒を詰め替えはするがそんなもんだな」
「え、大人気なんじゃー?」
「大人気ってなんだ?」
僕の疑問に、ボランドリーさんに疑問で返されてしまった。
「だって治癒効果のある水ですよね。みんな持って帰るんじゃ…」
「ガハハハハ…、そりゃー、うまい水で、回復効果もチョッピリは有るが、セージが思ってるほどの効果はねーな」
「ルルドの泉じゃ…」
「セージの言ってる泉は、モモガン森林のずっと奥、キュベレー山脈の中にあるって言われてる泉だ。
ここのは、効果がそれほど高くないから、この水を持って帰るんなら、魔獣を狩って帰るな」
「はあ、そうなんですか」
「ガハハハハ…、がっかりすんな。セージが持って帰りたいって言うなら、設置した後好きなだけ汲んでいいからな。ガハハハ…」
なんか持ち上げられて、落っことされた気分だ。
気を取り直して聞いてみた。
「キュベレー山脈の中のルルドの泉ってどの辺にあるんですか」
「それがわからん」
なんでも、魔素濃度の関係と、水脈の関係で、いくつも湧き出る泉の中のどれかって特定が難しんだそうだ。
そんなんで、たまたま発見できたら幸運なんだそうだ。
ある意味、幻の泉だそうだ。
それを聞いたら行ってみたくなるのが人情、冒険者魂だ。
興奮してたら、「しっかり休めよ」と怒られてしまった。
残りの二機を設置するとお昼だ。
「どうするんだ」ってボランドリーさんに聞かれた。
ま、ダメもとで、急遽土魔法と錬金魔法でバケツを十個作り、魔素感知を最大限生かして、魔素濃度の一番高い水を汲んでアイテムボックスに放り込んだ。
「ガハハハ…、豪勢だな」ってボランドリーさんに笑われたしまった。
昼食を摂ってゆっくり休んだから、気力充分だ。
「ここまで来たからには申し訳ないが、周辺を見てから帰るぞ」
ボランドリーさんの宣言に、周辺の確認を行った。
四組のゴブリンと遭遇、ヤッパリ、ゴブリンが多い気がする。
クラッシュホッグと、美味しい肉も手に入れたのだが。
「ゴブリンの集落があるみたいです」
「どこだ」
「この方向に開けた土地があって、そこに簡易な建物のようなものとゴブリンが多数います」
僕はボランドリーさんの問いかけに、指差し方向を示した。
「どの程度の数かわかるか」
「いいえ、集落の一部分しか認識できなくって、チョット時間をください」
「注意して頼むぞ」
レーダーを細長くして何度もふりまわしてみる。
「大体九〇匹ぐらいみたいです。フォースゴブリンが三匹、カラーゴブリンが一一匹ですが、索敵範囲外を考えるともうチョットいそうな気がします」
カラーゴブリンはゴブリンの上位種で強さは“20”ほど。
体長がほぼ人間と一緒で魔法を使う。色によってその魔法がわかるから対処するのは難しくない。
戦闘ゴブリンはカラーゴブリンの上位種で強さは“30”ほどとララ草原で狩りをする駆け出し冒険者じゃ狩るのは難しい。
体長は二メル程度で、身体魔法を主に使い、体も頑丈だ。
「何かいい案はあるか」
さすがに一人一三匹はチョット多い。
できないわけじゃないけど逃がさず全滅ってのが面倒だ。
「はい! 僕がテレポートで飛んでかく乱します。
それで一部をこっちにおびき寄せて、何回かに分けて殲滅します」
「そんなことができんのか」
「あの辺と、あの辺に飛んで、魔法を放てばできるんじゃないかと。
それで頃合いを見計らって、誰かがこっちでおとりになれば」
ボランドリーさんがしばし思案して、
「……ほかなにも無ければそれで行くか。
セージはしっかり安全確認を怠るなよ」
「はい」
僕が飛んで魔法、また飛んで魔法。
ゴブリンが混乱して一部は魔法を放った場所二か所に向かうから、そうなったところでリエッタさんが顔を出してゴブリンを呼ぶ。
向かってきたところをレイベさんが鉄菱で撃破。
残ったものはたかが知れているだろう。
それを二回か三回ほどやれば後は簡単に殲滅モードだ。
打ち合わせも終了して、レーダーで安全を確認する。
<テレポート>
まずは、右手奥に飛ぶ。
ゴブリン集落に振り向いて、
<メガファイアーキャノン>…<メガファイアーキャノン>
火魔法のレベル5のメガファイアーと風魔法のレベル5のストームの複合魔法でレベル7の魔法となる。
現状僕の最大火力、それをマシマシで連射した。
広場だから大火災になる心配はなさそうだし。
盛大に炎が舞い上がる。玉屋ー、鍵屋ー。
ギャー、ギョワー…と大混乱、大成功だ。
もういっちょ…<メガファイアーキャノン>
<ファイアーバレット>…<ファイアーバレット>
小火球の散弾だ。
こっちの位置がわかるように、弱い魔法も放っておく。
<テレポート>
そして左手側奥に飛んで、ゴブリン集落に振り向いて、
<メガファイアーキャノン>…<メガファイアーキャノン>…<メガファイアーキャノン>
<ファイアーバレット>…<ファイアーバレット>
チョットやり過ぎたか。
砂が舞い上がって全然見えない。
レーダーでも、こっちに来るゴブリンがいない。
ゴブリンがいない? あれ、みんなの方に行っちゃった。
リバイブキャンディーを三個口に放り込んで、
<テレポート>
で、みんなのところに戻る。
「視界がクリアになったら各個撃破だー」
気の無いボランドリーさんの掛け声が聞こえた。
「生き残り、いないんじゃ…」
誰かの呟きが聞こえた。
みんなが集落に駆け込んだが、生き残りのゴブリンは怪我をした一五匹だけだった。
それもあっという間に倒してしまう。
草むらは“ファイアーバレット”であっという間に燃え尽きて、土をさらけ出しいる。
それと周囲の数本に樹が燃えていた。
熱帯雨林の湿った密林。木々も充分水を含んでいるので、そうそう森林火災にはならないけど、
<大粘着弾>…<大粘着弾>
これだと木々にまとわりついて、再燃するのも防ぐことができる。
焼け木杭に火が付いた、ってことが無いようにだ。
みんなで焼け焦げ、吹き飛んだゴブリンの魔獣石を疲労――主に精神的に――しながら回収して、密林の中、周辺で活動していた生き残ったゴブリンを狩り終えるころには、不気味な鳴き声を上げる鳥魔獣のハゲワッシが周囲を舞っていた。
そして、無事ララ草原に戻った。
「今日はみんなよくやった。特にセージよくやった」
ボランドリーさんのねぎらいで帰宅した。
怒られたような気がしたのは僕の勘違いだったのだろうか。
はい、ごめんなさい。
ルルドの泉の水で作ったリライブウォーター(ルルドウォーター)とリバイブキャンディー(ルルドキャンディー)は一割増しという微妙な効果だった。
それでも成功と満足だった。
まあ、苦さに変化はなかったんだけど。