57. いちゃもん
ワニ池へのホイポイ・マスターの設置が完了して、次の五台の用の魔石に付与をしていた。
一段落してドアを開け“面会謝絶”の札を外していたら、
「よう、いいか」
と冒険者ギルド長のボランドリーさんが、疲労感たぷっりに声を掛けてきた。
「入るぞー」
パパの書斎に連れていかれた。
今日居るんだ。チョット驚き。マリオン市から帰宅したら、議会のことだと思うけど飛び回っていたからだ。
ボランドリーさんが椅子に座って僕にも座るように勧めてくる。
椅子にチョコンと座るが、ボランドリーさんは口を開こうとするが、また閉じてとなかなか話しださない。
いやな予感がビンビンです。
「あのー、戻って作業をしてもいいですか?」
これで話さないなら、面倒ごとに首を突っ込まなくていいやと思って席を立つ。
「わかったから座ってくれ」
また席に座ると、ボランドリーさんが話し始めた。
「冒険者ギルドがボティス密林へ入るのに強さが“40”以上を推奨してるのは知ってるな」
「はい」
その所為で僕の個人情報(偽)の総合が“40”になりました。
「それでな…、あー、いちゃもん…」
「いちゃもん?」
「いちゃもんをつかれてな…」
「はあ」
意味不明だ?
推奨値に文句があるならギルドへGOだ。
まあ、推奨値だし、禁止じゃないんだから自己責任で入ればいいだけだし。あ、怪我をした時の補償問題か……って、なぜに僕への話になるんだ?
「まったく、らちがあかん。
セージいいか」
業を煮やしてパパが話しだした。
「はい」
「ボティス密林へ入るのに強さが“40”以上を推奨しておきながら、どうして五才のガキを連れてったって、ボランドリーがつるし上げを食らってるそうだ」
「はー…、でも僕は…」
「そりゃー、わかっとる。わかっとるが、どうやって説明する」
「個人じょ…は嫌だし……、いやだけど判定球ですかね」
「それで納得するか?」
「どうでしょう?」
「ボランドリーはつるし上げを食らったあげく…ガハハハ…」
パパの大笑しだす。
こりゃ、ぜってー、めんどくさい奴だ。
「“セージはオメーらより強い!”って怒鳴ったんだとさ…ガハハハ…」
あちゃー、最悪。
パパ、豪快に笑うとこじゃないから。
「その先はわかるだろう」
「えー、大体」
どうせ戦わせろって騒がれたんだ。
ガックリと肩を落とす。
「作業に戻っていいですか」
「ボランドリーを助けてやらんのか」
しかたない。頑張るか。
「はあー、いつ冒険者ギルドに行けばいいんですか」
まあ、盛大なため息程度の反撃は許されるだろう。
◇ ◇ ◇
翌々日ボランドリーさんに連れられ冒険者ギルドに来た。
パパとヒーナ先生と一緒だ。いざという時のための光魔法は心強い。
僕の本当の強さ(【基礎能力】の総合)が“51”だし、身体魔法は“6”だから、負けるつもりはないけど。
闘技場に入ると六〇人ほどがいた。
ほとんどが見物客のようで壁際にいるけど、闘技場の真ん中に三人が立っている。
「一応こいつらには、ここで見たことは一切外部に漏らさないって誓約書にサインをもらっている。
万が一漏れたら罰則があることも了解させている」
サバイバル? じゃないよね。三人と?
ボランドリーさんと一緒に闘技場の真ん中までくる。
「このうちの誰と戦うかセージが選んでいい。
おいオマエら、選ばれなかったからって恨むなよ」
「ああ、ワハハハハ…」
「わかっておる」
「……」
こまった、どうしよう。
笑いの髭ゴジラに、朴訥な筋肉マッチョ。
それに、無口なおかまナルシストっていうか手に持ったスタッフに笑いながら語りかけているような。チョット無理。
「えーと、あ…、僕が看破で見ていいですか」
「ほう、看破でね。おりゃーいいぞ、ガハハハ…」
髭ゴジラは完全に僕をなめ切ってます。
「うむっ」
筋肉マッチョが大きくうなずく。
「……」
おかまナルシストの不思議な仕草に、笑いを含んだ笑顔。とどめのスタッフのうなずきに気持ち悪さを覚えた。
髭ゴジラの強さが“39”で魔法はほとんど無し。身体魔法のみってところか。
筋肉マッチョの強さが“40”で髭ゴジラとほぼ一緒だけど、魔法力は髭ゴジラより上。身体魔法も上だろうな。
無口な曲者ナルシストが“38”だけど、火・土・風と身体魔法が使える。一番弱いけど厄介そうだ。
頑張っちゃうかな。
できれば二人がいいけど、そうもいかないか。
「えー、順番に全員と戦います」
三人の顔つきが変わった。
「誰からでもいいですよ」
周囲は笑いを噴き出し、大はしゃぎだ。
「ガキ相手に本気出すなよ」
「アハハハ…、なめられってんぞー」
本当に盛り上げてくれること。
ボランドリーさん、頭抱えないで。あ、ヒーナ先生も。
パパ笑いすぎ。
いつでも戦えるように最高度まで<身体強化>を行い、体内魔素と魔法力を活性化させて身体魔法Ⅵまで高める。
じゃんけんをして、一番手が髭ゴジラだ。
右手にバスタードソード、左手にショートソード、ごつい両手のガントレットで攻撃をはじくんだろう。
もちろんバスタードソードとショートソードは模擬戦用のものだ。
髭ゴジラ、なめ切っているのか、ガントレット以外の防具を身につけていません。
僕はいつもの狩りの格好だ。
特殊鋼硬を織り込んだチェーン下着、普通の服に見えるけど特殊鋼硬を織り込んだ服、キチン質で強化した胸部・腰・手甲・足甲の部分鎧、革製ヘッドギアには全て僕の付与が掛かっている。
見た目はあんまり変化ないけど、随分強化している。
いつもの練習用のショートスピアとヘッドギアをアイテムボックスから取り出すと、周囲からどよめきが起こり、髭ゴジラも目つきが鋭くなった。
僕もヘッドギアを被って準備OKだ。
「それじゃあ、行きますよ。それともおじさんからかかってきますか」
「てめー、お兄さんだ、ガキ!」
「セージですよ。おじさん」
「ガキが、怪我して泣くなよ!」
随分沸点が低いこと。顔が真っ赤ですよ。
「頭を叩くと傷付いちゃいますよ。その立派な髪の毛が、部分的に禿げちゃいますよ」
ぼさぼさな顎髭に、そして髪の毛も剛毛なようだ。ヤマアラシかって。
「ハハハ、おもしれー、ジョーダンはそのくらいにしておけ!」
「じゃあ、頭を叩きますよ」
「闘技場の砂の不味さを味合わせてやる!」
「え、おじさん、ここの砂食べてるの」
周囲がどっと沸いた。
「ガキ!」
「それじゃあ、お兄さんとセージを賭けてー、開始!」
おー、突然のボランドリーさんの開始宣言。
そんなの賭けなくてもいいから。
髭ゴジラが右手にバスタードソードを大上段に大きく振り上げて切りかかってくる。
早いけど、レイベさんより遅いし。
魔法は無くとも、身体強化“2.5”ってところか。
そんな攻撃あたるはずないじゃない。
左手にもショートソードがあるから、剣を振ってきた右手側に駆け抜ける。
それを見越したように、振り下ろした剣を横に凪いで僕の背中から切りつけてくる。
空間認識と並列思考でシッカリとそれを捉えている。
現在はレベル3で、並列思考が加速て性能がアップしている。
三つの思考になるかと期待していたけど、二つの思考のままだった。チョットガッカリ。
<ポイント>
足場を作って大きく跳ぶ。
<ポイント>
<ポイント>
久しぶりの空中足場だけど、見えにくいって利点がある。僕には更に、情報操作の認識阻害の効果もあって、余計に見にくいはずだ。
三角跳びで、最後に髭ゴジラの顔を踏んで地面に着地。
周囲で「あのガキ何をやった」なんて言葉が聞こえてくる。
あらら、顔が更に真っ赤になったのは、僕が踏んずけたからじゃないよね。
もう一押し。
「ごめんなさい。踏んづけるは叩くっていわないよね」
「ぶっ殺す!」
「今度は宣言通り、ちゃんと頭を叩くきますから」
「ぶっ殺してやる!」
あらら、般若って本当に居るんだ。
でも髭ゴジラおじさん、ボキャブラリー低いよ。
ギャハハハハ…、下品な笑いが周り中から聞こえてくる。
我を忘れて、バスタードソードとショートソードを交互に振ってくる単調な攻撃。
っで、突然ショートソードを投げつけてきた。
ショートスピアではじく、と、左利きなのか? あ、両手利き。
左手を腰に回して素早く抜いて、二本の短剣を投げつけてきた。
身を屈めて、おじさんの左手側、右方向へ回り込む。
左手をまた腰に回そうとする。
踏み込んでショートスピアで、振り回してくるバスタードソードを弾いて、さらに踏み込んで石突でみぞおちを突く。
髭ゴジラが苦痛に顔が歪め、体をくの字に曲げる。
そこを槍の柄をクルリと回し、真上から脳天をゴンと強打する。
髭ゴジラが前のめりに崩れ落ちた。うつぶせ状態に。
「あ、ヤッパ、砂食べるんだ」
ギャハハハ…、盛大に笑いが飛ぶ。
「勝者セージ、敗者おじさん」
髭ゴジラ、ボランドリーさんの宣言聞こえたかな?
盛大な歓声と笑いが続いている。
多分だけど沸騰しなきゃ、もっと多彩に戦えたはずだ。
◇ ◇ ◇
「セージ、ブラントだ」
筋肉マッチョが自分を親指で指している。
「ブラントさん、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。ベホンにはいい薬になっただろう」
「あのおじさん、ベホンっていうの」
「ああ、じゃあやるか」
筋肉マッチョのブラントさんで、髭ゴジラがベホンっていうらしい。
ブラントさんは鎧を身につけ、両手剣にごついガントレットと、ボランドリーさんによく似た装備だ。
「チョット待って」
「疲れたのか」
「いいえ」といって、アイテムボックスにショートスピアを仕舞って、小太刀を出す。
この際だから、色々な戦い方をやってみよう。
「それ便利そうだな」
「ええ、重宝してます」
身体強化Ⅵもまだまだいける。
ブラントさんも体に魔法力が満ちている。
概ね身体魔法Ⅳってところか。
さっきのベホンも魔法無しで身体魔法を行ってたが、ブラントさんはベホンと比較すればかなり強力に身体強化ができている。
僕もパパにヒーナ先生、ホーホリー夫妻、レイベさん、ボランドリーさんにニガッテさんと身体魔法ができる人を何人も見てきたからわかることだ。
「なにか賭けるものは有るか? ……無いようだな、開始!」
ブラントさんが、いきなり踏み込んでグレートソードを軽く右手側に振り上げて、袈裟切りに切りかかってくる。
早い。
僕はブラントさんの右手側に踏み込んで躱す。
ブラントさんが振り切る直前でグレートソードをピタリと止め、手首を返し、僕に向かって振り抜いてくる。
これを狙ったのか。さっきのベホンとの戦いで僕がとった行動で、予想されてたってことだ。
袈裟切りも逃げる方向を限定されてたって訳だ。
それと何かのスキルか、剣速が上がった。ヤバッ。
僕の看破のレベルじゃ、すべては見えない。せいぜい見えて魔法の属性程度だ。
僕は左側、ブラントさんに近寄ってジャンプ。
体の近くは攻撃がしにくく、剣速も弱まる。ましてや僕は小っちゃい。
そしてブラントさんの腰を蹴って、更に高く大きく跳ぶ。
<ポイント>
空中で止まって、
<ステップ>
離れた位置に着地する。
ブラントさんも深追いするつもりはないようだ。
チョット危なかった、冷や汗をかいた。
あと、蹴った腰が非常に硬かった。スキルの所為なのか、斬撃や刺突にもかなりの耐性がありそうだ。
それと基本の体力や筋力の所為だろうが、剣速が思っていた以上に速い。加速した剣先はもっとヤバい。
身体魔法Ⅵの僕の速度と、ブラントさんの身体魔法Ⅳがそれほどそん色がない。
ヤッパ、五才の基礎体力は細胞も強くなってアップしたとはいえ、同レベルからすれば低いんだろう。
<ダークネスフォグ>
僕の足元周辺に黒い霧を発生させる。剣劇は回避だ。
<ダークネスフォグ>
霧を更に濃くする。
突撃を掛けようとしていた、ブラントさんが警戒して踏みとどまる。
そして内緒の……、そう、訓練して離れた位置でも魔法陣が出せる僕は、現在六メルほどが最長距離だ。チョット時間が掛かるけど。
今度はこっちの番だと、正眼に構えたまま踏み込んでいく。
警戒して一歩後退したブラントさんが、踏んだ感触にぎょっとする。
そう、ブラントさんの後方に内緒で粘着球をぶちまけたんだ。
足を取られたブラントさんが尻もちをつき、そこに刀を突きだして、喉元で止める。
「勝者セージ!」
ボランドリーさんの手が上がる。
粘着球を『解除』で消して、
「どうもありがとうございました」
右手で握手を求める。
「いまのがセージの全力ではないのだろう」
がっしりと手を握られた。
「いえ、全力です」
「そうか」
「おいおい、本当にチビつえーぞ」
「ああ、お前じゃ勝てねーな」
「うっせー!」
ガキからチビに変化した?
まあ、いいか。
◇ ◇ ◇
「ヂュランだ」
「えっ」
ボランドリーさんが突然意味不明なので、思わず首を傾げた。と、おかまナルシストのスタッフが“うん”とうなずく。
「ヂュランだ」
「ああ、ヂュランさん、よろしく」
しなりと動く体に、スタッフがコクリ。
キモイ。いいのかこれで、まさかこれが戦略か?
魔法防護の掛かった黒いマントの裏地が真っ赤、黒いブーツに真っ赤な服と、幻惑魔法かと思える派手なのか、地味なのか不明なファッションだ。
「開始!」
両手を広げ左右に魔法陣。
無詠唱で<フラッシュ>と<クロッドバレット>だ。
僕も負けじと両手を重ね一気に魔法力を流し、
<マジッククラッシャー>
ヂュランさんを覆いつくす量の無属性魔法をぶつける。
ヤッパ僕の魔法発動速度は圧倒的に速い。
念のためもう一回。
<マジッククラッシャー>
唖然として、呆けるヂュランさん。
マジッククラッシャーで整ってた髪は、少々爆発した。
魔法陣がはじけ飛んだ両手を目の前に持ってきて、何かつぶやいている。呪文か?
<粘着弾>
ヂュランさんの顔を覆いつくす、粘着球。
もがき苦しみながらも、魔法力を上げ、顔の粘着球を振り払う。
おお、それなりに魔法量は高いんだ。
とうとう髪が完全爆発。
そして目尻には、…汗、多分汗だろう。きっとそうだ。
<粘着…>
手に魔法力を集めたその時……、え、何?
ジュラんさん、手を振って、スタッフにお辞儀をさせだした。
魔法力も無いしぐさに、意味を考えるが……。
「勝者セージ!」
突然に試合が終わった。
話はそれるが、セージは魔法量を多く消費するマジッククラッシャーを、上級魔法学校で教えていないことを知らない。
魔素や魔法に対する適性がかなり高くないと使用できないこともあって、魔法量が少ない学生に教えても使えないのもその要因で、先生も知らない人がいるくらいだ。
そのため一般に知る人はもっと少ない。
一般的な対魔法防御だと、上級魔法学校で魔法シールドやマルチシールドを教えるために、シールドが一般化している。
ヂュランが訳も分からず呆然としていたのは、知らない防御魔法とも、攻撃魔法とも判別できない魔法攻撃にを受けたこともその一因だった。
「セージか…」
「将来はランクSSだな」
周囲のヤジも変化していた。
それと「俺が戦う」と名乗りを上げる冒険者が数人。
それをボランドリーさんが「約束だ」「ダメだ」とはねつける。
僕は「それじゃー、帰りまーす」と、パパとヒーナ先生の手を取って、逃げるように冒険者ギルドを後にした。
ボランドリーがセージの苦情から解放されてホッとする間も無く、
「いつ俺とセージを戦わせてくれるんだ」
と、戦闘狂の冒険者から詰め寄られ、新たな面倒ごとに頭を抱えることとなった。