55. テレポート
一月二二日緑曜日。
一回目の動作確認を僕とエルガさんとリエッタさん、そしてニガッテさんと朝のうちに行ってきた。
正常動作、特に問題は起きていない。順調に記録を取っていた。
正規版魔獣監視装置の製造が開始された。
ボティス密林の魔獣の活動が思いのほか盛んだったからだ。
……ネーミング、本当にホイポイ・マスターなんだ。…がっくり。
最初の目標は五台。
一台の索敵範囲がエルガさんの最初の予想より広がったから台数が減ったためだ。
ウインダムス総合商社から魔電装置を、冒険者ギルドからは大小さまざまな魔獣石を提供と、試作機と同様の体制を取る。
魔獣石を魔石に変え、各種用途の付与するのがセージの役目だ。
一台につきレーダー魔石一個、魔石レンズは真上も撮影するので七個、メモリーパッケージとしてレコーダーコアとピクチャーコアは二〇個が最低限必要だ。
メモリーパッケージは交換用も含めると一台に二個、試作機の三個の交換用メモリーパッケージも必要だ。
マジカルボルテックス用の魔石は必要の応じて、付与のし直しもある。
全てが試作機よりも良い素材となる。
もちろんウインダムス総合商社からの支援も受け、エルガさんとリエッタさんも錬金魔法と付与魔法ができるので、簡単なものは二人がやるが、精密なものや、必要魔法量が多いものはセージの役目となっているし、レコーダーコアとピクチャーコアの多くはウインダムス総合商社から付与済みの完成品を提供してもらうようにする。
すでに正規版での取り込みが決まっていることもある。
ホイポイ・マスターが勝手にいじれないように、キーとなる認証合魔石の組み込み。
試作機では一般のシリンダー錠となっている。
強さが“30”以下の魔獣の情報は簡略にして、撮影対象外とする。
思いのほか静止画データが容量を取ってしまって、オバーフローを発生する可能性があったからだ。
魔獣の情報はレコーダーコアに文字で記録されるが、ゴブリン何匹のようにできればまとめるようにする。……試作機は早めに作ったため、この機能を入れていない。
ホイポイ・マスターの筐体自体の強度を高め、もっと樹木に似せて偽装する。
メガホッグは無理にしても、魔獣の攻撃を受けてもある程度は耐えられる構造にすることだ。
見た目をもっと樹木に似せるないと違和感がある。ララ草原で結構目立っている。
あとは、魔獣による破壊を受けた時の最低限の動作をどうするか。さすがにバラバラじゃどうしようもないけど。とにかく機能とデータの保証をどうするかだ。
できれば破壊するほどの魔獣のデータだけでも残したい。
日本でのセキュリティ関係の開発のことが思い出される。
静止画撮影用の魔石レンズの窓(穴)に、雨よけの小さな庇を付ける。
真上はどうしようもないが、ボランドリーさんから雨が降った時に大丈夫かと早速の指摘があったことだ。
などなど、新たに用意する物と、元から分かっていた対策と、ララ草原の試作機で判明した件と、盛りだくさんだ。
試作機の稼働によって、新たな不具合・対策点も出てくるだろう。
課題は山積状態だった。
◇ ◇ ◇
そんなこんなの二月二日青曜日に、ママとマルナ先生、もとい、マルナさんが帰宅した。
セージはその日までにレーダー魔石と魔石レンズ、その他エルガさんに頼まれた付与を完了させた。
これからかリエッタさんと共同で、内部構造や機器の製造も手伝うが、筐体関係の加工作業も行っていく。
あとはセージの提案で採用された、魔獣に破壊された時のデータ補償用の特別回路だ。
壊された時の状況がわかれば――壊されることが前提じゃないが――、次回の開発の指針になるのは当然のことだ。
エルガさんにメチャクチャ感心され、ボヨーーンとムギューのご褒美に、…(パンパンパンとタップする)……、プハー。窒息しそうになるほどだった。
名残惜しかったけど。
ホーホリー夫妻にはホイポイ・マスターのメモリーパッケージの交換や状態確認をお願いする予定になっている。
マリオン市に向かうか前から打診していて、帰宅時に了承の言葉をもらった。
マルナさんの希望のオーラン・シュタインバック船運社への入社は兼務で、しばらくはシュタインバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所をメインに活動してもらうことになった。
魔電装置の勉強を始めることに関しては変わらないが、本格的に勉強できることに関しては喜んでいた。暇を見てエルガさんが基礎教育を行う。
将来的には営業として冒険者ギルドの相手をすることも考慮してもらっている。
二月三日黄曜日、二回目の動作確認を行ったが、一台に魔獣がぶつかったか、こすったのか、チョット凹みはできていたが、問題なく正常稼働していた。
そしてモモガン森林に狩りに行くことになった。
僕の希望もあるが、ボティス密林内部の危険度アップにみんなのレベルアップを図るためだ。
一応ボティス密林での設置時のメンバーと作業担当は以下のようになる。
―― セージ アイテムボックスの運搬と地面への設置も担当するから必須だ。後ホイポイ・マスターの構造もある程度理解している。
―― リエッタ セージ以上にホイポイ・マスターの構造に精通している。レベルの低いエルガさんが対象外なので、技術系のトップとなる。
―― ホーホリー夫妻 現地の把握とメモリーパッケージの交換やメンテナンスの練習も兼ねて。
―― ボランドリー 冒険者ギルド長、発注元で設置時に場所の指示と警備を担当。
―― ニガッテ 三本角の有角人、冒険者ギルド保安部長、発注元で設置時に場所の指示と警備を担当。
―― レイベ 開発元の片割れのウインダムス家、マールさんの代理。ウインダムス家でもシュタインバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所に係わっていない者を同行させたくないための人選だ。将来的にホーホリー夫妻と同行してメモリーパッケージの交換やメンテナンスを行う可能性あり。一応志願者。
レベルアップはできれば全員した方が良いが、セージとリエッタが最重要。ただし二人とも総合値は“40”以上ある。
問題なのがレイベさんで“38”だそうだ。
ボティス密林へ入る推奨値が“40”だから頑張ってもらうしかない。
ちなみにエルガさんは“30”と、ヴェネチアン高等魔法学院卒業生としては高めだが、ボティス密林には端から無理だと除外されている。
ちなみに看破で確認している訳じゃないけど、ボランドリーが“70”オーバー、ニガッテさんは“60”オーバー。
ホーホリー夫妻は“50”前後っていったところだ。
モモガン森林に行くのは僕、マルナさん、ニガッテさん、レイベさんとなる。
設置時の予定メンバー全員で行けるわけはない。
リエッタさんは、エルガさんのサポートで抜け出せないし、冒険者ギルド長が何日もギルドを放って出かけるわけにはいかない。
ガーランドさんはまだマリオン市から帰っていないので当然除外だ。
モモガン森林でも想定外の強い魔獣が出現しているので冒険者ギルドでも注意喚起されたが、このメンバーなら問題はない、…はずだ。慢心はダメ、気を引き締めてだ。
あとボティス密林には五台のホイポイ・マスターを持っていくが、時空魔法レベル7のアイテムボックスⅣだと最大収納個数一八〇〇個、最大重量二.五トン、最大収納容積一六メル四方で、一日の維持魔法量が“10”となっている。…マシマシで+αになってるが。
ホイポイ・マスター五台もなんのそのだ。
◇ ◇ ◇
モモガン森林。
目標はレベルアップだが無理はしない。
レーダーが強力になったから、ある程度は手ごろな魔獣が発見できると思っている。
球形で半径三〇メルほどで、細長く引き伸ばすと三三〇メルほど遠くを認識できるようになった。
以前三五〇メルまで伸長できると思ったけど、かなり不安定で、実用レベルだとマシマシで頑張って三三〇メルが良いところだ。
不安定でよければもっと行けるけど、本当にピンポイントで特定の物を確認するくらいしか使い道がなさそうだ。
三〇才ほどのニガッテさんは、自信のありそうな表情に態度。ガッシリした体格と、いかにも冒険者って感じだ。太目で長い槍を手にしている。
防具はキチン質の外殻で強化された革鎧に、頑丈そうな革製ヘッドギア。
亜熱帯のこの地域、メタルアーマーだと熱くなって着れない。
身体強化系の冒険者はだいたいこのような装備になる。
鎧の下にはチェーンや鋼線が織り込まれたシャツや下着で防備を強化するのが常だ。
ヘッドギアまで含めて軽量な革製防具で身を固めているレイベさんは、両方の腰に短剣を差している。
左手には防御力の高そうなガントレットをはめ、盾の代わりのようだ。
僕とリエッタさんは以前からの冒険者姿だ。
胸当て、腹から腰を守る太いベルト、軽量のキチン質の外殻をうろこ状にした手甲、足甲と部分強化革鎧に、透明シールド付きのキチン質の軽量ヘッドギアだ。
ガントレットやソルレットは手首や足首が良く動かせるもの、その他の防具も動きやすさ重視の薄型軽量タイプのものだ。
それと鋼線が織り込まれた簡易チェーン下着を身につけている。
モモガン森林に来るようになってから徐々に高級品になって、僕が最新の付与能力で強化している。
有角人のニガッテさんは、頑健な体で身体強化だけでなく、肉体強化や剛腕などの身体強化系のスキル、それとも瞬間加速みたいなスキルを持ってるようだ。
力と技とスピードで魔獣を倒していく。かっけー。
レイベさんはもっと面白くって、身体強化は“2”程度と冒険者にしてはたいしたことがない。剣技もそこそこだ。
ただし鉄菱と呼ぶ二方向が尖った小さな鉄片を投てき系のスキルと風魔法で連射する。投げるんだけど、それが強力で魔獣を倒すんだ。
射出速度も速いし、風魔法で的確に相手にあててる。弓矢と違いつがえる必要も無いので連射が早い。
練習では剣でしか戦ったことなかったけど、こんな裏技があったとは。
まるで忍者の手裏剣だ。それも小さな手裏剣は手に簡単に隠れてしまう。暗器としても扱えるし対人護衛で最強だろう。
興味津々で眺めていたからか、あとでコッソリと教えてくれたけど、投てきと物体加速のスキルがあって、風魔法だけは特に相性が良く発動時間が短いそうだ。
スナップを効かせて親指と人差指と中指の三本の指先でヒョイッと投げるだけで、ヒューンと高速で飛んで、バスッて突き刺さる。樹などに隠れていてもカーブして、バスッだ。
こんな技もあるのかとチョット感心してしまった。
ただし「大型魔獣には武器が小さすぎるんです」ってはにかんでいた。
その代わり、強さが“25”程度までの魔獣の群れには最強だ。
一匹に集中して投てきすると威力がアップするから、魔獣の固い外皮でも“30”程度までなら、頑張れば投てきだけで行けそうな気がする。…セージの感想。
腰に下げた可愛らしい袋は、今回のためにとマールさんからのプレゼントのフェイクバグで、鉄菱がしこたま入っているそうだ。
ちなみに対人には鉄球を使用する。
いくつか持っていて見せてもらったけど、小が一.五センチメルとパチンコの玉よりチョット大きい程度、中が二センチメルと一回り大きいく、大が二.五センチメルと二回り大きいものと計三種類。
今回は対魔獣だから鉄菱しか入れてない。
重さは大サイズの鉄球と同じにしているそうだ。
感覚って重要だと思った。
セージも憧れて、投てきの練習を頑張ってしてみたくなったものだ。
◇ ◇ ◇
二日目の昼前。チョット、ピーンチ。っていうかやばい。
少々奥に入ったところ、木々が密集していた。
視界が効かない中、レーダーや索敵で行動していたところ、五匹のスパイダーエイプ、粘着液を投げつけてくる猿魔獣の群れを発見、狩ることになった。
密集する木々が邪魔だけど、こっちが俄然優勢で特に問題ないと思っていたが、一〇匹の群れが応援にあらわれん、更に五匹の群れがって、計二〇匹と交戦中だ。いや、最初に二匹を倒しているから一八匹だ。
レイベさんもマルチシールドが使えるから、何とかしのいでいるけど数が多い。
一八匹に距離をとられ、円形に取り囲まれている。
ドリームワールドも距離があるし、鉄菱も樹木と粘着球に阻まれてしまう。
ニガッテさんはそもそも遠距離攻撃は得意じゃない。
大木を背に、膠着状態だ。
「チョット集中するんで防御、お願いしてもいいですか」
「了解」
ニガッテさんがすぐさま力強く了承してくれて、僕の前に踏み出て守ってくれる。
僕はすぐさま、周囲を観察する。
あそこがいいか。
<補助:風魔法Ⅲ><超音波>
まずは黒銀槍の刃先を高周波ブレードにする。
<レビュテーション>
体を浮かす。浮かすといっても浮かび上がるわけじゃない。
かすかに体重を感じられる程度にして、要は保険だ。
『テレポート』
魔法陣を取り出し、目視で場所を設定して、強くイメージする。
時空魔法のレベル7、テレポートで飛べるのは僕一人で、最長距離は一〇〇メル。
遠くになればなるほど誤差は大きい。ある程度はイメージ力で誤差の範囲は狭められる。
基本は、体のそのままの向きでテレポートするのだが、飛び先で角度が最大三〇度程度ズレる。
飛んでどっちを向いてるんだとまずは迷う。
周囲を認識して自分の向きを理解するまでに二~三秒程度掛かってしまう。
目標は相手に気付かれない場所で、尚且つ相手を攻撃できて、誤差の少ない三〇メル以内の場所、かなり高いが太い枝の上。…は無理だから、四〇メルで。
枝から落ちたらヤバイ。…いやいや、レビュテーションで落ちるわけじゃない。マイナスイマージはまずい。枝の上だ。
メチャクチャ強くイメージしたら、枝がはっきり見えた気がした。
今だ、と思って、
<テレポート>
一気に魔法力を流す。
フワリと無事着地。枝の上だ。認識のずれも無い。
クルリと振り向き、二匹のスパイダーエイプの背中を見る。
レビュテーションを『解除』する。
<スカイウォーク>
隠形を意識して、宙を駆け、手前のスパイダーエイプの後ろから頭を突き刺し一瞬で倒す。
レビュテーションを解除するのは、スカイウォークの上を走れないからだ。
アイテムボックスに瞬時に収納。
スカイウォークをそのまま駆け、二匹目も倒してアイテムボックスに収納した。
後一六匹。
<レビュテーション>
もう一度、意識を集中して……景色が見えた。
<テレポート>
おお、無事枝の上。最高だ。流れる汗も気にならない。
『解除』して<スカイウォーク>で今度は一匹。
次にテレポートして三匹を倒したところでスパイダーエイプが騒ぎ始めた。
周囲を気にしだしたようだ。
まだいける。今度は一匹のところにテレポートで倒す。
<スカイウォーク>
そのまま宙を走り、連続で三匹を突き殺す。
残り八匹。
こうなると、下からの攻撃も激しくなる。
僕に気を取られたスパイダーエイプの頭に鉄菱がめり込んで絶命。
スパイダーエイプが落ちていく。
立て続けに計三匹が落下。
残り五匹。
リエッタさんの<メガドリームワールド>で三匹が落下。
ドリームワールドの強化版、エルガさん作だ。魔法力多めで、チョット集中に時間が掛かるのが難点だ。
これはリエッタさんが止めを刺すべき獲物だ。
僕は残り二匹に駆け寄り、黒銀蒼を振るうが、流石に樹上は猿の世界。
うまくかわされた。
樹を飛び森の中に逃げ込もうとしたスパイダーエイプを飛んできた太い槍が、樹に縫い付けた。
ニガッテさんの槍だ。
有角人の頑健な体、身体強化魔法に肉体強化・剛腕スキルのなせる業だ。
僕は上機嫌、そりゃー、難しいと思ってたテレポートがあんなにうまく出来たんだからと、森林を探索していた。
「その歌ってなんですか?」
え、何? レイベさんの問いかけに首をひねった。
「その歌ですよ」
ああ、やっと鼻歌を歌っていたことに気付いた。無意識に。
某RPG曲、子供の頃にやってたゲームの曲だ。なんだかワクワクして元気が出る曲で思い出深くもなくもないが冒険へ出る感覚と興奮に、つい鼻歌を歌っていたようだ。ハズイ。
あ、もしかしてこんなことでも異世界人、日本人ってバレるんじゃ…。チョット怖くなった。
「えー、突然頭に浮かんだ曲…かなー」
「音楽の才能も?」
「イヤーそれは無いと思うんだけど…、誰かが歌ってたのを聞いたのかもしれないし」
「そうですか、……それにしてもとうとうテレポートですかー……(はあ)」
レイベさんの感慨深い感想がため息とともに漏れた。
その後の狩りは順調に進んだ。
テレポートも絶好調だった。
翌日の朝に、空間認識と並列思考が“3”になっていた。