52. 魔獣監視装置 試作機(仮)
一月一日赤曜日。
初詣でから帰宅した僕たちは疲れて休んでいた。
まあ、僕は途中から眠ってそのまま寝かされていただけだけど。
社員食堂では寮のみんなが昼間っから飲んでいて、酔っ払いだらけというありさまだったのは毎年恒例のことだ。
午後、ポラッタ魔法具会社の社長がお礼に見えた。
ウインダムス総合商社のマールさんを訪ねて、一緒に家に来た。
さすが魔道具を扱うウインダムス総合商社、ポラッタ魔法具会社とも付き合いがあるそうで、仲介を頼まれたそうだ。
「子供たちや妻たちを救ってくださりありがとうございました。
とにかく娘たちが無事でありがとうございました」
娘二人はショックもあり休ませてる。
奥さんは治療が早かったこともあり、かなり良くなっている。
重症だった護衛も、随分と持ち直しているそうだ。
「また改めてお礼に伺いますが、取り急ぎお礼に伺いました。
どうもありがとうございました」
何度も何度も頭を下げ、お礼を言ったあと、挨拶も早々に引き上げていった。
ママからのお願い。
セージのことは魔法を含め、吹聴しないようにとの約束もしてだ。
マールさんが対応したパパにコッソリとささやいた。
「セージ君の活躍は伝えていませんが、そのうちにバレるでしょう」
ノルンバック家がリンドバーグ叔父さんやエルガさん、リエッタさんを含んで、落ち着いて新年の気分に浸れたのは、夕方の食事からだった。
◇ ◇ ◇
一月二日青曜日。
午前中に、初詣でメンバーで兵舎を訪問する。
対応したのは、警備隊の小隊長で一等魔法士だ。
対人関係を専門に行っている人で闇魔法持ちのようだ。…魔法陣見せてくれないかな。
尋問もお手の物。この世界には犯罪者には人権は無いらしい。
ちょっと怖そうなおじさん、実際は優しかったけど。
それと冒険者ギルドマスターのボランドリーさんも立ち会った。
「本当にセージ君がやったんですね」
「間違いはありませんね」
「ええ、周囲の方々からも確認してある程度は知ってはいますが…」
「信じられ…いや、失敬」
「本当に、本当ですね」
僕は何度も質問攻めにあってしまい、閉口した。
そりゃあ、空中に立って魔法攻撃をして犯人を捕らえる五才って、どう考えても想像外だと思う。
パパは、僕の名前を伏せて調書の作成をお願いしたが、調書は真実を書くものだと却下された。
調書の最後に嘘が無いか、真実の水晶で確認され終了した。
冒険者兼誘拐犯の二人について教えてもらった。
精神支配系の魔法を用いて白状させたから、まず間違いないそうだ。
二人はお金で頼まれたが詳細は不明だ。
詳細を知っているのはパーティーメンバーのノカッサで、そのノカッサが依頼を受けて何度も仕事を行っていた。
かなりの余罪があって、鉱山での終身奴隷になるだろうとのことだ。
逆恨みがあるかもしれないから注意するようにとのことだった。……こ、怖、かなりビビった。
現在、ノカッサと、もう一人のメンバーのフーベを指名手配して、冒険者ギルドも一緒に捜索中だ。
ノカッサとフーベはともにD級冒険者の中堅冒険者。
ノカッサは残忍で剣や暗器を使い、魔法使いのフーベは隠密行動が得意だ。
「市長から表彰と金一封があるから今度は隣の市役所に行ってください」
が最後の言葉だった。
めんどくさいけど、パパの関係もあって、いかなきゃいけないんだろうな。
帰宅早々、エルガさんは「ひらめいた」と言って魔獣監視装置の設計を再開して研究所に閉じこもった。
◇ ◇ ◇
一月四日緑曜日。
午前中、市役所で市長に会った。
市長は地元議員の合議で決定するし、市議としても活動しているので、みんな顔見知りだ。
「ほんとに、この子で間違いないんだよね」
陰でこそこそ市長が確認していたのは丸聞こえだった。
パパも市議会には参加してるから、僕のこと知らないのかな?
パパと証人として立ち会ったボランドリーさんにも確認して、何とか納得したみたいだ。
まあ、とにかく表彰状と報奨金の一〇〇SH、日本円で約五万円ほどをもらった。
後追いで、懸賞金――奴隷落ちの販売金――がでるのでそれは振り込まれるそうだ。
冒険者ギルドに口座を開設して、市役所に連絡を入れることになった。
通常、犯罪者の逮捕協力は冒険者の仕事だから、手続きがそうなっているそうだ。
五才の僕が想定が行ってことだ。
「セージのことは内密に」
「どういうことでしょう」
「あまり噂になるのもと思っての願いだ」
「そりゃ手遅れだ。兵士や冒険者でも子供が殺傷魔法で凶悪な冒険者を退治したって、もっぱらの噂だ」
パパのお願いに、みんなが愕然とし、また諦念してしまった。
ちなみに市長は、僕がもっとやんちゃそう、ぶっちゃけ悪ガキみたいなものを想像していたみたいだ。僕の噂ってどんなものか、聞いてみたいような、聞きたくないような。
帰りにパパがボランドリーさんと一緒に、冒険者ギルドに寄って冒険者登録と口座を作った。
どういう訳か、駆け出しとされるF級冒険者で、カードの色は“灰色”で登録されてしまった。
見習いとされるG級冒険者(ランクG)じゃなかった。
特例として学校に入学するまでは冒険者ギルドの登録料と使用料は免除だそうだ。
困ったちゃんの顔をしてると。
「犯罪者とはいえ、D級冒険者の中堅冒険者二人を捕獲したのに、見習い冒険者にはさせられない。
とはいえ年齢的に上級魔法学校卒のE級冒険者にはできない。
消去法のランクFだ」
ボランドリーさんの説明を受けたけど、僕が冒険者になった説明は?
その後の手続きで冒険者ギルドカードが、払い戻しや預け入れができる課金機能――金額記憶機能――があるそうだ。
懸賞金が支払われたら、冒険者カードを提示してお金を受け取るなり、そのまま貯金をするなりができるんだそうだ。
管理はオーラン市の銀行が行ているから、銀行でも同様に出し入れは自由だ。
手数料を払えば、商業ギルドでも出し入れ可能。
要は銀行の通帳やキャッシュカードと一緒だ。チョット便利。
それとオケアノス海の周辺のマリオン国と同盟している国であれば、何処の冒険者ギルド・銀行・商業ギルドでも手数料は高くなるけど出し入れは可能だ。手数料って、しっかりしてるよね。
ノカッサとフーベだけでなく、つかまえた二人の誘拐犯もランクDだそうだ。
あと、冒険者の犯罪者をつかまえると、冒険者ギルドへの貢献となるため、冒険者ギルドが関与することになるそうだ。
これで僕も晴れて本当の冒険者だ。
頭の中に某有名RPGの曲が盛大に響き渡っていたら、
「ご機嫌だな。その歌は何っていうんだ」
ボランドリーさんに訊かれて、超恥ずかしかった。
ちなみに後で知ったことだけど、ただ単に懸賞金を現金で受け取ろことも可能だったんだってさ。
ただ、ボランドリーさんが「付き合いが長くなるんだから」ってことで冒険者にされちゃったみたい。
うれしいんだけど、これでいいのか? 複雑だ。
◇ ◇ ◇
午後に、マールさんとミクちゃんがいつものごとく訪ねてきた。
それと一緒にポラッタ家の人たちも一緒だった。
パパとママが対応していたが、ミクちゃんと訓練していたら僕たち二人が呼ばれた。
顔が火照ってるからかなり赤くなってる。ハ、ハズイけど、逃げる場所が無い。
「は、初めまして」って、数日前に会ったか。
「…えー、セージです。こんにちは」
間抜けだと思ったら、可愛らしい声で挨拶を返された。
「「こんにちは」」
不安そうな二人の女の子が、僕を見るとキラキラとした目を向けてくる。チョッ、なにこれ。かなり照れるんですけど。
ポラッタ家のパパさんが目を見張る。
「こんな子供が」との驚きのつぶやきも漏れ聞こえてくる。
それでも家族そろってお礼を言ってくれた。
パパさんがゴランダルさん。
ママさんのモーティエさん。
七才(今年八才)の姉がモーラナちゃんでミリア姉の一才下。
次女が、僕と同い年のライカちゃんで境内で悲鳴を上げた子。
パパさんとっマさんは親戚同士だった? 顔は整っているし、なんとなく似た顔つきで二人とも髪は濃い紫。どちらかというとパパさんの方が明るい。
当然、モーラナちゃんとライカちゃんもほっそりと端正な美人顔で、髪は紫だ。
衝撃だったのが、ポラッタ家には長男一〇才がいて、暮れに暴漢に襲われてどうにか助かったが入院中だったことだ。
マールさんによれば。
「ポラッタ夫妻はマリオン市のとある魔法具会社に務めたいてたが、五年ほど前に独立を目指し、夫婦でオーラン市に移り住むと同時にポラッタ魔法具会社を設立したそうです。
ウインダムス総合商社との取引は、ここ一年ほどで、試しに魔法具を置く程度ですが、農業用の効率の良い魔法具を作っていて評判が良いですね。
新進気鋭の会社ですから、八つ当たりもあって、自社の農耕魔法具が売れなくなったと言いがかりをつける会社や、販売を一手に任せろと商社が圧力をかけてきたりと様々ですが、それで子供を襲ったり、さらったりは流石に無いでしょう」
との事。
マールさんの棒読み紹介からすると、ポラッタ魔法具会社との商取引は社員が行なっているといったところなのだろう。
「あのー、セージさん」
「は、はい?」
ママさんのモーティエさんに突然話しかけられた。それも言いにくそうに。
ちょっと、あれっと思って、首をひねってしまった。
「できれば、モーラナやライカと友達になってくれないかしら」
「はあ」
気の無い返事を返すと、二人にガッカリされてしまった。
「ええ、いいですよ。よろしく」
相手は七才と五才。トラウマを想起させる相手じゃない。
「「はい、よろしくおねがいします」」
なんか面倒ごとの予感が。
「いっしょにあそぼ」
ミクちゃんの言葉で、四人で部屋を出てセージの部屋で遊んだ。
◇ ◇ ◇
「セージ君起きてー」
エルガさんに揺すられ、声を掛けられ、眠い目をこすって目を開ける。
真っ暗な中にリエッタさんもいる。どうやら深夜のようだ。
「きたよ」
「……きたって?」
「ノカッサとフーベ」
僕は一気に覚醒してレーダーを発動させる。
いました。
壁にへばりつくようにして二階の幾つかの部屋の観察しているのがフーベだ。
どうやら錬金魔法の加工系の魔法を使って、足場を作っているみたいだ。
一階の防御よりも、二階の方が緩いっての判断による行動だろう。
空き部屋の前で止まり、中の様子を伺い、納得したようでノカッサを二階にあげる。
フーベは窓をこじ開け始め、ノカッサはすでに剣を抜いている。
セージはすでに迎撃の準備を始めている。
時間があればなんとでもできる。
エルガさんを部屋に残した僕は、隠形で空き部屋のドアの前に駆けつけ、情報操作の気づかれにくさを心掛けながら、錬金魔法の<木加工>でドアに穴をあけ、空き部屋内を見えるようにする。
ドアの穴から<大粘着球>を発動。
視認できれば離れた位置でも魔法の発動は可能だ。
計三発のビッグアドヒジョンで床一面を粘着液でいっぱいにする。どうやらうまくいった。
そしてその上を<スカイウォーク>で覆う。
窓をこじ開けたフーベがカーテンから顔をのぞかせて確認する。
ユックリと部屋を確認しながら床の上に降りる。
手で合図してノカッサを招き入れる。
二人が慎重に歩き出したところで『解除』とスカイウォークを消す。
ビシャッとの音とともに、わめき声が聞こえる。
尻もちに両手をついてしまって身動きも取れない。
そこに<粘着弾>……<粘着弾>……<粘着弾>……<粘着弾>……<粘着弾>
二人は身動きできなくなるだけでなく、鬼畜にも顔に張り付いてくる粘着液を避けることもできずに窒息する。
顔を振って、魔法力を込めて取り払おうとするが、更なる……<粘着弾>……<粘着弾>で、もがき苦しみ気絶した。
そのあとがめんどくさかった。
大量の粘着液を解除で消し、ピくピクと痙攣する瀕死の二人を縛り上げてから、光魔法の<生命保護><生命強化>――下手をすると死んじゃうから――を行ってミッションコンプリートだ。
そのころにはリエッタさんに起こされたパパやママが駆けつけてきていた。
すぐさまノカッサとフーベは兵舎に連行され、午後には依頼者が逮捕された。
依頼者はポラッタ夫妻が元務めていた魔法具会社の娘で代替わりした社長の夫人だった。
ポラッタ夫妻が不良品を置き土産にしたことによって会社がつぶれたと思い込んでいたことによる犯行だった。なんともなーだ。
ポラッタ夫妻は当時作成していた魔法具の魔石の質の悪さを、代替わりをした社長に申し入れたが、利益率の良さとポラッタ夫妻の技術力もあって何とか売れていた。
良いものを作りたいと思っていたポラッタ夫妻と代替わりをした社長との折り合いが悪く、夫婦はマリオン市を離れ、親類のいるオーラン市でポラッタ魔法具会社を設立した。
元務めていた魔法具会社は経営不振でつぶれ、社長は自殺してしまったそうだが、ポラッタ夫妻はそのことを知らなかった。
娘で社長夫人が、ポラッタ夫妻をただ単に苦しめようとした完全なる逆恨みだった。
ノカッサとフーベがノルンバック家に忍び込んだのは、この業界(?)舐められたら終わりってことで、やり返してやるってことだった。
家や素性がバレたのは、兵舎に調書を取りに行った時に付けられたそうだ。
ポラッタ家の訪問で、確信しての犯行だった。
後味悪い事件だたけど、その日のうちにポラッタ夫妻にも連絡された。
ただ、我関せずと、一人気分の良い人がいた。
エルガさんだ。
「魔獣監視装置(ホイポイ・アルファ(仮))の初実験は大成功だったよー!」
家の中に設置したレーダー魔石を動かして、どうやらめどは立ったようだ。
レーダー魔石には鑑定の能力が落ちても個人名程度は認識できる。
そのスキルを利用してノカッサかフーベがヒットすれば、ライトの魔石が発光するように、作成中の魔獣監視装置を流用して改造したんだそうだ。
魔獣監視装置を見せてもらったら、筐体も無しで配線や魔石などがむき出しというか、机の上に散乱したバラック以前の装置で、動くのか? と首をひねりたくなってしまうものだった。
その本体には数本の長いケーブルがつながっていて、部屋を出て屋敷の隅に置かれたレーダー魔石の検出部へと伸びていた。
それとネーミングのひどさには、何ともはや……。
ちなみに今回の騒動で、情報操作が“3”に、そして待望の空間認識と隠形が“2”となった。
翌日には退院した長男も一緒に、笑顔満天のポラッタ一家がお礼に来た。
ちなみに今回は市長の表彰や金一封は無い。
さすがにオケアノス神社の新年を祝う再誕祭で誘拐犯から家族を守ったのと、自宅に押し入ってきた暴漢をつかまえたのでは意味合いが違う。
ただし懸賞金――奴隷落ちの販売金――だけは振り込まれるそうだ。