47. 長兄ブルンハイムの帰宅
一六月一一日白曜日、昨日に引き続き雨。
ミクちゃんがマールさんと一緒にノルンバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所の打ち合わせと称して遊びに来た。
まあ、いつもの行ったり来たりだ。
ミクちゃんと一緒に剣や魔法の稽古――僕からしたらお遊びだが――をした後、ママを含めて、
「索敵が二〇メルを越しました」
と報告した。
これで本格的な魔獣監視装置の作成に取り掛かれる。
エルガさんが「セージ君やるよ」と、変なテンションでやる気を出していたから怖い。思わず身体強化で逃げ出すところだった。
エルガさんに依頼されて、レーダーで索敵した情報を、無属性魔法の“転写”で、画像記録魔石に何度も書き付けた。
ただし鑑定と魔力眼はオフにして、空間認識と鑑定だけの結果を転写した。
本来の“転写”は写真撮影と一緒で、見たまま、イメージのままを紙に転写する魔法だ。
ピクチャーレコーダーは画像記録専用に作られた魔石で、転写魔法で書き込みができる。
汎用のUSBやSDメモリみたいなもので、文字など汎用記録には記録魔石がある。
ちなみにエルガさんが自分のデータを見て苦笑いをしていたのを見ちゃって、僕が笑っちゃたのは内緒の話である。
エルガさんからは魔獣監視装置の回路設計用に、できるだけ本番用に近いレーダー魔石の作成を依頼された。
付与するスキルは“空間認識”・“看破”・“鑑定”それと情報操作の“認識阻害”だ。
それをレーダー魔石として三つ作成した。
看破や索敵などの相手を確認・認識するスキルは、相手のスキルによっても違うが、相手からも認識されることが多い。
索敵用の機材を設置しても魔獣に破壊されたら目も当てられない。
空間認識越しに看破や索敵を行うと、認識されづらくなるが認識阻害はその効果をアップする。
まあ、何処まで効果があるかわからないけど、できるだけの安全策を取る。
魔獣監視装置の性能にかかわることだからレーダー強化で狩りは続けることとなった。
あと、本格的なデータを取るためにもう一度モモンガ森林に行くことが決定した。
◇ ◇ ◇
雨の上がった午後。
「ただいま」と逞しくなったブルンハイムが帰宅した。
夏季休暇は約一か月半、冬季休暇は二か月弱で、マリオン上級高等魔法学校で帰宅する生徒は多い。
ただし、三年生と四年生の夏季休暇は希望者による戦闘合宿が組まれる。
冒険者登録を目指す生徒の多くが参加する特別合宿で、年を開ければ最年長の四年生となるブルン兄も頑張って参加していた。
ちなみに卒業資格の魔法を目指す四年生のほとんども参加するのは毎年恒例のことだ。
船と陸上の旅で、急げばマリオン上級魔法学校から四日もあれば帰宅できる。
首都マリオン市はマリオン国の中心地に近い。遠い地域でも急げば六日から七日、通常であれば一〇日弱程度だ。
次兄のオルジと姉のミリアの髪はパパ似のブラウンで、顔立ちが美人のママ似だ。
逆に僕と長兄のブルンは、ママのダークブルーの髪を受け継いでいる。
僕はママそっくりなダークブルーで、ブルン兄は僕やママよりやや明るいブルーだ。
顔の輪郭や目がパパ似だが、僕は年齢相応の幼い平凡な顔だ。
ブルン兄はパパの豪快さが薄らいで、凛々しい印象だ。
体格も華奢な僕、まあ、年齢相応だが、ブルン兄は逞しく見える。
僕が、昨日魔法力マシマシでレーダー魔石作成を頑張ったのは、ブルン兄の帰宅で何かと騒がしくなることを懸念してだ。
「オルジ、チョット見てやるから行くぞ」
「はい」
一通り挨拶を済ませたブルン兄がオルジ兄を誘うと、オルジ兄は嬉しそうだ。
「ミリアとセージも見てやるから一緒にどうだ」
はい、と嬉しそうに答えるミリア姉に、戸惑う僕は、ミリア姉に腕をガッシリと組まれて連行された。
「それじゃあオルジからだ。どこからでもいいぞ」
訓練用の皮の鎧にヘルメットを被ったブルン兄は、左手に小型のラウンドシールド、右手に片手剣と一般的な武装だ。
はい、と答えて切りかかるオルジ兄も、似たような練習用の武装だ。
盾と剣は練習用の木製で、剣の刃の部分は柔らかいゴム製となっている。
皮の鎧とヘルメットには衝撃吸収の付与魔法が掛かっているとはいえ、下手をすれば怪我をする。
パパにママ、マルナ先生とヒーナ先生も付いてきていて、審判はマルナ先生だ。
おりゃーっと半歩踏み込んでフェイントをかけた後、タイミングを外してラウンドシールドによる体当たり、シールドバッシュをぶちかますオルジ兄に、ブルン兄は腰を落として半身の構えで柔らかく受け止める。
それから、斜め後方に一歩下がりながら、力強く押してくるオルジ兄を右横にいなす。
オルジ兄が斜め前につんのめりながらも、たたらを踏んでこらえる。
オルジ兄がブルン兄に向いて体制を整えたときには、ブルン兄は万全の構えだ。
やーっと、オルジ兄が正面からラウンドシールドを前面に押し出してシールドバッシュと見せかけながら、大上段に振り上げえた剣で切りかかる。
ブルン兄は見極めていてラウンドシールドで剣をシッカリと受けながら、ラウンドシールドをひねっりながら、左前方に踏み込む。
剣をはじかれたオルジ兄の伸びた右腕の付け根、右肩に剣でトンと切りつける。
そこまで、とマルナ先生の声が上がる。
パパとママも満足そうだ。
「ブルン君、精進しましたね。オルジ君も工夫した攻撃はたいしたものです。よく頑張りました」
軽量装備に身を固めたミリアとの模擬戦。
動き回ってこまめに攻撃をするミリアだが、身体魔法もできないミリアの攻撃がブルン兄に通じるはずもなく、ミリアは疲労で自滅して終わった。
「最後はセージだ。剣は習い始めだろうからできるだけでいいから」
えっ、と戸惑いながらパパやママを見る。
「あーブルン、いやいい。セージやってみろ」
パパが何か言いかけて、僕に行けと手を振って勧める。
ママだけでなく、マルナ先生やヒーナ先生も何か言いたそうだけど、声に出さない。
僕はミクちゃんとの訓練で身につけているいつもの防具と、木刀を手にブルン兄と向かい合う。
もちろん木刀の刃の部分も柔らかいゴム製となっている。
「いつでもいいぞ」のブルン兄の声に、身体魔法は使わず飛び出す。
木刀で剣とラウンドシールドを左右に弾いて、ブルン兄の胴に一太刀入れると、ブルン兄が後方に尻もちをついた。
「それまで」
あまり強く切ったつもりはなかったけど、それでもブルン兄はチョット痛そうに腹をさする。
そして顔は、驚きながらも混乱していた。
「……え、えー、もう一回。もう一回。チョと油断していただけだ」
「学校で魔獣戦でやり直しはありませんと教わりませんでしたか。
まあ、そうはいっても納得いかないでしょう。
身体強化はできるようになりましたか?」
「はい」
「それでは今度は身体強化をして真剣に戦いなさい。
セージ君、もう一度戦ってくれるかしら」
「は、はい」
なんかめんどくさいけど、仕方ないかとあきらめる。
もう一度向かい合う。
ブルン兄の正面に“アクティブセル”、細胞強化の魔法陣がきらめく。サイズは一八センチメルほどだ。
どうやら本当の身体強化、身体魔法のレベル2はできないみたいだ。
僕も<アクティブセル>を行う。
僕の魔法陣は“情報操作”スキルのおかげで見えにくい。
周囲も気付かないことが多い。
今度はブルン兄がラウンドシールドを僕に向けて突っ込んでくる。
僕が右側に踏み込んで避ける。
要はブルン兄のラウンドシールド側に回り込んで、剣による攻撃ができない位置に動く。
戦いのセオリー通りの行動だ。
待ってましたとばかりに左足の蹴りが飛んでくる。
それをひらりと躱しながら、剣を持つ右手の甲でその足を払うように持ち上げる。と、ブルンがバランスを崩して盛大に転んだ。
僕は少し距離を取って刀を構える。
空間認識に並列思考の所為か、周囲のことが良く見えるし、体もよく動く。
ブルン兄が直ぐに起き上がって体制を整える。
目を見開き、愕然としているのが丸わかりだ。
チョットだけ待ってみるが、ブルン兄が驚きから復帰する気配がない。
踏み込んでラウンドシールドを切りつける。まあ、体を切ることもできたんだけど武士の情けだ。
ビクリとしてブルン兄が復帰する。
お互い向き直って……、
「そこまで」
チョット途方に暮れていたら、マルナ先生が止めてくれた。
「ブルン、聞いてほしいことがあるの」
その後ママが概要を説明した。
伯父様であるフォアノルン伯爵、その管理・支配しているエルドリッジ市で発生したテロとセージの活躍と褒賞。
帰宅してオケアノス祭の時の浮遊島イーリス落下による海魔獣の侵入でもセージの活躍。
強くなったこともああって魔獣狩りの許可をしたが、冒険者を助けマダラニシキヘビをほとんど一人で倒してしまい、強さやスキルが更なるアップした。
レア魔法に特殊なスキルもあって、従姉妹のエルガが設立したノルンバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所の所員となって魔道具作成の補助を行っている。
自宅内とはいえノルンバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所の所員は関係者以外立ち入り禁止。
そのため今も魔獣の調査で狩りをしている。
当然魔法もマリオン上級魔法学校の定める冒険者資格を凌駕している。
話を聞いたブルンは意味が理解できないのか、消化不良なのか、呆然としていた。
マダラニシキヘビに関しては、近々というか今日の夕食時にでも、エルガさんからフシギバナシを聞かせられるかもしれない。
そういったことでセージのマダラニシキヘビ退治はノルンバック家だけではなく、オーラン・ノルンバック船運社や託児所でも知らない者がいないほどだ。……真実はともかくとして。
さすがにエルドリッジ市のテロの主犯が自宅内に一緒に居るリエッタさんだということはパパ・ママ・エルガさん・ヒーナ先生・メイド長のモルガしか知らないことだ。
翌日の一六月一二日黒曜日は晴れたので久しぶりに海でミクちゃんと稽古した。
付き添いはヒーナ先生で、ミクちゃんの付き添いは相変わらずのレイベさんだ。
出かけにブルン兄が、何処に行くんだとしつこく聞いてきて、うざくてチョット疲れた。
ママとヒーナ先生の説明を受けて、わかったと言っていたけど、どこか不満そうだった。
ミクちゃん達と一緒に昼を食べ、午後は図書館に行って手当たり次第に魔獣の本を読み漁った。
看破や鑑定は知識が増えると精度も上がるからだ。
二~三〇〇ページ程度だと、一冊を一〇分弱で読み終えていたものが、並列思考のおかげか速度と理解力が上がったような気がする。
飽きると魔電装置の本、魔石や魔法に関する本、その他雑学と思えるような本なども読んだ。
ちなみにエルガさんは魔獣監視装置の設計中で研究所にこもりっきりだ。
◇ ◇ ◇
一六月一三日赤曜日は泊りがけのモモガン森林でレーダー強化と狩りに行った。
メンバーは前回同様セージ・エルガ・リエッタ・ホーホリー夫妻の五人だ。
ブルン兄がしつこく同行したいといっていたが、パパとママに却下されていた。
ちなみにオーラン魔法学校や一般の学校も昨日から冬期休暇だからミリア姉もいるし、卒業したオルジ兄もそろって家に居る。
ブルン兄が許されるならと虎視眈々と狙っているのが丸わかりだ。
最初の魔獣は体色変化によって森に潜むカメレオンモンキーの五匹の群れはレーダーのいい餌食だった。
太い腕を活かした剛腕やナックルストーンで戦う剛腕エイプ六匹の群れは手ごわかった。
初撃のドリームワールドの連射が効かなかったらと思うと冷や汗が出る。
体当たりを得意とするダッシュミンク、風の刃で爪攻撃を強化して戦うカマイタチはスカイウォークを巧みに活用して倒した。
樹上に潜むマーダースネークやフライングデスアダーなどは簡単だった。
ヤマアラシのようなニードルラッシュは飛ばしてくる針が無属性魔法のマルチシールドを突き抜けてくるんだ。
思わず逃げてしまった。
二.五メルもある凶暴なブラックベアは風魔法を使い、雄たけびに威圧や錯乱がある。ガーランドさんのやめた方がいいとの助言で、こいつも避けた。
近寄るだけでも危険な樹木、マンチニールを発見して遠くで眺めた。
樹脂が猛毒で揮発性がある。魔獣も近寄らない毒の木で、風下も危ない。
森林の深いところだともっと危険な樹木もあるが、この辺じゃ樹木に限ってだがマンチニールを気を付けていればOKだそうだ。
狩りの最後、帰宅前にクラッシュホッグを狩れたことで満足できた。
本来の目的の魔法力マシマシによるレーダー強化はもちろんのこと、画像記録魔石にレーダー情報を書き込むのも忘ず行った。
試しに看破による魔獣の情報を文字にして記録魔石に記録したりもした。
エルガさんは、いいデータが取れたとホクホク顔だった。
それと一六月一三日赤曜日には僕たちが狩りに行ったのとは入れ違いに、エルガさんの兄のロナルディアさんが突然訪問してきたそうだ。
ウインダムス総合商社にも顔を出して、一泊のとんぼ返り。
僕たちが帰宅する直前に帰ったそうだ。
連絡するとエルガさんが逃げるからってことでの突然の訪問だったそうだ。
エルガさんが「失礼だよね。ボクも時と所と場合をわきまえた社会人だよ」とプンスカ怒っていて、笑ってしまった。
比較研究のため、再度レーダー魔石を二つ作成した。
◇ ◇ ◇
一六月一五日黄曜日。
規制が解除されたララ草原に来ている。
お子ちゃまの遠足か。
まあ、僕とミクちゃんが一番のお子ちゃまなんだが。
ママ・ブルン・オルジ・ミリアとパパはいないけど、ほぼ一家総出だ。護衛にはヒーナ先生とホーホリー夫妻だ。
そして、ミクちゃんとミクちゃんのママのマールさんに、姉のロビンちゃん、護衛がレイベさんにカフナさんとかなりの大人数だ。
ブルン兄が「セージだけでなくオルジとミリアも狩りをしたんだったら俺もやる」と息巻いた結果、その騒ぎを聞きつけたマールさんが「それなら楽しくピクニック気分で」とロビンちゃんとミクちゃんまで参加することになった結果だ。
お気楽過ぎるだろうと思うが、反論などの無駄な努力はしない。
レーダーで球形に周囲を確認してから、細長く伸ばして一周させる。
絞り込んで伸長させられる距離も二五○メル程度になった。
これだけ延ばすとかなりの数の魔獣が確認できる。ただし、とらえる位置が不安定、曖昧になる。
ララ草原の最強レベルの強さが“25”程度で、索敵できた魔獣だとそのレベルは三匹だ。
他に注意すべきは蛇などの強力な毒持ちの魔獣だ。それが二匹といったところだ。
地中や空飛ぶ鳥、低木とはいえ樹上にいる魔獣は索敵外だった可能性もあるから、常時レーダーで確認しながら気を抜かない。
いつもの狩りのルーチンだ。
それと空間認識が“1”になった所為か、使用魔法量が減った。
“0”の時には発動させるのに、なんらかの無理があったのかもしれない。
絞り込んで一五○メルほどに伸ばしても、魔法の自然回復量に収まっている。
さすがに二五○メルに伸ばすと、魔法がちょっとずつだけど減っていってるみたいだけど。
「セージ、手本を見せてくれるか」
「うん、いいよ」
オルジ兄の頼みを快諾して駆け出す。
目指すは強敵の五匹だがそれはさすがに無理がある。
そのうちの三匹が割合と近場にいるので、そっちに向かている。
まずは手にしたショートスピアの刃先に、風魔法の<ウルトラソニック>を補助魔法で掛ける。切れ味アップのイメージも込めてだ。
それもただのウルトラソニックじゃなくって、高周波振動のイメージを込めた補助魔法だ。
今までは切れ味アップや強固を付与や補助していたが、高周波ブレードというものを失念していた。
風魔法の超音波が衝撃以外にも、振動としても使用可能だったのは実験の結果だ。
試しに付与や補助したらよく切れたので、さっそく実戦投入したってのが経緯だ。
ちなみに付与だと持っただけで微妙に魔法力が流れて高周波振動してしまう。
それだと危険で手入れができない。
そのために補助魔法で使用時のみの高周波ブレードだ。
<スカイウォーク>
身体強化で草原の少し上、空中を軽く走る。
スカイウォークは発動は遅いが、長い距離を走ることが可能だ。
毒ヤスデと飛び跳ねネズミは、サクッと一太刀。やけに切れ味がいい。
コールドもせずアイテムボックスに入れ、そのまま駆ける。
死体は価値が無いけど、マナーとして魔獣石だけ取らないといけない。あとで魔獣石を取ってポイする予定だ。
<スカイウォーク>
メガギリスを一突きで倒し、同様にアイテムボックスに放り込む。
次はメガネウラ、それと毒がある鎖スネークは倒しとかないと。
ショートスピアの補助魔法の高周波ブレードを確認して、
<スカイウォーク>
目標の大縞ムカデに後二〇メルというところで空中を駆ける。
大縞ムカデの上に浮かびながら、頭部に突きを入れる。
シッカリと刺して、動かなくなるまで待つ。
うまいこと刺せたようで、ほぼ即死で毒を振りまかれなかった。
アイテムボックスに放り込んで、次に向かう。
昆虫型の魔獣だと冷やす必要が無いから楽だ。
<スカイウォーク>
途中、ゴブリン三匹を突き殺し。
こいつもアイテムボックスに。
ショートスピアの高周波ブレードの効果が切れた。
再度、補助魔法で<ウルトラソニック>で高周波ブレードにする。
しめた。美味しいマッドバニーだ。
<スカイウォーク>
身体強化で一気に接近して一突き。
<ハイコールド>で、アイテムボックス行きだ。
<スカイウォーク>
神経毒と幻惑を持つ黒魔トカゲが草むらに潜んでいる。
それを上空から首筋に、ドシュッと一突き。
アイテムボックスに放り込むと。
「チョット待ちなさい」
後方からママの声が掛かった。
振り向くと、あっ、ミクちゃんがマールさんとレイベさんと一緒に最後方を走っている。
他のみんなも遅れていた。
ごめんなさい。
そりゃそうだ身体強化なんてできない人が少なくとも四人いる。
更にフラットな平面と、草ぼうぼうの草原を走るんじゃえらい違いだ。
あれ? でも僕、戦闘してたよね。それでもか。
「ごめんなさい」
ママたちを通り越してミクちゃんのところに戻って謝った。
「ううん、だいじょうぶだから。
それで何をやっつけたの?」
「えーと、メガギリスに、メガネウラに、鎖スネークに、大縞ムカデに、ゴブリンに、マッドバニーに、黒魔トカゲ」
「うわー、いっぱい」
「あの短時間で七匹ですか」
レイベさんが驚く。
「ううん。ゴブリンは三匹だから九匹だよ」
首を振って訂正した。
もちろん毒ヤスデとピンポンは数には含まない。
「セージ君ありがとうね。おかげで追いかけていても魔獣が一匹もいないものだから、ミクとおしゃべりしながらだったわよね」
「うん」
笑顔のマールさんは途中からミクちゃんへの問いかけになった。ミクちゃんも素直にうなずく。
ママたちも会話中に集まっている。
「ご迷惑をかけてごめんなさいね。心細かったでしょう」
「ううん、ぜんぜんこわくなかった。へいきでした」
ママの謝意にミクちゃんは、平然と答える。
「なあセージ、いったい何を狩ったんだ」
ミクちゃん達への説明を聞いていなかったブルン兄の問いかけに、僕はアイテムボックスから大縞ムカデと黒魔トカゲ、それにマッドバニーなど狩ったものすべてを出す。
「この二匹が狩りたかったやつで、マッドバニーは美味しいから。
あとは邪魔だし、誰かが襲われるのが嫌だから、適当に倒しただけ」
「えっ、大縞ムカデってそれなりに強くって、一人で狩れば一人前だって言われてる魔獣だ」
ブルン兄が目を見張る。
それに伴い、オルジ兄にミリア姉も驚いている。
ああ、上級魔法学校の卒業生の強さが“25”程度ってされてるからか。
「あの短時間に九匹、しかも駆け抜けながら毒ヤスデとピンポンまでも倒してしまうとは」
「感心するところはそれじゃなくって、索敵範囲だよ」
レイベさんとカフナさんには周囲を警戒しながら感心しきりだ。
その声が耳に届く。ちょっとハズイ。
いやいや、ピンポンなんてほとんど逃げていくし、倒したってそんなの自慢にならないし。
空間認識なんて“1”いなったばかりだから。
「ええそうですね。普通索敵って数十メルがせいぜいですからね」
えっ、そうなの?
索敵って範囲を絞り込んだり、距離を引き伸ばしたりってできないの?
「セージ君は魔獣を明らかに認識して走っていましたからね」
「ねえガーランドさん。あの話って本当?」
ガーランドさんがチョット驚いた顔でママに目配せすると、ママがうなずく。
「ああそうだ。俺もマルナも索敵は持っちゃいるが、通常は二〇〇メル以上なんて先はわからん。
俺がレベル4の索敵で範囲を絞り込んで距離を拡張してやっと一八〇メルだ。
普段は周囲にも注意を向かないといけないから、拡張してその三分の二程度だ。
通常状態だと半径八〇メル程度だな」
「モモガン森林の狩りで不思議な索敵スキルだとは思っていたのですが、それはあれですから」
マルナ先生がガーランドさんの補足をしてくれた。
要は、依頼で見守っていてくれたってことか。納得。
空間認識より索敵の方が範囲は広いみたいだけど、融通性は空間認識の方が上なのかな。
「二人ともおしゃべりはそのくらいにしてください」
時空魔法の内容になっていたレイベさんとカフナさんのおしゃべりは、マールさんに止められたのだが。
「あ、そういえばセージって、さっき魔獣を何もないところからって、あれはアイテムボックスなのか」
ブルンが地味に傷ついて、独り言を漏らしていた。
時空魔法のアイテムボックスは、最低でレベル4だ。そして概ね上級魔法学校の卒業レベルともされる。
「ええ、そうですよ。セージは少々特別なようですから、張り合ってはいけません。ブルンはブルンで精進しなさい」
子供たちをシッカリ見ているママが、ブルン兄に優しく、そして厳しく声を掛けた。