45. 東のモモガン森林へ 1
オーラン市の東側。
幾つかの村や田園に畑を過ぎると大きなモモガン川にぶつかる。
橋を渡り、川と並行するように凸凹の小道を走る。
アップダウンもあって魔導車の速度も落ちる。
畑や荒れ地に小さな集落を過ぎると上り坂となる。もちろん魔物除けのお守りで守護された外だ。
モモガン川と海に挟まれたモモガン台地は深い緑の森林におおわれている。
その先は密林となっていてキュベレー山脈に続いている。
良質な薬草や毒草があるが、強い魔獣が住む。
奥に入れば魔獣の危険度も増す。
一六月九日黄曜日。
空間認識をレベル1にして認識範囲を最低でも一五メル、できれば二〇メルにしないと、魔法石に付与した索敵範囲は目標の五メルには届かないんじゃないかってことになった。
セージの時空魔法のアイテムボックス付与が、三分の一の機能になることからもそうだし、一般的な付与機能も、最高レベルでその程度だと思われている。
セージの感覚からすると、緊張感があればあるほどスキルの獲得がしやすいという認識だ。
情報収集した結果ララ草原にはしばらく接近しない方がよさそうで、危険度は上がるがモモガン台地をおおうモモガン森林で狩りを行うこになった。
モモガン森林は少々遠く、徒歩だと急いで二泊三日、通常は三泊四日の狩りとなるが、セージたちは魔導車で一泊の予定だ。
一泊となるのは魔導車の一日の走行距離を超えるからだ。
それと一泊といってもモモガン森林に泊まるわけではない。
早朝に家を出て、モモガン森林の手前で昼食を摂って、午後に狩りをする。
手前の村で一泊して翌日も午前中は狩りをして、昼食を摂って夕方過ぎか早めの夜に帰宅するというスケジュールだ。
セージの同行者はいつものエルガさんにリエッタさん、それに冒険者であり旅慣れたホーホリー夫妻(マルナ先生と夫のガーランドさん)だ。
ララ草原でもそうだったが、なるべく他の冒険者から離れて狩りを行うが、モモガン森林では冒険者の数はララ草原に比べてかなり少なそうで、他の冒険者を気にするほどいなそうだ。
パパは首都マリオン市で行われる全体評議会の出席の準備、ママはパパの手伝いとオルジ兄の入学準備と大忙しで、ノルンバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所に関しては、エルガさんに丸投げ状態だ。
パパとママは状況や場所を考慮して、ホーホリー夫妻にもある程度の説明をして協力を依頼した。
その間のオルジ兄とミリア姉の教育はヒーナ先生だ。
「モモガン森林は“魔猿の園”とも言われるほど、猿型魔獣の種類が豊富です。
魔獣一匹の強さはそれほどでもないものが多いですが、猿型魔獣はゴブリン以上に群れでいることが多く、発見した目の前の魔獣だけに注力せず、いついかなる時もその周囲や頭上に潜む魔獣を警戒していきましょう」
「猿型以外にも樹上にいる魔獣は多いので、猿型にとらわれ過ぎないようにもしていきましょう」
「猿のように立体機動する魔獣は強さを一.二倍や一.三倍程度と考えてください」
猿魔獣も鳥魔獣と一緒で、強さ補正を考慮して戦闘する必要があるって聞いて、レッドホークの戦闘を思い出して納得する。
人の総合値もそうけど、どうやら魔獣の強さは肉体的な強さと、魔法力などが総合された値のようで、戦術的なものや戦略的なものが何も加味されていない。
まあ、相性もあるから目安ってことだし、人は武器を持っても強さが変化しないから、種族的な補正が必要ってことなんだろう。
マルナ先生の注意事項で狩りというか、探索が開始された。
視界の奪われる森林に入ると緊張が一気に高まる。
魔素と負の魔法力が濃密に漂っている。
負の魔法力が漂うって変な表現かもしれないけど、魔素以外に濃密で嫌な感じの魔法力を感じるとしか表現しようがない。
昨日訓練した『空間認識』『看破』『鑑定』『魔力眼』『魔素感知』を起動する。
名付けてレーダーだ。
魔素と負の魔法力がより鮮明に認識できる。
モデリングした木々などの周囲の情報、生物としては昆虫やカエルにミミズなどの情報が一気に入ってきてめまいがする。
敏感過ぎたと思って、感覚的には三〇センチメル程度以上の生物が認識できる程度に感度を落とす。
レーダーを使ってまずは球状に周辺を確認したら、今度は空間認識の範囲を絞り込んで伸長させて遠くを確認する。
しばらく進んでも、普通の動物、蛇や鼬などの小動物、それと鳥の位置がつかめたが魔獣は発見できていない。
さすがに五つのスキルを常時起動していると、自然回復では間に合わない。
空間認識の範囲を絞り込んで遠くまで認識すると、距離に応じて使用魔法量が格段に増えるからだ。
空間認識の範囲内を確認できる看破と鑑定も一緒に使用すると使用魔法量の増加の一因だ。
魔力眼と魔素感知も多少は影響を受けるみたいだけど、看破と鑑定ほどじゃない。
家で練習しながら実験して判明したことだ。
通常の獣や魔獣の鳴き声なのか、思っていたより森林の中が騒がしい。
雑草やシダに覆われた場所もあるが、日の差さない場所は地面が見えてる場所もある。
歩くと腐葉土のようで柔らかかったりもする。
先頭はチェーンメイルに部分的に皮鎧で身を固め、両手には鋲の打ってあるごついナックルガードをはめ、切れ味の良さそうな戦斧を持つガーランドさん。
しんがりは軽量チェーンメイルに身を固め、魔宝石の指輪とネックレス、片手剣のマルナ先生だ。
僕とエルガさんとリエッタさんは真ん中を固まって歩く。
最初は深く入らず外周部を散策しながら薬草や毒草、野草摘みに木の実や果物採取だ。
ちなみにナッツや果物はある程度の高さにあるので<ステップ>で取っている。
ステップとは時空魔法のポイントの上位魔法で、足場の数が格段に増える。
レベル4のスカイウォークも使用できるが、木に登るだけならステップで充分だ。
魔法力の込め方とイメージによって可視度をある程度調整できるので、他人に利用させることも可能だ。
取れたナッツはクルミにカシューナッツで、果物はライチにマンゴーだ。
アーモンド、アセロラ、マンゴスチン、バナナもレーダーに引っかかたけど、実物はまだ見ていない。
食べ物の宝庫だ。
森林の中に分け入っていく。
漂っていた魔素と負の魔法力が更に濃密になっていく。
強さ(総合)が最低でも“25”以上、いや、これ以上高濃度になるんなら“30”近くなきゃ、長時間の活動はきついんじゃないか。
そう思って、総合が“30”弱のエルガさんを見るけど、それほどきつそうな印象はなさそうだ。
「セージ君その歌なーに?」
エルガさんに突然聞かれた。
「え、何?」
「歌ってたでしょー。楽しそうな曲だなーって思って」
「え、えー、あー、適当、適当についでた曲だよ」
どうやらまた某RPG曲を鼻歌で奏でていたみたいだ。
所かまわず奏でていそうな気もしないでもない。…完治不可。重症かもしれない。
ハズイ……、エルガさん突っ込まないで。
「アハハハ、セージ君、かっわいー。たまに歌ってるから気になってたんだよねー」
はい、アウトでした。
それと、抱き着かれても革鎧だし、固いだけです。ボヨーーンを返せ。
おわーっ。
フライングデスアダー、羽を広げて滑空する毒蛇が飛び掛かってきた。
いつものショートスピアを構えようとしたら、枝に引っかかってしまう。
パニクッてしまうと、ザスッて音とともにガーランドさんが手にした大きなブッシュナイフでフライングデスアダーを切り裂いた。
短弓を身構えているマルナ先生もブッシュナイフ構えていた。
「セージ坊ちゃんにお嬢さん方、こんな森林の中じゃ、そんな長い槍は振り回せないし、剣のような直剣じゃ切ることもダメだ」
ガーランドさんが手に持った大きなブッシュナイフを見せてくる。
「このように切ることに優れた反りのある片刃剣を使って、邪魔な草木を切って、魔獣も切らなくっちゃいけない」
僕はアドバイスに従いショートスピアをアイテムボックスに放り込んで、キチンナイフを手にする。
ちなみに付与は武器だけだなく、胸当て・太いベルト・手甲・足甲・部分強化皮革鎧・透明シールド付きのキチン質の軽量ヘッドギアなどの薄型軽量タイプの防具もやり直している。
キチンナイフの強度と切れ味は多少は上がっている。とはいってもそこはキチンナイフだ、限界はある。
試しに目の前の藪を切ってから前進を続けた。
当然のごとく防具やチェーン下着の防御力もアップさせている。
黄縞毒蜘蛛とブラックマウスと森の中では頻繁に出くわす魔獣は狩ってもあまり意味がない。
もちろんゴブリンもだ。
突然の雄たけびのような大きな鳴き声がする。
ビビりながらもレーダーで周囲を再確認してから、鳴き声の方にレーダーをしぼって伸ばす。
レーダーを上下左右に振ると樹上に魔獣が見つかった。
四本の手を自在に操るスパイダーエイプの群れ。
「スパイダーエイプ、数は最低で七匹」
身長一.二メルほどだが四本の手が異常に長い。
一匹一匹の強さはそれほどじゃないけど、群れで襲ってくるし、上から攻撃してくるのでかなり危険だ。
樹上を移動してこちらに向かってっくる。
見えたけど、まだ距離はある。
「あいつらの飛ばしてくる粘着液は弱毒も混じっていて厄介だから気を付けろ」
「「「はい」」」
生成した水がかなりの粘性と若干の毒が混ざっている。
その粘着液を風魔法をまとわせた細長い手で投げつけてくる。
本の知識だが、スパイダーエイプに限らず魔獣は、人間を敵と見定め、まずは襲い掛かってくることが多い。
多少撃退して手ごわいと感じれば引き上げることもまれにあるし、知能の高い魔獣はその傾向が強いが、本当にまれなことだ。
キチンナイフを腰に戻し、アイテムボックスから小太刀の銀蒼輝を取り出し手にする。
まずは体になじんだ<身体強化>、身体魔法のレベル2に魔法力マシマシだし、身体強化魔法は体内の魔法力と魔素を循環させることによって、レベル3にも4にもなるものだ。そして僕は身体魔法4まで強化可能だ。
「セージ坊ちゃんにお嬢さん方は複合シールドは張れるか? だめなら対物シールドや対魔法シールドでもかまわんが」
ガーランドさんが気を使う。
僕らの扱い、距離感が今一歩飲み込めていないようだ。
まあ、それはこっちも一緒だけど。
「「「はい」」」
無属性魔法のシールドには魔法レベル2から対物シールドや対魔法シールドが張れるようになる。複合シールドは魔法レベル3からだ。
レベル4の周囲を保護する円柱複合シールドや、レベル5の上下まで保護する球形複合シールドだとより強力になる。
もちろん練習が必要だし、無属性魔法の効果は相性もあって個人個人まちまちだ。
僕は迷わずレベル4のサークルシールドを張る。まだレベル5のスフィアシールドは練習中で、現在はこれが最強だ。
エルガさんはレベル3の対魔法シールドⅡ、リエッタさんはレベル3のマルチシールドのようだ。
「完璧に防ぐんじゃなくって、横に弾く感じで避けるようにすると楽だ」
ガーランドさんはアドバイスとともに、自ら張った複合シールドに角度を付けて、こうだと言わんばかりに見せてくる。
見せるといっても本当に視認させるようにするわけではなく、魔法力を込めて感じやすくさせる。
僕はそれを魔力眼と魔素感知でとらえて、感心する。
僕もサークルシールドをスパイダーエイプに向かって角度を気を付けながら、角度を調整して湾曲させてみる。
それと周囲と距離を取って、粘着液攻撃をよけやすいように体制を取る。
近寄ったスパイダーエイプは、距離一五メル~二五メル程度で止まって、幹を盾に威嚇して吠えてくる。
そして粘着液を投げつけてくる。
少し前に出ていたガーランドさんが多気を取っていて粘着液を左右に弾いていく。
その後ろで僕とエルガさんとリエッタさんで三角形に広がり、後方をマルナ先生が守っている。
それた数発の粘着液を僕たちが弾く。
「スパイダーエイプは全部で八匹。強さは最高が“29”で、最低が“24”です」
あ、でもこの一.三倍か。
「おー! やるぞ」
僕が索敵が完了して結果を報告すると、ガーランドさんが攻撃命令を下す。
とはいってもガーランドさんは防御で手いっぱいだ。
粘着液が舞う中、マルナ先生が無言で、風(移動)魔法をまとわせた矢を射る。
矢は右に弧を描き、太い幹の後ろのスパイダーエイプに突き刺さる。
ギャー、と悲鳴をあげてスパイダーエイプが木から落ちる。
二射、三射と立て続けに矢が射られ、スパイダーエイプが負傷する。
四射目は、幹を盾によけられてしまった。
その間にも粘着液が投げつけられ、みんなもシールドで弾く。
粘着液のすべては弾けず、しずくのいくつかが自分に飛ぶ。
顔に飛んできた飛沫を、顔をひねって躱したが二滴ほどが頬につく。
不快感とちょっとした痛みが走る。
粘着液には毒も混ざっているようだ。
<ウォーター>
頬を洗い流す。
何度も飛んできた飛沫は防具にも転々と付いている。
エルガさんやリエッタさんだけでなく、ガーランドさんも飛沫のあとが見て取れる。
「<ドリームワールド>…<ドリームワールド>…<ドリームワールド>」
僕は両手を広げて斜め前に突き出し魔法力マシマシで、黒い霧をスパイダーエイプに飛ばす。
同様にリエッタさんも<ドリームワールド>を飛ばしている。
「<クロッドバレット>」
エルガさんも岩の散弾、複合魔法による攻撃だ。
随分戦闘に慣れてきているし、苦手だった複合魔法もうまくなった。
ドリームワールドとは、以前はドリームランドとハイウインドと別々に放って合成していた複合魔法をエルガさんが魔法陣として合成してくれたものだ。
一つの魔法となって効率が良くなるし、連射が楽になる。
戦闘力は落ちるけど、こういったことに関しては断然頼りになる人だ。
樹上からバタバタと三匹のスパイダーエイプが落下し、三匹は樹上で眠ったようだ。
なんだかドリームランドの威力も増したみたいだ。
そのうちの一匹はエルガさんが倒したものだ。
最後の一匹、逃げようとするスパイダーエイプをマルナ先生が射止めると、枝の上に倒れ込む。
樹上でドリームワールドで眠る三匹を、マルナ先生が念のため射て、戦闘は終了だ。
ガーランドさんに勧められて、落下した眠りこけるスパイダーエイプに止めを刺す。
自分の眠らせたものは自分でだ。
身体魔法で強化した僕は、時空魔法の<ステップ>を使って樹上に駆け上がり、改めて四匹のスパイダーエイプに止めを刺して矢を抜き、地上に放るを繰り返した。
スパイダーエイプを<コールド>で冷やして、魔獣石を取り出し、邪魔な内臓を捨てる。
今度は<ハイコールド>でさらに冷やして、アイテムボックスに放り込んで処理を終了する。
メガコールドで凍らせると後が面倒なので、ハイコールドによる氷温程度がちょうどいい。
アイテムボックスもレベルⅢとなってサイズは二メル四方から八メル四方、重量も四〇キロから六四〇キロ、アイテム数も一〇〇個から六〇〇個と大幅にアップしている。
ホーホリー夫妻が目を見張るが、約束もあって何も言ってこない。
「移動するぞ」
ガーランドさんの号令で移動開始。
リバイブキャンディーを口に放り込んでレーダー起動。
戦闘中は空間認識と看破だけしか使わなかった。というより使えなかった。
時たま切り替えて魔力眼でスパイダーエイプを見たりもしたけど、レーダーは負荷があり過ぎたからだ。
デフォルトの一〇メルの球状で周囲を認識する。
それから、まずは前方に向けて五〇メル程度に伸ばして上空も含めてグルリと確認する。
それ以上に細く長くすると周囲の状況がおろそかになるし、あまり伸ばすと感覚が不安定になるみたいだ。
それに索敵時間との関係で効率も悪いと判断したからだ。