40. フェイクバッグ
一五月一二日黒曜日。
オルジ兄の卒業発表会をみんなで見てきた。
チームを組むなり、単独だったりと、趣向を凝らした魔法を見せる場だ。
派手な人たちはチームを組んで、クラッカーの花吹雪のような魔法を見せたりもする。
中には技巧を凝らした複合魔法を見せる生徒もいたけど、みんな僕の知ってる魔法ばっかりだった。
オルジ兄は同じ魔法ができる三人のクラスメイトと一緒に、出現させた水球を、自分の体の周囲を回して消すという、僕がオルジ兄に初めて見せた魔法とよく似た魔法を見せてくれた。
水球はぎこちなく周るし、完全に水も消せなかったけど、パパとママ、僕もミリア姉も一生懸命拍手した。
◇ ◇ ◇
一五月一三日赤曜日。
なんと、エルガさんとリエッタさんがオーラン薬学研究所に就職して通いだした。
エルドリッジ魔法研究所から研修社員としてエルガさんとリエッタさんが勤めることになったのだ。
政治力に伯爵令嬢という肩書が大きくものを言ったようだ。
週四日勤務、白曜日と黒曜日が休日の週休二日の契約だそうだ。
「叔父さーん、ちゃんと生活費払うからねー」
挨拶ともいえない、挨拶をいい加減に手を振りながら行うエルガさん。
生活感があるのか、ただの天然なのかと言えば決まっているが、興味のないことにはとことん無頓着で、興味にまっしぐらだ。
いつかはセージを実験台に虎視眈々……ゲフンゲフン、魔法学の向上のために被験者として協力してほしいと願っている。
素材はいいのに朱色のぼさぼさ頭にパステル調のツナギ姿という、残念令嬢がいる。そしてナイスバディの持ち主でもある。
セージ曰くボヨーーンだ。ちなみにヒーナ先生はボヨーンだ。
毎日のようにセージに付き合って、海岸に行って稽古らしきものをしているのでそれなりに有名人になっている。
「引き続きお世話になります。今後もよろしくお願いいたします」
リエッタさんは手本のような慇懃な挨拶だ。
厳格で教育者を感じさせるリエッタさんは、強化マダラニシキヘビをたった一人で倒したと目されており、一部の冒険者に有名である。
どこから漏れたか、はたまた見られたのか不明だが、使い手がほとんどいないとされる時空魔法と闇魔法、その片方の闇魔法のオーソリティとしも注目されている。
そして、腕が立つからこそ伯爵令嬢の護衛を任されているのだと。
キリッと引き締まった堀の深い顔、サングラスに茶髪のショートカット、それとおそろいのような茶のスカーフをいつも巻いている。
体も鍛えていている。実際はギランダー帝国によって無理やり鍛え上げられたのだが、それが服の上からもわかる。
冒険者隠語でブラウン姫といえば、リエッタさんのことである。
本来は黒髪なのだが、サーバントリングを隠す所為で茶髪になっているなどと冒険者たちの知る由もない。
これからの狩りは白曜日の午後と黒曜日に行くことになるのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
セージにもイベントというか、念願が一つ叶った。
それは付与魔法がレベル4になって、レベル4の魔法を付与することができるようになったことだ。
レベル4といったら、そう、あれですよ。あれ。
平日の午前中の海岸での剣の稽古はヒーナ先生と一緒に行っているが、昼からは暇になる。
図書館にも飽きたし、ヒーナ先生と剣の稽古もあれだし、魔法の稽古は内緒でしたいし、もあってのことだ。
頑張って家族全員分にバッグにアイテムボックスをと思ったが、優先順位でパパとママ、いや、まずはパパからだ。
ただし制約があって、時空魔法レベル4、アイテムボックスのレベルⅠだと最大数一00個、重量合計四〇キロ、体積やサイズ制限二メル四方なのだが、付与魔法では基本三分の一、がんばっても半分程度の能力しか付与できない。
中には付与に適さない魔法や、付与しづらい魔法もある。付与させる素材もそれは同様で、付与させづらい素材や、相性の悪い素材もある。
リエッタさんが幻惑球を作成した時には魔法力をかなり多く注ぎ込むことに寄って強力なファントムボムが作れたそうだが、それはギランダー帝国の技術、手投げ球の魔法補助技術があったからだ。
そのような補助技術が無いから、どれだけ付与できるか不安なところもある。
そんなこんなで、オルジ兄やミリア姉がまだ学校でいない、しかも仕事の暇そうな午後のパパにお願いしてみた。もちろん一人だけの時だ。
「バッグに付与魔法を掛けてみたいからチョット貸してください」
「ああ、これでいいか。いい魔法を頼むぞ」
思ったよりあっさりバッグ、使い古されたビジネスバッグなのか? を渡された。
しかも期待の眼で。
部屋に戻って、バッグにアイテムボックスを付与してみた。さすがに付与魔法だけではだめで錬金魔法の“定着”の力も借りてだ。
この方法はリエッタさんから教えてもらった方法だ。
ちなみにリエッタさんもファントムボムを作成した時にギランダー帝国から得た知識で、魔法を付与する時には錬金魔法で安定させると効果も上がり長持ちする。
そのために、錬金魔法陣は似たようなものがいっぱいあって、リエッタさんから錬金魔法陣だけでなく付与魔法陣込みでコピーもさせてもらった。
ドリームボムの時には付与魔法の補助に錬金魔法の“封入”を使用する。
パパの練習の前には、メンテナンスしまーす、といってヒーナ先生のキチンナイフを無理やり付与しなおしたことは内緒だ。
僕のキチンナイフも含めてキチンナイフの付与は簡単にいったんだけど、アイテムボックスの付与は難しい。
それとアイテムボックスを付与する時には“定着”させるための補助魔石も必要で、それには狩りで手に入れたマッドバニーやメガギリスの魔獣石を使用した。
それは魔法属性のないものに魔法属性を待たせて付与効果を行う下地処理となる。
時空魔法レベル4のアイテムボックスの容量が一〇〇個、四〇キロ、二メル四方となる。
五度ほどやり直してみたが、結果四〇個、一五キロ、一.二メル四方となってしまった。三分の一といったところか。
魔獣石はもったいなかったけれど、実験もあるからしかたない。
本に書かれている通りなら、付与した能力の半分が使用できるはずで、キチンナイフではそれより、わずかだけど強く付与できたんだけど。
それと維持魔法量は一日で“6”で、一回の出し入れ――『オープン』で、『イン』もしくは『アウト』に『クローズ』――で“0.3”ほど掛かる。『検索』の使用できるけど、それは内部の状態によって掛かる魔法量に違いがある。
あまり大きなものだと負担も大きくなるから考え物だ。
ちなみに現在僕は時空魔法レベル5のアイテムボックスⅡを使用しているが、その維持魔法量は“6”で、一回の出し入れで“0.2”ほど掛かる。
魔法レベル4のアイテムボックスⅠの時の維持魔法量は一日で“4”で、一回の出し入れで“0.2”とこちらは変化無し。
フェイクバッグでは容量も減って一.五倍の維持魔法量を必要とする。
アイテムボックスとフェイクバッグは、ある程度の魔法量を前もって保存させておくことができるからこのようなことが明確にできた。
僕にとっては自然回復量の範疇なので何でもない魔法量だけど、オルジ兄やミリア姉は大丈夫かと思ってしまう。使用できたとしてもあまり大きなアイテムボックスは無理だろう。
それと放置しておいて維持魔法量が枯渇するとアイテムボックスは消滅して、中身が放り出される。
完全に消滅するわけじゃなくて、再度アイテムボックスを起動させるには、維持魔法量の三倍~四倍程度の魔法量を注ぐ必要がある。
あとでパパとママと相談だ。
「パパ、できましたがどうしましょう」
翌日の昼食時にパパに声をかけた。
ママが何かを察したようで一気に表情が厳しくなって、あとで相談しましょう、と話を止められた。
僕の部屋で話すことになった。出来上がったものが僕の部屋にあるからだ。
「いったいなのをセージに作らせたのですか」
「いや、知らん。セージが作りたいからって言ったからバッグを渡しただけだ」
ママに追及されてタジタジになるパパ。チョット可笑しい。
「何を笑ってるんですか。さっさと出しなさい」
「はい」
笑ってたら怒られちゃった。
身体強化してバッグを取って戻ってきましたよ。
「これです」
バッグを差し出す。
あれ、ママが頭を抱えている。どうして?
「部屋の中で身体強化をしなくても…まあ、いいです」
あ、それほど急がなくってもよかったってことか。納得。
「それでこのバッグがどうしました」
え、バッグで魔法といったらアイテムボックスでしょう?
あれ、非常識?
「こうなんだけど」
パパのビジネスバッグに魔法力で『オープン』とアイテムボックスに手を突っ込む。
そして肩まで入れる。
「おお、フェイクバッグか」
「そのようですね」
喜ぶパパに、頭を抱えるママ。
「フェイクバッグ?」
何それ?
「セージは知らんか」
「そうでしょうね」
「見せかけのバッグだからフェイクバッグ。実はアイテムボックスで、かなり評判で高価だが売れまくってるぞ。ま、品薄だからな」
商品名なんだ。
「うちでは売りませんよ」
「そ、そんなー」
ママの宣言に、愕然とするパパ。
「それはそうでしょう。セージが成人してるのならともかく、製造元をどうするのですか。レア中のレアの時空魔法を五才の子供が、しかも付与魔法も付いてですよ」
錬金、錬金魔法もですよ。
「誘拐、護衛か。そうだな」
ガックリとうなだれるパパ。
その後に容量など説明すると、それだけあればと好感触だった。
それとママも欲しいということで、急遽、バッグ、……というより、小さなきんちゃく袋を持ってきた。
マッドバニーの魔獣石を用意して、
<付与:時空魔法Ⅳ><アイテムボックス:Ⅰ><付与:錬金魔法Ⅱ><定着>
慣れてきた手順で魔法陣だけを呼び出して綺麗に重ねる。
付与する物体を目の前に置き、付与場所をよく見る。
準備が整ったら、付与後の魔法発動の状態をイメージしながら、均等に、そして優しく徐々に魔法をしみこませていくように、魔法力を流し込んでいく。
流し込みながらも均一に丁寧にを気を付けてだ。
精神集中が必要だ。
バッグが小さい所為か、パパのバッグよりも難しい。
もうチョット魔法力を上げてッと……、できた。
ふう、チョット疲れた。
アイテムボックスを付与するのに約二分かかる。
それがチョット難しくて二分半ってところだ。
声も出さずに、凝視していたパパとママに完了を告げる。
「はい、できましたけど、チョット小っちゃくなっちゃいました」
「そうですか」
付与した時に、魔法の感覚でどうなったかは認識できている。
「付与する素材の影響だと思うけど、アイテム数が三〇個、重さが一〇キロちょっと、〇.八メル四方ってところ。
維持魔法量はパパのバッグと一緒で一日で“6”、一回の出し入れで“0.4”ほどみたい」
魔法量に関しては感覚だからズレは有ると思う。
「これがですか」
ママがきんちゃく袋を持ち上げる。
「はい。
“オープン”、“クローズ”で開閉、“検索”や“一覧”で中身が探せます。
あとは“イン”、“アウト”で出し入れですね」
「たったあれだけで」
「はい」
あれだけっていっても本来の使用魔法量なら。
―― 付与魔法レベル4で“4”
―― アイテムボックスで“4”
―― 定着で“2”で合計“10”
―― 魔石へそそぐ魔法量が“3”
それらの統合イメージを維持するやら何やらで合計“30”ほどの魔法力を、精神集中して込めたんだけど。
でも、ママは納得してないみたい。
「おい、おまえ」
「あ、はい、ああ、ごめんなさい。
ちょっと思ってたのと違っていたものですから」
ボーッとするママに、パパが声を掛けると、ママがビックリして反応した。
「そりゃそうだろう。俺は仕事柄、何度か付与する現場をみてきたが、通常剣に魔法を付与するのに二~三分程度、見習いなら五分以上かかることもある。
一度だけ指輪にアイテムボックスを付与する仕事の依頼で立ち会ったことがあるが、二〇分以上かかってた。それも汗水流垂らしてだ」
え、僕って非常識?
ヒーナ先生に言われた時には何とも……思わなかったわけじゃないけど…。
両親に面と向かって微妙な顔をされると、チョット、いや、かなりショック。
そういえば、以前は、隠さなきゃって気持ちが強かく、気を張ってたっけ。
「物は違えど、この小さなものに分不相応なアイテムボックスを付与するってんだから、それ相応の時間がって俺も思って固唾を飲んでみてたんだが……」
やっぱ、僕は非常識なんだ。
「なにもセージが落ち込むことはありません。素晴らしい才能なんですから」
「お前にはオケアノス神様の加護がある。だからできることで、胸を張っていいことだ。ただ、しばらくは内緒ってだけだ。ガハハハ……」
パパ、背中バンバンって痛いって。
それといつもの豪快な笑いが、なんか演技臭いんですけど。
僕は感情のはけ口を求めてなのか、とにかく涙ぐんでしまった。
ママに優しくギュッと抱きしめられると、安心したのか、またしても声を出して泣いてしまった。
わーんー…。
やっぱ、僕五才だ。つくづく思ってしまった。
ちなみに、フェイクバッグの他に、単独で使用するセキュリティ付きアイテムボックスがあって、それは認証合魔石という特別な魔法石に付与されたアイテムボックスで、ソロボックスという。
それとは別に複数人が認証登録できるアイテムボックスもあって、それは冒険者のパーティー用でパーティボックスという。
パーティボックスは家族で使用したり、会社で複数人で使用したりと多用されている。
認証合魔石は血液と魔法力を記憶されるので、登録者以外は使用不可となるマジックアイテムだ。
サーバントリングの主人登録と似た技術だ。
セージが作成した容量とほぼ同等(三〇個前後、重さが一〇キロ前後、一メル四方程度)のフェイクバッグで一個二〇〇SHほどと、日本円で一〇万円ほどだ。
売れ筋のフェイクバッグは容量が二~三倍(六〇個前後、重さが三〇キロ前後、二メル四方程度)ほどで、一個五〇〇SHで二五万円だ。
生活費が安いこの世界では大金だ。
ソロボックスだと最低でも三~五倍程度の容量(二〇〇個前後、重さが一〇〇キロ前後、八メル四方程度)があって四~六〇〇〇SH前後で、二〇〇~三〇〇万円だ。
パーティーボックスだと、更に二割増しとなる。
容量によってその金額は跳ね上がる。
最近は品薄で、金額も上がっていて、中古品でほとんど値段が下がっていないそうだ。
値段を聞いて誘拐が理解できた。はい、作りません。
言われてわかったけど、何もアイテムボックスをバッグに付与する必要は何もない。
それより魔石に付与して、それをバッグに入れておけばどのバッグでも使用可能だ。
理にかなっている。
じゃあ、なんでフェイクバッグはバッグかというと、数を売ろうとする営業戦略なんだそうだ。
安物は数で、まあ高いけど、高級品は使い勝手が良い。うん、理にかなってる。
エルガさんとリエッタさんの分は特別に作成OKをもらったので、がんばって作ります。
そりゃー、伯爵令嬢とその護衛なら不思議にも思われないよね。
ヒーナ先生とマルナ先生は保留だそうだ。
マルナ先生の夫も小さいながら、一つ持っているそうだ。
パパはソロボックスと合わせて二個持っていて、今度の物で三個となるそうだが、
「家宰のドルホさんに持たせてもいいか?」
「僕はいいけど」
じゃあそうする、ありがとうな、ということになった。
ママも一個持っていて、二個となる。それは自分で使用するそうだ。
仕事で使うからね。