38. オルジの帰還
強化マダラニシキヘビを倒してからのセージの生活は、午前中はミクちゃんとの剣の稽古に市場回りなどの市場調査もどきのショッピング。セージは認めていないが周囲から見たら普通にお手つないでのデートだ。
午後は図書館や魔法の稽古に、エルガさんとリエッタさんから魔法の勉強、もちろんヒーナ先生の光魔法の授業と多彩だ。
基本は狩りに出かける前に半分戻ったが、エルガさんとリエッタさんがいるから華やかだった。
そう、パパにママが戻るまで狩りを禁止されちゃったんだ。
苦手意識のあった、チョット冷たい印象のリエッタさんが、強化マダラニシキヘビとの戦闘の後、僕の意識が変化したのか、リエッタさんの態度が柔らかくなったのか、感情表現が豊かになったみたいで、苦手意識はほとんどなくなっている。
それと二度目だけど体に大きな変化があった。
今度は細胞だけでなく神経というか感覚にも変化があった。まあ、前回もあったかもしれないけど、それ以上だ。
筋力や持久力も付いて、ミクちゃんとの剣の練習では、ミクちゃんの動きがあまりにものんびりと見えてしまった。
看破や魔力眼ではないそのほかの感覚も鋭くなって、周囲がより鮮明に認識できる。
一度、ミクの護衛兼教育係のレイベさんから、チョット戦ってみませんかとのお誘いがあったけど、丁寧にお断りをした。
魔法量が大幅にアップしたので、使い切るのが大変になった反面、体力が付いたので、魔法量が“0”になっても、かなり我慢できるようになった。
それとリバイブキャンディーは偉大だ。
体調にもよるが枯渇状態から、リバイブキャンディー一個で“40”前後、二個で“65”前後、三個で“77”前後まで回復する。
一度四個を食べてみたけど“82”だったからこの辺でMAXだろう。
ただし結構お腹がいっぱい、それとリバイブキャンディーの食べ過ぎでも気持ち悪くなるから三個がMAXだ。
苦さでも三個がMAXだ。
ヒーナ先生、エルガさん、リエッタさんともに回復量に個人差があるが“20”程度でリバイブキャンディーを食べるのはほぼ一緒だ。
そして一個で“40”前後に回復する。僕の枯渇からと違うけど回復した値は一緒だ。
二個食べて“55”前後とかなり開きがある。
だいたいこの程度で回復のMAXだそうだ。
【成長スキル】の“基礎能力経験値2.14倍”や“スキル経験値2.14倍”はこんなことにも作用してるのだろうか。
あまりにも性あるよううなんだけど。
現在は時空魔法はレベル5になってアイテムボックス拡張したが、レベル6にして大きく拡張したいと頑張っているところだ。
念願のテレポートはレベル7で、魔法核や魔法回路のレベル6からすればあと一歩だ。
経験からすれば魔法核や魔法回路のレベルまでは、かなり簡単に属性レベルをアップすることができる。
もちろん他の属性魔法のレベルアップも並行して行っている。
できれば魔獣狩りをしてレベルを一気にアップしたいが、ママが帰ってくるまでは、どうにもままならい。
一四月四日の緑曜日に、遠距離通信の時空電話で連絡が入った。
オルジ兄が無事マリオン上級魔法学校に合格したそうだ。
本人が居ないながらも、家でお祝いをした。
パパとエルガさんがお酒を飲んで、気持ちよく鳴っていた。
僕も別の意味のお相伴に預かって、ボヨーーンとエルガさんの膝に座って楽しんでいた。
いかがわしい装置を付けられそうになったことは、まあ、笑って許されるだろう。まだ、あきらめてなかったんだ。
ママたちの帰宅予定が、一四月一七日白曜日との連絡も一緒にあった。
その後も変わり映えしないが、にぎやかで華やかな日常が続いた。
時たま発生するミリアとの追いかけっこでは、セージは身体魔法の強化も行わずに、息切れもしなくなっていた。
◇ ◇ ◇
一四月一六日緑曜日。
一日早い、ママやオルジ兄たちの帰宅だった。
途中連絡も入っていたので、迎える側も特に慌てることもなかった。
その日の夕食で家族全員と、ホーホリー夫妻に、ヒーナ先生、オルガさんとリエッタさんで楽しくお祝いもした。
リンドバーグ叔父さんもチョットだけお祝いを言って帰っていった。
家宰のドルホさん、メイド長のモルガさん、そのほかの護衛や調理師などにも、いつもより豪華な料理に、お酒までついていて盛り上がったようだ。
学問の街でもある首都マリオン市のお土産は、上質な紙で造られたノートや鉛筆だった。
ドルホさんたちにもお土産として筆記用具を渡していた。
翌日からオルジの特訓が開始された。
オルジ兄は合格となったが、ある意味補欠扱いで、入学前まで魔法量を“26”から、“27”に頑張って上げるように言われたそうだ。
マルナ先生がそれまで面倒を見て、一月からオーラン・ノルンバック船運社の社員として働くことになる。
ヒーナ先生は引き続き僕とミリア姉の先生だけど、僕よりミリア姉を優先で教育することになった。
ミリア姉が、そしてヒーナ先生もどことなくだが、不満そうだったのは見なかったことにした。
ちなみに、僕のことはマルナ先生にも、ある意味バレているが、一応内緒ということになったままだ。
まあ、個人情報はもちろんだが、個人情報(偽)も見せていないのは、オルジ兄やミリア姉と一緒だ。
当然、いない間に大幅にスキルアップしたなんて知らないから、それはそのまま黙ってる。
ただ、オルジ兄やミリア姉、マルナ先生にオープンにしたのは、僕が魔法核と魔法回路がレベル2、火・水・土・風・光・身体魔法の属性を持っていて、ほとんどのレベルが2ということだ。
あくまでも個人情報の(偽)がもとになってる。
それでも充分マルナ先生を驚かせた、というか、絶句で呆れさせたようだ。
オルジ兄も愕然としていたのは当然で、初めて正式に聞いたミリア姉も何を思ったのか、脱力感に肩を落としていた。
ただし、オルジ兄は激しい対抗心を持ったようだ。
さすがに、強化マダラニシキヘビを持ち帰って、大騒ぎになったので、家の中で内緒にはできず、知らず知らずに、いや、エルガさんが語り聞かせて、ノルンバック家内の公の秘密となった。意味わからん。
とにかく、対外的にはリエッタさんの功績で強化マダラニシキヘビではなく、大きめのマダラニシキヘビとなっていて、家の中ではある程度本当の事と創作が織り交ぜられて語られてるってことだ。
ちなみにそのエルガさんの語る物語が毎回パワーアップしていて、誰もが嘘じゃないって知ってはいるものの、眉毛に唾を付け、話し三分の一で聞いている。
今日もその物語は健在のようだ。
「傷付いた若い冒険者がマダラニシキヘビに襲われているところに、必死に駆け寄ったセージ君がマダラニシキヘビにショートスピアの一撃を見舞う。
何事かと首をもたげたマダラニシキヘビがセージ君をにらみつける。
リエッタさんの闇魔法が炸裂する。
あたり一面真っ暗な中…」
「それじゃあ、セージも見えないんじゃ」
「いいえ、魔獣には闇魔法は効きづらいし、邪な魔力があれば闇魔法は撃ち払えます」
アハハハハ…。
「マダラニシキヘビが鎌首をもたげ、リエッタさんをにらみつける。
ここはチャンスと邪な魔力を宿した瞳のセージ君は、ショートスピアでマダラニシキヘビの右目を突き刺す。
流石のマダラニシキヘビも痛みに咆哮を上げ、怒りをあらわにセージ君に襲い掛かる。
セージ君が空中をヒラリと避けて、愛刀の銀蒼輝の一撃を見舞う」
「ねえ、なんで空中を飛べるの?」
「えー、そこは企業秘密で、というか、実際は光魔法のイリュージョンで幻影を見せていたわけ」
途中でエルガさんが、はたと気づいたような表情をするものだから余計胡散臭い。
「再度リエッタさんの支援で闇魔法が放たれる。
じれたマダラニシキヘビが巨体を一振りして、周囲をなぎ倒す。
片眼になって凶暴さが増し手当たり次第、いいえ、手が無いから体当たり次第ね。
セージ君とリエッタさんはかろうじて避けるも、体制を崩してしまう。
巨大なマダラニシキヘビがやっと見つけたぞと頭をもたげ、セージ君なんか一口で食べちゃうぞーって言いたげに大口を開ける」
「カプリ」
エルガさんが両手で僕の頭を食べる真似をする。
「セージ君は草原にコロコロと転がって逃げて、反動をつけて一瞬で立ち上がる。
マダラニシキヘビは追撃で、右に左にと一飲みにしようと襲い掛かってくる。
それをヒラリ、ヒラリとセージ君が軽やかにかわすの。本当に軽やかだったわ」
「ねえ、イリュージョンじゃなかったの」
「ええ、そこはイリュージョンと織り交ぜて、セージ君も必死だったよ。
リエッタさんも闇魔法で応戦して、隙を作ると、セージ君はかろうじて距離を取る」
エヘン、トエルガさんが胸を張る。そう、偉大な胸を。
「以心伝心、そこにワタシが魔導車で突撃。
大口を開けたマダラニシキヘビが、今度は魔導車を迎え撃ってきて、盛大な正面衝突。
ドカン、と、ものすごいショックで、魔導車の正面は壊れちゃう。
でもここで頑張らないと思って必死になって魔導車のパワーを全開にする。
マダラニシキヘビも轢かれまいと、果敢に押し返してくる。
拮抗する魔導車とマダラニシキヘビ」
エルガさんが情けない表情になる。
「拮抗が崩れていき、いくぶんマダラニシキヘビの方が優勢になってきたところで、はかない乙女の最後かって思いましたよ」
周囲の表情が泳いでも、エルガさんの話は止まらない。
「リエッタさんが貯めに貯めた魔法力を込めた闇魔法が炸裂する。
マダラニシキヘビが痛みに悶え、死に物狂いの反撃に打って出る」
「じゃじゃーん。
そこでヒーロー、セージ君。
マダラニシキヘビの体を一気に駆け上がって空に飛ぶ」
「だからイリュージョンじゃないの?」
「えー、そうそう。マダラニシキヘビの駆け上がって、手にした愛刀の銀蒼輝に目一杯魔法力を注ぎ込んでー……」
「ドーーン」
エルガさんが大きく振り上げた両手を振り下ろす。
「マダラニシキヘビの脳天に銀蒼輝を突き立てる。
まさに、天使の一撃ね。
ただ流石に体重を掛けたセージ君の一撃も、体の軽さもあって銀蒼輝が深く刺さらない。
リエッタさんも飛び上がってセージ君の銀蒼輝に手を掛け、一気にねじ込む。
流石のマダラニシキヘビも体をけいれんさせて、一巻の終わり。
本当に夢を見てるかと思う、華麗な戦闘だったわよ」
「ねえミリア。この話ってどこまでが本当なの?」
「私が知るわけないでしょう。お留守番してたんだから。
聞くたびに話が変化してるから、ほとんど嘘ってことだと思うんだけど、マダラニシキヘビを倒したのだけは本当だから……」
オルジ兄の疑問に、ミリア姉の答えも曖昧だ。
毎回、ミリア姉が物語の途中で突っ込むのもお約束だ。
「何にしても、セージ君はイクチオドンを倒したことがあるわけですから」
混乱してるのはマルナ先生にしても一緒だ。
「ねえパパ、本当はどうなんですか?」
「俺も知らん。三人でモモ草原に採取調査に行ったんだからな」
エルガさんの語りが、どうも胡散臭い。そして語るたびに胡散臭くなってくる。
今日は二人で止めを刺したことになっていたけど、セージが単独で止めを刺すこともあるし、三人のタコ殴りなんてのもあったから余計だ。
ある意味それを狙ったのか、天然なのかはわからないが、ノルンバック家での認識も、最後の一撃はセージがやったのか、リエッタさんがやったのかで紛糾していた。
それとセージが本当にまともに戦えたのかも疑問に思う人がいないでもなかったので、情報が錯綜していた。
そしてオルジにとっては初めて聞く話だ。周囲の反応もあって混乱するばかりだった。
とはいえ、マダラニシキヘビとセージが戦ったことは信じたみたいで、オルジ兄に俺だってとやる気を出させる効果があったことだ。
エルガさん、GJ。
◇ ◇ ◇
オルジは、その後にドルホさんに聞いてみた。
「マダラニシキヘビって、どのくらいの大きさだったんですか?」
「セージ様たちが持ち帰られたマダラニシキヘビは、ぶつ切りにされていて長さはよくわかりませんでしたが、それでも最低で一二メル程度はあったかと存じます。
太さも一番太いところで四〇センチメル程度と、マダラニシキヘビにしては特大中の特大といえるサイズだったと記憶しております」
「一二メル……、四〇センチメル……」
オルジは部屋の右の壁から左の壁を見て、
「もっと大きいよね……」
「左様に存じます」
オルジは絶句し、混乱してしまった。
◇ ◇ ◇
僕は内緒でパパとママに書斎に呼ばれた。
僕の本当の個人情報を見れば、誰がメインで戦ったのかは一目瞭然。
「無茶はあれだけ慎むように言ったのに」
ママは頭を抱えてしまった。
「信じられるか。魔獣もマダラニシキヘビじゃなくて、体長一五メルもあった強化マダラニシキヘビだったんだ」
「それはどの程度の魔獣なのでしょう」
「マダラニシキヘビが連携の取れた一般の冒険者パーティーで相性が良ければ狩れるそうだ。
強化マダラニシキヘビになるとよくはわからんが、通常は熟練冒険者パーティーが連携して何とか狩れるそうだ。
一般冒険者だけだと何人いても危なく、手を出せるものじゃないそうだ」
「それほどまでに……」
「ああ、リエッタに確認したが、振動防御で刃物が刺さらない。口から圧縮空気の振動弾を放つ。あげくに冷気をまとって周囲を凍らせてたそうだ」
「……それをセージが…」
ママが僕の体を両手で頭から、顔、肩、両手、腰と確認するように触ってくる。
でも改めてこうやって聞くと、強化マダラニシキヘビって強い魔獣だったんだなと思ってしまう。
ウロコに守られた体表が堅牢で、振動系の魔法で攻撃をはじくだけじゃなく体自体が武器となる。動き回る体に傷をつけるのが至難の業だ。
油断したり、近寄れば口から衝撃波が放たれる。
動きを止めるチームと、ダメージを与えるチームに分かれて、徐々に弱らせ、強烈な一撃で止めを刺す。
リエッタさんが強化マダラニシキヘビの倒し方を冒険者ギルドで聞いて教えてくれた。
多分、パパも同じような情報を聞いてきたんだろう。
ママが目を見張って、
「それを三人で、よく無事で……」
途中から言葉に詰まり、僕をしばらく放さなかった。
ごめんなさい。
◇ ◇ ◇
試験前には火魔法をレベル上げをして“2”にしたオルジ兄は、魔法量のアップもあるが、今度は水魔法“1”と、土魔法“0”のレベルアップをしようと頑張っている。
その他の変化はオルジ兄から、
「チョット参考にビッグウォーターを見せてくれるか」
とか、お願いされるようになったことだ。
それは、水魔法の粘性を持たせた液体の“ジェル”だったり、土魔法の基本“サンド”だったりもする。
「うん、いいよ」と、偽装パネルで作成した、小さくした魔法回路(偽)を「開示」で見せながら魔法を放ったこともある。
たまには複合魔法を見せたりもする。
その度にオルジ兄ににらみつけるような視線で観察された。
チョット居心地悪かったけど、そこにミリア姉が混じって、ワイワイ、ガヤガヤと話すこともあった。
そして「魔法力を集めのはどうやってるの?」、「流すのは?」、「魔法を放つときに注意していることは?」、「その時魔素や魔法力はどうしてるの?」って、感覚を何度も聞かれた。
僕にとっては、簡単に認識できる魔法力や魔素の存在が、オルジ兄にとっては非常にわかりにくいものらしい。
僕の感覚はただ「どこにでもあるんだけどな」、「ごく普通に魔素を集めるだけなんだけど」、「魔法は最終イメージが重要だから、魔素は気にしてない」というようなことしか言えず、助言が難しかった。
「あんた、それじゃあわからないでしょう」
ミリア姉の癇癪もいつものことだ。
「優秀な魔法師は、魔素を感じ、見ることができます。その感覚がセージ君は鋭いのでしょう」
そんな会話をしていると、マルナ先生が割り込んできた。
「あんた、見えたり、感じたりできるの」
「うん」
もちろん食いついてくるのはミリア姉で、思わず素直にうなずいてしまった。
隣のオルジ兄の食い入るような視線が怖い。
「やはりセージ君は見えているのですね」
「えっ、なんで……」
「たまにですが、魔法を観察しているようなときに、魔素の動きや魔法力の流れを追いかけているように見受けられるからです」
以前ヒーナ先生にも言われたことだ。
どうやらバレバレだったみたいだ。
「ねえ、ヤッパリ魔素って、教科書に書いてある通りの色なの?」
「うん、そうだよ。ただ、大きさは微妙で大きいものから、あ、大きいといっても小さいんだけどね。それから本当に小さなものまで様々だよ」
「オルジ君もミリアさんも、魔法が上手くなりたければ、ただ、漫然と魔法を放つのではなく、体内の魔法力や魔素の流れ、魔法陣への流れ、放った時の魔法力の変化に作用と、少しでもいいですから感じられるように、精神を鋭敏にして魔法を放つようにしましょう」
マルナ先生の優しい声が響いた。