37. マダラニシキヘビ
今回は過激な表現があります。
苦手な方は、★★★★ ~ ★★★★ の間を読み飛ばして下さい。
<追加>
申し訳ありません。
ご指摘ありがとうございます。ご指摘のあった不快な部分削除しました。
一三月一四日青曜日の午後、いつものララ草原だが、新人冒険者が多いようでいつもより遠くに来た。
こういう時は、魔導車に感謝だが、チョット遠くに来過ぎたのか、強い魔獣の住処であるボティス密林から一キロメルほどだ。
まがまがしい気配が漏れ出てくるのを、魔力眼で確認できる程だ。
あまり近づきすぎないように要注意だ。
さあ、野郎ども、いくぞー。と心の中で気勢を上げる。
ええ、決して声には出せません。
魔力眼にチラつくピンポンや毒ヤスデをスルーすることも慣れた。
飛び回るバッタが邪魔なのは相変わらずだけど。
狩りを開始したらボティス密林が近い所為か、魔獣が多い。そして草も育ちがいいのか、背の高いものが多い。
大縞ムカデ、フェイクマンティス――草むらに擬態して襲い掛かるカマキリタイプだが案外弱い――、マッドバニー、ファイアーフォックスをすでに仕留めた。
先ほどは、数人の冒険者に遭遇しそうになって狩りをやめ、回避する一幕もあった。
相手もこちらを一旦注視して立ち止まったが、そのままボティス密林に向かって行った。
現在は見えないからボティス密林に入ったんだろう。
歴戦のつわもののようなおっさんたちと、数人の若手の混成パティーのようで、多くの荷物を背負っていたから泊りがけだろうか。
◇ ◇ ◇
しばらく獲物なし。
何かの気配を感じながら歩いているが、何も見つからない。
膝上になる草が歩いにくい。
こんもりした草むらの高さはまちまちだで、僕の身長以上の高さの草むらもある。
同じ低木の木だけど他の所より高く幹も太い。
魔素のざわめきを感じた。それも強く。
体感的に感じたのは初めてだった。
感じた方を見ると慌てふためきこちらに走ってくる冒険者が見えた。
三人、いや後ろにまだいて全部で五人だ。
なんとなくだが、先ほどの歴戦のつわもののようだ。
「逃げますよ」
リエッタさんの必死の言葉に、意識がハッキリする。周囲が突然認識できた。
リエッタさんがエルガさんを揺すっている。
え、あれ? ボティス密林?
「あいつらです」
リエッタさんが顎で指す方を見ると、イリュージョンキャットにミラージュキャット、それとファントムキャットがいた。いや、逃げていく。
状況は一瞬で理解した。
最悪。幻惑撃でボティス密林に導かれていたんだ。
なんてやつらだ。今度ぜってー狩ってやる。
「起きてください!」
「えっ」
「逃げますよ!」
「え、ええ」
朦朧とするエルガさんの手を引いて無理やり駆けだすリエッタさんだったが…。
キャッ、と可愛らしい悲鳴でエルガさんが足をもつれさせて転んでしまう。
「しっかりしてください。起きてください」
「ええ」
モタモタしている間に、歴戦のつわもの、もとい、情けない冒険者たちが通り過ぎていく。
そしてそのあとを追って出現したのはマダラニシキヘビ。
図鑑によると体長一〇~一二メル、太さ三〇センチメルだったはずが、体長が一五メル程度で、太さも三五、いや四〇センチメルはあろうかという特大サイズだ。
通常のマダラニシキヘビの体の基本色は茶で、それに赤や黒の模様が入る。
でもこのマダラニシキヘビは全体に白というより銀色に輝いていて、模様だけが本に載っている通りの赤や黒だ。
魔獣を相当数捕食すると、まれに強さや脅威度がアップした強化魔獣になる。多分それ、強化マダラニシキヘビだ。
きゃー。
エルガさんの意識は完全覚醒したみたいだが、その所為で腰を抜かしたのか? へたり込んでしまう。
しかたない、頑張るか、と。
「チョット時間を稼ぐから、そのうちに」
「それなら私が」
「お願いします」
「ダメです!」
言い争ってる時間はない。
リエッタさんの叫びを無視して、強化マダラニシキヘビに向かって駆け出す。正面切って戦うアホじゃない。
どこまできるわからないし、それに怖いけど。
まずは情報操作の認識しづらさ『認識阻害』を意識して強化する。うん、なんとなくできそうだ。完全に消えるなんてできないけど、ちょっとぐらいのごまかしはできそうな気がする。
身体強化して、<ステップ>、空中に駆け上がる。
距離を取って、闇魔法の<催涙ガス>を<ハイウインド>でぶつける。
本当の催涙ガスじゃなく、視神経に作用して痛みを与える魔法だ。
お、少しは目にしみるのか、シャー、と泣き叫んで、目をつぶって頭を振っている。
ヤッター。
<ステップ>
頭を振り回す支点となっている箇所を、ピンポイントで強化したショートスピアで突き刺す。…が、あちゃー、かってー。
全然刺さらないし、刃こぼれに手がやけにしびれる。
見落としてた。
体表を振動系の魔法で取り巻いて防御していた。
強化マダラニシキヘビの振動する体がうねる。
緊急回避。
<ステップ>
空中に駆け上がる。
<ドリームランド><ハイウインド>
振動でドリームランドが消し飛ぶ。
<ステップ>
駆け登る。
<ステップ>
回り込んで、
<イリュージョン>
光魔法のレベル3、光を操作して物を見せたり、見た目をごまかす魔法だ。
エルガさんとリエッタさんの走り去る方向に草の幻想を出現させる。
動きながらだとイメージ作りが上手くいかない。あまり草っぽく見えないけど、無いよりましだ。
<ステップ>
振り回される強化マダラニシキヘビの巨体を大きく迂回して、
<イリュージョン><イリュージョン>
ボティス密林の前に大きなマッドバニーのイリュージョンを二匹出現させる。
集中力不足。不細工だ。
おっと、草むらに飛び込んで、
<イリュージョン>
追加で草むらを出現させる。…が、バッタが何匹か飛び出していく。
どうか見つからないように…、と願いが通じたのか、大丈夫そうだ。
少しづつ後退してたら、変な感覚が、……索敵か?
催涙ガスやドリームランドの効果はすでに消えている。
動こうとしないし、周囲を伺ってこちらを見る? にらんでる?
汗が噴き出る。。
<イリュージョン>
目の前にマッドバニーのイリュージョンを出現させ、アイテムボックス内のマッドバニーの死体も置く。今度は少しだが集中できたんで、マッドバニーの出来もいい。
<イリュージョン>
草むらを出して、逃げるが勝ちだ。身をひそめながらコッソリと移動する。
おわっ。
強化マダラニシキヘビが大きく口を開け、空気の塊を吐き出す。
衝撃波なのか、大きな草むらが吹き飛び地面をさらす。僕の隠れてた場所だ。コワッ。
今度は体を振り回し、周囲の草むらを薙ぎ払っていく。
舞い上がったバッタが、ボトボトと落ちていく。
魔力眼に魔法力を込める。
振動の範囲は体表から二~三〇センチメル程度だ。
ただ頭の周囲は振動が弱そうだ。……自分で振動して脳震盪何って間抜けも良いところだ…(ムフフ)…って、何バカなことを想像してるんだ。
草原の中に顔を伏せ、這いつくばった目の前、少し先だが太い胴体が通り過ぎる。
振動系の魔法だろうか、体がビリビリと揺さぶられる。
<イリュージョン>
後方の草むらに移動して身を隠す。
リバイブキャンディーを口に放り込んで、魔法力を回復する。
冷や汗が噴き出ていた。
『認識阻害』
気休めだけど、念のため再度情報操作スキルを発動する。
リエッタさんはエルガさんをサポートしながら退避中だろう。ここからじゃ見えない。
強化マダラニシキヘビの索敵範囲は不明だが、情けない冒険者を追いかけていた距離からすると、安全圏には程遠いような気がする。
看破で見ると、強さは“45”~“70”とかなり曖昧にしかわからない。とにかく驚愕の強さだ。
僕の数倍で、脅威度はその上だ。
無理無理無理。
なんとか、もうちょっとだけごまかして、このまま逃げだそう。
リエッタさん急いで、頑張ってよー。
まずは、もう二、三回イリュージョンでごまかすしかないか。
<イリュージョン><ハイウインド>
<イリュージョン><ハイウインド>
少し魔法力を大目に込めてマッドバニーを二方向に飛ばす。
もちろん強化マダラニシキヘビの顔がこちらを見てないときにだ。
気付いた強化マダラニシキヘビがマッドバニーを追いかけるが、途中で止まる。また周囲を索敵する。
舌をペロペロ出し入れしている。
まずい。蛇は鼻とは別に舌でも匂いを捉えるんだ。
<ホーリークリーン>
これで匂いは大丈夫だろう。
ピリピリと感じる感覚は、索敵されている感覚だと確信した。メッチャやばい気がする。
這いつくばったまま、そーっと後退る。視線は強化マダラニシキヘビから離さない。
強化マダラニシキヘビの視線がこちらに向く。
もう一度、ただし初めての試みとして、できるだけ体から離して魔法回路を呼び出す。
呼び出した“魔法回路”は“情報操作”スキルのおかげで見えにくいはずだ。
精神を集中して、離れた魔法回路に向かって両手を伸ばし、体内に貯めた魔素と魔法力を飛ばして、
<イリュージョン><ハイウインド>
魔法を発動させる。
なんとかできてマッドバニーが出現したのが、一メルチョット離れただけだった。
<イリュージョン><ハイウインド>
もう一匹、先のマッドバニーを追わせる。
精神的にチョットしんどいがやってみたかいがあった。
強化マダラニシキヘビの視線がマッドバニーのイリュージョンを追う。
できるだけ素早く後退る。
イリュージョンだと気づいたようで強化マダラニシキヘビの動きが止まり、衝撃波で吹き飛ばされた。
周囲の草も飛び散って地面が見える。
もう一度、強化マダラニシキヘビが索敵しながら周囲を見回す。
しばらくしてあきらめたのか、ボティス密林にユックリと戻っていく。
ホッとして気が抜けると、地面に寝転んでしまった。
べたつく汗で気持ち悪い。
まあ、気は完全には緩めてないし、視線は強化マダラニシキヘビを捉えたままだ。
リバイブキャンディーを食べて、苦っ、魔法力を復活させる。
まだ強化マダラニシキヘビがうろうろしている。
もうちょっとでボティス密林だが、再度周囲を気にしだしている。
完全に安全を確認したいのもあって、ここまで見てたんだから、ボティス密林に戻るのを見届けようと思っている。
「セージ君、よくやりました」
息をひそめていると、リエッタさんがそーっと戻ってきて、隣にしゃがんで、ねぎらってくれた。
頑張った甲斐があったようだ。
「エルガさんは?」
「向こうに置いてきました」
リエッタさんの指す方には草むらしか見えないけど、魔導車を置いてきた場所のようだ。
安全圏に思えた。
突然、強化マダラニシキヘビが動き出した。
ボティス密林に沿うように左方向へだ。
目を向けると離れた場所。
ボティス密林から出てきたのか、背の高い草むらをかき分けて出てきたような二人の冒険者が見えた。
二人とも防具が傷だらけで、片方が肩を貸している。
★★★★
強化マダラニシキヘビが素早い動きで、その二人に襲い掛かる。
二手に分かれて逃げようとするが、動きが鈍い。
瞬く間に片方、動きの良かった方が身を挺してかばったようで、つかまってしまう。
胴体で巻き付け、頭から飲み込み始める。…ッオエ、こみあげてくるものがある。
もう一人は足をほつれさせ、転んでしまう。
★★★★
「もう一回」
「やめましょう。無理です」
飛び出そうとする僕を、リエッタさんが引き留める。
強化マダラニシキヘビが一人を飲み込み終わるのにあまり時間はかからなそうだ。
倒れた冒険者は意識が無いのか、寝転んだままだ。
「僕が引き付けるからそのうちに避難させて」
『認識阻害』
もう一回頑張るかと、いたたまれずに飛び出してしまった。
強化マダラニシキヘビの後方から、
<ステップ>
空中を駆る。
<ステップ>駆る。<ステップ>駆る。<ステップ>駆る。
強化マダラニシキヘビの頭部の数メル真後ろの空中から、
<催涙ガス><ハイウインド>
シャー、と鳴く、目をつぶるも、こんどはかなりレジストされたようだ。
<イリュージョン>
自分自信を青空に同化して、
<ステップ>
場所移動、距離を取る。
強化マダラニシキヘビが、僕のいた場所に食らいつく。
冒険者を飲み込んだ首が太く膨らんでいる。
その所為か動きが鈍くなっている。
衝撃波や体表振動も出せないのか、ビリビリ感が弱い。
「<催涙ガス><ハイウインド>」
リエッタさんからの援護射撃が届く。
さすが闇魔法の先生、強化マダラニシキヘビが、シャーと鳴く。
連続攻撃に痛みがあったようだ。
<催涙ガス><ハイウインド>
僕も負けじと魔法を撃つ。
ジャー、痛みに、首を大きく振り回してくる。
僕が無詠唱なのは接近戦で場所を知られないためだ。
リエッタさんが詠唱するのは、僕に魔法攻撃を伝えるためだし、射線の確保に自分の場所を伝えるためでもある。
後衛で援護に務めるようだ。
「<催涙ガス><ハイウインド>」
強化マダラニシキヘビが、頭を下げリエッタさんに向かう。が、あれ、見えない。
あ、闇魔法の精神攻撃、ファントムと隠形で隠れているんだ。
強化マダラニシキヘビが周囲を見回し、索敵している。
オリャー、と頭の中で叫ぶ。
気合を入れて、ショートスピアを強化マダラニシキヘビに投げつける。
それも狙いは振動に少ない頭、それも目だ。
ガスッとわずかに刺さったようだが、ポロリと落ちる。
ジャー、と痛みに鳴き叫ぶ頭を激しく降る。
刺さったのは目尻で、ダメージは極々わずかなようだ。……と、思ったら血が流れ、眼が血で真っ赤だ。
オワッと、バランスを崩しながらも、大きい草むらの後ろに飛び込む。
クソッ、とバッタに悪態をつく。
思わぬところから、バッタが顔に飛びついてきたんだ。
強化マダラニシキヘビを注視しながら、動揺する気持ちを深呼吸で鎮める。
『認識阻害』
気休めも忘れない。
アイテムボックスから別のショートスピアを出す。
強化マダラニシキヘビは片目で周囲を索敵している。
また体を振動させているのか、ビリビリとした感覚に襲われる。
このままじゃ、救助は不可能だ。やっぱり無理だったんだ。
「セージくーん」
高音でよく通る声、どこか聞いたことのある声って、何このデジャブ。
あんた、戦闘スキル低いでしょう。来ちゃダメでしょ。と思ったら、草むらをなぎ倒し、バッタが飛んで逃げる中、いきよいよくこっちに向かってくる魔導車。
そしてその窓から顔を出し、手を振るエルガさん。
頭痛くなってきた。
強固な魔導車だからしばらくは耐えられるかもしれないけど、最高速度が時速二〇キロメルの魔導車は、この草むらだと、多分出せて一二、三キロメルがいいところだ。
僕たちを拾い上げても逃げられるもんじゃない。
車輪がスタックしたり、駆動装置後壊れたりすれば絶体絶命なんだけど。
強化マダラニシキヘビが魔導車に向かうと、エルガさんも顔を引っ込め、窓を閉める。
窓も一応だけど付与魔法で強化されているはずだ。
<ステップ>駆ける。
強化マダラニシキヘビから衝撃波が放たれ、バン、と音がして、魔導車の正面が凹み、フロントガラスにひびが入る。
<ステップ>駆ける。
と、強化マダラニシキヘビを追いかける。が、強化マダラニシキヘビは早い。
魔導車の正面から、ドカン、とぶつかった。
両者拮抗しているみたいで動きが止まる。
魔導車の車輪が唸る。
負けじと強化マダラニシキヘビが押し返す。
更に拮抗する両者。
さすがパパが用意した魔導車だ。かなり丈夫なようだが、正面はかなり凹んでいそうだ。
フロントガラスがヒビで収まっているのは、硬化の他に、逆の性質の粘性でも付与されているのだろうか。かなり高等な付与魔法だ。
と思ったら、冷凍魔法だろうか、魔導車や地面が凍っていく。
ま、まずい。
いや、これはチャンスだ、やるしかないだろう。
一旦、ショートソードを強く握ったが、放り投げる。
体に魔素と魔法力をいきわたらせる。
そうして、気づかれないように、その魔素と魔法力を気づかれないように体内から漏れ出ないように気を引き締める。
<ステップ>駆ける。
<ステップ>駆け上がる。
<ステップ>もう一度駆け上がる。
アイテムボックスから刃渡り六〇センチメル、小太刀の銀蒼輝取り出し、抜き放つ。何度も練習したいつもの動きだ。
魔力を思いっきり流して補助魔法のイメージ補助。
“シャープ”そして“強化”で、マダラニシキヘビを突き通ることを強烈にイメージ。
つらぬけー! と無言の気合で、強化マダラニシキヘビの脳天にダイブ。
周囲が冷えて、キラキラとダイアモンドダストが舞っている。
ズドッと強化マダラニシキヘビの脳天に銀蒼輝を突き立てた。
根元まで突き刺さった銀蒼輝に、
<ハイファイアー>
冷凍に負けじと、魔法力を込める。脳内イメージじゃ、ビッグバンだ。
ブスブスと焼け焦げる匂いがして、強化マダラニシキヘビが体を大きく何度もくねらせる。
頭も振られ、振り払われろうになるも、銀蒼輝にしがみつく。
振動攻撃に体中がバラバラになりそうだ。
そして動きが止まった。
ハアハア、と息が荒い。
体中痛いしだるい。それに気持ち悪。
強化マダラニシキヘビをもう一度確認して、動きがない。
チョット無理、地面に体を投げ出して意識を手放した。
◇ ◇ ◇
あ、あれ?
「セージ君、無茶はダメですよ」
一瞬気を失ていたのか? いや、寝てたのか?
真上にエルガさんの顔。
無茶ってエルガさんでしょうが。
膝枕、頭の後ろが柔らかい。気持ちいい。でもなんだかまだ気持ち悪い。これだけひどいのは久しぶりだ。
「ああ、起きましたか。体がいたいとか、気分が悪いとかありませんか」
「……どこも無いみたいです」
「まったくセージ君は、もう……」
リエッタさんがあきれてしまう。
あきれるのは僕の方だってば。
僕はリバイブキャンディーを食べて――やっぱ苦いし不味い――起き上がる。
いつか甘いリバイブキャンディーを作ってやる。
「マダラニシキヘビの魔獣石は取り出しました。それとこれだけの素材ですから何とか持って帰ろうと思います。
それと……」
リエッタさんの視線の先には、布にくるまれた、多分遺体。それが二つ。
ダメだったのか…。
「それと、助かった彼はギルドに連れていこうと思います」
あれダメだったなじゃ? あ、あの人は助かって、まだ一人犠牲者がいたんだ。
ちょっとやるせない気分だ。
リエッタさんが仕方ありませんね、というような表情を一旦する。
そして明るい声で話題を変えてきた。
「この剣よく切れますね。申し訳ないけど、これでしか切らなかったから解体に使わせてもらいました。お返しします」
「ああ、いいですよ」
どうやら随分寝ていたようだ。
そういえば日がかなり傾いている。
二本のショートスピアも回収してくれていた。
解体した強化マダラニシキヘビで天井に積んであった、詰めなかったものはトランクと後部座席だ。
なんと、強化マダラニシキヘビを切った傷口の殺菌処理は、錬金魔法レベル4のエルガさんが、血液を変性させて体外に吐き出し、切り口の固化で細菌や微生物の侵入を防いだそうだ。
さすが研究員。まずいリバイブキャンディーをいくつか食べて頑張ったんだそうだ。
道理で顔色が悪いはずだ。
「それと、この残ったマダラニシキヘビはアイテムボックスに入れてください。
エルガさんが魔法処理に失敗したものです」
小声でささやいてきた。
「了解しました」
一.二メルほどに切られた胴体一本と尻尾をアイテムボックスに放り込む。
重量制限ぎりぎりだった。
魔法力マシマシで拡張しててよかった。
それでも魔導車への負荷が軽減される。
<コールド>で強化マダラニシキヘビの切り身を冷やすことは忘れない。
おかげで不味いリバイブキャンディーをもう一個食べました。
「それじゃあ、彼を乗せて出発しましょう」
魔導車の後部座席は死んだように眠る若い冒険者――介抱した時にはすでに気絶していたそうだ――と、そして目の覚めることのない冒険者だ。
遺体――こちらも冷やした――は開けておいたトランクに入れた。
エルガさんの運転でオーラン市を目指した。
「なんだか魔導車調子悪いんだけど」
そりゃそうだろう。
正面がべコリと凹んで、フロントガラスもひびが入っている。
回転魔法石からなのか、それとも足回りだろうか、カラカラとかガラガラとかの異常音が聞こえてくる。変な振動も発生している。
◇ ◇ ◇
まずはオーラン市の門の入門は、出門の記録があるから問題はないが、チョットした騒ぎになってしまった。
そりゃあ、死体と、バカでかい獲物を積んだ魔導車が到着すればそうなるよな。
僕とエルガさんは車に残って、リエッタさんと、目を覚ました若い冒険者が守衛に報告する。
冒険者ギルド前に到着、遠目から魔導車や僕たちを見つめる視線にさらされた。
エルガさんが身体強化――テロ行為前にギランダー帝国で相当鍛えられ身につけた――で、
一体の死体を運ぶ。そのあとに若い冒険者がもう一人の遺体を抱き上げ、険者ギルドに入っていく。
十戒のモーゼが海を渡るみたいに、左右に人がわかれた。
もちろん僕とエルガさんは魔導車でお留守番だった。
だいたい一時間後にリエッタさんが帰ってきた。
自宅には冒険者ギルドから合魔電通話機で連絡してもらったので、行方不明などの騒ぎにはならなかった。
帰宅後、パパへ報告するリエッタさんに僕とエルガさんも同席する。
若い冒険者からの説明によると、年配の冒険者五人組によって、狩りの誘いを受け、ボティス密林に同行することになった。
ボティス密林に入ってキャンプ地の設置をしていたところ、強化マダラニシキヘビに襲われ、応戦したが歯が立たない。
そこで年配五人組は、若手三人組をおとりにして逃げた。
一人が食われてるうちに、残った二人は怪我をしたこともあってドクダミ草の匂いを自分たちに振り掛けて藪に身をひそめた。
しばらくして、強化マダラニシキヘビが去ったと確信して、急いでボティス密林を逃げ出した。
あとは僕たちが見た通りだ。
ボティス密林から出たところで……。
リエッタさん曰く、精神的に追い詰められて判断を誤ったんじゃないかだって。
それで、再度強化マダラニシキヘビに襲われて、僕たちが戦うことになった。
若い冒険者は、僕たちへのお礼とは別に、最後に吐き出すように叫んでいたそうだ。
「俺たちをおとりにして逃げやがった! ぜってー許さねー!」
「魔導車の修理にはおもったほど酷くない。修理には一週間ほどだ」
パパの言葉だが、かなりひどかったんだと思う。
強化マダラニシキヘビの素材を全てと、大縞ムカデ、フェイクマンティス、マッドバニー、ファイアーフォックスも含めて全てを渡した。
強化魔獣は何かと役に立つそうで、強化マダラニシキヘビは肉は高級品で、ウロコも頑丈で、防具が作れるそうだ。
「修理代の残りはこんなもんだろう。ガハハハハ…」
豪快に笑うパパから、一三〇〇SHと魔獣石を渡された。
「よくやった。だが、無茶をするんじゃない。いいな」
ママが帰ってくるまで、魔獣狩りが禁止されてしまった。
そしてエルガさんとリエッタさんからは、今日の活躍は全てセージ君の物だからと、すべてを渡されそうになった。
なんだかんだで、僕がお金の約半分の六五〇SH、日本円で三二万五千円――一SHが五〇〇円――と魔獣石を受け取り、残りの半分をエルガさんとリエッタさんで折半することになった。
おいしい肉だけど食品素材は安い、強化マダラニシキヘビの肉が約七五〇キロあって、一キロ一SH五〇CPだから、計一一二五SHとなったそうだ。
頑丈なウロコで修理代を出した残りが二〇〇SH弱だそうだ。
税金とその他で三分の一が取られて、残った代金がだ。
普通のウサギなんかだと一キロ、一SHと安くなる。
チョットしたお金持ち気分だ。
◇ ◇ ◇
翌朝となる一三月一五日黄曜日。
個人情報を確認したら大変なことになっていた。
著しいレベルアップ、隠形まであるし。
それと体の細胞が総入れ替えがあったのかというほど力が湧き上がってくる。
魔法力や魔素の感じ方が敏感に、そしてやコントロールも格段に上がっている。
エルガさんとリエッタさんの支援があったとはいえ、ほぼ一人で強化マダラニシキヘビにダメージを与えたんだから、こうなったんだろうとは想像が付いたのだが。
……頭が痛くなってきた。
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【セージスタ・ノルンバック】
種族:人族
性別:男
年齢:5
【基礎能力】
総合:35
体力:46/46
魔法:103/103
【魔法スキル】
魔法核:6 魔法回路:6
生活魔法:2 火魔法:4 水魔法:3 土魔法:3 風魔法:5 光魔法:4 闇魔法:3 時空魔法:5 身体魔法:4 錬金魔法:3 付与魔法:3 補助魔法:2
【体技スキル】
剣技:3 短剣:2 刀:3 水泳:2 槍技:1 刺突:2
【特殊スキル】
鑑定:2 看破:2 魔力眼:2 情報操作:2 記憶強化:2 速読:2 隠形:1
【耐性スキル】
風魔法:3 魔法:2 幻惑:1 神経毒:1 麻痺毒:1
【成長スキル】
基礎能力経験値2.14倍 スキル経験値2.14倍
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パパとヒーナ先生に相談したけど、パパ曰く、
「オケアノス神の御心のままに進むしかないだろう」
ということで、この日から概要の報告はするが、個人情報を見せることはなくなった。
「もう、ごまかすのは無理ですよ」
ヒーナ先生は頭を抱えながら、ありがたいお言葉をいただいた。
パパからは追加で「改ざんした個人情報もできるだけ誰にも見せるな」とのお達しもいただいた。
個人情報(偽)は以下のようにした。
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【セージスタ・ノルンバック】(偽)
種族:人族
性別:男
年齢:5
【基礎能力】
総合:16
体力:20
魔法:38
【魔法スキル】
魔法核:2 魔法回路:2
生活魔法:1 火魔法:2 水魔法:2 土魔法:2 風魔法:2 身体魔法:1 光魔法:2
【体技スキル】
剣技:1 短剣:1 水泳:1
【特殊スキル】
鑑定:1 看破:1
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何にしたって本物が、上級魔法学校の卒業生を超えてしまったんだから仕方がない。
あまりにもかけ離れるのもと思ってもやっぱり無理だった。
この程度で仕方ないかっていうものしかできなかった。
学校に通い始める子供が、魔法核や魔法回路の“0”が発現して、魔法の才能が在りと判断され、生活魔法と属性魔法が二つほど発現してれば特別だとされていることからすると、あまりにも隔絶し過ぎている。
あー、ヤッパリ頭が痛い。
魔法核と魔法回路が“6”になり、魔法やスキルも大幅にアップした。
増えたスキルは“隠形”だけか。
特にうれしいのは、時空魔法が“5”になったことだ、容量が増え、狩りに行くとき用に、チョットした小物やロープなども放り込んだ。
異世界冒険者の基本だ。
もちろん保存食も忘れない。
ちなみに後日帰宅したママに見せたら絶句された。
その後に、僕は個人情報は誰にも見せなくなった。
それと一三月一五日黄曜日はミリア姉の八才の誕生日でお祝いがあった。
ママがいない分、夕食は豪勢だった。
ミリア姉は新しい服をもらって上機嫌だった。
ブルン兄の誕生日は八月三日の黄曜日で、すでに一一才だ。
僕は五月二三日白曜日で、エルドリッジ市のフォアノルン伯父様を訪問する前に五才になっている。
◇ ◇ ◇
若手冒険者をおとりにして逃げた年配の冒険者五人組は、数日後に何食わぬ顔をしてオーラン市に戻ってきたときに、門の衛士に逮捕された。
最初から、何かあればおとりにする予定だったことも判明して、更に主犯格とその同僚の二人は再犯だった。かなりの罰金が発生し、払えなかったために奴隷となった。
主犯格とその同僚が五年、残りの三名が三年間の鉱山労働となった。
冒険者ギルド資格がはく奪されたのは言うまでもない。
光魔法と闇魔法にはそれぞれ、真偽を判定する魔法があって、その魔法による審判を受ける。
大抵のギルドでは光魔法の審議判定の魔法が付与された、“真実の水晶”があって審判が行われるが曖昧なところもある。
大ごとになるとオケアノス神社の光魔法持ちの神職が呼ばれるれ、“真実の水晶”と併用で審判される。今回も審判員が立ち会った。
年配の冒険者たちの言い訳が役に立つはずもなかった。
律儀にも、元気になった若手冒険者が、僕たちにお礼に来た。
深々と頭を下げ、賠償金や保証金が出たということで全額置いていきそうになったので、
「再起するにしても、田舎に帰るにしても元手は必要です。私たちの選別です」
リエッタさんが代表で丁寧にお断り、突き返した。
再度深々と頭を下げ、礼を言って帰っていった。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
やっとセージが本格的に強くなりましたが、どうやら巻き込まれ体質のような気がしてなりません。
これから本格的に活躍する予定ですが、まだ五才ですから……。
<ご連絡>
章のタイトルはあくまでも目安と思ってください。
色々なことが同時発生することは、ままあることですから。
今後ともよろしくお願いします。