36. レベルアップはままならない
一三月七日赤曜日。
さすがに毎日はきついので、雨もあってお休だった。
おかげで海というかミクちゃんとの稽古は中止したのだが、ヒーナ先生が「剣の稽古をします」と宣言して、厳しい稽古になった。
本当に手加減無しの激しい稽古だった。休憩だと思ったのに…。
稽古にはリエッタさんも参加したが、嫌がるエルガさんも「セージに迷惑はかけるな。それと死にたくはないだろう」のパパの説得、別名脅迫ともいうが、で強制参加となった。
それで分かったことだが、エルガさんは錬金魔法が“4”と一番高く、風と土魔法が“2”だ。
「攻撃の複合魔法は?」って聞いたが「できない」だった。で、急遽複合魔法の特訓も開始された。
自由自在に操れるようになるまでには時間が掛かりそうだ。
「せっかくの風魔法が」
風魔法が取得できずに冒険者をあきらめたヒーナ先生は、不満の呟きも漏らしていた。
◇ ◇ ◇
一三月八日青曜日、曇りでやや風が強い。
海岸でミクちゃんと一緒に剣の稽古だ。
昨日会えなかった、ミクちゃんがいつも以上に熱心だった。
カン、カン、カンと木剣がぶつかり合う。
僕は基本受けるだけだ。
ミクちゃんの攻撃は更に上達して鋭くなっている。
たまにあっと思う攻撃もあるほどだ。
それらを予測して身構ええ、対策を練るのが面白い。
まあ、僕からしたらお遊びだけど、ミクちゃんの上達に付き合っているのも楽しい。
海岸で走ったりするだけでも足腰が鍛えられるし、そして海を見るのが好きだし、気持ちがいい。
ヒーナ先生だけでなく、エルガさんとリエッタさんも一緒に付いてきて稽古まがいなことをしている。
午後には一昨日に引き続き、モモ草原に行く予定だ。
市場の散歩はやらずに、帰宅して昼食を摂って魔導車で出かける。
同行者は自宅で待っていたエルガさんとリエッタさんだけだ。
「けっして無茶はしないでくださいね」
ヒーナ先生は、ママとそっくりな心配言を口にする。
ミリア姉の教育があるからお留守番だ。
オケアノス神を信仰するパパはリエッタさんの母のお告げを信じ、僕に魔獣退治による経験値稼ぎを許してくれた。
もちろんお告げの通り、リエッタさんのサポートが大前提だ。
大縞ムカデ戦での教訓から、距離を取って直接攻撃ができるように短槍を持ってきた。家の倉庫に眠っていたものをパパに断ってだ。
ショートスピアといっても長さがまちまちで、僕の身長でも取り回しのしやすそうな一番短いショートスピアを選んだ。予備も含めて三本ほどだ。
量産品だから強化して鋭利の付与をしても効果があまり上がらなかった。
キチンナイフはさすがに魔物の体だけあって付与しやすかった。ただし元が切れなかったていう欠点はあったが、付与のしやすさは格段に違った。
試しに補助もやってみて硬化の具合も比較してみた。
エルガさんは、いかがわしい装置を僕に接続しようとすることを、いまだにあきらめていなかったようで、かつての機材を持ち込んでいたことも判明した。
一昨日の夜、疲労でグッスリと眠っていた僕に装置を取り付けようとして、ヒーナ先生に見つかって一騒動あった。
本人は改良型だと言い張っていたのだが、そもそも何の装置なのやら。
昨日は昨日でミリア姉の部屋に忍び込んで、パパにミッチリしぼられたそうだ。
僕とミリア姉が知らないところで発生した騒動は、知らないうちに終わっていた。いや、まだ続くのかな?
リエッタさんとは最初の出会いもあったが、ここ最近ミクちゃんとの朝練にも付き合ってもらっていて、会話してかなり苦手じゃなくなった気がする。
厳格だけど、優しくていい人。
普通に会話することも、それなりにできるようになった。
◇ ◇ ◇
ララ草原は、初心者の冒険者稼ぎ場所であり、登竜門的な場所だ。
昆虫魔獣と小型獣魔獣の宝庫で、あまり巨大な魔獣はいない。強力な魔法持ちの魔獣もいない。
ただ時たま、奥のボティス密林から迷い出た強力な魔獣が厄介だそうだ。
そんな場所だから、そこそこ強い魔獣にも時たま巡り合うそうだが、それはボティス密林付近に限る。
それと、気を付けるのは不意打ちと毒だ。
一昨日と少し場所を変えてララ草原に入る。
他の冒険者のいない場所へとだ。
魔導車を隠し、三人で草原を索敵しながら進む。
僕の装備の主武器はショートスピアで、腰にはキチンナイフだ。
身長一一三センチメルと五か月で少し伸びた。ちょっとうれしい。
銀蒼輝を下げたいけど、柄まで入れて全長八五センチメルの小太刀を下げて、ショートスピアを振るうにはチョット無理があった。
エルガさんとリエッタさんの装備は一昨日と一緒だ。
やはり飛び跳ねネズミと毒ヤスデ、それと飛び跳ねるバッタ(魔獣じゃない)が目障りだ。
「前方に三体の魔獣です」
エルガさんの情報で、僕も前方を注視する。
なんとなくだが、草を透かして三体の魔獣が動くのが見えた。
人のようだ。
「ゴブリンかな」
「ええ、その程度の脅威度ですね」
魔獣には通常の魔獣レベルと、戦闘態勢に入った時の脅威度の二つで判定される。
人間が魔法や武器で強化するのと一緒で、戦闘時に何らかの作用で戦闘力がアップする。
僕も看破に慣れてきたのか、曖昧だけど見えるようになってきた。
醜い容姿のゴブリンは、攻撃力も低い。ただ成長すると繁殖力だけがスーパークラスになる。
ゴブリンは、成長するとカラーゴブリン――体の色が変化して赤・青・黄・緑――になると、魔法が使えるようになる。
そして単体生殖で子供を産む。条件があるんだと思われているが、ある時、これでもかってほど生む。それが繰り返し発生してゴブリンが増殖する。ラノベのようにDNAを超えての繁殖は不可能だ。
ちなみに魔獣の多くが単体生殖じゃないかとの説も有力だ。魔素溜まりから生まれるという説もあってそっちも支持者が多いし、その他の説や複合説もある。
「エルガさん、三対三でいいですか?」
「ええ、やってみる」
エルガさんの確認にリエッタさんがうなずく。
隠形を持つリエッタさんを先頭に、周囲を気遣いながら前進。
ハンドサインで身を低くする。
指をさす方に三匹のゴブリンがいる。
強さは“8”~“9”といったところで、身長は一~一.二メル程度と僕と同じくらいだ。
風は横から、さやさやと吹いているから気づかれた様子はない。
思ったより人間に似てないがそれほど醜怪でもない。チョットホッとする。
リエッタさんが再度エルガさんに目で大丈夫かを問いかけ、エルガさんが緊張気味にうなずく。
リエッタさんがハンドサインで、対するゴブリンを決め、GO。
身体魔法で強化して、気合を込めて駆け出して、ズカッと突き刺すが、気づかれてしまっていた。
ギャーと悲鳴が上がるが、致命傷は避けられてしまった。
すかさずキチンナイフで首筋を切り裂くと、ぐったりした。
さすがに手ごたえが生々しい。
リエッタさんは手慣れていて、スタッフで一撃して昏倒させて、首筋にショートソードを突き立てた。
エルガさんは、ショートスピアの一撃を刺した後、ぐったりしたゴブリンにあたふたしている。
「ナイフです」
リエッタさんの声に、思い出したかのように、ナイフを抜いて止めを刺した。
リエッタさんと僕で魔獣石を取り出す間、エルガさんは青白い顔でボーッと放心状態だった。
多分初めて魔獣を倒したんじゃないかな。
まあ僕の場合は槍トビウオで、魔獣って感覚が薄かったし、そんな感慨に浸る前に第二波、第三波って襲撃されたから。
「エルガさん水を飲みましょう」
「えっ、あ、ありがとう」
水筒からリバイブウォーターを飲むと、人心地ついたみたいだ。
顔にも赤みがさす。
「次行きますが、いいですか」
そんなに急いで次行っちゃうの?
「考え込む前に、もう一匹倒します。ショック療法です」
僕の疑問に、耳元でコッソリとささやいてくれた。
ああ、なるほどとうなずき返す。
これからの事を考えるとエルガさんにも戦闘スキルをアップしておいてほしいもんね。
リエッタさんが、ハンドサインで座るように指示を出し、僕とエルガさんが草むらに隠れるようにしゃがみ込む。
「メガネウラが来ます。ここに隠れて下から突き上げてください」
「了解」
リエッタさんが、エルガさんを挟んでメガネウラと対角線上に移動して、反対方向を向いて顔を出す。
釣られたメガネウラがリエッタさんに向かって飛翔、高速移動する。
「今です」
「やーっ!」
緊張したエルガさんが付き上げたショートスピアは、少しそれてメガネウラの羽を突き刺し、切り飛ばす。
高速移動中のメガネウラは、羽が一枚無くなってクルリと回転しながら墜落する。
エルガさんは研究所に勤めるだけあって、錬金や付与魔法を持っているので、ショートスピアに切れ味アップなどの効果を自前で付与している。
「止めです」
リエッタさんの掛け声で、ショートスピアを構え直したエルガさんが、それを追いかけエイッと突き殺した。
もしもの時のために僕も身構えて追いかけたけど、うまくいった。エルガさん周囲見てないから。
エルガさんのこわばった表情も、少しだけ柔らかくなった。
「鎖スネークだよね」
「茶色い鎖柄、そうでしょうね。神経毒がありますし、動きもかなり早いですが、どうします」
「僕やってみるよ」
毒霧攻撃のある鎖スネークを、エルガさんにお願するわけにはいかない。
放っておいても危ないし。
「<ドリームランド><ハイウインド>」
ドリームランド、本当に便利。お世話になってます。
少し強めに魔法力を込めると、鎖スネークの動きが鈍くなる。
ショートスピアに魔法力を込めながら駆け出す。
<ステップ>
空中に階段を出現させる。高さを一定にしているから、ただの踏板だけど。
これで転ぶ心配もない。毒霧からも距離を取れる。
エイッ。
頭を狙ったけど、クネリと避けられ外してしまう。
スピアを引き戻してもう一度。
今度は体を突き刺した。
力を籠め、地面に縫い付ける。
毒霧が吹きだしてきたけど、それほど範囲は広くない。が、ステップに届いてきた。
<ハイウインド>
慌てて毒霧を吹き飛ばすが、丈夫な靴に足甲のガードは完璧なようだ。
「セージ君これを」
エルガさんからショートスピアを受け取って、それで頭を叩いてから、止めで突き刺した。
毒蛇の生命力は半端じゃない。
キチンナイフでもう一度頭を切ってから解体する。
鎖スネークの毒は量が少ないからそれほど高くない。魔獣核(魔獣石)も小さい。
「セージ君、感じますか?」
「はい、何かチリチリと変な感覚があります」
チョット感じたことがない感覚に、首をかしげていると、リエッタさんが訊ねてきた。
見ると、スタッフを攻撃体制で身構えている。
「これは、魔法攻撃ですね」
えっ、何処? と周囲を見回すが何も見つからない。…じゃない。エルガさんがトロンと、視線が定まってない。
「多分ですが、幻惑か視覚異常、感覚異常の闇魔法だと思います」
ああ、それで闇魔法持ちの僕たちは耐性があって効きにくいんだ。納得。
「体内の闇魔素を活性化して、出ていけとでも思いながら気合を入れるといいですよ」
ほう、そんなことが。
一回深呼吸して、体内に力を籠め体内魔素を活性化させる。闇魔素を特に意識する。
身体魔法を強化して、無属性魔法の対魔法シールドも発動させる。
意識がスッキリして、視界もクリアになる。
本当に魔法攻撃されてたんだ。
「あそこですね」
見ると猫? あ、ファントムキャット。幻惑猫だ。…と思ったらサッと身をひるがえして草むらの中に消えていった。
攻撃力はあまり高くないが、幻惑してからの攻撃で、大体の冒険者が一撃や二撃を食らってしまう。
大抵の初心者が何度もやられていて、ときには命を落とす。
気づいて反撃しようにも素早い動きで逃げてしまう。厄介な魔獣だ。
「エルガさーん」
何度も声がけすると正気に戻した。進軍再開。
「スライム。初めて見ました」
チョット感動。この気持ちは日本人じゃないとわからないだろう。
武器を溶解するから、基本武器は使わない。
使うのなら、補助魔法や身体魔法のピンポイントで、武器を魔法力で包む必要がある。
魔法や魔素に敏感で、動きも思ったより早いが、少し離れて警戒していれば問題ない。
「<クロッドバレット>」
複合魔法の練習にちょうどいい。あ、よけられた。失敗。
本当に思っていたより素早い。
「<クロッドバレット>」
土と風の複合魔法のレベル4。
イーリスの落下の時に見て、環境に左右されない万能攻撃魔法だと思って練習したんだ。
岩の雨を降らせて、かわいそうだけど叩き潰しておしまい。
スライムは崩壊した体も危険だ。
生きたまま捕獲して冒険者ギルドに持ち込めばかなり高価だけど、そんなの無理だし、すでにベチャベチャ状態だ。
価値のあるものは魔獣核(魔獣石)だけど、小さくて激安さから放置したいが、そこはマナーだ。水魔法やホーリークリーンできれいにして回収する。
その後にゴブリン二匹を狩って撤収することにした。
三人なので慎重に、そして無理をしないこと。
途中、ウサギと薬草、毒草に野草も採取したのはもちろんだ。
帰宅して武器の手入れは、命にかかわることだ、丁寧に行う。
手入れの方法は、昨日ヒーナ先生に教えてもらった。一昨日は疲れて眠っちゃったからね。
少ない稼ぎはキッチリ三等分した。
ミリアの魔法訓練は以前より真剣になった。
ヒーナも教えがいがあるそうだ。
◇ ◇ ◇
一三月一〇日緑曜日の午後のララ草原。
今日は冒険者が多い気がする。
誰もいない場所、少し遠くでララ草原に侵入した。
エルガさんも多少は魔獣狩りに慣れてきたようだし、練習の成果か体の動きもよくなっている。
三人で効率よく狩っていった。
マッドバニーに大毒蛾は倒したことがあって簡単だった。
特大のカブトムシのメタリックビートルは、質の良いキチン質の外殻で防御力が高い。
早めに眠らせたのはいいが、魔法をぶつけても、スピアで突いても、スタッフで殴っても、効き目は今一歩だった。
結果、キチン質をかなり傷つけてしまった。要は三人でタコ殴りをしてしまった。もったいなかった。
あとで知ったことだが、外殻の隙間に急所がいくつかあって、そこを突き刺せばよかった。
解体もそこから刃を入れるんだそうだ。
鷲の鳥魔獣のレッドホークは、高速飛翔で手こずった。
リエッタさんと攻撃魔法、土魔法を飛ばし、何度もぶつけ、逃げ出そうとしたときに、ドリームランドで眠らせて倒すことができた。
飛翔する鳥魔獣の強さを一.二倍~一.五倍に考えるってのが納得だ。
猛毒の神経毒を持つ蛇魔獣のパフアダーは毒霧の他に、毒の吹きかけ攻撃もしてきた。
チョットだけ足甲に毒が掛かっけど、特に問題はなかった。水魔法で洗浄してホーリークリーンで殺菌までしたから問題ない。
鎖スネークと同じ方法で倒したが、ショートスピアをアイテムボックスに二本用意していたのでエルガさんから借りる必要はなかった。
一応パパには有り金全部渡したんだけど、足りないよね。
確か武器屋で量産品、それも汎用品のショートスピアが一〇〇SH~一五〇SH程度だったはずだ。
使っているショートスピアは鑑定からすると、量産品でも良品の類で、二〇〇SH以上の物だ。
仕入れ値や原価は知らないけど、それにしても手持ち金よりもっと高いのは確かだ。
もちろんパパには、そんなものいらないから持ってけ、と言われたんだけど。
今日は一昨日よりかなり稼いだ。
それも含めショートスピア代として受け取ってと全部渡したら「気にするなと」と渋い表情ながらも、笑ってくれた。
そして五〇SH返してくれた。いや、お小遣いをもらったって思うことにした。
◇ ◇ ◇
一三月一二日黒曜日の午後のララ草原。
パパも含め四人で挑んだ。
女生だけのパーティーは何かと狙われやすい。そこに子供まで入っているからなおさらだ。
わざわざ冒険者ギルドに届けてからララ草原にで狩りをしているわけじゃないから、知られていない可能性もあるけど、予防も含めてということでパパの参加だ。
相変わらずのバッタの多さに辟易とする。
ピンポンと毒ヤスデも目障りだ。
しょっぱなで不運だったが、遭遇したのがスティンキーゾリラだ。
スカンク以上の悪臭の分泌物を放ってくる最悪臭魔獣だ。
みんなで一目散に逃げた。
狩ってもお金にならないし、いいこと無しの最悪魔獣だ。
首都マリオンの研究所では悪臭の分泌物を高額で買いとるらしいが、ギルドでも引き取りを拒否するのに、直接持ち込むまで保存なんて不可能だ。
アイテムボックスの中でも匂いが移りそうだし。
次の遭遇が腹黒狸だった。
チョットした幻覚魔法、影分身を使って攻撃を避ける。
魔獣特有の魔法だから特殊スキルなのかもしれない。
攻撃力は弱いが、すばしっこい。
茶色い体で腹だけ黒い。そしてなんだか笑ったような顔。
攻撃を外すとムカついてしまう。
「任せておけ」
パパが向きになって攻撃したが、逃げられた。
今日は場所が良くなかったのか、やけにバッタが多く邪魔だった。
その後も不運が続き、あまり狩りとならなかった。
消化不良、悶々とした気分で帰路についた。
ララ草原の魔獣はそれほど強くない。
スキルやレベルが、少しは上がるが、期待していたほどじゃなかった。
喜んだのが、幻惑と神経毒と筋肉毒の耐性が“1”となったことだ。