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次元災害で異世界へ  作者: 真草康
押しかけ家庭教師編
33/181

32. 押しかけ家庭教師


 バルハライドでは大きな月のルーナの動きによる太陰暦のカレンダーが用いれられている。

 一年一六か月、一か月がニ四日だ。

 もちろんルーナがバルハライドの公転と完全一致していることはなく、四か月に一度程度小の月となって一か月が二三日となる。

 一〇年か一一年に一度閏月があって一年が一五か月となって公転周期と月周期の調整が行われる。

 一か月減るって、せわしない年になりそうだけど、八年後だそうだ。


 一二月二四日の休日である黒曜日。

 オケアノス神社の凪の日とされ、海の安息の日で休漁の日とされている。

 神社で小規模ながらも雅楽が奏でられ、舞が舞われ、祝詞が述べられる。

 そして祈願の日とも呼ばれていて、多くの五才や六才の子供がオケアノス神社に詣で神に祈る。そして個人情報を開いて一喜一憂する。

 家によっては、神主に頼んでお祓いをしてしてもらうところもあるそうだが、祈願のほとんどが漁の祈願だって。


 セージは、ミクちゃんに誘われてオケアノス神社への手をつないでのお参りデートも無難にこなした。

 セージはミクちゃんのママも一緒だったのでデートと思ってないが。


 亜熱帯の自由共和国マリオンは秋になってもかなり暖かい。

 オーラン市は海沿いということもあって、湿度もあって蒸し暑い。


 その日の夕飯で、オルジ兄が上級魔法学校の試験を受ける資格が何とか得られたことが家族に発表された。


 オルジ兄も何とか魔法核と火魔法がレベル2で、魔法量も本当の最低の“26”となった。

【基礎能力】の総合も“13”から“15”に上がったと自慢していた。

 魔法核と魔法回路がレベル2となると、総合(強さ)が上がるって本で読んだことがあるけど、本当みたいだ。

 オルジ兄は試験資格の最低値を何とかクリアしたといったところなので、これからも継続して魔法量のアップを行っていく。

 三日前までは必死だったオルジ兄も、何とか一安心といったところだ。

 試験日までに魔法量が“27”になるのは相当難しそうだ。本来であれば“27”が最低レベルなんだそうだけど。


 ママとホーホリー夫妻(マルナ先生と冒険者の夫)に付き添われて、マリオン市に向けて魔導車で出発するのが一三月六日の黒曜日だ。

 到着予定が一六日の緑曜日となる。

 試験は一三月一八日の黒曜日が筆記試験で、翌一九日の赤曜日が実技試験だ。

 結果発表は筆記試験の一〇日後、一四月四日の緑曜日だ。


 アーノルド大陸の周囲は凸凹してる。

 オーランの南方には、アーノルド大陸を大きくUの字に入り込んだマリオン湾があって、そのマリオン湾をグルリと取り囲んだ六つの小国家で出来上がったのが自由共和国マリオンだ。

 首都のマリオン市はオーラン市とマリオン湾を隔てて反対側にある。

 そのため陸上で行こうとすると大きく迂回して距離も在る。

 ママがオルジ兄に同行して、途中オーラン・ノルンバック船運社の支社や商店の視察も行うので、このような日程になる。

 マリオン市にとうちゃくしても、マリオン支社で打ち合わせ、お得意様との会合もあって忙しそうだ。

 合格すれば入学と入寮の手続きなどがあるから帰宅は一四月の下旬ごろの予定だ。


 マリオン市の国立上級魔法学校の三年生で、長兄であるブルンハイム(ブルン)兄には、空魔電通話機(ディスタンスフォン)による電報で連絡済みだし、国立上級魔法学校には受験の連絡も一緒に行っている。

 マリオン市の宿泊と途中の宿を含み、予約も済ませてある。


 魔導車の一日の移動距離は五~六〇キロメル程度だし、道なりに平地を進む。

 日本の旅行にしてはずいぶん遅く、ゆっくりした旅だ。


 マルナ先生がいない間は、ヒーナ先生がミリア姉とセージの先生を務める。

 引継ぎもあるから、今日からミリアの先生はヒーナとなって、僕と二人の面倒を見ることになる。


  ◇ ◇ ◇


 魔導車の通常速度は時速一〇キロメル程度で一日最大五時間の走行が可能で五〇キロメルほど走れる。

 時速一五キロメルだと約二時間半ほどとなり、距離では四〇キロメル弱とチョット落ちる。

 魔充電装置(ボルテックスチャージ)を増設した長距離用の魔導車だと、その走行距離が概ね一〇キロメル程度伸びる。

 長旅だと突発的なことも考慮して一日の移動距離は四〇キロメル程度が普通だ。

 時速五キロメル程度の徒歩や馬車よりもずっと早いし、距離も稼げる。


 ちなみに徒歩の旅行が主だった江戸時代では、一日の移動距離は五里(二〇キロメートル)。足の遅い女性や子供だと四里や三里となる。対して旅慣れた足の速い人だと六里だったりした。

 馬車も馬が交代できないならば、荷物にもよるが疲労から人間と大差ない距離しか移動できない。

 翌日も歩くから、疲労回復を考えると毎日歩ける時間が四時間前後と、そんなもんだ。

 丈夫で足並みも早い騎乗用にトリケランを飼う貴族や会社も多いが、オーラン・ノルンバック船運社は船と魔導車のみで、長距離を旅する馬車も無い。

 まあ、魔導車とトリケランは、瞬発力を抜かせばだが、速度の違いはない。

 走らせれば乗っている人も疲れるから、結果距離はあまり伸びない。


 都市間交通のかなめの駅馬車は四頭立ての馬車で、時速二〇キロメル程度とかなり早い。

 ただし、馬車をかなり速い速度で走らせるため、五~六キロメルごとに駅を設け、馬を交換するので、その時間を換算すると実際の平均速度は一二キロメル程度に落ちる。

 しかも、馬が引く重量に制限があって、ギュウギュウ詰めで乗り心地は最悪だし、荷物もあまり重いものは運べない。

 その話を聞いて思い出したのが競馬だ。馬って本当の全速力だと鞭の入った最後の十数秒程度しか走れない。しかもレースに出場したらその日は走らせないし、しばらく全力では走らせない。

 駅馬車だとそんなこともいってられないから、若干セーブして走らせ、翌日にはまた走らせることになるから、馬の交換と速度は平均一二キロが良いところだ。


 ここ最近、自由共和国マリオンでは都市間交通に変化が出てきて大型魔導車に切り替わってきていて、速度は一〇キロメル程度と若干遅いが、座席に余裕があって評判もいい。積める荷物も馬車より多い。

 都市間に馬の交換用の駅を設ける必要も無いし、交通管理をするギルドの評判も上々だそうだが、初期投資が馬車よりかかるので一遍に代わることはなく、利用客が多い路線から徐々に切り替わっている。

 裕福な商人などは自前の魔導車や、居住地がマリオン湾に面していれば船旅も好まれている。

 道路整備も盛んにおこなわれていて、それが整えば魔導車ももう少し速度が出せそうだった。


 ちなみに馬は草原の動物なので、坂道は苦手だ。

 特殊な馬は別だが、なだらかな坂ならともかくも、チョットした坂道で登らない、というか登れない。

 馬車を引くなんてもってのほかだ。そのため平地を進むため距離も長くなる。魔獣の出現地帯も大きく迂回する。道もそのように作られている。

 魔導車はそういった点では馬よりも優れているが、それでも急な坂は上れない。ただし坂を上がれば負荷が上がって走行できる距離が一気に落ちてしまう。

 それと、直ぐに道が直線的になるわけでもない。


 自由共和国マリオンでの交通事情はこのようなもので、それはバルハライド全てにおいて似通ったものだ。


  ◇ ◇ ◇


 一三月一日の火曜日、午前の海水浴場。


 さすがに水泳訓練には寒すぎる。

 防魔ネットは取り外され、磯釣りしている人や散歩を楽しむ人を見かける。

 一一月の中旬過ぎから剣の稽古を行っている。砂地だと足腰の鍛錬にもいいし。そして、水泳訓練中から海岸で一緒にお散歩をしたり、お話をしたりもするようになった。

 僕の腰には訓練用に木刀、五才にしてはチョット重めで大きめ、がぶら下がっている。小太刀の銀蒼輝を意識してだ。

 水泳訓練は終わりでもう会えないねって言ったところ、ミクちゃんが泣き出してしまって、剣の稽古を行うことになったのが事のいきさつだ。

 ミクちゃんと一緒に実戦形式の試合もたまにはするんだけど、総合力の所為だろうと思うけど、身体強化無しで圧倒的に僕が強い。

 だから、受けを優先にして、ミクちゃんの攻撃を予想しながら遊び半分だ。

 かなり物足りなかったけど、この頃ミクちゃんの攻撃が鋭くなってきたからか、チョット面白い。

 それに海岸で海を見るのは好きだし、気持ちがい。

 週に一回、休日の黒曜日には体を休めるためもあって、主にミクちゃんにだが、訓練を行っていない。

 ヒーナ先生とレイベさんとの打ち合わせで決めたことだ。

 黒曜日には、ホッとする反面、何か物足りなさも感じている。


 最近じゃ一緒に市場を見てから帰宅するのが定番となっている。

 ただというか、チョット恥ずかしいのがミクちゃんが手をつないでくるんだ。もう慣れたけど。


 今日も海岸でミクちゃんとの剣の訓練を行ってから、波打ち際で遊んでいると、

「魔法在ったよ」

「おめでとう。よかったね」

 恥ずかしがり屋のミクが嬉しそうに教えてくれた。

 ミクの笑顔がすごく魅力的で、ドキリとしたのは内緒だ。

 だって、相手は五才だぞ。


「セージくーん」

 突然、高音でよく通る声。そしてそれはどこか聞いたことのある声だった。


 防潮堤の方を見ると長身にダブダブのツナギ。朱色のぼさぼさの髪は後ろで適当に束ねられている。それと真っ赤なメガネ。

 平日なため人が少ない海岸で、その異色さに目立っていた。

 その人が手を振りながら砂浜を駆けてくる。……どこの青春映画か? いやこんなヒロインはいない。


「エルガさーん」

 手を振るエルガさんに、思わず駆け寄って、バフン、と抱き着いてしまった。

 ムギュッ、ボヨーーンと久しぶりの感触。エルガさんは身長があるから顔が至福だ。うーん、堪能。

 相変わらずのダブダブのツナギでペタンこの革靴だ。

 この格好じゃわからないけど、女性的でボリューミーなナイスバディだ。

 ただ違うのは、ダブダブなツナギがパステル調で、お出かけモードなのか? と、理解不能なことだ。

「セージ君!」

 ヒーナ先生に無理やり引きはがされて、今度はヒーナ先生に抱きかかえられる。

 おお、こっちも久しぶり。ボヨーン。

 エルガさんにチョッと劣るが、こちらもナイスバディには違いない。


 ちなみに、ヒーナ先生も最近、僕やオルジ兄のことを“君”付けで呼び、ミリア姉はミリアさんと呼ぶようになった。


「エルガ様、どうされたのですか」

「長期休暇で、遊びに来たんだよ。

 家に行ってみたら海水浴、じゃなかった、剣の訓練だからって、見学がてら迎えに来たんだよ」

「はあ、そうですか」

 ヒーナ先生が困惑気味だ。


 知らなかったけど、二歩ほど離れた場所でレイベさんに隠れながら、不思議そうに、そして不満そうに僕を見ているミクがいた。

 ミクの護衛で教育係のレイベさんの視線も冷たい。

 あれ、何か僕変なことをした?


「ミクさん、いちおう、一応ですが、ご紹介しておきます。

 こちらは、セージ君の従姉妹で、外航貿易国家ヴェネチアン、ノーフォーク湾にあるエルドリッジ市の領主であるフォアノルン伯爵家の長女、エルガリータ様です」

 紹介はキッチリとするヒーナだが、紹介した直後に、はあ、とため息を漏らす。


「は、初めまして、ミクリーナ・ウインダムスでしゅ…」

 引っ込み思案で恥ずかしがり屋のミクちゃんは、レイベさんに半分隠れたまま、緊張で噛んでしまう。

「僕の友達のミクちゃんです。いつも一緒に水泳訓練をしてるんだよ」

「ミクちゃんよろしくね。エルガお姉さんよ。

 ミクちゃんは可愛らしいし、セージ君の彼女なの?」

「い、い、いいえ、そ、そんなことは……」

 エルガの問いかけに、一瞬で真っ赤になったミクがレイベさんの後ろで、あたふたしている。


「セージ君もやるねー」

「ぼ、ぼくは……って…え…」

 五才で彼女って、何処のリア充ですか。混乱に言葉がでない。まったくもう。怒りますよ。

「エルガ様、空気を読んでください」

「エルガリータ様、お初にお目にかかります…」

「ああ、そんなにかしこまらないで、エルガでいいから」

「はい、エルガ様。私はミクリーナ様の教育係をしているレイビュートル・トーチュートと申します。レイベとお呼びください。

 ミク様がこのようなことで……」

「レイベさんね。気にしてないし、もういいから」

 慇懃(いんぎん)にかしこまるレイベさんに、エルガさんがめんどくさそうに言葉を重ねて答える。

「はい、失礼しました」

 レイベさんもお困りモードのようだ。


 基本護衛が名乗ることは紹介されない限り失礼となるが、子供の教育係は時として名乗ることはフォローもあって失礼には当たらない。

 相手が伯爵家の長女となれば気遣うのは当然のことだが、ミクちゃんの失礼な行為も、その謝罪も、気にも留めないエルガさんにとっては、どうでもいいことだった。


 不可解なことにレイベさんから「お疲れ様、ご心痛は何となくわかります」と、ヒーナ先生が慰められていた。

 何故だ? 何があった?

「自由奔放、天然ですが、魔法研究所に勤める天才です」

 ヒーナがコッソリとレイベさんの耳元で“天才”に力を込めてささやく。

 レイベさんが妙に納得したように「情報ありがとうございます」とうなずく。

 ヒーナが、はあ、とまたも嘆息して肩を落とすと、パンパンとレイベさんに肩を叩かれていた。


「ずいぶん会ってなかったから、セージ君はもうレベル4の魔法ぐらい使えるようになっちゃったかな」

 エルガさんが耳元にささやいてきた。

「そ、そんな…」

 絶句するセージ。冷や汗も流れる。泳ぐ目で周囲を見てしまう。

 人前ではレベル2までの魔法しか使ったことはないはずだ。


 エルガが続けて耳元でささやいた。

「時空魔法を目指す人は、レベル4のアイテムボックス、次にレベル7のテレポートを目指すんだよ」

「そ、そうなんですか…」

 慌ててしまうが、考えてはたと気づいた。最初にもらった本の一冊が“時空魔法応用(改訂Ⅱ)”だ。それから推測したってことか。まあ、普通そう思うか。

 ヒーナにも疑われたし。

「…でも、ぼ、僕、時空魔法は取得していませんが」

「えー、ポンとアイテムボックスから物を…(モガモガ)…」

 声が普通になったエルガさん。

 僕は、あわわわわ……と、意味不明な声を漏らしながら、慌ててエルガさんの口を押えてしまった。

 セージは気づいていないが、バラしたも同然である。


「レイベさん、どうかしましたか」

 ヒーナの声に、見るとレイベさんが微妙な表情をしていた。

「えー、なんでも…」

「何でもじゃ、ないですよね。セージ君のことですか?」

「え、ええ……」

「何かあれば教えていただけますか?」

「あのー、セージ君、言っても構いませんか?」

「えー、しゃべってほしくないような気がするけど、聞かなきゃわからないし」

「いいから、教えて、教えて」

「それでは。

 セージ君は、時空魔法が使えますよね」

「え、なんで!」

 レイベさんの言葉に、声を荒げてしまい、思わず自分の口を押えてしまい、目顔泳ぐ。


「イクチオドンに飛び掛かった時に、時空魔法のポイントを使われていましたよね。

 身体魔法だけであれだけの高さに飛び上がれません。それと空中の魔素が固まっていましたから」

 ああ、バレてた。

 あ、でも、レベル2の空間に足場作成する“ポイント”じゃなくって、レベル1の“ミニポイント”。時間は短いし、足場も小さいんだから。


「はあ、光魔法に闇魔法、身体魔法に付与魔法、時空魔法とレア魔法のオンパレードですか。残りは錬金魔法と補助魔法だけじゃありませんか、それとももう覚えていますか?。 コンプリートですか?」

 はあ、と今日何度目かのため息を漏らし、ヒーナ先生が肩を落とす。

 そして、はたと慌てて、

「あ、このことは聞かなかったことに、どうぞご内密に」

 レイベさんを拝む込む。

 ヒーナ先生はレイベさんの知らないはずの光魔法・闇魔法・付与魔法(これは微妙)までバラしていることに気づいていない。


 ちょっと前に、海岸で一度ごろつきのような連中に絡まれたことがあって、闇魔法の“ドリームランド”で眠らせたことがあったから、闇魔法はバレているような気もする。

 五か月以上一緒に練習してたりしてたんだから、他にもバレるようなへまをしたかもしれない。


「ええ、ある程度は伺っていますからわかっています」

「それじゃあ、ヤッパリポンと」

「できません!」

 ごめんなさい。できるようになりました。

「『秘匿』を使われていたのですね」

 各人がそれぞれの思いを口にするので、会話が混沌としてしまった。

 黙っているミクちゃんだけは、セージに憧憬のまなざしを向けている。

 ちなみに“秘匿”とは、個人情報の総合が“10”になると可能になるスキルで、個人情報を開示するときに指定のスキルを見えなくする。

 でも、それも違います。偽装パネルです。ごめんなさい。


 アイテムボックスは魔法核と魔法回路が“4”になってからと決めていたが、訓練だけじゃなかなかレベルが上がらなかった。

 上がったのはつい最近で、総合が“15”、体力が“19”となった時だった。

 五才だからか総合や体力が上がらないのは仕方がない。魔法だけは“68”と上がったが、そっちも最近はなかなか上がらない。

 時空魔法のレベル4だが、アイテムボックスのレベルⅠの標準機能はアイテム数最大一〇〇個、合計四〇キロまで、一個のサイズ制限が二メル四方であるし、合計でも二メル四方を超えられない。

 頑張って魔法力を大目に込めて多少だが拡張することができたけど、どれかの制限を超えてアイテムボックスに保存できない。


 アイテムボックスの中には、イクチオドンの魔獣石、お金、魔法の本数冊、小太刀の銀蒼輝、キチンナイフ、水筒の残りの二本、紙と鉛筆などが入っている。

 保管物はフォルダー、ファイル形式で管理されるから楽だ。

 生物も保管できるが、中で暴れられたりするとアイテムボックスが崩壊するから基本は入れない方が望ましい。それと空気の問題もあるし。

 ラノベのように生物が…、といったら、微生物、ウイルス、細菌など死体の中も生物だらけだ。刈り取った薬草なども生きているといえば生きている。アイテムボックスには、そのような判断はない。


 キチンナイフの付与もイメージ付与だが、頑張って強化して、なんとかヒーナ先生のキチンナイフと同程度になったと思う。元があまり強いナイフじゃないから、これ以上の付与は難しい。


 情報操作も“2”になり、偽装パネルも二〇枚になって、なんとなくパネルの硬化も強力になったような気がする。

 魔法発動時に魔法陣だけを呼び出せるようにもなったけど、その魔法陣や魔法自体を自動的(パッシブ)で見えにくくする効果が発生した。あくまでも見えにくくだが。

 キチンナイフの付与にも、情報操作の見えにくい効果をある程度だが施している。


 付与魔法陣には無属性の魔法陣があって、特殊スキルを強烈にイメージすることによって付与が可能と本に記述があったが、試行錯誤の末、情報操作が“2”になって初めてイメージ付与ができて感動してしまった。ほんの一か月ほど前のことだけど。

 ちなみに特殊スキルなどの付与はスキル付与用の魔法陣が必要で、レベル3以上じゃないと使用できない。


 ちなみにヒーナ先生とレイベさんがチラチラとエルガさんの護衛、小柄な男性を気にしていたのはなんでだろう。

 看破で見ると護衛にはバレちゃう恐れがあるんだけど、でも…。

 え、え、えー! 女性だった。しかも……。

 あわてない、慌てない。バレないように。

 深呼吸、ヒッヒ、フー。ヒッヒ、フー。…チョット落ち着いた。


 ヒーナ先生、そんな変な目で見ないでよ。

 エルガさんも笑ってるし。


  ◇ ◇ ◇


「ただいまー」

 今日はさすがに、市場での散歩、あくまでもデートではない。をやめて自宅に帰ってきた。

 残念そうなミクちゃんには申し訳なかった。僕も楽しみだったんだけど。緊急事態だ。


 パパは外出で帰宅は夕方だそうだ。

 ママに、ヒーナ先生とマルナ先生とで、エルガさんとその護衛との話し合いになったのだが、どういう訳か僕も呼ばれた。


「エルガさん、まずはご説明をしてくださるかしら」

「そんなにかしこまらなくても、えー、リエッタさんのことは覚えてますよね」

 忘れようとしても忘れられるはずはない。テロリストの主犯で、ママやヒーナ先生にエレメントデフレクター、魔法や魔素排除のチョーカーをハメた張本人だ。

 エルガさんだってハメられて怒ってたじゃない。

 サングラスを外した顔は、キリッと引き締まった堀の深い顔、凛々しいが、どことなく柔らかくなっているような気もしなくはない。

 長い黒髪はバッサリと切って、茶色に染めている。

 服装も帯剣も冒険者風で、首には茶のスカーフを巻いている。

 男性に見間違えても仕方がない。


「あのあと、主犯だが従順だということもあって、実刑で一〇年の奴隷落ちとなちゃって、現在は教会で隷属の首輪(サーバントリング)をハメられちゃって、ボクの実験台じゃなかった、実験のお手伝い。そしてボクの護衛をやってます」

 リエッタがスカーフを取ると、魔法文字が刻まれた黒くて細い首輪がついていた。

「名前もリエットランガ・シストリームから、現在はリエッタ・マーガレットとなっています。

 エルガさんの装置の影響でサーバントリングの見た目も少々ごまかしてますし、髪の色もこの通りです」

 リエッタさんは、セージの伯父様の領であるエルドリッジ市で、ギランダー帝国の支援を受け、元皇子の命によってテロを行った主犯だ。

 捕まってからは全ての捕虜(囚人)は別々に扱われたので、リエッタさんは他の囚人については知らなかったが、エルガさんの情報では他の囚人はほとんどが鉱山行きだそうだ。

 リエッタさんの部下でメイドとしてフォアノルン家にもぐりこんだロンダさんについては知らないそうだ。


 サーバントリングは外せないものの、エルガさんが作成したリボン型の見た目をごまかす装置をサーバントリングに装着して、サーバントリングをアクセサリーのように見せ、髪の色も変化させている。

 リエッタさんはその上に茶のスカーフを巻いている。


「最初は黒魔法の研究にって譲り受けたんだけどね。

 何かと便利だし、付き合ってるうちに護衛も兼ねてもらうようになっちゃたんだ」

 エルガさんがあっけらかんとまずは奴隷の説明を始めた。


 奴隷の規約は説明によると以下のようになる。

・サーバントリングは神の加護付きで取り外しは不可能。避妊効果あり。

・殺人禁止。

・正当防衛(主人と自分、および主人の命令による防衛)以外の対人攻撃禁止。

・主人たちの命令の服従(殺人など犯罪に対しては抑制が働く)。

・主人の生命を優先にそれ以外は自分の生命の保持・擁護。

・不測の事態等によって主人とはぐれた場合は、主人のもとに帰還する。


「ということで、悪さはできないし、教会のお墨付きだよ」と説明された。

 納得はしていないが、理解はしたといったところだ。

 魂魄管理者(女神様)によるアイテムなのだろうかと思わないでもない。

 装着させる時に神への儀式が必要だが、個人情報に【神罰】や【重犯罪】の項目を付加するよりも簡単なんだそうだ。

 ちなみに【神罰】や【重犯罪】は知らないうちに付加していることもあって、そして個人情報で『隠匿』などで隠すことが不可能だ。


 メインの主人は伯父様で、第二主人はアルー伯母様、エルガさんは第三主人だそうだ。

 さすがに伯父様、エルガさんに野放しで奴隷権限を持たせていない。

 一〇年後に奴隷解除の審判があるそうだ。


 リエッタさんに聞くと母親の旧姓がダラケートでも傍系で、昔はホンタース様の乳母として働いたこともあったが、リエッタさんが闇魔法の保持者だと知ると、母を人質のようにされ、ホンタース様とギランダー帝国に強要されてのテロだったそうだ。


 訓練も過酷で、身体魔法を取得し、錬金魔法と付与魔法も発現した。

 その時点でリエッタさんが主犯というか、テロのリーダーになった。


 エルドリッジ市のテロの準備にフォアノルン家の家庭教師として潜り込み、城を調べ、幻惑球(ファントムボム)を作成した。

 付与魔法のレベルはそれほど高くなかったが付与魔法と相性が良いようで、いくつもの魔法を重ね掛けできた。それにはギランダー帝国のファントムボムの素材となる“手投げ球”も付与に適したものだったことも大きな要因だった

 ファントムボムには“ドリームランド”と“ハイウインド”に、イメージ付与で“混乱”を付与した。

 ファントムボムの本体はギランダー帝国が製造したもので内部に毒が仕込まれていた。

 それに付与魔法を掛けたそうだ。

 家庭教師中も暇に飽かせて準備をした。母の無事の連絡と引き換えに。

 なんかこの人も被害者じゃないかって思えてきた。

 でもキッチリしていて厳格で、やっぱり、チョットだけ、そう、チョットだけ苦手だ。


 テロは失敗に終わった。

 そして強要されたこともあって、死刑ではなく一〇年間の奴隷となった。

 魔法の知識が豊富なこともああって、エルガさんが実験の協力を条件に面倒をみてもよいとなった。


「それでちょうどいいからと思って、リエッタさんを伴ってここに来たんだ。

 長期休暇ってことも伝えたよね」

 どうも意味不明だ。

 お母さまだけでなく、ヒーナ先生も困惑している。

 マルナ先生に至っては、テロの主犯と聞いてから、にらんだままだ。


「何がちょうどいいのかしら?」

「セージ君が困ってるかと思って、ねっ、そうでしょう?」

「え、なんで?」

 ヤッパリ意味不明だ。

 魔石装置(ファミリーマシン)魔電装置(マジカルボルテックス)などの情報でも持ってきてくれたのかな?

「リエッタさんていえば、セージ君が勝手にコピーした闇魔法のプロフェッショナル」

 そこはプロフェッショナルじゃなくって、実力者(オーソリティ)じゃないかと思うけど、突っ込まないのは僕の優しさだ。

「それで僕のところに?」

 意味不明だ。

「そうそう。闇魔法の家庭教師、魔法陣付き。うれしいでしょう」

「はい!」

 闇魔法の魔法陣は、秘匿されているのか本にほとんど載ってないんだもの。

 両手をテーブルに付き、立ち上げって声を張り上げてしまった。


「いやー、闇魔法って便利だよね」

「そうなんですか」

 ワクワクドキドキ。満面の笑顔のセージ。

 その隣でママ、ヒーナにマルナ先生が頭を抱え、何とも言えない表情になってた。


 リエッタさんがギランダー帝国やホンタース様関連、テロリストだったことは、政変で妻と子供を亡くしたリンドバーグ叔父さんには内緒だ。

 そういうことでオルジ兄とミリア姉にも内緒となった。

 政治犯罪に巻き込まれ、脅され、犯罪を犯して罪に問われて奴隷となったところを、エルガさんが救って面倒を見ることになった、ということになった。

 要はギランダー帝国やホンタース様関連を隠し、似たような内容で説明するのが間違えずに、無難だということだ。

 保護観察中のリエッタさんはエルガさんが保護者で、その代わりに護衛を受け持っているということになった。

 サーバントリングもあえて説明もしない。バレないうちは黙っていることになった。


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