27. 水泳訓練
この世界、バルハライドの暦は太陰暦が大きな月のニ四日周期が基本となている。
一月を四分割した六日が一週間。
魔法属性の火水土風光闇を色に見立てて一週間を表現する。
火が赤曜日、水が青曜日、土が黄曜日、風が緑曜日、光が白曜日、闇が黒曜日で一週間だ。
黒曜日が魔物の活動の日だそうで、休日となる。地球でいう日曜日だ。
帰宅したのが黒曜日なので、翌日は赤曜日で学校がある。
しばらくはミリア姉から離れて安全かと思ったら、パパが「泳ぎに行くぞ」と言い出して、ガハハハ…、と笑い。僕はつかまった。
オケアノス海周辺諸国では当然海に依存する生活となる。
もちろん自由共和国マリオンでも名産品陶芸の街や都市が山岳方面にあったり、鉱山に従事する人も多く、海を見たことがない人もいる。
でも、我がノルンバック家や、そのもととなったフォアノルン家の家訓、
「泳げないものは海に出るな、船にも乗るな」
がある。
フォアノルン家に挨拶に行った僕は、当然練習したがまだ泳げていない。一応泳げるというか、パシャパシャと進む程度だ。
家族全員が水泳スキルを持っているはずだ。ママの個人情報にもあったし。
僕だけまだだで、それ以上に、パパから及第点をもらっていない。
パパが海岸に用があるというので、海水浴だ。
魔導車に乗って、海水浴場へ。
僕の随伴者はヒーナ先生で、パパの警護にはマルナ先生の夫の冒険者とメイドが付く。
基本六人乗りの魔導車は、前がパパと運転手でもある冒険者、後ろにヒーナ先生とメイドで、僕はヒーナ先生の膝の上だ。
六人乗りといってもチョット小さめで六人だとチョットキツイからだ。ボヨーン。
オーラン湾はノーフォーク湾と比べるには、おこがましいほど小さな湾だが、一部は港に適している。
魔物除けのお守りブイを、オーラン湾の入り口に均等に浮かべて、湾全体を防御している。
湾内にも、小型のセイントアミュレットブイが所々に浮いている。
港には頑丈な堤防も築かれているから、かなりの船が停泊している。
台形型に凹んだ湾の奥まった場所に砂浜があって、魔物除けのお守り効果付きの防魔ネットで囲って、海魔獣が入れない――完全には無理だが――ように防御している。そこが海水浴場だ。
防潮堤の上から眺めると右手が港で湾の一番奥が砂浜になっていて、かなり広い。
幅と奥行きもある。
海水浴場は無料(一般)と、有料の二つに分かれていて、僕たちが来たのは有料の方だ。
商業ギルドが中心になって、警備も付く。
海中に監視台も設置されているし、海面にポコポコと顔を出すいくつかの岩も見える。
海の家のようなものまであってにぎやかだし、一般水浴場の方には何やら建設中だ。
豪華な海の家の一室を終日借りて、着替えて、海岸へGOだ。
張り切るパパに、ヒーナ先生とメイドは警護も兼ねているので、笑顔だが周囲に厳しい視線を向けている。
日本の海水浴と決定的に違っているのは、ヒーナ先生とメイドの腰にはナイフがぶら下がっていることだ。
昆虫型魔獣のキチン質の外殻から削り出したナイフなので、海水に浸けても錆びることがないし非常に軽い。ただし刃渡り三〇センチメルほどと、あまり長いものは無い。
錬金魔法や付与魔法を掛けて強度と切れ味を上てはいるキチンナイフだが、強度も切れ味も金属製のものと比較すると幾分落ちる。
本格的な戦闘が想定されるならば小太刀の銀蒼輝のような錆びにくいミスリル硬鋼が好まれるが、このような訓練では軽くて扱いやすいキチンナイフやキチン剣は重宝される。
僕にとってもキチンナイフは軽く、簡単に振り回せるので欲しいんだけど。
ちなみに恒久的に機能を与えるのが付与で、補助はその場限りだ。
恒久的な付与といっても魔素や魔法力は減衰していく。下手な付与は数週間で効果が消える。また上手い人がやっても持って十数年程度だ。それを使用者が魔法力を与え、メンテナンスすることによって効果が長持ちさせる。
僕ができる付与と補助はレベル1の魔法で、イメージにによる付与と補助となる。そのため強力な付与や補助は不可能だ。
僕の水泳訓練に付き合うヒーナ先生の水着は、露出部分が日本よりだいぶ少ないのはナイフなどを装備して戦闘も考慮したためだ。ホントに残念だ。
でも、ヒーナ先生の胸の白い魔宝石が跳ねる。ボヨーンは偉大だ。うーん、揺れる。
戦闘を考慮することは魔獣だけではなく、治安のいい自由共和国マリオンでも街中で誘拐や強盗がないわけではない。それは、ここオーラン市でも一緒だ。
オケアノス祭が近づく現在、治安が悪くなる恐れもあって、その対策の意味合いが大きい。
体操して海に入る。
それなりに人がいる。
獣人や、植物遺伝子を持つ緑人がちらほらいる。遠くに角人も見える。
やっぱ、異世界だ。
湾内なので波も穏やかだし、遠浅だ。
ヒーナ先生の指導の下に水泳の練習が開始される。
パパは「オケアノス祭の準備があるから回ってくる」と護衛と早々にどこかに行った。
「もう少し頑張って距離を伸ばしましょう」
「息継ぎを気を付けて」
「はい、もうひと往復行ってみましょう」
結構スパルタだ。
ストレスの発散や意趣返しじゃないよね。
泳ぎの基本は立ち泳ぎや、平泳ぎだ。それと潜水となる。
何故かといえば周囲を見ながら泳がなければ、武器を持って泳がなければ、海魔獣と戦えないからだ。
クロールもあるが、常時顔を海面から上げて周囲を見ながらとなる泳ぎが基本だ。
伯父様からもらった本の“身体魔法体得法”と“魔法辞典”によると、体を鍛えるときには、身体魔法を少々使って魔素の体内運用に慣れた方がいいって書かれていた。
銀蒼輝で練習を開始したっていったって、そんな急にできるもんじゃない。
身体魔法のアクティブセルという細胞活性の魔法を使ってみたけど、やっぱ、身体魔法は難しいみたいだ。
もちろん聖水を入れ魔法力を流して作ったリバイブウォーター入りの水筒も持ってきている。三本あるから使いまわしができるからナイスだ。
魔法量が18~19を越したころから、全回復しなくなったから限界なんだろうな。いっぱい飲めばそれでも全回復するけど、お腹がタッポンタッポンになっちゃうし、トイレが近くなっちゃうからね。
ヒーナ先生から「水泳ですよ」とあきれられてしまっているのは、気にしないことにしている。
「よく頑張りました。お疲れ様。
そろそろ上がって休みましょう」
お許しが出た時にはヘトヘトになっていた。
どこかに行ってたいたパパが戻ってきて、一緒に海の家のサロンで休憩だ。
冷えたオレンジジュースがおいしい。
パパやヒーナ先生に護衛は冷たいハーブティーだ。
「少しは泳げるようになったか」
「ずいぶん泳げるようになったと思います」
前から泳げてたけどね。
「セージ様の水泳は一気に伸びたようです」
「オケアノス様の加護か。船旅が良かったようだな。
俺も泳いでいるときには、オケアノス様と一緒のようで気分がいいからな」
オケアノス様が大好きなパパが、ガハハハ…と笑う。
「下品な笑い声が聞こえたと思えばフォアノルンか。
しばらく顔を見ずに爽快だったものを」
「ご無沙汰しております、ウインダムス議員。ご壮健で何よりです。
オケアノス様のご加護で無事に戻ってこられました。
ウインダムス議員にもオケアノス様の良き加護がありますように」
お爺様のような年齢に見えるウインダムス議員は、かくしゃくとしていて引き締まった体だ。
議員ってことはどこかのギルドのお偉いさんだろうけど、口が悪いし、パパの政敵かなんかなのか?
「ふん。それでエルドリッジでは何があったんだ」
「ホンタース様の残党がチョット暴れて、全員御用になっただけです」
「チョット暴れただけね。どうだか。
おぬしの家族が無事だったのは何よりだが、ガサツな奴がいなくなってくれるとよかったんだが」
「ガハハハハ…、お互い憎まれっ子はしぶといもんですな。
お呼びたてして申し訳ありません」
「誰がわざわざおぬしのために来るか。
それで、今更オケアノス祭の視察か」
「予定より帰ってくるのが四日も遅くなりましたので」
「まあ、おぬしががんばったところで、今更変わらんがな」
昨日帰宅の際もそうだが周囲が華やかなのは、オケアノス祭があるからだ。
海神であるオケアノス様が、毎年七月の満月の深夜――一三日の火の赤曜日から一四日の水の青曜日に切り替わるとき――、海を渡ってオケアノス神社を祝福に訪れるという神事だ。
お祭りは前日の一二日の黒曜日から始まって、一四日まで、様々なイベントが行われる。
姉のミリアが学校行事で伯父様のところに行かなかったのも、そのお祭りにクラスで参加するためだ。
一年生は、希望者が当日のお手伝いをすることになっている。
二年生から四年生のクラスが毎年参加となる学校行事でもある。
五年生は早いと働く準備を開始するので、クラス参加は無しだ。
マリオン国だけでなくバルハライドの多くの国が、成人は一六才になる年とされている。
そして、初等学校を卒業した一二才となる翌年から、多くの人が仮成人となって働きだす。
その準備も兼ねこの時期からアルバイトのような事を開始する者がいる。
オルジ兄のように上級学校を目指生徒は準備などでも忙しいので、希望者が参加して一年生の面倒を見ながらお祭りの手伝いをする。
頑張り屋のオルジ兄も希望参加の届を学校に提出している。
これらのことは一般学校も同様で、当然だが日中のイベントのみへの参加や、応援や手伝いとなる。
貿易を含む商業の活発な自由共和国マリオンでは、家庭の都合や手伝いで外国に行く機会も多い。
それと自宅学習をしている者も多いので、季節休みではなくても届ければ、長期に学校を休んでも問題ない。
結局一緒に行かなかったが、オルジ兄やミリア姉が、伯父様であるフォアノルン伯爵家へ訪問することは特に問題がないことである。
「浮遊島のイーリスが近づいていると聞いたのですが」
「今年は、神の御使いのイーリス様のご降臨ということで、オケアノス祭も盛り上がっておるわい」
「打ち合わせと変わったところは?」
「みんなが浮かれてるだけで、特に変わったことはないな。
まあ、やる気が上がった分、規模が大きくなったような気もするが」
へっ、浮遊島? イーリス? 何それ。初めて聞いたけど。
「浮遊島のほとんどはデビルス大陸上に浮遊していますが、いくつかの浮遊島はフラフラと世界中を漂っています。
天空神の御使いだとされる浮遊島が来ると、幸運が訪れるとみんな喜ぶのです」
こっそりとヒーナ先生が教えてくれた。
そして窓の外を指さすと、
「イーリスはあちらの方角から飛んでくるようです」
空飛ぶ島だよ。空飛ぶ島。
思わず目に魔法力を込めてオーラン湾のズーット先を見てしまったが、何も見えない。残念。
「ところでその坊主が一番下のせがれか。
魔法も使えない鼻たれに、たいそうな魔宝石。過保護もいいところだな」
「フォアノルン伯爵に気に入られていただいたものです」
「もう魔法を使えるのか?
どうせ生活魔法だろう。フォアノルン伯爵も甘やかしで困ったもんだ」
僕を見て呆れたウインダムス議員が、チョット驚いてから、しげしげと見てくる。
「ガハハハハ……、まあ、自慢の息子ですからな」
レベル1や2の魔法を使えることは、一応内緒だからパパも適当にはぐらかす。
「セージ挨拶をしなさい。こちらのウインダムス議員は、ウインダムス総合商社のオーナー兼会長で、商業ギルドの副ギルド長だ」
「初めまして。セージスタ・ノルンバックです」
うわっ、須田雅治です。超はずかしい。セージと呼んでくださいなんてとてもじゃないけど言えそうにないよ。
「親父より賢そうだ。
ミクも挨拶なさい」
「…ミクリーナ・ウインダムスです」
ウインダムス議員の後ろに隠れていた女の子が顔を出した。
真っ赤な髪に、あどけない顔だ。
赤な髪はウインダムス家の遺伝なのだろうか、ウインダムス議員も赤だけど、ミクちゃんは本当に真っ赤だ。
僕と同い年ぐらいだろうか、人見知りなのだろうか。ずいぶん小さな声だ。
名前を名乗るとまた後ろに隠れてしまう。
あ、そういえば僕と一緒の自宅学習者だ。…多分。
「ミクは賢くて何でもできるからな」
ウインダムス議員はミクちゃんに目が無いのか態度ががらりと変化して、「何か飲むか」と後ろ手に優しく頭をなでる。
ミクちゃんは一旦顔をのぞかせると、「ううん」と首を左右に振って、また隠れる。
学校に行ってないんだから、六才以下だし、どう見たって僕と一緒か少し下かってところだ。
僕はミクちゃんが加わった水泳の練習再開を、パパはウインダムス議員と一緒にしばらく見学してから、またいなくなった。
仲がいいんだか悪いんだか。
まあ、ミクちゃんはミクちゃんで自分の警護と一緒に練習してるから、一緒というか、別々というか、微妙な関係だ。
なんか僕より泳ぎが上手い、とチョット対抗心を燃やして、身体魔法を使ってみたのだが、うまく使えなくって疲れただけだった。
昼食で帰宅。
お昼を食べて、魔法を使い切ってお昼寝をして、ヒーナ先生とのお勉強が終わったころに、ミリア姉が帰宅して追いかけっこ。
「待ちなさい」「やだよ」「教えなさい」「わからないから」
慣れない水泳で疲れてるんだから。
帰ってからも身体魔法の練習ができるのは、うれしいやら、しんどいやら。
図書室に行く時間が無いのが悩みの種だ。
その後も青曜日、黄曜日、緑曜日(雨で中止)、白曜日と午前中の水泳訓練が続いたのだが、どういう訳かミクちゃんも一緒だった。
三日目くらいからは一緒に練習、泳いだりもした。
直径一〇メル程度の円を周回したり、ポッコリ岩と勝手に命名した岩に登って遊んだり、そこを行ったり来たりとかだ。もちろんそこも回ってみたりもしてる。
そうすると会話も生まれる。
「泳ぐのじょうずだね」
「あ、ありがとう」
「お祭り楽しみだね」
「うん、おじいちゃんとおかあさんと見に行くの。セージちゃんは誰と行くの」
「多分ママだと思う」
彼女いない歴、ニ八年プラス五年でも、相手は五才。……うん? なんか変?
気楽に話すことができた。
まあ、僕も五才だけど。
ミクちゃんに会ってから水泳中に内緒で身体魔法の訓練も行っているのは相変わらずだ。
ただし、水泳訓練中は魔法残量が“3”程度と少しだるくなってくると水筒で魔法値を復活させている。さすがに肉体的疲労には勝てないからだ。
魔法を使い切るのはお昼寝の前だ。
「セージ様、魔素が活性化していますが何かやってませんよね」
「えー、何にも……」
「本当ですか?」
「うん」
「ヤッパリ無意識に魔素に影響を与えてるんでしょうか?」
水筒を預けているヒーナ先生から、水筒を受けっとってリバイブウォーター飲んだ時に尋ねられて、ドキリとしてしまった。
さすがに魔素を感じて見られるヒーナ先生でも、体内の魔素で発動する身体魔法までは、疑念が湧いてもわからないようだ。
リバイブウォーターは披露回復作用もあるし、何とかごまかせそうだ。
身体魔法が“1”になって興奮したし、水泳もうまくなったのだが、水泳のスキルは取得できなかった。
まあ、水泳は体を強化したからといって上手くなるもんじゃないけどね。それでも身体魔法は体内の魔素を巡回させるので効率がいい。本によると慣れてくると周囲の魔素も取り込めるようになるそうだ。
身体魔法で使えるようになったのはレベル1の“細胞活性”は、まあまあとなった。
レベル2の体全体を強化する“身体強化”と、魔法力と魔素を一点に集中させる強化の“ピンポイント”がチョット程度だ。
そのおかげで小太刀の銀蒼輝が振るうことができるようになった。
以前から振ってはいたけど重くてフラフラしていたのが、ちゃんと振れるようになったってこと。
うれしくて魔法力が枯渇するまで中二的に、鏡を見ながら振るってしまっている。
もちろん振るう前に周囲を確認して、魔法眼や看破で人が近づかないことを確認してからで、その上いつでも寝られるようにパジャマ姿でだ。
魔法の枯渇で銀蒼輝を納刀するのに、思ってた以上に精神を集中するので、一旦諦めようととしたことは何度もあるが、毎回何とか納刀できてほっとしている。
その後にリバイブウォーターをチョットだけ飲んで眠っている。
浮遊島イーリスも近づいてきて、ようやく見えたのが七月一一日の白曜日、オケアノヌス祭の前日だった。…その前日は雨で見えなかったからだ。
オケアノス祭の準備が進んでいって、観光客が一気に増える。街が更に浮かれていく。
それらを興味深く観光気分で眺めて楽しかった。
ミリア姉も祭りの準備が急がしくなったのか、追っかけっこが少なくなったのはありがたかった。
その夜、セージは魔法の最大保有量が“26”となった。
二話を同時にアップします。
お楽しみいただければ幸いです。
申し訳ありません。22話上げなおしました。
今後このようなことが無いように気を付けます。
ご指摘ありがとうございます。