24. 魂魄管理者たち 2
「転生者の一人が記憶を取り戻してしまいました」
「転生を開始して六年ですよね。なぜそのようなことに」
「五才になった転生者が海に落ちておぼれてしまい、瀕死状態から蘇ったためのようです」
副責任者が代表に報告する。
「大変な目に合われたショックで思い出してしまうとは。
それで何か対策が必要そうですか?」
「はい、記憶をを取り戻したのが、プレートを三二枚取得した者ですから」
「ああ、レベル不足で秘匿ができないと」
「はい」
「総合値は幾つですか?」
「“8”です」
「女神の気まぐれといっても、“8”ですか、微妙ですね」
「せめて“9”であれば問題が無いのですが」
「世界の理を逸脱しすぎるのも問題ですね。
対策はどういたしましょう?」
「幸いにもバルハライドでスキルと呼称される能力。
高次元粒子と高次元エネルギーと、本人の意識による合成変成作用体となって体内に取り込んで定着する個人能力ですが。
そのスキルのうち、初期獲得の情報操作が発動間近ですから、それを取得させるのが得策かと」
「具体的には」
「記憶強化と速読が発動していますので、知識を、具体的には文字を読めるようにして、少々誘導すれば何とかなるかと。それに今のままだと個人情報も読めません」
「取得の直接な補助は必要ありませんか」
「転生者の底上げに、成長スキルの“基礎能力経験値2.14倍”と“スキル経験値2.14倍”を持っているので大丈夫かと思いますが、念のため高次元粒子と高次元エネルギー、現地では魔素に魔法力と呼ばれているそうですが、それに親和性を高め、敏感にした方がよろしいかと」
「高次元粒子と高次元エネルギーに親和性ですか。
体に負荷がかからない程度なら仕方がないでしょうね。あまりやり過ぎないように」
「はい。
幸いにも体細胞から高次元粒子と高次元エネルギーと親和性も良く、波動を同調させることが簡単に行えそうです。
そうすることによってより親和性が高められます。
本人の適性の所為か負荷がかかりにくくもできそうなので、そのようにいたします」
「よろしいでしょう。
本人にはできるだけ不利益が出ないように。それと周囲に気づかれて騒動になりそうなら、強制的に秘匿を発動させましょう」
「はい」
◇ ◇ ◇
「例の記憶を取り戻した転生者ですが、無事に情報操作を使えるようになりました。
申し訳ありませんがスキルの活用方法は伝えてしまいました」
「その程度であれば問題ないでしょう。それで周囲には?」
「はい、スキルが高めだと喜んでいる反面、注意して成長を見守ろうとする程度で、これといって疑うようなことはありません」
「最小限の手段で結果が出て何よりです」
「はい、安堵しています」
◇ ◇ ◇
「また誰かが記憶を取り戻したのですか」
「いいえそうではありませんが…」
「あなたが、そのように困惑するなど珍しいですね。
何が起きたのですか?」
「問題といえるかどうか微妙ですが、例の記憶を取り戻した転生者のことで少々」
「情報操作が上手くいって、問題が無くなったのでは?」
「はい。直接のスキルの隠蔽ということではうまくいっておりますが。
その、迂闊というか、かなり漏洩してしまっている模様です」
「よく状況がわからないのですが、なぜにそのようなことになるのでしょう」
「転生者で記憶があっても、制限、精神年齢がそれ相応、五才だからです」
「ああ、そうでしたね。
記憶があるので、他の人より判断する基準データを持っていますが、生活に支障が出るから経験まで引き継がないという例の制限の所為ですか」
「はい。本人もあくまでも多少はですが、気にはしています。
ですが、それよりも異世界をエンジョイしてしまっているようです」
「転生者には魂の強さと、バルハラドの波長になじみやすいことが第一に求められましたが、倫理観と正義感や面倒見の良さは必須でした。
その他の選定条件を考えれば、その傾向が強いのは想定済みのことです。
それで具体的には」
代表が改まって、少々真剣な表情になる。
その他の条件。
過酷な世界で生活に支障が出ないようにと楽観主義者やめげない者、対応能力に優れた者、危機管理が行なえる者など、メンタル面で強いものを選択した。
ようは転生者はやる気があるということだ。
「魔法や魔素の親和性が高いこともその要因だと思われますが、スキルの習得も早く一所懸命勉強をしています。それだけ見れば努力家なのですが、なにぶんにも五才で、スキルを匂わす行動が多いです。
それと高次元粒子と高次元エネルギーの親和性が高い所為だと思いますが、魔法の威力が高めです。
そして、こちらの方が問題なのですが、そのスキルを利用した大活躍で、テロリストの一団をつかまえてしまいました」
「高次元粒子と高次元エネルギーの親和性に魔法効果の増大という効果もあったのですね。
そうなると五才がハッチャケルのも納得です。
勘違いの正義感も発揮されたということでしょうか。
それとも五才に捕縛されるテロリストがとてつもなく間抜けということではないのでしょうね」
「都市を上げての捜査から逃げおおせるほどの有能者です」
「はあ、それで何か対策は必要なのでしょうか」
「それをご相談しようかと」
「本格的なスキルの漏洩はあるのですか」
「父親のオケアノス信仰で、オケアノス様の恩恵だということで落ち着いてるようです」
「何か制限に抵触するようなことはございませんか」
「それは何もありません」
「バルハライドに災厄を呼び込むような可能性は」
「高次元粒子と高次元エネルギーの親和性を高めたことによる副作用、ネガティブクリーチャーに狙われやすくなっているようなことはなさそうですので、現状問題ありません」
現地で魔獣と呼称される生物は、高次元粒子と負の高次元エネルギーが濃密に凝集し、バルハライドの負の意識によって汚染され、自我を覚醒させて生体となった負の生命体のことだ。
もちろんネガティブクリーチャーも生殖行動が行なえるので、生殖によって数を増やすことも可能だ。
生態系としても定着するから問題も継続する。
「高次元粒子と高次元エネルギーを残量“0”まで使用していますが、親和性も高く体内波動が高次元粒子と高次元エネルギーとシンクロしているので、短時間なら疑似的に体内エネルギーで代用しているようで、体長を著しく崩すこともありません。
また周囲の高次元粒子と高次元エネルギーの吸収が早いのも体調不良に陥らない要因のようです。
さらに体が高次元粒子と高次元エネルギーを欲して、吸収力を上昇していますので高次元粒子と高次元エネルギーの保有量が急激に増加しています」
「それによって不利益をこうむったり、周囲に被害を及ぼすことはありませんか」
「いいえ、何らかのスキルの所為ではないかと思われているようではありますが、少々異様にみられている程度です」
「それならば放っておくしかありませんね」
「はい」
代表の表情から緊張が取れる。
「私たちにも制約があるので、できることは限られています。
現状見守っていくしかありませんね」
「過干渉の禁止とはいえ、よろしいのですか」
「補助はしました。
今後スキルがバレて騒動になっても本人の問題です。
それが想定外の五年で記憶が目覚めたとしてもです。
私たちは規則に抵触するような問題が発生しない限り何もできません」
「はい」
「高次元粒子や高次元エネルギーの流出はどうなっていますか」
「次元震によって発生した新たな次元の亀裂は健在で、世界各地で魔獣の活性化が起きていますが、そのエネルギーの多くがあちらこちらで溜まっていっています」
「大災害級の魔獣が生まれるということですか。エネルギーの凝集は起きていませんか」
「現在は起きていませんが、いつ起きてもおかしくないほど次元エネルギーは漏れ出ています」
「そちらも何かあれば報告をお願いします」
「はい。それとアカシックレコードへのアクセスは高頻度で安定しています。浮遊島の動きも活発になっています」
「アカシックレコードへのアクセス許可は緩くしたままなのでそうなるでしょう。
浮遊島も高次元エネルギーの影響なのでしょうか」
「そうだと思われます」
「現地の高スキル者が生まれているのはどうですか」
「そちらも順調です」
「地球との次元ホールはどうなっていますか」
「次元粒子と次元エネルギーは活発で不安定な状態を続けていますが、極小化させているため影響は出ていません」
「すべてを監視するのは無理ですが、気を抜かずに継続していきましょう」
「はい」
「スタートに、まだ立っていないというのに。
全員が目覚めるまであと九年ですか」
「それまでは高次元エネルギーの抑制ですね」
「そうです。あくまでも抑制です。
目覚めた後の二年間、それが精いっぱいの恩恵です。
あとは皆さんに頑張っていただくしかありません。
もう一度、アカシックレコードに転生のことが書かれていないかチェックをお願いします」
「了解しました。その他にも不都合が無いか再確認します」
「そうしてください。お願いします……」
「どうかされましたか」
「少々考えたのですが、これからの事もありますので、参考程度で構いませんので今回目覚めた者の動向を記録していただけますか」
「試金石にすると」
「バルハライドを引き継いで、初めての大規模な次元災害の対策です。
書類の通りになっているのかも含めての確認です」
「わかりました」
これでエルドリッジ攻防編の完です。
誤字訂正しました。