20. エルドリッジ城攻防戦 1
誤字訂正しました。
ご連絡ありがとうございました。
ご連絡いただきました。
数値の十を一○のようにしているは、わざとなのでそのままとさせていただきました。
見にくいようでしたら申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
突然、書斎の扉がバタンと開いた。
ダダダ…、と十人ほどの戦闘員が駆け込んできた。
誰もが戦闘訓練を受けていることが容易に想像できる。
「何やつ」
二人の近衛兵が剣を抜いて、武装集団に向かって立ちはだかる。
ヒーナも僕を椅子に座らせ、かばうように立ち上がってショートソードに手をかける。
「<ドリームランド>」
近衛兵の真後ろから、声が上がり、かすかな靄のようなが近衛兵二人を包むと、近衛兵が倒れた。
「リエッタさん……」
「皆さんお静かに願います」
ナーダ伯母様が声を上げるもそのあとが続かない。
リエッタと呼ばれた厳格家庭教師が、ガルドとニルナにショートソードを当てていた。
真っ青な顔で、ひきつった表情のガルドとニルナは、半分は何が起きたのかわかっていなそうだった。
エルガさんも固まっている。
「おかーさま…」
「ニルナさん、動かないで下さいね」
表情に生気が戻ったニルナが思わず母親に駆け寄ろうととしたが、手をつかまれて引き戻される。
途端ににるなニルナが盛大に泣き出した。
「ニルナさん、お静かにしてくださいね。大好きなママがイタイ、イタイになっちゃいますよ」
リエッタがナーダ伯母様に、
「<ドリームランド>」
かすかな靄のようなものと一緒にグレーの魔素が飛ぶ。
そしてナーダ伯母様が崩れるように眠り込んでしまった。
「ママー!」
「お静かに」
ヒッ、ヒク……。
ニルナが必死に涙をこらえ、眠ったナーダ伯母様を見つめる。
そして見つめるも、涙をこらえるのもガルドも一緒だ。
「ニルナ、ママは眠っているだけです。心配いりません」
僕のママの優しい声が響く。
「ルージュ様もおとなしくしていてくださいね。…あっ」
リエッタがニルナの足元を見ると、水たまりができていた。
再度泣き出すニルナ。
「ロンダ、お願いします」
「はい……」
ロンダと呼ばれた女性は十人ほどの戦闘員と一緒に乗り込んできた一人で、メイド姿でショートソードを腰に下げ、魔法の杖を持っている。
リエッタと一緒にフォアノルン家のもぐりこんで、テロリストの手引きをしたのは、このロンダだろう。
右手をニルナに向かって突き出す。
涙が止まって目を見開くニルナが逃げようとするが、押さえつけられている。
最近入ったメイドなのかは、ニルナはロンダのことを知らないようだ。
「ニルナに何をする」
「ガルド君、大丈夫ですよ」
動こうとするガルドはリエッタに代わって、テロリストが押さえている。
「<スクランブルウォーター>」
「いやー……」
ニルナの下半身と床を水球が包む。
水は撹拌していて、バブリッシュの巨大版のようだ。
ロンダが、右手をグッと握ると、水球が消えた。
「<ホットウインド>」
今度は温風のようだ。
湿っていたニルナのスカートが見る間の乾いていく。
「さあ、さっさと、武装解除しなさい。宝石などの魔法の補助具を忘れないでね」
なだれ込んだテロリストたちが、みんなから武器・ネックレス・指輪を取り上げ、後ろ手に縛り上げるて、部屋の一角にまとめる。
二人の近衛兵&廊下を警備していた近衛兵二人もだ。
「皆、下がりなさい」
リエッタがニルナを、テロリストの一人が僕とガルドを抱えている。
「目覚めても抵抗しないように、人質を忘れないでくださいね。
<ドリームランド>」
今度の、靄はかなり大きい、グレーの魔素、闇魔素も多い。
三度の<ドリームランド>で、ママにエルガさん、近衛兵にメイドたち全員が眠ってしまう。
「予想通りですが、どうやら闇魔法の耐性者はいなそうですね。
さっさと済ませて次の行動に移ります」
テロリストが散開して手際よく作業を行っていく。
リエッタは時々ロンダが持つ大きなタブレットのような物も確認している。
それと近距離電話だろうか、テロリストが背負ったものを使用して連絡を取っていた。符丁のようなやり取りで内容はよくわからないが、相手は市街戦で戦闘中のテロリストみたいだ。
リエッタとロンダの二人は、全員の睡眠を確認すると、一人づつ再度リエッタが<ドリームランド>を掛け直すと、ロンダが首にチョーカーを取り付て、そのチョーカーに魔法力を流し込んでいく。
そうすると、チョーカーを付けた人から魔素が消えていく。いや、離れていくのか。
メイドの二人にはチョーカーを付けていないから、魔法ができないと確認できている人には付けないのだろう。
「ほう。セージ君はヤッパリ優秀なのですね」
えっ、バレた? やっちゃたか。
ママ、ヒーナ、ナーダ伯母様、騎士四名、メイド三名を順に、それも慎重に<ドリームランド>を掛けていた。
興味津々、よーく見てたら二人目ぐらいから魔法陣が見えだした。
さすが家庭教師といったところか、魔法力の流れが綺麗だった。
六人目の時、興奮に思わず『複写』してしまった。かなりぼやけた魔法陣になっちゃたのは仕方ない。
魔法陣に手を掛けずに複写できてしまったことにも感激だ。
サイズからすると闇魔法のレベル2? それよりチョット大きい。2.5ってとこか。
家庭教師の魔法は、ヒーナ先生に教えてもらった魔法陣のみの呼び出しで、魔法陣核に触れている。
魔素や魔法力の輝きから、威力アップをしたんだろうことは想像に難くない。
魔法陣の大きさは感覚的には三四センチメルだ。多分そんな感じ。
それにしても“看破”ってここまで見えるようになるんだ。チョット感動。
「魔素が嫌う波動を発するように加工した魔石を組み込んだチョーカーで、エレメントデフレクターです。
特殊なものなのでなかなか見られないものですよ」
魔素が嫌うって魔法封じのアイテムだよね。そんなアイテムなんてあったんだ。
でも指摘はそっち? 自慢か? あっ、魔素がみんなから離れたのを見たってことか。
そういえばみんな、魔素が離れただけじゃなく、魔法力が弱くなったみたいだ。
「僕には付けないんですか」
「数に限りがあるの、それにガルド君も生活魔法程度はできますよ。セージ君は魔法はどうなの」
さすがに五才や八才のお子ちゃまは扱いやすい人質であって、脅威とは見られていないみたい。
「勉強中です。ところでエレメントデフレクター付けちゃうってーと、ドリームランドが解けないんですか」
「深層意識に介入して眠っているか、もう魔素や魔法と関係ないレベルね」
居住区側との通路の鍵もしっかりと閉められる。
目立たないように階下に降りる階段もあるが、そこの扉にも鍵がかけられ、バリケードが築かれている。
「予定通り廊下とここに一人づつ残って執務室に移動します」
◇ ◇ ◇
コンコン。
「失礼します」
リエッタが裏口から執務室に入る。
執務室内にはアルー伯母様、ロナーさん、三人の執務官、近衛兵三人がいた。
「リエッタさん、何か問題がありましたか」
「はい」
扉を大きく開け、テロ集団とそれに抱かれるセージ、ガルド、ニルナが現れる。
「武装の解除と、全ての管理権限をこちらにお渡しください」
剣を抜いた近衛兵に、アルー伯母様が手でおとなしくするように合図する。
リエッタが目で合図して、近衛兵から武器を奪い縛り上げる。
「部屋の前の兵も中に入れてください」
全ての兵と執務官を縛り上げ、<ドリームランド>で眠らせ、チョーカーを付ける。
執務室前の控室だろうか、その控室の扉の前にバリケードを築く。
流れ作業のように手際がいい。
「しばらくの間ここを死守します」
リエッタを入れた十二人が、執務室の防御を固める。
奥の二人を入れるとテロリストは全部で一四人だ。
「リエッタさん、あなたは何者ですか」
「リエットランガ・シストリームですが、母方の姓がダラケートと申します。ご理解していただけるでしょうか」
「あのダラケート家の者ですか、逆恨みか何かですか」
「アハハハ…、勝手にそう思っていただいても構いませんよ。
それより時空電話のアクセスコードを教えてください」
「主人しか知りません」
「そうですか。あなたたちは」
執務官の三人も、知りません、と首を振る。
「逃げられると思っているのですか。投降すれば悪くはしませんよ」
「アハハハハ……。そうですか」
リエッタはテーブルで何かガサガサと探し物をする。
壁に掛かるマイクのような物を見つけ、何かのスイッチを入れる。
そしてロンダに目で合図をすると、ロンダが何かタブレットのような物をいじると、上空なのか城の屋上なのか、バンと音が鳴った。
「エルドリッジ市はわがホンタース軍が掌握し、ホンタース国として独立する!
元エルドリッジの兵士たちよ、抵抗は無駄です。投降しなさい」
リエッタがマイクを持って、宣言した。
階下が騒がしくなる。
執務室に向かって階段を掛け上げってきた近衛兵が立ちすくむ。
開け放たれた扉、バリケード越しに縛られたアルー伯母様とロナーさんを見たからだ。
「賊を逃がさないようにしっかりと包囲しなさい」
アルー伯母様気丈です。凛としていてかっこいいです。
管理官などの呟きから、昔のクーデター騒動の生き残りらしいことはわかったが、でも、どんな人間かよくわからない。
リエッタと、少し後方の下がった近衛兵のやり取りが続く。
ただ、ダラケートって人が、昔のクーデターの首謀者らしき人だってことだけは確かだろう。
家庭教師が、その親族らしいことも。
怒涛の如く、目まぐるしい展開に、頭がついていかなかったが、やっとというか、ようやくテロリストに襲撃されているという実感が湧いてきた。
いくら一時期この城を占拠しても、一四人で支えられものじゃないことだけはわかる。
最悪なのは、追いつめられた挙句やけを起こして、外航貿易国家ヴェネチアンを騒動に巻き込んで、伯爵家族と、その弟家族に復讐できればいい、と心中覚悟のテロだ。
でも、ここまで用意周到であるから、そこまでやけにはなってないよね、と思いたい。
それでも、恨みを持った僕たち家族は……、ここには特殊急襲部隊なんかいるわけもないし。
思いがグルグルと回転する。
執務室の左右の部屋が慌ただしくなる。
夜だというのに、湾の魔怪獣に、港の爆破から始まる二ケ所の騒動と、職員は相当数残っていたようだ。
音もそれなりに聞こえてくるが、肌にピリピリと緊張が伝わってくる。
「階段の最初のトラップが発動しました」
爆発系のトラップなのだろう、ビリビリと振動が伝わってきた。
「わかった。一応奥に連絡しておきなさい」
ロンダが奥の扉を開け、廊下を守るテロリストに声を掛ける。
おお、あのタブレットは罠の確認用なのか。
ロンダが抱えていたタブレットの一番上の行の色が変化している。
「居住側も一番目が発動しました。奥には一緒に伝えました」
「三番の発動はよく注意しておくように」
「了解しました」
再度の振動に、ニルナが盛大に泣き出した。
「子供たちは書斎に放り込んでおきなさい。ついでにお前は奥の警備に付きなさい」
「ハッ」
僕たち三人は執務室から連れ出される。
ニルナが泣いてるからテロリストも手を焼いている。
「ねー、と、トイレー。も、漏れちゃうー」
書斎で縛られそうになって、駄々をこねた。それも盛大に。
もじもじするのも堂に入っている。五才だもん。
「おい、漏らされてもたまらねーから全員連れていけ」
マッチョが、僕たちを連れてきた、若いテロリストに指示を出す。
「わかりました。ほらお前ら行くぞ」
どやら、僕たち三人を連れてきたテロリストは下っ端のようだ。年も一番若そうだし。
「ぼ、僕、最後で……」
「なんでだ」
「うんこ」
トイレは小さな個室が一つしかない。多分伯父様や家族の専用なんだろう。
本当にいやそうな顔をされた。
「ほらお前からだ」
ガルド、ニルナの順でトイレを済ませると、
「俺はまずこいつらを連れていきます。こいつおっきい方なんで、終わったら迎えにきますんで、呼んでください」
「ああ、わかった」
下っ端が、髭面に断って、書斎に入っていく。
ちなみに書斎の扉は開いたままだが、執務室の扉は閉まっている。
僕が出るとき何気なく閉めて、そのままになっている。
廊下を警備するテロリストは、了解するもめんどくさそうだ。
「ぼ、僕、緊張すると、な、長いの」
廊下警備のテロリストが更にめんどくさそうに、鍵がかけるなさっさと入れ、とシッシッと手を振ってくる。
こういう時こそ印象だと思って、ペコリとお辞をしてからトイレに入る。
偽装もあってズボンとパンツを下ろして便座に座って、おしっこをする。まあ、おしっこは普通にしたかったんだ。ほっ。
そのままの格好でドリームランドの魔法陣を呼び出す。
あまり時間がない。一通り見て記憶をあらたにする。
空の魔法回路を呼び出し、魔法陣核を作成する。サイズは三.六センチメル。闇魔素で気合だ。
五本の魔法経路で、魔法陣。とにかく記憶を鮮明にして、一気呵成の作成だ。
魔法回路を全て『収納』して、再度ドリームランドの魔法回路を呼び出す。
試しに魔法力を流してみると、チョット流れにくいが、何とかなりそうか気がした。
さて、どうしよう。
やるか、やらざるべきか。
……なんかハムレットじみてきた……。
って、何考えてんだ。どうも僕ってシリアスになれないんだな。でも、どうしよう。
魔法陣に魔力を流したまま止まっていた。そう、動けなかった。魔法力流しちゃったんだもん。
あれっ、地震だ。爆発じゃないよな。
ガチャ。
「いつまで糞してんだ。あ、坊主…」
「ぎゃー」
まだ五分ほどしか経ってないよね。
…で、下っ端に魔法を放ってしまった。
魔法は何か淀んだ色だけど、グレーの魔素も飛んだ。
…そして、テロリストが眠った。…のか。
『収納』
急いでパンツとズボンを上げて、トイレから出た。
「あ、テ、テロ、…あのー、おじさん」
廊下のもう一人が慌てて駆け寄ってきた。髭面が怖い。
「おい、何やったんだ。どうした」
「いえ、なんか頭をぶつけちゃったみたいでー。ほら、ここ見てくださいよー」
トイレの中を指さすと、髭面テロのおじさんが中を覗き込む。
『ドリームランド』
魔法力を込めて、<ドリームランド>。
……崩れ落ちて寝た。
トイレっていっても便器じゃないけど、レストルームに頭を突っ込んで、大の大人が重なって、何ともシュールだ。見たくもない。
成り行きとは言えここまでやっちゃんだから、後戻りは無理だよな。
「あのー、チョット変なんで、見てもらえますか」
書斎を覗いて、困った素振りで、マッチョテロリストに声をかける。
近づいてくると、トイレを指さす。
書斎の出入り口で立ち止まったマッチョに、<ドリームランド>。
……寝た。
ヤッパ本家本元と違って、寝るまでにタイムラグがある。
深層心理に作用するなんて、とてもじゃないができなかった。
時間がない。ヤッパ頑張るしかないか。
少々気分が悪くなったので念のためリバイブウォーターを飲む。……と、思っていたより魔法残量が増え、ほぼ全回復した。あっ、絶対量で“15”ほどってことか?
それより、まずはママだ。
マッチョから剣を抜いて、…ダメだ。重い。
トイレに戻って、下っ端がよさそうだけど抜けそうにないから、髭面から剣を抜いてみんなに近づく。
縛られ、猿轡をされたガルドとニルナが先ほどから目を見開いてガン見してくるが無視だ。
縛られてロープを切ろうとしたが、なかなか切れない。
やっとで切って、ママの頬を叩く。
何度か叩くとやっと気づいた。
まだ、もうろうとしてるママを揺すりながら「ママ」と声をかけると、モゴモゴとママが声を出す。
「ママ」
やっと完全覚醒した。
魔法の枯渇なのか顔が青い。
ママが自分で猿轡をほどく。
「テロリストはあそこで眠っている奴ら以外は全員執務室です。
まずは皆を起こしましょう」
そう言って、剣をママに渡すと、ママは早速、みんなを起こしだす。
重かったマッチョの剣を持ってくる。
そのころにはマーダ伯母様とヒーナが起きていた。
みんな気分がすぐれないようだ。
近衛兵、エルガさん、メイドと起きていく。倍々で起きていくからあっという間だ。
ヒーナやエルガさんは魔法が使えないとわかると、エレメントデフレクターを外そうとするが……ダメ。
「なんでよー」と癇癪を吐きだそうとするエルガさんの口は、ヒーナにふさがれた。
眠っているテロリスト三名を一か所に集めて縛って、取り上げられたものを身につける。
「テロリスト一一人は執務室で、人質はアルー伯母様、ロナーさん、政務官三人、近衛兵三人です。
階段や居住方面には罠があって逃げられません」
ボクが状況を簡略に告げると、ママに、いや、ほとんどの人に驚愕された。
「反撃は無理そうですね。脱出できませんか」
ママは僕への質問を棚上げして、行動を優先する。
気持ち悪さもあって、動くのはしんどそうだ。
「この指輪に魔法力を込めてここに触ると退避用の脱出シューター、滑り台が出現するはずです」
「現在魔法力を行使できるのは、子供たちだけですね。時間はどの程度開いているのですか」
「そこまでは知りません」
「皆さん。時間がありません。一気に滑り台で脱出します。
状況によっては捕虜三名も運び出したいと思います」
ママが順番を指定する。
「それではまずはガルド、お願いします」
ガルドが指輪を柱の一点に付け、魔法力を流す。
と、柱に穴が開く。
「さあ、今です」
まずは騎士が、そしてメイドにヒーナが続き、テロリスト一人を放り込んだところでガルドの魔法力が気持ち悪いと言いだした。
ニルナが引き継ぎ、エルガさんとテロリスト二名でセージが指輪を引き継いだ。
セージを心配するマーダ伯母様がガルドとニルナを抱えて飛び込み、続いて騎士三名。
セージはママに抱きかかえられて飛び込んだ。
セージはリバイブウォーターの水筒を忘れずに持っていた。
一本はメイドがガルドとニルナのために持った。
あとの二本はリエッタとロンダが持っていった。