176. 補給船サプライズ
八月一五日黄曜日の昼過ぎ、お腹が減って目が覚めた。
「おわっ」
腕や体が重い。
そして目の前にミクちゃんの顔が、それもチョット動けば唇が触れそうな位置だ。
「……おはよう……えっ!」
ミクちゃんも目覚めて、瞬間湯沸かし器よろしく、一瞬で真っ赤になった。
多分僕も真っ赤だろう。
ミクちゃんは僕の右腕の腕枕で寝ていたようで、しかも僕に抱き着いている。
重いってのはこういうことかと理解するも、思考停止、しばしのフリーズ発生。
「…………起きようか」
「う、うん」
……チュッとミクちゃんが照れながら軽くキスをする。
ハズイけど、嬉しい。
お返しに、チュッと返した。
はにかんだミクちゃんがどいて……あれっ、左腕は……?
うわっ! ルードちゃんが腕枕で爆睡中だ。
見回すと二階のこの部屋には、他の人は誰もいない。
「ミ、ミクちゃん、ど、どうしよう」
「…セ、セージちゃん! な、なな何をし、してるんですか!」
「…えー……」
うろたえるミクちゃんに怒鳴りつけられたけど、身に覚えはありませんが……って、何の身に覚えだ……。
「う~ん、……あ、セージおはよう。……うん? ミクもおはよう」
ルードちゃんが目を覚ました。
「お、おはよう」「オハヨウゴザイマス」
「えーと、離れてくれるかな?」
「ああ、すまん」
「ル、ルードちゃん、平気なの?」
「うん⁉ 何がだ?」
「あのー、そのー、セ、セージちゃんと一緒に寝て…」
「ぜーんぜん」
これでいいのかと思うけど、ルードちゃんにとっては何でもないことなのかもしれない。
僕も、そしてミクちゃんも何となく釈然としないけど、ルードちゃんは平然と起きて「
顔を洗ってくる」とベッドから出たけど。
アワワワワ……。
「セージちゃん!」
ルードちゃんは下着姿だ。
ミクちゃんにタオルケットを頭方かぶせられた。
「ルードちゃん!」
衣擦れの音がしばらく続いてドアの音がした。
ルードちゃんが出ていったようだ。
「ミクちゃん……」
「もういいわよ」
僕はミクちゃんと顔を見合わせ、昨夜の疲労がよみがえってきたかのようにガックリと肩を落とした。
◇ ◇ ◇
僕は総合が“243”、魔法の連射のおかげか、魔法核と魔法回路は一気に二段階もアップして“26”となった。
さすが数の多さの威力はすごい。
俺からはこのパターンかとも思ったけど……無理なことは分かってる。
ミクちゃんの“177”にルードちゃんの“157”などみんなも大幅にアップした。
ルードちゃんは前回のデビルズ大陸から帰還すると“風木霊”というエルフの高速移動スキルが知らぬ間に発現していたそうだ。
スキルレベルがアップすると残像をまとったり、見た目の幻惑効果もあるんだそうだ。
それが今回の戦闘でレベル4となって、いままではブレて二重に見える程度だったものが、完全に残像を出現させることができるようになり、高速移動時に残像以外の幻影まで発生するようになった。
残念なことにカートリッジライフルや短針魔導砲を撃ち続けたキフィアーナちゃんは“135”とあまりアップしなかった。まあ、今までの経験からするとそんなものだ。
「今度はわたしも魔法を撃つわ」
悔しがっていたけど仕方がない。
その代わりといえるか“射撃”のスキルを手に入れていた。それも突然レベル“2”だ。
ワンダースリーや神の御子たちもアップしたことだろう。
それとも神の御子たちもトライガンなどのガンやライフルなどを使ってたりしたのだろうか。
まあ、何にしてもファントムスフォー、ざまあだ。…そう思わないとやってられない。
みんなで相談して今日は休憩とした。
とはいっても武器の手入れに、特殊武装魔導車と魔導ネット砲匂い魔導ネットの点検を行うと一日(?)、いや半日がつぶれた。
その後に診療所で知人の見舞いがてら、治癒魔法のお手伝いも行った。
怪我をした神の御子たちは予想通り、ほぼ完治していた。
グラナダ街の周辺調査ではほとんど魔獣がいなくなったそうだ。
グラナダ街をベースにレベルアップをしていた神の御子たちは、銛の奥に踏み込んでいく必要がありそうだ。
そうなると当然魔獣も強くなる。
ロト国にアーギ国とフロン国の“神の御子”たちのレベルアップは厳しい戦いになりそうだ。
まあ、いるはずはないけどグラナダ街や船舶内でファントムスフォーの探索が行われたけど影も形もな見当たらなかった。
◇ ◇ ◇
八月一六日緑曜日、連絡が入ってマリオン国とヴェネチアン国の補給船が夕方には到着する予定だ。
短針の補充用のミスリル硬鋼はあるけど心もとない、そういったことで分けてくれるそうだ。
「あとで取りに来ます」とお願いもした。
ちなみに戦場から短針やミスリル硬鋼などを回収したけど微々たる量だった。
さすがにこと細かく“空間認識”で砕け散った金属や魔獣の体内にめり込んだ金属を発見することは可能だと思うけど、一匹一匹魔獣をさばいて回収するなんてことはとてもじゃないけど無理ゲーだ。
費用対効果が魔法を作った方がいいのかと真剣に悩んだ。
「セージちゃん、また変な顔してる」とミクちゃんに突っ込まれて「ソンナコトナイヨ」とあきらめた。
他にもやることはたくさんあり過ぎるほどあるからね。まあ頭の隅には残しておこう。
みんなの体調も確認して狩り場に<テレポート>で飛んだ。
◇ ◇ ◇
ファントムスフォーの誘導した魔獣の集団襲撃の迎撃のこともあって、僕たちパーティーの六人は何となく特別視されている。
神の御子となったネオホープの四人が「彼らは特別だからね」と公然と吹聴しているってこともあるからだろうが、同じ神の御子たちからもそんな目で見られている。
ちなも二ネオホープの四人も総合が“110”弱になったみたいだ。
みんなが同一レベルだからメチャクチャ強い魔獣を狩るわけにもいかないし、僕のように遠距離索敵もできないから狩りも効率が悪いらしい。
それと【成長スキル】を持つ者と持たざる者ってこともあるだろう。
たまにはと八月一七日白曜日にはマリオン国(ネオホープの四人)とのレベルアップに付き合った。
僕たちのパーティーへの追加は四人が限界だ。
ケラウノス二両の乗車定員でってことだ。
その後も連続で一八日黒曜日にはヴェネチアン国の神の御子の四人が同行した。
一九日赤曜日にはその他国の神の御子、ウバンダ君・エレノーラちゃん・ゼーラちゃん・ホロウィーダちゃんのオーラン魔法学校に留学した四人が同行して狩りをした。
彼らと狩りをしたのは久々だ。
あと他の神の御子はレベルが低くて一緒には狩りができないということもあっての四人だ。
公式の場(?)で他国の神の御子のレベルアップをサポートすればこれから活動しやすいという打算もあることは確かだ。
到着早々モンスタースタンピードのような目に合った四人――ウバンダ君・エレノーラちゃん・ゼーラちゃん・ホロウィーダちゃん――だけど、狩りに付き合ったら元気が出たみたいだ。
それと、こんな殺伐とした場所だけど、屈託のない会話、元だけどクラスメイトってなんとなく良いものだって思ったよ。
狩りをすると性格が現れる。
やや大柄なウバンダ君は、神経質で基本通り、ある意味融通の利かないやつだ。
小柄なエレノーラちゃんはいい意味慎重派。悪く言えば臆病なところがあって攻撃が一瞬遅れる。
細身のゼーラちゃんは正攻法で淡々と処理をするといった感じだ。
中肉中背だけど一番女性らしい体形のホロウィーダちゃんは動きが早く――ことによったら『加速』持ちかも――フェイントも入れて四人の中で一番戦闘が上手い。
各国とも僕とミクちゃんの時空魔法の威力、それと特殊武装魔導車に二連装の魔導ネット砲の威力をまざまざと感じとったようで、時空魔法持ちと武装魔導車の組み合わせによるレベルアップが流行ることだろう。
ただしこのレベルアップ方法ができるのは、強い魔獣が多く魔導車が走り回れる木々が少なく平らな場所があってこそだ。
ちなみに国を通してケラウノスの注文が届くことになる。
もちろん一般の武装魔導車にケラウノスの新型魔導ネット砲を取り付けたいという注文も届くし、驚いたことに魔導ネット砲の変わりに粘着砲を装着できないかとの問い合わせとと届くことになる。
忘れてはてはいけないのが魔法陣だ。
光魔法の精霊記号を取り込んだ攻撃陣の注文も届くことになる。
◇ ◇ ◇
八月二三日白曜日、いよいよ待ちに待った補給船が昼過ぎには到着する。
短針に最新のカートリッジライフルだけでなく、短針魔導砲に魔導ネット砲が届くことになっている。
ファントムスフォーの影はあれ以来なく、グラナダ街も平穏に戻っている。
みんなで休憩日としてグラナダ街でワクワクしながらくつろいでいた。
もちろん昨晩は大盤振る舞いをしてお祭り気分も味わった。
娯楽が少ないグラナダ街では食事が唯一の娯楽だから盛り上がるのも当然だ。
昼食を済ませるとヴェネチアン国の戦艦と補給艦、それとマリオン国の補給艦が入港してきた。
あれっ、……と思って待っていると、ツナギ姿にぼさぼさ頭、真っ赤なメガネを掛けたエルガさんが大きく手を振りながら降りてきた。
「セージ君、元気にしてた」
パンパンパン……く、苦しい。
久しぶりの窒息感を堪能……否、苦しかった。
ミクちゃんとルードちゃんの視線が痛い。
「セージ、ミクちゃん、みなさんもこんにちは」
「ごきげんよう」
な、なんと、ミリア姉とロビンちゃんまでもが降りてきた。
それも見た目だけはおしとやかに。
エルガさんを含め三人が乗船していることがわかったのは上陸直前、レーダーで見てだ。
嬉しさと驚きと、それ以外に戸惑いなどもあって複雑な心境だ。
「どうしてここに」
エルガさんから解放され、ミクちゃんの視線から逃げるように問いかけた。
「夏休みだからに決まっているでしょう」
「あと、卒業までの単位は取ってあるから当分休んでても問題ないしね」
「ちゃんとマリオン上級魔法学校にも届け出は出してきたしね」
「学校公認なんだ…」
「セージたちと一緒でしょ」
言われてみればそうなんだけど、いままでそんな大胆な行動してこなかったからチョット驚いた。
「最近レベルが上がらないから悩んでいたの」
「セージの非常識さを少し分けなさい」
二人に左右から両腕を組まれ拉致され、ロビンちゃんから、そしてミリア姉から耳元ですごまれてしまった。
二人ともニコヤカに笑ってるけど、笑ってなくて怖いんだけど。
「ミクやルードちゃんたちとだけ仲良くしてるんだものね」
「セージと遊べなくなって少々ストレスが溜まってるの。発散した方がいいよね」
「そ、そうですね」
「「おおー!」」
握りこぶしを振り上げる二人に脱力した。
「それじゃあ、さっそくね」
「直ぐよね」
性急すぎる二人に、まずはエルガさんとの打ち合わせがあるからと思い留まらせる。
まずは短針を受け取り、魔導ネットの強化版の説明を受ける。
「ミスリル硬鋼と軟鋼で軟鋼を大目にして、合金にチタンを追加して強度を上げてみたよ。
チタンが入るとしなやかさが無くなちゃって、苦労したんだ」
さもうれしいそうに説明するのは、相変わらずのエルガさんだ。
「魔導ネット砲もそれように作ってみたよ」
二連装の魔導ネット砲をフェイクバッグから取り出し、それも嬉しそうに説明する。
結局特殊武装魔導車を庭に出してリエッタさんも交えて改造が始まった。
それにルードちゃんが加わり、ミクちゃんも現在は開発要員だ。
五人で喧々諤々と渡り合う。
「ケラウノスの足回りが背の高いブッシュに負けてるのよ」
「早々、滑って横滑るするんだよね」
射撃手として実際にしぇげ奇跡に乘るルードちゃんとミクちゃんの言葉は重い。
「ハンドルの操作が……」
ラーダルットさんも一言あったようだ。
射撃席の強化ももちろん行った。
見た目はあまり変化はないけど、キフィアーナちゃんが「魔導ネット砲の取り回しが楽になったよ」と嬉しそうにはしゃいでいる。
二両とも改造したけどすでに夕方、「狩りは明日だね」と言ったとたん、ミリア姉ろロビンちゃんが、
「レポート書けないでしょう」
「そうそう、頼まれてるんだから」
「え、レポート⁉」
「当たり前でしょう」
「ただで学校休めるわけないでしょう」
不満垂れてた。
でも僕たちは……、ああ、リエッタさん教師で宿題があったか。
遅くなった夕食は、味を変えてスパイスの効いた焼き肉とサラダ、そして具沢山のシチューだ。
食事中にミリア姉とロビンちゃんに聞いたんだけど、なんでも近々マリオン国を上げて神の御子のレベルアップを行うんだそうだ。
オーラン市でもその流れに乗って神の御子を中心に優秀な生徒をレベルアップのためにデビルズ大陸に派遣するそうだ。
もちろん性格良好で総合が“80”以上、七沢滝ダンジョンやメビウスダンジョンで戦闘経験がある生徒に限るんだそうだが。
マリオン上級魔法学校では神の御子フィーバーだとか。
マリオン国、ひいてはアーノルド大陸やバルハ大陸、惑星バルハライドを救うために勝手に勇者気取りの生徒もいるんだそうだ。
どこにでもこんな奴いるよなって思えるが、それが集団となったら手に負えないだろう。
そんな奴らをぶちのめしてデビルズ大陸行きを勝ち取って二人でここに来たんだそうだ。
国の方針は必要なことだと思うし理解できる。
ただしマリオン上級魔法学校の現状を聞いて、
「幻滅だ。一気に行く気が失せたよね」
「うん、オーラン上級学校の魔法科の方がいいかなって思えるね」
「ルードちゃんは?」
「ウチはセージと一緒に行くだけだ」
「あ、そう」
「わたしも一緒に進学するから」
「え、キフィアーナちゃんはヴェネチアン国に帰らないの?」
「当たり前でしょう」
話はあらぬ方向に飛んだけど、僕たちは今年進学を控えた受験生でもある。
マリオン上級魔法学校に行くのなら、一三月末の試験を受ける必要がある。
ミリア姉とロビンちゃんも通った道だ。
「キフィアーナちゃんはともかくも、アンタたちのことはマリオン国からも目を付けられているから難しいわね」
「ミリアちゃんあ、そこは目を付けられてるじゃなく、期待って言ってあげなくっちゃ」
「そっちの方が本音でしょう」
「そりゃあそうだけど」
そんなことになってるなんて。
その後もマリオン上級魔法学校のことを聞いたら、徐々に軍隊のように変貌していてるみたいだ。
かなり腰が引けた。
理由もわかるし今後始まる本格的な大災厄をどうにかしたいてのは本音だ。
戦闘も頑張ってやるしかないってのもわかる。
だけど軍隊に組み込まれるのは抵抗がある。
「オーラン上級学校の魔法科にしようよ」
「賛成」
「ウチはセージと一緒だから」
朝の出来事から、どうもルードちゃんの行動と言動が気になっていたけど、ここでも一緒か。
ルードちゃんのママさんを助けたことから恩義を感じて色々と行動を共にしてくれているのは知っている。
もちろんハッキリと宣言もされていたから、助けたり助られたりしていて心強い味方だ。
それがなんだか見る目が違って見えてしまう気がする。
「あ、そう」
「当たり前でしょう」
「……」
ミクちゃんが無言で、視線が痛い。
「セージ君モテモテだね」
「え、エルガさん、じょ、冗談はやめてくださいよ」
「キフィーちゃんもセージ君のこと好きだしね」
「…え…」
目が点になった。
片やキフィアーナちゃんはといえば、
「エ、エルガさん! ね…」
「ね?」
「ね、根も葉もないことを言わないでください」
習慣湯沸かし器みたいに一瞬で真っ赤になってあたふたとしていたけど、僕の目には入っていなかった。
その後のルードちゃんとのバトル(?)もだ。
「キフィ、セージに迷惑を掛けたらただじゃおかないからな」
「め、迷惑を掛けるって、いったい何のことよ!」
「迷惑は迷惑だ。いつものことだ」
「だから掛けてないでしょう!」
冷静なルードちゃんの冷めた言葉に、興奮して喚くキフィアーナちゃんは対照的だ。
ちなみにミクちゃんも目が点状態だったことも目に入っていなかった。
結局進学の話は決まったような、決まらなかったような、中途半端な状態であらぬ方向に飛んでしまった。
今日も二度の地震があったけど、セージのみの周りは別にして平穏な一日が過ぎた。
◇ ◇ ◇
八月二四日黒曜日、朝から特殊武装魔導車の足回りの本格的な改造を行っている。
「まだなの充分に活躍できるまどうしゃなんでしょう」
「わたしの狩りが待っているっていうのに」
不満な二人を除けば充実した作業だ。
あ、あと一人ヒルデさんに説教(?)、それとも勉強をしているキフィアーナちゃんがいるか。
「万全を期してこそ安全を保てるの。リスクをできるだけ下げたいんだからしょうがないでしょう」
「そうです。二人とももうしばらくの辛抱です」
どういう訳かミクちゃんが僕にピッタリと寄り添って作業をしています。
やりにくいような、うれしいような。
試運転に出たのは午後三時だった。
いつもの狩場から特殊武装魔導車で移動して調子を見てからの狩りに、ミリア姉とロビンちゃんが異様にやる気を出して張り切っていたのは言うまでもない。
エルガさんも状態の確認についてきて、結局その夜も何かと忙しく最終調整をしてくれた。
「エルガさんありがとう」
「セージちゃんが頑張るから、ボクも頑張るんだよ」
し、幸せだけど…、パンパンパン……く、苦しい。
遅くなって申し訳ありません。
後程もう一話アップします。
誤字連らkうありがとうございます。