171. デビルズ大陸調査 太古の語り部
遅くなってごめんなさい。
五月一五日黄曜日の朝、移動五日目。
ミクちゃんの治療もあってクロアディさんは痛みはあるけど軽微な運動なら問題はなさそうだ。
問題なのがガイアディアさんだが、背中の打ち身はともかくも、じん帯まで損傷した捻挫の完治はほど遠く、歩くにも支障があるのは明らかだ。
今日も霧が絶賛発生中だ。
ちなみに夜中にフォギーブラックマウスの大群の襲撃に全員げんなりとしている。
数は少ないけどセイントアミュレットの中に入り込んできたので何かと騒がしかったのだ。
疲労感が漂う人もいる。…まあ、キフィアーナちゃんだが。
それとほぼ全員が寝不足だ。
僕やプコチカさんを含む数人で上空に上がって周囲を確認する。
想像通り霧が周囲一面に立ち込めている。
更なる上空に浮遊島の影があるから、レーテーがまだこの付近にいるようだ。
思わずレーテーに、じゃまだどけ、と怒鳴りつけたいところだった。
もちろん霧がレーテーの所為じゃないのかもしれないが、思わずそう思いたくなってしまう。
下界に降りてプコチカさんがみんなに報告する。
「霧が多い。今日も無理せず進むぞ」
「まずは霧からの脱出ですね」
数時間は霧のため徒歩となるけど、松葉杖のガイアディアさんに合わせるとかなり遅くなるので、ノコージさんがおぶっての移動だ。
朝方も少数だけどフォギーブラックマウスの襲撃があって煩わしいんだ。
なので、少しでも移動すれば煩わしさが減るかなってこともある。
◇ ◇ ◇
昼を過ぎると霧が晴れてきた。そしてレーテーのも移動していったようだ。
テレポートで二、三キロの距離をまずは移動して様子を見る。
認識阻害も薄れたようだ。
徐々にテレポートの距離を伸ばし、二〇キロほど移動したらほぼ霧はない。
認識阻害の状態もデビルズ大陸の通常の状態にほぼ戻った。
ほぼとは大陸内部に入ってくると負の魔素と魔法力の濃度が上がて来ているし、認識阻害の状態も不安定なのか一律ではないからだ。
「<フライ>」で上空に上がって、「<テレポート>」での移動が再開した。
「魔獣が増えてきましたね」
「そうだな、これからも気を緩めずに行くぞ」
五月一八日黒曜日になるとクロアディさんはほぼ全快、ガイアディアさんも通常でお全速力程度には走れるくらいには回復した。
さすがに身体強化での全速力は無理だけど、それでも「身体強化でも加減をすれば大丈夫そうだ」とのことだ。
「うわー。ドラゴンだ」
「セージスタ、そんなに上がるな」
上空に上がって目標を探すときにドラゴンを発見した時には舞い上がってしまって、プコチカさんから地面に引きずり降ろされた。
「ホントにセージちゃんは、セージちゃんなんだら」
ミクちゃんにも呆れられもした。
コカトリスにバジリスク、タイタニックゴーレムなどの強い魔獣との遭遇を避け、身体強化で駆け遠回りをした。
さすがにドラゴンの縄張り近くで空中探査は危険すぎる、とはいえ怪我人のガイアディアさんがいるので、様子を見計らってあまり高くは飛ばず近距離テレポート(ホワイトホール)で小刻みな移動いなった。
◇ ◇ ◇
五月二〇日青曜日の夕方にクロノス山のふもとに到着した。
まあ、ふもとといってもすそ野が広いし、何処からすそ野かっていえば明確的なものはないから、
「このあたりはクロノス山のふもとだ」
ラーダルットさんの判断だ。
なんとなくなだらかな斜面を感じられる場所だけどラーダルットさんから宣言されると気分が違う。達成感が湧いてくる。
そして魔獣が多い。
「明日から太古の語り部の隠れ里を探すぞ」
プコチカさんの言葉に、霧の蜃気楼で見た柱に竜が巻き付いた白亜の神殿が目に浮かぶ。
この魔獣の多さに本当に隠れ里があるのだろうか。
◇ ◇ ◇
注意して場所を選びキャンプを張る。
セイントアミュレットはいつも以上にセットし、隠形ネットでキャンプ地を取り囲み、四隅に虫除けを置く。
各設置場所が決まったところでホイポイ・ライトを設置して念入りに点検をした。
簡単な食事にはいつものごとく果物が付いた。
三分割した夜間警備で、今日は最初の受け持ちだ。
ノコージさんにガイアディアさん、それとミクちゃんが一緒だ。
警備の交代で就寝する。
……夢を見た……、見てるんだと思う。
霧の中、それも夜なのか暗い? でも見えてる。
変な感覚だ。
……遠くに高い山が見えた。
「クロノス山か」
思わずつぶやいていた。
なんだか形が違うけどクロノス山と認識できた。
そう思うと見ている角度がキャンプ地からの見え方と違っていることに気付く。
フワフワと移動する…、フライか? なんだか感覚が違う。
土地の一か所が輝いている、いや、先ほどから輝いていたっけ…。
感覚が何時もと違う。でも景色も感覚も生々しい。
明晰夢ってやつだからなのか今までこんな夢を見たこともないし、夢だと気づいたこともないんだけど。
フワフワとその輝きに引き寄せられるように近づいてしまう。
止められないし、止まらない。
うわー…っ。
光の中に引きずり込まれた。……そして止まった。
目の前には、
「白亜の神殿」
またも思わずつぶやいていた。
その声は思った以上におおきく響き、ギョッと驚いて、警戒して周囲を見回してしまう。
……光の球。
「ミクちゃん」
「セージちゃん」
そこで夢が終わって……暗い空間に戻って(?)……目が覚めた。
テントで雑魚寝だ。
隣にミクちゃんがいて…、僕が起き上がるとミクちゃんも起き上がった。
「見た」
「見た」
お互い間抜け顔で呆然とした。
◇ ◇ ◇
「どうした。まだ寝てていいぞ」
まだ空も開けぬ暗闇の中、プコチカさんに二人で近づくと声を掛ける前に声を掛けられた。
「チョット報告したいことがあって…」
「夢なんですけど、夢じゃなくって…」
僕たちは歯切れの悪い答えを返した。
プコチカさん以外はルードちゃんとキフィアーナちゃん、それに僕らの気配で起きたのかノコージさんもテントから出てきた。
ボコシラさん、ラーダルットさん、クロアディさんは夢の中だ。
それから夢の話をした。
僕とミクちゃんは招かれていると思っていることも付け加えた。
「そうなると行く先の場所のめどが立ったってことじゃないか。
探し回るよりよっぽどいい」
「情報も得られるってことじゃな。良きかな良きかなってところじゃな」
ノコージさんを中心に朝食の準備が開始された。
そして朝食時にボコシラさん、ラーダルットさん、クロアディさんにも僕たちの夢の話をした。
◇ ◇ ◇
身体強化の高速移動で駆ける。
方角は南だ。
ガイアディアさんがきつそうなら休憩も入れるし、様子を見て短距離テレポート(ホワイトホール)も行う予定だ。
ドラゴンの縄張りがどこまでかは知らないけれど危険は回避方向で考えての行動だ。
クロノス山のふもとにということもあるのか、負の魔素と魔法力の高濃度の影響で魔法やスキルに多大な影響――発動が遅く、誤差が大きい――があるので、レーダーやみんなの探知系スキルの感度が随分と落ちている。
その分を精神集中で補っているけど、少々キツイかなってところだ。
「強い魔獣がいます。右斜め前方五〇〇メル、種族は不明…大型四足歩行魔獣…です」
「左に進路を取るぞ」
それでも魔獣を何とかやり過ごす。
木々の切れ間からクロノス山を眺めては、「もっと南です」を何度も繰り返す。
◇ ◇ ◇
五月二二日緑曜日の昼過ぎ。
「ミクちゃん、この付近だよね」
「うん、わたしもそう思う」
どうやら夢の場所に到着したようだ。
「お前ら二人にしかわからんから、よろしく頼むぞ」
プコチカさんたちは周囲の警戒で僕たちを守ってくれている。
ルードちゃんとキフィアーナちゃんもラーダルットさんとプコチカさんに連れられて一緒の警備だ。
それから小一時間、僕はミクちゃんと慎重に歩き回った。
「ここじゃないかな」
「うん、変な感じがするよね」
その後、しばし二人で手を振ったり、伸ばしてみたりと、スキルだけでなく体感的にも何か感じとれないかと試してみている。…が、どうも在るようで無いよな不思議な感じしかわからない。
右往左往していて、ピンとひらめくものがあった。
リュアナッパ村の妖精からもらった結界鍵魔石のことだ。
アイテムボックスから僕がキーストーンを取り出すと、ミクちゃんも取り出した。
一緒に魔法力を込めるとキーストーンがキラキラと輝いた。
そしてキーストーンを振り回すとある方向で輝きが増すことが判明した。
「行くよ」
「うん」
二人で輝きの強い方向に向かって数歩進むと霧のトンネルの中にいた。
更に進むと“白亜の神殿”が目の前に出現した。
「キレイ…」
ミクちゃんが呟いた。
僕も綺麗だと思う。
二人して見とれていたら女神様の声が聞こえた。
『こちらにいらっしゃい』
この時の僕とミクちゃんは少々おかしくて、太古の語り部のことも、外のチームメンバーのことも、意識の外に置き忘れていた。
意識がもうろうとして判断力の欠如状態だったと思う。
僕とミクちゃんは白亜の神殿に向かって歩き、一人でに開いた扉を潜り、神殿の中に入った。
そして目の前のというか、周囲が一気に変化して、またも魂の世界のような場所に移動していた。
『久しぶりです。よくぞ参られた』
「「こんにちは」」
挨拶を交わすともうろうとしていた意識がスッキリと元に戻った。
ただし太古の語り部のことも、外のチームメンバーのことも意識から欠落したままだ。
魂魄管理者曰く。
以前話してくれた、次元の裂け目の多くは女神様の加護で抑え込まれていることをまたも告げられた。
その加護がもうすぐ切れ、本当の大災厄がいよいよ発生する。
全ての次元の裂け目の加護がいっぺんに出現するわけではなく、最初はわずかな数の次元の裂け目が出現し始め、一年ほどの期間を掛けて全て出現する。
―― ありがたい。それだと対応がしやすい。
それらの次元の裂け目は全て陸上で出現する。
詳しく聞いてみると、どうやら女神様が次元の裂け目を陸上に移動させたみたいだ。
―― 以前聞いた準備ってそんなことをしてたんだ。
次元の裂け目が一番多いのはデビルズ大陸で、ほとんど発生しないのは極北大陸だ。
―― それもありがたい。
次元の裂け目をふさぐための手段はフェアリーと“魂の契約”を行い、二人で力を合わせてふさぐこととなる。
フェアリーと契約できるのは“聖徒”の称号を持つものだけで、次元の裂け目をふさぐため方法はフェアリーが知っている。
まずはフェアリーと出会い、“魂の契約”をすること。
―― 僕にはニュートとプラーナの知り合いがいる。
―― ミクちゃんはマーナちゃん。
―― ルードちゃんはカーナちゃんと仲良くなったよね。
―― それで行けるのか?
現在フェアリーの大多数はさまざまな仕事に従事するかたわら、次元の裂け目をふさぐための学習をしているそうで、フェアリーと出会える(再会できる)のは約二年後となる。
ただしその能力を使うには“白い力”をマスターする必要がある。
―― 再びニュートやプラーナたちに会うのはその時か。
次元の裂け目が出現が始まるのが約三年後、本格的な出現はその半年後の三〇六八年の初頭からとなり一年間ほど続く。
―― 三〇六八年は僕たちが上級魔法学校を卒業して成人となる年だ。
―― 後三年半ほどしかないってことだ。
女神様に聞いたら、加護の力を越えて次元の波動が溢れるときがあるそうだ。
地震や雷などの自然現象にも影響が出るそうだ。
―― デビルズ大陸ではオーラン市より天候不順が不順だ。
―― 地震も多いし強い。
―― 予想はしていたけど次元の裂け目の影響だってことだ。
モンスタースタンピードや七沢滝ダンジョンが出現したのも同様に次元の波動の漏れで、七沢滝ダンジョンに至っては加護を離れて次元の裂け目が出現したってことだ。
それらの対応は臨機応変に行うしかない。
次元の裂け目からは正の魔素と魔法力も漏れ出ていて、全ての次元の裂け目をふさいでしまうと魔法が使えなくなるだけで、すべての者が常時魔法の枯渇となり衰弱してしまう。
必要以上の魔素と魔法力は、同様に強力な負の魔素と魔法力が世界に拡散することになる。
そのために全ての次元の裂け目をふさいではいけない。
最低限の次元の裂け目を残してふさぐので、ふさぐ、ふさがない、の判断はフェアリーにゆだねる。
―― 正と負の魔素と魔法力を程よく吐き出している裂け目がある。
―― 正と負の魔素と魔法力は不可分の存在で、負の魔素と魔法力もある意味必要悪ってことのようだ。
―― 魔獣を狩ってその魔石や素材を利用していることもそれにあたる。
それとは別に重要な話も聞いた。
次元の裂け目の最大の物がデビルズ大陸に在って、大災厄の中心となっている。
それが影響を及ぼして大災厄の規模が大きくなっているそうだ。
その他にも移動する次元の裂け目なども数多く在る。
新たに発生した次元の裂け目の多くもデビルズ大陸に発生した。
大災厄の規模が拡大しているのは、その最大の裂け目が大きく影響を及ぼしている。
「その最大の裂け目は消滅させちゃった方がいいんですよね」
『最大の裂け目を含み大きな裂け目は閉じて構いません』
「過去には消滅させようとしなかったんですか」
『何度も挑戦しましましたが失敗しています』
「……それを僕たちに」
『いいえ、判断するのは自分たちです。
ただし最大の裂け目ではなくとも、大きな裂け目のいくつかを消滅させなければ、いったん収まった大災厄も近いうちに再発するでしょう』
―― それって結局は強制じゃないか。
―― まあ、僕たちじゃなくても誰かがってことだけど。
―― 僕が気になっていたデビルズ大陸のことはこのことだったような気がする。
―― キフィアーナちゃんも気になっていたし、ある程度の人に刷り込みが行われていたんじゃないかな。
『フェアリーと出会うまでの間、できるだけ強くなってください』
「もっとですか」
『そうです。
これからも負の魔素と魔法力もそうですが、正の魔素と魔法力の濃度も上がっていきます。
それに伴って魔法の習得がしやすく、強力なものになっていくでしょう」
―― 魔素と魔法力の濃度は僕が目覚めた時より格段に濃くなっている。
―― 僕たちが強くなったのも、魔法が強力になったのも大災厄の影響ってこともあるんだ。
―― ここ最近周囲の人たちのレベルアップの速度が著しいのもそんな理由があったとは。
―― それだとすると数多くの次元の裂け目が出現すれば魔獣がもっと強くなるってことか。
『ですからフェアリーと出会ってからも強くなることは忘れずに。
そして次元の裂け目をふさぐための方法を訓練しておいてください。
以前秘密とした次元の裂け目のことは魂の友人間だけのこととして“負の魔素と魔法力の吹き出し口”のままでお願いします』
―― ルードちゃんが“聖徒”の称号をもらった時にも“負の吹き出し口”って教えられたそうだから、ミクちゃんとだけの秘密だ。
―― ミクちゃんとはまた“魂の友人”についても話さないといけないな。
『フェアリーの能力のことは“聖徒”になった者にしか教えられません。
フェリーとの関係は隠せないでしょうから“負の魔素と魔法力の吹き出し口の案内人”、そして“消滅を確認する者”として下さい。
次元の裂け目をふさぐのはあくまでも“聖徒”の称号と“白い力”によることとしてください』
「なぜですか?」
『太古にはフェアリーの能力を無理やり手に入れようと、エルフの里が襲われることがありました。
それ以外にも無理やりフェアリーとの関係を結ぼうとして多くのフェアリーが狩られたのです。
それ以来フェアリーの能力は秘匿することになりました』
―― エルフの里って妖精結界を張るためのフェアリーを狙ってってことか。
―― その他にもルルドの泉などの特殊な場所にいるフェアリーが狙われたってことか。
―― フェアリーって一般人には見えないはずで、たとえエルフの里を襲ってもフェアリーが手に入るはずはないし、ひどいことをする奴がいるものだ。
『本日のことは太古の語り部に会い、そして神に会ったと周囲の者たちにはお伝えなさい』
―― ああ、そういえばそうだった。
『ここまで来た褒美を差し上げます。
頑張ってください。期待しております』
僕とミクちゃんは気が付くと白亜の神殿の外に居た。
「話合いは終わったってことだよね」
「そうみたいね」
僕たちは一応白亜の神殿の扉に触れ、周囲を回って観察もしたけど中に入れそうになかった。
「ここに居ても仕方ないね」
「うん」
妖精結界の外に出た。
どうした、何があった、突然消えたから心配したんだぞ、などなど問い詰められて大変だった。
太古の語り部に会い、そして神様に会ったこと。
そしてお告げの内容を守秘義務のない、話せるだけのことを全て話した。
「ねえミクちゃん」
「なに?」
「地球以外の転生者ているんだよね」
「どうなんだろう」
僕の質問に首を傾げるミクちゃんに、今度魂魄管理者に会ったら聞いてみよ
うと決心する。
何故かって、地球の転生者は全て人族に転生したってことは、ネフィリム大陸にゴリアテ大陸にエルフィード大陸には転生者がいないのだろうか? それとも人族も転生しているのか? はたまた別の星からの転生者がいるのだろうか。
◇ ◇ ◇
そしてその日に世界中でお告げがあった。
『約三年後から負の吹き出し口が出現していきます。
三〇六八年の初頭からはその数が一気増加し、その後の約一年間で全ての負の吹き出し口発生し、真の大災厄となります。
その中心となるのがデビルズ大陸で、その影響は多くの大陸と国に及ぶでしょう。
聖徒を育てなさい』