168. デビルズ大陸調査 エルフの村
遅くなりました。
エルフの村のリュアナッパの内部にも“黒い波動”がかすかにだが漂っている。
「ミクちゃん、ルードちゃん、キフィアーナちゃん」
「うん」「了解」「アクアダンジョンと一緒ね」
足を止めて四人でうなずく。
「チョット止まって」と全員を止める。
「黒い波動がここにも漂っているよ」
「踏み込んだ瞬間嫌な感じはしていたが、ここもか」
「あのまがまがしい奴にはまいったからの」
「嫌い、倒す」
聖徒の称号持ちしか完全に認識できない黒い波動は、次元の違う特殊な波動なんだろうか。
それでもまがまがしい感じは隠しきれないし、歴戦のつわもののワンダースリーが感じ取れないはずはない。
ことによったら黒い波動を認識できる特殊なスキルでもあるのだろうか。
ラーダルットさんとガイアディアさんも緊張して身構える。
ルディルージャ君とリリアージュちゃんも僕たちの緊張が伝播したのか、周囲を見回し身をすくめている。ただ、その反面急ぎたいという焦りも見受けられる。
「セージ、またやってくれ」
「はい、<ホーリーフラッシュ><ホーリーフラッシュ><ホーリーフラッシュ>」
白い力を込めた白い光が炸裂する。まぶしい。
空気が綺麗になった気がする。
どうやら暴れ出す魔獣はいないようだ。
「慎重に進むぞ」
「ルディルージャ、リリアージュ案内を頼む」
全員でうなずいてルディルージャ君の指し示す方向進む。
時々『白い力』を込めた<ホーリーフラッシュ>も掛けていく。
まばらな木々に栄養の無い畑が並ぶ。
小川が流れ井戸もある。
中央には十数軒ほどの民家が密集している。
木の上じゃないんだ。まあ、ルードちゃんやラーダルットさんも普通のアパートに住んでいるもんね。
「出てこない」
「ボコシラさん、何?」
「出てこない」
「あれだけの魔法を放っても誰も出てこないっていってるんだ」
プコチカさんが解説してくれる。
あ、と思って畑を見回し、家屋を見るが誰も出てくる気配が無い。
「トチェアー、カチュアー!」
ルディルージャ君が叫びながら走りだすと、リリアージュちゃんもその後に続く。
そして僕たちが続く。
「トチェアー、カチュアー!」
一軒の家にルディルージャ君とリリアージュちゃんが飛び込んでいく。…が、そこは空っぽだ。
隣、そしてまた隣と見て、飛ばして一番大きな家――村長の家だろうか――に駆けこむ。
そこにはいくつもの部屋に分かれて何人もの人が寝ていた。
怪我をした人、弱った人ばかりだ。
それと妖精二体が看病しているのか、飛び回っている。ただしそのフェアリーも弱っている。
そのうちの二人がルディルージャ君のパパさんとママさんで、別の二人がリリアージュちゃんのパパさんとママさんのようだ。
ママさん二人は重傷だが命に別状はない。
どうやらルディルージャ君とリリアージュちゃんは兄妹ではなく、従兄妹のようだ。
「親戚で兄妹として育てることも多いからな」
ラーダルットさんに後から教えてもらったけど、紛らわしい。
「僕たちは病人の方を診ますので、キフィアーナちゃんとワンダースリーは怪我人をお願いできますか」
「わかったわ!」
「何かあるのか?」
キフィアーナちゃんは不満そうだけど、白い力が無いんだから仕方がないでしょ。
仲間外れにしたつもりはないんだから。
「黒い波動に侵されているんです」
失魔病のような症状って言ってるのがこのことのようだ。
フェアリーの加護か、まだそれほど悪化はしていない。
それとフェアリーも何とかしないといけないがそれは後回しだ。
「何とかなるのか」
「この程度なら、僕たちの力で何とかなると思います。
あと治療の終わった怪我人も僕らで再度診ます」
「了解した。あとあまり無理はするな」
「はい」
◇ ◇ ◇
僕とミクちゃんとルードちゃんが“白い力”を込めた治癒魔法を掛けたので“黒い波動”の影響はかなり改善した。
完全に排除するには病人の体力の回復を見ながら治療――魔法と滋養強壮剤の併用――するので、あと数日を要するだろう。
そしてクスリと魔法との併用治療はその他の病気や怪我人を含め全二三人全員に施され、症状が改善した。
そのうちの九人は会話ができるほどに回復した。
まあ、その内の五人は魔法枯渇による治療疲れ、看病疲れでダウンしていただけだったからルルドキャンディーでかなり回復した子はした。だけど長時間に渡っての魔法枯渇が続いたために完全回復には今しばらくだ。
簡単な質問で今度の事件で行方不明者が一二人だったが、その内の二人がルディルージャ君とリリアージュちゃんだ。
その内の四人が亡くなった可能性が高いそうだ。
ただ詳細を聞くのは無理そうなので、温かいスープを飲ませて休ませた。
ルディルージャ君とリリアージュちゃんも付きっ霧で看病している。
フェアリーにも白い力と光魔法で浄化を行い。ルルドキャンディーを一杯あげたらかなり元気になった。
ちなみに白い力と光魔法で浄化を行ったのはミクちゃんとルードちゃんで、ミクちゃんがマーナちゃん、ルードちゃんがカーナちゃんを受け持ってだ。
三体のうちの元気な一体のフェアリー、ホーナちゃんが妖精結界を張っているそうで、そのホーナちゃんにもルルドキャンディーを渡してもらうようにお願いした。
妖精結界を張っている最中は僕のレーダーでも居場所が感知できないからお願いするしかない。
フェアリーにもを見えるのは聖徒の称号を持つ僕・ミクちゃん・ルードちゃん・キフィアーナちゃんの四人だけで、ラーダルットさんにボコシラさんは何となく感じ取れる程度だ。
プコチカさんとノコージさんは魔法力の塊のように感じるらしいが、ラーダルットさんやボコシラさんより希薄な感じみたいだ。
ガイアディアさんはまるっしきだ。
ヴェネチアン国の調査本部にマジカルフォンで連絡をする。
「ワンダースリーとちびっこパーティーはエルフの村に泊る」
ちびっこってなんだよ。
『(サー)…聞こえ…い…、くり(サー)せ。(サー)…りかえせ』
「ワンダースリーとちびっこパーティーはエルフの村に泊る。
全員で、いいか全員で泊る。泊りだ。わかったか」
『エルフ…とま(サー)。とまる(サー)…ルフ村発見たのか』
「プコチカさん代わって」
「ああ」
僕はマイクを持って、
「エルフ、エルフ、エルフ、村、村、村、発見、発見、発見、泊る、泊る、泊る。帰らない、帰らない、帰らない。オーバー」
言葉が途切れるから言葉を何度も繰り返した。
「何だ? オーバーって」
「様式美っていうか、そんなとこ」
『(サー)るふ、村、村、(サー)る、発見、…泊る、(サー)了解かい…』
今までも通信が途切れ途切れで伝わりにくかったけれど、それがシャーというホワイトノイズで更にひどくなった。
それでも言葉を繰り返すことで何とか連絡はできたみたいだ。
もう一度確認のやり取りを行って通信を切った。
「限界距離でもないけどかなりのノイズが入るな」
「妖精結界の影響じゃないですか」
「他に考えられることは?」
「負の魔素と魔法力の濃度ですね」
◇ ◇ ◇
五月七日赤曜日。
それなりに元気になったエルフに食事を提供してから、会話をすることにした。
「話をする前にセージはそこいらじゅうでホーリーフラッシュを放ってこい」
「えープコチカさんやノコージさんだってできるじゃないか」
「お前らのホーリーフラッシュはどこか違うだろう」
そりゃ、ミクちゃんが作り出した精霊記号を取り入れてるし『白い力』を込めているからだけど。
「わかったよ。その代わり先に話をするのは無しね」
「わかってるからサッサといってこい」
「ミクちゃん、ルードちゃん、一緒にお願い」
「はーい」「任せろ」
僕たちがリュアナッパ村の中を昨日に引き続いて浄化した後、村人と会話した。
黒い波動の侵されたエルフの中でも症状の軽い一人も会話に加わった。
「ティラレックスとバレットアントの戦闘の余波で妖精結界が破壊された。…」
バレットアントの攻撃アリはティラレックスとの戦闘を継続したが、兵隊アリがリュアナッパ村に侵入し村人を襲った。
突然のことにパニックを引き起こし村から隠れることもできず村から逃げ出すエルフもいた。
ルディルージャ君とリリアージュちゃんもその時にママさんたちにかばわれ、逃げ出したがってことらしい。
最後はエルフの魔獣香を使用して村の外におびき出したところをフェアリーが妖精結界を張って事なきを得た。
魔獣香とは、数種の薬草や魔獣の素材などを混ぜて火をつけることによって魔獣の好きな匂いを発生させるものだそうだ。
モンスタースタンピードの時に使用された、魔獣を引き付ける魔獣血石 のようなものらしい。
その後にパニックで逃げ出した村人の探索も行われたが、バレットアントがうごめく妖精結界の近くにとどまっていられるえるふはいなかった。
人手不足もあってそのままとなった。
そこまで情報を聞きだして一旦休憩を取った。
僕たちはエルフたちと一緒に昼食を作り、治療にも行った。
午後からも会話をして情報を聞きだした。
もちろん治療も行いながらの会話だから時間もかかる。
エルフたちはもっとジャングルの奥に暮らしていたが、海近くに引っ越してきたそうだ。
魔獣の脅威は上がてもしばらくは平穏に暮らしていた。
変化があったのは、近くに浮遊島イナンナが砕けた時に落下した大きな欠片がある。
それがここ数年まがまがしい波動を放つようになってきた。
それにつれ村人で体調が悪くなる者が出てきた。
気づいた時には村人の半数近く、主に妖精結界から外に出て狩猟を行う者たちがまがまがしい波動に侵されていった。
畑の収穫もめっきりと落ちた。
ここ最近は浮遊島イナンナの欠片の近くにバレットアントまで住み着いて、妖精結界の周辺を徘徊するようになった。
他のエルフの村も奥地から離れいくつかの村はこの近辺に住み着いている。
そしてすべての村が衰退している。
◇ ◇ ◇
会話が終わった午後三時、食料が乏しくなったのでボコシラさんとラーダルットさん一緒に狩りに出た。
ミクちゃんにルードちゃん、それにキフィアーナちゃんも同行を希望したけど治療をお願いした。
本部への連絡はノコージさんとガイアディアさんが受け持ってくれて先ほど妖精結界を出て<テレポート>で飛んでいった。
リュアナッパ村にはプコチカさんが残ってくれるのでミクちゃん、ルードちゃん、キフィアーナちゃんのことも心配はないだろう。
それと念のため武装を充実させて新たに造り上げた特殊武装魔導車もアイテムボックスから取り出した。
名付けてケラウノス。
中二的な名前を説明をしたらミクちゃんはクスクスと笑われた。
首をひねるエルガさんには太古の神の武器の名前だと伝えた。
ケラウノスには小型とはいえ二門の短針魔導砲があるし、ミクちゃんのと合わせて二両あれば大抵のことには大丈夫だろう。
食料に関しては本部で分けてもらう案もあったが、ルディルージャ君とリリアージュちゃんを入れてエルフ総勢二五人食料なんて融通したら本部が枯渇する。
僕たち九人分の食料もバカにならない。
そもそも肉は現地調達が決まりだし、野菜にキノコ、果物などもある程度は現地調達が望まれる。
素材はともかくも今まで狩った肉のほとんどは本部に渡していたから手持ちが少なかったってのもある。
野菜はある程度畑から収穫できるからと肉だけでもと狩りに出たしだいだ。
ちなみに野菜は栄養の足りない貧相な野菜だし、果物は食べつくされている。できれば果物も見つけたい。
結界鍵魔石は妖精がくれたけど、体力が無くもらったのは五人だけだ。
僕とノコージさんはそのうちの二人だ。
あとはプコチカさんにテレポートが使えるミクちゃん、それにエルフのラーダルットさんだ。
僕たちも妖精結界の外に出てバレットアントを幾匹かを狩ってから狩りに出かけた。
もちろんラーダルットさんがエルフから周囲の状況や、狩場などを聞いている。
◇ ◇ ◇
「ジャイアントホッグ発見」
「よしやるぞ」
「狩る!」
ボコシラさんが勇んで駆け出して行く。
本当に戦闘狂と思われてもおかしくない。
モンスターラビット五匹の肉もあるし、ジャイアントホッグが手にはいっればしばらくは何とかなりそうだ。
ラーダルットさんのアドバイスもあって果物のマンゴスチンにバナナ、それとパイナップルの親戚のようなラーミックも幾つも手に入れたし、香辛料や野草も採取した。
今晩というか、すでに薄暗い、今夜はごちそうだ。
それにしても魔獣がい多い。
途中ティラレックスも見かけた。
あくまでもレーダーでだけどそこは何も合わずにスルーした。
教えるとボコシラさんがうるさそうだしね。
リュアナッパ村に帰ると、更に三人ほどのエルフが動ける程度に回復していた。
ルディルージャ君とリリアージュちゃんのパパさんたちはかなり回復してきているけど、重症のママさんたちは今しばらくかかりそうだ。
チョット不思議に思ったルディルージャ君とリリアージュちゃんなどの子供が魔法力酔いにならないことも教えてもらった。
妖精による魔素耐性の加護のおかげなんだそうだ。
それでも妖精結界から長時間離れていると次第に加護が弱まってしまうんだそうだ。
ノコージさんとガイアディアさんも帰ってきていた。
◇ ◇ ◇
食事を終えた後、僕たちだけで打ち合わせを行った。
「本部と話し合った結果、危険じゃが浮遊島イナンナの欠片を調査することになった」
ノコージさんが行動方針を発表した。
「アリ、殲滅」
「いや、それは任務に入っておらん」
「ボコシラ焦るな。子供たちもいるんだからな」
「子供たちって何よ。そこいらの兵士より強いわよ」
キフィアーナちゃん、そこ食いつかなくてもいいから。
「ああ、わかってるが無事故、怪我を負わないことが第一優先だ」
ガイアディアさんも気を使うよね。大変だ。
「それって……」
「ああ、見捨てるってことじゃなく、ダメそうだったら全員をグラナダ街で保護するってことになった。
そうなった時には説得はラーダルットにお願いしたい」
「理解した」
「幸いにもイナンナの欠片までは草原が続いているらしいから魔導車で向かえると思える」
病人や怪我人の看病は村人に任せることにした。
もちろん治療薬やルルドキャンディーも置いていく。
僕たちは案内人をお願いして二両の魔導車でイナンナの欠片に向かうことにした。
ちなみに相変わらず地震と雷は多い。