16. 魔法研究はお静かに
夕食後、セージはヒーナの誘う散歩を断って急いでベッドにもぐり込んだ。
今日の勉強を考慮して、もう一度魔法陣を作ってみたかったからだ。
暗い部屋で壁に寄りかかって個人情報を呼び出しす。
魔法値はマックスの“15”に戻っている。
瞑想なんかで減少したのは、感覚的にはわずかだったはずだが、その確認だ。わかっていても見ると安心する。
はやる気持ちを落ち着ける。
まだ隣の居間でパパとママが会話中で盛り上がっている。時たま笑い声が聞こえてくる。
それも一〇分程度か?
会話が聞こえなくなった。ベッドルームに引き上げたようだ。
モルガとヒーナが片付ける音も聞こえなくなった。
起きて、壁に寄りかかる。
ファイヤーのコピー魔法陣三枚を呼び出す。
そして、ウインドの魔法回路と、ホットブリーズとマッチの魔法回路も。
もう一度、よーく観察する。
今度は魔法力じゃなく、魔素だよなあ。方向性は間違っちゃいなかったけど。で、どうやったらいいものかな?
首をひねっても案がでるわけではない。魔素見えないもんなあ。
まいっか。トライ&エラーだよな。と、空の魔法回路を呼び出す。
あのなんとなく靄が見えるような、もとい、絶対に見えてた。思い込みパワーだ。
風の魔素よ来い!
しばらくすると、なんとなく集まったような気がする。
魔法力はほどほどに、と体の中の魔法力を指先に集めて、二.一センチメルを魔法回路上に鮮明に思い描く。
もう一度なんとなく集まった風の魔素を意識して、『風の魔法陣核生成』と願ってから、『おりゃーー!』と気合で靄と融合させる。
うーん。なんとなく良くなったような気がする。確証はないが…。
魔法陣核は、ファイアーの方が〇.一ミリメルほど大きいか。
もう一枚空の魔法回路を呼び出して、今度は、火の魔素をイメージしってと。
なんか集まりが悪い気がする。海の上だからか?
どうする。
思案しながら、漫然と火の魔素と思ってた。
そうしてしばらくボーッと……火、火、火って思っていたら、一瞬だが、見えた……のか。
目の前を赤い粒子が二粒飛んでいた…。
もう一度。
目に意識を集中。特に魔法力を込めていたわけじゃなかったけど。
熱い火の魔素というより、火、火、火、赤、火、赤、火をっと……見えた。
薄っすらと漂う赤い粒子が、今度こそ見えた。
念のためにもう一度。
じーーっと気合を入れて勢い込んでみたのだが、あれっ、なんか全然見えない。
どうした。
うーん、と考え込む。
しばらくしてボーッとしてたら……。
見えた。それほど意識せずに、ごく簡単に。
それと何か違う粒も見えた気がした。
そうだ“瞑想魔素認識法”、焦らず、ユッタリじっくりだったよな。
もう一回やってみるか。
『収納』
精神を集中するも集中させ過ぎず、意識も体内と周囲に溶け込むように、そして穏やかに大きく広げる。
そして魔素を意識しながらも、ゆったりとした気持ちを保つように心がける。
魔素を見たいという気持ちが強く、さすがにリラックスするまでには至らない。
そうするとちらほら、かすんだ粒子がちらほら見えてくる。
しばらくは見えたり、見えなかったりが繰り返す。
そうしていると、見える時間が長くなってきた。
粒子もはっきりとしてくる。
それに伴っていくつかの粒子に色が見えるようになった。
そうこうしてると、一気に世界が変化した。
粒子が舞う世界だった。
ヤッター、と思った瞬間、また粒子がかすむ。
意識しながらリラックスをするって難しい。
さっきの心境を思い出しながら、もう一度トライする。
……が、興奮からかなかなか見えない。
見えないと焦りも出てくる。
見えたのはしばらくしてから、焦りや興奮が収まてしばらくしてからだ。
興奮を抑え、できるだけゆったりとしながら見続けることを心掛ける。
そうしていると、慣れてきたような気がする。
バタンと扉が開いた。
「セージ様、まだ起きてらしたんですね」
指先に光りの球をを付けた、ヒーナだ。
「あっ、ヒーナ…」
「ヒーナじゃありません。なんとなく騒々しいような気がしましたので」
こういうときに嘘はつかない方がいいことぐらいは知っている。
「うん、ベッドに入ったのはいいんだけど、なんだか眠くなくなっちゃたんだ」
「私にはセージ様がわざと眠らなかったように見えますが」
「そ、そんなことはないよ。でも、ちょっとだけ、昼間の訓練が気になっちゃた」
「それはそうでしょうね。魔素が活性化していますから」
ヒーナが部屋の中を見回す。
えっ、そうなんだ。…じゃあ、バレバレだなんだ。
「それで見えましたか?」
「うん。魔素の粒子って小っちゃくて、綺麗だね」
「はぁー、一日でですか。高等魔法学院の生徒でメチャクチャ早くて二年ですよ。私の学年にも半年って天才がいましたけど。天才がね」
「ごめんなさい」
ヒーナがなんとなく怒っているようで、思わず謝ってしまった。
「いえ、セージ様が謝ることではありません」
ヒーナが、はあ、とため息を漏らす。
「まあ、想定外過ぎて、呆れ果ててはいますが。
それでどう見えて…、いえ、その話は明日にしましょう。
ちゃんと眠りましょうね。そうじゃないと朝起きたら蝶々結びの可愛らしいリボンが付いていますよ」
「はい。急いで眠ります」
股間を押さえる僕がおかしかったんだろう。
アハハハ…とヒーナが笑う。
「興味のあることは何事も面白くって仕方がないものです。
面白くて覚え始めは無理をしがちですが、魔法とは一生の付き合いです。
慌てないで、無理はしないようにしてくださいね」
「はい、わかりました。気を付けます」
「明日のお昼には外航貿易国家ヴェネチアンのエルドリッジ港に到着すよ。
おやすみなさい」
「おやすみなさい」
ヒーナ気部屋から出ていくと、胸をなでおろす。
騒がしかったのか? それとも魔素の活性化が、なんだろうか。
それでもヒーナはもう来ないような気がした。あくまでも、それほど遅くならなければだが。
ベッドに寝ころんでいつでも眠れる体制で、ファイヤーのコピー魔法陣三枚、マッチの魔法回路(魔法陣)、そして空の魔法回路を呼び出す。
ファイアー、火の魔法陣核はニ.ニセンチメルを空きの魔法回路の中心に思い描く意識する。
そうして、気持ちを落ち着け、魔素を意識する。……見えた。
体内にも火の魔法を意識して魔法力を集め、それと一緒に周囲の火の魔素にも集まるように願う。
魔法力と火の魔素を右手の人差指に集めて、もう一度二.ニセンチメルを思い描き、『火の魔法陣核生成』と強く念じながら魔法回路を人差指で触る。
マッチの魔法陣核と比較するが、なんとなくだが火というより、火が付きそうな気がするが、そこは微妙な違いだろう。
いい感じに仕上がった。一安心。
魔法経路も一本目には気合を入れて作った。
なんだかなー。魔法経路はずいぶん違う気がする。
マッチの魔法経路は、なんだか素直なような、そう、なんとなくだが無属性魔素みたいだけどなんか違う。
僕の作った魔法経路はマッチの魔法経路に比べるとだが、火を宿していて発火しそうだ。
無属性魔素を集めるべきだったか? それとも火の魔素に何らかの特性を持たせるのか?
まあ、現在は仕方がない。
二本目、そして最後の三本目には随分気合が抜け、気負いなく作成できた。それでも発火しそうな魔法経路に変わりはない。
いよいよ魔法陣本体だ。
昨晩は魔法力が少なくって魔法の残量を気にしながら作ったけど、今日は出来上がり重視で魔法力をそれなりに込めて一気に仕上げた方がいいんだろうな。
どうもそんな気がする。
迷っても意味がない。正解がわからないんだから。
よし。と、自分の間を信じる。そしてあとは迷わない。
よーく設計づを眺め、目をつぶって、鮮明な魔法陣を思い描く。それを数回繰り返す。
そして、火の魔素をかき集める。やっぱ、海上だからか火の魔素が薄い。
魔法陣に必要な火の魔素は三本の魔法経路と魔法陣核で集めた火の魔素と同等かチョット多めでもいいような気がする。
気長に魔素を集める。
しばらくして納得いく魔素が集まると、再度設計図を見て、魔法陣を鮮明に思い描く。
そしてその思い描いた魔法陣を制作中の魔法回路に重ねる。
体内の魔法力を練り、指先に集め。
『オリャー』
気合一斉。魔法陣を生成する。
フウー、と息を吐く。
魔法力を一旦ファイアーの魔法回路に流してみて、確認をしてみる。
そして、ゴクリと生唾を飲み込み、細心の注意を払って、魔法力は押さえて、
<ファイアー>
おお、直径二〇センチメルほどの火球が右手に現れた。
チョット見て直ぐ、『消えろ』と消滅させる。
比較対象が無いから何とも言えないが、以前見たヒーナのファイアーを思い出す。
あまり変わらなかった……いや、ヒーナの火はもっと安定してたような。でも、それは熟練度の差と言えなくもない。
まあ、なんにしても、うまくいった。良しとしよう。
ついでにウインドの魔法陣も作成しなおして、今度は、慎重に魔法を放った。
昨夜よりずいぶんすんなりと魔法が流れ、発動もスムーズだった。
もう一回の<ファイアー>で、ちょうど魔法を使い切ったというか、少々魔法残量が足りなかったが無理やり発動させた。
そして、盛大に気持ち悪…、ダルー…、と眠りについた。
◇ ◇ ◇
「おはようございます。よく眠れましたかー」
いたずら小僧顔のヒーナに起こされ、不覚にもパジャマのズボンを覗いてしまった。
「夜中に疲れた顔をしながら、グッスリと眠っていましたから、結んじゃいましょうかとも思いましたがやめました。
でも、ほどほどですよ(ウフフ)」
「はい、そうですね。おはようございます。
あいにくの雨ですが、もう少しで上がりそうですよ」
グッスリと長時間眠っていた所為か、気持ち悪さはそれほどでもなかった。
カーテンを開け、窓から外を見てみると、小雨が降っているが海はそれほど荒れてない。
遠くに青空がのぞいている。
◇ ◇ ◇
「さあ、食べよう。感謝を」
「感謝します」
「「「感謝します」」」
朝食の最中に、小型海魔獣の槍トビウオが群れで襲ってきて何かと騒がしかった。
一旦船長室に駆けつけたパパは、撃退も終わり興奮気味に帰ってきた。
深夜にもボスタンという巨大なエイ型の海魔獣を迎撃したそうだ。
「旦那様、奥様、報告があります」
パパが食事、他のみんなはお茶でお付き合いしているとヒーナが改まった。
「昨日のセージ様の魔素を感じ取る練習を奥様を交えて行いましたが、セージ様は早くも魔素を感じ取れるようになったそうです。
セージ様、どのように感じ取れたのか教えていただけますか」
「空中に小さな魔素の粒が飛んでいるのが見えるようになりました」
「見えるのですね。それははっきりとですか、色はどうですか」
「気持ちをリラックスさせて、意識を魔素に向けた時にしか見えません。
意識を同調させるっていうか、しばらく見てるとはっきりと見えてきて、いろんな色の小さな粒の魔素がいっぱい見えます。
海の上だからか、赤い火の魔素は少なく、水色の水の魔素が多いと思いました」
「ほう、俺は魔法は苦手で、身体魔法以外は生活魔法と土魔法をチョットしか使えないし、魔法は専門的に勉強してないんだが、それってすごいことなのか」
パパは感心するも、いまいちわからないようで、ママを見る。
「誉め言葉ではなく、魔法の才能が、神様に愛されているレベルであるということです。
わたくしも多少は見えるというか感じますが、セージの言うほどはっきり見えません」
「ほう、そいつはすごい」
「そうなんです。セージ様は本当にすごい才能をお持ちです」
なんだか大ごとになちゃった。
それと照れくさいから、もう、やめて。
うれしかったのは、隠れて確認した魔法値が“16”になっていたことだ。