159. オケアノス祭 四年生 荒れた海
お昼に晴れていた空が急変、黒い雲に覆われて、強風が吹いて、雷光が光、雷鳴が鳴り響いた。
どんよりとした空だが強風と雷は直ぐに止んだ。
ただし、巨大な雷の一つが仮設のセイントアミュレットブイを一気に二つ破壊していた。
仮設のセイントアミュレットブイを追加で設置しようと警備艇三隻に作業船一隻が出航する。
「急げー! 魔獣が侵入する前に設置するぞ!」
「「「…おお!…」」」
張り切る作業船の工兵たちだ。
そうしたところ体長二三メルのミニシーサーペントが出現した。
「戦闘用意!」
戦闘を想定しての警備艇三隻による出航だが、想定内で最悪な海魔獣だ。
魔導砲の準備は完了していたが、迎撃態勢、照準を定める前にミニシーサーペントの粘着性を帯びた溶解液で仮設のセイントアミュレットブイが一つ溶けて破壊された。
「撃てー!」
ドドーン、ズドーン。
警備艇三隻の魔導砲が唸る。
◇ ◇ ◇
オーラン市は貿易都市としては大きな方だが最大ではない。
ヴェネチアン国のエルドリッジ市から比べるとかなり小さい。
オーラン湾も小さく、通常は戦艦も配備されていない。
ただ、現在は各国の重要御人物が来訪しているし、中には王様などの最高責任者が訪れている国もある。
オケアノス海周辺諸国会議より一週間以上も早いというのにだ。
そんな状態なので、戦艦も三隻配置されているし、警備艇に至っては八隻増加している。
もちろん海兵も二部隊が増強されている。
湾も小さく、通常大型艦の一隻か二隻で湾の外を巡回していて、残った艦は湾の中で待機状態だ。
そして豪華可憐な御召し艦も何隻も停泊している。
臨時の桟橋も大活躍だ。
ヴェネチアン国からはミラーニアン公爵とセージの伯父のフォアノルン伯爵が来ているし、ロト国からはリヴェーダ王の側近が来駕してきているそうだ。
パパにママ、ウインダムス議員やマールさんは挨拶したらしいけど、僕たちが挨拶するのはオケアノス祭が終わって落ち着いてからになる。
見学に行った、御召し艦のヴィクトール・ヴェネチアンは豪華なうえに勇壮だった。
ロト国のアクアブルーの青い船体は気品があって華麗だ。もちろん戦艦に並みの装備を備えているそうだが、上手く武装を隠しているんだって。
話は飛ぶが、オーラン市の城壁外にも二つの陸上軍が配備されていて、もしもの時のために動けるだけの戦力が集められている。
海岸などや市内の警備にも兵士が繰り出されていて、オーラン市はかなり物々しい。
ちなみに城壁の拡張工事も進行中だ。
そうはいってもオーラン市のオケアノス祭は有名なお祭りで、観光客も多い。
いつもと違う緊張感はあるが、興奮とないまぜになって今年は不思議な雰囲気を醸し出していた。
海岸では早くも見物客が見たこともないミニシーサーペントに興奮している。
首長恐竜タイプのグリーダーも出現する。
ある意味、オケアノス祭以上の興奮状態だ。
中には、海魔獣との戦闘がなければオケアノス祭じゃないといいきる観光客もいるくらいだ。
それがミニシーサーペントに興奮しないはずがない。
いくら軍隊といえども、警邏で回っているのは十数人の兵士でだ。
「あぶない。下がれー!」
それが数百人に叫んでも効果が無いのは当たり前だ。
群衆の興奮に魔獣が反応するのは当然のことで、オケアノス祭の本祭の前日の今日から、海魔獣がオーラン湾へ侵入してくる確率が高い。
ステージでの催しものもあるが、そういった別の期待もあって、海岸への散歩というか、やじうま根性というか、人々が集まる場所となっている。
◇ ◇ ◇
話は海上戦闘に戻る。
魔導砲がうなりを上げるが、ミニシーサーペントの水の障壁にことごとくはばまれてしまう。
「軍艦はまだかー!」
「急速接近中です。到着までおおよそ五分です!」
「撃てー!」
ドドーン、ズドーン……。
魔導砲が唸り続ける。
「他国の船に近づけるな!」
「客の船に傷を付けたら恥と知れー!」
三隻の警備艇の甲板上では様々な怒鳴り声が飛び交う。
三隻の警備艇は、今回のために配備されたマリオン国の警備艇で、新たに作成された短針魔導砲――電撃針や灼熱針――ではない。
砲弾は従来型の球体砲弾だ。
そこにオーラン市の短針魔導砲を搭載した警備艇が、戦艦より先に到着した。
「撃てー!」
ドドーン。
電撃針魔導砲が轟く。
ちなみに、現在出荷されたものは強化改良が行われた、改良版だ。
最初に初期型としてオーラン市のみで販売されたものも、この改良版に交換か改変されている。
二五本の短針。
短針といっても一本が三五センチメル、太さは四センチメル弱もある極太の鋭いミスリル硬鋼線が、回転しながら高速で撃ちだされる。
交換の理由は短針の太さと長さを若干だが太く、そして長くしたため、短針を統一するためだ。
そのため、威力も射出速度も初期型よりアップしたものだ。
水の障壁によって半数がはばまれ、中心部の短針数本がミニシーサーペントに突き刺さる。
GYUWAAA----NN。
ミニシーサーペントが痛みに吠えた。
粘着性を帯びた溶解液が周囲に飛び散る。
「接近し過ぎるなー!」
「たたみこめー!」
「負けずに撃てー!」
ドドーン、と号砲が轟くが、効果が無い。
ドドーンと電撃針魔導砲が再度轟く。
GYUWAAA----NN。
再度ミニシーサーペントが痛みに吠えた。
盛大に粘着性を帯びた溶解液が周囲に飛び散る。
警備兵からも、ギャーッ、と悲鳴が上がる。
「退避ー!」
[距離を取れー!]
警備艇の甲板では水魔法が放たれ、溶解液を中和する。
溶解液を掛けられた警備兵の一番もろい服のほとんどが溶けて、ボロボロになった防具だけの格好の兵士三人たたずんでいた。
肌も部分的に赤く腫れあがっている。
「隠せ!」「恥を知らんのか!」「治療は奥に行ってやれ!」
真っ赤になった警備兵と治癒魔法士が怒鳴られている。
海岸から見苦しい格好、半裸が丸見えだ。
まあ、それなりに離れているから見えるかどうかは微妙だが。
「一旦離脱、防衛体制を整えろ」
指揮官の怒号でさらに距離を取るように舵を取る。
◇ ◇ ◇
その戦闘を“海の貴婦人”の甲板から眺めている、女の子がいた。
もちろんキフィアーナだ。
オケアノス祭の警備にも参加できずに“つまらない”、“なんでわたしだけ”、と思っていたところに面白いショーが開催されたのだ。
それも目の前で。
キフィアーナは、いそいそと船内に入って着替え、装備を身に着け、甲板に上がってきた。
「キフィアーナ、行っきまーす! <フライ>」
「姫さまー!」「戻って下さーい!」
後ろ髪を全然引かれない叫び声を聞き流し、高速でかっとんで空を自由に飛ぶ解放感に胸が躍る。
カートリッジガンを右手に持って戦闘準備は完了している。
本当はカートリッジライフルが欲しいところだけど、持ってる最大威力の遠距離武器はこれしかない。
戦闘中にカートリッジの交換は、フェイクバッグからの取り出して行うしかないし、カートリッジに短針を詰めるのには手間もかかる。
撃てるのは手持ちの五発だけだ。
その後はショートスピアによる突貫も考えたけど、砲撃の中では無理だろうし、五発も撃てば気分も晴れるだろう。
自前の魔法陣もセージの『複写』用に極秘で用意したという、レベル8までの魔法陣しかないから強力な攻撃魔法もない。
なんでも強力な魔法は個人魔法だそうだ。
イメージ文字化に、個人魔法も教えてもらったけど、理解はできたけどめんどくさいから棚上げしてた。
こんなことなら頑張って作っておけばよかった。もう一度セージから教えてもらおう。
そんなこんなの思考をめぐらせ、ヤッパリ五発撃って帰るしかなさそうだとあきらめた。
警備艇の邪魔にならない角度に移動してっと…。
砲撃の合間、あくまでも支援で邪魔にならないようにだ。
バン。
手になじんだ感覚。反動が心地良い。
ヤッパリ、カートリッジガンじゃ水の障壁は破れないようだ。
カートリッジを手早く交換。
警備艇が何やら怒鳴っているけど、離れているから聞こえない。
まあ、怒鳴っている内容は想像つくけどね。
でも冒険者の支援は日常茶飯事だ。
バン。
もう一発撃ったら、ヒルデさんのお迎えが来てしまった。
「キフィアーナ様! 一体何をされていらっしゃるのですか。迷惑がわからないのですか。帰ります!」
「はーい」
短い冒険だった。……と、突然。
キャーー……。
わたしに覆いかぶさるヒルデさん。そのヒルデさんを通して何かをたたきつけられたような強烈な衝撃に見舞われた。
一瞬息が止まった。
ザッパーン。と海に沈む。
ヒルデさん……。
私をかばったヒルデさんが……気絶している。
フライが効いているし、身体強化があるから、大人のヒルデさんの体もなななく抱えられる。
体中が痛みで悲鳴を上げる。
ヒルデさんを抱えて、海から顔を出す。
もう一匹。
そう、もう一匹ミニシーサーペントがいたんだ。
そのミニシーサーペントの尾の一撃を食らったことが理解できた。
そしてそのミニシーサーペントが大きな口を開けてこっちに向かってくる。
動こうとしたら右肩にズキリと激痛が走った。
◇ ◇ ◇
僕たちは海岸の端にホワイトホールで転移した。
どうしたんだろうと、思ってみんなの注目する方を見れば、ミニシーサーペントだ。
「あれだけ警備艇がいるから大丈夫だよね」
「大丈夫でしょう」
「今の時期、おとなしくしていた方がいいぞ」
「そうだよね」
もどかしい戦闘と、ステージの演目が中断されるも、盛り上がる海岸の群衆を眺めながら、警備艇を応援する。…と。
「あれキフィアーナちゃんだよね」
「そうみたい……」
「あのバカ何やってるんだか、人の迷惑ってものがわからないのか」
「ヒルデさんが到着したから……<テレポート>」
「セージちゃん」
僕は空中に遷移すると瞬時に戦闘モード、魔法とスキルで強化した。
<フライ><フィフススフィア><身体強化>『レーダー』『浮遊眼』『加速』『並列思考』『隠形』『認識阻害』
服装や防具は警備で歩き回っていた時と同じだから、付与魔法で強化しているものだから、多少の無理でも何とかなるだろう。
紅銀輝を取り出し、コノヤロー。
最大加速でキフィアーナちゃんに襲い掛かろうとするミニシーサーペントに切りつける。いや切っても、ミニシーサーペントの口はキフィアーナちゃんを飲み込む。
態勢を変えて、ミニシーサーペントの頭を蹴りつける。
水の障壁にはばまれたけど、最強に強化された僕の敵じゃない。
ドガッと頭にめり込むような感覚が足に伝わる。
そして、ミニシーサーペントの頭を大きく蹴り飛ばしていた。
「セージちゃん、キフィアーナちゃんとヒルデさんは任せて」
「もう一匹は任せろ」
後ろから心強い声が聞こえた。
「ルードちゃんそっちはダメだ!」
ルードちゃん、そっちのミニシーサーペントは巨大で、強さは“128”もあるから。
まあ、こっちのシーサーペントも“121”と、ルードちゃんにはきついよね。
「けん制だけだ、無理はしない。早めにそっちをかたずけろ」
「了解」
ルードちゃんの言葉に僕はルードちゃんの指し示すシーサーペントに向かって飛んだ。
ミクちゃんはルードちゃんの動きを確認すると、治療を開始している。
僕たちが出現したことによって、砲撃が止んだ。
「どけろ」「じゃまだ」などの怒号が聞こえる。
「子供だ」「にげろ」などの驚きや、心配する声も聞こえる。
急速Uターンして、今度こそ。
紅銀輝に魔法力を流し込み、加速しながら、ジグザク飛行。オーッと。速度上げすぎ。
バン。
ルードちゃんのけん制のカートリッジガンの射撃に、ミニシーサーペントの注意がそれる。
その隙に、オリャーッ、と高周波ブレードとなった紅銀輝で首筋を大きく切り裂いて、返す刀というか、Uターンで返す体というか、ミニシーサーペントの頭に紅銀輝を突き刺し、追加の魔法力を込めて<ハイパーボルテックス>……、手ごたえを感じた。
もう一度<ハイパーボルテックス>
そしてアイテムボックスに収納する。
「おまたせ」
ルードちゃんに聞こえないだろうけど声を掛け、手で合図する。
そうすると僕の意を察したのか、回り込んでカートリッジライフルを撃って、ミニシーサーペントの注意を引き付ける。
海から長く伸びた首(?)をさらすミニシーサーペント。
さっきと同様に、紅銀輝に魔法力を流して高周波ブレードで首筋を切り裂く。
大きく返す刀で、脳天に突き刺し<ハイパーボルテックス>……、もう一度<ハイパーボルテックス>
一旦アイテムボックスに放り込んで、小さな方のミニシーサーペントを警備艇の上に放りだす。
これで面目もたつだろう。
「ルードちゃん、やるよ!」
ルードちゃんは僕に手を上げて合図を返すと、すでにグリーダーの討伐に入っていた。
ミクちゃんは、警備艇にキフィアーナちゃんと、失神したヒルデさんを下ろし、治療をしている。
僕もその手近なグリーダー数匹を倒して警備艇に舞い降りる。
グリーダーの他にも何匹もの海魔獣が侵入しているけど、それらはザコ魔獣だからどうでもいいや。警備艇に任せよう。
軍艦が到着したみたいだけど……それは、放置だな。
「ルードちゃーん、撤収するよー!」
手を上げて、合図するとルードちゃんが僕たちのいる警備艇に降り立つ。
「オマエは最低なヤツだな。もう、ウチ等にかかわるな。
セージ、ミク帰ろう」
「…ああ」「…うん」
「キフィアーナちゃんとヒルデさん大丈夫?」
「治療したけど、あとはお医者さんね」
キフィアーナちゃんは物から意識はあったけど、ヒルデさんはもうろうとだけど気が付いたみたいだ。
「お大事に」「ゆっくり休んで下さい」「気を付けて」
三人で手をつないで<テレポート>……、海岸ではなく、社務所の横、陰になっている場所に転移した。
◇ ◇ ◇
午後の警備ボランテイアは、チョット……、まあ、チョットってことで……気分がささくれ立って、やり過ぎちゃったと思う。
「セージちゃん!」
「ドリームガンを使いなさいよ」
ミクちゃんとルードちゃんに度叱られたのは二度目だ。
その後はミクちゃんとルードちゃんがドリームガンで対処した。
これからのキフィアーナちゃんとの関係をどうするか、誰も口にしないまま、午後三時に警備のボランティアが終わった。
あ、お昼食べるの忘れてた。
道理でお腹がペッコリだったはずだ。