147. アクアダンジョン深部へ Ⅱ
四月一五日黄曜日、九層に下りる。
ここからがアクアダンジョンたるゆえんというか醍醐味だ。
見た目は七層と八層よりまた広くなっている。濃厚な空気で体が重い。
植生は木々もあるが海藻やサンゴなどが多めになっている。
そして空中を泳げるんだそうだ。
息ができるから、水中ではないけど、そのような空間だ。
火魔法がほとんど効果がないが熱魔法は有効だ。
土魔法も発生させる土の量が激減する。
水魔法は思いのままだけど、海魔獣には効果が少ない。
風(移動)魔法も抑制され速度が落ちる。
「<フライ>」
泳ぐより早いが、いつもの速度の三分の一程度の速度しか出ない。
水球はフィフススフィアで強制的に弾き飛ばす。
そして魔獣の泳ぐ速度は逆にアップする。
相対的にかなり不利になる空間だ。
ロータス市の冒険者も、ここ九層にはあまり来ないので、情報は古いもので、あてにならない可能性があるから注意が必要だ。
歩くにも相応の力が必要だ。
身体強化は必須だ。
レーダーというより空間認識も距離がかなり狭まっている。
空間認識“10”の通常の球形時の半径は一二〇メル、伸長して安定して認識できる距離は八八〇メルほどだ。
浮遊眼“7”で視認できる範囲は、距離が四.五キロ以内だと半径二五メル程度だ。距離が六キロ以内だと半径が一五メルと落ちる。
それらも三分の一程の機能となっている。
普通に発動する魔法は無属性魔法のシールド系や、射程距離は多少は短くなったみたいだけど光魔法だ。
情報だと、防御を固めた肉弾戦が有効な手段だそうで、泳いで戦うなんてもってのほか、ナンセンスだ。って当たり前だ。誰が魚と泳ぎで勝負をする奴があるかってんだ。
「レーダーの範囲が狭いから注意して進むよ」
「「「「了解」」」」
声もこもるのか。
水球やクラゲが浮かぶ周囲を観察すると、動きが遅いトゲオニヒトデ(猛毒のヒトデ型)、ヤリガンガゼ(毒トゲを飛ばすウニ型)、捕食ギンチャク(毒触手のイソギンチャク)などが見受けられるが、わざわざ狩る必要もない。
というかヒトデ系とイソギンチャク系は再生力が半端じゃない。半分に切るとそれぞれが、三つに切っても、四つに切ってもそれぞれが成長するほどだ。魔獣核も復活する厄介魔獣だ。
退治するには一般的には高熱で焼くことになるし、僕ならソーラーレイで焼くことも可能だ。
強くはないけど、とにかくめんどくさいんだ。
少し進むとイクチオサウルス(強さ“45”前後)二匹と遭遇。
<ホーリーフラッシュ><ハイパージェットストリーム>
黒い水球を破壊して、その他の水球やクラゲを吹き飛ばす。
「まずは僕とミクちゃんで行くね」
チームを組まないといけないような戦闘でなければ、基本は経験値稼ぎだ。
それと総合の高い僕とミクちゃんがまずは戦って、様子見ってのもある。
水砲弾を放ちながら高速水泳で突進してくるところを、<フィフススフィア>で水砲弾の連射を弾きながら赤銀輝を振り上げ、身を屈めて切りつけた。
頭上を通り過ぎるイクチオサウルスの腹を大きく切り裂いた。
血を振りまきながらも、再度向かってくる。
<ステップ>
二段跳んで、脳天に赤銀輝を突き刺して、<ボルテックス>で止めを刺す。
加速スキルの所為か思ったより良く動ける。気にするほどじゃないか。
「特に問題はなさそうだね」
「そうみたいですね」
<ステップ>と巧みに使って、二度の回避後に、相手の突進力を利用して、ショートスピアを思いっきり突き立て、<ボルテックス>でもう一匹を倒したミクちゃんがうなずく。
ミクちゃんも加速持ちで、基本は僕と同じような戦い方をする。
様子見だからまだあまり奥には行かない。
ブラブラしてたら、またも遭遇した。
<ホーリーフラッシュ><ハイパージェットストリーム>
黒い水球を破壊して、その他の水球を吹き飛ばす。
「ダブルヘッドシャークは強さは“50”程度、イクチオサウルスは“43”程度、紅ノコギリエイは“44”程度だ」
ダンジョン内だから強さがハッキリとわからない。
「キフィアーナちゃんはイクチオサウルスね」
あとは適当に割り振って戦闘するから、お任せだ。
「なんでわたしがイクチオサウルスなのよ!」
「僕たちの戦闘を見てたでしょ」
「わかったわよ」
どうやらルードちゃんがダブルヘッドシャークで、リエッタさんが紅ノコギリエイに決まったみたいだ。
ダブルヘッドシャークが口を開け、錯乱音波を放ってきたところを、ルードちゃんが矢の連射で口をふさぐ。
水砲弾は幻惑スキルの分身で避け、戸惑ってるところに矢の連射だ。
リエッタさんは紅ノコギリエイの毒ののこぎりの切り裂き攻撃を盾で防ぎ、飛び散る毒はフィフススフアで弾き飛ばす。
頑強と見切りスキルをフル活動させて、避けて受けて、相手の動きに合わせてショートスピアで反撃、離れたところを片鉄菱の投てきで追い打ちをかける。見ていて危なげない。
キフィアーナちゃんはまだ自分の戦闘が定まっていない。しいて言えば強引な力技だ。
今回はレベル差があるからいいけど、同格との戦闘だと苦労するだろう。
全員戦闘を体験したってことで、奥に踏み出す。
いや、しばらく泳いでみるか。どうせそのうちに泳がないといけないんだから。
「相変わらず、セージちゃんらしい」
ユックリと泳いでいたら、ミクちゃんにックスクスと笑われてしまった。
フン、どうせノリで動くし、流されやすいたちですよ、だ。
「お客さんが来たみたい」
僕は地面に足を付け、迎撃態勢に身を構える。
「錯乱音波のダブルヘッドシャーク。
サメ型のデミメガロドンは強靭で体当たりに噛みつきに衝撃水流は強烈だ。
その他にはソードフィッシュが六匹程で、体が鋭い剣で素早い動きをする」
とうぜん海魔獣だから通常の水魔法も使う。
「キフィアーナちゃんの経験値稼ぎをしてもいいかな」
「いいよ」「いいわよ」「いいですよ」の了解をもらう。
「デミメガロドンの強さは“65”程度、ワイヤーネットを掛けて捕縛するからいつものようにね」
「ヤッター」
キフィアーナちゃんの瞳がキラキラと輝く。
下層に行くからには、もっと強くなっていてもらわないとね。それはみんなもわかってくれている。
デミメガロドン程度じゃ僕の敵じゃない。もちろん油断はしないけどね。
デミメガロドンの突進を一度かわして、感じをつかむ。思っていたより衝撃波が強い。
<マジッククラッシャー>
ひるんだ隙にワイヤーネットを絡めて、<粘着弾>を大目に放って捕縛完了だ。
「今だ!」
「オリャー!」
キフィアーナちゃんに止めを刺させて完了だ。
九層には地上の大型獣魔獣は居ないようだ。
いるのは蛇や蜘蛛に小さな昆虫程度だ。
情報でもそうなっている。
泳いだりもして楽しみながら、そして同様な狩りにを何度か繰り返した。
キフィアーナちゃんも結構な経験値を稼いだことだろう。
タコ型のオクトーパはうねうねと動く触手に毒粘着液、その上幻惑に分身までも使ってくるので捕縛をあきらめ、全員で一気に討伐した。
本日最強の特大エイ魔獣のボスタン。
ボスタンにしてはかなり小型だが、強さ“76”とかなりの強さだ。
各種水魔法と、錯乱波を放ってきたが、ワイヤーネットを三枚使って捕縛に成功した。
キフィアーナちゃんが瞳をランランと輝かせて止めを刺していた。
二つ目のドライエリアを発見。
岩壁にポッカリと開いた洞穴がドライエリアなんだけど、すべたがドライエリアってわけでもない。
唯の洞穴もあるから入って確認してみるしかない。
中に水球やクラゲが漂っていなければドライエリアだ。
焼肉とシチューで昼食を摂る。
シッカリとお菓子とお茶も必須だ。
ほぼ正午の黒い波動は相変わらずで、一気に拡散した。
それとともに振動、地面の揺れが感じられた。
黒い波動が通り過ぎると、負の魔素と魔法力が濃厚になった。上の層でも感じられたけど九層だとそれが顕著だ。
これだけ強い負の魔素と魔法力だと、耐性の無い人じゃ無理だろう。
調査が進まないのはこの所為か。
「完全に下層みたいだね」
「この揺れ、そうみたいね」
「地震だけど、こんなに正確に揺れる地震なんてないわよね」
「セージ君、どこかにこのような情報が報告されていたりしますか」
「いいえ、僕の読んだ本や報告書には載っていませんね」
「他にはこのような現象に心当たりがある人はいますか」
全員が首を横に振る。
「とにかく言ってみっるしかないんでしょう」
キフィアーナちゃんには、疑問や不安よりも、好奇心の方がおう盛みたいだ。
まあ、僕もそっち派だけどね。
「セージちゃん大丈夫よね」
ミクちゃんは心配派のようだけど。
「ああ、ドーンと任せておいて」
「なんだか余計に心配になってきた」
昼に濃厚になった負の魔素と魔法力は周囲に吸収されたのか、もしくは魔獣に吸収されたのか通常の濃度まで落ちてきた。
午後も狩りを続け、三時ごろに目指す階段を発見。
上に向かって泳いで、空中の階段に到着する。
階段を下ると一〇層だ。
ここまで降りると情報がほとんどない。
何匹か狩りをすると、今日最強の獲物と遭遇した。
メガロドンで強さは“85”前後、巨体と頑強な体を更に強化して体当たりを得意とする。
もちろん顎の力は強く噛みつかれたらひとたまりもない。
大水爆――水素爆弾ではない――という濃縮水球弾も強力だ。
僕がおとりになって、ミクちゃんたちによってワイヤーネットで捕縛され、キフィアーナちゃんの経験値となった。
ドライエリアを見つけたので早めにキャンプする。
さすがのキフィアーナちゃんも、「まだまだ疲れてないわよ!」とお疲れ気味。
「疲れてないってば!」
「いいから、いいから」
早めに休むことにした。
相変わらず深夜に黒い波動が発生した。
そしてそれとともに昼と一緒で振動、地面の揺れが感じられた。
黒い波動が通り過ぎると、またもや負の魔素と魔法力が濃厚になった。それも九層以上にだ。
「ヤッパリ下層だよね」
「そうみたいね」
警備についていた僕の呟きに、ミクちゃんが反応した。
僕はワクワクと期待感があるけれど、ミクちゃんはヤッパリ心配なようだ。
「僕がミクちゃんを守るからね」
「ありがとう。私もセージちゃんを守るから……」
あれっ、なんだかミクちゃんの言葉が尻すぼみに。
「……どうしたの」
「……」
「何か問題でも」
「……怒らないでね」
「ああ」
「セージちゃんの昔を思い出して、不安になっちゃったの。ごめんね」
それって、須田雅治のことだよね。
「絶対に大丈夫だから」
「うん、信頼してる」
チョット複雑だ。
「それにしても、ここまで大変だとは思わなかったね」
釈然としないけど、話題を変えた。
「ええ、原因究明できるのかしら」
「どうせあと一層でしょ。やらなきゃね」
「そうね」
情報によると一一層が最終層なんだ。
どうせ次元の裂け目が何か悪さをしているんだろう。
頑張らなきゃ、だ。
◇ ◇ ◇
四月一六日緑曜日。
キフィアーナちゃんの総合が“77”にまで上がった。
「ヤッター」
レベルアップ酔いにもかからず、歓喜に浮かれるキフィアーナちゃん。
かなりの進歩だ。
その後はアーケロンにデミプレシオサウルス、ボスタンにメガロドンと“80”から“100”近くの魔獣の多くをキフィアーナちゃんに止めを刺させた。
キフィアーナちゃんも大型魔獣との戦闘にも、かなり慣れたようだ。
そしてことあるごとに短針魔導ガンを撃ちたがるって、おまけ付きだ。
まあ、昨日も止めで何度か撃たせてあげてるからか、思ったよりも総合が伸びていないんだけどね。
夕方近くまでそれを続け、またもや空中の階段を発見。
泳いで階段にたどり着いて一一層に下りた。
見た目は一〇層と変わり映えしない感じだけど格段に広い。
それと負の魔素と魔法力の濃度がグンと跳ね上がった。
ここに次元の裂け目があるのだろう。
「水球や、クラゲがでかいね」
負の魔素や魔法力の影響だろう。
直ぐに気づいた点がそれだ。
「栄養豊富って感じだよね」
突然リエッタさん座り込んでしまった。
「リエッタさん、大丈夫?」
「ええ、何とか」
闇魔法持ちでも体調を崩すほどか?
聖徒の僕たちには耐えられるけど、闇魔法持ちの耐性じゃ難しいってことなのか?
「大丈夫じゃないでしょう」
リエッタさんの顔が蒼い。それに汗が噴き出ている。
僕はリエッタさんの手を持って、体内の魔法力の活性化を行う。
しばらくそれを続ける。
「ありがとうございます。だいぶ楽になりました」
体長万全というわけにもいかないだろうけど、顔色が良くなった。
リエッタさんが汗をぬぐって、立ち上がる。
「ここの波動はギランダー帝国の時と違うようです」
「どう違うの」
「普通の闇魔法の波動と違って、まがまがしさが強化されているような気がします。
あくまでも私の体感的な感覚、印象でですが」
濃厚な圧力は感じるけどそんな感じはしない。
「誰か感じる?」
「微妙にざらついた感じがするわね」
答えたのはルードちゃんだ。
エルフの繊細な感覚のなせる業か。
「私もなんとなく違う気がするわ。ルードちゃんのざらついたって言葉は分かる気がする」
感覚強化スキル持ちのミクちゃんだからか。認識できるんじゃないかな。
キフィアーナちゃんに目を向けると、目をそらされた。
うん、仲間がいたよ。
もう一度リエッタさんの体内を活性化する。
かなり楽になったようだ。
周囲を警戒しながらしばらく休憩をする。ドライエリア以外での休憩は初めてだ。
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
「具合が悪くなりそうなら、直ぐに言ってくださいね」
「わかりました。その時はお願いします」
ここまで来てリエッタさんを置いていけるはずもない。
様子見をしながら、次元の裂け目を目指すが、もちろんそのような情報は無いから、感で進むしかない。
かなり気を引き締めて、次元の亀裂を探すことになりそうだ。