143. がんばれキフィアーナ
二月五日白曜日。
キフィアーナは授業が終わり、魔導車による保護者代理のヒルデ先生と護衛のお迎え。
「セージスタ殿たちが帰宅しました」
教育係としてのヒルデ先生との付き合いが長い。
何かと頭が上がらない人だけど、頼りにも、また信頼している人だ。
「ノルンバック家に行きます」
「かしこまりました」
「セージスタ殿に面会をお願いします。
もしいらっしゃればミクリーナ殿とルードティリア殿にもお会いしたいのですが」
ヒルデ先生が訪問の目的を告げると、応接室に通された。
この段階ではヒルデ先生というより、保護者代理のヒルデさんなのだが。
ヒルデ先生に付き添われ、待つこと数分でセージたちがやってきた。
挨拶を交わして、
「セージ殿、この前は申し訳ありませんでした」
シッカリと頭を下げた。
「え、セージ殿? プッ…」
笑われた。
ミクとルードからも笑われているような…。
叔父様であるミラーニアン公爵の呼び方、最近ではお爺様もセージに敬称を付けて呼ぶので、そのまねをしてみたのだすが…。
「セージ失礼です。か、帰ります」
「キフィアーナ様」
「帰ります!」
「本日はお時間を頂き感謝いたします」
背中でヒルデ先生の声がする。
セージがミクやルードに失跡されていたけど、キフィアーナは見ていなかった。
その叱責するミクとルードも、同い年とはいえ、大人ぶるキフィアーナにおかしさを覚えたいたのだが。
◇ ◇ ◇
二月六日黒曜日。
朝食を済ませ、けば立つ気分を落ち着かせようと、お茶と飲んでいるけど、どうも落ち着かない。
そのようなときに、お代わりのお茶を淹れてくれるヒルデ先生に声を掛けられた。
「国に帰りますか」
「帰れないでしょう。強くなってセージを見返してやるのよ」
「どのようにでしょうか」
「これから考える」
ヒルデ先生が出ていったしまいました。
どうも気持ちが落ち着かない。むしゃくしゃする。
ヒルデ先生と話したかったな。
◇ ◇ ◇
昼食を部屋で摂りながら、ヒルデ先生に問いかけてみた。
「何故このようになってしまったのかな」
「このようにとは、どういうことでしょう」
「この状況よ」
「この状況とは?」
「もういい」
「失礼しました」
◇ ◇ ◇
夕食時にもう一度ヒルデ先生に話しかけてみた。
「ヒルデ先生、どうしたらこの、えー、このにっちもさっちもいかない状況を打開できると思いますか」
「にっちもさっちも位階な状況とは、セージスタ殿から鍛えていただけない状況のことでしょうか」
「そうですね、その状況です」
「それでしたら一つしかありません」
あるのですか、でもその答えを聞くのが怖かったりもします。
「その答えとは何ですか」
「キフィアーナ様が変わることです」
わたしの期待していた答えでも、怖がっていた答えでもない。
わたしが変わる…?
「それはどういうことでしょう」
「キフィアーナ様は、現在自由国家マリオンのオーラン市に滞在されております」
もちろんその通りだ。
わたしは戸惑いながらも、そうですね、とうなずいた。
「現在のキフィアーナ様は、ヴェネチアン国の姫様であって、姫様でないということをお分かりですか」
はあ? 理解不能です。
「どういうことでしょうか」
「単刀直入に申し上げてよろしいでしょうか」
「ええ、できればわたしの理解できる内容にして話してもらえますか」
「かしこまりました。
ここは外国です。ヴェネチアン国ではございません」
そんなのは当然だ。
「キフィアーナ様はヴェネチアン国の姫殿下としてふるまわれています」
尊厳のある身分ですから、当然のことです。
「しかしキフィアーナ様は学生で留学生です。
ヴェネチアン国のミラーノ初等魔法学校に通ってるわけではありません。
ましてや、ご学友にご教授していただいている身でもあります」
セージは強いんだもの、教えてもらわないといけないのは当然です。
「その教えていただいていることが、当然だと思っていることがキフィアーナ様のそもそものカン違い、間違いだと思います」
できる人ができない人に教えるのは普通のことではないのですか。
「当然だと思っていません。それはヒルデの勘違いです」
「いいえ、そうではございません。
当然キフィアーナ様はそのことをご存知でも、態度はヴェネチアン国の姫であり、セースタ殿たちへの態度は家臣のそのままです」
そのようなことを言われてもわかりません。…が要は対等ってことでしょう。その程度は分かってるわよ。
とはいえ、お爺様からは、家臣のように仕えなさい、と言われましたが、それもわからないままですし。
どうすればよいか首をひねていると、ヒルデ先生が言葉を続けた。
「簡単なことです」
「簡単なこと⁉」
「セージスタ殿を兄と、ミクリーナ殿とルードティリア殿を姉と思えばよろしいのです」
セージが兄上⁉ 笑っちゃいます。
当然ですが、そのように考えたことはないし。
「そのようなことはできそうにありません」
「それができなければキフィアーナ様はこのまま帰ることになるでしょう。
友人に敬意を払うのは当然のことです。敬意を払えるからこそ友人となりえるのです」
失礼しました、とヒルデ先生が出ていってしまいました。
敬意ですか、そのようなことは思っていませんでした。
もちろんセージやミクなど、クラスメイトを邪険に扱ったり、傲慢に振るまったりした覚えはないのですが、対等に敬意ですか……。友人ですか。
セージはわたしのことをどう思っているのでしょう。
改めて考えてみます。
なんだか知らないけど、チョットだけスッキリしたような、しないような……。
ううん、こんなことじゃダメダメ。
ウジウジめそめそはキフィアーナじゃない。
それとできれば、ううん、絶対に初志貫徹。セージと一緒に大災厄を終結させて見せるんだから。
ヴェネチアン国を出発する前に、ヒルデ先生に『ミクリーナ殿は強敵ですよ』って言われてたっけ。
セージだけじゃなく、本当にミクやルードもとてつもなく強かった。信じられないほど。
絶対にミクより強くなってやるんだから。
絶対に誰よりも強くなって見せるんだから。
お爺様が言っていた、女は度胸と愛嬌だって、それに敬意が加われば無敵だろう。それが難しんだけど。
セージとは明日もう一度話してみよう。
◇ ◇ ◇
二月七日赤曜日。
「キフィアーナちゃん、一昨日は笑っちゃってごめんね」
話をしようとする前に、話しかけられてしまった。
「いいえ、許します。
わたしもセージど……セージと会話をしたかったところです。
わたしの方こそ、……(がんばれキフィアーナ、兄上、兄上、兄上よ)……も」
「も?」
「申しわけありませんでした。
(兄上、兄上、兄上)
戦闘で不用意な発言と行動は以後気を付けますので、これからもご指導をよろしくお願いします」
はあ、言えた。
「僕も、チョット言いすぎ、やり過ぎちゃったようだね」
「ミクとルードも(姉上、姉上、姉上)、ごめんなさい」
「いいえ、わかってくれれば構いません」
「私はまだ許していないから」
ムカッ、っと、我慢よキフィアーナ、ケンカをした時のカレリーナ姉上よ。
「許してもらえるように、努力するわ」
「セージに迷惑かけるんなら、許さないから」
ホントに信頼されてるんだ。
わたしはそれを裏切ったんだよね。気を付けなきゃ。
でもわかっているような、わかりきれないような、消化不良の時みたいにスッキリとしません。
◇ ◇ ◇
二月八日青曜日。
いつもの狩りに来ている。
セージとミクと一緒だけど、チョットだけ違うのは、ボティス密林の近くで狩りをしているってことだ。
昨日、セージに付き合ってもらって、身体強化をし続けて、ショートスピアの使い方をもう一度おさらいした。
おかげで、魔法力の枯渇で気持ち悪くなっちゃたっておまけ付きだ。
まあ、準備は万端だ。
「いた。あっちに行くよ。<テレポート>」
<身体強化>に、『鑑定』『看破』『索敵』『魔素感知』『魔力眼』と全てのスキルを再確認する。
よし、OKだ。
「<スカイウォーク>」
セージのさしだす、手を握って空を掛ける。気持ちいい。
セージは何も言わないから自分で索敵をしなさいってことでしょう。
発見。
「ブッシュキャット」
わたしのスキルは低く、まだ強さは分からないけど、キッチリと勉強はしてきた。
ジャンプアタックに分身とすばしっこい猫魔獣だ。
強さは“30”~“40”弱が、一般的な強さのはずだ。
前回失敗したクラッシュホッグは“41”だったから、それからすれば弱いはずだ。
セージが口に指を立てて、シー、と笑う。
声が大きかったようだ。
セージが指で、ここに居ろと、指さすのでうなずく。
手を離すとセージが大気に溶け込んだ。
それでも居るとわかって見ると、かすんで見える。
ホントにとんでもないスキル持ちだ。
両手から粘着弾が次々に飛び出してブッシュキャットが、あっという間にからめとってしまう。
暴れているけど、それをねじ伏せるだけの粘着性と魔法力だ。
どれだけ反則技なんだか。
「キフィアーナちゃん、行くよ」
「はい」
ミクとルードもこうやって強くなったのかしら。
捕縛されていてもブッシュキャットの動きを注視・観察をしてっと。
ショートスピアに魔法力を流し込んで、動作確認。
高周波ブレードの動作OK。この付与も反則技だ。
こんな切れ味のいいショートスピアとショートソードなんて見たことも聞いたこともない。
粘着弾だって、通常の魔法よりもねんちゃくせいが強化されたものだって。
どこの魔法研究所から魔法陣を提供してもらってるんだろうって思えるくらい、もちろん魔法研究所がどれだけのすごいか知らないけれど、それらすべてをセージが作り出した魔法だっていう。
ホントに反則だらけだ。
わたしは絶対に、セージの横に並べるように頑張るんだ。
直視と魔力眼でブッシュキャットを観察。
行くよ! 視線でセージに合図する。
セージが親指を上げる。
無言で気合を入れ、狙いを定め、イッケー!
ズブリとした確かな手ごたえ。
魔法力を流し込んでボルテックス発動。
グッタリしたブッシュキャットを鑑定と看破で確認してから、スカイウォークを降りて、ゴン。
蹴飛ばして完了だ。
「セージどうだった」
「まあまあだね」
「どこがよ!」
「まずは身体強化Ⅱにならないと、動きが遅い」
「そうだね。やっとスタートラインに立ったってところだもの」
セージだけでなく、ミクにまで。クソッ、てアラはしたない。兄上、姉上っと。
「わかりました。セージ、それでは次をお願いします」
とにかく今日は我慢して、週末にモモガン森林に連れていってもらうんだ。
その後は強い魔獣とは遭遇しなかった。
いくらボティス密林に接近したからといって、早々強い魔獣に遭遇できるわけではない。
赤耳フォックスの強さ“27”を筆頭に、あとは大縞ムカデなどの強さが“20”から“25”程度の魔獣ばかりだった。
◇ ◇ ◇
総合は“28”になって、身体強化Ⅱがもう少しで使えそうな気がする。
ただ練習だけの問題だ、と思う。
そして体系だった魔法を教えてもらっている。それもセージからだ。
今までのミラーノ初等魔法学校で習っていた魔法の授業は何だったのって思えるほどシッカリと体系立てた講義だった。
なんでも魔力眼と魔素感知のスキルが有ると無いとでは理解力に格段の開きがあて、説明が違うんだそうだ。
それにしてもこうまで違うとは。
それと魔法の講義がこんなにもわかりやすいとは。これもセージの反則技なのかな。
セージやミクが他の教科もできるのは、他にも反則技があるのでしょうか。
そのミクも、ルードも魔法はセージから教えてもらったっていうし、セージって何者なのでしょう。
◇ ◇ ◇
二月一二日黒曜日。
セージに「よろしくお願いします」と頼み込んでモモガン森林に狩りに来た。
これだけ必死に頼み込んだのって始めただった。
案外簡単にセージがOKしてくれて、肩透かしを食らってガッカリしてしまいました。
まあ、ガッカリの分、闘志は満々だけど。
出かけにヒルデ先生に、頑張ってきてください、と激励されて出てきたからには、自慢話をできるようにしないといけない。
メンバーは前回同様セージ、ミク、ルードに、キフィアーナだ。
「デミメガホッグ、強さは“49”とかなり強いから無理だよね」
相変わらず訳の分からない索敵だ。
どうなってるんだか。
でもチャンスだ。
「できればやらせて」
「無理をしなくていいから」
「でも」
「キフィアーナは、無理をしない」
「そうだよ、ケガをしないことが一番」
兄上、姉上、兄上、姉上。
「そうだね。その代わりいい魔獣を探してね」
「まかせて、強くするから」
「ああ、よろしく」
デミメガホッグはルードが弓矢であっという間に狩ってしまった。
ホントに強い。強過ぎる。
強さ“25”以下の魔獣を何匹か狩った後に。
「ああ、やっとダッシュホッグ、強さは“29”を見つけたよ。やるよね」
来たー。
「もちろん」
粘着弾とワイヤーネットで拘束したダッシュホッグの皮は柔軟で固かった。
それでも、高周波ブレードは難なく突き刺さった。
魔法力を込めてボルテックスで止めを刺せた。
これならデミメガホッグも問題なく止めを刺せたんじゃないかな。
「剛腕エイプの六匹の群れ、強さは“38”前後だ」
ミクとルードで二匹ずつ倒して、わたしはセージが粘着弾で拘束した二匹を倒させてもらった。
いい経験値稼ぎができた。
その後に倒した強い魔獣はダッシュホッグ(強さ“31”)と、ハウリングモンキー(強さ“35”)の七匹の群れの内の二匹を狩った。
◇ ◇ ◇
二月一三日赤曜日。
翌日総合が“34”に、魔法が“68”、魔法核と魔法回路が“4”になった。
もっと驚いたのが魔法陣を『複写』する設計図までもがセージの造ったものだった。
こんなものまでも、開放していたなんて。それもレベル6までなんて。
例の粘着弾までもが入っているそうだ。
「セージ、この複写用の魔法陣はヴェネチアン国にも開放してもらえないでしょうか」
「それはかまわないけど」
「それではぜひ、お願いします」
「作っておくよ」
「ありがとう」