125. 凱旋と戦争回避
六月三日黄曜日。
ヴェネチアン国の王都ミラーノに凱旋した。
もちろん内緒でミラーニアン公爵を訪問する。
「子供たちは無事解放されたようです」
「よくやってくれた」
王城のとある一室で、慰労してくれたのはジーザイス・ヴァン・ヴェネチアン王だ。
今日はミクちゃん、ルードちゃん、リエッタさんも一緒だ。
公式的にはある意味明かすことのできないことなので、金一封と感謝状、それに僕とミクちゃんはポインティングディバイスをそのままもらって、ルードちゃんとリエッタさんも友好にしるしとしていくつかの記念品を下賜され、秘密の謁見は終わった。
オーラン市にも帰りたいし、早々にお別れをする予定だ。といっても「ハイ、サヨナラ」などの非礼はできない。
非公式とはいえ、神に選ばれし子供、使命の御子、神の御子としての僕たちは、ある程度の公式的な挨拶を行ってからとなる。
ヴェネチアン国にとっては、今だにロートリンゲン市に駐留するギランダー帝国軍の問題がある。
国難の真っ最中だ。
◇ ◇ ◇
翌日にはワンダースリーのみんなに会った。
「ファントムスフォーの行方は分からない。
身辺はいつでも気を付けていろよ」
「はい」
「直ぐ行く、切る」
「ボコシラが言うように、直ぐには駆けつけられないからな」
「はい」
本当は僕一人で相たかったんだけど、ミクちゃんにルードちゃん、リエッタさんまでも付いてきた。
「セージちゃんは何をやったんですか。あのファントムスフォーの人たちと特別なことがあるんですよね」
「お嬢ちゃんは、詳しく知らんのか、いや、何処まで知っている」
「ミクちゃん!」
「セージちゃんはだまってて!
あのですね、従姉妹の結婚式を襲ってきた時には一緒にいたんです。
それをセージちゃんが追い返したことは知ってます。
王都の狩りで、今度は王様がファントムスフォーの人たちに襲われて、セージちゃんが毒を受けたことも知っています」
リエッタさんとルードちゃんが驚いている。
「ああ、そういえば子供の治癒魔法士がセージスタを直したって噂があったが、お嬢ちゃんのことか」
「はい、多分そうだと思います」
「セージスタはな、ファントムスフォーのファンティアスの右腕を切り落としたんだ」
「…え、だって…」
「そう、片腕のファントムスフォーのメンバーはいなかったよな。
それでも片腕を切り落としたんだ」
「それで恨みを」
「それはわからん。好敵手と見定めたのか、自分に立ちふさがるただ倒すべき敵と見定めたのかもしれん。
今度も毒を受けたが、左目と左腕に傷を負わせたからな」
「お嬢ちゃんたちが、セージスタを助けたいと思うのなら、少なくとも俺程度には強くならんとな」
「なります! なって見せます!」
「ウチもなるわよ!」
「そうか、頑張れ」
「ところでセージスタ、オマエは錬金魔法は得意か?」
「ええ、多分普通以上のことはできますけど」
「マジカルボルテックスについては詳しいか」
「ええ、リエッタさんほどではないと思いますが」
「リエッタさんか…」
「おい、プコチカ、まさか」
ノコージさんの戸惑いに、プコチカさんがニヤリと笑う。
「セージスタ、キュベレー山脈では俺たちが手伝った。今度は俺たちの頼みを聞いてくれないか」
「何…、いや、いいですよ。ただし僕だけですが」
「セージ君、私もですよ」
「チョット待ちなさいよ。そういえばお母さんの薬を取りに行ってくれたってのは、このワンダースリーの人たちだったわよね。
ウチも行くわよ。錬金魔法“8”だし」
ルードちゃんが、たった今思い出したっていった表情で宣言した。
「あのー私たち四人はノルンバック・ウインダムス魔獣対策魔道具研究所、通称N・W魔研の所員で全員錬金魔法は得意です」
ミクちゃん、そんなに胸を張っても…(ゲホンゲホン)…しゃべる前にむせた。
「そりゃー豪勢だな」
「プコチカよ」
「俺は錬金魔法はできるが得意じゃないから、ノコージの負担が大変かと思ったら。
ノコージ、ワンダーセブンだな」
いかがわしい打ち合わせが行われのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
六月八日青曜日。
土砂降りのロートリンゲン市。ここにも梅雨があるのだろうか。地形的にはなさそうなんだけど。
厭戦気分の漂う駐留軍には、数日前からばらまいた、首都ギーランディアでの惨劇を嘘八百を混ぜて流布している。
寝ているうちに闇魔法の精神介入を使ってだから効果絶大だ。
禁忌魔法だけど、特別に精神をいじったわけじゃない。思っていたことを強化しただけだ。
僕・ミクちゃん・ルードちゃん・リエッタさんにノコージさんがセッセコ、セッセコと武装魔導車と装甲魔導車の魔電装置の主要部品周辺を変性し、適当に破壊していっている。
大きな音を立てないようにするための錬金魔法でもあるが、破壊工作がバレないようにするためでもある。
どうやって壊れたのかわからなければそれだけ対応が遅れるからだ。
草原に置かれた武装魔導車と装甲魔導車は全部で七二三両もあって一人当たりでいったら……、まあ、いっぱいだ。
市内の指揮魔導車などを入れると一師団六五両前後の、一二師団となっているそうだ。
見張りはボコシラさんで、作業管理はプコチカさんだ。
魔法が約“1000”ある僕が一回の作業で破壊できるのが三〇両程度だ。
ミクちゃん・ルードちゃん・リエッタさんが一〇両程度で、ノコージさんが一五両程度だ。
それを高級魔力回復薬と一〇分程度の瞑想で全回復して約一〇回で全車両を破壊できる、一番長い夜になりそうだ。
夜の八時半から作業を開始して、僕は九時一五分にほぼリエッタさんと一緒に一回目の瞑想をした。
八分ほどの瞑想で復帰すると、瞑想するノコージさんと交換だった。
次は手際よくなって一〇時六分には作業が終わって、これから二回目の瞑想だ。
ミクちゃんとルードちゃんは瞑想中のようだ。
迷彩テントは個人個人用意していて、プコチカさんの指示である程度集まって瞑想するから特に意識することもない。
瞑想から覚めるとちょうどミクちゃんとルードちゃんが瞑想から覚めたのと一緒だ。
「頑張ろうね」
「うん」「当たり前でしょう」
今度はリエッタさんが瞑想のようだ。
◇ ◇ ◇
午後一〇時半を少し回ったところでプコチカさん指示で休憩。
まあ、瞑想も休憩だけど、精神疲労はかなりある。
僕が二回チョットの活動で第一師団を全て破壊して、第四師団に入っていて計六三両。
第二師団を担当するリエッタさんが二回の活動で二一両で、ノコージさんがほぼ二回の活動の二九両の計四〇両で、ノコージさんは現在瞑想中だ。
ミクちゃんとルードちゃんが第三師団を担当していて一回半ずつの活動で計一五両と一六両の計三一両だ。
総合計一三四両だ。
多分ミクちゃんとルードちゃんはこれからかなり落ちていくだろうし、僕やリエッタさんだって落ちていくだろうから朝まではきつそうだ。
「セージスタ、オマエのスキルは一体どうなってるんだ」
「どうなてるって言われても、これといって変わったものは無いと思うんだけど」
「そこはセージちゃんですから」
「そう、非常識の塊りだから」
「そうだろうけど、まあ、俺からすれば、お前ら二人も相当な非常識の塊りだけどな」
「セージちゃんとは比べ物になりません」
「当たり前でしょう。セージは人族の常識を持ってないんだから」
「まあ、そうだな」
みんなひどい。
リエッタさんお笑ってるし、ボコシラさんも「セージ一遊びするか」って剣を握って鋭い視線を投げかけてくる。
「セージ坊やが人族かどうかは別として」
ノコージさんまで。別じゃないから!
「二〇〇両や三〇〇両程度は残っても問題ないから、無理をせず気楽にやってくれ」
ということらしい。
最初は破壊をバレるつもりで一気に破壊する予定が、こういうことになったのでワンダースリーにしてみたら精神的なユトリってことだろう。
夜の一一時に戦闘再開。
そうはいっても嫌だ。
<身体強化>『加速』『並列思考』
で一両一分を切る速度で邁進する。
三五分で二九両破壊。一〇分の瞑想で又も破壊開始。今度は二八両だ。
深夜の一時を数分すぎた。
休憩といわれたけど瞑想だ。
三回の破壊で計八七両を撃破した。僕が破壊したのが計一五〇両だ。
リエッタさんが二三両の計四四両。
ノコージさんが二九両の計五八両。
ミクちゃんとルードちゃんが二人で一六両づつの三二両の、計六三両だ。
合計三一五両と半分弱といったところだ。
さすがに頭がボーッとしている。
ハチミツたっぷりのレモンティーが美味しい。
シュークリームとエクレアの合いの子みたいなケーキもどきも三個食べた。
「多分だが、ここまで減れば、ヴェネチアン国で対応できるはずだ。
最低限の目標は達成だと思ってくれ」
「あと一回が最後だから頑張ろうじゃないか」
「僕はできるだけ頑張りたいんだけど」
「それはダメだ。却下だ」
「セージちゃんはいつでも無理をするんだから。ダメです」
「そうそう。頑張るんならウチたちもよ」
「わかった。とにかく五時には撤収だからな」
ユックリと休憩を取って二時半に戦闘開始。
<身体強化>『加速』『並列思考』
最大限の加速で作業をこなしていくがさすがに疲れた。
三五分で三〇両を破壊。一二分の瞑想。
三四分で二八両を破壊。一二分の瞑想。
三五分で二八両を破壊。一三分の瞑想。
二二分で一八両を破壊したところで、プコチカさんに止められた。
計一〇四両の僕の合計が二五四両だ。
リエッタさんの計七一両。
ノコージさんの計が九二両。
ミクちゃんとルードちゃんの計が丁度一〇〇両となった。
総合計で五一七両となった。
草原の残った車両は丁度二〇六両だ。
翌日の六月九日黄曜日もシトシトと雨だ。
誰の所為だとは言わないが、厭世気分の部隊は思った以上にやる気が無いようで、魔導車の点検もしない。
みんなで相談の結果、こうなったら全車両を破壊しようということになった。
夜に残った二〇六両を破壊して、城壁を越えて街に侵入。
指揮魔導車や残った武装魔導車や装甲魔導車の破壊も行う。
ちなみに僕のアイテムボックスには指揮魔導車・武装魔導車・装甲魔導車に将校のチョット豪華な自家用魔導車まで収納した。
ミクちゃんのアイテムボックスには指揮魔導車・武装魔導車の二両で、ノコージさんもにたようなもので武装魔導車と装甲魔導車、更に超巨大容量のソロボックスには指揮魔導車と武装魔導車を一台づつ収納していた。
ヴェネチアン国への戦利品として持ち帰るんだそうだ。
一般の乗用魔導車が一.五トン前後と、中型ワンボックスカーと同じ重さだ。
魔石の増設などをした物でも二トンと大型ワンボックスカーと同じ重さだ。
指揮魔導車とチョット豪華な自家用魔導車が二.二トンとワンボックスカーにしては重めだ。
それが武装魔導車や装甲魔導車となると三.五トンから四トンほどになる。
ミクちゃんは魔法核と魔法回路は“13”だけど、時空魔法は“12”でアイテムボックスの最大量両は二四トンほど、ノコージさんはどうやら“13”で二四トンほどみたいだ。
僕は魔法核と魔法回路は“16”だけど、時空魔法は“15”と容量は三四トン(通常は三二トン)とかなりユトリがある。
エルガさんにいいお土産ができた。
念のためにオーラン市への提供車両として武装魔導車をもう一台収納した。
ユトリだもんね。
◇ ◇ ◇
六月一一日白曜日の夕方の首都ギーランディアの西側の工場地帯だ。
ちなみに昨日と今日の昼間は終日お勉強タイムだった。
工場から人が出ていくのを眺めている。
「調査した結果あそこだな」
「ついでだから隣の工場もやらんか」
「この人数だが、子供が三人だぞ」
「少なくともセージ坊は除外で、お嬢ちゃんが二人ってところだ」
「ねえ、チョットそれって失礼でしょう」
「いや、セージ坊は大人の仲間入りってことだ」
「セージ坊って子供だよね」
「ハハハ…そうだな。こりゃーセージ坊にやられたな」
「俺たちが調べた限り、この工場が最高級の魔石を作っている工場で、隣の工場が武装魔導車や装甲魔導車の主要部品を作っている工場だ」
「確信はないの?」
「セキュリティがきつくて、隠形でも中に入れないんだ。
入ろうとするとサイレンが鳴る」
「入場パスを奪って入ろうとしても、個人情報との照合で入れない」
「セージ入れるんじゃないの」
「…え、無理なんじゃない」
「偽装や改ざんスキルや、偽装魔石だと見破られるぞ。
あと入ったとしても、夜間は警備ゴーレムが動き回っているそうだ」
「へー、さすがギランダー帝国だね」
「入場パスはあるの」
「ああ、これだが、チョット古いから入れるがわからんがな」
「じゃあ、チョット入ってみるね」
「おい、大丈夫か」
「わからないけど、サイレンが鳴たら突入してね」
「わかった」
偽装パネルを目の前に表示して、入場パスの名前・種族・性別・年齢に書き替えた。
あとは、入場パスをよく観察すると、ヤッパそうなるか。
冒険者ギルドカードと一緒で、魔法力の波動も登録されている。
一度っきりの書き換え不可な奴だ。
魔石工場は頑強なつくりだけど、それほど大きくない。
全ての入り口は隠形センサーで守られているってことだ。
さすがに精度の高い隠形センサーで建物全体を守るのは不可能みたいだ。
リエッタさんから小さな髪飾りを借りて、髪の毛をブラウンに変えてから入口に入ってみる。
トンネル状になったJRなどの一人づつ通れる改札口のような入り口と出口の二つがある。
レーダー、主に空間認識で室内を詳細に調査する。
パスをかざしながら個人情報を見せる台が問題なだけだ。
入場は装置は動いているみたいだし、あとは変な波動が室内を満たしているからこれが隠形センサーなんだろう。
特に問題はなさそうだ。
入場パスと偽装個人情報を『開示』して、啓示台にかざす。
その時に右手だけだけど、入場パスの波動に同調させる。
緊張したけど上手く、扉が開いた。
急いで中に駆け込む。
プコチカさんが言っていたように、薄暗い工場内を警備ゴーレムが何台も動き回っている。
車輪で動く小型の武装魔導車のようなものだ。
想像と違ってチョットガッカリしたけど、欲しいことは欲しい。
それと内部は隠形センサーの波動は無い。
敏感な人には気になるし、作業場所にはノイズになるから予想通りに無い。
ただし、夜間警備用度と思える、魔法波動が何本も張られている。
まるで赤外線のセンサーのようだ。
多分警備ゴーレムがカメラ監視で、赤外線が動態感知だろう。
ここからはロナーさんの結婚式で入手した黒いマントの出番だ。
さすがに警備ゴーレムの解除方法は不明だもんね。
チョット警備ゴーレムの動きを見ていたけど、一定の場所をグルグルと回っているだけみたいだ。
それもそれぞれが違った速度で周回しているからタイミングがつかみづらくなっているようだ。
不可視といっても触ればわかるし、赤外線にも触れるわけにはいかない。
警備ゴーレムの動きに注意しながら、赤外線を避けながら、工場内を探索する。
まるでスパイの潜入捜査みたいでワクワクする。
魔石加工は基本的に個人の錬金魔法に依存するものだけど、付与魔法で代用できないことはない。
ただし使う人がそれを扱うだけの魔法核と魔法回路のレベルが無ければ無理だ。精密加工でそれを行おうとするのなら、レベルが1か2程度は上じゃないと無理だ。
リエッタさんの助言ではそのような魔石器具があるんじゃないかってことだけど、それらしいものが見つかった。
あるものは電増魔石の製造に使用するってのが見るからにわかる代物だ。
いくつもあるしそれほど大きなものじゃないから、適当にアイテムボックスに放り込んでいく。
大きな備え付けの機械はさすがにアイテムボックスには入れられないから、錬金魔法で破壊する。
全ての備え付けの大型機械を破壊して、魔石器具の魔石も変性して作業は完了だ。
注意して工場から脱出する。
ホッと気が抜ける。
「大丈夫だったか」
「はい、戦利品もばっちりです」
「次も行けるか」
「はい、やってみます」
が、気が抜けていたのか赤外線に触れてしまった。
けたたましく鳴動するサイレンに、嬉々として暴れるボコシラさんが突入してきた。
ボコシラさんの「<極大高熱弾>」と「<ボルテックプラズマ>」、僕の「<ハイパービッグバン>」の連射によって工場が廃墟になったことが、戦果といえば戦果だ。
ボコシラさん、隣の工場まで壊さないでよ。
動きそうないくつかの装置をアイテムボックスに放り込んでヴェネチアン国に帰還した。