124. リエッタさんのママさんを訪ねて
五月九日黄曜日の夕方、ワンダースリーと別れてアテナイ市に泊った。
五月一〇日緑曜日にエルフのウーフーダンさんを訪れた。
「ギーランディアは一体どうなってるんだ」
開口一番、ウーフーダンさんが訊ねてきた。
「とんでもない魔獣が、魔樹の森から出て、暴れたみたいです」
「それを退治したのか」
「神様と、えー、チョットしたすごい人たちに助けられてですね」
「チョットした、それがすごい人、ね。そのほかに教えられることがあれば教えてくれるかな」
「あ、宰相のスカポランダーさんが亡くなったみたいです」
「あとは」
「精神支配を受けていた子供たちも無事に解放されるようですけど、これからどうなるかはわかりません」
「あとは」
「そんなとこみたいです。あ、第二皇子は無事みたいです」
「そうか、ありがとうな」
リエッタさんがもと暮らしていた場所にはホンタース元王子は居ないそうで、リエッタさんのママさんの行方も分からないそうだ。
ただし、ホンタース元王子はどうやらダラケート元伯爵と一緒に、ヴェネチアン国に攻め込むために兵士や武装魔導車や装甲魔導車を集合させたロートリンゲン市にいるそうだ。
礼を言って、辞去した。
◇ ◇ ◇
ポインティングディバイスを回収しながら、ロートリンゲン市の隣のエルザス市に飛んだ。
ギランダー帝国に入って納税とか済ませた市がエルザス市で、ロートリンゲン市にはポインティングディバイスは設置してなかったからだ。
「ロートリンゲン市行きの魔導バスは現在出てないようですね」
「そうなんだ」
「ええ、戒厳令が敷かれていて、検閲も厳しいみたいです」
母のことはもういいですから帰りましょう、というリエッタさんを三人で大反対した。
一旦、ロートリンゲン市に潜入した。
もちろん浮遊眼とテレポートの併用技だ。
街の中は、いたって平穏だった。
駐留する兵士や魔導車は、ロートリンゲン市に入りきらないので、城壁の外の草原にセイントアミュレットを張って、駐留していた。
五月一一日白曜日の夕方、ロートリンゲン市近くの森の中。
兎系の魔獣を狩った新鮮なお肉と、野菜はエルザス市で購入したもので夕食を食べた。
温帯の春に成っている野菜や果物――もちろん自然で自生してってことだけど――なんてないものね。
◇ ◇ ◇
五月一二日黒曜日、ロートリンゲン市の本格的にホンタース元王子を探す。
さすがに聞いて歩くわけにはいかないので、レストランやカフェに入っては、「司令官は誰になったんですか」「参謀は誰なんですか」などの誰でもが知っていそうなことを聞いて、その反応によって聞き込みを行った。
それによるとロートリンゲン市にホンタース元王子は到着していてダラケート元伯爵も一緒だそうだ。
夜、ホンタース元王子の宿舎に侵入する。
ヴェネチアン国の救援を依頼したとされる、ヴェネチアン国の将軍扱いされているが、権限のないお飾り将軍だそうだ。
まあ、そうなるよね。
ちなみにヴェネチアン国には、マリアンナ第一婦人との間に、れっきとしたジルバトゥーン・ヴェネチアン皇太子殿下がいて、プラティーナ皇太子妃もいる。
その子供がカレリーナちゃん(四才上)やキフィアーナちゃん(同い年)と、僕やミクちゃんになじみ深い人たちだ。
ちなみに長兄のズーディアイン殿下の、婚約パーティーに参加したのは去年のことだ。
ホンタース元王子は第三夫人の子供だそうだ。
ホンタース元王子、かなりデブでした。
「いつ始まるのじゃ」
会話は伝声魔器で聞いている。
魔石で強化された糸電話のようなもので、受話器はもちろん『隠形』で忍び込んで設置している。
プコチカさんお勧めの調査道具で、発話器の声は思いのほかクリアだ。
欠点はミスリル銅線で接続してるので、遠く離れるわけにはいかないことだ。
「そうは申されましても、こちらには駐留部隊を管理する仮の将軍しかおりませんし、王都からは何も返答がないままでして」
この声はダラケート元伯爵だ。
その他の部屋の声も確認すると、どうやらリエッタさんのママさんはここにはいないみたいだ。
ホンタース元王子は、以前は首都ギーランディアとヴェネチアン国の中間地点に住んでいたそうなんでけど、現在は首都ギーランディアの北方にかなり離れた、アルタイ市に住居があるそうだ。
これだったらポインティングディバイスを回収するんじゃなかったよ。
それとロートリンゲン市には、まだギーランディアの騒動は伝わっていないみたいだ。
ここまで来たからには、騒動が伝わった後まで居たいけど、そうも言ってられない。
◇ ◇ ◇
五月一三日赤曜日、午後になんとかアテナイ市に戻ってきた。
ウーフーダンさんに会えたのが夕方だった。
「ウーフーダンさん、アルタイ市ってどんなところですか」
図書館によって地図や情報がないか調べたがほとんど特徴のない田舎の町だった。
ちなみに方角は北西で、ディラック樹林の近くに在るんだそうだ。
そして更に西に進むとリエッタさんが入って鍛えた、ダンジョンがあるんだそうだけど、アルタイ市は全然記憶に無いんだそうだ。
「わからんな。記憶に無い都市だな」
ということで行き方を聞くこともできなかった。
◇ ◇ ◇
五月一四日青曜日、首都ギーランディアに戻ってきた。
随分と元に戻っているようだけど、お城はまだ傷ついたままだ。
まあ、あまり見ないように、また兵士に見られないように、直ぐに移動した。
結局、城門の兵士にアルタイ市のことを聞いてみた。
そうしたら数人から答えを聞けた。
ダンジョンからの魔獣石を魔石への加工場ができて町から市になった、新興都市だそうだ。
道理でほとんどどこにも紹介されてないはずだ。
都市間の定期便もなく、ほぼ定期的な魔石商隊――目的地はダンジョン都市――があって金を払って、その商隊のお世話になるんだそうだ。
相談の結果、街道も魔樹の森近くも通っていているし、知らないところにテレポートするのも危険るからと魔石商隊に同伴することにした。
出発は四日後だそうだ。
ということで、話だけまとめてアテナイ市に泊ることにした。
四月二〇日に入国して一か月の税金を払っているので、追加で一か月払った。
ウーフーダンさんに確認したところ、首都ギーランディアは混乱したままだそうだ。
アテナイ市の散策は適当に行って、魔樹の森で狩りとスキルの確認も行った。
アテナイ市に戻って魔獣石から魔石にした物を、ウーフーダンさんに引き取ってもらいにだ。
これからの事を考えて、ギランダー硬貨――GLとRP――を融通してももらった。
テレポートで移動していたとはいえ、あちらこちらでそれなりのランクのホテルに宿泊したし、情報収集で食事にお茶をしたりと思いのほかお金がかかっていた。
それと片道だけとはいえ、五日間の魔導車の乗車賃が思いのほか高かった。
まあ、まだ足りそうだけど、ユトリといったところだ。
それと、短針カートリッジを作りたくなったので、ミスリル硬鋼も融通してもらった。
不足分はオーラン硬貨で支払った。
工具類は僕やミクちゃんが全部持ってるから工具までは必要ない。
フェイクバッグ内は、税金の支払い時や、時たま入市時に輸入品のチェックで確認されるから、基本は僕のアイテムボックスの中だ。
ミクちゃんにルードちゃんも一般魔法人以上の錬金魔法が使えるから、自分の武器のメンテナンス程度ならお手のものだし、魔獣石を魔石に変性させるなどもお手のものだ。
◇ ◇ ◇
首都ギーランディアを出発したのは一日遅れの五月一九日赤曜日だ。
道なりに二一〇キロで、直線で一六五キロといったところか?
地図があまり正確じゃないから、そんなところだ。
西のギランダ湖の来た周りに沿って、ときにはくねくねと湖に沿って、概ね北北西に向かって進む。
「ねえ、高いお金を払ってるのに、なんで荷台なのよ」
「しかたがないだろう。旅行者用の魔導車が無いんだから」
「ウチのキュートなお尻が、かわいそうでしょう」
「見たこともないから、かわいいかどうかは知らないけど、お尻が痛いってのは同感だな」
走り出した早々に、柔らかそうな革をお尻の下に敷いているけど、焼け石に水のようあ気がする。
「リエッタさん、何とかなりませんか」
「革を重ねて変性で柔らかくするしかないでしょうね」
ある程度緩和されたが、検討項目だ。
暇な時間は、勉強と宿題(課題)だ。
変わり映えしない景色で、一泊する。
勉強と宿題(課題)にも、早くもうんざりしている。
魔獣の森付近ということもあって、通り道としてだが、大きな町はここ一か所しかない。
ギランダー帝国が反映したのは、目の前のバルギラン丘陵――西側から北側に大きく広がる――が良質な魔石の採掘現場だからだ。
ギランダ湖に隣接して、小さな町が幾つもあって、船の往来も盛んだ。
加工工場の町はギランダ湖の南側に数多くある。
「ねえ、なんか変な気しない」
「いやな予感というやつですか」
「セージちゃん、何か感じたの」
「ウチも、なんだか森がざわついているような気がするんだけど」
「ルードちゃんは、他には何か感じる」
「ううん、そこまでは分からない」
翌日、本流のギランダ河を渡り、まだしばらくギランダ湖を左手に見ながら、小さな支流を越えていく。
ギランダ湖と別れ、やや北側コースを取ってバルギラン丘陵に入って(登って)いく。
そしてそのバルギラン丘陵を魔の森に沿って超えるとアルタイ市に到着するのだそうだ。
その先がダンジョン都市であり、ダンジョンだ。
ちなみにバルギラン丘陵地帯は北方のバルハード山脈から連なるものだ。
あとから聞いて分かったことだが、丘陵地帯を南から大きく迂回――二つの都市を経由――してアルタイ市に向かう、安全ルートもあったんだそうだ。
ただし倍以上の時間が掛かるんだってさ。
バルギラン丘陵の採掘場の町で一泊。
「森が騒いでいる。気を付けた方がいい」
その深夜。
「モンスタースタンピードだー!」
採掘場の町が大騒ぎだ。
サイレンが鳴り響き、ライトなどの魔法や魔石があちらこちらで転倒してかなり明るくなっている。
「セージ君、どう?」
「モンスタースタンピードといっても、二五〇匹程度の小規模のものだね。
五匹のプテランを除けば、強さも最強が“50”程度、ランスブラックウルフにランスダークウルフ、デミメガホッグ、ブラックベア程度だね。あとは“40”以下ってところ見たい」
「多分、負の黒い塊から解放されたことによる反動のような気がする」
「そんなのってあるの」
「わからないけど、そんな感じがする」
四人で相談して、正体がバレないように内緒に先行して強い魔獣を倒すことにした。
『隠形』を強化して、できるだけ投てきや矢の使用をやめ、ショートスピアや剣に刀のみで、
<大粘着弾><大粘着弾>…<大粘着弾><大粘着弾>…
<大粘着弾>、<大粘着弾>、<大粘着弾>
<大粘着弾><大粘着弾>…<大粘着弾><大粘着弾>…
<大粘着弾>、<大粘着弾>、<大粘着弾>
先頭が止まるとそれに突っ込んでくる後方の魔獣で混乱する。
モンスタースタンピードに<フライ><スカイウォーク>で飛び込んだ。
各人が五匹から七匹を倒し、僕はプテランを含んだ一二匹を倒した。
「もう一回やるよ」
みんなを見てもケガをしたり、特に疲労を負っていることもない。
全員がうなずく。
「<テレポート>」
モンスタースタンピードの上空に飛んだ。
<大粘着弾><大粘着弾>…<大粘着弾><大粘着弾>…
<大粘着弾>、<大粘着弾>、<大粘着弾>
<大粘着弾><大粘着弾>…<大粘着弾><大粘着弾>…
<大粘着弾>、<大粘着弾>、<大粘着弾>
強い魔獣が減ったこともあり、三人が七匹から一〇匹、僕が一五匹を倒した。
残りは概ね一七〇匹で、最強が“40”程度だ。
これならば問題はなさそうだ。
念のため後方から追加で弱い魔獣を一五匹ほど倒した。
<ソーラーレイⅢ><ソーラーレイⅢ>
<ソーラーレイⅡ>、<ソーラーレイⅡ>、<ソーラーレイⅡ>
魔獣石を回収しながら、戦闘を見学。
戦闘魔導車があるから何とかなるだろう。
僕たちを気にする人たちがいたとしても、どこかに隠れたかと思ってくれればいいやと思っている。
二時間ほどでモンスタースタンピードは全て狩られ、消滅した。
その後は特に問題なく旅は続き、五月二四日黒曜日のアルタイ市に到着した。
◇ ◇ ◇
五月二四日黒曜日のアルタイ市。
小さな町、魔石工場があると聞いていたけどショボかった。
ホンタース元王子の自宅はそれなりのお屋敷で、リエッタさんのママさんは体調を壊し、寝込んでいるようだ。
翌日の夜に身だしなみを整え『隠形』で僕とリエッタさんだけが忍び込んだ。
最初はリエッタさんだけで、ママさんに合い、僕は見張りをしていた。
何を会話したかわからない。
「セージ君、入ってください」
ママさんはかなりやつれていた。
「初めまして」
「貴方を見たことがあります。ずいぶん昔の夢の中ですが」
弱弱しく微笑み、うなずくママさん。
「娘は役に立っていますか」
「はい、とてもお世話になています。リエッタさんがいてくれたから現在の僕があります。共に戦う友人もできました」
「それは何よりです」
ママさんは、僕のお告げを聞いた後には、何もお告げは授かっていないんだそうだ。
それでも満足なんだって。
僕が治療を申し出たけど、拒絶された。
「娘をよろしくね」
「僕のところ、オーラン市に来ませんか」
「私の最後はここですね。ホンタース元王子の行く末を見ないといけません」
僕との話は終わって、リエッタさんを後にして、部屋を出た。
リエッタさんが宿屋に戻ってきたのは、翌朝だった。
ママさんはここに残るんだそうだ。
◇ ◇ ◇
ここまで来たのだからと、浮遊眼を使ってダンジョンの町とダンジョンの入り口を見て、アテナイ市のウーフーダンさんに挨拶――リンドバーグ叔父さんへの手紙を受け取った――をした。
気になるサーバントリングで精神支配を受けていた子供たちは、再度の神託によって親元に返されるそうだ。
ただ、戦時体制は継続されるみたいだから、最終的には又徴兵されるかもしれない。
ちなみにビリリート第二王子は行方不明になったままなんだそうだ。
僕たちは、様々な気持ちをかかえたまま、ヴェネチアン国に戻った。