120. 首都ギーランディア、そして魔樹の森へ
四月二四日黒曜日。
ウーフーダンの配下の半狐人族の女性のヘフロアさんに連れられ、魔導車で首都ギーランディアに到着。
西側に大きなギランダ湖があって、そこから流れるギランダ河が、アテナイ市の横を通って、中央洋に流れ込む。
「いやな感じがするね」
ギーランディアの城門を潜る前にミクちゃんが呟いた。
「うん、そうだね」
七沢滝ダンジョンとはまた違う、負の魔法力と魔素が微量だが漂っている。
セイントアミュレットの破れというか、穴が開いているんじゃないかって気になってしまう。
『変な波動が漂ってるみたいだね』
プラーナも同意する。
「大気が泣いているわね」
ルードちゃんも感覚が違えど、同様のことを感じ取っている。
リエッタさんは感じ取れているかチョット不明だ。
街を守る外城壁の城門でオーラン市の市民証と納税証に個人情報を提示する。
「セージ・ウインダムスだな」
「はい」
ギランダー帝国に入って初めて使った名前だし市民証だけど、最初は緊張でこんなことを思うゆとりもなかったけど、回数を重ねるごとに、なんだか恥ずかしさが増してくるし、マールさんのニヨニヨした意地悪い笑顔が思い浮かぶんだけど。
そのまま魔導車で首都見学を行う。
負の魔法力と魔素を注意深く探査しながら、何があるかわからないから、一通り見学するのは基本だ。
もちろんテレポート用の飛び先として目安を付けるのは最重要だ。
「ミクちゃんここはどう?」
「いいんじゃない」
首都内で目立つのは、内城壁に囲まれたド派手でけばけばしい、中世ヨーロッパのような王城だ。
「ギーランディア城、見ていて恥ずかしくなるんですよ」
ヘフロアさんから嘆きが伝わってくる。
それと首都の西側にビル群が建っている。
「あれらが、魔電装置による戦闘車両の製造工場群ですね」
オーラン市はともかくも、ヴェネチアン国のマンチェスター市と比較しても、規模が違う。
胸を張って紹介する、こちらは自慢のようだ。
ギランダ湖に沿ってが工場地帯なようだ。
午後にウーフーダンのお勧めのホテルにチェックインして、更に魔導車で走り回り、観察しながら新鮮な食量も補充した。
「歩き回った感じだと、都市全般に微妙な濃度の負の魔法力と魔素が漂っているけど、成りかけの魔獣は感じ取れなかったよね」
「そうだね」「うん」「そうですね」
僕の言葉に、三人がうなずく。
技能スキルに作戦を持つリエッタさんが、「神様から依頼を受けたのはセージ君とミクさんです。特に問題が無ければ二人の判断に従います」とのお墨付きをもらっている。
「明日はディラック樹林だと思うけど、他に何か確認し忘れはない?」
「うん、それでいいよ」
ミクちゃんがうなずき、ルードちゃんとリエッタさんも異存はなさそうだ。
そんな時に、首都でサイレンが鳴り響いた。
「何があったんですか」
「わからないわ」
運転中のヘフロアさんに訊ねてみたけど、知らないとして魔導車を止めて周囲に注意を向ける。
「一旦ホテルに戻りましょう」ということでホテルに戻った。
◇ ◇ ◇
「王城で騒動があったようですが良くはわかりません」
ヘフロアさんがわかったことを伝えに来てくれたけど、これだけじゃどうしようもない。
そてでは魔導車や兵士が走り回っている。
よっぽどのことみたいだ。
一応取り決めていた二一時少し前に、小型近距離電話を取り出してワンダースリーに連絡をしようとしたけどつながらない。念のためしばらく電源を入れて放っておいたけど、通信が入ることはなかった。
夜中も兵士が走り回っている。
騒がしく、時たま目が覚めると、浮遊眼で外を確認してしたけど、何がどうなっているかわからない。
ちなみに魔導車は城壁の外も走り回っている。
◇ ◇ ◇
五月一日赤曜日。
表の騒動も相変わらずだ。
朝一で、ホテルの点検もあって、丁寧だが兵士が部屋を確認していった。気色悪!
五人で朝食を摂っていると、支配人が顔を出した。
「本日は城門が閉じていて、城門から出ることがかないません」
なんてこった、だ。
思わずテレポートで城壁外に飛ぼうと思ったけど、ホテルに迷惑がかかるんじゃないかって思って、みんなに提案もしなかった。
ちなみにワンダースリーは、テレポートで城壁内に入っていて、外で野営をしているので、このようなわずらわしさに関わることはない。
僕たちも昼間に堂々と見学するつもりが無ければ、そっちの方が良かったんだけど。
こうなったら出かけるのも気を付けた方がいい。
僕は浮遊眼で街を隅々まで確認していく。
とはいえ、浮遊眼は閉鎖された場所は覗けないから、表面を見るだけだ。もちろん窓が開かれていていれば別だし、カーテンが閉まっていなくてもそれは一緒だ。
複雑な構造じゃなければ、窓から浮遊眼で突入して、内部を見ることも可能だ。
浮遊眼、レベル4。
意識を集中して認識(視認)できる距離は一二キロ程度となっている。
テレポートと併用だと四○キロ程度先まで見ることができるが、視野は相変わらず狭い。安全なテレポートを考えるとポインティングディバイスが最適だ。
あとは、なじみのある場所だと、距離の制限はあるけど、見ることは可能だ。
城壁内を観察する。
問題なのが声が聞こえないことだ。
行動や表情に動作で何をやっているか見なくちゃいけない。
それに浮遊眼を接近させ過ぎると、勘の鋭い人だと気づく恐れもあるから要注意だ。
お城の中を見ようとしたけど、当然、認識阻害で見えない。
外から見る警備は、人数は多めのような気もするけど、普段と変わりはなさそうだ。(普段をあまり知らないけどね)
「誰かを探しているのは確かだけど、誰を探しているか全然わからないよ」
兵士の行動が者を探しているというより、明らかに人を探している。
「そうですか。とにかく現在は動かない方が良いでしょう」
こういった時にはリエッタさんの落ち着いた態度に、安心感を覚える。
『プラーナが見てきてくれるといいんだけど』
『ダメだよ。あんまり人族界に、関わっちゃいけないんだよ』
『めんどくさいんだね。だからニュートも僕に付いてこなかったのかな』
『セージスタが親しくなったっていう、幼体のことだよね』
『うん、そう』
妖精のことを高次生命体の幼体というらしく、プラーナはニュートの名前を呼ばずに幼体とだけ呼んでいる。
昼頃、ノコージさんがテレポートで訪れてきた。
「侵略に反対なビリリート第二皇子が、拘束されそうになって、それを神託派の武将がさらって逃げ出したんだ」
とんでもないことを教えてくれた。
「どうなるの」
「わからんが、ビリリート第二皇子にはどうやら教会や神社が後ろ盾になっているみたいじゃな。
ウーフーダンの支援もその辺からじゃろう」
無言のヘフロアさんは肯定ってことでいいのだろうか。
「僕たちはどうすればいいの?」
「しばらくはこのままじゃろうが、そうも言っておれんじゃろう」
「うん」
確認ができたからには早めにディラック樹林に行きたいのは当然だ。
ノコージさんに昨日の探索結果を報告すると、
「セージ坊たちは、テレポートで魔樹の森に飛べ、あとはわしが何とかするでな」
「え、いいの」
「大丈夫じゃ」
僕たちは、買い物をして城壁外に飛んだ。
ちなみにノコージさんは、隠形を使って、旅行者などを何人も、ホワイトホールで城壁外に飛ばし、軽量の魔導車もアイテムボックスに収納して城壁外に運んだ。
その中のほんの数人が居なくなるだけで、僕たちが姿を消したことが隠される。
それとビリリート第二皇子の探索が、城壁の外に向けられ、探索が分散されるのもまた作戦のうちだ。
混乱に拍車がかかれば、ワンダースリーの調査も進むし、この際だから盛大に混乱させるつもりだった。
この日の首都ギーランディアは盛大に混乱し、魔導車も数十台が使い物にならなくなったそうだ。
諜報に不向きなボコシラさんが頑張ったのは言うまでもない。
あとから聞いて、僕もやりたかったと思っちゃったよ。
◇ ◇ ◇
慎重をきたして、三度のテレポート&浮遊眼でディラック樹林にたどり着いた。
ヘフロアさんは一度目のテレポートでサヨウナラをした。
エルフのエルイーダンさんの村に向かうんだそうだ。
「ずいぶん不気味だね」
「こんな森があるんだ…」
僕の感想と、ルードちゃんの感想にはかなり隔たりがありそうだ。
負の魔素と魔法力が、首都より濃厚に漂っている。
ミクちゃんは隣で、ゴクリと生唾を飲んだ。
リエッタさんは、無言で森をにらむように、観察している。
「ルードちゃん、何かわかる?」
「空気が淀んでるし、木々や樹木も悲鳴を上げてるわね」
「<ホーリーフラッシュ>」
ピカリと光って周囲を浄化するも、徐々にだが負の魔素と魔法力に侵されていく。
「森の中は負の効果なのか認識阻害にあって、レーダーや浮遊眼があまり遠くまで認識できないみたい」
僕は素直に状況を伝える。
「これって入って大丈夫なのよね」
「体内の魔法力を活性化させれば、短時間なら大丈夫じゃないかしら」
ミクちゃんとルードちゃんだ。
「活性化もそうですが、時々ホーリーフラッシュで体内からリフレッシュすれば、時間延長ができるのではないですか」
それしかなさそうだ。
それで安全そうな場所にポインティングディバイスを設置しながら、行っては戻ってを繰り返すしかなさそうだ。
あとはポインティングディバイスがどこまで認識できるかだ。
ディラック樹林の外の二か所にポインティングディバイスを設置する。
その片方にはミクちゃんのポインティングディバイスも設置する。
<フィフススフィア><身体強化>『加速』『並列思考』『レーダー』『浮遊眼』『認識阻害』『隠形』
その他には耐性を意識して活性化させる。
森に侵入。
しばらく歩くとあやしい木が幾つか見つかった。
幻覚樹とされるコカ樹に、幻覚草のオニゲシ、感覚異常を発生させるマリファなどがあちらこちらに生えている。
それだけでなく幹から肉食蔓を伸ばして粘着溶解液で生き物を絡めとるグラトニーベインに、いました樹魔獣のエント。
二足歩行のエントは周囲の樹木に同化して、幻覚魔法を放ってくる。自分自身も揮発性の幻覚霧で覆っていて幻覚効果をアップさせ、糸のような毛細根を絡めて魔法力を吸収する樹魔獣だ。
『あそこに魔獣がいるぞ』
ムカデに蛇に蜘蛛に蜂などの魔獣も多い。
人のことでは協力しないプラーナも、魔獣の索敵は手伝ってくれるみたいだ。
さすがに僕たちから見たら、どれもたいしたものではないけど、負の魔素と魔法力の影響もあってか、数が多く惑わされそうになるし、絡めとらそうにもなる。
ホーリーフラッシュを放ち、時には焼いて火事にならないように消火しながら、時には練習も兼ねて短針魔導ガンで進んだ。
「なんだかあんまり進んでないよね」
ポインティングディバイスとの位置感覚が歩いてきた感覚とズレているんだ。
「そうなの? 結構来たような気がするけど」
「ううん、セージと同じであんまり進んでない気がする」
「ミクちゃん、ポインティングディバイスがわかる?」
「うん、わかるよ。…あれ、変?」
レーダーがあるから普段は見ないんだけど、方位磁石を確認すると、磁気を帯びた石でもあるのか、方位も狂っていることを確認した。
「おかしいのは幻覚作用のある植物だけっじゃないってことだね」
「一回、ここから出ましょう」
リエッタさんの意見でテレポートで元に戻った。
あまり森に入っていなかったので、ポインティングディバイスの設置はしなかった。
安全と思える場所に移動して、キャンプを張った。
もちろん簡易セイントアミュレットとホイポイ・ライトで周囲の備えも抜かりはない。
短針魔導ガンにも随分と慣れてきた。
◇ ◇ ◇
五月二日青曜日。
朝食を摂って魔樹の森に突入する。
「<ソーラーレイⅢ><ソーラーレイⅢ>」
「<ソーラーレイⅡ>」
「<ソーラーレイⅡ>」
リエッタさんの提案。
僕、ミクちゃん、ルードちゃんによる光線魔法で浄化をしながら、一気に道を作ってみた。
認識阻害に関わらず、さすがに光線のソーラーレイは真っ直ぐ進む。
「これいけそうだね」
「うん、これなら真っ直ぐだもんね」
『あの木、変?』
気になる場所も焼き払う。
通過した地面と根を「<ハイパーギガヒート>」で焼いて幅三メルほどの道を作っていく。
離れた場所は短針魔導ガンだ。
チョット面白い。
うん、これなら道も迷わないし、順調に進めそうだ。
ただし遅いけどね。
いいことは、負の魔素と魔法力が弱まるみたいだし、感覚異常もほとんどない。
三〇〇メルほど進んで広場を作ることにした。
最初の拠点なので入念に土を掘り返し、土と根を焼いて冷やして直径一〇メルほどの、土をむき出しにした円形の場所をだ。
なんだか、魔獣を退治にしに来たのか、土木工事に来たのかわからない。
気合を入れ過ぎたせいか、直径二〇メルほどの広場になっ……てしまった。
「相変わらず加減ってものを知らないわよね」
「…そのがセージちゃんですから」
ルードちゃんはともかくも、ミクちゃんまでもそんな目で見るのは止めて!
その後もソーラーレイ(Ⅱ、Ⅲ)で直進しては二〇〇メル程度で広場を作って進んでいく。
そうすると蛇や蜘蛛は相変わらずだがスケルトンとの遭遇が増えてくる。
「ねえ、プラーナ。魔獣の成りかけってどのへんに居そう」
『よくわからない』
プラーナの感覚も抑制されているんだそうだ。
一.五キロほど入って今日一番の大きな広場、ベースⅠを作ってポインティングディバイスを設置して、森の外に戻ってキャンプした。
肉体疲労はそれほどでもないけど、精神疲労が半端ない。
「<ホーリークリーン>」を掛けても、いつものスッキリ感がしない。