119. ギランダー帝国探索
四月二〇日青曜日、ワンダースリーのみんなとテレポートで飛んだ。
見送りはミラーニアン公爵だけだ。
あと渡されたものは、お金だ。
僕のアイテムボックス内には小型近距離電話が入っているので、ワンダースリーと通信ができるように、ミラーニアン公爵からシンクロ装置を借り受けた。
一応、何かあったら二一時に連絡と決めておいた。
オケアノス周辺諸国はSHと、CPで硬貨が流通している。
硬貨の模様は違うが、重さに金蔵の含有量などキッチリと契約して、流通しやすい経済共同体らしきものを形成している。
ギランダー帝国はそのオケアノス周辺諸国には入っていないので、独自貨幣経済だ。
単位も違っていてGLと、RPとなっていて、変動相場で交換レートが週に一度程度で確定しているけど、ほぼ一対一であまり変わらない。
もちろん両替には手数料も取られるし、冒険者ギルドの提携もない。
ミラーニアン公爵曰く、入国者の管理のためだそうだ。
久しぶりの偽装パネルの出番だ。
僕は『セージ・ウインダムス』として、ミクちゃんと従兄弟としてギランダー帝国に入国した。
個人情報を『開示』するのは名前と種族と背別と年齢の基本データだけで済む。
ルードちゃんだけは、僕の“情報操作”に目を剥いたんだけど、完全にスルーした。
ミクちゃん、ルードちゃん、リエッタさんも同様に個人情報の基本データだけを『開示』して、一か月分の税金を払う。
パスポート代わりの市民証はマリオン国、オーラン市の物を提示する。
市民証もセージ・ウインダムスとなっているから問題ない。
パパとウインダムス議員が、ファントムスフォーを気にして、持たせてくれたものだ。
それと、ミクちゃんにルードちゃん、リエッタさんとの旅行というのはあやしすぎる。
ミクちゃんと僕が従兄弟ってことだと、まだ言い訳がしやすいものだってこともある。
マールさんなんて僕が偽の市民証をもらった時に、「今からお婿さんでもいいわよ」ってミクちゃんの前で言ってくるんだよ。
たまったもんじゃないよね。まったく。
こういった手続きはマリオン国やヴェネチアン国でも似たようなものだ。
これで一か月間はギランダー帝国で活動可能だ。
必要であればテレポートでヴェネチアン国に戻って、素知らぬ顔で、また戻ってきても罪に問われることはまずありえない。
入国手続きを済ませると、ワンダースリーが拠点としている首都ギーランディアの隣、南側のアテナイ市に飛んでからホテルを取ってから別れた。
当然フェアリーのプラーナも一緒だけど、見える人が居ないから、周囲からは僕たち四人に見えるしね。
アテナイ市はごく平凡な街で、観光名所もなければ、特筆するような街でもない。
「きれいな街だね」
「きれいだけど、あっさりとした街よね」
「なんだかつまらない」
そう、なんとなくだけど、日本の再開発された地方都市のような、味気ないような印象を受けた。
それだから、ワンダースリーが拠点として選んだんだろうけどね。
ただやはりギランダー帝国の街なので魔電装置が普通に販売されていて、高性能だ。
それも国営店でだ。一般の個人商店は魔法具会社しかない。
それと魔電装置が普及していると感じたのは、普通の街の食堂や衣料店でもシッカリとBGMが流されていたことだ。
それらを見て回り、ギランダー帝国の街になじんでいく。
カフェやレストランなどにもどんどん入って飲食を味わい楽しんだ。
それは市場やお土産店に、衣料店にもだ。
それらを二つの街で見てから、小さな町に来てみた。
「なんだかここも一緒のような町だね」
「うん、そんな感じ」
「新しい発見が無いな」
リエッタさんは見せるだけで、あえて感想は言わない。
ただし、国営の魔電装置は無く、個人経営の魔法具会社があるだけだ。
最初の街に戻って今度は街の暗部に踏み込んでみる。
きれいな街に反して、町の一角にあるスラム化した場所だ。
綺麗な街に反して、完全に管理から除外されたようなだ書だけど、さすがに完全なスラム街に踏み込むのは非自然だから、踏み込んだっていっても、スラム街手前のチョット危険な雰囲気のする境界のような場所だ。
踏み込んだ早々、子供のスリに遭遇した。
スリが目を付けたのがミクちゃんだ。
女の子がミクちゃんの目の前で転んで泣く。
そこにいちゃもんをつける子供たち登場。
その隙にミクちゃんの背後からするが近づき、ベルトのポシェットに手を突っ込もうとする。…があっという間に僕が腕をつかんで、…痛痛痛っ、とひねり上げる。
「やろー!」
「ガキがー!」
どっちがガキかってことはスルーするとしてと。
周囲が騒然とするし、警備兵がいる訳じゃない。
手慣れたのもで、リエッタさんを三人で取り囲んで、刃物を突き付け動きを抑制する。
残った五人で僕たち三人に殴り、切りかかってきた。
一応戦術的で感心するし、四人はナイフを持っているから悪質だ。
それを三人でフワリ、フワリと優しく放り投げる。
まあ、それなりに飛んで、背中からドサリと落下してうめいているけどね。
いくら人数がいるっていっても所詮子供、最高で総合が“15”で、一二才だ。まあ僕たちもリエッタさんを除けば子供だけど。
「ねえ、ウーフーダンさんって知ってる?」
リエッタさんを取り囲む一人の腕をひねり上げて訊ねてみた。
リンドバーグ叔父さんから紹介された一人が、この辺に住んでいるらしいんだ。
スラム街の怖いもの見たさもあったけど、どうせなら一度会っておこうってことで来てみたんだ。
「うっせー、ボケ!」
蜘蛛の子を散らすように、居なくなった。
「この辺のはずだと思うんだけどね」
「誰かに訊いてみた方がいいよ」
「あのお店で訊いてみようか」
屋台が数件並んでいて、その内の一軒が飲み物、一軒がクレープみたいなものを売っていた。
「ウーフーダンさんの家ってどこですか?」
レモン水とクレープを買って、訊ねてみた。
「何故、そこに行こうとしている」
おばあちゃんが、疑りぶかそうな目を向けてきた。
「叔父さんに紹介されたから」
「ほう、それは誰じゃ」
「…リンドバーグ叔父さん」
もちろんフォアノルンの苗字は伝えない。
「おまえは誰じゃ」
……誰って言われても…、うーん…。
「おまえの肩にいるのは何じゃ?」
「え、おばあちゃんプラーナが見えるの?」
「その光りの球はプラーナというんか…」
ああ、リエッタさんと同じでオーブとして見える人か。
おばあちゃんが、僕の顔に穴が開くんじゃないかって程にらんでくる。
「あそこの、角を曲がって、しばらく歩くと細い路地がある。
そこに入っていけ」
「それで?」
「とにかく入っていけ」
「うん、ありがとう」
僕は言われるままにその路地へ足を向ける。
そうすると、レーダーに僕たちを観察する人たちがちらほらいることが分かった。
「セージちゃん、あのおばあさんを信じていいの」
「うん、そう感じたから」
ミクちゃんはチョットおっかなびくっりといった感じだ。
思念同調のスキルだとはいえないけど、なんだか信じられたんだ。
ルードちゃんは完全に戦闘態勢で、弓と矢を手にしている。
リエッタさんは、謹厳な表情を更に厳しくして、神経を周囲に向けている。
◇ ◇ ◇
言われた通り、路地に入っていく。
あれ? 感覚や認識を混乱させる機能付きの路地のようだ。
目の前にドアが現れノックをして、応答が無いのでかまわずに開けた。
「ウーフーダンさんのお宅ですかー?」
玄関に入ってきた人に紹介状を渡すと居なくなって、しばらくするとまたその人が戻ってきた。
「ついてきてください」
チョットさびれた応接室のような部屋に案内された。
ウーフーダンさんは年齢不詳のエルフ男性だった。
相談役のような人に、護衛のような人が三人いる。
レーダーには隠し部屋が見えるけど、そこには人が居ない。
「ファアリーに選ばれし者が、リンドバーグの甥っ子ですか」
「え、は、はい。見えるんですか?」
ウーフーダンさんの視線の先はプラーナだ。
「ある程度はな」
ある程度って、リエッタさんレべルってことなのか?
「他の三人もようこそおいでなされた」
「昔はギランダー帝国は、こんなものじゃなかったのだよ」
から始まったウーフーダンさんの話では、
ギランダー帝国は次に来る大災厄に向けて、魔法科学の研究を極めることによって、対策を立てたんだそうだ。
オケアノス暦三〇四七年――現在の三〇六二年――の一五年前のゲブ大激震と呼ばれる大激震が、大災厄の最初とされている。
その次の大激震が三〇五〇年に発生したアぺプ大激震で、台規模のモンスタースタンピードが発生して、浮遊島イナンナが分裂した。
ギランダー帝国に変化があったのがこの辺りからで、ギラリック帝王と、権力を握ったスカポランダー宰相の強硬策で魔法科学を兵器として侵略を開始していった。
それは西側のいくつかの国を飲み込み、ヴェネチアン国に革命を起こさせるに至って、今だに侵略の手は緩めていない。
そしてヴェネチアン国に向けては、いよいよ魔導車による実力行使直前まで来てしまった。
大災厄の最中に侵略行為を行うギランダー帝国内には、神託派と称する、それを良しとしない貴族集団があって、ウーフーダンさんはその存在に加担する組織のまとめ役なんだそうだ。
主な役割は、侵略した先の関係者などとの交渉で、支援を依頼すしたり、活動資金の援助を依頼したりを行っているんだそうだ。
えぇー! 叔父さん旅行って言ってて何やってたんだよ、だ。
ちなみにリンドバーグ叔父さんのもう一通の紹介状は、ウーフーダンさんの従弟のエルイーダンさんへのもので、エルイーダンさんはギランダー帝国のテロ活動を主に行ていって、首都ギーランディア近くの村で村長補佐をしているんだって。
ワンダースリーの活動もつい最近つかんだそうだけど、今だホンタース元王子を祭り上げようとする一派がいるヴェネチアン国の内情が複雑で、つかめきれず、接触をためらっていたんだそうだ。
状況説明が終わった後。
「それでお前さんらは何しにこのギランダー帝国に来たのじゃ」
「え、それって、手紙に書かれていないんですか?」
「大災厄を納めし子供たちだから、力を貸してやってほしいとしか書かれておらん」
僕はミクちゃん、ルードちゃん。リエッタさんの順に顔を見て、決めた。まあ、それ以外に選択肢が無いってのもあるけど。
「神様からここに負の魔素と魔法力の塊りが出現して、魔獣になりかけているからそれを消滅するようにって言われてきたんだ」
あくまでも魂魄管理者とは言わない。
オケアさんも神様は男神だって信じていたし、そういえばルードちゃんは誰に会ったんだろう。聞いてないや。
「それは首都ギーランディアにいるのか?」
「うん、多分そうだと思うけど、確信はないの。
ミクちゃんやルードちゃんはある?」
「私はセージちゃんと一緒の情報しか知らないのは知ってるでしょう」
「ウチは、場所は何にも知らないわ」
「え、地図を見せてもらったりしなかったの?」
「地図? 誰に?」
あ、知らないんだ。
「ごめん、僕とミクちゃんは神様から地図を見せられて、大体の場所を教えてもらったんだよ」
「おい、誰か地図を持ってこい」
ウーフーダンさんの声に若そうな人が走って部屋を出ていった。
それで僕は地図を指さした。
「ミクちゃん、この辺だよね」
「うん、間違いないと思うよ」
「そこは、魔樹の森か?」
「魔樹の森?」
「知らんか、首都ギーランディアの北方にある森で、正式にはディラック樹林と呼ばれておる森のことじゃ。
以前から不気味な森として知られておったが、アぺプ大激震の後に不気味さが増して魔樹の森と呼ばれるようになった曰く付きの森林じゃ」
目標は首都ギーランディアだと思ってたけど、どうやら違ったみたいだ。
その指さす場所を見てミクちゃんとうなずく。
「多分そこだと思います。
ただ念のため、ギーランディアも見てみたいと思います」
「それはいい心がけじゃな。
ギーランディアの見学ができるように手配しよう。それと魔樹の森に入る準備もしておこう」
ディラック樹林。
地図を見たところ首都ギーランディアの北方約二五キロからひろがる巨大な森林のようだ。
とにかく不気味な森で、変わった樹木や危険な樹木が多く生えているそうで、あまり調査がされていない森だそうだ。
◇ ◇ ◇
翌日はワンダースリーが戻ってこなかったので、アテナイ市の観光をするしかなかった。
ウーフーダンさんの声がけなのか、スリの一団の何人かが隠れて付いてくるんだ。
いや、こんな下手な尾行は無いな。
きっと、スリたちの単独行動だろう。
驚かすつもりも、驚かされるつもりもないけど、面白そうだから、付けてくるままにして放っておいて、ショッピングにレストランなどを周って暇をつぶした。
そして、三時ごろに屋台でしこたま串焼きを買って、スリたちをつかまえて、持ったせて帰らせた。
知られているとはわからなかったみたいでビックリしていたけど、喜んで帰っていった。
◇ ◇ ◇
翌々日の四月二二日緑曜日にワンダースリーを連れて、再度ウーフーダンを訪れる。
そこで知った真実は、神託派はギラリック帝王とスカポランダー宰相、それに過激思想で侵略家のエラリック第一王子を幽閉して、信心深いビリリート第二皇子を帝王位にすげかえることを画策しているそうだ。
ただしビリリート第二皇子は神託を重視するも、父や兄を差し置いて帝王になるつもりはないんだそうだ。
「何故そんな話を僕らにするんですか」
「神託の御子として、神の名のもとに説得してくれんか」
え、えーーー。
神の神託を受けた子供の呼び方はさまざまで“神に選ばれし子供”、“使命の御子”、“神の御子”などと呼ばれる。
いくら頼まれたって、それは無理だよね。…と、思ったら。
「おう、セージスタ、やってみないか。
そうすりゃ戦争にならずに済むんだから」
ワンダースリーからも頼まれてしまった。
それって僕しか……、ミクちゃんにはやらせられないし、ルードちゃんはどうなんだろう…って考えちゃってること自体危ないと思って。
「無理ですよ!」
断るしかなかった。
僕はコッソリとウーフーダンさんに訊ねてみた。
「ホンタース元王子はどこにいるか知っていますか」
「最近は聞かん名前じゃな。何かあるのか?」
「…えー、リエッタさんの知り合いが一緒にいるみたいで、できれば助けたいんですけど」
リエッタさんが以前暮らしていた場所を伝えた。
一応調べてくれるそうだ。