108. ミクリーヌの決意と帰還
久しぶりに魂魄管理者の夢を見ました。
熱かった体が女神様の手に触れられると、熱が下がっていった。そして、何故だか、女神様がミクちゃんだったんだ。
あれっ? 夢? 極まれに夢の中で夢ってわかるときあるけど、これって夢だよね。
僕は、あれ、僕は……。
目覚めた。明るい。体がだるい。そしてお腹が減った。それもメチャクチャで猛烈に。
「あ、セージちゃん、おはよう。お昼だけどね」
「あ、女神様」
ああ、ハズイ。これって現実だよね。どうしよう。
ニコニコ笑ってたミクちゃんが固まっちゃった。それも真っ赤になって。僕もメッチャ、ハズいんだけど。
これってミクちゃんに手を握られているよね。本当にどうしよう。
「セージ君、起きましたか」
「はい」
「体に痛いところとか、変な感じがするところはないですか」
そうだ。毒、それと切られたんだ。
体の感覚に異常はない。多分だけど大丈夫そうだ。
魔法力をめぐらして、魔法眼でも確認してみたけどヤッパリ問題はなさそうだ。
「…大丈夫そうです。切られたところはまだちょっと痛みますが、いつもの通りです」
マールさんに救われました。
固まったミクちゃんが動き出しました。
おかげで僕も動けそうです。
「それにしても、起きて早々。結婚の申し込みですか。ミクも魔霊石をもらっていますしね」
ピキーン。
硬直。動けません。
聞かれてたんだ。
「ミクも受けるのなら、はっきりとお答えしなさいね」
「……は、はい…」
真っ赤で固まるミクちゃんが、ナゼだかウルウルしてます。
「あのー、起きます。起きます」
僕は飛び起きた。
あ、痛ッ、お腹切られて痛かったの忘れたた。
「大丈夫ですか。無理はダメですよ」
「はい、少しお腹が痛みますが、問題はなさそうです」
それよりニヨニヨするのやめてください!
「そうですか。
本当に違和感や変な感じはしないのよね」
「はい、お風邪様で解毒はシッカリとされています。
それよりお腹が……」
グーッと盛大になりました。ハズイ。
「それだけ元気なら大丈夫そうですね。
ユックリと顔を洗ってらっしゃい」
だからニヨニヨ笑わないでってば!
「はぁーい」
脱力感と恥ずかしさに部屋を飛び出して……、あ、ミクちゃんの部屋だったんだ。
お腹の痛みも減りも何処へやら、トイレに駆け込んだ。
だって、部屋には洗面所は有るんだけど、トイレはないんだ。
駆け込む場所、逃げ込む場所っていったら一つしか思いつかなかったんだもの。
改めて自室に戻って、
<ホーリークリーン>
裸になって、再度体中を確認する。
毒は完全に抜けている。
お腹の傷痕はまだ生々しいけど、かなり直ってきている? どの程度の傷だったんだろう。
お腹に痛みはあるけど、急激に動かなければ、軽い鈍痛で、どうってことはない。
<メガヒーリング>…<メガキュア>…<メガリライブセル>
ヤッパリ魔法は偉大だ。鈍痛が弱まった。動いてもあんまり痛くない。
チョットお腹がペコリンだからバナナ三本食べてジュースを飲んでっと。
お腹。食べちゃったけど大丈夫だよね。
念のため。
<メガヒーリング>…<メガキュア>…<メガリライブセル>
更に楽になった。
傷口も小さくなったし、もうさわっても痛くないし、鈍痛もない。
本当に僕の体って治りが早いよね。
もう一度、念のため。
<メガヒーリング>…<メガキュア>…<メガリライブセル>
<メガヒーリング>…<メガキュア>…<メガリライブセル>
これだけ傷が小さくなれば、明日には傷も完全に消えるだろう。もちろんあと何回かは治癒魔法を掛けないといけないけどね。
服を着て準備よし。
もう二本バナナを食べて、ジュースももう一杯、これで完璧だ。
あ、もう一回顔を洗って、歯も磨いた。
<ホーリークリーン>
寝ぐせも治ったし、これで本当の完璧だ。
コンコンと緊張しながら隣の部屋をノックする。
レイベさんのお迎えで部屋に入る。
緊張する。お嬢さんを僕にくださいって、こんな感じなのかな。
イヤイヤ、何を考えてるんだ。僕は八才、僕は八才。いや、三六才(二八才+八才)なのかな。いや、ダメだ。脳内のあちらこちらでカオスが湧き上がってっくる。
「レイベさん、お医者様にセージ君が目覚めたので診察を依頼してください。
それと陛下とミラーニアン公爵にもセージ君が目覚めたことと、これから診察していただくことを伝えてください」
レイベさんも僕に優しい視線で「よかったです」と部屋を出ていく。
「お医者様に診察していただいて、許可が出るまで食べ物は待ってくださいね」
え、食べちゃったんだけど。
お医者さんの診察。
どうしてだか、かなりビックリして首をひねってたけど、
「お嬢様は本当に素晴らしいですね」
今度は感心しだす。
ミクちゃんがすごいのは当たり前だ。
それにしても何度も何度もお腹撫でないでよ。くすぐったいでしょう。
とにかく許可が出た。
バナナを食べたっていうのにお腹がメチャ減りです。
「フルーツケーキ甘くて美味しいですね」
すでに三切れ目を頬張っていて、大きかったフルーツケーキは二本目が切られていた。
オレンジジュースを飲んで、紅茶も二杯目だ。
「その、ドライフルーツパウンドケーキは、ミク大好きですよ、ね」
隣で一切れ目を食べているミクちゃんの手が止まって真っ赤になる。
僕の手も止まっちゃったけど
マールさん、今日はやけに絡むな。
「セージ君、心して聞いてくださいね」
「はい」
その後の説明には、ビックリ仰天。
テレポートでここに飛んだ僕。…うん、切られた時にミクちゃんが見えた覚えがあるから、きっとそれだ。
その後に治療をしたのはミクちゃんで、付きっきりで看病をしてくれてたのもミクちゃんだなんて…。
えぇーー。
ミクちゃんが僕の手を握って、ずっと一緒に寝てた、同衾って、まだまだ八才だ。…だよね。僕が気にし過ぎだよね。
真っ赤になってうつむくミクちゃんを、とてもじゃないけど見られません。
って、僕も体が熱いんだけど。
「ミクちゃん、ありがとう」
「ううん、いつもセージちゃんには助けてもらってるもの。あとお母さんのは大げさ、私は一緒に眠ちゃってただけ」
「それにしたって、と、とにかくありがとうね」
「う、うん」
お互いに明後日の方向に向いていた。
だってハズイでしょう。
マールさんが僕と二人っきりになった時、ずばりと聞かれた。
「セージ君は、自分が狙われたんだと思いますか? それとも巻き込まれたと思いますか?」
「わかりませんが、僕が恨みを持たれていることは確かです」
「この話はこれで」
と、ミクちゃんには内緒のようです。
◇ ◇ ◇
王様やミラーニアン公爵様に会ったのは夕方だった。
謝られちゃった。それと丁寧に手入れをされた“赤銀輝”を返してもらった。忘れてました。
どうやってここに飛んだか教えてくれるように、しきりと訊ねられたけど、よくわからないと答えた。
本当にわからないから仕方がないんだけど、なんで聞かれたんだろうと思っていたら。
「セージスタ殿は、ミラーノ市の外からここにテレポートできますか」
「いえ、ここって認識阻害の結界を幾重にも張ってますよね……あ、そういうことですか。
できないと思いますが、なんでできたんでしょうか?」
「それはこちらが訊きたいのだが」
「ですよねー⁉」
マールさんが七沢滝ダンジョン、ひいてはニュートのことを言わないようにってこのことだったのか。
◇ ◇ ◇
お世話になった王家の皆さんに、ミラーニアン公爵家、主にミクちゃんがお世話になったアマルトゥド侯爵家とディンドン侯爵家の方々に挨拶をした。
ミクちゃんはロキシーヌ様、ネーザンス様なんて随分と親し気に挨拶してたし、幼いミクティーヌ様には泣かれて困ったりもしたものだ。
僕にとっては、なんといってもワンダースリーのみんなに挨拶できてうれしかった。
王都、ミラーノ市を僕たちが発って、エルドリッジに向かったのは、九月一二日黒曜日だった。
ミクちゃんは、ヴェネチアン国王陛下の失態――公式的にはそうはなていないが――を雪いだ、要はセージスタを危難から救ったことによって、感謝状と友好の記念品として万年筆などの筆記用具を下賜され、恐縮しきりだった。
授与式などがあれば、卒倒するんじゃないかってほどだ。
ちなみにどれもが王家のご用達の品物で、王家の紋章――双頭の竜の顔が内向き――が入ったものだ。
そしてセージにも迷惑をかけたということで、同様の筆記用具一式を頂いた。
それと様々な本を五〇冊ほどもらった。
レベル10以上の魔法の件や、マジカルボルテックスの叶えられぬ願いのお詫びのようだ。
さすがに王宮の図書館には入れてくれないよね。
そのかわり、一般知識の様々な本だ。これもうれしい。
エルドリッジ市に到着したのが予定通り、九月一四日青曜日。
シュナイゲール・フォアノルン伯爵(シュナー伯父様)は、エルドリッジ市にまだ滞在していて、お城に泊っていろいろと積もる話――当然、王都の騒動をだけど――をした。
ギランダー帝国にファントムスフォー、そして問題なドラボーン侯爵けの対処を国王陛下と相談するそうだ。
ロナーさんの結婚式を危難から救たお礼にと、何処から手に入れてきたのか、「セージにはこれが一番だろう」と光魔法と闇魔法のことや魔法陣が手書きで書かれた研究ノートに雑記のように書かれた魔法陣の数々、それに精霊文字と精霊記号の一覧表にこちらも手書きの用紙が何枚も、をもらった。
光魔法と闇魔法の魔法陣に、精霊文字と精霊記号の資料の扱いには特に気を付けるようにと念を押された。
うれしかった。
これで作りかけの魔法陣が完成するかもしれない。魔法の理解が深まるのは確実だ。更に魔法研究所で得た知識もある。もっとすごい魔法陣を作れるかもしれない。
それと賊が着ていた“黒いマント”も三着ももらちゃった。
「シュナー伯父様ありがとう」
セージは知らないことだが、伯父様からもらったノートと精霊文字と精霊記号の一覧表は、実は王様から内々に渡すように頼まれたものだった。
それに便乗して伯父様も集めたいくつもの魔法陣などの雑記のような資料を追加したものだった。
◇ ◇ ◇
九月一六日黄曜日に出航。
武装商船エメラルダス。
九月一七日白曜日、ミクちゃんと二人でデッキで夕日を眺めていた。
「セージちゃん、私ね…」
「何?」
「変だなって思わないでね」
「うん」
「私、セージちゃんと一緒に手をつないで眠った日から、なんだかずっと昔にセージちゃんに会ったことがあるような気がしてるの。ねえ、なんか変でしょ」
「ううん、変じゃないよ。僕もそんな気がしてるもん」
ヤッパリ、ミクちゃんか。すごくしっくりくる。
でもまだ記憶は戻ってないよね。
「うわー、一緒だー…」
ミクちゃんが夕日に照らされてなのか、真っ赤です。
僕も真っ赤かな。
「でもそれって、僕たちだけの秘密だよ」
「うん、何故だか誰にも言っちゃいけないって気がしてるの。セージちゃんもそうなんだ」
「うん」
「セージちゃん見て」
見せられたミクちゃんの『個人情報』
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【ミクリーナ・ウインダムス】
種族:人族
性別:女
年齢:8
【基礎能力】
総合:29
体力:36
魔法:56
【魔法スキル】
魔法核:4 魔法回路:4
生活魔法:1 火魔法:3 水魔法:3 土魔法:3 風魔法:3 光魔法:4 身体魔法:3 錬金魔法:0
【体技スキル】
槍技:3 剣技:3 片手剣:3 水泳:2
【特殊スキル】
隠形:2 魔力眼:3 魔素感知:3 思念同調:1
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魔法核と魔法回路に光魔法が“4”になっていて身体魔法が“3”だ。
それに錬金魔法と思念同調が発現していた。
他にも数値がいろいろとアップしている。
戦闘を行わなくても一気にレベルが上がるときがあるんだ。チョット、ビックリ。
そういえば魔法力の流れがものすごく滑らかになったよね。
多分、体の細胞も強くなったってことだよね。
これがレベル4の壁なのかもしれない。
「すごいね」
「ううん、まだまだ。
私もっと強くなりたい。
セージちゃんが困った時に、きちんと助けられるように。置いていかれるのもいや。待ってるの辛いもん」
「ごめん、いつも心配かけちゃってるんだね」
「だから強くなりたい。まずはお母さんに頼んでみようと思ってるの」
「うん、ありがとう」
「セージちゃんのためってより、私のためね」
「でもありがとう。応援するね」
「絶対だからね。約束よ」
「うん、約束だね」
夕日で真っ赤なミクちゃんが、僕のほっぺたにチュッとキスをしてくれました。
ハ、ハズイ。
で、でも、僕も男だ。
頑張って、ミクちゃんのほっぺにチュッとお返しをしました。
夕日って熱いんだ。顔から火が出て、し、死ぬかと思った。
あ、ことによったら、迎賓館に飛べたのって思念同調のおかげ?
テレパシーが通じちゃったりして。
「あのね、僕も思念同調を持ってるよ。
『個人情報』『開示』」
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【セージスタ・ノルンバック】
種族:人族
性別:男
年齢:8
【基礎能力】
総合:120
体力:186
魔法:812
【魔法スキル】
魔法核:14 魔法回路:14
生活魔法:6 火魔法:14 水魔法:14 土魔法:14 風魔法:14 光魔法:14 闇魔法:12 時空魔法:14 身体魔法:13 錬金魔法:14 付与魔法:14 補助魔法:14
【体技スキル】
剣技:8 短剣:3 刀:8 水泳:2 槍技:9 刺突:7 投てき:6 体術:8 斬撃:5
【特殊スキル】
鑑定:5 看破:6 魔力眼:6 情報操作:5 記憶強化:5 速読:4 隠形:5 魔素感知:4 空間認識:7 並列思考:7 認識阻害:5 加速:4 浮遊眼:2 思念同調:3
【耐性スキル】
魔法:10 幻惑:4 全毒:9 斬撃:4 打撃:6 刺突:3 溶解:2 熱:1 精神攻撃:2
【技能スキル】
精密加工:1 魔電加工:0
【成長スキル】
基礎能力経験値2.14倍 スキル経験値2.14倍
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「すんごーい」
「いつのまにかこうなっちゃった」
「追いつけそうにないや」
「そんなことないよ」
「ホント?」
「ホント、ホント」
たぶん、記憶がよみがえった時に、一気にスキルが開花するはずだもんね。
「セージちゃんのことば、信じちゃうよ」
「うん、僕が請け負うよ」
しばらく夕日が沈むのを見てたら、ミクちゃんの呟き。
「セージちゃんは魔法もすごいけど、勉強もできて、いいなー。私なんか今日やっと宿題が終わったんだ」
な、なんですとー。そういえば宿題あったっけ。
もっと早く帰る予定だったから、僕、持ってきてないや。
九月一八日黒曜日。
ミクちゃんに錬金魔法を含む、レベル4魔法陣を『複写』してもらった。
属性のない物は『複写』できないものね。まあ、設計図としてだと『複写』は可能だけどね。
「これ」といって差し出す、水色の髪飾りから“魔録霊石”を抜き出して、空いた穴に詰め物をして「これはミクちゃんのだから」と改めてプレゼントした。
「だいじにするね」
それと気になていた思念同調をお互いに使ってみた。
そうするとなんとなくだが、ある程度離れていても、相手の存在がハッキリと認識できる程度で、意思の疎通は無理だった。
ファンティアスとの戦闘で傷ついた時に、ミクちゃんとつながったのは浮遊眼なんだろうか? それにしては、お城の外から中って、はっきりとは見えないんだよね。場所もぼやけてしまうし。
認識阻害をどうやって潜り抜けたんだろう?
ただ、もう一つの可能性だとあるんじゃないかって思っている。
二日半の航海が風が無く、オーラン市に到着が遅れたといっていたけど、九月一八日黒曜日のお昼に到着した。
ヴェネチアン国の最新船のエメラルダスはヤッパリ早いんだ。
エメラルダスに別れを告げ、いざ懐かしの我が家へ。
何もかもが懐かしい、また言ってみたけど、今度は本当に懐かしかった。
でも結婚式のファントムスフォーの襲撃に王都ミラーノ市での騒動や襲撃を報告しなきゃいけないよね。なんだか気が重くなってきた。
明日から新学期ってのも、それに拍車をかける。
マールさんに付き合てもらっての説明に疲れたセージスタの夜は長かった。
とはいえ、ママにエルガさんにリエッタさんにマルナさんはマリオン市へ、ホイポイ・マスターⅡの納品でいない。
パパさんだけ(リンドバーグ叔父さんはいるけど家のことには不干渉)でよかったと思った。
あと、ブルン兄はウインダムス総合商社のマリオン支店に、オルジ兄もマリオン上級魔法学校の寮にととっくに戻っていて、家にはいない。
そして『加速』スキルの連続発動時間最長を樹立した。
いくら簡単だとはいえ六週間分の宿題。
物量大攻撃に体感時間は本当に長かった。
最大の難敵が『思い出に残った五日間』の絵日記だった。
ミクちゃんは何を書(描)いたんだろう。
いつもお読みになっていただいてありがとうございます。
ここで「王都ミラーノ編」は終了です。
後程、登場人物一覧をアップします。