106. 王様との狩り
九月六日黒曜日、七日赤曜日は、何かと忙しかった。
アマルトゥド侯爵家のお茶会に呼ばれ、ディンドン侯爵家のお茶会にも呼ばれた。
ちなみにどちらに行っても似たようなメンバーなんだ。
二つのお茶会に行った意味はあったのかな。
ミクちゃんとミニミクちゃんに頼まれて、色の禿げた古ぼけたオモチャの色塗りをさせられた。
オモチャを大事にするっていいよね。
気合を入れてチョット豪華にしたら、ミクちゃんに怒られ、ミニミクちゃん感激されて、元に戻そうか、そのままにしようか迷ってたら、ディンドン侯爵夫人に、そのままでかまいませんよ、って許可をもらえた。
ミニミクちゃんってアマルトゥド侯爵けの令嬢だよね? どうなってるんだか。
五日白曜日のお茶会にはキフィアーナちゃんの乱入もあって大変だった。
キフィアーナちゃんが何かと絡んでくるし、一番に困った? 恥ずかしかったのが、丸めた紙で切りかかってきた時だ。だって、掛け声が“パン”って、ねぇー⁉
カレリーナさんに視線でどうにかしてくださいって合図を何度も送ってたしなめてもらうんだけど、その程度じゃ効き目はないんだよね。
まあ、とにかくミクちゃんが楽しそうで何よりだ。
マールさんも営業のやりがいがあったみたいで、張り切ってたし。
他にもお誘いは幾つもあったけど、アマルトゥド侯爵家とディンドン侯爵家の名前を借りてお断りした。
◇ ◇ ◇
九月八日青曜日。
朝早くお城に行って挨拶をすると、ワンダースリーのみんなもいた。
ロナーさんの結婚式の襲撃もあって、警備は厳重だ。
マールさんとミクちゃんは挨拶回りでお留守番、狩りに行くのは僕だけだ。
各種武装魔導車や兵員輸送の大型魔導車に守られる形で、王族専用魔導車で狩場に移動する。
兵士は全て近衛兵で、魔導車は全部で一五台と物々しい。
移動は一〇キロチョット程度だろうか、王都から近い。
狩場に到着すると、先遣隊――近衛兵と一般兵――がいたようで、更に人数が増える。
王家の定番の狩場なのか、森の一角に切り込みが入ったような草原がある。
塀や囲いに物見やぐらまである。
僕は王様とミラーニアン公爵と並んで、頑丈な物見台の上から眺めている。
あれ? あ、隠されているけど防護結界? あ、王様を守るシールドの発生装置なのかな。
警備は万全ってことだ。
「ここってどの程度の魔獣がいるんですか」
「伝えてなかったか、強い方で大体“50”程度だ。
ファントムスフォーを撃退したセージスタ殿ならどうってことはあるまい」
ミラーニアン公爵に訊ねたら、それを聞いた王様がガハハハと笑いだした。
やっぱ、ガハハ笑いはヴェネチアンの定番、伝統のようだ。
勢子が魔獣を追い立てる。
勢子といっても軍事訓練だ。
ファランクスよろしくと、統制の取れた槍衾をいくつも作って、逃げ場を一方向にして追い立てるものだ。
草原に出てきた魔獣の群れを見て、王様が物見台から降りて草原に立つ。
「<メガファイアーキャノン>」
火と風魔法のレベル7の複合攻撃魔法を放つ。
魔法制御が上手いようで、かなりの距離があるけど、うまく当てるもんだ。
狙いはイノシシ魔獣のクラッシュホッグ(強さ“41”)のようだ。
でもモモガン森林やボティス密林で狩ったクラッシュホッグよりスリムで毛皮の色も薄い。
亜種じゃないかって思うけど、看破ではクラッシュホッグになっている。
地域で変化があるみたいだ。
「<メガファイアーキャノン>」
「<メガファイアーキャノン>」
王様が立て続けにに魔法を放つ。
遠距離魔法を放てるのはさすが草原だ。森の中じゃあこうはいかないもんね。
それとおびき出された他の魔獣は兵士たちが対応している。
メガファイアーキャノンに威力はあるけど、魔法だけで倒すにはもっと強力な魔法じゃないとダメだ。
速度は落ちたけど、どうするのかな。
一旦クラッシュホッグをやり過ごし、距離を取る。
王様は投てき用の槍、ジャベリンを持つと魔法力を流し、次々と投げた。
刺突効果が付与されているみたいだ。
猪突猛進のクラッシュホッグには真正面からの攻撃は決まれば効果絶大だ。
一本目は弾かれ二本目は額に刺さるが浅い。あっという間に抜け落ちる。
三本目、四本目と確実に突き刺さり、五本目が額を貫いた。
周囲から歓声が上がり、王様が手を上げ答える。
魔獣と戦闘中の兵隊さんは必死だからそんなゆとりはないけどね。
こういうことをして軍事訓練だけでなく、王族のレベル上げを行っているんだろう。
王様が物見台に戻ってくる。
どうやら僕の番のようだ。ちょっと頑張るか。
<身体強化>『加速』…と定番の戦闘態勢を整える。
<フライ>
空に舞う。
手には下賜された太刀の“赤銀輝”だ。
上空なら、槍と一緒に使えるし、下賜されたものを使うのは礼儀だしね。
<スカイウォーク>
足場を作って立つ。
届くかな?
目いっぱい、体内の魔法力を練り上げて、凝縮して、
<マジッククラッシャー>
森の奥に向けて魔法力の塊りを放撃ちだす。
森や草原は兵士で荒らされているから、狙いは鳥魔獣だ。
それでも頼めば、勢子をやってくれそうだけどね。
<マジッククラッシャー>
もう一発。
<マジッククラッシャー>
そしてもう一発。
気づいたみたいだ。
飛び立ったそれはプテラン。
でもヤッパリ色が薄い。
バルハ大陸特有のことなのか、それともアーノルド大陸が逆に濃いのか。
<マジッククラッシャー>
これでどうだ。
オーッと、突撃ヒバリだ。
赤銀輝を振り回すとスッパリと切れた。
スゲー切れ味だ。
もう一匹、もう一匹と計三羽の突撃ヒバリを切り捨てる。
魔獣石の処理は兵隊さんたちがやってくれるだろう。
オイオイ、チョット待てよ。
プテランが他のことに気をそがれたのか、別の方を向いていた。
<マジッククラッシャー>
<マジッククラッシャー>
もう一丁、と。
来た来た。
周囲に邪魔な魔獣もなく、状況も良し。
ギョワー。
プテランのソニックインパクトをトリプルスフィアが弾き飛ばす。
それでもソニックインパクトの振動波が伝わってくる。
大きく口を開けて突貫してくるプテランに、
<大粘着弾><大粘着弾>
<大粘着弾><大粘着弾>
合計四発を絡みつかせると、プテランが落下する。
<フライ>
急降下で背中を赤銀輝で一突き。
追加に魔法力を込めて、
<ボルテックス>
完全に倒したようだ。
プテランが草原のど真ん中にドサリと地上に落ちて、僕がフワリと横に立つ。
まあ、念のため蹴飛ばして、最終確認もOKと。
強さが倍も違うと、こんなのものだろう。
赤銀輝に魔法力を流し込んで、血糊を振り払い、今度は魔法力をぬぐい去ってから納刀する。
「素晴らしき太刀にて無事狩りを行うこと、相成りました。
感謝として太刀にての最初の獲物を奉納いたします」
定番の奏上文、しきたりだ。
突撃ヒバリは、きっと赤銀輝で切ったものじゃないんだろう。
「初の獲物、しかと受け取った。あっぱれである。
これからも貴殿の武功にオケアノス神のご加護があらんことを」
メインのセレモニーもこれで終了だ。
あとは王様に気持ちよく狩りをしてもらえれば完了だ。…と思った時、草原の防護結界が発動した。
え、大気中の魔素と魔法力がどんどん防護結界に吸われてる? いや、排除されてるんだ。
魔素と魔法力濃度が半分、三分の一……一〇分の一……三〇分の一程度? とかなり低くなってしまった。
え、ええ、シマッタ。
幸いにも体内魔素と魔法力は保持できてるみたいだ。
それでも徐々に減っている。
あ、トリプルスフィアが消えた。
アイテムボックスは無事だけど、開いたとたんに崩壊する可能性があるかも。
<テレポート>……できない。まずい!
体内魔素と魔法力のコントロールを上げてこれ以上の流出に抵抗する。
突然、空中から湧き上がるようにファンティアスが立っていた。
右手! 右手が付いていた。
防護結界の外、周囲には残りの三人が湧き上がっていた。
この防護結界の起動に連動したテレポートか?
遅れて魔獣も出現した。
ギガントベア(強さ“70”前後)三匹に、サイ魔獣のアーマーライノ(強さ“55”前後)三匹、猿系魔獣のサーベルバブーン(強さ“30”~“55”)五匹だ。
「俺のおかげで叙勲されたそうだってな、セージスタぼくちゃん、いや英雄君かな。
まだ右手は本調子じゃなくってな」
右手を握ったり、開いたりしている。
今日は最初っから下卑た言葉遣いだ。
右手の動きにホッとするも、無理やり戦闘意欲を奮い立たせる。
「ねえ、これは」
「知り合いのところに、魔素と魔法力を排除する魔道具があってな」
似たようなものを知っている。ギランダー帝国で開発された首輪型の魔道具のエレメントデフレクターだ。
付けられると魔法が使えなくなって眠っちゃうやつだ。
それの大規模版ってことか。さすがに全部は排除できないってことか。
「さすがにダンス会場じゃ設置できなかったんでな。
それに英雄君がそこに立つってわかってたからな」
これも定型のセレモニーだ。
王様の立つ位置――物見台――がわかれば準備万端、用意周到ってことか。
僕が最初に目にとめた防護結界のことを報告していればって、後の祭りか。
あれ、でもそれだったら王様を直接……は、さすがに無理か。
事前調査が半端じゃないもんね。
でももしも戦闘中に王様がここに踏み込んでいたら……。
「セージスタ、直ぐに助けるから、一人で頑張ってろ」
「こいつすぐやる! 待て!」
「セージ坊、しばしの辛抱じゃー」
ワンダースリーのみんなは、すでに戦闘に突入している。
しかし兵隊が足かせになって、思うように戦えていない。
近衛兵は王を守る部隊と、魔獣の対応とに別れる。
「射てーッ!」
近衛隊の隊長の号令に、矢と魔法が飛ぶが、魔素と魔法量を吸収した防護結界にはばまれる。
かなり強固な防護結界だ。
「ファンティアスさんも魔法が使えなくなっちゃうんじゃないの」
「これがあるからな」
両手首の黒いリングを見せつけてくる。
確かに魔素と魔法力が集まっている。
発散するものがあれば、集結させるものもあるってことか。
「じゃあやるか」
ファンティアスがフェンシング剣を持って僕に向かって突進してくる。
ど真ん中、お腹を狙った刺突。
サイドステップで避けるもファンティアスの動きの方が早い。
まずい。
鞘から抜き放った赤銀輝で受けようとするも、太刀――剣などの全般――は突きを受けるには適さない。
さらに、赤銀輝は僕には長すぎるし、扱いも慣れてない。
そうだと思って、草むらを切り払う。
防護結界の中は、風を対流させることが基本で、それはここでも守られている。
しかも魔素と魔法力を発散させるためにか、強めの風が舞っている。風に草が舞う。
「小癪な!」
追撃の刺突を大きく跳んでかわす。
そしてまた草を切り払うが、避けたところに蹴りがきた。
ドカッと腹に食らう。
イタッ。
後方に飛んだから、ダメージは少ない。
魔素と魔法力、魔素と魔法力はどこかに無いかな。
「ファンティアス時間がないぞ!」
「わかった」
全身をゴツイ鎧で身を固めた熊人族のトムソイダの催促にファンティアスが気楽に答える。
魔獣の数が減って、残るはあと二匹。
そうなると近衛兵が向かってくる。
あ、あった。魔法力と魔素が。
でも使えるかな。
「これで終わりだ」
ファンティアスが黒い霧、毒を盛大に振りまいてきた。
まずい、でも使えるか。
毒耐性“8”を意識して、霧の中に突っ込んだ。
わずかな魔素と魔法力があったからだ。
その魔素を取り込み赤銀輝に流し込む。
ゲホッゲホッ、さすがに毒がキツイ。
「バカめ!」
刺突がくるが、体が重い。動かない。
わずかに逸らすも、腹をザックリと切られた。
熱い。毒か?
くそっ。
鞘を振り回し、切れ味の上がった赤銀輝を地面に突き立てる。
刺さったのは赤銀輝の約半分の四〇センチメルほどだけどそれで充分。
地面の下――地表の魔法力や魔素は無い――の魔素と魔法力に接触・吸収する。
ゲホッゲホッ…。
「グワハハハ…、毒が回ったか、長くはもたんと思うが、止めだ!」
もう一度、刺突が来る。
<テレポート>
ゼハァーー、ゼハァーー。
毒耐性は、闇魔法耐性はどうなってるんだ。
長距離は飛べない。精神集中ができそうにない。
飛んだ場所は、近くの王族専用魔導車の中だ。
息が荒い、体がムチャクチャ熱い。頭が重い。
体内に魔素と魔法力を取り込み、一気に活性化させる。
真のルルドキャンディーも四つまとめて口に放り込む。
<メガヒーリング><メガキュア>
<メガヒーリング><メガキュア>
<メガヒーリング><メガキュア>
<メガリライブセル>
<メガリライブセル>
もうダメだ。
ミ、ミクちゃん。あ、ミクちゃんが笑ってる。……が、見る間に驚愕の表情に変化して、泣き出した。
誰だ。ミクちゃんを泣かした奴は…。
<テレポート>
ミクちゃん、泣かないで。
意識がもうろうとして、気絶した。
◇ ◇ ◇
セージが飛んだ後の草原。
魔獣は最後のギガントベアとアーマーライノが一匹ずつ残るだけだ。
「セージスタ!」
プコチカは叫んでいた。
「セージ坊!」「セージ!」
ワンダースリーが叫んでいた。
そして「「セージスタ殿」」と国王陛下とミラーニアン公爵も。
「キサマ、セージスタをどこへやった!」
戦闘中にもかかわらず。ファンティアスを怒鳴りつけていた。
「どこを見てる。てめーの相手は俺だよ」
鞭と短剣を持ったムスティアスが魔法を放ってくる。
精神系の禁忌の魔法だ。
<ホーリーフラッシュ>
発動した魔法を浄化作用で消し去るが、完全には消しきれない。
それでも体内の魔素と魔法力を活性化させれば何ともないレベルだ。
「ムスティアスやれ!」
「あいよー!」
「くらえ<マッドフィーリング>!」
まがまがしい魔法が全方位で広がっていく。
「逃げろ! 陛下を守れ!」
一対一なら対応できるが、王を守るのが優先だ。
ファントムスフォーの仲間には付与なり補助なり対策済みってことか。
「<マッドフィーリング>!
<合成猛毒>」
ムスティアスが次々と闇魔法の広域攻撃魔法を放っていく。
「キャプチャーストーンの回収を忘れるなよ」
キャプチャーストーンとはエレメントデフレクターの領域版で、三か所に設置して発動させると、円形空間内部の魔素と魔法力を排除する。
しかもあらかじめ内部に貯め込んだ魔素と魔法力で強力な防護結界を張って外部からの手出しを防ぎ、内部からの脱出もはばむものだ。
もちろんそのようなものだという説明をファントムスフォーが行う訳がない。
三つのキャプチャーストーンに何やら魔法力を流すと効力が消え、防護結界が消える。
そうしてからキャプチャーストーンを回収する。
「トムソイダ、フォードラーラ、撤退だ。
ムスティアス頼む」
「あいよ」
「次はプコチカ、キサマだ。忘れるなよ」
四人が消えた。
数分後にギガントベアとアーマーライノが倒された。
◇ ◇ ◇
王様とミラーニアン公爵は近衛兵とワンダースリーに守られながら、王都に帰還した。
ただ、誰も王族専用魔導車の座席の血糊とセージスタに下賜した太刀が抜き身で落ちていた。一緒に鞘もだ。
その意味を理解するものは存在せず。
いや、誰もがセージスタを殺害した証拠に、王族専用魔導車にこれ見よがしに放り込んだのではないかとの推測を口にすることのなないまま、王様とミラーニアン公爵は近衛兵の魔導車に乗って帰還した。
残った近衛兵や一般兵は、周辺を捜索してファントムスフォーとセージスタの探索を行った。
帰還命令が下ったのは、王都からの使者が到着によるものだった。