壱
『悪いことが起きるよ』
あの仔はそう云った。
私は夢をみている。
夢のなか、寝藁にうずくまるあの仔は私を見て厭らしそうに笑う。
あの仔の首から下は獣のそれだ。力が入らないのか立ち上がろうとしない。
あの仔の顔は産まれたばかりの赤ん坊。
腫れぼったい目蓋を開け、薄い唇をニタニタッと開いては、平たい舌で言葉を紡ぐ。
『悪いことが起きるよ』
真っ暗闇の厩舎。
あの仔と寝藁だけが浮かぶ様に色を持っている。
『汝、我が似姿をば絵に晒し、戸口に飾れば災厄免れるであろう』
急に難しい口調になってあの仔が謂う。
そこで私は夢から醒める。
…あの仔は誰?
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『あぁ、それは【くだん】だね』
PCのモニターの向こうに、太った人の良さそうな顔が映っている。
「【くだん】?」
『にんべんにうしで【けん】て字があるだろ?訓読みで【くだん】』
…牛だったろうか?
牛を見た事が無いから判らない。
『見た事も聴いた事も無いのに、夢で見るなんて普通無いから、何処かで見たんじゃないかな?』
「…なんなの?くだんって」
『そうだね、妖怪…神の使いかな?悪い事、飢饉・疫病・戦争なんかが起きる前に現れて予言する…』
(悪いことが起きるよ)
『…予言だけじゃなくて対処法まで教えてくれる、サービスいいよね?【件】だけじゃなくて【神社姫】とか【天日子】とか…パターンは一緒。現れて対処法込みの凶事の予言をして居なくなる…僕は【蘇民将来】もこれに含まれると思うんだけど』
「なんでそんな事するの?」
悪い予言なんて、誰も聞きたがらないに違いない。
『さぁ?蘇民将来なら一宿一飯の恩返しって理由があるけどね…ああ!【出エジプト記】にもあるな』
「【出エジプト記】?」
『旧約聖書、モーセは解る?』
「十戒がどうのってあれ?」
『そぅ、エジプトのファラオにユダヤ人を解放させようと神様が凶事を起こす。その前にユダヤの家の扉には羊の血を塗るようにモーセに伝えた。塗った家の者は助かった。ほら対処法だ』
羊の血?気持ち悪い。
『まぁ【件】が神の使いなら、予言される凶事は神の祟りなんだろうね』