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サイコネクトデイズ  作者: 火炎ロダン
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Next to me...(後編)

この度は、『サイコネクトデイズDay.3 Next to me…』後編をご覧になっていただき誠にありがとうございます!今回も前編に引き続き本編を読んでいただく前に注意事項として、前書きを書かせてもらいました。煩わしいかもしれませんが…本編を読む前にあと数行分お付き合いください。


本作「Day.3」は、以前までの作品に比べ少々バイオレンスな描写が多く、お話のトーンも少しシリアス暗くなっています。後編では前半以上にそれが顕著に現れた描写が増えています。ですが…それは勿論前編同様に「皆が前を向ける」ラストに向かっての必要不可欠の描写なのです登場人物を痛めつけて楽しむような意図は一切ありません。。

それを踏まえて読んでいただけたら嬉しいです!

では、本編の方をお楽しみください!今回は後書きもご用意したのでよかったらそちらも併せてお楽しみください!

挿絵(By みてみん)

 飼篠ヒトミは兎小屋の鍵がひとつ無くなっていることに気が付いて驚いた。今日は中等部飼育係の当番の日だ。中等部の担当曜日は毎週日曜日。ヒトミ以外の飼育委員の当番の男子3人は一度も兎小屋に顔を出したことが無かった。学校が休みの日曜日、それも微妙なお昼過ぎの時間帯。たしかに面倒かもしれないのだけれど、「男子ってなんて無責任なんだろう…」ヒトミはいつもそう思っていた。だからヒトミは毎週一人、食堂から余った野菜の切れ端を運んで兎小屋に赴き、餌を取り換えたあと、掃除をしなくてはならなかった。一人で当番の仕事をこなすのはちょっと大変だったけど、動物好きのヒトミにとっては、ウサギたちとゆったり過ごせるこの時間はとても楽しいものだった。…でも今日はなぜ2つある鍵が1つ無いのだろうか。

最初は小学部の子が、勝手に鍵を持ち出してウサギたちに遊びに行ってしまったかと思った。時々、ヒトミが小屋の掃除をしていると数人の小学3、4年生の女の子たちが遊びに来たりするのだ。でも、鍵の管理をする用務員さんの話を聞いて、それはヒトミの誤解だとすぐに分かった。

「あぁ。鍵なら、さっき、なんか変わった感じの女の子が借りていったよ。ほら、先週から後期に入ったじゃない?見たこと無い子だったけど、きっと新しい飼育係の子なんじゃないかな」

ヒトミは忘れていた。そう、先週からもう9月。ヒトミのように前期から後期に継続して委員を引き受けた生徒以外は別の委員会に移籍するのだ。…それにしても、「なんか変わった子」…って一体どんな子なんだろう?ヒトミは少し緊張しながら野菜の切れ端を抱えて小屋に向かった。

 ヒトミが小屋に付くと、異様な光景が目に入ってきた。小屋の入口の前にボロボロになったベニヤ板や、劣化しもうボロボロになって欠けてしまっているプラスチック製の餌皿など大量にガラクタが綺麗に妙に几帳面に並べられている。それらは小屋の2つある部屋の使われていない方の片方に詰まっていたもので、そのほとんどが要らないものだった。「誰が何のためにそんなことを?その変わった子の仕業なのかな?」ヒトミは恐る恐る土埃で煙たい小屋の中へ入っていった。…中ではカタカタと何かが小刻みに揺れる金属の音が聞こえる。倉庫になっていたあの部屋の方からだ。部屋をそっと覗くと…確かにそこには「変わった子」がいた。

 その子は一人、ヒトミの方に背を向け、ガランとした空っぽの部屋の中で脚立の上に立っていて天井の隅っこに向かって竹箒を掲げプルプルと震えていた。長いポニーテールがゆらゆらと文字通り馬の尾のように揺らし、天井に向かって何かをすることに夢中みたいだ。…本当に何をしているんだろう。思い切ってヒトミは彼女の声をかけてみた。

「…あのぉ、あなたが新しい飼育委員会の…」

「え、わわわっ…!」


ヒトミは相手を驚かせないようにそっと囁くように話しかけたのだが、その子は飛び上がるように驚いてバランスを崩しそうになった。その子はそのあと、あわあわとしながらクラクラとよろけて、脚立を数段降りた後、箒をしっかりと握ったたまま軽く地面に尻餅をついた。

「だ、大丈夫ですか!?驚かせちゃって、ごめんなさい!」

ヒトミも同じぐらい驚いて、すぐにその子に焦りながら駆け寄った。

「い…いや。僕こそ、勝手に小屋に入っちゃってごめんなさい。係でもないのに‥。どうしても気になっちゃって」

「…ぼく?」

よく見るとその子は、制服のスカートではなく制服ズボンを履いていた。さっきまで見えなかった、その慌てた顔を見てみると肌が白くきれいで本当に女の子のようなのだけれど、確かにその子は男子のようだった。

 ヒトミがきょとんとしていると、その男子は尻餅をついたまま、すぅーっと息を大きく吐くとこう言った。

「ふぅ…とりあえず、これが無事でよかったよ。ほら、これ見て」

彼はそっと竹箒の先をヒトミの方に傾けながら優しく微笑んだ。箒の先端の方には小さな茶色い綿のようなものがくっついている。

「…これって、カマキリの卵?」

「そう。天井にくっついてて、もう少しで落っこちちゃいそうだったんだ。本当は虫とかは苦手なんだけど…」

そういうと緊張が抜けたのか、その子は疲れがどっと出たようで火照って赤くなった顔を天井に向けて天を仰いだ。

 彼はヒトミと同じ中等部の一年生だった。飼育委員ではないのだけれど、担任である理科の先生の「小屋が狭くて汚い」という愚痴を聞いて、わざわざ一人片付けやってきたらしい。

「愚痴を聞かされるのはいいんだけど…冬になったらもう2羽ウサギが増えるって聞いてさ。4匹でこんな狭い部屋に押し込められたら可哀そうだなって思って。」

男子は嬉しそうに話した。彼もヒトミ同様に動物が大好きなんだと思う。実際、彼は以前から時々平日の間小学部の子たちが当番を忘れたときに餌を取り換えてくれていたのだという。「こんなに、優しくて気がつかえる、ガサツじゃない男子もいるんだ…」ヒトミはひっそりと心の中でつぶやいた。

 彼女たちは餌を取り換え、小屋を掃除して、最後に大量のガラクタたちを金属製の台車に乗せてゴミ捨て場まで運んだ。これで心地よく新しいウサギたちを迎えることが出来るだろう。

「なんだか、つき合わせちゃってごめんね。ほんとは僕ひとりでやるつもりだったんだけど」

ゴミをまとめ終わったあと彼が言った。

「ううん。私もあの汚い部屋は気になってたの。きっとウサギたちも喜ぶと思う。逆に手伝ってくれてありがとう!」

心からの言葉だった。彼は照れたのか、また顔を赤くして天を仰いだ。そんな様子がヒトミにはちょっと可愛く見えた。

「あ、そうだ。大事な事忘れてた!」

彼は壁に立てかけていた竹箒に駆け寄るとそれをもって近くの草むらにそっとしゃがみこんだ。カマキリの卵を自然に返してやるのだ。ヒトミも彼と一緒にしゃがみながら言った。

「無事に冬を越せるといいね」

「そうだね…って、うわぁっ」

その時、突然彼が驚いたような声をあげた。草むらの奥からにょいっと緑色の三角頭が飛び出してきたのだ。オオカマキリの成虫だ。彼は本当に虫が苦手だったようだ。

「・・・まさか、この子たちの親…な訳ないよな」

カマキリは頭をクイクイと回しながら彼の顔をじっと眺めている。鎌を腹の横辺りでゆっくりと上下させていて彼になにか伝えたがっているかのようだ。

「もしかしたら…『ありがとう』って言いたいのかもよ」

ヒトミにはカマキリが彼に感謝しているように見えた。もし彼があの時、天井から卵を降ろしていなかったら近いうちにそれは地面に叩きつけられて潰れてしまっていたことであろう。

「そうなのかな…?」

彼はまじめな顔をしてカマキリを見つめ返した。

「きっとそう。卵のお父さん、お母さんかは分からないけど仲間を助けてくれてありがとうって…その、君に…」

ヒトミはそこまで言おうとしてまだ彼の名前を聞いていないことに気が付いた。

「あぁ…僕の名前?なんか変な名前だから恥ずかしいんだけど…」

彼はこれまた照れ臭そうに話した。

「僕は逢那。弼星逢那っていうんだ。…なんていうか、よろしくね。」

逢那あいな。名前を着ただけでは漢字の綴りは分からなかったのだけれど、ヒトミにはなんだか、その名前の響きが彼に合っていてピッタリだなと思った。…さっき初めて会ったばかりなのに。なんとも不思議な気持ちだった。

「うん。しっかり覚えたよ。こちらこそよろしくね!…弼星アイナ君!」

挿絵(By みてみん)


* * *


「アイナ君!アイナ君っ!」

少女の悲痛な叫びが聖夜のショッピングモールに木霊し続けていた。彼女、飼篠ヒトミの目の前では今、巨大な2体の怪獣が激しい戦闘を繰り広げている。優勢なのは白く虎のような恐ろしい顔をした怪獣で、もう一方の蟲のような黒い怪獣を強大な力とその鋭い牙で圧倒している。白い怪獣は怒りに燃えているようで既に倒れている黒い怪獣にのしかかり、執拗に攻撃を続けている。…ヒトミには一目見た瞬間に分かった。あの白い怪獣の魂の半分は、彼女の恋人、弼星アイナのものだと。

「アイナ君!」

(ひ…とみ…さん?)

白い怪獣イスカーチェリ怪獣態の意識の中にいたアイナの元に恋人の声が届いた。僕の、僕の名前をヒトミさんが必死に呼び続けてくれている。彼女は無事でいてくれたんだ。…そう思うとアイナは意識が急にはっきりとしてきた。

寄生螂獣イロキオン。その悪魔の蟲を倒す切り札となる幻の物質「ユーキュウム」。それを持っている地球の少年アイナと、イロキオンに故郷を滅ぼされた精神生命体の少年イスカーチェリの二人は精神一体化し、怨念の力で巨大怪獣化していた。だが今や、その魂の繋がりは急速に解けかかっているようだ。理性を取り戻したアイナにはこのまま、ここで戦い続ければヒトミや多くの人々のいるショッピングモールの倒壊の恐れがあるのが分かった。何としてでも、怪獣イスカの猛攻を止めなくてはならない。

(イスカ、もうやめるんだ!このままじゃ、周りの人々を巻き込んじゃう!)

アイナは叫んだ。しかし、怪獣の攻撃は止まらない。…怪獣の意識は完全にイスカに乗っ取られていた。

(オワラナイ…オワラナイ…。ソノイノチヲタツマデ…オワラセナイ…!)

イスカは低い声で唸った。アイナの声はとどいていないようだが、アイナと意識が分裂しうまく感情と体の制御が出来ていないようだ。

(イスカ!頼むからやめてくれ!このままじゃ皆が!)

怪獣は吠えた。アイナの悲痛な叫びが声となって体外に飛び出たのだ。

(オワレルワケナイ。カタキトルマデ、イスカーチェリノ…)

アイナの想いに抗うかのように怪獣の体をもがかせて、イスカは地獄から聞こえてくるような低い声で唸り続けた。その言葉にアイナは強い疑念と不信感を抱いたが、構っている暇はなかった。このままではモールにいる全員が死ぬ。家族と幸せに聖夜を過ごすファミリー客も、こんな日にも関わらず必死に働く従業員も、溢れんばかりのカップルも、そして…アイナにとって今、一番大切な飼篠ヒトミも。


(助けてくれ…。助けてくれ、ユーク。お願いだ…助けてよ!ユーク!)

これで今日3度目だった。アイナは助けを求めた。決して声の届かない場所にいるかつての相棒に助けを求めた。

(お願いだ・・・今の僕に怨念と戦う力なんて!・・・あいつを止めることなんてできない!)

・・・その時だった。白い怪獣の口内がピンク色…いや、菖蒲色にスパークした。

グァアアアアアアアア

怪獣イスカーチェリは悲鳴を上げて身を起こした。怪獣の全身に菖蒲色の電流が走り、激しく火花を散らしている。アイナのその想いが、彼の中に眠っていたユーキュウムを活性化させたのだ。これでなんとか、イスカの暴走を止めることが出来る。

(ヤメロォオオオオオオオオオオオ!!)

イスカのガラガラとした怒声が怪獣の悲鳴混じり、アイナの意識の中でエコーする。しかし、そんなものに圧倒されている場合じゃない。アイナは、ユーキュウムの力でイスカの意識を拘束し続けた。

 黒い蟲怪獣、イロキオンはこの隙をついて怪獣イスカの懐から逃げた。鎌で地面を掻くように陥没した駐車場を這い出し、背から4枚の羽根を広げてよろけながらも夜空に飛び立った。

(ニガスカァアアアアアア)

(うわぁあ!!)

逃げるイロキオンの後姿を見たイスカはアイナの拘束を振りほどき、舞い上がった蟲に向かって咆哮した。…しかし、一歩おそかった。イロキオンは月に全身のシルエットが収まるぐらいの高さまで飛翔していた。熱戦でも吐かない限り攻撃はできない。今の怪獣イスカにそんな能力はない。

 逃げたイロキオンはクルクル回る三角形の頭をこちらに向け、首を傾げるような仕草をした。それをモールの建物からみていたヒトミにはイロキオンが「今に見てろ」と笑っているように見えた。

イロキオンは首を180度首を回して口の部分を天に向けると、

キィイイイイイイイイイイイイイイイイイ

と甲高い音を立てた。

「きゃぁあ!!」

悲鳴を立てて耳を塞ぎ、地面にしゃがみ込むヒトミ。あまりの高音に耳が痛くなったのだ。…それはクジラ由来の超音波だった。今のイロキオンの宿主であるステゴケタスの祖先はクジラの仲間だ。クジラの仲間はエコロケーションと呼ばれる超音波を使った情報収集法を駆使し暗い海の底を泳ぎ回る。イロキオンはその超音波を何倍にも強化したものを空に向かって解き放ったのだ。…イスカ風に言えばこれが「デカイ花火」。つまりは宇宙にいるもう1つの群に向かって、音という信号弾を放ったのだ。イロキオンは用済みになった怪獣の体を捨てるかのように、憑依を解除し海の中にステゴケタスの亡骸を海に叩き落とした。

(ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ)

その様子を見た白い怪獣は泣き声のような咆哮をあげて倒れた。


* * *


気が付くと、アイナはモール2階の野外ラウンジスペースの固い地面に倒れ込んでいた。イスカとの精神一体化が解けて人の姿にもどったのだ。気分は最悪だった。全身が叩きつけられたように痛い。皮膚も何か所も切れて白いセーターには赤い血がにじんでいた。そして何より気持ちが悪かったのは口の中が生臭い鉄の匂いで充満していて、粘液でぐちゃぐちゃになっていたことだ。自分の血と唾液、そして怪獣の血が口の中で混ざり合っていて、今すぐにでも戻したい気分になった。

(…あんた、何してくれてるんだよ。)

気が付くと倒れたアイナの頭の横にイスカが立っていた。…鬼のような形相というのはこのことをいうのであろうか。殺意に満ちた目をひん剥いて、眉間に大量の皺を刻み付け、歯をガチガチ言わんばかりに食いしばっている。

(あんた、てめぇのやったことがどういうことなのか、分かってんのか!)

イスカはアイナの胸ぐらを掴んで引き起こすかのように、力の入らないアイナの体を支配し無理やりに立ち上がらせた。

「…それは、僕のセリフだ。あのままじゃ…このモールの人間はみんな死んでた…」

アイナは、イスカに肉体的に拘束された状態に抗いって首をよじりながら彼を睨みつけた。

(ふざけんなよ…。たしかにあの場で、俺たちが戦ってりゃ人は大勢死んださ。けどな、あそこで奴を殺らなければもっと酷いことが起こるってわからねぇのかよ!)

イスカは怒声をまき散らした。

(あんたのせいで、今イロキオンの全個体がこの星に向かって集まってきてやがる。そうしたら、もっと多くの地球人が犠牲になるんだ!)

アイナはだんだんと腹が立ってきた。イスカの言っていることは確かに正論なのかもしれないのだが、アイナにはその正論の後ろに隠れたイスカの本音が見えていた。

「それを防ぐ為にだったら…ここの人々が死んだって構わないっていうの?いや、君の私怨に人を巻き込んだって、いいって言うのか?」

(あ?)

イスカはわざとらしく首を傾げた。何か誤魔化そうとしてるいのだろう、怒りで左目の横がピクピクと痙攣している。それはイスカにとって絶対に触れられたくないような話題だった。

「…さっき、怪獣が…君が暴走した時、確かに言った。『仇をとるまで』って。それからよくわからないけど、なんか変なことも言っていた。…とにかく、君は自分の恨みや怨念を糧に戦っているんだろ?…それじゃダメだ。復讐は新しい悲しみを生み出すだけだ!」

アイナは精一杯の力を振り絞ってイスカに抵抗した。本音だった。アイナはかつて怨念、復讐そのものであるサタン・ゾーオと戦った。アイナたちが怨念や復讐の思いでゾーオに立ち向かっていたとすればゾーオに打ち勝つことができなかっただろう。復讐は繰り返されるだけで、復讐では怨念を断ち切ることができないからだ。

(へん、それもお姫様から教わったのかい?)

イスカはアイナの話を聞いて、眉間に皺を寄せたまま鼻で笑った。アイナは何故か不意を突かれたような気持ちになった。

(アンタさ、会った時からずっといいたかったんだが…気持ち悪りぃんだよ。自覚はねぇのかもしれないけどさぁ。なんだい、事あるごとに『助けて、ユーク、お願い、ユーク』…ってさぁ)

「…黙れ」

アイナは思わず、イスカの言葉を遮った。この先の事は言われたくなった。受け入れたくなかった。いままでも、一年前から、ずっと分かっていたことだ。でも、自分でその事実からずっと目を背けてきた。その触れてはならない秘密の気持ちを会ったばかりのこの残虐な真似をする血も涙もないような餓鬼に触れられたくなんかない。アイナはそう思った。

(ふぅん。どうやら自覚はあったみたいだねぇ。…だったら俺がこの場でハッキリさせてやるよ)

「…だから黙れって、言ってるだろ!」

アイナは声を張り上げた。何としてでも、イスカを黙らせたかった。しかし、イスカは可笑しさと怒りと呆れ、そして悪意のこもった震えた笑い声で言った。


(あんたが好きなのは、あのカノジョじゃない。あんたが本当に好きなのは宇宙に旅立っていったお姫様の方なのさ!)


・・・アイナは何も言えなかった。反論しようにも喉が詰まって、声が一切出てこなかった。誰にも知られたくなかった。自分でも知りたくなかった。そんな想いが偏屈で捻くれた悪魔のような少年よってに暴かれてしまったのだ。もう怒りしか沸いてこない。

(ずーっと忘れられなかったんだよな?初めてアンタに会った瞬間から、こっちにもそれがすぐに伝わってきたぜ。浮気するのは勝手だけどさ。あんたの気持ち悪い未練に俺を巻き込むんじゃねぇよ)

「黙れぇ!!」

アイナは思わずイスカに殴りかかった。アイナの怒りに満ちた右の拳が空を切る。

(へん、バッカじゃねぇの?このホゲタラ野郎が。ホログラムの俺が殴れるわけねぇだろ?)

アイナはイスカの言葉を無視して、再び彼の顔面に向かって拳を振りかけた。イスカは当たるはずもないアイナの拳をかわすフリをして空中を飛び回る。そもそも、アイナの攻撃を止めたいのならその場でとどまっているか、もっと強く肉体拘束してしまいえばいいのだ。しかし、イスカはそれをしない。無駄な回避行動はアイナの怒りを煽るだけ。…そうイスカは弄んでいた。アイナの怒りを振り回して、掻き乱して遊んでいた。これがイスカなりの仕返しだった。…イロキオンへの止めを邪魔されたことに対しての、触れられたくない事に触れられたことに対しての仕返しだ。


(さぁさぁ、そろそろ躾の時間と行こうじゃないか。俺に逆らったらどうなるか思い知らせてやんよ!!)

イスカはアイナの体を再び支配した。振り上げられたアイナの左手が空中でピタリと静止する。まるで自分の体が石になったかのように重く、硬くなって身動きが取れない。

「離せ!」

アイナが、そう叫ぼうと口を開いた瞬間だった。

挿絵(By みてみん)

何か大きなものが彼の口に飛びこんできた。…それはアイナ自身の左拳だった。怪獣の血で生臭くなったアイナの口に憎き相手をぶん殴るために固めた石のような拳をねじ込まれたのだ。喉が手の甲で塞がれてうまく呼吸が出来ず、肺が苦しそうにヒューヒューと悲鳴を上げる。指の隙間から洩れた息に、口に溜まった血と唾液が押し流されて唇と拳の境から緑色の水飛沫が吹き出す。

(さぁ、吐いちまいな。ずっと、戻したかったんだろ?)

「やめろ!」

アイナが喉をもごもごと言わせたその時…彼の胃は決壊した。

全てが…吐き出される。プライドも、緊張感も…何もかも。

アイナはそのまま力が抜けると、糸の切れた人形のようにばたりとコンクートの地面に倒れ込んだ。…解放されたのだ。何故こんなひどいことをするのだろう…。今のアイナにはそれを考える気力しかなかった。


(これだけで済んだのには感謝しな。このまま、舌を掴んで引き抜いたって良かったんだぜ。)

目からどぼどぼト涙が溢れだし、地面に突っ伏して咳込んでいるアイナにイスカは吐き捨てるように言った。

(だが、アンタには死んでもらっちゃ困るんだ。あいつを倒すまではな…)

…その時だった。大空を爆音が引き裂いた。あの時と同じだ。モールに初めてイロキオンが姿を現したあの時と。まるで暴走族が空から現れたような轟音。しかし、今回はそれに混じって別の巨大な音がアイナの鼓膜を揺らした。それも何かの羽音のようだったが、もっとゆっくり、もっと巨大なものが飛んでいるようなそんな音だった。アイナは仰向けになったまま、夜空に集まってくる蟲の大群を眺めた。虫たちの目の光でそらもう真っ赤に輝いている。

(ついに、来やがった…、くそぅ早かったな)

イスカがそう呟いた直後、突如赤い空に巨大な影がぬぅーっと舞い降りてきた。意識が朦朧としていたアイナもその異形な物を見て目が覚めてきた。長く細い足が赤い点の海の中をくねりながら降りてきている。そして骸骨のような手からはカッターのような鎌が生えていて肘を覆うように長く伸びている。…そう。それは人のような形をしていた。

(嘘だろ…)

それを見て、イスカが今までに出したことないような細く高い声で呟いた。…もうそろそろ、それの頭部が見える。それの頭部はまるで人間の頭蓋骨と蟲の頭部を合わせたような形をしていた。まるで死神のようだ。そして、頭の右側にはどこかで見覚えのある赤い3本の角が生えていた。

(い、イスカ…にいちゃん!)

挿絵(By みてみん)

…少年はそう叫ぶと、意識を失ったかのように目をとじてフラフラと地に堕ちた。アイナはその様子をみて思わず立ち上がり彼に駆け寄った。

「イスカ!」

擦れた声で呼びかける。少年のホログラムはコンクリート地面に無傷でごろんと横たわっていた。もし彼が精神生命体ではなく、肉体を持った生命だとしたらどんな懺状がここに広がっていたであろうか。しかし、本当に気を失ってしまっているようだ。

ギッヒヒヒヒ…ギシェエエエエエエエ

死神のようなそれは、少年が倒れたのを見届けると…笑い声のような奇怪な叫びを上げた。思わず耳を塞ぎたくなるような不快な声だ。その声をきっかけに、死神の体は崩壊し始めた。もう、その体は形を保つだけでやっとだったのだ。イロキオンたちにとってそれはイスカを戦意喪失させるための道具でしかなかったのだ。…数分たつと死神の姿は消え失せ、更に数の増えた蟲と塵が舞う、真っ赤な空だけが残された。そして、数分後、蟲たちも、赤い空もその姿を消した。


* * *


 アイナは血と吐しゃ物で汚れた衣服を脱ぎ棄て、モールの衣料店の商品を拝借し、それに着替えた。ちゃんと御代はレジに置いておいた。選んだのは茶色のコートに白いセーター、黒のチノパン。着替える前と大差のない服装だ。…まずはヒトミと合流しなくてはならない。館内は、まだ人でごった返していた。もし自分がヒトミだったら、まず最後にあった時の服装をこの中から探し出そうとするだろう。これからヒトミに会うのは、いろんな理由で気が重かった。でも、覚悟だけは固まっていて…妙にサッパリとした気分だった。さっき「イスカ」に吐かされたのが大きいかもしれない。もはや後ろめたさを丸ごと吐き出してしまったようなものだ。 

アイナは「イスカ」のホログラムの小さな体を抱えるようにしながら、館内を歩き回った。ほんとはこんなことする必要無いのかもしれないが、地面に倒れたままの状態でアイナが歩きだすとそれに引きずられたような形で彼の体が移動してしまうから…それは申し訳ないと思った。アイナは「イスカ」のことを最低最悪の憑依相手だとは思っていたが…あんなことをされても完全に彼を嫌いにはなれなかった。アイナはこう思っていた。

(イスカの言葉が無ければきっと…今も僕は、ユークの事を…)

そして、「イスカ」の内面にも自分に似た何かが隠されているのだと何となくわかったからだ。「イスカ」は一体何を背負い、何を胸の奥にしまってるのだろうか。出会った当初からアイナは「イスカ」の行動や言動にいくつか不信感を抱いていた。やたら自信家で、一人称も安定せず、触れてはいけない何かに触れると信じられないほどの攻撃性を発揮する。そして彼が倒れる直前に叫んだあの言葉。それは何を意味しているのだろうか。


しばらく歩くと、アイナはあのチョコレートショップに辿り着いた。お客たちはもう外に避難したのか、この辺りにはもういなかった。虫たちが食い荒らした甘くて実に美味しそうな匂いを放ったお菓子の山が床にぶちまけられているその光景をみて、何も悪いことをしていないのにも関わらずアイナには妙な罪悪感が沸いてきた。食べ物がこんなに無残な状態に晒されているだけでも心苦しかったのだが、アイナにはその罪悪感がそれだけで沸いてくるものではないとよくわかっていた。

「・・・アイナ君?」

背後からもう懐かしくすら感じる、聞くだけでホッとするような、あの落ち着いた声が聞こえた。そう言えば、彼女を最後にこの目で見たのもこの場所だった。アイナは早く、早く…彼女の見慣れた丸っこい顔をこの目で確かめたかったが、…それがいろいろな意味で怖かった。だが、アイナは息をふぅっと小さく吐くと一気に声の方へ振り向いた。

「アイナ君!!」

次の瞬間、ピンク色のコートがアイナに飛びついてくる。…ちょっとチョコレートで汚れてしまっていたが、何もかもがあの時のままだった。可愛らしい洋服も、もっと可愛らしいその泣き顔も。

「良かった…ヒトミさん…。」

アイナはきつく抱きしめられ身動きが取れなかった。密着した恋人の体に、お互いの心臓がお互いの無事を確認し合うかのようにトクントクン…と鼓動を早め始めた。…良かった、僕たちは生きている。

「また、アイナ君が助けてくれたんだよね…いつもみたいに」

ヒトミはもちろん見抜いていた、彼があの白い怪獣に変身していたのだと。ヒトミは本当に察しがいい子だ。アイナはこのままそんなヒトミをギュッと抱きしめ返したいと思ったが、それが彼にはできなかった。「イスカ」のホログラムを抱えていて両手がいっぱい…それだけではなかった。


* * *


二人は「イスカ」を抱え、モール横を通る線路に停車した特別列車に乗り込んだ。列車は25時をまわり静かになった街の中をガタゴトとせわしなく音を立てて走っている。これは怪獣イスカーチェリとイロキオンの戦いの後、駆けつけた怪獣防衛隊が用意した列車で、もう深夜もかかわらず新木ノ葉ヶ丘総合病院建造予定地まで向かっていた。

「ネットでは少し噂になっていたんだけど…まさか本当に駅の地下に避難シェルターができていたなんて」

イスカと二人以外誰もいない夜の電車内で、椅子が取り外され皆が床にべたっと座り込む異様な隣の車両の光景をガラス窓越しにポーっと見つめながらヒトミが言った。きっとオカルト掲示板辺りで仕入れた情報なのだろう。彼女らしくてアイナは少し笑った。木ノ葉ヶ丘総合病院と木ノ葉ヶ丘駅周辺は昨年のサタン・ゾーオの襲来で甚大な被害を受け今、再開発の真っ最中だった。アイナとユークの二人がゾーオを打ち倒した場所、そここそが倒壊した総合病院だった。今アイナたちの乗っている電車はその地下に密かに建造されていたシェルターに通された秘密の線路に向かい走っている。イロキオンに寄生された人々を一時的に隔離するためだ。大勢の人間が一度に怪獣化してしまったのだ。いつまた怪獣化が再び始まるか分からない。それが怪獣防衛隊の判断だった。シェルターは病院地下に作られる予定のため医療設備が用意されていて、幸いにも建造済みだということだ。現在都心から、人間怪獣化専門のプロフェッショナルチームもシェルターに向かっており、事態は確実に好転していた。

(ううう‥)

木ノ葉ヶ丘まであと5駅というところで、「イスカ」が声をあげてうなされ始めた。眉間に酷い皺を寄せている。

「…どうしたの?」

(なんか悪い夢にうなされているみたいなんだ。気を失うぐらいのショックを受けたんだ、悪い夢だってみるよな…)

「イスカ」のホログラムは流石のヒトミにも見えていないようで、ヒトミはアイナの右横に横たわっている見えない少年を不安そうに眺めた。確かにそこに何かがいるのは非日常体験の多いヒトミにはわかった。それがもがき苦しんでいることも。

「ねぇ、アイナ君。アイナ君が今からこの子の夢の中に入って慰めてあげることってできないのかな?」

ヒトミはアイナの目をまっすぐに見据えて言った。

「イスカの夢に…?」

今、アイナと「イスカ」は体と精神を共有している。もしここでアイナが眠ることができれば、「イスカ」の見ている夢の中に入ることが出来る可能性があるのだ。

「そう。気を失ってからもう2時間も目を覚ましてくれてないんだよね?…きっと普通の方法じゃ目をさますことができないんだと思う。…それに、夢の中に入ったらアイナ君の言ってたイスカ君の過去がわかるかもしれないよ。」

アイナは感心した。確かにヒトミの言う通りだ。イロキオンが再び現れた時、「イスカ」とまた一つになって戦うために彼には目覚めてもらわないと困る。そして、心を一つにしてなんとかユーキュウムの力を解放して使いこなさなければならない。その為にはイスカの心に隠れた何かを受け入れる必要があるだろう。アイナも「イスカ」自身も。…しかし、アイナが寝てしまえばヒトミはまた一人ぼっちになってしまう。…それ考えるとアイナは首を縦に振ることができなかった。

「…私の事は心配しないで。ほら、大丈夫だよ。元気、元気。」

ヒトミはイスカの目をまっすぐ見たままにっこりと笑った。無理をしているんだろうが、見ているとなんて心が落ち着く安心する笑顔なんだろう。アイナは本当に申し訳なくなってきた。

「私、信じてるよ。アイナ君の事。」

その言葉を聞いてアイナは決意した。今こそ、ヒトミに…自分自身の過去に向き合う時だ。

「…ごめん、ヒトミさん。こんな時に話すべきことじゃないのかもしれないんだけど…。」

「うん…。」

ヒトミは目を潤ませながら、彼の言葉にうなずいた。そして…アイナはその尋常ではなく重たい口を開いた。喉に言葉が詰まりそうだったが、ここが正念場だ。


「実は僕…ユークの事が好きなんだ。」

…ついに、その言葉をヒトミに伝えてしまった。電車の走るガタゴトガタゴトという騒音のなかでヒトミの喉が小さくヒュッっとなったのをアイナは聞いた。僕はなんてひどい男なんだろう。アイナはそう後悔しながらも続けた。

「…あいつが地球を去ってから、僕おかしくなっちゃったんだ。…ずっと君のことが好きだったはずなのに。何故だかあいつのことが、ユークの事が頭から離れなくなっちゃったんだ。でも、僕はそれを受け入れることができなくて…」

アイナは自分が何を言っているのか分からなくなってきて、ヒトミの目をまともに見ることができなくなった。今、彼女がどんな顔をしているのか知ってしまったらもうこの先が話せなくなる。そう思っていると、アイナはさらに混乱してきて頭の中は真っ白になってきた。

「…それで、っと‥僕は…」

「もういいよ!」

言葉に詰まり、呂律も回らなくなったアイナにヒトミは少し強めの声でストッパーをかけた。そして、アイナの寮頬をギュッと掴むとアイナの目を自分の方に向けるようにして優しく引っ張り上げた。アイナの曇った目から涙が零れ墜ちる。「…知ってたよ、全部。ごめん、全部知ってたの私。」

ヒトミは少しうつむきながらつづけた。

「…アイナくんがユークさんの事好きにならない訳ない。ほら、あんなに面白くてかわいい子がずっと隣にいるんだよ?好きにならないほうが変だって。私だって、私だって…ユークさんの事好きだもん」

ヒトミの目からも同じように涙がポロポロと零れでた。ヒトミがこの一年間溜めていた感情のダムから想いが少しずつ流れ出ているのだ。

「でも、私はアイナ君のほうがもっと好き。ユークさんよりもずっとアイナ君の方が好き。…だから辛かったの、ユークさんがいなくなった後の辛そうなアイナ君を見ているのが。…あの頃のアイナ君の目は本当に暗くて何をしていても苦しそうだった」。

ユークがいなくなった直後のアイナは本当の無気力状態だった。何をしていても楽しくなかったし、何をしていても憂鬱だった。だから、客観的に、ヒトミの目から見ても、はアイナの目はいつも真っ暗らに見えていたのだ。

「…だから、私が…。自信なんて全然ないし、私じゃダメだっておもったけど…。私がユークさんの、代わりになれないかって…。私はあんなに強くないし、可愛くもないし…何もできないけど…」

ヒトミがそこまで話したところで、しゃっくりが止まらなくなり話がつっかえ、つっかえになってきた。その可哀そうな姿をみてアイナは耐えきれななり、震える彼女の体をを思いっきり抱きしめた。

挿絵(By みてみん)

「何もできないだなんてそんな…。ヒトミさんは優しいし。それに可愛いよ…」

アイナは泣きながらヒトミの肩をぎゅっと掴んだまま、つづけた…。

「ヒトミさんがいなかったら僕、今日も戦えてなかったよ。それに正気を失って皆を酷い目に合わせてしまったかもしれない。ううん…この半年間ちゃんと生きてこられたのはヒトミさんが、ずっと隣にいてくれたからだよ?…本当に感謝しきれない。本当にいつもありがとう…ヒトミさん。」

「・・・。」

ヒトミは無言で声にならない泣き声をあげてアイナの胸に胸をうずめた。

「…ごめん。本当にごめんなさい。本当にごめん、ヒトミさん。」

二人しかいない深夜の電車内で、二人の泣き虫は、余りにも似すぎた二人は、お互いに強く抱きしめ合いながらわんわんと泣いた。


「…アイナ君。もうわかったからね。そろそろ行ってきて。」

少しして落ち着くと、ヒトミは泣き過ぎて擦れた声で言った。ゆっくりとあげた顔の頬が、涙で流れたチークでピンクに滲んでしまっている。

「今、この地球とイスカ君を救えるのはアイナくんだけだから。ね?…私、嬉しかった。アイナ君が本当の話をしてくれて嬉しかった。…前よりもちゃんとアイナ君の事知れたような気がする。ありがとう。」

ヒトミは涙でピリピリと痛む目尻を一生懸命に上げて、またにっこりとわらって見せた。アイナはその作られた笑顔を見て、ひとり胸の中で誓った。もう二度と、彼女にこんな笑顔はさせていけないと。今、飼篠ヒトミを救うことができるのもアイナだけだ。

…弱虫は今、立ち上がった。…すべてを吐き出して。


* * *


ヒトミの膝の上に重たい頭を降ろしたアイナは、恐ろしい勢いで眠りの世界へ落っこちていった。相当身体と精神が疲弊していたのだろう。彼の意識は真っ暗な闇の中にぐんぐんと落ちていった。しかし、彼に気を抜いている暇はない。なんとしてでも、「イスカ」の夢に辿り着き現実の世界に彼を連れ戻さなくてはならない。アイナは暫くその真っ暗で何もない世界をふわふわと漂っていた。…しばらくするとアイナの目の前の視界がぱぁっと明るくなってきた。オレンジ色の暖かな光が視界一面に広がる。アイナは「イスカ」の夢に入り込んだのだ。

そこは古い建物の中のようだった。物音ひとつしないしずかな場所だった。アイナのいる部屋は円柱状になっているようで、見渡すと荒くレンガ上に積まれた石のようなブロックが積み重ねられた壁に囲まれており、アイナはその円の中心に座り込んでいた。円柱の部屋は吹き抜けになっているようで、天井を見上げると石のような壁にそって螺旋状のスロープが這っていて、それはかなり上の方まで続いているようだ。…高さは10階建ての建物ぐらいあるだろうか、どうやらそこは塔のようだった。アイナは天井に口を開けた大きな天窓から降ってくるカンカン照りの太陽光を浴びながらゆっくりと立ち上がった。

その時、静かな塔のなかに石が転がるような小さな…こつんというような音が響いた。アイナはビクッとして音が方を振り返ってみる。‥アイナの背後にあるスロープの上り口の陰から小さな顔がこちらを覗き込んでいる。蒼い髪をした小さなちいさな女の子だ。左耳の横に見覚えのある不思議なアクセサリーを垂れ下げてクリクリとした赤い目で不安そうにこちらをじっと見つめている。アイナにはこの幼い女の子に心当たりがあった。「イスカ」の話に出てきたシィークン。つまりは、「イスカ」の妹だろうか。

挿絵(By みてみん)

「・・・君は、もしかして?」

「!?」

突然、声をかけられた女の子は驚いてぴょこっと飛び上がった。そしてスロープの陰からちょっとずつアイナの方へ出てくると不思議そうな顔をしながらいった。

「…だれ?」

その子は真っ黒であまり清潔とは言えない、黒と茶色の洋服を身に纏っていた。よく見ると髪にも埃がくっついてしまっているのか見える。

「えっと…僕の名前は、ひつぼし…」

アイナが名乗ろうとしたとき、女の子は突然走り出した。アイナの名字を聞いてハッとしたかのように見えた。女の子はその小さな体に似合わない猛スピードでスロープを駆けあがっていく。

「ま、待ってくれ!」

アイナはその子を追って一緒に塔を登った。

アイナはうまく走ることが出来なかった。足の感覚がなんだかふにゃふにゃとしていてなんだか体に力が入らない。しかし、どれだけ走っても体に疲れは感じないし、不思議なことに足がうまく動かなくても少女を見失わない程度には追いつくことが出来た。しばらくそんな状態で走り続けていると、アイナは更に不思議な感覚に襲われた。だんだんと体が浮いているような、いや…体がどんどん軽く、無くなってきているような感覚がしてきた。次第に視界もだんだんぼやけていき、意識の中に自分のものではない誰かの記憶が流れ込んでくる。その感覚は精神一体化、サイコネクトする感覚とよく似ていた。

…気が付くと、アイナはさっきまで自分の前を走っていたはずの女の子になっていた。そう、ここは「イスカ」の夢の中の世界。その中に飛び込んだアイナの意識と「イスカ」の記憶の境界線がなくなり溶けあってしまったのだ。

女の子はそのまま塔を駆け上がり、党の一番上にある小さな部屋に飛び込んだ。

『よぉー!アヴローラ。そこにいるか?あれ?…いないのか、おーい!』

真っ暗な部屋の奥からちょっと高めの男の声が聞こえる。その声は妙にザラザラとしていて、とても聞こえづらかった。女の子はその声を聞くと嬉しそうに跳ね上がり、ちょっと高い位置に付いたサビついたレバーをぶら下がるようにして引き下ろした。部屋にぱぁっと灯りがともる。

「いるよ!ここ、ここ!」

その女の子、アヴローラは古めかしい塔に似つかわしくない、近代的…だが埃をかぶった大きな機械がいくつも犇めいた狭苦しい部屋を声のする方向へぐんぐんと進んでいった。大きな機械の群を通り抜けた先には、少女にはいささか大すぎるベッドが置かれていて、その下の床にはたくさんの玩具やガラクタ、落書きの画用紙が散乱していた。

『うぉーい、聞こえてるか?まさかまたムセンキ壊したたってんじゃないだろうな?』

「ちがうよぉ、ちょっと奥にしまってるだけだい!…んょぃしょ!」

アヴローラは急いで、ベッドによじ登ると、両手をベッドと壁の間に突っ込んで大きな鉄製の箱をガリガリと言わせながら引っ張り出した。それにはポツポツと小さな丸い穴がたくさん正方形の形に並んでいて、そこから耳を痛がる男の声が鳴り響いている。

『…もっと大事に扱ってくれよ、ったくよぉ。』

男は不満を言いながらも嬉しそうな声でアヴローラに話しかけた。

『そうだ、今日の朝。昨日言ってた荷物届いてたろ?受け取ったか?』

「うん、ちゃんと受け取ったよ!今ここに置いてあるの」

アヴローラは誇らしげに言葉をしゃべる鉄の箱に向けてえっへんと胸を張りながら、今朝受け取った木箱の荷物をポンポンと叩いて見せた。

『よし。ちゃんと届いてたな。じゃあ、その箱をゆっくり開けてみな。俺からのプレゼントだ』

「え。もうさっき開けちゃったよ…。なんかすっごく小さな箱がひとつ入ってた。にいちゃん、これなぁに?」

アヴローラは木箱から取り出した小さく真っ白な長方形のツルツルとした機械を人差し指と親指で掴みブラブラとさせながら答えた、もう開けてしまったという返答に男はとほほと呆れつつも、笑いながらゆっくりとアヴローラに説明をはじめた。

『その小さくって薄っぺらい箱はな、エススマートっていってな。なんていうか、そうだな新型のムセンキみたいなもんだ』

アヴローラは男がエススマートと呼んだその箱をまじまじと眺めた。

「ムセンキ?…これが?」

ひっくり返してみると、さっきまで見ていた面と違ってコチラ側の面はまっくろだった。このへんてこな機械を見てアヴローラはそれを無線機だとは思えなかった。

『まぁ、お前は初めて見るだろうな。待ってろ今、そっちにセツゾクしてやるから。とりあえず一回ツウシンを切るぞ』

すると、ブチッという音がして大きな方の無線機からは声がしなくなった。

「・・・にいちゃん?わわわっ」

通信が切れてから30秒もしないうちに、アヴローラは声をあげて驚いた。小さくて薄いほうの無線機が彼女の手のひらの中でブルブルと突然震え出したのだ。アヴローラは驚いて、無線機をベッドの下の床に落とした。

『おい、アヴローラ!どうした?大丈夫か?ガメンが真っ黒だぞ!』

床に落ちひっくり返って、白い面が↑になった無線機はブルブルするのをやめて突然お喋りを始めた。

『さては、お前早速おっことしやがったな!気を付けてくれよ、そいつ結構高かったんだから!』

焦ったような声でしゃべり続けるその小さな箱をアヴローラは恐る恐る拾い上げた。よかった、触ってみると両面とも傷つくことなく、すべすべだった。でも、アヴローラは不思議なことに気が付いた。さっきまで真っ黒だった面が明るく光っている。アヴローラはそれを見てまた驚いて、それを落としそうになった。何しろ光った面の中に小さな人間がいたからだ。その人間は焦った顔でまっすぐこちらの方を見ながら、目をパチパチとさせている。

「だ、だれ?」

アヴローラは、思わず箱の中の小さな人間に問いかけた。

『…誰って。そりゃないぜ、シィークンよ。俺だよ。俺。イスカ。イスカーチェリ。』

「えっ!イスカ…にいちゃん?」

アヴローラは今まで以上に驚いた。この箱の中にいるのがアヴローラ唯一の肉親、シィークン、つまりはアヴローラの兄妹であるイスカーチェリ・イエナッハだというのか。

『まぁ最後に顔を合わせたのが9年も前だから、覚えてないのも当然なんだが…ちっと寂しいぜ。しっかし、ほんとおおきくなったな、アヴローラ!俺は嬉しいぜ』

箱の中の小さな男は、苦笑いしながら感慨深そうな顔をこちらにグイッと近づけてきた。

「…あんた本当に、にいちゃんなの?」

『え。』

アヴローラは疑っていた。アヴローラにはその男の何もかもがアヤシク見えたのだ。

「まず、にいちゃんがこんな人形みたいにちっさいわけないじゃない。それに、声もそんなにハッキリしてないもん、にいちゃんは。兄ちゃんの声はもっとザラザラでガラガラなの。それににいちゃんは普通のニンゲンよ。そんな、へんな角はいっぱい生えてないし、あたしのおいちゃんならそんな赤いかみの毛じゃないはずよ」

アヴローラは真剣な顔で小さな男を睨みつけた。

『…つふふふ、はっははっ!』

男は彼女の真面目な顔をみて思いっきり吹き出した。

『コイツは傑作だぜ。やられたよ、アヴローラ。だが、俺は正真正銘お前の兄、イスカにいちゃんなんだぜ。ほーら、この目を見てみろ。』

箱の中の赤髪の大人は顔を思いっきりイスカの方へ向けてきた。目を剥きだすように見開いて、アヴローラにつきつけてきている。アヴローラはその目をまじまじと見つめた。赤みのかかった茶色のとても綺麗な瞳だった。キラキラと黒目の横が星のようにキラキラと輝いてみえる。

『次に鏡をみてみな?…ほら、同じ目をしてるだろ?』

アヴローラはベッドの横に立てられた大きな全身鏡をみた。…本当だ。そこには青髪の、でも赤茶色いくりくりとした目を持った少女が映っていた。

『この目は母さんから貰ったものだ。俺の赤い髪もそうさ。で、お前のその青い髪は父さんがくれたもの。俺のこの3本の角は王家御用達・流離の運び人の証…お前の髪と同じように父さんが残してくれた形見だ。ほら、前に話したことがあるだろ?』

…アヴローラは納得した。彼こそ、この小さな男こそ、アヴローラ・イエナッハのシィークン、イスカーチェリ・イエナッハだ。確かに目と髪と角の話は凄く小さいころムセンキと話して聞いた覚えがある。さっき言われるで、すっかりと忘れてしまっていた。この人が本当に、あの英雄、流離のイスカなんだ。

「は、はじめまして、イスカ…にいちゃん」

アヴローラはなんだか少し照れ臭くなってきた。

 その日を境に、二人は毎日夕方になると映像通信を行うようになった。今まで8年間続けてきた音だけの通信とは違い、アヴローラにとっては毎度毎度の通信の全てが何もかも新鮮だった。イスカは彼女に色んなことを話してくれた。惑星ユークに旅立った時のお話、惑星につくまでの永い永い道のりのお話、ノマド・コアリクション部隊と怪獣軍団の激闘のお話、宇宙嵐と遭遇したときのお話や、お父さんとお母さんとのお話…。いくつかのお話は音だけの通信の時に聴かせてくれたことがあったが、それでもアヴローラはイスカの語る物語に聞き入りその武勇伝に酔いしれた。やはり、声だけでの会話と顔を向き合わせてお話をするのは随分と違った。今、にいちゃんがどんな場所でどんな顔をしながら、どんなことを話しているのか映像だと鮮明に伝わってきた。でも、アヴローラは直接イスカに、兄に会ってみたいと強く願った。何度も何度も、イスカにねだった。

『ごめんな、アヴローラ。もう少しだけ待っててくれ。にいちゃんは今な…お姫様や王様がいる王都ってところにいるんだ。もちろんアヴローラのいるその塔と地面でつながった場所さ。俺はそこで一年ぐらいやらないといけない仕事があるんだ。お姫様たちだけじゃない、お前や仲間たち、皆を守るための仕事だよ。…分かってくれるな?あと1年だけ待っててくれ。約束する。必ず俺はそこに帰ってくるから。』

その言葉を聞いた瞬間次の瞬間、女の子の意識は急に先の、先の記憶へと吹き飛んだ。彼女の意識の中にいるアイナは、その衝撃で少しずつ思文が何者なのか思い出し始めていた。

(…僕の名前は弼星アイナ。そうだ、今イスカの夢の中を彷徨っているんだ…)

 気が付くとアイナはまた、あの円柱状の部屋の真ん中に座り込んでいた。しかし、さっきとは様子がまるで違う。静かだった塔の内部はめちめち、めちめち…と奇怪な音に包まれ、天窓からは血のように真っ赤な光が差し込んできている。明らかに様子がおかしい。アイナは本能の赴くままに立ち上がり、スロープを登ってあのアヴローラの部屋を目指して塔を駆けのぼった。

 天窓を見上げると黒い蟲の大群が空を舞っていた。…イロキオンだ。モールで起きていたこととそっくり同じことが今、イスカの夢の中で起こっている。もしこの夢が、かつてイスカが見たものだとしたら‥きっとそういうことなのだろう。今、全ての謎が解けようとしている。アイナは全速力で塔を登った。

 部屋に辿り着き、アイナは体をよじってあのベッドがある部屋の奥へと進んだ。部屋の中は赤い光でいっぱいだ。その赤い光に照らされ、少女の体が闇に浮かみあがった。アヴローラだ。彼女はベッドの横にある小さな、小さな窓から外の様子を覗いている。そして、彼女は蝋人形のように固まってしまってピクリとも動かなかった。…アイナはおそるおそる硬直したアヴローラの方へ歩いて向かっていったその時、彼女が口だけを動かして呟いた。

「・・・いすか‥にいちゃん」

アイナは戦慄した。窓から巨大な影が見える。それは何千男万の蟲にたかられた三本角の巨人の姿だった。…約束を守ってイスカーチェリがこの塔に、この城に帰ってきたのだ。そして、愛すべきシィークンを守るため、その身を犠牲にしてアヴローラを救ったのだ。

「イスカにいちゃああああああん」

アヴローラは叫んだ。すると、声に反応してイスカに憑りつきそこなった数匹のイロキオンが塔に向かって飛んできた。

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」

アヴローラは腹の底から悲鳴をあげると、大音声と共にその意識を、その魂を口から解き放った。…もしも、最悪の事態が起きた時、こうしろとイスカから習っていたのだ。肉体を離れたアヴローラの意識は、ものすごい勢いで塔を離れ宙へと突きあがっていった。アイナの意識もそれに引っ張られサラー母星の大気圏外を突き付けた。

…その星は赤黒かった。淡いピンク色に覆われた一か所を除き、その星は真っ赤にもえていた。すべてを怪獣に、あの憎き蟲どもに奪われたのだ。

(ううう…)

アヴローラは唸った。

アヴローラは許せなかった。その蟲たちを、兄を見捨てた自分を。

受け入れられなかった。ただ一人の肉親がいなくなった世界など、兄がいない世界など。

居なくなるなら、兄じゃなくてあたしの方がまだよかった。

そうすれば、あたしは辛い思いをしなくてすむ。

…そうだ。あたしがにいちゃんになればいいんだ。

そうすれば、にいちゃんは蟲になったことにならない。あたしが死んで、にいちゃんが生きていることになる。

そのほうが今より何倍もマシだ。

そして、復讐してやる。妹の命をうばった憎きあくまに。

何を犠牲にしても、必ずやり遂げて見せる。

俺たちの幸せを奪った奴らを思い知らせてやるために。

…こうして、彼女は「イスカーチェリ」なった。


* * *


その時、アイナの体は電車の固い壁に打ち付けられた。

「きゃあああ!」

ヒトミの悲鳴とキキキキーッという甲高いブレーキ音がぼんやりとしたアイナの頭の中に響く。何かが起きたのだ。

「っは…ヒトミさん!」

アイナは朦朧とする意識の中、ガバっと瞬時に立ち上がった。

「あ、アイナ君。だ、大丈夫だよ。なんだか電車が急に止まっちゃって…。アイナ君のほうは大丈夫?さぁ座って」

真っ白だった、アイナの視界はだんだんと晴れてきてヒトミの不安そうな顔が目の前に現れた。アイナは今まで何があったのか、少しの間思い出せなかった。

「…そうだった、僕はイスカの夢の中に入って…それで…あ!そうだ、イスカは!?」

アイナは正気に戻って、彼の体が横たわっているはずの場所を振り返った。

「大丈夫そう?アイナ君、すっごく魘されていたんだけど…」

ヒトミは凄く心配そうで言った。きっと一人で心細かったのだろう、涙で目の下が更に真っ赤に腫れてしまっている。しかし、イスカに関しては心配ることはなかったようだ。彼…いや、彼女はスヤスヤと気持ちがよさそうに寝息をたてて眠っていた。まだ目は覚めていないようだったが、悪夢からは解放されたようだった。

「うん。大丈夫そうだよ。きっと、じきに目を覚ますと思う。」

アイナがそう答えた時、またもあの耳障りな騒音が空の方から聞こえ始めた。…奴らが遂に戻ってきたのだ。

「…アイナ君、あれ…」

ヒトミは窓の外をそっと指さした。窓の外には建造中の新木ノ葉ヶ丘病院の建物が防衛隊のライトによって夜空に浮かび上がっている。その上空に無数の…大量の赤い線、イロキオンたちが渦を巻いて飛んでいるのだ。

「なんで…どうして木ノ葉ヶ丘に」

アイナは憎い悪魔の群を睨みつけた。今まで見た群れの中でも一番数か多く、見ているだけでぼとぼとと大量の汗が額から溢れ出てくる。ヒトミも震えあがって、アイナの肩に軽く抱き着いてきた。

 しばらくすると、今までになかった奇妙な現象が起こり始めた。総合病院の建物の周りを赤黒い光の球体が現れ、浮遊している。それは本当にアイナたちから見て奇妙な存在だった。それは確かに自分たちの目に見えているはずなのに、この世の者とは感じない。そう、まるで幽霊を見ているかのような気持ちになった。…イロキオンの群はその球体に向かって飛びこんでいった。

「…あれは!」

アイナは息を飲んだ。球体に集まったイロキオンたちの体が溶けあって何かの形を形成していく。まるでその球体を核に粘土で像を作っているかのようだ。イロキオンたちが造るその不気味な像は、鋭く尖った禍々しいシルエットをしていて、遂に頭のようなものが出来上がった。それは獣の頭蓋骨のような形をしていて鳥のようにとがった嘴を持っていた。どこかで見たことがあるようなシルエットだ。…アイナとヒトミの脳裏に一年前の悪夢が読みがってくる。

「あれは…」

ヒトミがそう呟いた時、彼女たちの背後で静かにそれは答えた。

(…残留思念だ。)

「イスカ!」

「あなたが…イスカくん?」

さっきまでスヤスヤと眠っていたイスカは目を覚ましたようでさっきまで同じように宙をふわふわと浮きながら、けろっとした、でも真面目な表情でこちらの方を見つめている。今回はヒトミの視界にもホログラムを投影しているようだ。

(あぁ、自己紹介は後でいくらでもしてやんよ、お嬢さん。でも、今はそんな場合じゃねぇ。)

イスカは窓の外で徐々に出来上がりつつある新しいイロキオンのボディーを睨みつけながらいった。

(やつら、この場所に残ってたサタン・ゾーオの微弱な残留思念に憑依、寄生しやがったんだ。言っただろ?やつらが寄生するのは肉体じゃなくって精神、魂の方だって。やつら、宇宙最悪の魂と融合、一つになりやがったんだ。)

イロキオンたちの本当の目的は、ユーキュウムだけでなく、木ノ葉ヶ丘に残ったサタン・ゾーオの魂の救済だったのかもしれない。サタン・ゾーオはこの宇宙でこれまでなんども再生を繰り返してきたと言われている。ひょっとするとこれがその再生のメカニズムだった可能性もある。

ギュシェエエエエエエエエエエエエエン

それの体は遂に完成し、巨大な六肢を地面にガシャリと降ろしながら大きく咆哮した。…亡霊螂獣サタン・イロキオンの誕生だ。

サタン・イロキオンの体のスケールとんでもないものだった。身長は…80mはあるだろうが、それ以上に大きく見える。ヒトミはその怪獣の姿を見てまるで神話のケンタウルスのようだと思った。人間のように背筋がスラリと伸びたスマートな上半身から獣の強靭な下半身が後ろの方へまるで馬の体躯のように伸びている。しかしそれは馬のそれよりも昆虫類のそれによく似ていた。爪の様になった後ろ足で大地を突き刺してその巨体を持ち上げ、哺乳類の鉤爪のような鋭い爪が生えた五本指の前足を振り乱しすと、怪獣は再開発が済んでいる真新しい街に進撃を開始した。

「…イスカ。」

(…なんだい?)

アイナは、怪獣の進撃をみて決意を固めると、少年のほうを振り返り彼の方へ歩み出した。

「もう一度、僕に戦う力を、キミの力を僕に貸してくれ。守りたいんだ、この星のみんなを、皆の未来を」

(…。)

イスカは目を細めて横目でアイナことをキュッと睨んだ。前回のサイコネクトがイスカにとって最悪の形で失敗したのだ。今回もアイナに邪魔をされては困る。しかし、イスカの答えは彼を信用する前から決まっていた。

(なぁに、当たり前のこと言ってんだよ。やつらの息の根をとめるまで俺はアンタの体を借りるって言ったよな?俺があんたに力を貸すんじゃない、アンタが俺に力を貸すんだよ。…そこんとこちゃんとわかってっか?)

アイナがまた自分を裏切るような信用に当たらないやつだったとしても、何としてでもイロキオンを殲滅せねばならない。イスカの心はたった一つの目的のために動いていた。その「復讐」「敵討ち」という目的がイスカの中に「憎悪」という感情を生み出していたのだ。…彼の、彼女の記憶を夢の中で垣間見たアイナは痛いほどそれが分かった。

「もちろん…僕の中ではしっかりと答えが出てるよ。でも、きっと問題があるとしたら、君次第なんじゃないかな…イスカ。」

(ふん…ちっと言ってる意味が分からねぇが、まぁその眼、覚悟は決まってるみたいだな。)

イスカはいつものように口角をくぃっと持ち上げて静かに笑った。彼にはアイナを突き動かしている者が何なのか分からなかったが、目指している場所、成そうとしていることは同じだと確信した。

「それじゃあ、ヒトミさん。行って来るよ…すべてを終わらせに。」

アイナは彼女のほうを振り返り、彼女の両手を取ってぎゅっと握ると優しく行った。

「うん。私信じてるね。…みんなを、私を救ってくれる王子様は、絶対にアイナくんなんだって。」

ヒトミも強く両手を握り返し、優しく微笑み返した。

(さぁ、さっきまで何があったのかしらねぇけど、今はイチャついてる場合じゃねぇよ、お二人さん。)

イスカはそんな二人を見て気まずくなったのか、咳ばらいするとアイナを急かした。

(いくぞ、アイナ!)

「あぁ。」

二人は目を閉じ互いの意識を感じ合った。二人の目的は同じだ…今度こそ奴らを倒す!

「「サイコネクト!!」」


* * *


閃光を放ちながら、その怪獣は深夜の街に真っ白な体に姿を現した。サイコネクト、精神一体化した弼星アイナとイスカーチェリが変身した姿だ。

「…がんばって、アイナ君!」

ヒトミの応援する声を背に、怪獣イスカは亡霊螂獣サタン・イロキオンに向かって駆け出した。

グォオオオオオオオ

ギュシェエエエエエエエエエエエエエン

2体の怪獣は互いに威嚇の雄叫びをあげながら、建造中の病棟を背景に対峙する。約体調50mで2足歩行の怪獣イスカ。前足から頭にかけて約80mはあるであろう上に、6肢の巨大な体を持ったサタン・イロキオン。その体格の差は歴然としていた。それでも、怪獣イスカは怯むわけにはいかない!

 怪獣イスカは土煙、瓦礫飛沫をまきあげながら、駆け出しイロキオンに向かっていった。イスカはその巨大な前足の爪でイロキオンの体に斬りかかる。…ガツンと鈍い音が辺り一面に響き、火花が飛び散る。イロキオンの装甲は想像以上に硬かった。イロキオンは上半身を振り上げ馬が嘶いたときのような体勢を取ると、その勢いのまま白い怪獣を前足で蹴り飛ばした。いとも簡単に吹き飛んでしまう50mの巨体。吹き飛ばされたイスカはあ工事現場の地面に仰向けに叩きつれられ、文字通り彼は泥をかぶった。サタン・イロキオンはその重たそうな体を、そう感じさせないような恐るべきスピードで地を駆け轟音を立てながら、地に伏せたイスカの体に覆いかぶさり大きく咆哮した。巨大な中肢の爪がイスカの頬を掠め取る。イロキオンは恐るべき4本の爪でイスカを刺殺してしまうというのだ。

 イロキオンの足の下でイスカはもがいた。右側に避ければ右の肢が振り下ろされ、左側に避ければ左の肢が振り下ろされる。その攻守、回避が何度も繰り返された。そこままではいつか体力が持たなくなり、イスカは地面に串刺しにされてしまう。イスカは敵が4本の肢を地につけたその時を狙って、イロキオンの腹の下に思い切り食らいついた。虫の緑色の血が噴出し、怪獣イスカの真っ白な顔に降りかかってくる。

 さすがに怯んだイロキオンは、またも嘶きのポーズをとって後ろにドタドタと後退した。イスカはこの隙をついて敵の懐を抜け出し、右前足の鋭い爪で敵の首の継ぎ目を切りつけた。

グギャアアアアアアアアアアア

いくら、硬い装甲を持った怪獣でもその間の関節を狙われたら弱い。次にイスカはアッパーカットのように体の下から左腕に勢いをつけて、イロキオンの顎裏を斬り上げた。他所に比べ少し柔らかめの装甲がバチバチと火花をあげてボロボロと崩れ落ちる。…この怪獣案外脆い! イスカがそう確信し、猛攻を開始しようとしたその時…

突然、白い怪獣の体は撓った赤黒い何かに薙ぎ払われ、弾き飛ばされた。

彼の体は宙を舞って、建造中の病院に突っ込みながら地面にめり込むようにして叩きつけられた。イスカ本能的に即座に立ち上がり、敵を睨みつけた。

イロキオンの体は赤黒い光を放っていた。さっきイスカが斬りつけた首の付け根や顎の下、そして背の固い甲羅を自ら内側から突き破った、巨大で赤黒く、半透明の光の鎌が背面に大きく振りかざされていた。それは元々、赤黒い球体…サタン・ゾーオの残留思念だったものが変化したものだった。実態を持たないにも関わらず攻撃能力を持った恐るべき武器だ。イロキオンは何処までも伸びるこの恐るべき死神の鎌を使い、イスカに襲い掛かってきた。

 避けても、避けてもその鎌は何処までも追ってくる。怪獣イスカはとにかくそれを避けることしかできなかった。あんな鎌の斬撃をまとも喰らったら体が真っ二つになってしまうだろう。…しかしこのままでは埒があかない。イスカは捨て身の思い出で鎌を振り払いながら、イロキオンに駆け出した。

次の瞬間、イスカの目の前のイロキオンの前腹が破裂した。そこから赤黒い一本の槍が真っすぐこちらに向かって伸びてきている。それも物凄いスピードだ。この攻撃を受けたら確実にイスカは負けてしまうだろう。イスカは全身に少しずつ蓄積され始めていた、ユーキュウム・エネルギーを喉に集め始めた。この危機を回避するのには、こいつを倒すためには、何としてでもユーキュウムを発動させるしかない。

…しかし、何を間違えたのかユーキュウムは発動しなかった。すべては失敗したのだ。

次の瞬間、死神の槍はイスカの腹を突き抜け、串刺しにされたその50mの巨体は夜空に掲げあげられた。

「アイナ君ぅうううううううううん!」

少女の悲痛な叫びが夜の街に響く。怪獣イスカーチェリは敗北した。

挿絵(By みてみん)


* * *


(なぜだ…どうして使えない…なんでユーキュウムが使えないんだよ…)

イロキオンの渾身の一撃を腹に受け、その痛みで解け始めた怪獣の意識の中でイスカは呟いた。自分はなんのために此処までやってきたのだろうか。…あの憎き蟲共を殲滅するためだ。その為にユーキュウムを求めて何万年もこの宇宙を彷徨ったんだ。でも、実際にユーキュウムを手にしてもまともに使いこなすことが全くできない。

イスカはとてつもない、絶望感と無力感に襲われた。

(俺は…このまま、なんもできないまま死んでいくのか…)

(アヴローラ…)

その時、誰かが「彼女」の名前を呼んだ。彼女がその名で呼ばれるのは実に2万と3千と18年ぶりだった。イスカは薄れゆく意識の中、急に胸の内側を抓られたような、不意を突かれたような気持ちになった。

(アヴローラ。…それが君の名前だろ?)

その声は弱弱しい声で言った。今のイスカにその声に反抗するような力は残っていなかったが、心はその言葉に対して強く拒否反応をしめしていた。

(聞いてくれ…アヴローラ。ここで終わっちゃだめだ!僕全部知ってるんだよ。君の本当の姿も、君が本当は誰なのかも)

声はイスカの拒否反応に怯まずに続けた。

(誰にだって受け止められないことだって…あるさ。僕にだってそれがあった。君が指摘してくれたことだよ。僕はそれをこの一年間ずっと受け入れることが出来なかった)

(…黙れ)

イスカはその声の主が誰だかわかり、意地を振り絞って声を拒絶した。もう勝てないのだったら、もう死ぬしかないのだったら、放っておいてほしかったし、何よりも絶対に触れてほしくないことだった。しかし、声はイスカの「黙れ」を無視し、か細いで話し続けた。

(それをされたとき、正直僕は君の事をなんて酷いことする最低な奴なんだっておもったよ。‥いや、今もそう思ってるかもしれない。…でも、今は同じぐらい感謝をしてるんだ。君が僕を吐かせてくれなかったら、僕は過去に向き合えなかった。)

(…黙れ!)

イスカは尚、拒絶をつづけた。

(だから君も過去に向き合って、すべて受け入れてほしい。君はイスカーチェリ・イエナッハじゃない。君の本当の名前はアヴローラ・エイナッハだ。)

(黙れぇ!!)

イスカは思わず意識の中でアイナに殴りかかった。しかし、ここは意識の中の精神世界。物理的なパンチなんてものが出来る訳がない。怒りに燃えるイスカの意識にアイナは優しく寄り添った。

(アヴローラ、僕は分かったんだよ。本当に前に進みたいなら、本当に前を見て歩きたいならまず、後ろをしっかりと確認してからじゃないとダメなんだって。…前を向くってことは後ろを見ないってことじゃない。過去を全部捨てたり、自分の気持ちを切り捨てたりすることじゃないんだ。自分の中のどんなにつらい記憶も、どんなに身勝手な気持ちも全部認めて受け入れて、それを武器に戦うことなんだよ。)

アイナは優しく、でも力強く彼女に語り掛けた。イスカ、いや…アヴローラはこの数万年間ずっと自分を欺いてきた。英雄、そして兄であるイスカに成り代わって、過去の自分が死んだことにして、その仇をとるために蟲たちと戦ってきた。確かにそれは、執念として、怨念として彼女の原動力になって、結果的に最後の切り札であるユーキュウムの元に導いた。しかし、彼女はその力を解放することが出来なかった。なぜなら彼女が自分の気持ちに正直になれなかったからだ。

(…だから今からでも遅くない。自分っていう存在を認めてもう一度立ち上がろう。あの悪魔の蟲に打ち勝とう。それが僕たちのやるべき事だろう?ねぇ、アヴローラ!)

(その名前で俺を呼ぶな!!)

イスカは再びアイナに噛みついた。アヴローラ、その名で呼ばれることはもう嫌だった。その名で呼ばれるとこの数万年間の努力がすべて無駄になるようなそんな気がしたからだ。

(俺の名前は…イスカだ。イスカーチェリ・イエナッハだ。…だが、たしかに皆を救ったあの英雄とは別人だよ。そうだよ、俺は英雄イスカーチェリの、しがない「ただ」の妹さ。)

(…。)

アイナは黙って彼女の声を聴いた。

(…けどさ、なんもできねぇ訳じゃない。何とか、しがみついてここまでやってきたんだ。俺はこのどうしようもない嘘っぱちを本物にするためにずっと…戦ってきたんだ。受け入れろ、受け入れろ、っていうがな。そんな簡単に受け入れることが出来るってアンタは思うのか?俺はずっと自分がイスカーチェリだって思い込んで生きてきたんだぜ?…あんたは俺が今すぐに事実を飲み込めるっていうのかい?)

イスカ睨みつけるかように力強く、アイナを問い詰めた。

(飲み込むんじゃないよ。…吐き出すんだ、ほら今みたいにさ。)

イスカはアイナのその答えを聞いて、ハッとした。そう、イスカはいま自分の声でアイナにすべて話してしまっていた。過去の事実を、自分の本当の気持ちを吐き出すことが出来ていたのだ。

(君は受け入れることが出来てるんだよ…過去も。何もかも。)

アイナは優しい声のままでそういった。

(今ならまだ立ち上がれる。もう一度僕と一緒に戦ってみないかい、イスカ。)

アイナは意識の中でイスカに手を差し伸べた。

(…ふん、言われるまでもねぇよ。今度こそぶちのめしに行くぞ。あの蟲共を!)

イスカは意識の中で、彼の手を強く握り返した。


* * *


 その時、ピクリとも動かなかった怪獣イスカーチェリの体が、ピンク色にスパークした。イスカは小さく低い声で唸り、渾身の力で体をよじった。槍に貫かれた腹の傷口からピンク色、いや菖蒲色の光が漏れ出し、槍に傷口からイロキオンの体農法に向かって強烈な電流が流れ始める。

グギャアアアアアアアアアアアア

強烈な電撃を受けたイロキオンは悲鳴をあげ、長く伸ばしていた前腹の槍をイスカの体から引き抜いた。槍から抜け落ちた白い怪獣の体は重力に引っ張られ、地面に吸い寄せられるように落下をはじめる。

「きゃあああああ!」

ヒトミはそこ光景を見て、ギュッと閉じて思わず、最悪の事態を想像した。せっかく攻守逆転しようとしていたのに、こんな形で決着がついてしまう。怪獣イスカの体は、彼女の恋人・弼星アイナの傷ついた体は今、地面に叩きつけられて、もう二度と立ち上がることができなくなってしまう。…しかし、何秒立ってもヒトミが想像したような轟音、怪獣の体が地面に衝突するその巨大な音が街に響くことはなかった。…ヒトミは不思議に思って恐る恐る目を開いた。

挿絵(By みてみん)


「‥・・!アイナ君!」

怪獣イスカーチェリは、その背に菖蒲色の光を帯びた純白の羽根を背負って宙を飛んでいた。ヒトミはその光景のあまりの美しさに思わず息を飲んだ。さっきまで腹部に大聞く口を開けていた傷口ももう塞がってしまっている。…そう、これこそが伝説の物質、最後の切り札、ユーキュウムの力だ。

ギュシェエエエエエエエエエエエエエン

サタン・イロキオンは怒りの声をあげて、宙に浮かぶイスカーチェリに巨大な赤黒い鎌で襲い掛かってきた。地上とは違い、空にはいくらでも逃げ場がある。イスカは優雅に宙と飛び回りながら、死神の鎌をひらり、さらりとかわした。そして、天高く舞い上がって急降下すると、イロキオンの巨大な背中に飛びつきその強靭な顎で鎌の付け根に噛みついた。本来なら実体がないこの鎌に触れることなんて不可能なのだが、奇跡の物質ユーキュウムに対してそんな理屈は無意味だった。イスカは渾身の力で羽を羽ばたかせ、ゴムのように撓る鎌を上へ上へとひっぱりあげた。背中の甲羅がメキメキと悲鳴を上げ始め、背中から火花が飛び散りはじめる。

バキッ!!

そんな鈍い音が響き、赤黒い鎌は根本から引き千切られた。イロキオンの体を離れた鎌は完全に実体を失い、空気に説けるようにイスカの口から消えていった。イロキオンは悲鳴をあげると地面をがたがたと揺らしながら、痛みに悶えるように一人暴れはじめた。今がチャンスだ。

 イスカは猛烈な土煙をあげながらすごい勢いでその巨体を地表に下した。もう、逃がすわけにはいかない。ここで…すべての悲劇を終わらせるんだ。…もはや、それはただの怪獣ではなかった。悲しみの連鎖を断ち切るもの、イスカーチェリ・エクスマキナだ!

 イスカーチェリ・エクスマキナはもだえ苦しみながらも赤黒い翼を背に広げようと蠢きまわっている亡霊螂獣サタン・イロキオンを睨みつけた。…これですべてが終わる。イスカは背中の羽根をそっと折りたたみ始めた。その羽はユーキュウム・エネルギーで生成されていて、イスカーチェリ・エクスマキナの背中に吸収されるようにゆっくりと消えた。…いまこそ全ての想いをぶつける時だ。

イスカの口の中が菖蒲色にスパークした。

イロキオンは慌てて、その巨体を宙に浮かせて…背を向けて逃げ出す。

しかし…もう彼らに逃げ出せる余裕はなかった。イスカの体にたまっていたユーキュウムが今解き放たれる!

必殺・ユーキュウム放射熱線(バースト)

挿絵(By みてみん)

イスカの口から極太でまっすぐな光の激流が今、吐き出された。イロキオンは断末魔すらあげることが出来なかった。菖蒲色のその熱線はイロキオンの体を貫き、粉々になって散った体の欠片まですべて焼き尽くした。燃え上がった体の塊は地面に落下すると巨大な爆発を起こす。その強烈な爆風を全身に浴び、怪獣イスカーチェリ・エスクマキナは勝利の咆哮をあげた。


* * *

あれから2日が立った。まだアイナの体の痛みは取れなかった。なにしろ体を何度も固い地面に叩きつけられ、腹部を貫かれたりもしたのだ。むしろ…今普通にこうして歩けている方がおかしい、今も全身包帯だらけだったけど。イスカも相当精神力を摩耗していたようで丸1日半、ぐうぐうと鼾をかいて眠っていた。ヒトミはそんな困った二人をせっせと看病してくれていた。あまりの患者数に看護師の手も足りていないのだ。アイナは本当にヒトミに足して感謝で頭があがらなかったが、

「アイナ君がいなければ、今この星は大変なことになってたかもしれないんだよ?アイナ君がいてくれたから…私も今生きてる。本当にありがとう!」

ヒトミはそう言っては抱きしめてくれた。イスカはそれを見て、ぶつぶつ文句をいいながらも頬を染めてアイナたちのほうとチラチラと観察していた。これには見られている二人のほうも…たじたじだ。

退屈な病院の中、ヒトミやアイナがつまらなそうにしているとイスカは語ってくれた、兄である英雄イスカーチェリの伝説を、そしてもう一人の英雄である、自分自身イスカーチェリの冒険の物語を…。そんな戦いの後のけだるくも幸せな日々が約一週間続いた。


(さぁ、そろそろ。俺は旅立つとするかね)

アイナが退院することになったその日の朝、洗濯物を干す屋上でイスカが急に言い出した。しかし、アイナは何も驚きはしなかった。分かり切っていたことだ。イスカは流離の旅人。2万年ちょっとも宇宙を旅し続けていたのだ。到底一か所にとどまっておくことなんてできない。アイナは少し寂しく思ったが、それが彼にピッタリの生き方だと思っていたから…喜ばしいことでもあると思った。

(どうやら、厄介なことにイロキオンの小さな群れが宇宙の各地で発生しはじめたらしい。あのパーヴアス星人から入った最新の情報だよ。…ったく、いつになったら終わるんだろうね、この戦いは…)

イスカは宙を仰ぎながら、苦笑と微笑が混ざったような複雑な表情で言った。…イロキオン、恐るべき存在だ。イスカとパーヴアス星人の情報網によると、確かにイスカ・エスクマキナがサタン・イロキオンを倒す前まで他の場所では一体も確認されていなかった、イロキオンの個体たちが次々と発見されたのだ。それは新しく生まれた存在なのか、体を持たずに潜伏していた個体が姿を現したのか、何者かが別の場所から新たに個体を送り込んできたのか、それとも…イスカたちが倒した個体が転生して蘇ったのか…。原因は分からなかったが、いずれにしてもイロキオンが完全に死に絶えたわけではないと分かったのだ。アイナにはイロキオンとの戦いがもし「いたちごっこ」だとしたら、恐ろしいと思った。倒しても、倒しても、場所を変えて出現する。…そんな繰り返しが今後も続いていくとしたら、イスカの戦いは永遠に終わらないだろう。もしかしたら、この世に怨念や復讐心といった感情が存在する限りイロキオンの発生は止まらないのかもしれない。

「君は…まだ、その…復讐のために戦うつもりなの?」

アイナは恐る恐るイスカに尋ねてみた。

(まぁ、この憎しみが消える訳もねぇし…そうなるだろうな。それが過去を受け入れるってことだろう?たぶん。)

イスカは屋上から見える倒壊した新病棟と、2体の怪獣の激闘で再開発が振出しに戻った街をボーッと見つめながら答えた。

(…ただ、それだけじゃねぇ。アンタに影響を受けたみたいで嫌なんだが、もう奴らに俺と同じような辛い目を遭わせられる、そんな子供を無くすためにも…俺は戦い続けたい。)

「・・・イスカ」

本質は変わらないものの、彼の考え方はアイナと出会う前と大きく変わってきたようだ。イスカはもう、後ろを振り返りながらもちゃんと前を見据えて歩き出している。アイナにはそんなイスカが誇らしかった。

(アンタとお姫様からせっかくユーキュウムを分けてもらったワケだし、有効に使わせてもらうよ。)

アイナはイスカの言葉を聞いて思い出した。そう、アイナのかつての相棒ユークもまたこの宇宙のどこかで悲しみを消し去るために戦っている。たくさん勉強をしてみんなの為にも悪い怪獣やイロキオンがもう生まれない世界を作らなきゃいけないんだ。アイナは久々に彼女との約束を思い出した。

(…アンタ、また今お姫様のこと考えてただろ?)

「えっ…」

心を読まれてアイナは思わずたじろいだ。

(いくら何でも、あの子がかわいそうじゃねぇか?あんなに健気にアンタの事いつも見守ってくれてるんだぜ?まぁ、俺には関係ないんだけどさ!)

そう、今回の戦いでもアイナは何度もヒトミに救われた。彼女がいなければ、まず良かったか悪かったかは別としてイスカとサイコネクトできなかった。そして暴走から解放されたのも彼女の声のおかげだし、イスカを悪夢から救い出せたのもヒトミのおかげだ。…ヒトミがいなければアイナは何もできなかった。ヒトミじゃなければ、アイナを救うことが出来なかっただろう。

「分かってるさ。…今すぐにでもケリをつけてやるよ。」

アイナはイスカに胸を張って宣言した。すると…イスカは口角をまた不気味に持ち上げながらこう言った。

(今すぐにねぇ…その言葉本当だな?)

アイナが身の危険を感じたその時だった。…彼の体は、いつの間にか屋上のフェンスを飛び越え宙に浮いていた。足元の感覚がなくなる。

「うわぁあああああああああああ!」

宙でくるっと一回転するとアイナは庭の茂みに向かって真っすぐ落っこちた。イスカが憑依してなければ死んでいたところだった。

「何すんだよ!イスカ!!」

アイナの体を抜け出し、もう病院の2回よりも高く飛び立ったイスカにアイナは怒鳴なりかけた。

(へへへのへ!うまくやりなよ、あんちゃんよぉ!じゃあな!)

「おい待てっ!」

イスカは右目の下を指で引っ張りながらあんかんべーをすると猛烈な勢いで空のかなたへ飛び立った。最後まで可愛くないやつ…いや、凄く可愛らしいやつだったなとアイナは思った。


「アイナ君…!?」

「ひ、ヒトミさん!」

気が付くと、アイナの横にヒトミが立っていた。片手に大きな旅行鞄を持っている。アイナの退院の準備をしてきてくれていたのだ。

「今、アイナ君のすっごい声が聞こえたと思ったら…イスカ君が飛んでいくのが見えて。…もう行っちゃったんだね。」

ヒトミは青空に浮かぶ点のように小さくなったイスカの影を見つめながら寂しそうに言った。

「…これで、また。これでまた、アイナ君…一人になっちゃったね」

ヒトミは空から目をゆっくり移すと、横目でアイナをちらっと見つめた。

「…そうだね」

アイナも同じように、横目でヒトミを見つめ返しながら答えた。…まずいこのままではまたリードされてしまう。アイナは思い切って、ヒトミの真正面を向いてそっと彼女の手を取った。

「だから、ヒトミさんに…僕の隣にいてほしいんだ。今度はユークやイスカの代わりじゃなくって、ヒトミさんとして、僕の隣にいてほしいんだ。まだ昔のことは忘れられないかもしれないけど…僕はヒトミさんのことが好きなんだ」


「…やっと、言ってもらえたね。わたし…すごく嬉しいよ。これからもよろしくね、アイナ君!」

ヒトミは彼の手をぎゅっと握り返した。本当の意味での恋人として。


 こうして、弼星アイナはいつもの街並み何気ないそれだけの日々の中に戻っていった。彼が体験したいくつもの怪事件は、確かに現実に起きたものだ。だがそれは、日常ではなく非日常の中で起きた出来事だ。日常が存在するから非日常は存在する。そしてまた、非日常が存在するから、日常が存在しえるのだ。非日常はいつも日常のとなりにこっそりと隠れていて、日常に変わってこの世界を不思議な色に塗り替える時を今か今と待ち望んで、いつもこちらの様子を伺っている。いつまた急に日常が非日常に移り変わるのか分からないのだ。

だからこそ、僕たちは日常をまっすぐに見つめて、大切にしていかなくてはならない。世界がまた非日常に包まれたとき、前に進めるかは、きっとそこにかかっているはずだ。


* * *

 岩山の断崖絶壁をその動物は、蹄をカツンカツンと鳴らしながら駆けた。雷鳴とどろく嵐の中、助けを求める声を目指し、長い耳を風に靡かせながら彼女は走った。この山を越えたら人里と宿主の暮らす牧場が見えてくるはずだ。

彼女は怯えていた。彼女の宿主も怯えていた。彼はまだ子供、母親が醜い蟲に寄生され怪物に姿を変えられたのだ。その光景が彼の目の奥に焼き付いて離れなかった。今から牧場を襲うその怪物と対峙しようなんて彼には怖くてできないように思えた。その自信の肉親である母親に怯える動物の心の声が彼女の心に届いて、彼女の胸を苦しめた。

しかし、彼女の怯えの原因はそれだけではなかった。彼女自身も怯えていた。戦う力があっても所詮彼女もただの少女。結局彼女も怪物が怖いのだ。

彼女は山頂まで登りきると一度、山肌に空いた小さな穴にその動物の体をうずめた。彼女は宿主をそっとなだめながら、目をぎゅっと閉じた。…過去の過ぎ去った日々の物語が瞼の裏に流れていく。

運命的な再会を果たして、彼女を自らの手で救ってくれた近侍のシルエット。

記憶伝いに見た、怪獣と共感共鳴する風変りな、でも優しい少女。

彼女に枠に嵌らずに憧れる心を教えてくれた可愛らしい王子様。

そして、何度も心を一つにして何度も苦難に立ち向かった少年の姿。


彼らの事を思い出すと、彼女は勇気を奮い立たせることができた。

彼女は穴を飛びだして山頂から見える燃えさかった緑の大地を見つけると、動物と心を一つにして足を一歩前に踏みだした。あの中で今、彼の母親が苦しんで暴れている。今こそ、胸の奥に淡く輝いたこの力を使う時だ。

(さぁ、行きますですよ!)

「サイコネクト!!」


おわり

この度は、『サイコネクトデイズ』をここまでご覧いただき本当に、本当にありがとうございました!前作「サイコネクト!」が完結して早くも一年以上が立ってしまいました。時間が立つのは本当に早いですね。

「サイコネクトデイズ」の企画を思いついたのは「サイコネクト!」の最終回付近を一気に執筆しているときでした。「サイコネクト!」は制作チーム「サイコネクトproject」のチームメンバー、豪華な出演者様たち、豪華な制作協力者の皆様に恵まれてとても素晴らしい環境で作らせてもらうことが出来ました。だから、「サイコネクト!」は自分一人では絶対にできなかった作品です。だからこそ、本作では、「自分一人でどこまでつくれるか?」、「自分だけの力でどこまで人に頼れるか?」、「自分一人の力でちゃんと物語を終わらせることが出来るのか」…それらをこの作品を作っていく上で試させてもらいました。それがこの作品を作る一つの理由でした。また、技術面でもあらゆる表現方法を試させてもらっていて、この作品にはそれらの実験の痕跡が全編に渡って色濃く出ていると思います。この作品は僕にとって、「サイコネクト!」の世界観を使った実験場だったのです。ご協力いただいたイスカ役(PV)のしづきさん、楽曲提供をしてくれた大帝氏、多くのアドバイスをしてくれたレドラスタジオのかくかく氏、本当にありがとうございました!

本作ではこれまでになく登場人物に感情移入をしながら作品制作に取り組むことが出来ました。意図したわけでは無いのですが、もしかすると必要以上に、登場人物の一人一人に情を抱いてしまっているかもしれません。Day.3を執筆していて、自ら用意したその展開でアイナやヒトミ、イスカを苦しめてしまうのが本当につらくなってしまったことがありました。あんな前書きまで用意してしまって…。でも、完成した今、後悔していません。これが一番のベストだったと思っています。実験的要素が強い作品だけに、結果だけを求める冷たい作品にならず、ちゃんと情念のこもった作品に仕上げることが出来たのは自己満足かもしれませんが、自分にとってはでは凄く大きな一歩です。この作品を経て得た経験や、新しいスキルは次回作以降に必ず活かしていこうと思っています。


さて、忘れがちなのですがこの「サイコネクトデイズ」は実は『第一部』なんですよね。ここで少し『二部』以降についてもお話しなくてはいけません。正直な事を言うと、続編は現時点では未定です。…その癖になんで『第一部』なんて表記をしたんだ!と怒られてしまいそうですね。申し訳ありません!…『第一部』と表記したのはいつでも物語の続きが書けるように保険と、Day.3で企画を一度完結させるためのケジメだったんです。しかし、『第二部』は必ず制作します。予定は未定ですが、もう既に構想は完成しており…今はその為の資金集めも考えています。なので、ここで一旦「デイズ」は完結しますが、「デイズ」のさらなる展開をご期待くださいませ!


追伸 MVPはヒトミさんに。                                  2018年 6月13日 火炎ロダン(Monstailz)


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