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サイコネクトデイズ  作者: 火炎ロダン
3/5

眠らぬ街の魔女

童話に登場する魔女は怪獣として実在していた!?

身長70mの魔女奇獣バルバーヤーガーと戦う2人の少女ユークとヒトミ。

「怪獣×魔女」奇天烈なコンボをノベルと2DCGで濃厚に描きました!

果たして二人は呪いを解いて魔女を倒せるのか!?

PDF版ダウンロードは公式サイトからhttps://psychonectdays.wixsite.com/psychonectdays/day2

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

むかし、むかし、ある星にりっぱで賢い王さまと、やさしく美しいお妃さまがいました。二人がおさめる国には、かがくとぎじゅつでつくられたすてきな街と、水やみどりがあふれるしぜんにめぐまれたとてもすみよいところで、民たちはしあわせにたのしく暮らしていました。しかし、そんなしあわせな国にもおそろしいかげが迫っていたのです。れきだいの王さまたちと民たちが街をつくったときにうみだした汚れた空気や汚れた水によって、恐ろしい魔物たちが目をさましたのです。海からちていから現れた魔物たちは、空からやってきた魔神によってひきいられ国へ進行してきました。人間と魔物たちのせんそうがはじまり、くるしみの時代が始まったのです。王さまはへいたいたちをせんちに向かわせて魔物たちと戦わせましたが、魔物の数が多すぎて、とても敵いません。

そんななか、たったひとつうれしいしらせが星じゅうをかけめぐりました。お妃さまが、げんきな赤ちゃんを産んだのです。ゆきのように白いはだに、バラのように紅いくちびる、珠のようなきれいな目をしたとてもかわいい女の子でした。お妃様は、みなみのそらに輝くあやめいろの星からなまえをもらって赤ちゃんをユーク姫となづけました。こうして姫は王さまやへいたい、民たちの希望の星となったのです。

どんどん激しくなっていく戦いのなか、ユーク姫はおさななじみの近侍とともに病気一つすることなく、すくすくと素直でやさしく育っていきました。しょうしょう、素直すぎる面もありましたが。王さまはそんなユーク姫のことをたいせつに思っていましたから、かのじょが魔物とへいたいたちが戦っているきけんな城の外へでることを禁じていました。せけんしらずでおてんばむすめのユーク姫は、そとのせかいを見てみたいと近侍のてをかり、なんどもなんども王様やへいたいの目をあざむいて城を抜け出しました。

ある時、近侍は魔物たちと戦いにせんじょうに向かうことになりました。姫はそのことを深く悲しみましたが、姫の想いはとどくことなく近侍は姫を残して城をさりました。それからは、姫は一人で脱走をはかるようになりました。姫のおてんばさは近侍が傍に居たころより拍車がかかったぐらいで、何度へいたいにつかまえられても、あきらめず何度も城を抜け出そうとしました。このことには王さまもお妃さまもあたまをかかえ、むねをいためていました。

せんそうが始まって十数年のときが過ぎ、ユーク姫は16さいとなり、きれいに美しく育ちました。城のなかはあいかわらず平和でしたが、城のそとは魔物たちの手によってはかいされ、かつての街やみどりの森はみるかげもなくなってしまっていました。王さまもみずから戦場にでて魔物とたたかい、城の中でユーク姫とお妃さまは心細くくらしていました。民たちはつぎつぎとじぶんたちのからだをすてて、たましいだけのそんざいになって空のかなたへとにげだしはじめていました。おおむかしの王がこうなることをよけんして、王ぞくと民たち、へいたいたちにその力をあたえていたのです。

もう城のすぐそばまで魔物は迫っていました。王さまとお妃さまはユーク姫に民たちと同じようにからだを捨ててそらのかなたへ逃げ出すように命じました。二人は魔物への敗北をさとったのです。王さまはユークに「おおむかしの王がさずけてくれた、たたましいだけで生きる力と、大きなてきとたたかう力をうまく使って生きのびなさい」といいました。ユーク姫は自分だけにげるわけにはいかないと、くびをたてに振りません。お妃さまが何日も何日もかけせっとくし、やっとのことでユーク姫は星をたびだつことをけついしました。

ユーク姫のたましいがからだを飛び出し、まっくろな空にとびだしたとき、星はまっかにもえていました。ほのおの中で城や街が燃え巨大な魔物たちがうごめいているのがわかります。あと一歩おそければ姫もあのほのおに飲み込まれていたでしょう。ユークは星に残した王さま、王妃さま、近侍、民たち、へいたいたち、のことをかんがえると、悔しくて悲しくてしかたがありませんでした。しかし、もうからだがないユーク姫には涙をながすこともできません。

それからながいあいだ、ユーク姫はただ一人くらやみのなかを漂いました。こどくとやみが姫のまだ幼い心を覆いつくし、くるしめましたが姫はけっしてくじけませんでした。

そして数万年のときが経ったある日、姫の故郷の星によく似た星にであいました。きれいな街と自然があふれ、故郷の民たちによくにた人びとがくらすしあわせの星です。人びとは自分たちの星の事をちきゅうと呼んでいました。ユーク姫はこのちきゅうを一目見て気に入り、すぐに大好きになりました。しかし…このうつくしい星にもおそろしい影が迫っていました。故郷と同じように汚れによってめざめた魔物たちの手が迫っていたのです。そこでユーク姫は故郷のひげきを二度とくりかえさないために、この星の勇気ある少年のからだをかりて、巨人となり魔物たちとたたかうことにしたのです。


*  * *


(はぁ。なんてつまらない物語なんでしょうか…)

ユーク・サラー・シルビィは一人、百日紅の木の細い枝に腰かけてぼやいた。普通なら彼女の体重で枝がぽきっと折れてしまうだろうが、彼女にその心配はない。何しろ彼女には、体重も何も、体そのものがないからだ。普段はこの星で出逢った少年、弼星アイナの体を借り共に行動しているのだが…今日はちょっとしたことから彼と一緒にいることが耐えきれなくなり彼の体を飛び出してしまった。

 この半年間、ユークとアイナは数々の怪事件に挑み、多くの魔物…つまり怪獣たちを倒してきた。その中で彼とは掛け替えのない友人となりお互いに信用しあえている…と思っていた。しかし、ユークは自分でも知り得なかった自分の一面を知り、彼にも言えない秘密を抱えることになってしまった。

最近よく悪夢を見る。故郷を滅ぼした怪獣たちに復讐し殺戮を繰り返す夢だ。ユークは自分の中にそんな卑劣で醜悪な復讐の感情があったということを初めて知った。幸いにも悪夢や復讐の感情のことは記憶をある程度共有しているアイナにも知られていないようだった。ユークはこのことに心のロックを堅くかけていたのだ。

それからユークは童話の世界に逃避するようになった。以前、アイナの部屋には前の住人が残した荷物が多くあって、それを整理しているときに大量の雑誌に埋もれてほこりのかぶった分厚く、古い児童書が見つかったのだ。ユークは初めてそれを見た時、表紙に描かれた青いドレスを身に纏い、安らかな表情で眠っている綺麗な女性から目が離せなくなった。それを見ると心に何か引っかかるような、もどかしいような気持ちに駆られた。そこでユークはアイナに頼み込んでこの本をもらったのだ。

「せかいのやさしいどうわものがたり①」。その本はどうやら、未就学の女児向けの短編集のようでグリム童話を始めとした世界中の童話、特にお姫様、プリンセスや少女のヒロインが活躍する話が何篇もまとめられたものだった。シンデレラ姫や白雪姫、いばら姫は勿論、髪長姫、ヘンゼルとグレーテル、赤ずきんやおやゆび姫、アンデルセンの人魚姫。巻末の解説によると、続巻にはフランス童話の美女と野獣、日本の竹取物語をもとにしたかぐや姫まで掲載されているらしい。表紙を飾っているあの女性は「いばら姫」に登場するオーロラ姫。悪い魔女にかけられた呪いによって眠らされ…運命の王子様の目覚めのキスを待っている。その本ではそう語られていた。オーロラ姫を始めとした童話のヒロインたちと、そのロマンス溢れる物語にユークは思いをはせた。それらの物語は煌びやかで優しく、悪夢で傷ついたユークの心を癒してくれた。

そして事件は今朝起きた。ユークが夜な夜な起きては、童話を繰り返し読み返していることをアイナは知っていた。寝ている間とはいえ自分の体がかなりの頻度で勝手に動かされているのだ、鈍感なアイナでも流石に気づいた。だが、鈍感なアイナには童話のどこにユークが惹きつけられているのかまでは、全く理解していなかったようだ。

今朝、ユークはある本をプレゼントされた。ユークはアイナにその本を渡されたとき、胸の奥に手を突っ込まれて傷口を指で抓られたような感じがした。それは真新しいカバーがツヤツヤと光っている文庫本で、厚さは例の児童書の半分もなかった。ユークがアイナの体の中で休んでいる、即ちユークが眠っている間にこっそりと購入していたらしい。タイトルは『実は知らない童話の真実』。あきらかに児童ではなく大人が読む為に書かれたのだった。

その内容はユークの中にあった童話に対してのイメージ、特にプリンセスのイメージを次々と破壊していった。ユークの読んでいた児童書ではハッピーエンドだった人魚姫は、原作では海に身を投げた人魚姫が海の泡となって消えるという悲惨なものだったとか、白雪姫を殺そうとしていたのは魔女でも継母ですらなく姫の実母だったとか、オーロラ姫に魔法をかけたのは悪い魔女ではなく王に招待されなかった不遇の妖精だったとか…オーロラ姫は寝ている間に妊娠して寝ている間に双子を出産したとか…さらには王子の母は人喰いでオーロラ姫の子供たちをスープにして食べてしまおうとしたとか。あの髪長姫のラプンツェルも妊娠を原因に塔を追い出され、王子は魔女にいばらで目を潰してしまったらしい。

そんな知りたくもなかった事実たちが容赦なくユークに襲い掛かってきた。ユークが童話に求めていたのは原作にあるような教訓や残酷で棘のある一面などではなかった。童話の煌びやかで優しく夢のある物語に憧れたのだ。現実離れしたあのロマンチックな世界観。素敵な魔法にガラスの靴、やさしい小人さんたちや動物たち。可愛い妖精。…そして、運命の王子様。童話に登場するプリンセスたちの物語は同じ姫でも、現実の世界で実際に王女…姫だった自分とは大違いだとユークは思っていた。例えば、童話ではプリンセスが魔女や悪い妖精の手に墜ちた時、必ず王子様が突然現れ助けに来てくれていた。しかし魔物や災いが襲い掛かってきても、ユーク姫の元に王子様は現れなかった。現実の世界、彼女の物語には王子様は存在しなかったのだ。だからこそユークは姫に、王子に憧れ、自分に足りないもの、寂しく口を開いている心の隙間を埋めるために童話に縋りついた。故意では無いのだが、今回の件でアイナはユークの心のよりどころを壊してしまったのだ。

その本をもらってからユークはアイナと一緒にいることが辛かった。アイナには全く悪意がないところが逆に胸に刺さって痛い。ついさっきまで我慢できていたのだが、アイナが下校後に寮のトイレ入った隙を見て飛び出し、ここまで逃げ出してきてしまったのだ。


(アイナさんのバカ…。)

ユークはうつむきながら呟いた。西日がよく照っていて雲が疎らに空を飾っている気持ちのいい快晴の昼下がりだったが、心がどんよりと曇り切ったユークには関係の無い事だった。

「あれ?ユークさん?」

木の下から誰かの声が聞こえてきた。ユークは体を持っていない。だから誰も彼女の姿を見ることはできない。だが、魂のある場所にホログラムのようなものを出現させて特定の人物だけに体のあった頃の姿見せるようにすることができた。この星でユークが自分の姿を見せたのは二人、弼星アイナと…彼のクラスメイトの飼篠ヒトミだ。

「おーい!そんなところでどうしたのー?」

木から少し離れた遊歩道に立ったヒトミが、ユークの方を見て大きく手をぶんぶんと振っている。そんな彼女の後ろを通りかかった小学生はその様子を見て怪訝そうに顔を歪めた。他の人から見ればヒトミは誰もいない木の上に声をかけ手を振っているように見えるのだ。…はやく反応してあげないとこのままではヒトミがちょっと痛々し…かわいそうな感じに見えてしまう。ユークは急いで飛び出した。

(…ヒ、ヒトミさん!今そっちにいきますですから!)


ヒトミは学校帰りに愛猫である黒猫のミナモを捜し歩いていたそうだ。元々野良猫で気まぐれなミナモは散歩に出ると丸2日帰ってこないこともあって、スマートフォンアプリと連携したGPS入りの首輪で居場所を把握しているそうだ。今日は電波の調子が悪いのか、居場所がつかめない為、こうしてミナモの散歩ルートを散策していたらしい。

「…なんだか元気ないね、大丈夫?」

小高い丘の上に生えた大きな杉の木、その下のベンチに腰掛けたヒトミの第一声がそれだった。細い眉をハの字に歪めてユークの顔を覗き込んでいる。その様子を見てユークは少しホッとした。アイナとは違ってこの人は自分の気持ちを察してくれそうだ…と。

「もしかして、アイナくんとなにかあったのかな?」

「な、な、な、なんで知ってるんですか!?」

ユークは驚いて、ホログラムの体をぴょんと跳ねさせた。

「え…あたりだった?その…知ってるとかじゃなくて、なんとなくそんな気がしたというか、二人が一緒じゃないところは初めて見たから、そうなのかなって…。」

予想以上に察しがいいヒトミにユークは驚いた。飼篠ヒトミはアイナのクラスメイト、そしてアイナの想い人だ。度重なる事件を乗り越えるたびに二人の差は縮まり、今はアイナとユークだけの秘密だった二人の憑依関係についてもヒトミは知っている。アイナとヒトミ、ユークより2万歳以上若い二人は、今相思相愛になりつつある真っ最中…ユークはそう睨んでいる。それはさておき、今考えてみると、憑依関係を完全に知られる前にもヒトミはユークが憑依したことによるちょっとアイナの変化に気づいていたりしたことがあった。そう、ヒトミは鋭い。おっとりしているように見えて、実は察しがいい、実は勘のいい子なのだ。…人前で他の人には見えないユークにてを振ってしまうようなちょっと抜けたような子でもあるのだけれど、それがこの子のいいところでもある。

「わたしで良かったら、お話聞こうか?…うまく受け答えできるか分からないけど…。」

ヒトミは少し自信無さげな細い声で、でも真っすぐユークの目を見ながら言った。この人になら話せるかもしれない。ユークはヒトミに今回の童話事件についての概要を喋ることにした。

 ヒトミはユークが話している間、うんうんと相槌をうち一生懸命に傾聴をしてくれていた。聞き上手の瞳にユークの口は止まらなかった。数万年間、暗い宇宙をただ一人彷徨っていたのだ。誰かが自分の話を聞いてくれている、それだけで嬉しい。心がどんどんどんどん軽くなっていく。

「うん。それはアイナ君が悪いよ!」

ヒトミは頬をぷくぅと可愛らしく膨らませながらキッパリと言った。

「アイナ君、全然女の子のキモチわかってないもん。」

(ヒトミさんもそう思います!?わかってくれますですか、私の欲してたものを!?)

ユークはヒトミに飛びつきそうな勢いで前のめりになった。

「もちろん!私もお姫様や王子様に憧れたことあるし、女の子なら誰だって一度はあると思う!」

(おぉ!地球の女の子はみんな、お姫様、王子様に憧れをもっていますですね!?うんうん)

気が付くと、ユークはヒトミにぴったりと密着していた。ホログラムの顔がヒトミの鼻先にくっついてしまいそうだ。ヒトミが自分の話に、自分の憧れに共感してくれたのが信じられないぐらい嬉しかったのだ。さっきまでのしょんぼりとした様子が嘘のようにユークは目の奥をキラキラと真珠のように輝かせている。

挿絵(By みてみん)

(王子様とか!王子様とか!!王子様とかですね!?)

「う、うん。そういう子は多いんじゃないかな?女の子の中二病はそういう感じだっていうし…」

(ちゅ…うにびょう?)

「あぁ、いいの、いいの。気にしないで!」

ユーク顔の距離には流石のヒトミもタジタジしていた。同性とはいえ、ホログラムとはいえ、他人の顔がこんな近くにあるとさすがに恥ずかしい。しかし、ヒトミはだんだんいつもの調子に戻っていくユークを見て安堵した。これぞ、いつものユークさんだ。ユークとは2万歳以上年が離れているヒトミだが、同世代の友達と話しているような気持ちで接することができている。ユークの中の時間が16歳で止まっているのだ。ユークもまた、同級生と話しているような気持だった。

(…今日はヒトミさんにお話しできて、よかったです。うん!うん!)

ぴょんぴょんと体を弾ませてはしゃぐユークの様子を見てヒトミは年下ながら彼女をかわいいと思った。まさかこんなに喜んでくれるなんて…。「こちらこそお話できてよかったよ」とヒトミがそう返そうとした瞬間だった。何かがガタガタと音をたてはじめ、ベンチに座っているはずの彼女の体がくらっとよろけた。

「地震!?」

二人を取り囲むように生えている木々がザワザワと騒ぎだし、近くに設置されたブランコがキィキィと悲鳴を上げ、木々の間に隠れていたムクドリたちがバサバサと羽音を立てて逃げ出した。それほど大きな揺れではないが、ビリビリと痺れるような小刻みな振動が地面とベンチ、空気を伝ってヒトミの体に伝わってくる。残念ながら、体のないユークにはその振動を感じることはできない。ユークは嫌な予感がしていた。怪獣はその巨体故に多くの個体が出現時に大なり小なり地震を起こす。ひょっとしたら今回の妙な振動も怪獣の仕業かもしれない。しかし体のないこのままではユークには事態を把握することすら難しい。こうなったら手段は一つしかない。ユークはそう思った次の瞬間行動に移った。

(すみません!ヒトミさん!)

地震の最中ユークはそういうと、突然ふわりとベンチの上に浮き上がり、目を瞑ると人差し指を軽く立ててヒトミを指さすような仕草をした。

「ユークさん!?」

(あなたの御身体、お借りします!)

そう言うとユークは頭からヒトミに向かって勢いよく倒れ込んだ。

「ひゃっ!?」

ユークに体がないと分かりつつも、ヒトミは思わず目をぎゅっと瞑り身構えた。緊張し委縮したヒトミの体と意識の中にユークの魂がスゥーと滑らかに入っていく。そしてヒトミの脳は今自分の中に2つの意識があることを認識した。…程なくしてユークは揺れる地面を体で、震える空気を頬で感じることができるようになった。ヒトミ、ユークは恐る恐る目を開た。しっかりと緑が、街の風景が見えた。二人は一体化したのだ。

「ゆ、ユークさん、今…私って…。」

(突然、ごめんなさい。今、私はヒトミさんの体の中にいさせてもらっていますですよ。気持ちが悪いかもしれませんが…ほんの少しの間だけガマンしてください。)

ヒトミには前にも同じような経験をしていた。宇宙人が自分の体に憑依したまま数日間過ごすという普通の中学生では絶対に経験しないような奇妙な経験を…。だから、自分の体に別の人格がいるという感覚は慣れてはいなくとも、事実として理解できないものではなかった。緊急事態だ。ここは快く受け入れなきゃ!ヒトミの正義感が言った。

「気持ちが悪いだなんてそんな!私なら大丈…」

(そうですか、なら話が早いです!ではでは早速、ちょっと飛びますですよ!)

「えぇっ!?」

ユークはヒトミの足を使って、地面を思いっきり蹴り上げた。大地に弾き返され、びょーんと体が跳ね上がり、ヒトミの体は宙へ舞い上がった。まるで体がバネかスーパーボールになってしまったかのようだ。

「うわぁあ!きゃぁああああああ」

とてつもない速さで地面から離れていく自分の視界と衝撃にヒトミは悲鳴を上げた。フリーフォール系の絶叫マシーンに乗っているような凄まじいGが体にかかっているのだ。胃の下あたりがヒューンと締め付けられるあの感覚がヒトミを襲う。落ちているわけではなく昇っているわけだが。彼女は杉の木の上まで飛び上がり、その太い枝にシュタツっと舞い降りた。

「ひぃい…い…いきなり、ハード過ぎるよ、ユークさん…」

ヒトミはクラクラとしながら言うと、ユークは申し訳なさそうな表情でホログラムの姿を現した。

(うう…ごめんなさい。ついつい、いつものクセで…)

ヒトミはアイナがいつもこんな目に合わされていると思うとちょっと災難に思えてきた。

二人が木の上に上がる頃には揺れは収まっていた。二人の暮らす木の葉ヶ丘の街。一軒家の密集地帯、マンションや集合住宅、中規模の商業施設が疎らに建ち並ぶニュータウンだ。ここからなら街の様子が一望できそうだ。街の向こうに大量に粉塵が舞い上がっているのが見える。粉塵はこの場所からだと円形に広がり、街を取り囲んでいるように見える。目を凝らすと粉塵の中で蠢いているのがわかる。細長く黒い何かが蛇のようにくねり踊っているのだ。

「あれは、植物…だよね?」

ヒトミが尋ねるように呟いた。そう、それは植物の蔓だった。粉塵が薄れてきた時に明確に分かった。巨大な植物の壁が街を覆っているのだ。空に向かって高く伸びたその壁は地面から100mはありそうな高さまでぐんぐんと伸びている。その様子を見てユークは「ジャックと豆の木」という童話を思い出したが、どうやらその植物は豆ではないようだった。黒く禍々しい蔓、蔦にはびっしりと針のような棘が生えている。そうこの棘は薔薇や野茨や荊と呼ばれる植物に見られる特徴のひとつ、「いばら」だった。

木の葉ヶ丘の街は今、いばらに閉ざされていた。

「薔薇の姿をした植物怪獣…だったりするのかな?」

(うーん、ここからじゃよくわかりませんね。近づいて観察してみましょう!)

ユークはそういうと、いつもの調子で杉の木をぴょんと飛び降りた。…そのあと、ヒトミの甲高い悲鳴が上がったのは言うまでもない。


 街は騒然としてした。建物という建物から人々が出てきて遊歩道は人で溢れかえっている。街の外だけではなく蔓は街の中にまで生えて来ているようで、二人のいた丘の近くの小学校にも出現していた。古い校舎に真っ黒ないばらが絡んでいてお化け屋敷のようだ。

(この植物…意思を持っているわけではないようですね。動いてはいますが、人を襲うような脅威では無さそうです。でも、街の皆さんにとって決っしていい存在にはなりえなそうですね。なんていうか…邪悪なものを感じますですよ。)

いばらを不安そうな顔をして見上げている人々と禍々しい蔓を見比べてユークは言った。

「ほら見て。携帯の電波が入らないの、4Gも、フリーWifiも。」

(もしかすると、コイツはなにか通信を妨害する電磁波のようなものを発しているのかもしれませんですね。)

「うーん、インターネットが使えたら…いろいろ調べられるし‥、それに…。」

アイナ君と連絡が取れるかもしれない、と言いかけてヒトミはその言葉を飲み込んだ。今のユークにアイナの事を言うのは気が引けたからだ。ヒトミは一息ついてピンク色のスマートを胸ポケットにしまうと、ざわざわと不安そうにどよめいている人々の声の中をかき分けて町の中心の方へ、ヒトミの通う木の葉ヶ丘中学の方へ向かった。もしかするとアイナと合流できるかもしれない。ユークは嫌がるかもしれないが、アイナと合流すれば、この事態が好転するかもしれない。アイナとユークのコンビは今まで様々なピンチを二人で打開してきた。二人が力を合わせることによって巨大な敵と戦うことが出来るのだ。だから今回も…きっと。ヒトミはこの考え、プランを胸に秘めるつもりだったが‥ユークにはそれが筒抜けだった。体、脳を共有していると、ユークが緊張して意識が研ぎ澄まされているとき等に、こういった宿主が秘めていることまでが知ろうとせずとも分かってしまうことがあるのだ。しかし、ユークも大人だ。もう、アイナに対して怒っていなかったし、ヒトミに話を聞いてもらって大分気持ちの整理ができた、それに今は喧嘩だのなんだの言っている場合ではない、アイナと合流するのが最善の策だ。ユークはこのヒトミのプランに黙って乗ることにした。

「きゃああああ、ヒロちゃん、ヒロちゃん!!」

その時、絹を裂くような女性の悲鳴がヒトミの耳の鼓膜を通じユークの元に届いた。ヒトミが振り向くとランドセルをからった男の子が地面に倒れ込んでいる。男の子のお母さんが必死に揺さぶっているが彼は糸が切れた操り人形のようにぐったりとしていて動かない。

「きゃああ!!」

次の瞬間、同時多発的に別の場所、複数の場所で悲鳴が響いた。皆女性の叫び声だ。

「な、何!?」

ヒトミの近くでは隣町の中学の制服を着た3人の男子中学生がドミノ倒しのように重なって倒れている。ちょっとお間抜けで笑ってしまいそうな光景だが、倒れた先の地面が青々とした芝生だったのが不幸中の幸いだ。どうやら‥この男子たちやあの男の子と同じようなことがあらゆる場所で起きているようだ。ヒトミは焦りながらも本能的に辺りを見渡し、周囲の状況を観察し始めた。危険を回避しようとする人の本能だ。そのおかげでユークの意識に事態の情報が流れ込んできた。いつの間にか辺りは、いや街一帯は青白い霧が充満しており、数メートル先が真っ白で見えなくなってしまっていた。どうやらその霧は、男の子が倒れ込んだ方向。街の中心の方から流れてきているようだ。

(これは…もしかして…催眠ガス!?ヒトミさん!建物の、建物の中に逃げてください!)

「催眠ガス!?」

ヒトミは思わず声に出して驚いた。しかし、その声はパニックに陥った民衆たちの悲鳴で掻き消された。

「こちら怪獣防衛隊!こちら怪獣防衛隊!!地域の皆さん、今すぐに建物の屋内に避難してください!」

そこにこの国を怪獣災害から守る組織、怪獣防衛隊のヘリがバリバリという轟音と甲高いサイレンをけたたましく上げて現れた。

「只。只今正体不明の謎の霧が発生していて…屋内に避難してください…なお…このきり‥霧が人体にどのような効果をあたえるかは…

どうも、アナウンスの様子がおかしい。

「だ‥めだ、もう耐えられん!」

民衆が不安そうにヘリを眺めているとアナウンス及び操縦をしていたとおもしき男性隊員がガスマスクを付けた顔を窓からにゅっと出した。もう少し、身を乗り出すと外に落っこちてしまいそうだ。

「オヤスミナサイ…」

そういうと、彼は頭から空中に身を投げた!

「きゃああああああああ」

ヒトミは思わず悲鳴を上げ、目を閉じた。しかし次の瞬間、隊員の背中からふぁっとパラシュートが展開された。今の風の流れと速さを見るに、丘の方へゆっくりと降下できるだろう。

「よかった…」

(いえ、ヒトミさん、まだです!あれを見てください!)

操縦者が居なくなったヘリコプターはプロペラを空回りさせながら、真っすぐ一直線に…猛スピードで突き進んでいる。このままでは落下先の方向にある駅に甚大な被害が出ることになるだろう。

その時だった。

巨大な樹木…いや、それを加工して作ったような箒…まるで巨人が使いそうなぐらい巨大な箒が、いや箒ような先端に穂のようなものが付いた棒状の物体が突然霧の中から現れ、鞭のようなしなりながら降下するヘリコプターを薙ぎ払った。弾き飛ばされたヘリコプターはおもちゃのブロックが崩れたかのようにばらばらと小さな破片の塊となり火を噴きながらゆっくりと地面へ落っこちていった。

「あれは!」

霧はかつてヘリだったものから上がった炎によって明るく照らし出され、巨人の箒の持ち主の姿が…徐々に露になっていく。少々、霧も晴れてきたようだ。。

巨人の箒は薄くなってきた霧の中をくねくねと奇妙に曲がりながら動いている。穂先から離れるほど、それは太くなっており股の付け根、胴体の下部に引っ付いているようだ。そう、それは箒ではなく巨大な生物の尻尾だった。そいつは2足歩行でずっしりとした下半身が特徴的だ。体調は100m無いが、かなりの大きさのようで、60、いや70mぐらいはあるだろうか。下半身に対して上半身は細目で、腕や鋭い爪の生えた指もゲッソリとしていて長く、枯れた木の枝か骸骨のそれのようだった。全体的にみると爬虫類的な印象を受けるが、皮膚は暗く褐色の混じった汚らしい緑でゴムの様にぶよぶよとしていて爬虫類系怪獣のゴツゴツ、もしくはぬるぬるとした感じとはまるで違う。そして、なによりソイツの特徴は、何と言っても頭部だった。一度見たものはその顔を忘れることはないだろう。後頭部からは蜥蜴の尻尾と三角帽を混ぜたような奇妙なものが生えており、ウネウネと気味悪く動いている。青白い霧を吐く耳まで裂けた口には、鰐の要は恐ろしい歯が並んでおり、皺くちゃで酷く醜い顔の中心からは異様に長い曲がった鼻が猛禽の嘴の様に突き出ている。その姿はまるで…

(魔女!)

挿絵(By みてみん)

ユークの言った通り、それは童話に出てくる悪い魔女をそのまま怪獣にしたような姿をしていた。例の児童書の挿絵でユークが見た魔女の姿にそっくりだ。巨大な魔女はガラガラとしゃがれた低い鳴き声をあげると、霧の晴れた街をぐるりと見渡した。赤く光ったガラス玉のような小さな目が、恐怖に固まった人々を睨みつけている。

ヒトミ「あれは…もしかして!」

その時、ハッとしたようにヒトミが声を上げた。そして地面にしゃがみ込むと通学カバンのファスナーを開いて一冊の本を取り出した。

『月刊レムリア12月号』。

ヒトミはシャラシャラと新しい紙が擦れる音を小刻み良く響かせながら、凄い勢いでページを捲った。

「これ!魔女奇獣バルバーヤーガー!」

(まじょきじゅう!?)

ヒトミはホログラムのユークに巻末の方のカラーページを開いてつきつけた。見開き1ページの特集記事で、油絵で描かれた不気味な化け物の絵画が掲載されている。

「ほら見て、あの怪獣、ここに書かれている怪物にそっくりだと思わない?」

ヒトミの言う通り、その絵画に描かれた怪物は今目の前にいる巨大な魔女にそっくりだった。緑がかった褐色の肌や長い鼻はあらゆる魔女の特徴だとしても、箒のように長い尻尾を持った魔女はそういないだろう。間違えない。あの怪獣だ。

(た、たしかにそっくりです!でも…)

あの怪獣が雑誌に載っている魔女奇獣の可能性が高いのはユークにもわかっていたが、彼女には疑念と疑問がそれぞれ一つずつあった。

(えーっとぉ、その…その雑誌は本当に信用できますですか!?…というか、なんでヒトミさんはその本を持っているんですか!?)

そう言われた瞬間ハッとしたようにヒトミは反射的に本を背中に隠した。彼女の顔は一瞬顔が真っ青になったかとおもうとすぐに真っ赤になった。その雑誌、『月刊レムリア』は主に超心理学や超常現象、未来科学、つまりは都市伝説や心霊、未確認生物等、所謂オカルトを取り扱った雑誌だった。その雑誌は何故かアイナの寮にも大量のバックナンバーが置かれていて、前の住人の荷物を整理していた時に大量に処分した覚えがユークにはあった。その時にチラッと中身を覗いたのだが、その内容は自分自身超常現象的な存在であるユークにさえ首を傾げるような記事で溢れかえっていた。

「え、えっと、だって。だって凄く ろまんてっく じゃない!まだ見ぬ生物とか…未知の怪獣とか!きっと本当のことだって…たぶんきっと書かれているはずだよ!」

ヒトミはいつもよりもちょっと強めな声で、でもちょっと恥ずかしそうに言った。ユークには全く分からない世界だったが、そんなヒトミがちょっと可愛いと思った。きっとヒトミにとって超常現象に対する気持ちはユークが王子様に憧れる気持ちと同じなのだろう。…だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「と、とにかくこれを読んでみて、ユークさん!」

『呪われし魔女、魔女奇獣バルバーヤーガー。記者・写真/円宮飛夢まどみやあすむ

体長70m、爬虫類型未確認怪獣、バルバーヤーガー。またの名を魔女奇獣という。特に中世のヨーロッパで頻出し、その名の通り世界各地に残る魔女伝説、童話の魔女のモデルになったのではないかと言われている。この絵画はリンキ―公国・国立オーヘン大学付属博物館所蔵のもので12世紀初頭に描かれたものだ。魔女のモデルというだけあって、魔法や呪いを駆使し人間、特に権力のある王族等を苦しめたという伝承が多く残っている。もし、これらの伝承が真実で、このバルバーヤーガーが実際に存在していたとなれば、権力のある人間を判別するなど尋常ではなく高い知能を持つ怪獣がかつてこの地球に存在していたということになる。現在のところ、伝承以外でバルバーヤーガーの存在を示すその証拠が見つかっていないが、皮膚片の一部でも見つかれば世紀の大発見になるに違いない。』

(これは…。まさに童話の世界から飛び出してきたようなお話じゃないですか!)

「そうなの。すっごくタイムリー。」

(まさか、物語の中の魔女が本当に存在していたなんて…)

二人は驚異の想いで怪獣を見上げたが、その姿は再び霧の中に包まれ、青白いベールに禍々しく真っ黒な魔女の巨影が浮かび上がっていた。昔の人々はこれをみて魔女のローブを黒く描いたのかもしれない。怪獣が動く様子はまだない。そこで二人は続きを読み進めた。

『私は独自に現地調査を行い、考察を行ったのだが、どうやらこの怪獣は国そのものにとある強力な呪いをかけているようだ。バルバーヤーガーの伝承、又は童話に出てくる魔女や悪い妖精を思い出してほしい。魔女、バルバーヤーガーは姫を貶めることによって国を支配しようとするパターンが意外にも多いのではないだろうか?少なくとも(所謂グリム童話やペロー童話の原書ではなく現在までに広く伝わっている)いばら姫の物語、そして各地に残ったバルバーヤーガーの伝承ではそうなっている。その為、「姫」が国を支配するための重要なコアになっているのではないかと私は睨んでいる。国を呪うために、魔女は真っ先に「姫」を狙うのだ。』


(この「姫」というのはもしかして…私…?)

そこまで読んだところで、ユークが小さく声を上げた。中々胡散臭い内容で信用に値するのか分からなかったのだが、現地調査したうえでの考察だというだけあってこの記者の文には妙な説得力があった。目の前に実際にこの怪獣を目にしたというのもあるのだが…もしあの怪獣がこの本に書かれている通りだとしたら?とにかく、ユークにはこの怪獣の目的が分かってきた。

(えぇ、そうですとも!きっと、そうですとも!私が姫、私はプリンセスです!)

「わわわ‥!急にユークさんが中二病を…っ」

まるで状況がつかめずに慌てだすヒトミにユークはこの星に来て誰にも話していなかった自分の身分について話した。自分が地球から遠く離れたサラー星系サラー母星からやってきた王女、つまりは姫だということを。勿論、星が滅亡したとか、逃げたした時に体を捨てたなんて話は…したくてもできなかったので省略した。このことには堅い心のロックが掛かっているのでバレることはないだろう。

「えぇえええええ!じゃあ、ユークさんは本当に宇宙からやってきたお姫様なの!?」

(…はい。まだアイナさんには話していないんですますけど、その通りです。)

ヒトミは驚きを隠せないようだったが、納得はしてくれているようだった。そもそもユークのような常識では考えられない存在を認められるヒトミに心配する必要はなかった。

(とにかくあの怪獣はきっと今、姫を…この私を探していますですよ。あの本にはバルバーヤーガーは権力のあるものを狙うと書いていましたが、きっとアイツは単純に物理的な力があるものを狙っていると思うんです。かつては王家が権力を握り、国家の武力を握っていました。だから魔女は王家の一番の弱点である姫を手玉に取ることによって国に呪いをかけたんです。私には‥人と一体化して巨人になる強大な力があります。この街で一番力があって、なおかつ姫なのは…この私。)

この木の葉ヶ丘の街に呪いはかけられた。だから人々は眠り、いばらで街は封鎖されたのだ。ユークは今少し高揚していた。…ほんのちょっとだけウキウキしていた。怪獣が出現したのにこんな気持ちになるなんて不謹慎だとはわかっていたが、何かを期待しててウキウキ、ドキドキとしていた。


「あの怪獣がユークさんを…。でも、どうして街の人たちは急に倒れたりしたのかな?私たちを含めて無事な人も多いみたいだけれど…。」

ヒトミはあたりを見回しながら言った。今更になって騒ぎ始めるおばさまたちの群れ。スマホを片手に電波の入る場所を探している女子高生。…たしかに無事な人たちが多くいるようだ。

(きっとあれは眠りの呪いですね。この街を乗っ取るためにやつがかけましたですよ!)

「うーん、それってちょっと変じゃないかな?」

ヒトミは蟀谷に人差し指を当てながら首を傾げた。

「あの本によると、魔女は真っ先にお姫様に呪いをかけるんだよね?でも、お姫様のユークさんはなぜだか今眠ってないよ?それに…眠らない人たちがいっぱいいるのにも、なにか理由がないと変じゃないかな。よく見て、眠っているのは皆男の人だよ?」

(あ、あれ?)

不意にやんわりとだけど鋭く指摘を受けてユークはハッとした。そう。ヒトミは凄く察しがいい子だった。ヒトミの言う通り、考えてみたら最初に倒れたのも小学生の男の子だたったし、あの中学生3人組も、怪獣防衛隊隊員も男性だった。

「あの霧、眠りの呪いが男性に特化した呪いなんだとしたら…もしかしたら…アイナ君も…」

ヒトミはすこぶる不安そうな声で言った。そう、町中に霧が広がってしまっているのなら、男性であるアイナも眠りの呪いにかかってしまっているだろう。あの霧は催眠ガスのような気体や毒性の物質の類ではないとユークは分かっていた。密閉性の高いガスマスクをつけた怪獣防衛隊の隊員ですら眠ってしまったのだから、相手が魔女奇獣である以上、魔法や呪いのような類の攻撃だと考えたほうがいい。そうだとしたら、アイナは呪いが解けるまで目覚めることがないだろう…。

「これから、どうすればいいんだろう…」

(…ヒトミさん、とりあず、さっきの続きを読ませてくださいです!)

「えっと、それが‥」

ヒトミは本当に申し訳なさそうな声を出すと、再び本に目を向けた。

『「姫」を制すことで「国」を制す恐ろしき魔女奇獣バルバーヤーガー。その呪いを解くカギはただ一つだ。この続きは現在好評発売中の「円宮飛夢・未確認大怪獣大全新装版」(税抜き2800円)にて詳しく記してあるので是非一読いただきたい。』

(…信じられない、信じられませんですよ!なんなんですかこれは!)

ユークは思い切り雑誌を地面にたたきつけそうになった。この記事は特集記事であるのと同時に、月刊レムリア単行本シリーズの宣伝でもあったのだ。このままでは街にかかった呪いを、この窮地を抜ける方法が分からない。

「えっとね…ユークさん。実は私、知ってるんだ。」

ユークが怒りに震えていると、ヒトミがこれまた申し訳なさそうにソッと言ってきた。

「円宮先生の大全。あれが売っている場所、私知ってるの。その…立ち読みしたことがあるんだ。駅の向こうの大きい本屋さんなんだけど…」

…流石にヒトミがここまでオカルト好きだとは思わなかった。ユークは思わず唖然としたが、そのオカルト本を探すことが今一番にやるべきことだと思った。その本を読んだところで呪いを解ける方法が分かるのかも分からないが、ユークは妙な胸騒ぎがしていた。ユークは既に呪いの答えを知っているような気がしたがそれが何なのか分からない。それを確かめるためにも『未確認大怪獣大全』を読む必要があった。

(とにかく行ってみましょうか…お姫様、プリンセスといえども何もしないわけにはいきませんですから!)

二人の少女は深い霧の中、駅の向こう、北の方へ駆け出した。


 二人はメインストリートから外れた回り道を通って目的地を目指すにことにした。駅付近には魔女が君臨していて危険だからだ。今のところ魔女は霧以外の攻撃をしてきていない。しかし相手は魔女だ。一体どんな手で、一体どんな攻撃を、一体どんな魔法を使ってくるかわからない。油断は禁物だ。

二人が駆けているみちはメインストリートでないと言っても街が栄えていないわけではなく、100円均一や中型のスーパーなどの店、そして市営の総合病院が立ち並ぶ。病院の駐車場にはベッドが並べられ多くの男性が寝かされている。バルバーヤーガーが選んだ街が、昼間働きに出ている男性が多いベッドタウンである木の葉ヶ丘だったが不幸中の幸いだ。

(一刻も早く呪いを解いてこの人たちを救わないと…)

「ユークさん、あれ見て!」

ヒトミが病院の向こう、駅の方を指さした。霧のなかに無数の点が浮いているのが見える。それバサバサという異音をたてながら描く方向に散らばりこちらにも向かってきている。

グガァアアアア

奇声を上げて病院の駐車場に飛びこんできたのは一匹のカラスだった。目が真っ赤に光っていて、皮膚や嘴、体毛が緑色を帯びている。間違えない。バルバーヤーガーに操られているんだ!

「ユークさん!これは…」

(えぇ、行きますよ、ヒトミさん。力を貸してください!)

二人はカラスを追って駐車場に突入した。先ほどのカラスはベッドには目もくれず、真っすぐに看護師に突っ込んで行った。カラスは口をグワーッと開くと真っ赤な霧を吹きかけた。

(とうっ!)

ユークは飛び上がりヒトミの手刀を使って、カラスの首に強烈なショップを喰らわせた。カラスはコントロールの切れたドローンのようにくるくる舞いながら地面に落ちた。地に落ちたカラスは気を失ったようでぴくぴくと痙攣している。その様子を見てヒトミは思わず息を飲んだ。

(大丈夫です、峰打ちです!)

手刀に峰も何もないだろと思いながらもヒトミは安堵した。カラスに襲われた看護師は患者の眠るベッドに突っ伏してスヤスヤとねむっている。

(魔女のやつ、今度は女の人を眠らせるつもりなのでしょうか。)

「今度は一人ずつ眠らせるつもりなのかな?でもどうして…?」

ヒトミの言葉を聞いてユークはハッとした。彼女は頭の中でとっ散らかっていた色々なものが、繋がったような気がした。

(…わかりましたですよ、ヒトミさん。全部わかりました。今、魔女はやはり私を探していますですよ。私には実態がありません。魔女には姫である私がどこにいるか分からないんです。だからまず姫ではない男性を眠らせて除外して、次は女性の中から姫を探し当てようとしてるんです!…極めて慎重に!)

ユークはまたも高揚していた。そうとしか思えない。どうしてもそうあってほしい。

「ユークさん…その説が正解だったら、今私たち…相当まずいんじゃないかな?」

ヒトミが空を見上げて言った。

ユークはぎょっとした。カラスの群れが渦を巻いて旋回している。これは何十匹、いや何百匹いるんだろうか。集団でこの病院を襲撃するつもりだ。‥このままでは女性たちが眠りの呪いかけられてしまう。

(ヒトミさん、相談があるんですが…)

ユークは覚悟を決めて言った。

「うん。分かってるよ。巨人さんなるんだよね?」

ヒトミもまた覚悟を決めていた。ユークの故郷、サラー母星の人々は古の王に、巨大な体と戦う力を持った巨人戦士の姿に変身する能力を与えられ、当然サラー母星の王女であるユークもこの力を持っていた。しかし、この能力は当然体を持っている者にしか使うことが出来ない。この星にやってきたユークは弼星アイナの体を借り、彼と精神一体化サイコネクトすることによって巨人戦士ユーク・エクスマキナに変身し、多くの巨大怪獣と戦ってきたのだ。今こそ、ヒトミの体を借り、サイコネクトしてその力を使う時だ。

(行きますですよ!)

「うん!」

ヒトミはぎゅっと目を閉じ集中した…。

(…。)

「…。」

二人の間を冷たい風が透った。何も起きないのだ。うまくいったのならヒトミの体は光に包まれて二人の意識は溶けていき巨人に変化していくはずだ。二人の息が合わない時は一体化できないのだが…今回はそういう訳ではなさそうだ。

(な、なんで!?なんで変身できないんでしょう!?)

「わ、わからないけど…もしかしたら魔女の呪い?」

(そんなぁー!)

その時、カラスの大群が狂気の号令を上げ急降下を始めた。

「あわわわっ!とにかく逃げよう!」

(…ううう!普通プリンセスって動物に守られるものなんじゃないですかぁああ)

病院はすぐに戦慄とカラスの奇声と女性の悲鳴と彼女たちのいびきに支配された。カラスは丁寧に一人一人丁寧に霧を吹きかけ、吹きかけられた女性はバタリバタリと倒れていった。ヒトミとユークはそんな女性たちを横目にかき分けて突き進むしかなかった。彼女たちを救えないのが悔しいが…背後までカラスたちが迫って来ている。自分たちが眠らされては元もこうもない。

(あ、あれは!)

二人の進む方向になにか土煙が上がっているのが見えた。今度はネズミの大群だ。カラス同様、ゾンビのような質感の肌をしていて気持ちが悪い。

「ここままじゃ、挟み撃ちに…」

ヒトミが少し諦めの入ったこえ声を上げたその時だった。病院の上から巨大な黒い塊が突然二人の目の前に降ってきた。駐車場の砂利が舞い上がり砂煙の中、丸まっていたそれは身をゆっくり起こすと、低い声で唸りながら、尖った耳の生えた顔で二人の方を振り向いた。

(あれは…)

「…エイリアン…ビックキャット…?」

ヒトミは怪物の顔をじっと見つめて意味不明な言葉を発した。近年、イギリスに頻出している未確認生物UMAの名前なのだが、ユークは知らなかったし、そんなことはどうでも良かった。

「いや、ちがう、ちがう!ミナモ?ミナモじゃない!」

(ええっ!)

ヒトミはそれの正体が分かると、馬のように巨大な黒猫に駆け寄り抱き着いた。異様に長い前足後ろ脚や首、その大きさは明らかに異質だが。GPSが入った水色の首輪、首の下を撫でた時のゴロゴロという甘い鳴き声は間違えなくミナモのものだ。魔女の魔法でこんな姿になってしまったのだろうか。

(ありがとうミナモ、私たちを助けに来てくれたんですね!)

「背中に乗せてくれるみたい。本屋さんへ急ごう!」

二人は巨大な猫に跨り、駆り出した。その乗り心地は意外と悪くなく、その走りは大型ネコ科動物のそれではなく馬のものに近かった。しばらく走ると前方のネズミの群れが迫ってきた。奴らは口から真っ赤な霧を口から漏らしていて、あの霧を吹きかけられたらゲームオーバーだ。ユークとヒトミ、二人の間に緊張が走った。しかし、ミナモそんな怪物の壁に怯むことなく、スピードを下げることなくグングンと突っ込んで行く。長く変化したスレンダーな脚がネズミの壁をいとも簡単に蹴散らし突き崩した!。ゾンビネズミ軍団など巨大猫、地球最嬌の怪獣ミナモの敵ではなかったのだ!

(ヘイヘイヘイ!ハイヤー!ハイヤー!)

思わず、ユークはその爽快さに声上げた。このスピードならもう直ぐ駅の北側の本屋までたどり着けそうだ。ミナモは二人の少女を乗せたまま、風と霧を切って街を颯爽そうと駆けた。

「ねぇ、ユークさん、聞いてもいいかな?」

ミナモの走りがゆったりと安定してきたところでヒトミが話を始めた。

挿絵(By みてみん)

(なんですか?)

「ユークさんはえっと…サラー母星のお姫様だったんだよね?‥王子様に会ったことってある?」

ユークはちょっと言葉に詰まった。…不意に心の靄が掛かった部分を掴まれた感じだ。

(……そうですね。王子様になんて一度も会ったことが無いんですよ。私、お姫様なのに。物語のお姫様と違って現実のお姫様なんてこんなもんなんですますよ…。ただただ…窮屈なだけ。)

ユークは誰にも言えなかった本音を零した。童話のヒロインたちはズルいとさえ思っていた。ピンチの時に王子はやって来ないから自分で戦って身を守るしかないし、現に今も自分たちで戦っている。

(私の世界には王子様なんていないんです…。)

「そっか…。だから物語のお姫様、王子様に憧れてるんだね」

(ヒトミさんも会いたいと思いますか?王子様。)

「うーん。そう。会いたい…かな。もう会ったことあるのかもしれないんだけど…」

(会ったことあるんですか!王子様に!)

ユークは高揚した、なんだかドキドキする。そのドキドキはヒトミの心臓にも伝わっていた。

「えっと、あのその、本当に国の王子様とかじゃなくて、例えとしての王子様だよ?」

(例えとしての?)

「そう、女の子は憧れの人の事を王子様って呼んだりするの」

それはヒトミからユークへのヒントだった。2万年前からユークを縛っている呪縛を解くための。

(なるほど、一つ勉強になりましたです!それで、それでヒトミさんの王子様はどんな人なんですか!?)

「え。えっと…それは」

(是非聞きたいです!)

ユークの質問にヒトミは一瞬ためらったが、深呼吸して答えた。

「…やっぱり、ピンチの時に助けてくれる人かなぁ。優しくて物静かだけど、いざという時に助けてくれる勇気がある…そんな人、だよ?」

(…。)

ユークははっとした。きっとあの人の事だ。今、大衆とともにこの街で眠っているであろうあの人のことだ。ヒトミが言った王子様像はユークにも大いに共感できるものだった。ピンチの時に助けてくれるそんな人。ユークはやっと気づいた。王子様は別に王子じゃなくてもいいということを。

「じゃあ、もう一度聞いてみようかな。ユークさんは王子様に会ったことある?」

ヒトミは優しく微笑みながら、もう一度尋ねた。今度の質問はさっきの質問と大きく趣旨が違っていた。ユークはそのことを正しく、しっかりと理解していた。

ユークの心の奥底に眠っていた記憶がじわじわと蘇ってくる。

(ええっとですね…)


*  * *


 ユークには幼馴染の近侍が居た。王である父が危険な城の外に出ることのできないユークの事を想って、遊び相手として一緒に育てたのだ。お転婆で天然なユークに対し、近侍は硬派な性格で頭の切れる天才肌だった。一見かみ合わなそうな二人だったが、正反対の性格だったのが逆に良かったのか実の兄妹のように仲が良かった。二人の関係は王女と近侍、主人と家臣の関係であったが二人はそれすら超えた親友の誓いを結んでいた。二人の友情を阻むものは何もなかった。ユークが12歳を過ぎたころから二人は見張りの目を盗み、何度か城を抜け出すことがあったが王はそれを黙認していた。王も近侍を大いに信頼していたのだ。王は近侍にならユークを任せておいていいと思っていた。そしてユークも近侍がずっと傍にいれくれると思っていた。

しかし、ある時近侍は突然兵士として戦場に赴くことになった。王からの指令が出たわけではなく、近侍自らの志願だった。激化する怪獣との戦争の中、今はユークの傍にいるよりも魔神率いる恐るべき怪獣軍団を打ち倒すことがユークの為、ユークを守ることになると思ったのだ。

自分を置いて戦場に行ってしまった近侍にユークは親友の誓いを裏切られたと思い苦しんだ。ユークは自分の魂が半分何処かへ行ってしまったような、心が真っ二つに裂けてしまったような気持ちに何度も胸が押しつぶされそうになった。それからユークは城での生活に今まで以上に窮屈さを強く感じるようになり、一人で何度も脱走を図った。だが近侍がいない今、彼女はすぐに捕まり、王もそれを許さなかった。

それはユークが最後に脱走を図った時の出来事だった。その時の脱走はうまく行って3重になった城の塀のセキュリティーを突破してその先の暗闇の森を超えた先にこの星一番の都市の風景が見えるはずだった。ユークの目にそれが見えるはずだった。しかし、ユークの目に映ったのは、壊された街と10mほどはある巨大なトカゲに襲われる街の人々だった。街は戦場になっていた。ユークは怖かったが、それ以上に悔しかった。こんな悲劇が起きているのに、自分は城の中で何もすることができなかった。けど、今は違う。私がなんとかしないと。きっとあの人なら、そうしているはず。ユークは松明を使って、民衆のほうから森の方へトカゲを呼び寄せることにした。作戦は大成功、しかし彼女はその先の事を考えていなかった。トカゲは木々を縫ってユークの方を追いかけてくる。ユークは高い木を上に、上に登ってトカゲから逃れた。しかし、気が付くと高すぎてその木から降りられなくなってしまっていた。足元ではトカゲが口をグワーッと開いてユークが落ちてくるのを待っていた。

ユークは泣いた。

怖くて心細くて、折れそうな細い枝に座り込み子猫の様に震えて泣いていた。

トカゲがガシガシと木を揺らす。耐えきれなかった枝は根元から折れて、ユークは折れた枝もろとも落下した。落ちながらユークは目を閉じて父である国王、母である王妃、出会った人たち皆に謝った。自分の最期を悟ったのだ。できるならばもう一度あの人に会いたかった。

次の瞬間、ユークは暖かいものに包み込まれた。腕と腰のあたりをギュッと締め付けられたがそれは不思議なことに不快ではなかった。何かに包まれたまま時々体が弾むような衝撃を受けながら、落下する感覚は続き、少しすると何かがぶつかる音がして落下感が無くなった。恐る恐る目を開けると、目の前に近侍の顔があった。最初、ユークは何が起きたのか分からなかった。

挿絵(By みてみん)

巨大なトカゲを倒しに出撃したところ偶然、襲われているユークを見つけ、落下するユークを命からがら抱きかかえて助けてくれたのだ。その偶然のおかげでユークは助かり、近侍は大切な親友を失わずに済んだ。ユークは助かったことと同じぐらい、近侍が来てくれたことそのものが嬉しかった。そのあと近侍はユークを軽く叱責したあと、無線で街に援軍を派遣、自分の手でユークを城に送り返してくれた。自分を守ってくれる人はこの人だ。ユークは心の底からそう思った。それがユークが最後に見た近侍の姿だ。ユークの胸の奥にあった懐かしい記憶だ。


*  * *


(今思えば、ああいう人が王子様っていえるのかもしれませんね…。)

ヒトミは想像以上に壮大で壮絶なユークの経験談に何も言うことが出来なかった。思い出の余韻に浸りながら姫は街をかけた。

「…あ、ユークさんやっとついたよ!」

話しているうちに二人は目的地に辿り着いていた。カラスは今のところ追ってきてはいないようだが、油断はできない。二人はミナモに乗ったままギリギリまで本屋まで接近した。

(ほぉーここですね!)

確かにそこは大きな書店だった。「古い本から新しい本まで 本の学秀堂」。10階建ての建物で、1階~3階までが本屋のフロアようだ。外からも雑誌や文庫本が多く並んでいるのが見える。店の奥には専門書も沢山ありそうだ。あんなにマニアックなオカルト本の在庫があるのも頷ける。

ズドン…ズドン…

その時、巨大な足音が大地を揺らした。息を飲んで二人は振り向いた。魔女奇獣が霧の中からその醜い顔を出して此方の方に向かってゆっくり、ゆっくりと進撃を開始している。もしかすると、気づかれたのかもしれない。こんな馬みたいな猫に乗って走る一般人がいる訳がないもの。いや、寧ろ今普通に起きているだけでも十分にアヤシイ。とにかく、早く呪いを解く方法を見つけないと魔女に踏みつぶされて一巻の終わりだ。

「ユークさん急いで!」

ヒトミはミナモを飛び降りて本屋の中に駆け込んだ。

 本屋の中でもたくさんの人々が眠り込んでいた。男女問わず眠っていることから、ここもカラスかネズミの襲撃を受けたのだろう。少し早く到着したら大変だったかもしれない。ヒトミの後ろから巨大な体躯のミナモも店内までついて来ていて、後ろ足で立ち上がったら頭を打ってしまいそうだ。

(えっと、例の本は前、どこにありましたですか、ヒトミさん?)

「うん!2階のサブカルチャーコーナー…たしか児童書のとなりのコーナーにあったと思う!」

二人と一匹は2階に向かい、長い階段をせかせかと登った。そこは吹き抜けになっていて、ここなら階段を上っていてもミナモが頭を天井に打ち付ける心配はなさそうだ。階段の中ほどになるとミナモは踏み面に鼻を突けてヒクヒクさせ始めた。

「どうしたの、ミナモ?なんだか、わんちゃんみたい。」

次の瞬間ミナモはヒトミの頭の上を飛び越して、二人の前を駆けだした。

「わわっ!待ってよ、ミナモ、ミナモ!」

(行ってみましょう!ヒトミさん!)

 二階のフロアは1回に比べ落ち着いた雰囲気だった。照明もちょっと暗く、育児コーナーからだろうか。ブラームスの子守歌が聴こえてくる。ミナモはそんなまったりとした空間にドスドスと入っていき、何かを探し回っているようだ。二人も巨大猫の後を追ってズカズカと2階へ上がった。

「ウニャアアア」

手芸コーナーの突き当りを曲がった時、ミナモが高い声を上げた。ヒトミを呼んでいるみたいだ。ヒトミは恐る恐るゆっくりと角を曲がってみた。

誰かがそこに横たわっている。茶色いブレーザーに紺のズボン。一つにまとめられた少々長い黒髪に、女の子の様に整った顔。その姿はまるで眠り姫。

(アイナさん!!)

「…!」

そこですぅーすぅーと静かに寝息を立てて寝ているのは紛れもなく、ユークの相棒、同居人、宿主の弼星アイナだった。眠りの呪いにかけられ、深い眠りにつき、ミナモのジョリジョリとした大きな舌で顔をなめられても目覚めない。

(どうして…こんなところに?)

たしかさっきユークと別れた時は寮の自室にいたはずだ。それなのに着替えもせず何故こんな場所でねむっているんだろうか?

「…ユークさん。ちょっと羨ましいなぁ。アイナ君に大事に思われてるんだね」

しゃがみこんで優しくアイナの額の汗とミナモの涎をハンカチで拭き取りながらヒトミが言った。

「ほら、これ見てみて。」

ヒトミはアイナが抱きかかえている何かに目を落とした。それはとても分厚い本だった。

『せかいのやさしいどうわものがたり②』。寮の部屋にあったあの本の続巻だ。

(アイナさん…。)

「ユークさんの気持ち、ちゃんとわかってくれたんだね」

ユークは体を失って以来、感じたこともなかったような暖かい気持ちになった。信じられないぐらい不器用で、信じられないぐらい繊細で、信じられないくらい空気が読めないアイナだけど、自分の事をしっかり考えて理解しようとしてくれたのだ。そのことが本当にうれしかった。彼の為にも一刻も早く、一刻も早く呪いを解かなくては。    

ヒトミとユークの二人はバルバーヤーガーの呪いを解くべく、怪書「円宮飛夢・未確認大怪獣大全新装版」の捜索に乗り出した。幸運なことにヒトミの言った通り、サブカルコーナーはアイナの寝ていた児童書コーナーに隣接しており移動する必要はなかった。しかし、さすが大きな書店なだけあって「サブカルチャー・オカルト/超常現象」だけで一棚分の本があった。この中から例の本を探し出さねばならない。徐々に大きくなってくる怪獣の足音が二人を焦らせた。怪獣が来る前に呪いを解く方法を…。

(っ‥はつ!ありました!ありましたよ、ヒトミさん!)

本棚の隅っこに挟まっている未確認大怪獣大全を見つけてユークが歓喜の声を上げた。著者は円宮飛夢、そして新装版。絶対に間違いない。

「本当!?やったね!ユークさん!」

(早く!早く!魔女の、バルバーヤーガーのページを開いてください!)

ユークに急かされ、ユークに駆け寄るとヒトミはすぐさま本を開いた。ハードカバーの中型本だ。本の内容はパラパラと捲るだけで濃密な内容だと分かった。ヒマラヤの雪ゾウ怪獣イエティゴンや、死体しか発見されていないブロブギラス、新種の怪人カマキリ男のマンティスマンや、いつだが見たことある異次元のゴム人間。胡散臭い文字列が各ページを飾り立てていた。

「あった!『呪われし魔女バルバーヤーガー』」

ヒトミはページを探し当てると音読し始めた。途中までは月刊レムリア本誌に載っていた文章と同じだった。値段が高いわりにケチケチしてるなと二人は思ったが、問題はその先の未掲載分の文章だ。

『バルバーヤーガーが国そのものにかける呪いは「物語」の呪いである。物語とは登場人物たちが重要な要素として関係しあって動くことによって成り立っている。その要素に一つ一つが歯車として役割を担うことによって物語は動き出すのだ。バルバーヤーガーは呪いを一つの国で完結させ、重要要素となる人物を動かすことによって侵略する。よって私はバルバーヤーガーの呪いを「物語の呪い」と呼ぶ。国の中が一つの物語となっているのだ。バルバーヤーガーの呪い=物語で大事な要素は呪いをかける「魔女」と物語のコアとなる「姫」と彼女と国を救う「王子」である。まずバルバーヤーガーは「自分自身」ごと国を呪い物語に参加し、国を支配するため手始めにコアである姫を襲うのだ。この形式が守られる限り、バルバーヤーガーが決められたストーリーの上で侵略行動ができるのだ。しかし、この呪いには大きな弱点がある。それが「王子」だ。姫が物語のコアになるならば王子はこの呪いを解く唯一の鍵なのである。呪いを解くこと、物語を救うことはそのまま国を救い出すこととなる。魔女は自らに呪いをかけ、自分を守っている。だから呪いを解かないと魔女は倒せない。そう、魔女を倒すことが出来るのは呪いを解くことのできる王子だけなのである。もしバルバーヤーガーがこの王子封じができるようになれば…国は滅亡させられてしまうかもしれない…。』

文章はそこで終わっていた。

「…つまり、魔女を倒せるのは、呪いを解けるのは…王子だけってことだよね?」

ヒトミは不安そうな声で言った。

最悪の事態が起きたのかもしれない。ヒトミはそう思った。…それはユークにも分かっていた。

「もしかして…この国、ううん、この木葉ヶ丘の町は『王子封じ』をされちゃったのかな?」

今日、この街で起きたことを整理してみよう。まず巨大ないばらが街の外側に生えてきて町は封鎖されてしまった。次に魔女が街に眠りの魔法をかけ、男性を眠らせ、次に手下の動物を使って女性たちの中から姫であるユークを炙り出した。今考えてみると、最初のいばらと男性のみに効く眠りの呪いが大いに不自然だ。これはバルバーヤーガーが仕組んだ王子封じなのではないか?いばらで街を封じてしまえば、外から誰も入って来られないし、町中の男性を眠らせてしまえば王子が街にいたとしても封じることが出来る。

(王子がいなければ…物語は終わらない、呪いが解けません!)

その時、建物全体に衝撃が走った。バルバーヤーガーが遂にやってきたのだ。

(ヒトミさん頭を守ってください!!)

「アイナ君!!」

ヒトミは、ユークの声を効くとカバンを頭にのせてアイナの元まで走り、彼に覆いかぶさった。寝ているところに本棚が倒れてきたりしたら一溜まりもない。流石のミナモも怯えて反対側の壁により丸まっている。

(うう…、わたしに戦える体があれば…)

ガシャアアアアン

その時、窓が砕ける音がして細長い棒が本屋の中に突っ込んできた。バルバーヤーガーの人差し指だ!

「きゃあああ」

それは木の中の虫をむさぐるアイアイの指の様に、その指は姫をむさぐり掻きだそうと本屋の中を蠢いている。巨大なナナフシが暴れまわっているようで気持ちが悪い。

「…もうだめ、さ、さすがにもう…」

流石のヒトミもこの戦慄には耐えきれなかった。今にも目から涙があふれだしてしまいそうだ。

(落ち着いてください!ヒトミさん!)

「私、アイナくんが今回の物語、呪いを解いてくる王子様だと思ってたの…お願い目を覚まして!」

ヒトミは眠ったままのアイナに縋りついた。できることならユークもアイナに助けを求めたい。アイナじゃなくてもいい。この窮地を救ってくれる誰かがいてくれればいい。でも、

…この世界、現実に物語に出てくる王子なんていない。

そんな悲しい心の声がユークに聞こえてきた。このまま魔女の思うままに支配されるのなんて理不尽すぎて嫌だけど、悲しいけど、悔しいけど…もうなす術がない。

助けて、助けて…。助けて。

(助けて…アスター!)

ユークは気が付くと近侍の名前を呼んでいた。無意識だった。そう、ユークの憧れの王子は紛れもなく幼馴染の近侍だった。彼の身分は勿論王子ではない、家臣の近侍だ。でもユークの中で彼は王子様だった。そう、王子様が王子だとは限らないんだ。…同じようにお姫様だから王女だとは、王女だからお姫様だとは限らない。これは、もしかして!?

(ヒトミさん!今お話大丈夫ですますか!?)

ユークは思いっきり明るい声で叫んだ。大きな確信を、大きな希望を掴んだのだ。

「えっと、ゆ、ユークさんこんな時に?」

ヒトミはバルバーヤーガーの指先に戦慄しながら震えた声で答えた。これだけでも彼女はすごい勇気の持ち主だ。

(私は重大な間違いをしていました。私は、私は…お姫様じゃありません!)

「えぇえええええ!?」

ユークの突然の告白にヒトミは思わず大声をあげた。ヒトミの声に反応して魔女の指が激しく動き回り、無数の本が宙を舞う。ユークはヒトミにシーッと人差し指を立てて語り出た。

(すべては逆だったんですますよ。そうすれば全部の辻褄があったうえで、私たちに勝算が見えます!)

「お願い、ユークさん、一から説明して!」

流石のヒトミもユークの突拍子もない解説には着いていけずにいた。

「ユークさんがお姫様じゃないなら、本当のお姫様は誰なの?」

(勿論、アイナさんです!)

「ええええええええええええ!?」

ユークの更なる告白にヒトミは思わずもっと大声をあげた。ユークとミナモ、そして魔女すらがビックリするほどの大きな声だ。アイナだけがスヤスヤと眠っている。ヒトミの声に反応して魔女の指は完全にヒトミたちの方へ向き、窓の手前の方から段々とこっちの方へガリガリと爪を立て二人を引きずり出そうと近づいてきている。早く話を終えないとまずい。

(考えてみてください。私は誰かの体を借りないと力を発揮することが出来ません。だからいつもはアイナさんの体を借りていますです。つまり、アイナさんも強大な力の持ち主ということになります。だから姫として魔女に、物語に選ばれてしまったんです。)

ユークは早口気味に考えをヒトミに伝えた。これでヒトミが理解してくれるか不安だったがもう時間がない。

「そっか!お姫様が本当にお姫様である必要はないし、お姫様役が男の人でもおかしくないんだ!」

ヒトミの飲み込み、理解は早かった。このまま論理のキャッチボールを続けていけば、魔女の指がヒトミに届く前に次の手が打てるはずだ。

(えぇ。きっとアイナさんを女性だと勘違いしたのでしょう。そうなると、魔女が本当に王子封じをしたのかも怪しくなってきますですよ。今まで私たちは私が姫である前提でお話を進めてきましたが、アイナさんがお姫様だと考えた時、全く別の物語が見えてくるんですよ)

「もし、アイナ君がお姫様だとして、この本通りに魔女が行動したとしたら、アイナくんは真っ先に襲われたはず。それが本当だとしたら、いばらが生えたり、霧を吐き出したりする前に呪いをかけられたことになる!」

(そうです!それならその先の行動も見え方が変わってきます。やはり魔女は王子封じをしようとしたんでしょうね。)

「アイナくんを女の人だと思ってたから、当然王子も男の人だと思ったんだね。だから、先に男の人だけ眠らせたの」

(ですが、姫が女性でなければ、王子も男性でなかった。)

「…それって?」


ヒトミの表情が固まった。ユークの言っいてることが理解できないわけではない。そう、ヒトミにも見えてきたのだ。論理の、物語のゴールが。

(最初の作戦で王子封じを失敗したんです。カラスやネズミが襲ってきたのはそのせいですね。魔女は王子を女性の中から探し回っていましたですよ!)

「じゃあ今、魔女本人がこうして押しかけているのは…」

ゴールは間近だ。


(ヒトミさんと…)

「ユークさんが…」

二人は息を飲んだ。

「「私たちが王子だから!!」」

二人は声を揃えて叫んだ!そう、ユーク・サラー・シルビィと飼篠ヒトミ。二人合わせてこの物語の王子だのだ。ユークの力を解放するには体が必要だ。今ユークの力を使うことが出来るのはヒトミ、ただ一人だけだ。魔女の指は間近まで迫っている。魔女と戦えるのは王子だと自覚した二人だけだ。

その時、ヒトミとユークの薬指の周りに輪上の光が浮かび上がってきた。今こそ戦う時!

「ミナモ、アイナ君のことは頼んだよ!」

ヒトミはアイナを背に立ち上がると、愛猫に想い人を託しウネウネと動く指の方へ向かった。さっきまで震えて縮こまっていた少女とは思えないぐらい勇ましい後姿だった。

(さぁ、行きますですよ!ヒトミさん!おバカな魔女さんに思い知らせてやりましょうですよ!)

「うん!」

「「サイコネクト!」」


*  * *


挿絵(By みてみん)

 木ノ葉ヶ丘駅北口は真っ白な光に包まれていた。突然の強烈な光に思わず魔女奇獣バルバーヤーガーは後ずさりした。光の中には大きな影が立っている。光の中でもパリッとした鋭い輪郭を持つ印象的な影だ。光が弱まっていくと、その姿が次第に露になった。

…青い巨人だ。

尖った青い角2つに、顔の横に垂れた鋭い角。長い尻尾。白くスベスベとした大理石のような肌に太陽の光が反射してキラキラと光っている。

そう、この姿は飼篠ヒトミとサラー母星の精神生命ユークの心が一つになった時に変身できる姿、『ユーク・エクスマキナTP(typePrince)』だ!

ユーク・エクスマキナの姿を見てバルバーヤーガーは怒りの咆哮を上げた。恐れていた王子が一番最悪の形で姿を現したのだ。怒りのまま魔女奇獣は地響砂煙きを立て、ユークに向かっていった。ぶつかり合う巨大な体と体!2体はガッチリと組みあって力比べを開始した。力では身長70m体重2万tあるバルバーヤーガーのほうが身長50m体重7千トンのユーク・エクスマキナTPよりも上手だが背後の書店で眠りについている、いばら姫、アイナの事を想うと押し切られる訳にはいかなかった。ユークは全身に力を入れ両手で魔女の体を突き上げた。

自分の体重の2倍以上あるバルバーヤーガーの体が持ち上がった!

そのままの勢いでユークは魔女の巨体を魔女の体を線路の方へ叩きつけた。線路の上に掛かった電線がショートし電気が魔女の体に走った。魔女は「ガラガラガラガラガラ…」と悲鳴とも笑いともつかない奇妙な鳴き声をあげ起き上あがった。三角帽のような頭から垂れ下がった部分がプルブルと痙攣している。倒れたもののダメージを受けた様子はないようだ。何が起こるか分からずユークは身構えた。

挿絵(By みてみん)

グギャオオオオッ!

バルバーヤーガーは口から青白い塊を吐き出した!電撃光弾だ!光弾を受けたユーク・エクスマキナTPは衝撃で後ろに吹き飛ばされ、危うく書店の入ったビルに追突しそうになった。

バルバーヤーガーのあの帽子のような部分は受けた刺激を吸収増幅して口から打ち返すことが出来る恐るべき器官だったのだ。これでは光線技など使えない!そんなことはお構いなくバルバーヤーガーは容赦なく電撃光弾を連発してきた。ユークは球を避けながら、前進しようとするが当たった時の一発一発の衝撃、ダメージが強く、このままでは体が持たない。

ユーク・エクスマキナTPは左の蟀谷付近の金色の部位に手を当てた。一つ考えが浮かんだのだ。これならあの電撃光弾を攻略できるかもしれない!ユークは思い切って、顔の横から垂れた角を引き抜いた。何とこの角、着脱可能だったのだ。顔から取れたその角はまるで西洋の刀のようで、それを掲げたユーク・エクスマキナTPは童話に出てくる王子の姿、そのもののようだった。

電撃光弾を顧みずユークは駆け出すと、魔女の口から打ち出される光弾を一つ一つを角で切り飛ばし魔女の方へ向かっていった。これなら距離を縮め至近距離で攻撃が出来る。敵が目前まで迫るとユークは飛び上がり、バルバーヤーガーの後頭部を切りつけた!

バチッ!と轟音が鳴り響き魔女は倒れた。今度は絶大なダメージを負ったようで口から泡が吹き出している。ユークの角もまた、敵の攻撃を吸収増幅し打ち出すことができたのだ。バルバーヤーガーにはもうそれが出来ない。吸収できない今日のエネルギーを喰らってしまったのだ。

魔女は素早く起き上がると空を仰いだ。このままにげる気だ。ユーク・エクスマキナTPは角を顔に戻し、バルバーヤーガーの腰にガシッとしがみついた。呪いの元凶である魔女を逃すわけにはいかない!バルバーヤーガーは強靭な足でユークを蹴り上げ地面に叩きつけると尻尾を地面に水平に伸ばし不格好な姿で飛んで行った。まだ、背中を丸めて口で霧を吹きだしながら飛ぶほうが数倍かっこいいだろう。ユークも負けずと空へと飛びあがる。

バルバーヤーガーの飛行速度は意外にも遅かった。マッハ5で飛ぶユーク・エクスマキナTPが追いつけないわけがない。しかしバルバーヤーガーもしぶとかった。口から白い霧を吹きだして上空に身を隠してしまったのだ。このままでは視界全面真っ白で何も見えない。バルバーヤーガーの不気味なガラガラ声だけが空に響く。ユークは空中浮遊したまま、角再び抜いた。この霧の中、いつ魔女が飛び出してくるかわからない。ユークは角を構え、息をひそめた。

バルバーヤーガーもまた息をひそめ、反撃のチャンスを狙っていた。ユークの周りを旋回し、背後から襲いかかる狙いだ。幸運なことにユークは今、空中で静止しているようだ。憎き王子が今自分に背を向け見当違いの咆哮に剣先を向けている。いつも、いつも魔女は王子に倒される運命だった。今、それが覆る!

バルバーヤーガーは勢いよく霧の中を勢いよく飛び出した。その瞬間、強烈な電撃がバルバーヤーガーの胸を貫いた。…彼女の胸には剣が突き刺さっていた。体内で自分が敵に浴びせた電撃が増幅されスパークしている。顔をあげると、ユーク・エクスマキナTPがこちらを睨みつけていた。彼女…いや、彼は剣先に映った背後の魔女を見て、剣を魔女の胸に投げ刺したのだった。

(…お、おのれ、王子よ…!)

バルバーヤーガーは無念だった。伝承と同じように今回も王子の前に敗北したのだ。電撃よりも敗北の屈辱が魔女の胸を痛みつけた。

(おのれぇええええええ、エクスマキナァアアアア)

バルバーヤーガーは恨みの声を心の中で上げながら地上に落下、絶命した。魔女の体は街の田園部に落下し大きな被害は出ていないようだった。地上に舞い降りたユークが胸に刺さった剣…角を引き抜くと、魔女の亡骸は元からそこになかったかのように消え去った。これも魔女の魔法の一つなのだろうか。

…こうして物語を終わらせるもの、王子の手によって呪いの元凶、魔女は倒されたのだ。


*  * *


戦いを終え、街は静寂に包まれていた。そんな街の中心部に二人の少女は舞い降りた。もうヒトミもユークもヘトヘトだ。重たい体で本が散乱する書店の階段を上っていく。だが悪い気分はしていなかった。

(ヒトミさん、今日はあなたのおかげで本当に助かりましたですよ。)

「そんな、ユークさんがいたからこの街は救われたんだよ!わたしの代わりなんていくらでもいるもん」

ヒトミはあわあわと謙遜した。どうやら褒められるのがちょっと苦手みたいだ。

(いえ、本当にヒトミさんと一緒じゃないと今回の事件は解決できませんでした。私は今まで大事なことに気づけていなかったんです。)

またも謙遜しようとしたヒトミだったが、ユークの真面目な横顔を見てなんとかそれを抑え込んだ。

(私たちって過去に決められたものから、全く別の物に変わることが出来るんですね。今回の事件の場合、王女…姫だった私が王子になって街を守れましたし、女性のヒトミさんも王子になれました。場合によっては王子も姫も男性だったり、姫も王子も女性だった可能性もあるんですよね。魔女だって女性だとは限らないし。私は何というか、小さい枠組みででしか世界をみることが出来てなかったって…そう思いましたです。)

「ユークさん…」

(そう考えたら私の人生、物語のなかにも沢山の王子様、多くのお姫様が、多くの魔女が登場してくれたんだなって思いました。誰だって、私だって、王子さまにも、魔女にも、もちろんお姫様にもなれる。そう考えたら素敵だなっておもいましたですよ!)

ユークはヒトミが今まで見たこともないような最高の笑みを浮かべた。そう、ユークの中で蠢いていた一つのモヤモヤが心から消え去ったのだ。

(それを気付かせてくれたのは、ヒトミさん。あなたです!今日一日、あなたは私にとっても王子様でした!)

もうヒトミは鼻血を噴き出してしまいそうだった。顔が真っ赤で熱い。自分がここまで褒められるのが苦手だとはヒトミ本人でも知らなかった。それに気づかせてくれたのもまたユークだけだ。

「な、なんていうか…いろんな意味でありがとう、ユークさん」

 その時、2階のフロアから何かが勢いよく飛びだしてきた。

「み、ミナモ!?」

ミナモはその身軽やかに、階段を滑り落ちるようにご主人の元へやってきた。感動の再会だ。足にまとわりついてじゃれる様子がなんとも愛らしい。

(…ってなんで、大きなままなんですか!)

そう、ミナモは巨大化したままだった。馬ほどある巨体をバタつかせて小さなご主人様に甘えている。その様子をみてヒトミがハッっと息を吸い込んだ。

「……。わ、わたし、分かっちゃったみたい。」

ヒトミは顔を尋常じゃなく赤らめてぷるぷると震えている。今度こそ鼻血を噴き出しそうだ。

「ほら、まだ呪いが解けてないんだよ…」

(いやいやいや!でもでも!魔女を倒したじゃありませんですか!)

ユークには訳が分からなかった。呪いが解けない理由も、ヒトミが赤面している理由も。

「ユークさんになら分かるはずだよ。思い出してみて。お姫様の物語のお決まりだよ。呪いが解けるのってどんなときだっけ?」

ヒトミの言葉を聞いて真っ先にユークはいばら姫の物語を思い返した。悪い魔女にかけられた呪いによって眠らされたオーロラ姫は、民たちと共に眠りにつき…運命の王子様のキスで目覚める。

(運命の…キス…ですって!?)

ユークも赤面して飛び上がった。まさかあり得ない!体がないのにもかかわらず全身が熱くなるような妙な感覚をユークは味わった。私が、あのアイナさんと…そんな!

(無理です!無理ですますですますですますですよ!!お譲りします!ヒトミさんにお譲りしますです!)

「ダメだよ!私たちは二人で一人の王子様なんだから!いっしょにしないと呪いは解けないよ!」

(そんなぁああ!理不尽ですよぉおおおおおお!)

二人の少女の嬉恥ずかしの悲鳴が、皆が眠れる街に響いた。


*  * *


こうして、ふたりの王子さまの目覚めのキスでアイナ姫は目をさましました。どうじに、街にかかっていた呪いもとけ、人々は目をさまし、動物たちは元の姿に戻り、街をかこんでいたいばらの蔓も消えさって、街に平和がもどったのです。皆が眠っている間、眠らぬ街の魔女と戦った眠らぬ街の王子たちの活躍を知るものはだれ一人として居ないのでした。こうしてユーク王子はまたお姫さまに、ヒトミ王子もふつうの女の子に戻りました。しかし、物語はまだまだ終わりません。ユークは自分自身がお姫様ではなく色んなものに変わることができるとしったのです。これからしばらくの間、ユークはこの地球をまもりすくう王子になろうとこころに誓いました


おしまい


挿絵(By みてみん)



最後まで読んでくださって誠にありがとうございます!

もしよろしければこちらの方で作品についてのアンケートを行っていますのでご協力よろしくお願いします。https://questant.jp/q/07W05SGG

ホームページの方ではメージソングなどこちらでは見ることのできないコンテンツを用意していますので是非こちらも併せてご覧ください!https://psychonectdays.wixsite.com/psychonectdays/day2


次回の更新は5月を予定しています。

今回とはまた毛色の違った摩訶不思議なお話をご用意しておりますので...ご期待ください。

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