俺の婚約者は趣味が悪い
「なあ、これ誰得?」
「さあ?いろんな人得。例えばほら、あそこの孫娘を嫁に出したくないお爺さんとか」
「あー」
卒パにて、俺と婚約者の会話。
目の前で起こっている騒動を尻目に食事を……食べたいのだが、
「めっ」
「いいじゃん。俺腹減ってんだよ」
「シューちゃんは観劇のクライマックスでポップコーンバリボリ食べるタイプ?」
遠回しにサイテーと言われて食べられない。
「そのクライマックスシーンでこうやっておしゃべりしてるのはノーカン?」
「恋人との会話はノーカン」
「都合が良いこって」
「都合の良さに定評があるあたしですから」
「どうして!私が関わった証拠でもあるというの!?」
「大勢が見ていたと言っている!さあ、観念したまえ」
「自分の恋は甘いほど良い。他人の恋は酸っぱいほど良い」
「何その名言、誰の?」
「あたしの」
あー腹減った。
早くこの騒動終わらないかな。
かれこれ二時間くらい同じ主張繰り返してるよ、この2グループ。
「良いわぁ〜。あのセイラの顔」
「今のセリフ悪役っぽいぞ」
「だって見てよあれ。あの悔しそうな表情。ハンカチ噛み締めてたらカンペキね」
アリサの性格は基本的に悪い。
Sっ気とはまた違う感じで嗜虐的なのだ。
「あの場にはアリサさんもいらっしゃいましたわ!」
「あ、飛び火」
「飛び火したわね」
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
「ああ、アリサさん、証言してくださいまし、私がローズさんの足を引っ掛けてなどいないと」
「ごめんなさい。あのとき私はちょうど目を離しておりましたの。私が見たのはローズ様がセイラ様のそばで倒れていたところからですわ」
「そ、そんな…」
「鎮火完了。ただいまー」
「おかえり。こういう場で嘘吐いていいのか?」
「あら、あたしが嘘吐いたと思ったの?」
「アリサがそんな決定的な瞬間を見逃すはずがないだろ?」
「ご名答。流石シューちゃんわかってるぅ」
アリサは他人を虐めることはしない。
虐められてる人を見るのが好きなのだ。
「しょうがないじゃない。あそこでセイラに味方したらセイラが責められる要素が1個減っちゃうんだもん」
「あれじゃあセイラ様がかわいそうだ」
「興奮するわね!」
「じゃああそこの、自分の息子の妃として腹心の娘と婚約させたらこんなことになって真っ青な王様は?」
「興奮するわね!」
……。
「あ、うん、そうなんだ…俺も婚約破棄したくなってきた」
「えっ、なんでよ!?」
「たまにアリサについていけないときがあるから」
「こんなに都合が良い女なのに?」
「…自分で言ってて虚しくならない?」
「……。両親は既に他界。跡継ぎは私だけだから結婚すれば領地と爵位がまるごとついてくる。しかもそんなあたしと子供の頃からの付き合いでこんなに好かれてる。これを都合が良いと言わずに何と言う!」
「都合は良いけど趣味が悪い」
「だって……あーゆーの好きなんだもん」
あーゆーのことセイラ様&取り巻きvsアレス王子+ローズ様&取り巻きの言い争い。
セイラ様派の劣勢。
アリサによると、事件の7割くらいがローズ様の陰謀で、宰相を失脚させることでこの国の力を落としたい他国の口車に乗せられている可能性が濃厚らしい。
どんな情報網だよ。
「もういい。君との婚約は解消だ。私はローズと結婚する」
はい、出ました。本日五度目の同じセリフ。
我が国の歴史上、王族が子爵以下の貴族の子供や平民と結婚したことはない。
ローズ様の父親は子爵。
だから結婚は認められない公算が高い。
ちなみにアリサも子爵、アリサ本人がだ。
俺?俺の家は男爵だよ。悪かったな。
「そろそろ飽きてこないか?」
「なんでよ!あたしは婚約破棄なんて認めないわよ!」
「そうじゃなくて、この茶番」
「えっ、うん。あたしとしてはもう少し見ていたくもあるけど、シューちゃんがそう言うなら…」
アリサが騒動の渦の中心へ歩いていく。
「王子様、横から口を出す無礼をお許し願えますか?」
「君はローズの同級生のアリサさんだね。発言を許そう」
「では失礼して
私、先月のパーティでローズ様が転倒した事件につきましてはその瞬間を見ていないと申し上げましたが、他の事件についてなら知っていることがありますの。
例えばそう、4日前のセイラ様主催のお茶会で紅茶をかけられたとおっしゃられましたが、そのようなものが開かれたとは聞いておりません。誰かその席にいたという方はいらっしゃいますか?いらっしゃいませんね。
そして重ねて申し上げるにその時間帯、私はローズ様のお買い物に同伴させていただいております。殿方にお話するのは少々憚られるものなので他言無用との約束でしたが、買い物の事実をここに証言いたします」
一気にまくし立てたアリサに会場がシーンと静まり返った。
話した内容はローズ様派優勢の状況に一石を投じるものだ。
殿方云々と言いながら、下着を買いに行ったと俺に教えるのはどうなんだろうか。
「ちょっと、あのことは秘密という約束でしょう!?」
「はい、その通りでございます。ですから王子様、内容はご容赦いただきたく」
「……ああ、下がりたまえ。ローズ、どういうことか説明してくれ」
ローズ様に対する信頼が揺らいだらしい。
それまでローズ様の主張を無条件に受け入れていた王子様が険しい顔でローズ様を詰問し始めた。
「ただいまー」
「おかえり。今度は真実?」
「もちろん。形勢逆転ね!」
なんだ。ターゲットを変えただけで、まだ観戦を続ける気か。
「やっぱりアリサは性格が悪い」
「性格じゃなくて趣味って言って。あたしも一応傷つくんだから」
「はいはい、アリサは趣味が悪い。その趣味変えてくれないか?」
「嫌よ。今更変えられないわ。それに……
変えなくてもシューちゃんはあたしのこと嫌いにならないでしょ?」
「……まあな」
「大好きよ、未来の旦那さま」