第6話「壁の崩壊」
一樹の姉良子は、30歳になったばかりの極普通のBGだった。 *BGは現代のOL両親は練り菓子を問屋に卸す仕事をしながら、一樹を始め4人の子供を育て上げて今なお、元気に働いていた。
良子の叔母初音から持ちかけられているお見合い話に、良子自身はたいした興味も期待も無かったが、両親はすでに嫁入り仕度の相談までし始めていた。
一樹にはそのほかに、22歳になる弟の健一、清子のすぐ下で29歳の久子、の3人の姉弟がいた。
女2人、男2人の兄弟姉妹というものは、実にバランスの良い関係で、喧嘩などはまったくしたこと
のない、円満を絵に描いたような家庭であった。もちろん両親の仲も円満である。
警察から直接家に戻った一樹は、てっきり警察からの連絡が家に入っているものと思い、
「いや~参ったあ・・・・、今日はとんだ災難だったよ。オレは大丈夫だから心配しなくていいからさ」
と、要らぬことを仕事場の両親に口走った。母親の澄江が急に顔色を変えて、
「何かあったのかい?・・・・・・会社首にでもなった?」
一樹は母親のその言葉で始めて今日の事件が家に伝わっていないことを知った。
「う、うん、そうじゃないんだ。真一の開発した車が、どうにも走りが今ひとつでね、ブレーキ不良でさ、危うく事故しそうになって・・・」
(許せ、真一・・・・・)
「な~んだい。・・・・・・・良かったよ何でもなくて。久子も配達から帰ってくる時間だから、アンタも風呂に入るなり、なんなりしておしまいよ」
如才ない・・・・・一樹の家族は母澄江を筆頭に皆、同じようにお互いを思いやる優しい人間の集まりであった。
同じ頃、真一は会社のガレージにいた。
『何者も追いつかない車が必要なんです、我々は・・・・・・・』
田中という得体の知れない人物・・・
何者も追いつかないという、その(何者)には、心当たりがある。
ある国の重要人物が、非公式に日本を訪れる噂は、マスコミ界を駆け巡っていた。
その人物はアジア統合の重要な鍵を握る人物であると同時に、世界の数箇所に残存する東西問題を融和させ、いずれはその壁を崩壊させるキーマンであるとの噂。
(何キロでどこを、どんな風に走るつもりだ?結局ミサイルで空からやられる危険だってある。いくらミラクルであっても所詮は車、空からの攻撃には・・・)
何者かは、東側暗殺集団に違いないが、しかし、日本国家は、そのような人物の護衛に相応しい車両なり、移動手段を考えていないはずは無い。
真一はこの話に、どうも胡散臭い、嫌なものを感じていた。田中という男・・・真一はどうしても
信じることができないまま、時速400キロ以上で東名を走行してきた可愛い我が子のエンジンを分解し始めた。案の定「悪魔の傷跡」はあと数ミリでエンジンと冷却ラジエターの壁を破ろうとしていた。
「東西の壁・・・・破るのは悪魔の傷跡か、善の傷跡か・・・どちらかね~~??」
エンジンを撫でながら、真一は呟いた。