第5話「カツ丼」
磯貝有里は、警察関係者らしいグレーのスーツをきちっと身にまとい、その容姿は大学時代とまったく異なる、引き締まった凛々しさを持っていたが、しかし、決して威圧的な感じは無く、本来あるべき公僕としての奥ゆかしさが匂いたっているようだった。
「ああ・・・・・磯貝さん!!ここで何してるの?駐車違反係り?」
一樹はその雰囲気が決して交通課ではないとわかってはいたが、探りを入れてみた。
「うん、そんな感じ・・・・エへへ」
明らかに身分を明かさない訳ありが伝わる。(いったい何者になっているんだろうか?)
10人と真一、一樹は、どれが一般で、どれが警察関係者か、外部からはおそらくわからないであろうそんな雰囲気で、署内の廊下を歩き一旦裏口から外に出た。
12人はそのまま砂利道を歩き道場らしき場所の隣にある民家のようなところにぞろぞろと入って行った。磯貝有里はいつの間にか先頭に立って一樹と真一を伴い、その民家の一室に入った。
他の人間は、外で待った。
まるで老人の書斎のような部屋。そこに大きな円卓があり、その上には丼物が5つほど並べて置かれてある。質のよさそうな座布団も敷かれていた。
「いやあ・・・ご足労願って恐縮です・・・・・」
入ってきたのは40半ばの若々しい青年実業家のような人物だった。
中肉中背、170cmくらいだろうか。ガッチリではなく、どちらかと言えば柳腰で細面。くりっとした目は童顔で、見ようによっては署内の中堅事務方である。
「皆様、田中利一でございます・・・・警察の人間ではありませんので、どうぞお気楽に」
田中はすぐさま円卓の前の座布団に腰を降ろし、胡坐をかくと皆に構わず、丼の蓋を開けて匂いを嗅いだ。その様は実に年寄り臭かった。
「ささ、皆さんもお座りくださって・・・・・・飯にしましょう。カツ丼ですが、取調べではないですよ、アハハハ~・・・・・・」
ほとんど一人芝居のような田中の様子に一樹は、
「失礼ですが・・・・・ここに我々が連行されてきた理由は何でしょうか?」
と、田中の機嫌を損ねないように、ヤンワリと質問してみた。柳腰ではあっても、また童顔でも、
このように多くの人間や警察権力を操る人物は、怒らせると怖い。
「・・・・まあ、食べてからにしましょう。私はもう腹ペコで」
田中は、一樹の質問を嫌味な感じで受け流すのではなく、空腹がそうさせる極正直かつ自然な流れで、カツ丼を食べ始めた。
一樹も真一も、有里も、みなそのカツ丼の匂いに釣られて、座り込んでカツ丼を食べ始めた。
まるで、4人は恒例の食事会をする仲間のように打ち解けた空気の中で、ただ黙々とカツ丼をひたすら食べた。そこに一人の制服警察官が数枚のレポート用紙のようなものを持って入ってきた。
それを受け取った田中は、カツ丼を食べる手を止めずに、紙面片手に内容を確認した。
「・・・・・アレですねぇ・・・アレです。いったいあのお車ですが、何キロ出るわけですか??裾野の炎上事故から15分足らずでインター終点まで!!時速え~と」
「400キロです、およそ」
答えたのは一樹だった。
「平均です。瞬間的には430あたりまでは出ています」
真一が補足した。
「なに!430キロ!羽つけたら空飛べますね・・・・」
(俺と同じレベルのこと言ってやがる・・・・)
一樹は腹の中で笑った。
「理論上は・・・・・・・」
真一はカツ丼を口いっぱいにしながら答えた。
「・・・・なるほどね~~、私の車など、100キロ出したらハンドルがガタガタいいますよ」
田中はなおもレポートを見ながら
「・・・実はですね、何者も追いつかない車が必要なんです、我々は・・・」
我々とはいったい何者たちのことなのか・・・・・・
一樹も、真一も同じことを考えていた。